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空間考・三国町で出会った幸運・8
1974年夏、留学を終えて羽田空港に着いたのは夕刻、タクシーが藤沢に入ったときはすっかり暗くなっていた。狭くて曲がりくねった道路の傍らにポツンと灯(とも)っていた橙色の明かりにツレコミ宿(死語?)の名前と「⇒500メートル」というサインが見えた。なまめかしいなあと思った宿屋の名前を思い出せない。

実家の玄関脇にある六畳のわが勉強部屋は机や本棚があって、旅行荷物を運び込むと、親子四人が寝るには窮屈。子供を押入れで寝かせた。布団は水につけたのではなかろうかと思うほど湿気(しけ)て重く、気持ち悪い。こんな布団だったっけ。

一夜明けて東京の本社へ出勤。満員電車に恐怖をおぼえてニ度みおくり、悪い夢を見てるのではないだろうかと思いながらようやく乗りこんだ車窓からみる町並みのなんと雑然としてみにくいことか。

こんな居住空間で経済大国というのはおかしいと通産官僚の友人にいうと、莞爾(かんじ=にこやか)とわらって云った。「心配するな、おのくん。日本はあと五年でカナダを追い抜くよ」

さすがは中央のエリート官僚、大きな視点で日本の行く末が見えているのだな。頼もしい。五年たったら、日本全国、津津浦浦まで(つずうらうら=すみからすみまで)丸の内のような町並みになっている、満員電車はなくなっている。民間企業の自分は与えられた仕事をマジメにやっていれば良いと、懸命、真面目に働きつづけた。

ところがぎっちょん、五年たっても追いつかない。十年たってもまだ変わらない。二十年、二十五年、そして三十年たった。相変わらずせまっ苦しい、みにくい景観がごろごろしている。一戸建ての家や土地なんか切り刻まれて三十年前より小さくなった。我が実家も売ったら、樹齢四十年の垂桜(しだれざくら)を切倒し、まるで手品のように三軒の家を建ておった。桜の木は残すと云ったから売ったのに罰当たりめ。家を小さくしてなにが楽しい。

おーい、●●くーん、あのときの自信にあふれた顔はなんだったのだー。人生の残り時間がなくなってきたぞー。

というようなことを思いつつ、三国湊のせまい通りを歩いています。空家がめだちますが、「窓の女性」の家に隣接している小さな空家は工事中で、歩くほどに、空家にひとつひとつ手を入れ良い空間に換えていこうという意思が見えてきます。
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