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資料・FBでみつけた軍曹の戦争話は詳細であり、聞き手の受け取り方は正直である

日本が敗戦した八月十五日

 

ソ連軍の参戦を知っていた満州在の帝国陸軍は自らの家族をいちはやく日本に帰し、みずからも密かにとんづら。情報を伏せられて置き去りにされた民間人は満州、朝鮮、中国で自力逃避行を強いられ、数多の犠牲者がでました

 

民間人であるオノマ一家五人も満州、朝鮮を転々とし、日本にもどったのは戦後一年ほど後のことです

 

逃避行が始まる前、我が家にソ連兵たちが入ってきた光景を覚えています。大きな兵隊たちの脚を蹴る幼児・オノマを兵隊たちは面白がったそうです

 

日本人は外出すると難にあうので家から出るのが難しくひっそり暮らしたそうです。さいわい父たちは近隣の中国人たちと仲良くしてたので彼らが買い物をしてくれ、その品物を塀越しに母へ渡していた光景を覚えています

 

夜間、徒歩での逃避行中に防空壕に転がり落ちて見上げると裸電球、引き揚げ船に乗り込むときや船内での混乱、大人たちのあさましさ・・などがオノマ@四歳の脳に刻み込まれ、そうした光景やその時に感じた気持ちは今でもよみがえってきます

 

ボートから母船に乗り込むのは幅ひろい網をよじ登っていったのですが、母船から水滴がポタポタ落ちてきて顔にあたり、見上げると暗い夜空があったこと、幼児・オノマを押しのけたおばさんがいたのでそのお尻をつねったこと、振り向いたおばさんのマヌケ面もよみがえってきます

 

オノマの戦争体験はこのくらいにして、ほんじつはFBでみつけた、生々しい記事を転載します

 

戦争に関する文献をいろいろ読んできましたが、無名の人が書いたこの記事は出色、貴重な記録だと思います

 

安倍晋三さんとか石破茂さんとかいう連中はこういった生々しい光景を疑似体験できる能力が欠落していると思います。観念的な戦争観でもって勇ましいことをしゃべくりまくっている、いざ戦争が始まったら自らの保身を最優先させる、知的生命体としてはできそこないのサル・ニンゲンであるとモノリスは判定し、抹消することでしょう。

 

書かれた方に、転載して良いかをメールで照会したのですが、届かなかったのかお返事がありません。ダメの返事が来たら直ちに消します

 

<歴史の授業> 僕の先生は軍曹だつた。

広島県の山懐にある小さな町での思い出である。私が中学生の時の話だったから、何十年も前のことになる。その頃、私の在籍した中学校には屋内体育館がなかったので、雨天の体操の時間には通常の教室での自由時間に振替えられた。振り替えの授業は楽しかった。なにを勉強してもいい自由時間だったからだ。体操の担任教師の名前は「グンソー」といった。

 

それは彼が兵隊にいたとき、「軍曹」の階級にあったからだ。彼の本名を呼ぶ者は誰もいなかった。彼は体操の振り替え時間には決まって、戦争の体験談を生徒たちに話して聞かせた。だからいつの間にか、彼は「グンソー」という呼び名になってしまったのだが、彼は戦争での経験をまるで手柄話のように語った。

 

グンソーの話から、戦争の真実を生徒たちに伝えたい思いもあるようには見えたが、それよりも、好奇心が強く血気盛んな中学校2年生ぐらいの男子生徒たちに、自分が戦争の中でいかに勇ましかったかをおもしろく話したかったように思えた。今になってみると彼は戦争の話をしながらも、いろいろのことを生徒たちに伝えたかったのかも知れない。しかし彼が亡くなってしまった今となってはよくわからない。彼が話したのは、平和を作る話よりも戦争をする話の方がはるかに多かった。戦争そのものについてであった。グンソーは肌黒く、みるからに目玉も大きくいかつい顔をしていたので、生徒たちは、彼がいったいどのように勇ましい戦争をやってきたか、興味はつきなかった。僕たち中学生は夢中になって耳を傾けた。・・・・・

 

ー今日は雨降りだ。生徒たちは、グンソーが教室に入ってくると、まるで教室が割れんばかりの大きな声で、「グンソー、グンソー・・・・話をしてー、話をしてー」と、話をねだった。すると彼は、嬉しそうに見えながらもなにか躊躇しているようにも見えた。彼の態度から、「これは自分自身から好き好んで戦争の話をしたのではない、生徒たちに求められたから、わしは戦争の話をしたのだ」と言いたかったのかもしれない。グンソーはいつも戦争での体験談を身振り手振りで語った。

 

「わしが初年兵の時じゃった。わしが初めて人を殺したときのことじゃ。中国人の捕虜を処刑せよと命ぜられてのう。困ったようのう。そこでわしは捕虜を広いコーリャン畑に連れていって、日本刀で首を切ろうとしたんじゃ。じゃが日本刀は首に当たらず、肩に当たったので、捕虜は大声をあげて喚きながら逃げていった。人を殺すというのはすごいことじゃ。わしが捕虜を逃がしたということになると大変じゃけえのう。わしは必死でコーリャン畑の中を捕虜を追いかけていってのう・・・・捕虜は肩から血を流しながら、広いコーリャン畑の中を逃げ回ってのう・・そして最後にはわしが捕まえてコーリャン畑で中で射殺したんじゃが、わしが初年兵の時じゃった。」

 

ー敵兵の処刑について、グンソーは事細かに語った。おそらく彼は相当数の処刑を担当させられたのだろう。彼はそのときの様子を、黒板に簡単な線で絵を描きながら語った。

 

 「軍人が処刑を行うときにはのう、囚人にまず目前に穴を掘らせ、その前に囚人を座らせるのじゃ。穴は全部自分で掘らせるんじゃ。処刑は日本刀で首を切り落とすのじゃが、首の皮一枚を残して切り落とすのが上手いやりかたじゃと言われておった。もう殺されるとわかってくると囚人も観念したように見えて、彼らがいったん「メーファーズ(没法師)とつぶやいたら、完全に死を覚悟したように見えたんじゃ。」刀を思い切り振り下ろすと、切断された首からは血がビューとものすごい勢いで噴出したんじゃよ。そしてその体を穴の中に蹴落とすんじゃ」

 

とそのときのその生々しい話をグンソーは刀で切り落とす格好をしながら事細かに語った。なんともショックな話だった。時には捕虜を10人ぐらい並ばせて、片方から鉄砲を撃って銃殺したことも話をした。5〜6人まで弾が届いたというが、なんでもないように軍曹は語った。

 

ー「市外戦のときじゃった、ときどき街角の路上で、敵兵とバッタリと鉢合わせすることがあった。そのときはお互いびっくりするもんじゃ。恐ろしいもんでぇ。すぐにどちらもピストルをを撃ち合ったときのことじゃっ。戦いは誰でも恐いが、お互いに向き合った時には、逃げ出さずに最初に少しでも早く勇気をもった方が戦いには勝つんじゃのう。わしは、そのときに逃げずにすぐに後ろから撃ったんじゃ。ピストルを撃つときは、こうやってピストルを頭の上からゆっくり下ろすようにして照準を合わすんじゃ」グンソーはピストルの撃ち方をゼスチャーでして見せながら語った。

 

ー「あるときわしは敵の視察を命じられてのう。斥候というんじゃが、その途中にわしが森の中で野糞をやっていたらのう、ふと背後の茂みがごそごそするので、なんじゃ、ろうかと思って股下から覗いてみると、なんとのう、2人の「中国兵」がわしの尻に鉄砲を突きつけているのを目にしたんじゃ。」グンソーは苦笑いをしながらも恐怖に満ちた目つきをした。

 

「あああ・・殺される!」とわしが思った瞬間、わしの頭髪はすべて逆立ったんじゃよ。ほんまじゃ。ほんまじゃ。髪の毛が逆立つとはほんまの話じゃ。髪の毛が立つんでぇ。恐ろしいよのう!とグンソーは何ども何度も繰り返して言った。「わしゃ殺される!」と思ったんで、大便をしたままの姿勢で「ウオーーーーー」というような大声をはりあげていきなり立ち上がったんじゃ。すると、その声に驚いた敵兵は、あわてて逃げて言ったよ。ああ、間一髪のところでわしは助かったんじゃ。怖かった。髪の毛が逆立つとはほんまの話じゃ。」 

 

