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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

おのまのプロフィール
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◎管理人のプロフィルはときどき追記しています。最初に書いたプロフィルは一番下にあります。

onomarjan@hotmail.com

2014年8月4日追記

二年半ぶりに追記です。

あれから訪問者数は着実に減り、最近では百人を切ることもあります。アクセスをみると六月が20139 頁、七月が17909頁と減少傾向にあります。一日のアクセスは600〜700頁から500頁前後に落ちています。

いまやツイッターやフェースブックの時代、「お気に入り」に登録していたブログも突如消えたり、一年以上も更新されないものが増えています。筆者自身もブログを書いていてまだろっこしいと感じることがありますから読者におかれても同じなのだろうと思います。

十年ほど前にはよく見ていたホームペイジを見ることがほとんどなくなりましたが、ブログもそうなるのかもしれません。しかし「継続は力」とも云います。継続することから何かが生まれるのかもしれません。

我が家にいた猫ゲンキーが姿を消して二年たちました。いまだに夢に出てきます。どこかで生きているのではなかろうかと思うこともあります。医者からいつ死んでもおかしくない、安楽死を勧めるといわれていたので生きている可能性はほぼゼロだと確信していますが、時々はもしかしてと思うのです。


2011年11月05日追記

3月11日に地震、津波、原発事故という驚天動地がおきました。原発事故は数年、数十年にわたって日本を苦しめることになるでしょう。

原発事故はデイワンから数日のあいだが日本にとっていちばん大事な勝負時でした。勝負時なのに政府や東電が嘘をつき続けていたことが後日ばれたのですが、はじめから彼らの嘘を見破っていたブログやサイトには多くのアクセスがありました。当方も心身が衰える思いで毎日懸命に資料を探し紹介しました。「木霊の宿る町」を読めば新聞テレビでは分からないことが書いてあると感謝されもしました。

あれから半年。日本の政府や御用学者、御用メディアの現状把握、判断がとてもお粗末だったことは世界中に知れわたってしまったのですが、反面いろいろな方がマジメに問題解決に取り組んでおられるのも事実であり救われる思いがします。

ただし事故の責任者を探さないという姿勢はいけません。罰を科すかどうかは別にして、個人名を上げて、その個人がどういうことをしたかということを明らかにすることがあやまちを繰り返さないために必要なことであるのは自明のことなのです。

えーと・・・ここはプロフィルの場でした。

その当時は日に千人から二千人の訪問者がありましたが、最近は三、四百人です。孫の写真を載せたり、かいだんのぼるくんを紹介したりと、いわば世間のみなさまにはどうでもいい話が多いので当然でしょうか。

ツイッターの流行はますます勢いを増しているようで、したがって旧態依然たる長文のブログは廃れていくのかもしれません。

気になって九月のアクセス頁を調べたら日に1010〜2643頁、月で46622頁でした。記憶が正しければ一年前は月に二万〜三万頁だったので意外な結果です。


2010年10月10日追記

ブログの最後につけていた人気ランキングを外しました。

あのシステムは管理者が恣意的に操作をしているらしいということを他のブログで見たことがありましたが本当でした。新聞社がやる世論調査はインチキだとはよく聞きますが、そんなインチキをやる人って病気です。厳密にいえば犯罪ですよね。

以前に書いたプロフィルをみると略歴:会社オーナー兼運転手などとありますが、もう会社の仕事はしていません。たのまれて動くことはありますが、みずから積極的に仕事をつくることはありません。

七月に数年ぶりにトロントを訪れ、あるパーティーに出席したら偶然にも元のパートナーがいたので、ロングタイムノーシーとか云いながらハグ。今なにしてるのよと訊かれました。あっ、誤解なきよう。パートナーって会社のパートナーのことです。

なんと答えるべきか迷いましたがそれは一瞬。天才おのまの頭脳はひらめきました。

まいにち猫の蚤をとっている。

それを聞いて彼女はえええーっ、ウッソーとのけぞりました。

元カノ・・ではない・・元パートナーの彼女は、うんにゃ、これも誤解を招くか・・単に、元パートナー・・・はいま世界的に有名な会社の法務部長であちこちを飛び回っているそうです。

われながらネコノミが気に入り、こないだも日本からやって来た女性(三十台・音楽家)と食事をした時に最近は何をしているのと訊かれて猫の蚤をとっていると答えました。あきれた顔をしていました。

ここまで書いてきて、ふと思いました。かの有名なナンチャラカンチャラ社の役員ですとか、かの有名でないテケテケ社のオーナーですとか云って、さりげなく胸をはる方が尊敬されるでしょうね。

若い女性の気をひこうという意欲もなくなっているんですねえ。いつのまにか・・・


2010年5月1日追記
右上カウンターは昨年の二倍、四百人前後で推移、2000人を越した日もありました。アクセス解析をみると一日1000頁前後、4000頁を越えた日もあります。人気ランキングではなんどか二位になりましたが、平均するとベストテンを出たり入ったりです。

世の中はブログからツイッターへ移りつつあるのかもしれませんが、ツイッターは忙しすぎるような気がするのでこのままブログで行きます。

なにごともシロートの域からでませんが、誠心誠意をモットーに、しつこく観察していきたいと思っています。

●2009年2月1日追記
右上カウンターは200人前後で推移、500人になった日もありました。アクセス解析では1月に25749頁を記録しました。(一日あたり800頁)読者人気ランクでは四位までいきました。平均すると二十位前後です。

