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資料・高市早苗の見解@村山談話



いわゆる村山談話に関して自民党政調会長・高市早苗がNHKで「おかしい」と発言した、高市が二十年ちかく主張したきた見解だという報道があった。

二十年ちかく主張してきたとは偉い、云うことがころころ変わる政治家に比べたら天と地の差がある、高市はマジメな政治家なのだろうと斧魔は思った。

しかしながら斧魔は高市見解のすべてを支持しようとは思わない(すべてを否定するということではない)。

なぜか。

高市発言に関する報道を載せ、そのあとでなぜかを書く。



高市発言に関する報道


村山談話「おかしい」 靖国参拝「やめたら終わり」 2013.5.12 13:27

自民党の高市早苗政調会長

自民党の高市早苗政調会長

自民党の高市早苗政調会長は12日、NHKの番組に出演し、過去の植民地支配と侵略を認めた平成7年の「村山談話」に「国策を誤り」とのくだりがあることに触れ、「当時、日本が資源封鎖されてもまったく抵抗せずに植民地となる道を選ぶのがベストだったのか」と疑問を示した。同時に「当時の国際状況の中で何が正しかったかを自信を持って主張できる政治家は今の日本にはいない。だから、(談話は)ちょっとおかしい」とも述べた。

ただ「植民地とされた国の民族の誇りを傷つけ、大変な苦難、被害を与えたのは確かなことだ」と、談話に一定の理解も示した。

高市氏はまた、麻生太郎副総理ら安倍晋三内閣の閣僚による靖国神社参拝に中国や韓国が反発を強めていることに対して「ここで(参拝を)やめたら終わりだ。国策に殉じて命をささげた方をいかに慰霊するかは(日本の)内政の問題だ」と訴えた。

安倍内閣が東京裁判を受け入れるかどうかについては「国家観、歴史観に関し安倍首相は(歴代内閣と)違った点もあるかと思う」と指摘した。

高市氏の発言について、公明党の石井啓一政調会長は「菅義偉官房長官が10日の記者会見で、村山談話に関して『全体を歴代内閣と同じように引き継ぐ』とはっきり明言された。安倍内閣の歴史認識は歴代政権と変わらないと理解している。明確に丁寧に海外諸国に説明する必要がある」と述べた。

出典:msn産経
http://sankei.jp.msn.com/politics/news/130512/stt13051213290001-n1.htm


斧魔の意見


「日本が資源封鎖されてもまったく抵抗せずに植民地となる道を選ぶのがベストだったのか」という高市の問いかけが的はずれであるとは思わない。

「資源封鎖」ということばを使っているので高市は日中戦争開始(1937年)あたりの時代を見ているのであろうと推察するが、日本が初めて植民地になりそうになったのはその八十年前、徳川幕府時代の末期頃である。往時の日本は自給自足、よって「資源封鎖」なる問題はなかった。

ABCD包囲網

数百年にわたって白人達が展開した野蛮きわまりないアジア、アフリカ各地の植民地化は津波のように日本にも押し寄せ、不平等条約、武力による日本の植民地化が試みられた(たとえば1854年日米和親条約締結、1863年薩英戦争)。

1898年アメリカはハワイ共和国を併合し、1899年アメリカは例によって出鱈目な理屈をもってフィリピンに戦争をしかけて勝利し、フィリピンを植民地にした。

ひとつ間違えれば日本も植民地になったであろう、それを免れるために日本が積極的に戦争をしかけた、しかけざるを得なかったという説明が的外れだとは思わない。


脱線する。

我が家の庭木の手入れは斧魔がやっているのだが、油断していたら松が伸び過ぎ、手が届かなくなった。

きのう、五月十四日(火)。隣家の樹を手入れしている職人がいるのをみつけたので声をかけて頼んだところ応じてくれた。



ついでに屋根の方に伸びている桜の枝も切ってもらった。



仕事に取り掛かる前に値段を訊くと松と桜とで75ドルだと云う。50ドル(約五千円)にしないかと値切ったらあっさりオッケーした。あっさりオッケーしたのは50ドルが世間相場より高かったのかも知れない。まあ、どちらでも良い。