ー「南京の市街に入って行った時のことじゃ。ある民家で、きれいな中国女性を屋内で見つけたんじゃ。・・・・・女は日本への留学経験もあり、言葉も話せる知的で美しい女性じゃった。」グンソーはその女性が知的できれいだったことをしきりに強調した。おそらく会話もしたのであろう。そして言った。「じゃがその女性が他の日本兵に見つかるとのう、強姦されて酷いことをされてしまうというので可哀想じゃったが殺してしまったんじゃ、可哀想じゃった。」とグンソーが悔いているように語った。

 

 中学生とは言え、まだ幼かった僕たちには、強姦というのは何を意味してのか、よくわからなかった。しかし、大人の世界には、子どもにはわからないような世界がたくさんあるようにも感じられた。僕にはある疑問が湧いてきた。なぜグンソーがその女性を殺してしまったのか、その理由がどうしてもわからない。よく考えてみるにグンソー自身が彼女を強姦したのではなかったのか、それを隠すために殺したのではなかったのか。他の兵隊から守るために女を殺してしまったとグンソーは言ったが、あれは嘘に違いない。グンソーが女性を強姦して殺したんだ。それを僕たちに伝えることができないために・・でもそのことは話しにしたいために語ったに違いない。その証拠にグンソーは、「戦争ではなんでもできる。戦争ほどおもしろいものはない」と言ったではないか?でもそんな恐ろしい酷い体験を平気で子どもたちに話せるだろうか?やはり彼は女を強姦していないのではないか・・・・いろいろ考えたが今となっては事実はわからない。

 

戦争中、グンソー自身が中国女性を強姦したという話は、何もしなかったが、彼の話しぶりからは、戦争中にはグンソーを含めて日本の軍人たちはどのような酷いことでも平気でやっていたということがよく伝わってきた。事実はどうであれ、真実を話せない体験が山ほどあるに違いない。

 

雨の日には、グンソーは決まって、戦争の話をした。そして時々思い出したかのように、「戦争は酷(むごい)いもんじゃ」といったが、そのあとには必ず「戦争ほどおもしろいものはない。戦争ではなんでもできるけえのう!」と断言した。・・・・・・そうか、これが日本軍が行っていた戦争の実態だったのだ。

 

しかしこれは中学校での授業の中での話しだから、義理的に「酷い(むごい)とつけ加えたのだろうが、実際には職業軍人にとっては酷くもなんでもなく、戦争は彼らにとっては無限におもしろかったのではないかとも感じた。その当時、日本軍の食料は、すべて現地調達であったという。つまり中国の人々の食べ物を略奪せよと命ぜられていたのだ。わずかの食料で生きている人々なのに、そうした人々の食料をとりに行ったとき、どんなに残虐な行為が待ち受けていたことか。抵抗した人々はほとんどが殺されたに違いない。

 

しかし話の中に、中国大陸や朝鮮半島などで、日本軍が残虐な戦争を続けておびただしい人々を殺したことへの反省などは、微塵もなかった。今から考えてみると、普通の公立学校だったら、このような話も聞けなかったかも知れない。その学校には私立中学校で、定年退職した教師や満州帰りの教師などさまざまな職歴や人生体験を持った教師がいたからだろうと思う。

 

 あるとき、その日は雨の日ではなかったが、突然グンソーが血相を変えて教室に飛び込んできた。そして教壇に上がって大声で言った。

 

「だれだ!だれかが今、人殺し!と叫んだ。出て来い!」と叫んだ。渡り廊下を歩いていたグンソーをだれかが「グンソー人殺し・・・・」と呼んだらしい。彼はそれを聞いて逆上したのだ。「だれが言った?おい!出て来い!おまえらは卑怯じゃ」グンソーは教壇で大声を張り上げた。クラスの全員をまるで犯人のように睨み付けながら執拗に犯人探しを続けた。誰がその言葉を言い放ったのか僕たちは知っていたが、グンソーには何も答えなかった。

 

そういうことがあってからグンソーは、戦争については再び語ることはしなくなった。生徒たちもグンソーの話をもう聞きたくはなかった。人殺しの話はもう十分だったのである。私もグンソーの話を聞くのは好きだったが、彼の性格や生き方は嫌いであった。グンソーを人殺しだと感じていたからだ。しかし考えてみるに、その当時の日本軍人は、父も含めてすべてが「人殺し」を演じていたのだ。軍人とは、いかなることであれ命令を受ければ、情け容赦なく人を殺していた存在だからだ。女でも子どもでも。日本軍人たちは、どれだけたくさんの人々を殺してきたことか!それは朝鮮半島や中国大陸だけではなく、太平洋地域や東南アジア全地域でも同じことだ。すべてが日本の領土を拡張するためで人々の資産を奪おうというものだった。グンソーは自らの体験を語ってくれたが、ほかの人たちは黙して語ろうとはしない。誰も口を開こうとはしない。伝えていこうともしない。

 

日本と中国の戦争では、中国大陸だけで1000万人から3000万人の人々が殺されたといわれている。日本側の公式な計算でも1000万人以上は殺されているというのだから、いったい大陸で何があったか推して知るべしなのである。南京で虐殺された人々は30万人ではなくて、実はもっと少なかったかもしれない。しかし仮に10万人であったとしてもそれは異民族支配の中では恐ろしい数字として歴史に残っているのは事実なのだ。

 

この数字の検証は、中国と日本の双方でやっていくべきものであるが、しかし現在では30万人の虐殺は全く存在しなかったという論争にとどまらず、そうした虐殺自身が存在しなかったという動きが日本にはあるが、こうしたことを主張する彼らは戦争の実相を決して見ようとはしていていない。彼らは日本が起こした戦争を悪いとは思っていない存在だからだ。だからどんなに人々が殺されても、その数字を認めることは決してしない。彼らはどんな事実を突きつけられても平気で否定する人々なのである。恐ろしいことだ。

 

人間は完全には出来ていない。歴史の中で絶えず間違いを犯している存在だ。しかし侵略した事実をきちんと認めて、政府として謝罪することで日本人として歴史の中でより真摯な生き方ができるし、信頼し合うこれからの共同体を作り上げていくにつながる。1991年、私はユネスコの仕事で北京に仕事で行ったとき、たまたま戦争博物館を見学したことがある。その博物館は、展示品と言ってもほとんどが写真と新聞記事だけで構成されているものであったが、そこに展示してあった当時の日本の新聞記事に大きな衝撃を受けた。これは当時の毎日新聞の前身である東京日日新聞の実際の記事であったが、大見出しには実名で「南京攻略時に「百人斬り競争」を行った日本軍の将校の二人の発言が報道されていた。

 

この競争の模様は、1937年11月30日付けの東京日日新聞(現在の毎日新聞)によって報道された。その報道によると、日本軍が南京へと進撃中の無錫から南京に到る間に、日本軍の向井敏明少尉(歩兵第9連隊-第3大隊-歩兵砲小隊長)と野田毅少尉(歩兵第9連隊-第3大隊副官)のどちらが早く100人を斬るか,の競争を行っていると報じた。東京日日新聞記事では、無錫−常州間で向井少尉は56人、野田少尉は25人の中国兵を斬ったと報じている。また、1937年12月13日付けの記事では、12月10日に記者と会った時のインタビューとして、すでに向井少尉は106人、野田少尉は105人の中国兵を殺害しており100人斬り競争の勝敗が決定できず、改めて150人を目標とする殺害競争を始めると報じている。

 

これは戦時中のことだから、新聞もかなり誇張して書いたかも知れず、(近年は虚報だと言う意見もあるらしく)事実であるかどうかはわからない。しかし当時の日本の新聞がこうした記事を掲載していたことを考えると、これに近い虐殺は当時、面白半分に、手柄半分に日本軍人によって行われていたことは容易に想像できる。

 

敗戦から70年が過ぎた今、戦争はまるで天災や自然災害と同じだったような感じで報道がなされている。敗戦国としてアメリカに踏まれた者の痛さとしての悲惨な「東京大空襲」や「広島の原爆投下」や「沖縄戦」のことは、TVでよく上映されている。しかしその内容はと言えば、ほとんどが反戦映画とは言っても「東京大空襲」や「広島の原爆体験記」など被害を受けた一般市民の視点だけであり、グンソーのように中国大陸や朝鮮半島で実際に「人を踏んだ者」や「人々を殺しまくった軍人」の体験談をする番組はほとんどない。

 

マスコミもあえてこの問題に触れようとしない。殺(や)られたということだけであって、殺(や)ったということは決してしない。要はうしろめたい体験はすべて隠そうとしているのだ。そして否定しようとするのだ。従軍慰安婦について、河野官房長官の談話の中での唯一の謝罪があるが、こうした談話すら否定しようとする動きが現在政府の中にある。これは本当に恥知らずで無責任な性格をよく表している。「文書がない」という理由で水に流そうとしているのだ。

