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コメコメ 人命尊重という精神が欠けているシューサイ・4

ただいまは六月二十四日(日)

「人命尊重という精神が欠けているシューサイ」でとりあげようと思っていた具体的な事例があるのですが「白旗の少女」を読んだあとは衝撃が大きくてなんだか呆然として書けなくなりました。

さいわいにもコメントを頂いたのでコメントへのコメントにします。


お早うございます。
トラックバックありがとうございました。
あらためて本文に、TBの紹介をさせていただきます。

「白旗の少女」の私のブログ、いまだに毎日、訪問者があります。
理論社の「アニメ絵本・沖縄戦を生き抜いた子どもたち。かんからさんしん」は知りませんでした。さっそく読んでみるつもりです。

理論社の創始者の小宮山量平のことブログにしてあります。
http://blog.goo.ne.jp/musshu-yuu/e/d161d246d152c3b3fffd0b5021778194

シュウサイとシュウグが日本を沈没させます。

| ヒキノ村びと | 2012/06/24 6:32 AM |


シュウサイとシュウグが日本を沈没させます。

そうであるとすれば日本を沈没させないためには、人命尊重という精神が欠けているシューサイとシュウグをなくすことです。

おそらく、ヤマトンチュの大半はじぶんは人命尊重という精神が欠けているシューサイやシュウグではないと自負されておられるのだろうと思います。自分は善良な市民である、犯罪を犯すことは無い、人命尊重の精神があると自負されている。

しかし、本当にそうだろうか、極限に置かれたときにも善良な市民であり続けるだろうか、犯罪者にならずにすむだろうか、と問いたい気持ちがおのまにはあります。日常世界における、一見あたりまえのように見える様々な事象、事例のなかにそういうものを感じます。

そういう感じは昨日今日生じたものではなく、生じてから二、三十年はたっています。日本の近未来は悪化の一途をたどるだろうと思ってきました。過去二、三十年の日本が悪くなっているのか、良くなっているのかは人によって判断が分かれるでしょうが、おのまはひどく悪くなっているような気がしてなりません。

ではどうすればよいのか。

最初に書いたように人命尊重という精神が欠けているシューサイとシュウグをなくすことです。

そうはいっても具体的にどうすればよいのか分からない。

分からないときは易しいことからはじめる。易しければできる。はい、できることから始めるのはインストラクター・オノマスキーも公文(くもん)も同じです。

ヤマトンチュ・シューサイが人命尊重の精神を学ぶには、沖縄と向き合うのが良いと思います。人命尊重といっても沖縄と本土とでは実感、次元が違うからです。

沖縄と本土の違いとは・・・・・・

以下にヒキノ村びとさんが書かれたブログ「白旗の少女」とそこに寄せられたコメントを転載します。

命どぅ宝・・・白旗の少女

2009-09-20 | 沖縄のこと
白旗の少女」・・・某テレビ局の開局45周年記念ドラマスペシャルが放映されます。

この話しはむかし写真を見た覚えがありますがたしかなことは知りません。
この本を読みたくなりました。いくつかの図書館で探しましたが貸出中。アマゾンで注文という手もありますが、図書館で予約。以下は本の中からの抜粋、要約紹介です。写真はコピーさせてもらいました。

1945年6月25日・・・太平洋戦争の終わりに近い沖縄戦で日本軍が壊滅し沖縄戦が終決した6月23日から2日目、珊瑚礁の洞窟(ガマ)から一人の少女(比嘉富子さん)が白旗を持って米軍に投降します。

1983年・・・沖縄で米軍が沖縄戦を記録したフィルムを沖縄県民が1人1フィート分のお金を出し合ってアメリカから買い取って、永遠に記録に残そうという運動が起こり、翌年その一部がテレビで紹介され白旗を持った少女の姿を富子さんのご主人が見つけます。
1977年・・・実は富子さんはコザ市(現沖縄市)の洋書店で英文の戦争写真集の中から白旗の少女(自分自身)を見つけますが、誰にも話すことなく自分一人の胸にしまっていたようです。
誰にも話すことなく自分の中に封印しておく、このことでずいぶん悩んだようです。

1987年・・・「おまえ自身の沖縄戦を、ありのままに話しなさい。後世に記録として、つたえなさい。それは、おまえにしかできないことだからね」・・・ご主人の後押しでようやく自分の経験を告白、新聞に紹介されます。コザの書店で自分を見つけたときから10年後、フィルムが公開されてから4年後です。
1989年体験を書き溜めて検証してきた本が出版されます。

 「白旗の少女」 
比嘉富子 依光隆・絵(講談社1989年刊)

児童書として作られていますが、内容は7歳の子どもが体験した戦争のありのままの地獄のような悲惨な話しです。

←画像クリック・・・米軍のカメラマンの写真です。

富子さんはレンズを向いて笑って手を振っています。
カメラのレンズを銃口と思ったからだそうです。
「泣きっ面を見せるな。最後は笑って死ね」
という父の言葉を思い出したのです。