貰った名刺にグエンとあった。

ベトナム人かと訊くと1964年、フエの生まれだと云った。

フエと聞いて感慨深い思いが生じた。

フエはベトナムの中央、ベトナム戦がもっとも激しかった地にある町である。ベトナム戦争のハイライト・テト攻勢の主戦地である。

テト攻勢が起きたのは1968年、グエンは四歳の幼児である。それでも戦火の記憶があると云った。

グエンの記憶は本当だと思う。斧魔は自分が三歳のころ満洲の自宅にソ連兵が闖入(ちんにゅう)してきたときの光景を覚えている。

斧魔@三歳頃はソ連兵を蹴飛ばそうとした。そのときソ連兵たちが嬉しそうに笑ったのを覚えている。

グエン曰く、北ベトナムは貧しかった、ベトナム人は米軍によって殺され続けていた、どうせ殺されるのであればとテト攻勢に出た、(テト攻勢はアメリカが勝ったが)アメリカは
ベトナム戦争で負けた。

アメリカを追い出したベトナムは日本より偉いとグエンに云った。斧魔の本音である。いまだに米軍基地を追い出そうとしない日本が偉い筈もない。国連安保常任理事国にふさわしいのは日本ではなくベトナムだ。

似たもの同士:沖縄に米軍基地がないとソ連が攻めてくるとか中国にやられるとかという論。原発がないと停電になるという論。


本題に戻る。

(高市は)村山談話」に「国策を誤り」とのくだりがあることに触れ、当時の国際状況の中で何が正しかったかを自信を持って主張できる政治家は今の日本にはいない。だから、(談話は)ちょっとおかしい」とも述べた。


高市からおかしいと云われた村山談話とはどのようなものなのか。参考までに全文を掲げる。

ほんじつのブログは村山談話をどう評価するかが趣旨ではないから読まないで次のに飛んで構わない:


村山内閣総理大臣談話


「戦後50周年の終戦記念日にあたって」
平成7年8月15日
英語版

中国語版

韓国語版

先の大戦が終わりを告げてから、50年の歳月が流れました。今、あらためて、あの戦争によって犠牲となられた内外の多くの人々に思いを馳せるとき、万感胸に迫るものがあります。

 敗戦後、日本は、あの焼け野原から、幾多の困難を乗りこえて、今日の平和と繁栄を築いてまいりました。このことは私たちの誇りであり、そのために注がれた国民の皆様1人1人の英知とたゆみない努力に、私は心から敬意の念を表わすものであります。ここに至るまで、米国をはじめ、世界の国々から寄せられた支援と協力に対し、あらためて深甚な謝意を表明いたします。また、アジア太平洋近隣諸国、米国、さらには欧州諸国との間に今日のような友好関係を築き上げるに至ったことを、心から喜びたいと思います。
 
平和で豊かな日本となった今日、私たちはややもすればこの平和の尊さ、有難さを忘れがちになります。私たちは過去のあやまちを2度と繰り返すことのないよう、戦争の悲惨さを若い世代に語り伝えていかなければなりません。とくに近隣諸国の人々と手を携えて、アジア太平洋地域ひいては世界の平和を確かなものとしていくためには、なによりも、これらの諸国との間に深い理解と信頼にもとづいた関係を培っていくことが不可欠と考えます。政府は、この考えにもとづき、特に近現代における日本と近隣アジア諸国との関係にかかわる歴史研究を支援し、各国との交流の飛躍的な拡大をはかるために、この2つを柱とした平和友好交流事業を展開しております。また、現在取り組んでいる戦後処理問題についても、わが国とこれらの国々との信頼関係を一層強化するため、私は、ひき続き誠実に対応してまいります。
 

いま、戦後50周年の節目に当たり、われわれが銘記すべきことは、来し方を訪ねて歴史の教訓に学び、未来を望んで、人類社会の平和と繁栄への道を誤らないことであります。
 
わが国は、遠くない過去の一時期、国策を誤り、戦争への道を歩んで国民を存亡の危機に陥れ、植民地支配と侵略によって、多くの国々、とりわけアジア諸国の人々に対して多大の損害と苦痛を与えました。私は、未来に誤ち無からしめんとするが故に、疑うべくもないこの歴史の事実を謙虚に受け止め、ここにあらためて痛切な反省の意を表し、心からのお詫びの気持ちを表明いたします。また、この歴史がもたらした内外すべての犠牲者に深い哀悼の念を捧げます。
 