 

考えてもみよう。中国や韓国の人々が、日本の戦争責任を口にするときには、彼らは戦争中、言葉で表現できないような、悲痛な体験をしてきているのだ。そして語り継いできているのだ。もしもあなたの家族が百人斬りの中の犠牲者になっていたら、もしもあなたの家族が強制連行で従軍慰安婦として働かされてていたら、もしもあなたの美田が強制徴収にあっていたら・・・・その恨みや辛さを永遠に語り継いでいくのは当然のこと。恨みや辛みは永遠なのだ。もし日本人が中国や韓国の人々から非情な仕打ちを受けていたら、それを後世忘れないのは当然だろう。

 

アメリカとの戦争では、沖縄を除いて、顔の見えない戦争(東京大空襲、原爆投下にしても人々の接した戦争は地上戦ではなかった)であったが、大陸では顔の見えるなまなましい戦争であった。しかし実態として、現代の日本人のどれだけの人々が戦争で行った「心の痛み」を深く感じながら、自らの国が、自らの肉親たちが行った残虐な行為を「慙愧の念」をもって振り返っているであろうか?そして語り継いでいこうとしているであろうか?「人の心の中に平和の砦(とりで)を!」という言葉があるが、平和を口にする前にまず戦争についての実態や事実を”きちんと時次世代に語っておく必要がある。そうでないと戦争は我らの世界から消えることはない。そして前世代のやった残虐な行為を背負って、次世代が育っていくのだから。

 

「なぜ日本軍は大陸に侵略していたのか?なぜ朝鮮半島を植民地にしていたのか?なぜ日本は満州国をつくっていたのか?なぜ多くの人々を殺しまくっていたのか?なぜ軍隊はいつも女性を強姦するのか?なぜ人間は物欲が余りにも深く他の存在を支配しようとするのか?

 

しかしこうした体験や考えは今や風前の灯になって消え去ろうとしている。みんな黙して語らないからだ。過去の体験をひたすらに水に流そうとしているのだ。沈黙のまま墓場まで持って行こうとしている。

 

ああ、歴史は必ず繰り返す。日本人は、被害者であった以上に加害者であったことを引き継いで伝えていかなければならない。人に踏まれたことより人を踏んだことを・・そう、戦争中、最も悲痛であったのは、被害者であったからだ。政治家がやったことを決して忘れてはいけない。そしてそれに追随して破局に陥ったことを・・・今日本では、今間違った歴史観が育っている。人を踏みつけてもなんとも思わないような歴史や、あったことでも存在していなかったように真実を覆い隠そうとする歴史観が広がっていっている。

 

そうした中からは、決して正しい意味での”日本人の誇り”とか”日本人の愛国心”が育っていく訳がない。愛国心とは、国境を越えて世界中の人々を愛することができることをいうのだ。決して狭い人間観ではない。狭い国家観がどれだけ人間を閉鎖的で残忍な存在にしてきたか、近代の歴史を見れば一目瞭然であろう。愛国心は悪漢の最後の隠れがだという有名な言葉もあるぐらいだ。そして三流学者が自虐史観という名称をつけては、自らの行ってきた罪業を闇に葬ろうとしているのが現在の日本の歴史教育の流れとなろうとしている。そして再び、軍産学が手に手を取り合って、コンピュータを搭載した兵器産業を日本の主翼な産業に成長させようとしている。そして安倍内閣は、戦争法を強行し、平和憲法9条を改悪しようとしている。

 

グンソー先生!あなたは生徒たちにいろいろ言われながらも、そのようななまなましい体験を語ってくれて、ありがとう!あなたたちが中国や韓国でやってきたこと・・人々を踏みつけてきたこと。それは決して忘れませんから。そして同時に子どもたちは、いつの時代にも、大人の本当の気持ちや真実を知りたいと思っていることを。グンソー、グンソーと言われながら、反面教師かなにかわからないけれど、中学生に自らの赤裸々な戦争体験を一生懸命に語ってくれていた先生!あなたが話してくれたからこそ、今、こうやってブログを通して多くの人々に伝わっていっているんです。ありがとうございます!! 

 

田島伸二

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まさにそのとおり。有り難く保存させて頂きます。

第一節 心のけがれ

 一、仏性(ぶっしょう)を覆いつつむ煩悩に二種類ある。

 一つは知性の煩悩である。二つには感情の煩悩である(一つは道理に迷う理性の煩悩である。二つには実際に当たって迷う感情の煩悩である)。

 この二つの煩悩は、あらゆる煩悩の根本的な分類であるが、このあらゆる煩悩の根本となるものを求めれば、一つには無明(むみょう)、二つには愛欲となる(この二つの煩悩は、無明と愛欲となる)。

 この無明と愛欲とは、あらゆる煩悩を生み出す自在の力を持っている。そして、この二つこそ、すべての煩悩の源なのである。

 無明とは無知のことで、ものの道理をわきまえないことである。愛欲は激しい欲望で、生に対する執着が根本であり、見るもの聞くものすべてを欲しがる欲望ともなり、また転じて、死を願うような欲望ともなる。

 この無明と愛欲とをもとにして、貪(むさぼ)り、瞋(いか)り、愚かさ、邪見(じゃけん)、恨み、嫉(ねた)み、へつらい、たぶらかし、おごり、あなどり、ふまじめ、その他いろいろの煩悩が生まれてくる。


 二、貪りの起きるのは、気に入ったものを見て、正しくない考えを持つためである。瞋りの起きるのは、気に入らないものを見て、正しくない考えを持つためである。愚かさはその無知のために、なさなければならないことと、なしてはならないこととを知らないことである。邪見は正しくない教えを受けて、正しくない考えを持つことから起きる。

 この貪(むさぼ)りと瞋(いか)りと愚かさは、世の三つの火といわれる。貪りの火は、欲にふけって、真実心を失った人を焼き、瞋りの火は、腹を立てて、生けるものの命を害(そこ)なう人を焼き、愚かさの火は、心迷って仏の教えを知らない人を焼く。

 まことにこの世はさまざまの火に焼かれている。貪りの火、瞋りの火、愚かさの火、生・老・病・死の火、憂い・悲しみ・苦しみ・悶えの火、さまざまな火によって炎々と燃えあがっている。これらの煩悩の火はおのれを焼くばかりでなく、他をも苦しめ、人を身(しん)・口(く)・意(い)の三つの悪い行為に導くことになる。しかも、これらの火によってできた傷口のうみは触れたものを毒し、悪道に陥(おと)し入れる。


 三、貪(むさぼ)りは満足を得たい気持ちから、瞋(いか)りは満足を得られない気持ちから、愚かさは不浄な考えから生まれる。貪りは罪の汚れは少ないけれども、これを離れることは容易でなく、瞋りは罪の汚れが大きいけれども、これを離れることは早いものである。愚かさは罪の汚れも大きく、またこれを離れることも容易ではない。

 したがって、人びとは気に入ったものの姿を見聞きしては正しく思い、気に入らないものの姿を見ては慈しみの心を養い、常に正しく考えて、この三つの火を消さなければならない。もしも、人びとが正しく、清く、無私の心に満ちているならば、煩悩によって惑わされることはない。


 四、貪り、瞋り、愚かさは熱のようなものである。どんな人でも、この熱の一つでも持てば、いかに美しい広びろとした部屋に身を横たえても、その熱にうなされて、寝苦しい思いをしなければならない。

 この三つの煩悩のない人は、寒い冬の夜、木の葉を敷物とした薄い寝床でも、快く眠ることができ、むし暑い夏の夜、閉じこめられた狭苦しい部屋でも、安らかに眠ることができる。

 この三つは、この世の悲しみと苦しみのもとである。この悲しみと苦しみのもとを絶つものは、戒めと心の統一と智慧である。戒めは貪りの汚れを取り去り、正しい心の統一は瞋りの汚れを取り去り、智慧は愚かさの汚れを取り去る。


 五、人間の欲にははてしがない。それはちょうど塩水を飲むものが、いっこうに渇きが止まらないのに似ている。彼はいつまでたっても満足することがなく、渇きはますます強くなるばかりである。

