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ゲンキー記・逝って五年

十日ほど前に猫・ゲンキの夢をみました

 

我が家の裏庭の先にある森を歩いていたら目の前に現れました。なんだ生きてたのかいと声をかけ、よく見るとゲンキは以前より少し大きくなっており、もともとハンサムだった顔はなにか高貴な雰囲気が宿っていました。毛の艶も良いし嬉しい限りでした

 

どうみてもゲンキに間違いないのですが、やっぱり夢だろうなと思いながら別れました。別れ際にゲンキは、馴れ馴れしくではなく、ほんのご挨拶といった風に体を擦りつけてきました

 

莊子ではありませんがオノマ、近頃はとみに夢と現(うつつ)とは右脳と左脳のごとし、相似形の現象であろうか、どちらが本当でどちらが嘘ということはない、朝になって目が覚めると同時に前日の続きの現実を意識し始めるけれど、それだって夢と変わらぬ「錯覚」みたいなものではなかろうか、現実のできごとだって全部を覚えているわけでないし、などと思うことが多くなりました

 

この世とおさらばする日が近づいているのかもしれません

 

昨日の夕方、地下室前に猫が現れました。前にも何度かきてる猫ですが、知人から犬をひとつきほど預かった頃からとんと姿を見せなくなっていました

 

ふたつきぶりにやってきた猫に煮干しを食べさせてパチリパチリ


 

 

毛の色は違いますが、顔つき、体つき、鳴き声、手触りはゲンキにそっくりです。尻尾の太さや肉球の柔らかさからみて生まれて一年かそこらでしょう

 

ゲンキが逝ったのは五年前の今頃でした。お盆の時期とも重なるので夢に出てきてくれ、おまけに現(うつつ)でも他の猫(もしかするとゲンキの子孫)の体を借りてやってきたのかもしれないと夢想しました

 

 

毛の色が全く違うこの猫の声と体はゲンキなり

 

 

夢の世界だけでなく、現世においてもちょっと工夫すればゲンキそのものに会えるのではないかとも思います。普通の人には見えないものが見えると言ったら、オノマは認知症かと言われるでしょうね。しかし、現世が一種の「錯覚」だとすれば、幻視、幻聴は正視、正聴と対等の現象であり、忌避すべきものでもないのでしょう

 

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