白い旗は洞窟の中でいっしょに数日を過ごした両手両足を失ったおじいさん、目の見えないおばあさんが褌で作ってくれたものです。
「富子、この世でいちばんたいせつなのは、人の命なんだよ」・・・・・・
「富子、これを、もって、お逃げ」
「それをもっていけば、ぜったいに安全なのだ。それが世界中の約束だから・・・」

→画像クリック・・・少しクローズアップ・・・

後ろを歩いている日本兵・・・富子さんはあとがきで、兵隊さんといっさい関係がなかったとおっしゃっています。
頭に包帯を巻いた日本兵二人、背嚢を背負った米兵? 両側から支えられた怪我人、この人たちが何を思っていたか推し量ることはできません。

表紙裏の絵です。
←画像クリック・・・カメラは自分のほうに向かって歩いてくる少女をとらえて、やがて坂道を歩いていく少女を追っています。レンズに向けた少女の目とファインダーをとおしてカメラマンの目が合っています。
二人の一期一会の瞬間・・・そんな気がします。

依光さんの絵がイイです。絵を見ていると涙が出てきます。描き手が少女と一体化しています。
依光さんはこの作品(装丁・挿絵)で1990年児童福祉文化賞を受賞します。

比嘉富子さん・・・1938年生まれ、現在71歳、6歳で戦場をさまよい救出されたときは7歳。39歳で写真の存在を知り、長い沈黙を破り写真の主であることを名乗り出たのは49歳のときです。

某テレビ局の放映は9月30日PM9:00〜 関東圏内ですから別地区では違うと思います。
テレビ東京開局25周年記念ドラマスペシャル「白旗の少女」公式サイト

テレビ放映の情報で児童書「白旗の少女」を読み、その感想でした。
テレビドラマがこの本をどう脚色するか、それは知りません。できればこの本を忠実に再現してもらいたいです。

わたし的には本がおすすめです。本人の体験したありのままの記録です。美しいヒューマンドキュメントではありません。流れ弾で死んだ兄を砂の中に埋葬、軍人の自決、住民の集団自決、ウジの沸いた水を飲み、兵隊さんの死体から食べ物を探す。目を背けたくなる光景です。7歳の女の子の記憶のファイル、あまりにも衝撃的な出来事はファイルの中で消えることなく保存されていたようです。

このお話をどう受け止めるか、それはそれぞれの心の問題です。


16 コメント

この写真 (こきおばさん)
2009-09-19 22:32:30
白旗を持つ少女の写真は、何回か見たことがありますが、そうだったんですか、この少女が本を書いていたんですか。

早速読ませていただきたいと思いますし、TVドラマも見たいと思います。
良いことを教えていただき有難うございました。
あまりにも有名な写真です (shizukata)
2009-09-19 23:04:10
いたいけな少女が白旗をもって歩いてくる、この映像は従軍アメリカ人記者が
写した写真ですね。動画で見たことがあります。背後からついてくる
日本の兵隊、彼女は知らない人だと言ってますが、初めてこの写真を
見たとき「子供に白旗を持たせてなんという事か」と思いましたね。
私もTVの記念ドラマ見てみたいです。私は戦争経験していませんが
戦争は絶対反対ですね。
お知らせ有難うございました (菜花)
2009-09-20 11:57:41
「白旗の少女」のドラマ、こちらでも放送されたら観てみたいと思います。

私も最初この少女の写真を見たとき、日本軍がこの少女を先頭にして投降させた、と思って驚いたのですがそうではなかったのですね。

>「それをもっていけば、ぜったいに安全なのだ。それ が世界中の約束だから・・・」

こう言って少女を送り出した人のこの言葉と気持ちに胸が熱くなります。
白旗 (スターアニス)
2009-09-20 16:26:40
白旗を掲げた少女の姿・・・見たことはあるのですが、そのような事実があったのですね。
TV放映も見たい、本も読みたい・・・隠してきた辛い思い・・・少しでも少女の気持ちに立ち返ってみれれば・・・と思います。
白旗の少女 (ヨッシー)
2009-09-20 19:46:43
孫が同じ位の年なので、そんな小さな子が悲惨な体験をした事実に胸が痛みます。
少女の写真を見て涙が出ました。
本を購入して、孫と一緒に読んで平和のありがたみを再確認してみたいと思います。
Unknown (おばちゃん)
2009-09-20 20:26:18
写真を見て 涙が・・・7歳の子の気持ちが
伝わってきますね・・・