 人はその欲を満足させようとするけれども、不満がつのっていらだつだけである。

 人は欲を決して満足させることができない。そこには求めて得られない苦しみがあり、満足できないときには、気も狂うばかりとなる。

 人は欲のために争い、欲のために戦う。王と王、臣と臣、親と子、兄と弟、姉と妹、友人同士、互いにこの欲のために狂わされて相争い、互いに殺し合う。

 また人は欲のために身をもちくずし、盗み、詐欺し、姦淫する。ときには捕らえられて、さまざまな刑を受け、苦しみ悩む。

 また、欲のために身・口・意の罪を重ね、この世で苦しみを受けるとともに、死んで後の世には、暗黒の世界に入ってさまざまな苦しみを受ける。


六、愛欲は煩悩の王、さまざ
| 豊岳正彦 | 2018/08/16 8:14 AM |

六、愛欲は煩悩の王、さまざまの煩悩がこれにつき従う。

 愛欲は煩悩の芽をふく湿地、さまざまな煩悩を生じる。愛欲は善を食う鬼女、あらゆる善を滅ぼす。

 愛欲は花に隠れ住む毒蛇、欲の花を貪るものに毒を刺して殺す。愛欲は木を枯らすつる草、人の心に巻きつき、人の心の中の善のしるを吸い尽くす。愛欲は悪魔の投げた餌(え)、人はこれにつられて悪魔の道に沈む。

 飢えた犬に血を塗った乾いた骨を与えると、犬はその骨にしゃぶりつき、ただ疲れと悩みを得るだけである。愛欲が人の心を養わないのは、まったくこれと同じである。

 一切れの肉を争って獣は互いに傷つく。たいまつを持って風に向かう愚かな人は、ついにおのれ自身を焼く。この獣のように、また、この愚かな人のように、人は欲のためにおのれの身を傷つけ、その身を焼く。


 七、外から飛んでくる毒矢は防ぐすべがあっても、内からくる毒矢は防ぐすべがない。貪りと瞋りと愚かさと高ぶりとは、四つの毒矢にもたとえられるさまざまな病を起こすものである。

 心に貪(むさぼ)りと瞋(いか)りと愚かさがあるときは、口には偽りと無駄口悪口と二枚舌を使い、身には殺生と盗みとよこしまな愛欲を犯すようになる。

 意の三つ、口の四つ、身の三つ、これらを十悪という。

 知りながらも偽りを言うようになれば、どんな悪事をも犯すようになる。悪いことをするから、偽りを言わなければならないようになり、偽りを言うようになるから、平気で悪いことをするようになる。
 
 人の貪(むさぼ)りも、愛欲も恐れも瞋(いか)りも、愚かさからくるし、人の不幸も難儀も、また愚かさからくる。愚かさは実に人の世の病毒にほかならない。
 

 八、人は煩悩によって業(ごう)を起こし、業によって苦しみを招く。煩悩と業と苦しみの三つの車輪はめぐりめぐってはてしがない。

 この車輪の回転には始まりもなければ終わりもない。しかも、人はこの輪廻(りんね)から逃れるすべを知らない。永遠に回帰する輪廻に従って、人はこの現在の生から、次の生へと永遠に生まれ変わってゆく。

 限りない輪廻の間に、ひとりの人が焼き捨てた骨を積み重ねるならば、山よりも高くなり、また、その間に飲んだ母の乳を集めるならば、海の水よりも多くなるであろう。

 だから、人には仏性があるとはいえ、煩悩の泥があまりに深いため、その芽生えは容易でない。芽生えない仏性はあってもあるとはいわれないので人びとの迷いははてしない。


第四節  迷いのすがた

 一、この世の人びとは、人情が薄く、親しみ愛することを知らない。しかも、つまらないことを争いあい、激しい悪と苦しみの中にあって、それぞれの仕事を勤めて、ようやく、その日を過ごしている。

 身分の高下にかかわらず、富の多少にかかわらず、すべてみな金銭のことだけに苦しむ。なければないで苦しみ、あればあるで苦しみ、ひたすらに欲のために心を使って、安らかなときがない。

 富める人は、田があれば田を憂え、家があれば家を憂え、すべて存在するものに執着して憂いを重ねる。あるいは災いにあい、困難に出会い、奪われ焼かれてなくなると、苦しみ悩んで命まで失うようになる。しかも死への道はひとりで歩み、だれもつき従う者はない。

 貧しいものは、常に足らないことに苦しみ、家を欲しがり、田を欲しがり、この欲しい欲しいの思いに焼かれて、心身ともに疲れ果ててしまう。このために命を全うすることができずに、中途で死ぬようなこともある。

 すべての世界が敵対するかのように見え、死出の旅路は、ただひとりだけで、はるか遠くに行かなければならない。


 二、また、この世には五つの悪がある。

 一つには、あらゆる人から地に這う虫に至るまで、すべてみな互いにいがみあい、強いものは弱いものを倒し、弱いものは強いものを欺き、互いに傷つけあい、いがみあっている。

 二つには、親子、兄弟、夫婦、親族など、すべて、それぞれおのれの道がなく、守るところもない。ただ、おのれを中心にして欲をほしいままにし、互いに欺きあい、心と口とが別々になっていて誠がない。

 三つには、だれも彼もみなよこしまな思いを抱き、みだらな思いに心をこがし、男女の間に道がなく、そのために、徒党を組んで争い戦い、常に非道を重ねている。

 四つには、互いに善い行為をすることを考えず、ともに教えあって悪い行為をし、偽り、むだ口、悪口、二枚舌を使って、互いに傷つけあっている。ともに尊敬しあうことを知らないで、自分だけが尊い偉いものであるかのように考え、他人を傷つけて省みるところがない。

 五つには、すべてのものは怠りなまけて、善い
| 豊岳正彦 | 2018/08/16 8:19 AM |

 五つには、すべてのものは怠りなまけて、善い行為をすることさえ知らず、恩も知らず、義務も知らず、ただ欲のままに動いて、他人に迷惑をかけ、ついには恐ろしい罪を犯すようになる。


 三、人は互いに敬愛し、施しあわなければならないのに、わずかな利害のために互いに憎み争うことだけをしている。しかも、争う気持ちがほんのわずかでも、時の経過に従ってますます大きく激しくなり、大きな恨みになることを知らない。

 この世の争いは、互いに害(そこな)いあっても、すぐに破滅に至ることはないけれども、毒を含み、怒りが積み重なり、憤りを心にしっかり刻みつけてしまい、生をかえ、死をかえて、互いに傷つけあうようになる。

 人はこの愛欲の世界に、ひとり生まれ、ひとり死ぬ。未来の報いは代わって受けてくれるものがなく、おのれひとりでそれに当たらねばならない。

 善と悪とはそれぞれその報いを異にし、善は幸いを、悪は災いをもたらし、動かすことのできない道理によって定まっている。しかも、それぞれが、おのれの業を担い、報いの定まっているところへ、ひとり赴く。


 四、恩愛のきずなにつながれては憂いに閉ざされ、長い月日を経ても、いたましい思いを解くことができない。それとともに、激しい貪りにおぼれては、悪意に包まれ、でたらめに事を起こし、他人と争い、真実の道に親しむことができず、寿命も尽きないうちに、死に追いやられ、永劫に苦しまなければならない。

 このような人の仕業は、自然の道に逆らい、天地の道理にそむいているので、必ず災いを招くようになり、この世でも、後の世でも、ともに苦しみを重ねなければならない。

 まことに、世俗のことはあわただしく過ぎ去ってゆき、頼りとすべきものは何一つなく、力になるものも何一つない。この中にあって、こぞってみな快楽のとりことなっていることは、嘆かわしい限りといわなければならない。


 五、このような有様が、まことにこの世の姿であり、人びとは苦しみの中に生まれてただ悪だけを行ない、善を行なうことを少しも知らない。だから自然の道理によって、さらに苦しみの報いを受けることを避けられない。

 ただおのれにのみ何でも厚くして、他人に恵むことを知らない。そのうえ、欲に迫られてあらゆる煩悩を働かせ、そのために苦しみ、またその結果によって苦しむ。

 栄華の時勢は長続きせず、たちまちに過ぎ去る。この世の快楽も何一つ永続するものはない。
 

 六、だから、人は世俗のことを捨て、健全なときに道を求め、永遠の生を願わねばならない。道を求めることをほかにして、どんな頼み、どんな楽しみがあるというのか。

 ところが人びとは、善い行為をすれば善を得、道にかなった行為をすれば道を得るということを信じない。また、人が死んでまた生まれるということを知らず、施せば幸いを得るということを信じない。すべて善悪にかかわるすべてのことを信じない。

