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遊就館・4
黒船来航から、一貫して、日本は「やむにやまれない」対外戦争を続けた、という内容になっている:

遊就館の展示室で目がさめるような思いがしました。

黒船来航イコールペリーが率いる四隻の軍艦、というイメージがあったのですが、展示されている地図をみると、アメリカだけでなくヨーロッパ諸国の軍艦がうようよしています。いまなら、見たこともない宇宙船が何百となく地球におしよせたという感じでしょうか。

アジア民族のほとんどが欧米諸国の前にひれ伏しましたが、欧米の暴力機構に加わることにより白人の植民地になるのを辛うじて免れたのが日本。やくざに脅かされて泣き寝入りするのではなく、みずからもやくざになって生き延びるの図です。新参やくざながら、大物やくざ・ロシヤとの出入りに勝ち、泣いている人を勇気付けた、植民地化されたアジア諸民族に独立運動への希望を抱かせた功績はあったと評価できるのではないでしょうか。

黒船以降の流れを見ると、「やむにやまれない対外戦争を続けた」というのが百パーセント間違いであるとは思いません。ただ、日清戦争、日露戦争は勝ったあとに領土割譲を求めなかったら、そして軍を日本へ撤退させていたら良かったのにと思います。

実際には欧米同様、戦争に勝つたびに敗戦国から領土割譲を求めたのが日本の大衆だったわけで、それが増長して破局に至るのですが、日本は百年という急流のなかで抗(あらが)い、しかし、あらかじめ用意されていた渦に巻き込まれて転覆したような気がしてなりません。

そうは言っても、一部の軍人やマスメディアが仕掛けたトリックにより戦火が拡大し、それに対して日本民族が熱狂的に呼応したのも確かです。日本民族が正気を失ったのは敗戦のときではなく、それより以前のどこか、大正時代の終わりから昭和のはじめあたりだったのかなという気もしてきました。

けんさんのメールに反論するにはもう少し勉強をしないといけないようです。

| おのまのプロフィール | 政治経済 | 14:55 | comments(4) | trackbacks(0) |
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黒船に対し幕府が有効な対応策をもっておらず、こりゃいかん、ということで明治維新、富国強兵、までは理解するのですが、敗戦国から領土割譲・・・・までゆくと、何で?と、なります。朝鮮は敗戦国じゃあないし・・・・。とったり、とられたり、なんですが、どうもその対象地域の人達からすると、同じ暴力団なのではないかと思います。日露戦争に勝ったとき、インドでは喜びの声があがったそうですが、朝鮮ではどうだったのでしょう?・・・・と、考えてくると、「あれはしょうがなかった」と日本人が思うことは勝手ですが、それを声高に叫んで朝鮮、中国の人達に同意を求めるのはお門違いだと思うのです。そんなことありえない〜って思ってしまうのです。
| けん | 2005/09/18 11:41 PM |

ロシヤとの交渉で戦果をあげなかったとして日本の民衆により小村寿太郎の身が危険にさらされた頃、日本民族はすでに正気を失っており、四十年後の大破局に至る軌道から逃れられない運命にあったのかもしれません。

大正三年十一月十五日の東洋経済新報で石橋湛山が書いた社説を例にとってみても、歴史を大観できる日本人がいなかったわけではないと分かります。日米開戦寸前までそういう日本人はいたのですが、残念ながら愚民の狂気を抑えるどころか、それにおもねて、英雄たらんとした矮小な政治家、軍人、官僚、新聞人が力を得ていったのは日本民族にとっていかにも惜しい。同類のことを欧米諸国がやっていたとしても、真似しない民族であって欲しかった。

上記社説骨子:
ドイツと戦い、青島を陥落させたが、その青島をどうすればよいか。アジア大陸に領土を拡張すべからず。満州も放棄すべし。支那山東省の一角に領土を獲得するのは、害悪に害悪を重ね、危険に危険を加うるもの。不抜の怨恨を支那人に結び、形勢を切迫にみちびくものなり。
| おのま | 2005/09/19 10:35 AM |

勉強になりました。人の怨みを買うことが、長期的にどんな恐ろしいことになるか見通しておられたのですね。中国を支那と欧米人をまねて言い出したとき、日本は大事なことを見落とし始めたのでしょう。小生の母方の祖父は、日中戦争の初期に陸軍中尉として満州をぐるっと回って帰ってきた人ですが、彼が生前少しだけ行軍の様子を語ったことがあります。街の有力者達が軍への贈り物をもってきたり、風呂に入ると少女が足を洗ってくれて、といったたわいのない話なのですが、彼はどうも、中国は侮れないと思っていた様子でした。日本軍はあまり障害もなく進軍して行くのですが、どうも戦争に勝っている気がしない、勝っているはずなのに気がつくと八路軍に囲まれているといった感じが残ったみたいです。八紘一宇の旗というのを見せてくれたのですが、彼の表情が冴えなかったのを覚えています。つまるところ、中国の人に表面は歓迎されながら、本当は怨まれ、馬鹿にされていたことを感じ取っていたのだと思います。自分達に向けられている「気」が怖かったのだと思います。
| けん | 2005/09/19 8:06 PM |

今月はじめ東京で買った「石橋湛山評論集」(岩波文庫)を読んでいる最中です。けんさん、おっしゃられるとおり「長期的にどんな恐ろしいことになるか見通しておられた」人のようです。

一昨日、ビクトリアから帰るフェリーのなかで著名な「大日本主義の幻想」を読みましたが、日本近代史を総括するに欠かせない、現在のアメリカ、中国と論争する際にも活用できる名著だと思いました。
| おのま | 2005/09/24 5:41 AM |










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