敗戦の日から50周年を迎えた今日、わが国は、深い反省に立ち、独善的なナショナリズムを排し、責任ある国際社会の一員として国際協調を促進し、それを通じて、平和の理念と民主主義とを押し広めていかなければなりません。同時に、わが国は、唯一の被爆国としての体験を踏まえて、核兵器の究極の廃絶を目指し、核不拡散体制の強化など、国際的な軍縮を積極的に推進していくことが肝要であります。これこそ、過去に対するつぐないとなり、犠牲となられた方々の御霊を鎮めるゆえんとなると、私は信じております。
 

「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉といたします。
 
http://www.mofa.go.jp/mofaj/press/danwa/07/dmu_0815.html


「杖るは信に如くは莫し」

「よるはしんにしくはなし」
「頼りとするものとしては、信義に勝るものはない」

出典『春秋左伝』襄公8年(紀元前565年)


春秋左氏伝(しゅんじゅう・さしでん)=「春秋」の注釈書で、春秋三伝の一つ。30巻。左丘明の著と伝える。「左氏伝」「左伝」とも略称。三伝のうち最も文にすぐれ、史実に詳しい。

春秋(しゅんじゅう)=(年月・四季の順を追って記したことからいう)五経の一つ。孔子が魯国の記録を筆削したと伝えられてきた年代記。魯の隠公元年(前722)から哀公14年(前481)に至る12代242年間の記事を編年体に記し、毀誉褒貶(きよほうへん)の意を含むとされる。前480年頃成立。注釈に左氏・穀梁・公羊(くよう)の三伝があり、左氏伝が最も有名。

出典『広辞苑』第6版18. 


トンちゃんも歩けば

村山首相の「戦後50
年談話」に、〈「杖るは信に如くは莫し」と申します。この記念すべき時に当たり、信義を施政の根幹とすることを内外に表明し、私の誓いの言葉とする〉と言っている

「記念すべき時」とは、めでたい日の意味で用いるのが普通

「杖るは信に如くは莫し」とは、『春秋左氏
(さし)伝』(通称「左伝」)が出典

「申します」というほど有名な言葉ではないし、あまり重みのある言葉でもない
(紀元前6世紀、鄭という弱い国が2つの強国に挟まれてどちらに付いたらいいのかというときの話で、どっちかを主と決めてそのほうに操を立て通す、ということ)

出典「お言葉ですが
 第11巻」 高島俊男著


高市がいうように 「当時の国際状況の中で何が正しかったかを自信を持って主張できる政治家は今の日本にはいない」 のが本当であれば困ったものだ。

しかし斧魔は高市は間違っていると思う。「当時の国際状況の中で何が正しかったかを自信を持って主張できる政治家」が今の日本にいると斧魔は思う。


当時の国際状況の中で何が正しいかを知っており、それを主張する人達はいた。戦後になって総理大臣を勤めた石橋湛山はその一人である。

彼らの主張を共有する政治家が「今の日本にはいない」というのは高市の誤解であると思う。ノンポリ斧魔が彼らの主張を共有している、いわんや政治家においておや。

政権の中枢にある高市早苗や安倍晋三らが当時の国際状況の中で何が正しかったかを理解してくれることを斧魔は切に願う。


欧米諸国の帝国主義、植民主義に抗する流れに乗って日本は富国強兵、軍国主義の道を歩んだ。その歩みはいたしなかった。いたしなかったがしかし、それをどこかで、いい加減なところでやめるべきであった。

しかし、多くの日本人は勘違いし、思考停止に陥り、とどのつまりは集団で海へ飛び込むレミング現象がおきてしまった。(実際にはレミングが集団自殺することはないそうな)

いい加減のところでやめることをせず、日本が中国、アジア諸国に攻め入ったのは道義的にも経済的にも軍事的にも、なにもかも間違いであった、ピリオッド。

詳細は省く。

安倍さん、高市さん、自分の頭で考えてくれ。

小日本主義

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
 (2012/08/12 06:57 UTC 版)

目次

概要

小日本主義の体系は19世紀後半よりイギリスで盛んになった「小イギリス主義」を模範としている。大植民地帝国であった大英帝国は実は19世紀末にはインドを初めとした植民地は経営上「赤字」に転落していたといわれ、それと同様でしかも更に国力が微弱な日本は朝鮮台湾などの植民地経営を行っても行政コストなどの面でやはり「出超」となり無駄が多くそれらの領有を放棄し独立させ「主権線」としては内地すなわち日本本土のみの軍事負担も小さい「通商国家」として繁栄を謳歌しようという思想であった。