 ただ、誤った考えだけを持ち、道も知らず、善も知らず、心が暗くて、吉凶禍福が次々に起こってくる道理を知らず、ただ眼前に起こることだけについて泣き悲しむ。

 どんなものでも永久に変わらないものはないのであるから、すべてうつり変わる。ただ、これについて苦しみ悲しむことだけを知っていて、教えを聞くことがなく、心に深く思うことがなく、ただ眼前の快楽におぼれて、財貨や色欲を貪って飽きることを知らない。


 七、人びとが、遠い昔から迷いの世界を経めぐり、憂いと苦しみに沈んでいたことは、言葉では言い尽くすことができない。しかも、今日に至っても、なお迷いは絶えることがない。ところが、いま、仏の教えに会い、仏の名を聞いて信ずることができたのは、まことにうれしいことである。

 だから、よく思いを重ね、悪を遠ざけ、善を選び、努め行なわなければならない。

 いま、幸いにも仏の教えに会うことができたのであるから、どんな人も仏の教えを信じて、仏の国に生まれることを願わなければならない。仏の教えを知った以上は、人は他人に従って煩悩や罪悪のとりこになってはならない。また、仏の教えをおのれだけのものとすることなく、それを実践し、それを他人に教えなければならない。

| 豊岳正彦 | 2018/08/16 8:20 AM |

はげみ

第1章 さとりへの道 

 第一節 心を清める

 一、人には、迷いと苦しみのもとである煩悩がある。この煩悩のきずなから逃れるには五つの方法がある。

 第一には、ものの見方を正しくして、その原因と結果とをよくわきまえる。すべての苦しみのもとは、心の中の煩悩であるから、その煩悩がなくなれば、苦しみのない境地が現われることを正しく知るのである。

 見方を誤るから、我(が)という考えや、原因・結果の法則を無視する考えが起こり、この間違った考えにとらわれて煩悩を起こし、迷い苦しむようになる。

 第二には、欲をおさえしずめることによって煩悩をしずめる。明らかな心によって、眼・耳・鼻・舌・身・意の六つに起こる欲をおさえしずめて、煩悩の起こる根元を断ち切る。

 第三には、物を用いるに当たって、考えを正しくする。着物や食物を用いるのは享楽のためとは考えない。着物は暑さや寒さを防ぎ羞恥を包むためであり、食物は道を修めるもととなる身体を養うためにあると考える。この正しい考えのために、煩悩は起こることができなくなる。

 第四には何ごとも耐え忍ぶことである。暑さ・寒さ・飢え・渇きを耐え忍び、ののしりや謗(そし)りを受けても耐え忍ぶことによって、自分の身を焼き滅ぼす煩悩の火は燃え立たなくなる。

 第五には、危険から遠ざかることである。賢い人が、荒馬や狂犬の危険に近づかないように、行ってはならない所、交わってはならない友は遠ざける。このようにすれば煩悩の炎は消え去るのである。


 二、世には五つの欲がある。

 眼に見るもの、耳に聞く声、鼻にかぐ香り、舌に味わう味、身に触れる感じ、この五つのものをここちよく好ましく感ずることである。

 多くの人は、その肉体の好ましさに心ひかれて、これにおぼれ、その結果として起こる災いを見ない。これはちょうど、森の鹿が猟師のわなにかかって捕えられるように、悪魔のしかけたわなにかかったのである。まことにこの五欲はわなであり、人びとはこれにかかって煩悩を起こし、苦しみを生む。だから、この五欲の災いを見て、そのわなから免れる道を知らなければならない。


 三、その方法は一つではない。例えば、蛇と鰐(わに)と鳥と犬と狐と猿と、その習性を別にする六種の生きものを捕えて強いなわで縛り、そのなわを結び合わせて放つとする。

 このとき、この六種の生きものは、それぞれの習性に従って、おのおのその住みかに帰ろうとする。蛇は塚に、鰐は水に、鳥は空に、犬は村に、狐は野に、猿は森に。このために互いに争い、力のまさったものの方へ、引きずられてゆく。

 ちょうどこのたとえのように、人びとは目に見たもの、耳に聞いた声、鼻にかいだ香り、舌に味わった味、身に触れた感じ、及び、意(こころ)に思ったもののために引きずられ、その中の誘惑のもっとも強いものの方に引きずられてその支配を受ける。

 またもし、この六種の生きものを、それぞれなわで縛り、それを丈夫な大きな柱に縛りつけておくとする。はじめの間は、生きものたちはそれぞれの住みかに帰ろうとするが、ついには力尽き、その柱のかたわらに疲れて横たわる。

 これと同じように、もし、人がその心を修め、その心を鍛練しておけば、他の五欲に引かれることはない。もし心が制御されているならば、人びとは、現在においても未来においても幸福を得るであろう。


 四、人びとは欲の火の燃えるままに、はなやかな名声を求める。それはちょうど香が薫りつつ自らを焼いて消えてゆくようなものである。いたずらに名声を求め、名誉を貪って、道を求めることを知らないならば、身はあやうく、心は悔いにさいなまれるであろう。

 名誉と財と色香とを貪り求めることは、ちょうど、子供が刃(やいば)に塗られた蜜をなめるようなものである。甘さを味わっているうちに、舌を切る危険をおかすこととなる。

 愛欲を貪り求めて満足を知らない者は、たいまつをかかげて風に逆らいゆくようなものである。手を焼き、身を焼くのは当然である。

 貪りと瞋(いか)りと愚かさという三つの毒に満ちている自分自身の心を信じてはならない。自分の心をほしいままにしてはならない。心をおさえ欲のままに走らないように努めなければならない。


 五、さとりを得ようと思うものは、欲の火を去らなければならない。干し草を背に負う者が野火を見て避けるように、さとりの道を求める者は、必ずこの欲の火から遠ざからなければならない。 
                                     
 美しい色を見、それに心を奪われることを恐れて眼をくり抜こうとする者は愚かである。心が
| 豊岳正彦 | 2018/08/16 8:24 AM |

                                     
 美しい色を見、それに心を奪われることを恐れて眼をくり抜こうとする者は愚かである。心が主であるから、よこしまな心を断てば、従者である眼の思いは直ちにやむ。

 道を求めて進んでゆくことは苦しい。しかし、道を求める心のないことは、さらに苦しい。この世に生まれ、老い、病んで、死ぬ。その苦しみには限りがない。

 道を求めてゆくことは、牛が重荷を負って深い泥の中を行くときに、疲れてもわき目もふらずに進み、泥を離れてはじめて一息つくのと同じでなければならない。欲の泥はさらに深いが、心を正しくして道を求めてゆけば、泥を離れて苦しみはうせるであろう。


  六、道を求めてゆく人は、心の高ぶりを取り去って教えの光を身に加えなければならない。どんな金銀・財宝の飾りも、徳の飾りには及ばない。

 身を健やかにし、一家を栄えさせ、人びとを安らかにするには、まず、心をととのえなければならない。心をととのえて道を楽しむ思いがあれば、徳はおのずからその身にそなわる。

 宝石は地から生まれ、徳は善から現われ、智慧は静かな清い心から生まれる。広野のように広い迷いの人生を進むには、この智慧の光によって、進むべき道を照らし、徳の飾りによって身をいましめて進まなければならない。

 貪(むさぼ)りと瞋(いか)りと愚かさという三つの毒を捨てよ、と説く仏の教えは、よい教えであり、その教えに従う人は、よい生活と幸福とを得る人である。


 七、人の心は、ともすればその思い求める方へと傾く。貪(むさぼ)りを思えば貪りの心が起こる。瞋(いか)りを思えば瞋りの心が強くなる。損なうことを思えば損なう心が多くなる。

 牛飼いは、秋のとり入れ時になると、放してある牛を集めて牛小屋に閉じこめる。これは牛が穀物を荒して抗議を受けたり、また殺されたりすることを防ぐのである。

 人もそのように、よくないことから起こる災いを見て、心を閉じこめ、悪い思いを破り捨てなければならない。貪(むさぼ)りと瞋(いか)りと損なう心を砕いて、貪らず、瞋(いか)らず、損なわない心を育てなければならない。

 牛飼いは、春になって野原の草が芽をふき始めると牛を放す。しかし、その牛の群れの行方を見守り、その居所に注意を怠らない。

 人もまた、これと同じように、自分の心がどのように動いているか、その行方を見守り、行方を見失わないようにしなければならない。


 八、釈尊がコーサンビーの町に滞在していたとき、釈尊に怨みを抱く者が町の悪者を買収し、釈尊の悪口を言わせた。釈尊の弟子たちは、町に入って托鉢(たくはつ)しても一物も得られず、ただそしりの声を聞くだけであった。

