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命短し 忘れよ日本 きょうは父の日 何思う @六月第三日曜 ・ 前篇

四十七年前の話。

おのまの父は再生不良性貧血という難病をわずらい、神奈川県相模大野市で病院くらしを数年つづけ藤沢市の自宅にもどることなく逝った。享年64。

おのまは入社五年目の駆け出し。東京で三年勤務したあと大阪支店勤務となり満二年になろうとしていた。ニクソンショックという為替の大変化がおきて昼食もとれない日々を過ごしていた頃であるが、忙しさが理由ではなく、大阪から東京まで行き来する交通費の工面ができず見舞いに行くことができなかった。

容体が急変したので戻ってこいという電話が勤務中にきた。庶務係長に相談すると、背広購入のための貸し出し制度を利用したら良いと二万円を貸してくれた。店が持っている日本航空株の優待券を使いなさい、飛行機で行きなさいとも言われた。

礼を言うと庶務課長は暮れなのに大変だなとつぶやいた。亡くなるのが決まっているかのような口ぶりであった。父は回復するだろうと念じた。

病院に駆けつけるとベッドに横たわっている父は顔をしかめていたが言うことははっきりしていた。やっぱり大丈夫だ、明日は大阪にもどれるだろう。今夜も病室に泊まるという母を残しておのまは藤沢の家に向かった。いつまでも病室に居ては父を疲れさす。

相模大野と藤沢とは小田急線一本で行き来できる。車窓の外は暗かった。学生時代に毎日のように乗ってた小田急線。下り電車は相模大野で小田原線と江ノ島線に分かれるのだが、分かれたとたんに風景が寂しくなると感じた。

家につくと学生時代から飼っている犬・プンクトが飛びついてきた。二年ぶりの再会。腕の中でブルブル震えていた。慟哭していると思った。

プンクトは家庭教師のバイト先、服部家の犬・ピンクが産んだ仔の一匹で、目が開いたか開かないかという時にもらった。目白から藤沢まで運ぶための箱に子犬をいれる時ピンクは怒った。

夜中、子犬はくんくんと鳴きはじめた。鳴きやまない。箱からだして胸に抱くと鳴きやんだ。朝まで胸の上において寝た。

子犬がとても小さかったのと母犬の名がピンクだったことからプンクトという名前を思いついた。ドイツ語で点という意味である。プンクトにしたと服部一家に報告したら生徒・庸一くんはプンクといって鼻のさきで笑った。

家に着くとすぐに電話がきた。容体が急変したという。ふたたび小田急線に乗ったが間に合わなかった。

はっきりしないのだが、弟ふたりと妹は死に目に間に合っていたような気がする。あのころ彼らはどこに住んでいたのだろうか。

父の妹・京子さんがいたのはよく覚えている。医者が遺体を解剖させてほしいというので一同が相談したときに、京子さんはお兄さんが可哀そうだと反対した。

薬学が専門の次男坊・保利は医者にカルテを要求した。カルテをみてずいぶん強い薬を飲んでいたんだな、これでは体がもたないと言った。三男坊・宏志はやぶ医者だと言った。

医療技術の進歩につながるのだからという理屈が通った。

解剖に同意する旨を告げに医者の部屋へ行った。医者が看護婦にむかって、あの患者は不治の病だ、治る見込みはなかったのだと大きな声で言っているのが聞こえてきた。

解剖が済んで医者がやってきた。中はきれいだった、内臓疾患があるという診立ては間違いだったとがっかりしたような表情で言った。数年にわたって多種多量の薬を服用させられた父が哀れだった。なにもできなかったおのれが哀れだった。診立て違いをした藪医者が哀れだった。

通夜には学友数名が東京から来てくれた。誰に連絡したのかを覚えていない。当時は学友との親交がとても密だったのだと思う。

藤沢は面積が大きい市で小田急線だけで九つの駅がある。東海道線の藤沢駅でのりかえる、急行のとまらない六会(むつあい)駅で降りる、タクシーはない、暗い田舎道を片道十五分くらいかかって歩いた学友たち。

悪かった、誰にも連絡しなければよかったのにと反省する。わが子たちよ、おのまが死んだときは誰にも知らせてはいけない。

客たちが帰り、家族、親戚数名、父が懇意にしていた「生臭坊主」が残った。「生臭坊主」とは三男坊が言っていたことであり、そういう呼び方をおのまは心のなかでもしたことがない。

賑やかであった。出前でとった寿司を食べたと思う。酒もあったと思う。遺族の悲しみを和らげるために通夜は賑やかなのが良い。

父の口のまわりにひげが伸びていた。亡くなったあとも髭は伸びるのをやめないのだと知った。

父が愛用していたカミソリを使って子供たちが順番に髭をそることにした。湯で温めた手ぬぐいで髭をむらす、髭剃り用のブラシで石鹸から泡をつくる、泡を口のまわりに塗る。

ウィルキンソン社の両刃のカミソリを小さな黒い箱にいれる、箱にはひもが通っている、紐を固定して箱を動かしてカミソリの刃を磨く。そういう作業を父は楽しんでいたと思う。

父のひげを剃るなどは初めてであった。剃り始めたとたんに涙がぽたぽたと落ちた。保利にカミソリを渡したあとも涙は落ち続けた。動揺した。それまで陽気だった生臭坊主が痛ましそうな顔になっていた。

大阪支店で借りた二万円はボーナスのときに返済したのだと思う。庶務課長の顔はいまでも覚えている。彼が父は死ぬに決まっていると予想したのは年の功なのだろうと今は良くわかる。

おのまはカナダ三井銀行の社長になったとき、現地社員のための貸し金制度を作った。貸し出し限度は月給と同額だったか二倍だったか、使途理由は問わず申請すれば即貸し出す制度にした。クリスマス時期になると利用する社員が何人かいた。

それまで現地行員にはなかったボーナス制度も設けた。これも月給と同額かせいぜい倍、しかも年に一度というささやかな制度であった。

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