木霊の宿る町TOPページへ            
過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

<< 三岸節子展を見る | main | 日本のレンギョウ >>
三岸節子生誕百年展
五月一日午後、三岸節子生誕百年展の記憶を辿っています。

目の前にある絵から作者の存在感が伝わってきます。音楽もCDを聴くのと実際の演奏を聴くのとでは違うし、他の絵だって実物に対面すると違った感興が生じるので三岸に限ったことではないのですが、しかし彼女の絵からは格別な力が伝わってきます。

形を描き込んだもの、色でまとめたもの、それぞれの作品に違った意思、意図があります。単純とみえる作品のなかから画家の理性、感性が浮かび上がってきて、マンネリズムが全くありません。音楽でも良い演奏、つまらない演奏に分かれるのはそんなところではないでしょうか。技術力を研いたその上で、色を追いかけてみる、形をくっきり描いてみる、めりはりをつけて生きてみる、そういうところから良い演奏が生まれてくる、とでもいいましょうか。

印象深い作品を紹介します。

二十歳の作品「自画像」には苦難に陥っている三岸の表情が描かれていて見ていて痛ましいのですが、一方はるかかなたの未来を見つめている目にどきりとします。冷静とでもいましょうかニンゲン特有の怖い目です。自画像は二枚でしたが、他にもあるのなら見たいものです。

三十六歳の「室内」からは三岸が経済的に余裕ができた様子がうかがえます。色は暖かく、服、テーブルかけ、椅子、壁掛けなどモノがたくさんあって、ひとつひとつに豊かな模様があります。1941年、日本は中国と戦っている最中でやがて真珠湾攻撃になりますが、まだ国の経済力もあった頃です。

「カーニュの家」。六十三歳フランスへ渡った年にみた異国の家、道路の質感の印象を暖色で素直にまとめていて、三十六歳の作品よりみずみずしい感じがします。

一枚だけあげると言われたら七十五歳の「椿」。青、白、茶、黒と寒色で描かれた実に美しい椿です。この絵の良さは実物でないと分かりにくいです。

最期は九十四歳の「花」。赤、白、黒で描かれた豪華な作品で、三岸の生が完璧な作品であった証(あかし)のような絵です。

東山魁夷や平山郁夫のように整った絵も好きでプリントを持っていますが、三岸節子は違った次元にあり、プリントや絵葉書を買っても仕方ないと思い、展覧会用につくられた画集を買うだけにしました。


| おのまのプロフィール | 音楽・美術・映画 | 06:48 | - | trackbacks(0) |
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 06:48 | - | - |
http://onomar.jugem.jp/trackback/709
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< December 2019 >>


↑BGM(ON/OFFで切替)

bgm(別ウィンドウ)

VANCOUVER

TOKYO


↓木霊が宿る町QRコード↓
qrcode
ページランク

GBL:Googleバックリンク数です
 GIP:Googleインデックスページ数です
 MBL:MSNバックリンク数です
 MIP:MSNインデックスページ数です
 YBL:Yahoo!バックリンク数です
 YIP:Yahoo!インデックスページ数です
緑バー:Googleに於ける木霊の宿る町の人気度です

サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jpアソシエイト

このページの先頭へ


あなたはどこにいる free counters