 そのときアーナンダは釈尊にこう言った。「世尊よ、このような町に滞在することはありません。他にもっとよい町があると思います」「アーナンダよ、次の町もこのようであったらどうするのか」「世尊よ、また他の町へ移ります」

 「アーナンダよ、それではどこまで行ってもきりがない。わたしはそしりを受けたときには、じっとそれに耐え、そしりの終わるのを待って、他へ移るのがよいと思う。アーナンダよ。仏は、利益・害・中傷・ほまれ・たたえ・そしり・苦しみ・楽しみという、この世の八つのことによって動かされることがない。こういったことは、間もなく過ぎ去るであろう」



 第二節 善い行ない


 一、道を求めるものは、常に身と口と意の三つの行ないを清めることを心がけなければならない。身の行ないを清めるとは、生きものを殺さず、盗みをせず、よこしまな愛欲を犯さないことである。口の行ないを清めるとは、偽りを言わず、悪口を言わず、二枚舌を使わず、むだ口をたたかないことである。意の行ないを清めるとは、貪(むさぼ)らず、瞋(いか)らず、よこしまな見方をしないことである。

 心が濁れば行ないが汚れ、行ないが汚れると、苦しみを避けることができない。だから、心を清め、行ないを慎しむことが道のかなめである。


 二、昔、ある金持ちの未亡人がいた。親切で、しとやかで、謙遜であったため、まことに評判のよい人であった。その家にひとりの女中がいて、これも利口でよく働く女であった。

 あるとき、その女中がこう考えた。「うちの主人は、まことに評判のよい人であるが、腹からそういう人なのか、または、よい環境がそうさせているのか、一つ試してみよう」

 そこで、女中は、次の日、なかなか起きず、昼ごろにようやく顔を見せた。主人はきげんを悪くして、「なぜこんなに遅いのか。」ととがめた。

 「一日や二日遅くても、そうぶりぶり怒
| 豊岳正彦 | 2018/08/16 8:26 AM |

 「一日や二日遅くても、そうぶりぶり怒るものではありません」とことばを返すと、主人は怒った。

 女中はさらに次の日も遅く起きた。主人は怒り、棒で打った。このことが知れわたり、未亡人はそれまでのよい評判を失った。


 三、だれでもこの女主人と同じである。環境がすべて心にかなうと、親切で謙遜で、静かであることができる。しかし、環境が心に逆らってきても、なお、そのようにしていられるかどうかが問題なのである。

 自分にとって面白くないことばが耳に入ってくるとき、相手が明らかに自分に敵意を見せて迫ってくるとき、衣食住が容易に得られないとき、このようなときにも、なお静かな心と善い行ないとを持ち続けることができるであろうか。

 だから、環境がすべて心にかなうときだけ、静かな心を持ちよい行ないをしても、それはまことによい人とはいえない。仏の教えを喜び、教えに身も心も練り上げた人こそ、静かにして、謙遜な、よい人といえるのである。


 四、すべてことばには、時にかなったことばとかなわないことば、事実にかなったことばとかなわないことば、柔らかなことばと粗いことば、有益なことばと有害なことば、慈しみあることばと憎しみのあることば、この五対がある。

 この五対のいずれによって話しかけられても、

 「わたしの心は変わらない。粗いことばはわたしの口から漏れない。同情と哀れみとによって慈しみの思いを心にたくわえ、怒りや憎しみの心を起こさないように」と努めなければならない。

 たとえばここに人がおり、鋤と鍬を持って、この大地の土をなくそうと、土を掘ってはまき散らし、土よなくなれと言ったとしても、土をなくすことはできない。このようにすべてのことばをなくしてしまうことはのぞみ得ない。

 だから、どんなことばで語られても、心を鍛えて慈しみの心をもって満たし、心の変わらないようにしておかなければならない。

 また、絵の具によって、空に絵を描こうとしても、物の姿を現わすことはできないように、また、枯草のたいまつによって、大きな河の水を乾かそうとしてもできないように、また、よくなめした柔らかな皮を摩擦して、ざらざらした音を立てようとしてもできないように、どんなことばで話しかけられても、決して心の変わらないように、心を養わなければならない。

 人は、心を大地のように広く、大空のように限りなく、大河のように深く、なめした皮のように柔らかに養わなければならない。

 たとえ、かたきに捕らえられて、苦しめられるようなことがあっても、そのために心を暗くするのは、真に仏の教えを守った者とはいえない。どんな場合に当たっても、
 
 「私の心は動かない。憎しみ怒ることばは、わたしの口を漏れない。同情と哀れみのある慈しみの心をもって、その人を包むように。」と学ばなければならない。


 五、ある人が、「夜は煙って、昼は燃える蟻塚。」を見つけた。
ある賢者にそのことを語ると、「では、剣をとって深く掘り進め。」と命ぜられ、言われるままに、その蟻塚を掘ってみた。

 はじめにかんぬきが出、次は水泡、次には刺叉(さすまた)、それから箱、亀、牛殺しの刀、一片の肉が次々と出、最後に龍が出た。

 賢者にそのことを語ると、「それらのものをみな捨てよ。ただ龍のみをそのままにしておけ。龍を妨げるな。」と教えた。

 これはたとえである。ここに「蟻塚」というのはこの体のことである。「夜は煙って」というのは、昼間したことを夜になっていろいろ考え、喜んだり、悔やんだりすることをいう。「昼は燃える」というのは、夜考えたことを、昼になってから体や口で実行することをいう。

 「ある人」というのは道を求める人のこと、「賢者」とは仏のことである。「剣」とは清らかな智慧のこと、「深く掘り進む」とは努力のことである。

 「かんぬき」とは無明のこと、「水泡」とは怒りと悩み、「刺叉」とはためらいと不安、「箱」とは貪り・瞋り・怠り・浮わつき・悔い・惑いのこと、「亀」とは身と心のこと、「牛殺しの刀」とは五欲のこと、「一片の肉」とは楽しみを貪り求める欲のことである。これらは、いずれもこの身の毒となるものであるから、「みな捨てよ」というのである。

 最後の「龍」とは、煩悩の尽きた心のことである。わが身の足下を掘り進んでゆけば、ついにはこの龍を見ることになる。

 掘り進んでこの龍を見いだすことを、「龍のみをそのままにしておけ、龍を妨げるな。」というのである。


 六、釈尊の弟子ピンドーラは、さとりを得て後、故郷の恩に報いるために、コーサンビーの町に帰り、努力して仏の種をまく田地(でんち)の用意をしようとした。コー
| 豊岳正彦 | 2018/08/16 8:28 AM |

 六、釈尊の弟子ピンドーラは、さとりを得て後、故郷の恩に報いるために、コーサンビーの町に帰り、努力して仏の種をまく田地(でんち)の用意をしようとした。コーサンビーの郊外に、小公園があり、椰子の並木は果てもなく続き、ガンジスの洋々たる河波は、涼しい風を絶え間なく送っていた。

 夏のある日、昼の暑い日盛りを避けて、ピンドーラは、並木の木陰の涼しいところで座禅していた。ちょうどこの日、城主のウダヤナ王も、妃たちを連れて公園に入り、管弦の遊びに疲れて、涼しい木陰にしばしの眠りにおちいった。

 妃たちは、王の眠っている間、あちらこちらとさまよい歩き、ふと、木陰に端座するピンドーラを見た。彼女らはその姿に心うたれ、道を求める心を起こし、説法することを求めた。そして、彼の教えに耳を傾けた。

 目を覚ました王は、妃たちのいないのに不審をいだき、後を追って、木陰で妃たちにとりまかれているひとりの出家を見た。淫楽に荒んだ王は、前後の見境もなく、心中にむらむらと嫉妬の炎を燃やし、「わが女たちを近づけて雑談にふけるとはふらちな奴だ。」と悪口を浴びせた。ピンドーラは眼を閉じ、黙然として、一語も発しない。

 怒り狂った王は、剣を抜いて、ピンドーラの頭につきつけたが、彼はひとことも語らず、岩のように動かない。

 いよいよ怒った王は、蟻塚をこわして、無数の赤蟻を彼の体のまわりにまき散らしたが、それでもピンドーラは、端然と坐ったままそれに耐えていた。

 ここに至って、王ははじめて自分の狂暴を恥じ、その罪をわびて許しを請うた。これから仏の教えがこの王家に入り、その国に広まるいとぐちが開けた。




 七、その後、幾日か過ぎて、ウダヤナ王はピンドーラをその住む森に訪ね、その不審をただした。

 「大徳よ、仏の弟子たちは、若い身でありながら、どうして欲におぼれず、清らかにその身を保つことができるのであろうか。」

 「大王よ、仏はわたしたちに向かって、婦人に対する考えを教えられた。年上の婦人を母と見よ。中ほどの婦人を妹と見よ。若い婦人を娘と見よと。この教えによって、弟子たちは若い身でありながら、欲におぼれず、その身を清らかに保っている。」