●2008年4月14日追記

隣人のボブが昨年12月で引退しました。完全引退だとさばさばした顔をしています。

ことしの私は「オバマ支援で世界に平和を」を掲げて中学生並みの(笑)英語で投稿に励んでいます。

留学時代にタイム誌に一、二度投稿したことがありますが、都合のよいように手直しされました。その頃からアメリカのマスメディアを信用しないことにしています。今は投稿したそのままが一秒もたたないで載るから良いです。

ブッシュのスピーチにコメントを送ったところ他にだれもコメントを書かなかったことがあり、ああ、ブッシュって孤独だねえと思ったり、おーしアメリカに影響を与えるぞと思ったりで面白いです。

右上カウンターは一日に百人から百五十人、ときに二百人、アクセス解析では一日に七百頁、月に二万頁強のアクセスと一年前にくらべて40%ほど増えています。

●2007年4月8日追記

ことしにはいり私の職業は「オーナー兼社長兼運転手」が1%「観察家」が99%という感じです。

このブログの右上についているカウンターでは一日に60人から100人のかたが来られています。管理人のみが見れる「アクセス解析」でみると一日あたり400頁前後が読まれていて、毎月のアクセスは一万数千頁です。読者がふえると収入につながるブログがあるそうですが、私はまったく無収入です。

いつのまにか「P」というハンドルネームが使われなくなって「おのま」になっています。最近とみにジーサンになったのを自覚していますが子供や孫には相変わらず「パパ」と呼ばせています。二年前に生まれたミータン(女の子)から「パパ」といわれると顔がゆるみます。

●2006年12月17日追記
略歴に「B社オーナー兼社長兼運転手兼動植物観察家」とありますが、ちかごろは「観察家」が主、背広が似合わなくなり、ネクタイも買わなくなりました。 

ブログのアクセス数は300頁前後/日に増えていますが、人気ランクは50位前後に落ちています。読んでも投票しないあなた、来年は運勢が落ちますよ(笑)

●追記・2006年9月2日
アメリカ関係のブログの人気投票にはいって二、三ヶ月たったでしょうか。三十〜五十位あたりでウロウロしています。

ミキシにも入りましたが、ミキシのブログは以前からあったホームページやブログとは風合いが違って、知り合い同士、友達同士の場という要素が大きい新世代ブログという感じがします。「木霊の宿る町」はミキシになじまない前世代ブログかもしれないと感じています。

●追記・2006年1月3日
アクセス数は毎日200頁前後で推移しています。1500頁を越えたこともあります。 

●日記の右上にあるカウンターは2003年8月に始まったものですが三万数千になったところでサーバーが壊れたので三万丁度でリセットしました。

閲覧者数を示すカウンターとは別にアクセス数というのがあり、これは一日に何頁みられたかという数だそうです。311頁というのがこれまでの記録で、大概は100前後です。カウンターの3〜4倍、ということは、たまにきてまとめ読みする方がおられるようです。毎日のお勤めおつかれさまです、と勝手に決め付けたりして(笑)。
       
●追記・2005年3月18日:
メールで感想、コメントを送ってくださる方々に感謝しています。ただし送って下さったかたの許可をとらずに日記に転載することがありますのでお気をつけ下さい(笑)。送り先:onomarjan@hotmail.com

●追記・2005年1月9日:
このJUGEMサイトへ書き込み始めたのはオリジナルサイトが突如消えた2003年12月9日からです。もともとはゆうきんママがバックアップ用に8月から造っていたサイトです。

●「木霊(こだま)の宿る町」は「ゆうきんママ」という私の娘のサイトのなかで始まりました。

ゆうきんとは娘の息子、すなわち私の孫ですが、ゆうきんが私のことをジージなどと呼ぶのを堅く禁じています。Papaと呼ばせています。でもってハンドルネームはP。子供たちへだす手紙もむかしからPとサインしていて、機嫌がよいときはPのなかに点をふたつ加えて顔にしたてます。

三十年前留学のためバンクーバーに来て浮かんだことばが「こだまの宿る町」。そのときの心象風景をとどめておこうと2003年1月から始めた日記ですが、すぐに乱れました。ときどき、いえ、しょっちゅう、毒づいてます。該当される方々は気にしないでください、誰しも多少の欠陥はあるものですよ。そうは言ったものの少しくらい気にして直してくだされば書く甲斐があるというものですが(笑)。

カナダでの略歴は以下の通りです。トロント滞在が通算12年でバンク−バーの7年より長いのですが、トロントのことはあまり出てきません。1972−1974 と 2001以降のことが交互に出てきます。

1972-1974 (2年弱)バンクーバー・M社から派遣されてBC大学ビジネススクールに留学 
1985-1987 (2年弱)バンクーバー・M社の子会社支店長
1987-1991 (4年強)トロント・M社の子会社社長
1994-2000 (6年強)トロント・A社(米国)の幹部(5年)
          B社のオーナー兼社長兼運転手(1年)
2001- (2004年12月現在で3年強)北バンクーバー・B社オーナー兼社長兼運転手兼動植物観察家 

ゆうきんママがJUGEM版にバンクーバーと日本の時間がつけてくれました。便利。夏時間のときは自動的に調整されるのだろうか。それから、英語の翻訳はJUGEMとは別なところが機械翻訳をしているのだそうです。
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