歴史的展開

『東洋経済新報』は、日露戦争後の「三悪法反対運動」(1906 - 08年)以降、軍拡財政への反対を主張するようになり、第三代主幹(1907- 12年)の植松考昭のもと、普通選挙の実施と労働者の権利保障を唱道した。

植松の急死後、主幹に就任した三浦銕太郎のもとで『新報』は、辛亥革命で動揺する中国への内政非干渉を主張した。また同時期の大正政変では、軍拡路線の元凶である「帝国主義」的国策を否定し、1913年に掲載された論説「大日本主義乎小日本主義乎」では、軍国主義・専制主義・国家主義からなる「大日本主義」に対し産業主義・自由主義・個人主義を3つの柱とする「小日本主義」が提唱された。

三浦はまた「満州放棄論」・「移民不要論」を主張し、第一次世界大戦中には日本の青島占領と21ヵ条要求に反対した。日本の植民地統治に関しては、1910年代前半には軍国主義財政批判および保護貿易主義の側面から朝鮮政策を批判し、1910年代半ば以降は植民地を本位とした全面的な政策批判を展開した。

三浦による「小日本主義」の主張は1920年代に至って彼を継承して主幹となった石橋湛山のもと植民地全面放棄論に発展した。1919年、三一運動に際して湛山が執筆した社説「鮮人暴動に対する理解」は、「鮮人暴動」すなわち三一運動を世界的規模での新しい民族運動の一環として位置づけ、「凡(およ)そ如何なる民族と雖(いえども)、他民族の属国たることを愉快とする如き事実は古来殆どない」として民族自決を原理的に承認した。

また運動の原因を朝鮮人による「独立自治の要求」に基づくものとの認識を示し、日本の植民地支配それ自体を問題とし、彼らの反抗を緩和する方法は自治付与しかないと結論づけたものである。この主張は「小日本主義」を民族自決主義に基づく植民地政策批判へと一歩前進させるものであった。

石橋はさらに、ワシントン会議直前の1921年に社説「一切を捨つるの覚悟 - 太平洋会議に対する我が態度」を発表し、ワシントン会議の主題が「軍備縮小」であるとともに「植民地問題」でもありうるとの認識を示し、同会議において日本が英米に対し優位に立ち会議で主導権を握る政策とは、軍備縮小の提案と「一切を捨つるの覚悟」であると結論づけた。これは朝鮮・台湾などに「自由」を許容し、満州・山東など中国に存在する日本の特殊権益を一切放棄するとの主張を含み、全面的な「植民地放棄論」に到達したものであった。その直後に書かれた社説「大日本主義の幻想」では東アジアにおける「大日本主義」の経済的「無価値」を説き、日本の自立にとって植民地が経済的・軍事的に必要であるとする主張に反論している。

また列強が広大な領土・植民地を有しているのに日本のみがそれを棄てよというのは不公平であるとの主張に対しては、たとえば英国のインド支配(イギリス領インド帝国)は、英国にとって「大いなる経済的利益」があると評価し、反面、「朝鮮・台湾・樺太ないし満州」は日本にとって経済的利益になっていないと主張した。その上で、日本の発展にとって必要なのは領土よりもむしろ資本であり、経済進出に重点を置くべきであると批判した。その上で、中国・台湾・朝鮮に対し「自由解放」の政策を実施し、より親密な関係を構築するべきと主張した。

このように、石橋の小日本主義は植民地支配そのものの否定ではなかったが、植民地放棄を公然と主張したインパクトは小さくない物があった。

関連文献

著作集
  • 『石橋湛山評論集』(松尾尊段圈Σ鮴癲亡簀畔幻法1984年
  • 『石橋湛山著作集3:政治・外交論 大日本主義との闘争』(鴨武彦編・解説)東洋経済新報社、1996年
  • 『大日本主義か小日本主義か:三浦銕太郎論説集』(松尾尊段圈Σ鮴癲謀賤侶从竸景鷦辧1995年
研究書
  • 井口和起『日本帝国主義の形成と東アジア』名著刊行会、2000
    • 第二部第三章「『東洋経済新報』の植民政策論 - 一九一〇年代の朝鮮政策論を中心として - 」
  • 松尾尊叩愨臉汽妊皀ラシー』(日本歴史叢書)岩波書店、1974
    • 第9章「民本主義者の朝鮮論」



「小日本主義」の続きの解説一覧
  • 1 小日本主義とは
  • 2 小日本主義の概要
  • 3 関連項目

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| Tom | 2013/05/19 6:09 PM |

ありがとうございます。
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