 「大徳よ、しかし、人は、母ほどの人にも、妹ほどの人にも、娘ほどの人にもみだらな心を起こすものである。仏の弟子たちはどのようにして欲を抑えることができるのであろうか。」

 「大王よ、世尊は、人の体がいろいろの汚れ、血・うみ・汗・脂など、さまざまの汚れに満ちていることを観(み)よと教えられた。このように見ることによって、われわれ若い者でも、心を清らかに保つことができるのである。」

 「大徳よ、体を鍛え、心を練り、智慧をみがいた仏弟子たちには容易であるかも知れない。しかし、いかに仏の弟子でも、未熟の人には、容易なことではないであろう。汚れたものを見ようとしても、いつしか清らかな姿に心ひかれ、醜さを見ようとしても、いつしか美しい形に魅せられてゆく。仏弟子が美しい行いを保つには、もっと他に理由があるのではあるまいか。」

 「大王よ、仏は五官の戸口を守れと教えられる。目によって色・形を見、耳によって声を聞き、鼻によって香りをかぎ、舌によって味を味わい、体によって物に触れるとき、そのよい姿に心を奪われず、またよくない姿に心をいらだたせず、よく五官の戸口を守れと教えられる。この教えによって、若い者でも、心身を清らかに保つことができるのである。」

 「大徳よ、仏の仰せは、まことにすばらしい。わたしの経験によってもそのとおりである。五官の戸締まりをしないで、ものに向かえば、すぐに卑しい心にとらわれる。五官の戸口を守ることは、わたしどもの行いを清らかにするうえに、まことに大切なことである。」


 八、人が心に思うところを動作に表すとき、常にそこには反作用が起こる。人はののしられると、言い返したり、仕返ししたくなるものである。人はこの反作用に用心しなくてはならない。それは風に向かって唾(つばき)するようなものである。それは他人を傷つけず、かえって自分を傷つける。それは風に向かってちりを掃くようなものである。それはちりを除くことにならず、自分を汚すことになる。仕返しの心には常に災いがつきまとうものである。


 九、せまい心を捨てて、広く他に施すことは、まことによいことである。それとともに、志を守り、道を敬うことは、さらによいことである。

 人は利己的な心を捨てて、他人を助ける努力をすべきである。他人が施すのを見れば、その人はさらに別の人を幸せにし、幸福はそこから生まれる。

 一つのたいまつから何千人の人が火を取っても、そのたいまつはもとのとお
| 豊岳正彦 | 2018/08/16 8:30 AM |

 一つのたいまつから何千人の人が火を取っても、そのたいまつはもとのとおりであるように、幸福はいくら分け与えても、減るということはない。

 道を修める者は、その一歩一歩を慎まなければならない。
志がどんなに高くても、それは一歩一歩到達されなければならない。道は、その日その日の生活の中にあることを忘れてはならない。


 十、この世の中に、さとりへの道を始めるに当たって成し難いことが二十ある。

   一、貧しくて、施すことは難く、

   二、慢心にして道を学ぶことは難く、

   三、命を捨てて道を求めることは難く、

   四、仏の在世に生を受けることは難く、

   五、仏の教えを聞くことは難く、

   六、色欲を耐え忍び、諸欲を離れることは難く、

   七、よいものを見て求めないことは難く、

   八、権勢を持ちながら、勢いをもって人に臨まないことは難く、

   九、辱められて怒らないことは難く、

   十、事が起きても無心であることは難く、

  十一、広く学び深く究めることは難く、

  十二、初心の人を軽んじないことは難く、

  十三、慢心を除くことは難く、

  十四、よい友を得ることは難く、

  十五、道を学んでさとりに入ることは難く、

  十六、外界の環境に動かされないことは難く、

  十七、相手の能力を知って、教えを説くことは難く、

  十八、心をいつも平らかに保つことは難く、

  十九、是非をあげつらわないことは難く、

  二十、よい手段を学び知ることは難い。


 十一、悪人と善人の特質はそれぞれ違っている。悪人の特質は、罪を知らず、それをやめようとせず、罪を知らされるのをいやがる。善人の特質は、善悪を知り、悪であることを知ればすぐやめ、悪を知らせてくれる人に感謝する。

 このように、善人と悪人とは違っている。

 愚かな人とは自分に示された他人の親切に感謝できない人である。

 一方賢い人とは常に感謝の気持ちを持ち、直接自分に親切にしてくれた人だけではなく、すべての人に対して思いやりの心を持つことによって、感謝の気持ちを表そうとする人である。

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仏教聖典おしえ第一章因縁第三節第三項 (華厳経)

 この世の中には、三つの誤った見方がある。もしこれらの見方に従ってゆくと、この世のすべてのことが否定されることになる。

 一つには、ある人は、人間がこの世で経験するどのようなことも、すべて運命であると主張する。二つには、ある人は、それはすべて神の御業(みわざ)であるという。三つには、またあるひとは、すべて因も縁もないものであるという。

 もしも、すべてが運命によって定まっているならば、この世においては、善いことをするのも、悪いことをするのも、みな運命であり、幸・不幸もすべて運命となって、運命のほかには何ものも存在しないことになる。

 したがって、人びとに、これはしなければならない、これはしてはならないという希望も努力もなくなり、世の中の進歩も改良もないことになる。

 次に、神の御業であるという説も、最後の因も縁もないとする説も、同じ非難が浴びせられ、悪を離れ、善をなそうという意志も努力も意味もすべてなくなってしまう。

 だから、この三つの見方はみな誤っている。どんなことも縁によって生じ、縁によって滅びるものである。

(A6文庫本p45)
| 豊岳正彦 | 2018/08/18 6:51 AM |

 法句経の現代語訳から

「自分よりも愛しいものはない。

同様に他の人々にも、自己は愛しい。

故に自己を愛するものは、他人を害してはならない。」


「生き物を自ら害すべからず。

また他人をして殺さしめてはいけない。

また、他の人々が殺害するのを容認してはならない。」


「あらゆる生物にたいして暴力や悩みを与えてはならない。」


「世界はどこも、とどまってはいない。

すべての方角も揺れ動いている。

私は、安住の地を求め探したが、どこにもなかった。

すべて、死や苦しみにとりつかれている所ばかりだった。

殺そうとしている人々を見よ。

武器をとって打とうとしたことから恐怖が起こった。

すべてのものは、燃えている。

欲望と怒りと愚かさによって。」


「怨みは怨みをもって止まず。

怨みを捨ててこそ止む」


「人の価値とは、生まれや身分によるものではなく、清らかな行いによって決まる」

http://www.asyura2.com/15/senkyo198/msg/416.html#c30


仏教聖典p85

おしえ第四章煩悩第一節心の穢れ第七項( パーリ、本事經二四)


 外から飛んでくる毒矢は防ぐすべがあっても、内からくる毒矢は防ぐすべがない。

貪(むさぼ)りと瞋(いか)りと愚かさと高ぶりとは、四つの毒矢にもたとえられるさまざまな病を起こすものである。

 心に貪りと瞋りと愚かさがあるときは、口には偽りと無駄口悪口と二枚舌を使い、身には殺生と盗みとよこしまな愛欲を犯すようになる。

 意の三つ、口の四つ、身の三つ、これらを十悪という。

 知りながらも偽りを言うようになれば、どんな悪事をも犯すようになる。

悪いことをするから、偽りを言わなければならないようになり、偽りを言うようになるから、平気で悪いことをするようになる。

 人の貪りも、愛欲も恐れも瞋りも、愚かさからくるし、人の難儀も不幸も、また愚かさからくる。

愚かさは実に人の世の病毒にほかならない。

http://www.asyura2.com/15/senkyo198/msg/416.html#c29


| 豊岳正彦 | 2018/08/18 6:58 AM |

仏教聖典 はげみ 第二章実践の道 第二節 さまざまな道 A6文庫本p177〜

十二、(パーリ、本事經三九、四〇)

