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若者の●●離れ

「若者のくるま離れ」とか「若者の酒離れ」とか「結婚離れ」とかいった話がメディアで取り上げられ、原因は経済的理由であるとかいう説明を見ることがあります。そういう話にオノマはあまり関心がありません

 

なんで関心がないのか

 

「くるま離れ」とか「酒離れ」とかいうものは若者にかぎらず中年、あるいは老年層にも当てはまることがあるし、経済的理由というのならこれまた中年にも老年にも当てはまることが稀ではない、すなわち、ことさら若者を対象にした「●●離れ」なる話は暇人(ひまじん)の為にあるものであってオノマが関心をもつべきことではないと感じるからです

 

そう書いてハタッ・・・後期高齢者・オノマは暇人の部類に属するのではなかろうか・・・

 

であれば・・・「若者の●●離れ」を考察するのも良いか・・・

 

ということで以下に考察してみます。暇人・オノマの時間つぶし・・・

 

そう書いてハタッ・・・後期高齢者・オノマは命短し、暇は無いのではなかろうか、であれば考察しないのが良いか・・・

 

まあ、我が子たちが知らないであろうオノマの若者時代を書いておくのも一興と断じ、以下思いつくまま書きましょう

 

細かいことが気になる右京さんの悪いクセ。そもそも「若者」という言葉とは何をさすか曖昧ですねえ

 

そういうときは辞書を見ましょう

 

若者=年の若い者。わこうど。青年 (大辞泉)

 

おや、こういう説明でいいんでありんすか。なんだか晋さまの「丁寧な説明」とか「大木=大きな木」とか「左=右の反対、右=左の反対」といったものにも似てワチキの頭はしびれるでありんす

 

では、気をとりなおして「青年」をみてみましょう

 

青年=もはや子どもではなく,しかもいまだ大人ではない人間の存在形態を広く指す。若者ともいう。どの年齢層をもって青年と呼ぶかは時代と文化によって著しく異なる(世界大百科事典)

 

絶句! 

 

旦さん、これって「左=右の反対」の類(たぐい)ではありませんか。これならワチキにもできんすわいなあ

 

子ども=いまだ青年になっていない人間の存在形態を広く指す。ガキともいう。どの年齢層をもって子どもと呼ぶかは時代と文化によって著しく異なる

 

大人=・・・ご自分でお考えなし・・・「人間の存在形態を広く指す」と続ければできますわいなあ

 

それにしても「時代と文化によって著しく異なる」って不親切ですよ。大雑把でいいから年齢を書いてくれませんかね。たとえば2017年時点なら・・・

 

子ども=0歳〜15歳、青年=16歳〜25歳、中年=26歳〜75歳、老年=76歳〜100歳、神もどき(あるいは化物)=101歳以上

 

2018年になったら中年=26歳〜76歳・・・

 

「若者の●●離れ」の一例です

 

 

オノマも若者だったことがあります。若者・オノマを上の表でチェックしてみます

 

「若者=16歳〜25歳」では中学生から社会人と変化が大きいので、大学生〜社会人一年生あたり、五十年ほど前の頃を思い出してみます

 

食:

学生から会社員になるとグーンと質があがりました

 

会社の独身寮で供された食事(朝夕)は学生寮のそれと比べて豪華でした。学生時代には(たぶん)出たことがなかった刺し身やおでんもありました。昼食は会社の食堂で栄養満点。学生時代の昼といったら「経済ラーメン」と銘された、具が一切入っていない、すなわち麺&醤油味の汁だけといったものでした。でもってその頃は身長173センチ、体重55キロ。今の体重は64キロ・・・

 

学生時代にビールを飲むのは月に一度あるかないか、寮で行われるコンパで飲むだけでした。コンパ・・死語ですかね・・飲み会です。焼酎、日本酒はほとんど飲んでいません。ワインは多分ゼロ

 

会社員になると上司、同僚、部下との宴会、飲み会でよく飲みましたが、ひとりだけで飲むことはほとんどありませんでした。職場があった日比谷から東京駅まで歩く途中で東京會舘のバーに立ち寄って一人で飲むことが何度かあったと思いますが、ごく稀なことでした

 

酒もビールも、自らの積極的な意思でもって一人で飲むようになったのは中年(六十歳・w)になってからで、若者時代は周囲に合わせて(仕方なく)飲んでいたということです

 

運動:

うんちのオノマ、いえ、運動オンチのオノマ、中学一年、軟式野球チームの一員、守備はライト、打順は八番

 

九回、ツーアウト、ノーランナーで打席に立つ

 

かっとばせ、かっとばせの声援にオノマ緊張。フルカウント。見送ればボールとなること間違い無し、高めの球を空振り。自己嫌悪。野球をやめました

 

若者・オノマの時代はスキーが盛んでした。でも上達するほど滑りに行く経済力はなかったですね。スキーを熱心にしだしたのは、我が家から五キロのグラウス・スキー場の年間パスが一万円ほどで買える65歳からのこと

 

生活:

会話離れはなかったですね。学生時代は寮と下宿くらしが長かったし、会社員になっても数年は独身寮くらしだったので、よく話しました。他の項目は特筆することはありません。なんですか、犯罪離れって

 

趣味:

旅行やギャンブルをする経済力はありませんでした

 

大学時代、クラブ活動の神戸遠征でオノマは旅費が工面できず、他の仲間は豊かだなあと少しく凹んだことがあります

 

といっても学生時代が悲惨だったというのではありません。クラシック音楽会や映画はそれぞれ月に一度くらいの頻度で行くほどのアルバイト収入がありました

 

思考:

 

浪費は経済的理由でできませんでした。今に至るまで浪費のない人生を送ってきたと思います

 

夢想は子供の頃からしょっちゅうでした。宇宙に行きたいと夢想しなくなったのは四十歳を過ぎてからでしょうか

 

大人になってからは自分のくらしで夢想どころではなくなったのだとすれば、若者時代が貧しかったというのは錯覚なのかもしれません。起きて一畳、寝て半畳、夢想できるは豊かなり

 

嗜好品:

車、バイク、ブランドなどは言わずもがな、冥王星のその向こう、暗闇のなかでした

 

テレビを初めて手にいれたのは28歳の終わり頃、それも格安の中古品でした。キャビネは家具のように立派な木製、東芝製でした

 

情報媒体:

前述の通りテレビは中年(26歳〜75歳)になってから入手しましたが、その前にも学生寮や会社の寮ではときどき見ていました。新聞も同じで只で読めました

 

あれから五十年、日本は(少なくとも都会は)上下水道、ガス、電気の設備が完備しています。五十年どころか四十年前の藤沢だって便所は汲み取り式でしたし、ガスボンベを使っていました。週刊誌サイズの瞬間湯沸かし器なるもので沸かす湯はわずかでした

 

今の日本はモノが豊富です。カナダより豊富です。豊富というより過剰というのが正しいかもしれません

 

詳細省略。「若者の●●離れ」の多くは健康的な思考から生まれる健康的な事象なのかもしれません

 

今の日本、デフレが正常な経済現象なのかもしれません

 

そしてオノマの自戒

 

命短し、急げ断捨離

 

 

 

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