39歳で 写真の存在を知っても名乗らない・・・

気持ちが少し 判ります
私は 次男が小さい頃 病気をしたときのことを
ずーっと 人に話せなかった 
思い出すのが つらすぎた・・

わたしの それより たいへんな経験
49歳で 名乗り出られたのは すごいことだと
思います  
  
少女の写真 (henao&henako)
2009-09-21 05:59:49
ヒキノさん、お早うございます。
この話しは今回初めて知りましたが、記事を読ませて頂きながら、
少女の画を拝見しますと、目頭が熱くなってしまいました。
9月30日には、私共もテレビの前に座ろうと思っています。
とても良い記事と情報、有難うございます。
(へな爺)
コメントありがとうございました (こきおばさんへ・・・ヒキノ)
2009-09-22 10:24:41
こういうテーマはコメントがないのですがこのごろくれる方が多くなりました。
比嘉富子さんももう71歳です。
写真も挿絵も目がとってもきれいです。
兄を砂に埋葬する、ウジのわいた水を飲む・・・奇麗事でないです。
鎮魂の気持ちで書いたのだといってます。
コメントありがとうございました (shizukataさんへ・・・ヒキノ)
2009-09-22 10:38:20
この本と「ガラスのうさぎ」は共通性がありますね。

非常に長い間、自分の中の歴史を長い間、封印してきたということ。
比嘉さんも高木さんも人生の後半になってから大学に進んでいます。

後ろの歩く日本兵は関係ないということですが、誰が見ても楯にしているように見えますね。非常に明るい顔に見えたようです。
本の中では切腹と介錯、隊長が隊員をゴボウ剣で次々に挿していく記述があります。後ろの日本兵は虚脱感があったでしょうね。この話しは右翼左翼が論争したようですが人の心は読めません。
コメントありがとうございました (菜花さんへ・・ヒキノ)
2009-09-22 10:52:55
沖縄には仕事がらみで10回以上行ってます。ウチナンチューの家に泊まって酒を飲んだりしました。おおらかな人が多いし、女性が非常にバイタリティーがありますね。沖縄に対する思い入れもが強いのです。

多くの人にドラマを見てもらいたい、本も読んでもらいたい・・・そんな気持ちです。

後ろの日本兵の話、憶測を交えて右翼左翼の論争になったようです。比嘉さんの目には明るい表情に見えたようです。虚脱感もあったでしょうね。兵士も普通の人間ですし、すべては異常事態の中の出来事です。私には人の心は読めません。
比嘉さんは鎮魂の思いと恒久平和を願ってこの本を書いたようです。
本のほうがイイかもしれません (スターアニスさんへ・・ヒキノ)
2009-09-22 11:02:08
このごろは図書館の本はPCで検索できるし予約もできます。当該図書館に蔵書がなくても取り寄せてくれます。本を買うときはアマゾンかいつか教えていただいた「日本の古本屋さん」ですね。早いし安いし見つからない本が探せます。

この本は児童書ですから難しい理論はないです。ただありのままです。
ありのままですから内容は凄惨ですが女の子の目に映った記憶ですからたんたんとしています。
コメントありがとうございました (ヨッシーさんへ・・・ヒキノ)
2009-09-22 11:08:12
7歳の女の子が4月のはじめから6月の末まで、畑の芋とか死人のカバンから食料を食べていたようですが、よく生きていたものです。
途中で兄が流れ弾で死に、砂の中に埋葬します。日本兵に日本刀で追いかけられます。

本はぜひ読んでやってください。
コメントありがとうございました (おばちゃんへ・・ヒキノ)
2009-09-22 11:23:06
人は辛い話ほど胸の中にしまっておくものですね。
流れ弾の当たって死んだ兄ちゃんを砂の中に埋葬します。おじいちゃん・おばあちゃんを置き去りにしたという思いもあったでしょうね。

それにしても3ヶ月近くもよく7歳の女の子が生きていたものです。
女の子の目がきれいです。
コメントありがとうございました (henao&henakoさんへ・・ヒキノ)
2009-09-22 11:31:56
中京地区で系列ネット局の放映があったらぜひ見てください。
本は児童書ですから7歳の女の子の記憶を辿ったありのままの綴り方で思想や理論はありません。

戦場の中で子どもがさまようとはこんなことかと思いました。
生きていて良かった。
コメント (ウサギさんへ・・・ヒキノ)
2009-09-28 21:14:15
ありがとうございました。
見ました。 (yuiyui)
2009-10-01 14:13:50
この写真は何度も見て知っていましたが
こういう背景があったとは全く知りませんでした。
昨夜、ドラマを見ました。
6歳の娘と9歳の息子がおりますので
かぶってしまって涙が止まりませんでした。
今、この写真を見ても涙が溢れ出てきます。
本も注文しました。
目を背けず、読んでみたいと思います。
こういう時代を耐えて生き抜いたご先祖がいたからこそ、今の自分や子供達がいるのだと思うと
胸があつくなります。
ありがとうございました。

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