 おのれに恥じず、他にも恥じないのは、世の中を破り、おのれを恥じ、他にも恥じるのは、世の中を守る。

慚愧(ざんぎ)の心があればこそ、父母・師・目上の人を敬う心も起こり、兄弟姉妹の秩序も保たれる。

まことに、自ら省みて、わが身を恥じ、人の有様を見ておのれに恥じるのは、尊いことといわなければならない。


 懺悔(さんげ)の心が起これば、もはや罪は罪でなくなるが、懺悔の心がないならば、罪は永久に罪として、その人をとがめる。


 正しい教えを聞いて、いくたびもその味わいを思い、これを修め習うことによって、教えが身につく。

思うこと修めることがなければ、耳に聞いても身につけることはできない。


 信と慚(ざん)と愧(ぎ)と努力と智慧(ちえ)とは、この世の大きな力である。

このうち、智慧の力が主であって、他の四つは、これに結びつく従の力である。


 道を修めるのに、雑事にとらわれ、雑談にふけり、眠りを貪るのは、退歩する原因である。

_______________


仏教聖典p229第三節もろ人のために から転載する。


一、(長阿含經第二、遊行經)

 ここに国家を栄えさせる七つの教えがある。

 一つには、国民はしばしば会合して政治を語り、国防を厳にして自ら守り、

 二つには、上下心を一つにして相和し、ともに国事を議し、

 三つには、国風を尊んでみだりにあらためず、礼を重んじ義を尊び、

 四つには、男女の別を正し、長幼の序を守って、よく社会と家庭の純潔を保ち、

 五つには、父母に孝し、師長に仕え、

 六つには、祖先の祭壇をあがめて祭儀を行い、

 七つには、道を尊び徳をあがめ、徳の高い師について教えを仰ぎ、厚く供養することである。

 どんな国でも、この七つの教えをよく守って破ることがないならば、その国の栄えることは疑いがなく、外国の侮りを受けることはないであろう。


二、(華厳経第三四、入法界品)

 昔、大光王は、自分の王道を次のように説いた。

 「自分の国家を治める道は、まず自分を修めることである。

自ら慈の心を養って、この心をもって国民に臨み、人びとを教え導いて心の垢を除き去り、身と心を和らげて、世の中の楽しみにまさる正しい教えの喜びを得させる。


 また、貧しいものが来たときには、蔵を開いて心のままに取らせる。

そしてこれを手がかりとして、すべての悪から遠ざかるように戒める。


 人びとは各々その心をもととして、見るところを異にする。

この城中の民にしても、この都を美しいと見るものもあれば、また汚いと見るものもある。

これは各々、その心、その環境がそうさせるのである。


 教えを尊び、心の正しい素直な人は、木石にも瑠璃の光を見るのであるが、欲が深くて自分を修めることを知らない者は、どんな立派な御殿でもなお美しいと見ることはできない。


 国民の生活は、万事みなこのとおり、心がもとになっているから、わたしは国を治める大もとを、民にその心を修めさせることに置いている。」


三、(金光明經第一二、四天王護国品)

 大光王のことばどおり、政道の大もとは、民にその心を修めさせることにある。

 この心を修めることはさとりの道に進むことであるから、政治の上に立つ人は、まず仏の教えを信じなければならない。

 もし政治を行う人が、仏を信じ、教えを信じて、慈悲深く徳のある人を敬い、これに供養するならば、敵もなく、恨みもなく、国家は必ず栄えるに違いない。

 そして、国が富み栄えるならば、他の国を貪り攻めることもなく、また他を攻める武器の必要もなくなるであろう。

 したがって国民も満足して楽しみを受け、上下和らいでむつみあい、善を増し徳を積んで互いに敬愛し喜び合うから、いよいよ人は栄え、寒さ暑さもととのい、日も月も星も常の程度を失わず、風雨が時に従うようになり、こうしていろいろの災いも遠ざかるようになるであろう。


四、(大薩遮尼子所説經)

 王たるものの勤めは、民を守ることにある。

王は民の父母であり、教えによって民を守るからである。

民を養うことは、父母が赤子を養うようなもので、父母が赤子のことばを待たず、湿ったものを取り替えて新しい布を当てがうように、いつも民に幸いを与えて悩みを去るよう慈しみ養うのである。

まことに王は、民をもって国の宝とする。

| 豊岳正彦 | 2018/08/18 7:05 AM |

 王は力と権威によって民を守り、このようにして民の心になって民をよく見守るものが王と呼ばれる。


五、この世の中の王を転輪王というが、転輪王とはその家系が正しく、身分が尊くてよく四辺を統御し、また教えを守るところの王である。

 この王のゆくところには、戦いもなく恨みもなく、よく教えによって徳をしき、民を安らかにして邪と悪を下す。

 また転輪王は、殺さず、盗まず、よこしまな愛欲を犯さず、偽り、悪口、二枚舌、むだ口を言わず、貪らず、瞋らず、愚かでない。

この十善を行って民の十悪を去らせる。

 また、教えによって政治を正すから、天下において思いのままになすことができ、そのゆくところには戦いがなく、恨みもなく、互いに相犯すこともない。

したがって、民は和らぎ、国は安らいで、民にいよいよその生を楽しませることができる。

だから教えを守る王といわれるのである。

 また転輪王は、王の中の王であるから、もろもろの王はみなその徳を喜び、その教えに従って各々その国を治める。

 このように転輪王は、もろもろの王をして各々その国に安んじさせ、正しい教えのもとに王の任を果たさせる。

六、また王は罪を裁決するにも、慈悲の心をもととしなければならない。

明らかな智慧をもってよく観察し,五つの原則をもってよく処置しなければならない。

 五つの原則というのは、

 一つには、実によって不実によらない。

これは、事実を調べて、その事実によって処断することである。

 二つには、時(じ)によって非時(ひじ)によらない。

これは、王に力のあるときが時(じ)であり、力のないときが非時(ひじ)である。

力のあるときは罰しても効果があるが、力のないときには罰しても混乱があるだけであるから、時を待たなければならない。

 三つには、動機によって結果によらない。

これは、罪を犯すものの心に立ち入って、それが故意であるか故意でないかを見きわめ、故意のことでなければ許すのをいう。

 四つには、親切なことばによってあらいことばによらない。

これは、罪が規則のどれに当たるかを明らかにして罪以上の罰を与えないようにし、また柔らかい優しいことばで諭してその罪を覚(さと)らせるのをいう。

 五つには、慈悲の心によって瞋(いか)りの心によらない。

罪を憎んで人を憎まず、慈悲の心をもととして、罪を犯したものにその罪を悔いあらためさせるように仕向けるのである。


七、もし王の重臣であって国家の大計を思わず、ただ自分の利ばかりを求め、賄賂を取って政道を曲げ、人民の気風を頽廃させるならば、

人民は互いに相欺くようになり、強い者は弱い者をしいたげ、貴い者は卑しい者を軽んじ、富んだ者は貧しい者を欺き、曲がった道理をもって正しいものを曲げることになるから、災いがいよいよ増長するようになる。

 
すると忠実な重臣は隠れ退き、心あるものも危害を怖れて沈黙し、

ただへつらう者だけが政権をとって、みだりに公権を用いて私腹を肥やし、

民の貧しさは少しも救われないようになる。


 このようになると、政令は行われなくなり、政道はまったくゆるんでしまう。


 このような悪人こそ、民の幸福を奪う盗賊であるから、国家のもっとも大きな悪賊といわなければならない。

なぜなら、上を欺き下を乱して、一国の災いの源となるからである。

王はこのような者を、もっとも厳しく処罰しなければならない。


 また教えによって政治をしく王の国において、

父母の生育の恩を思わず、

妻子にだけ心を傾けて父母を養わず、

あるいはまた、父母の所有を奪ってその教えに従わないものは、

これをもっとも大きな悪の中に数えなければならない。


 なぜなら、父母の恩はまことに重くて、

一生心を尽くして孝養しても、し尽くせないものだからである。

主君に対して忠でなく、親に対して孝でない者は、もっとも重い罪人として処罰しなければならない。


 また教えによって政治をしく王の国の中においては、

仏と教えと教団(仏法僧)の三宝に対して信ずる心がなく、寺を壊し経を焼き、僧侶を捕らえて駆使するなど仏の教えを破る行いをする者は、

もっとも重い罪の者である。

 なぜなら、これらはすべての善行のもとである民の信念を覆すものだからである。

これらの者は、みなすべての善根を焼き尽くして、自ら自分の穴を掘るものである。

 この三種の罪がもっとも重く、したがってもっとも厳しく処罰しなければならない。

| 豊岳正彦 | 2018/08/18 7:16 AM |

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| - | 2018/08/18 7:20 AM |










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