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沖縄考 7 赤とんぼ




九三式中間練習機
赤とんぼは第二次世界大戦中の日本海軍の飛行機で、練習機である。日本軍の練習機は目立つようにオレンジ色に塗られたことから別名「赤とんぼ」と呼ばれていたが、本機はその内の代表的な機体のひとつである。

戦争末期には実用機不足と当機がアルコール燃料でも稼動可能なことから、後席に増槽としてドラム缶を装着し、機体の限界に近い250kg爆弾を積み込んでの特攻に駆り出され[2]、駆逐艦1隻(キャラハン)を撃沈している。

陸上機、水上機合計5,591機[3]が生産され、製造機数の多さと練習機という任務から、終戦時に残存していた機体数は海軍の機種の中では最も多かった。(ウィキペディアより)


第二次大戦がおわり、満州から引き揚げたわが一家(両親&3男児)は本土を転々とした。母の実家がある愛媛に身を寄せたことや横浜で父の同僚達と共同生活をしたことは覚えているが、そのほかはどこにいたのか皆目見当がつかない。横浜市戸塚区中野町のちいさな借家に落ち着いたのは本郷小学校に入る直前でその頃からのことは良くおぼえている。

横浜では市川さんという家族と一緒だったが市川家には雅子さんという女の子がいた。どういう子だったかは記憶にないのだが、わが両親が雅子ちゃんは上智大学に進んだとか、外人と結婚してデンマークに住んでいるというような話をしていたので名前を覚えている次第である。

そのとき乗っていた汽車がどこへ向かっていたかは知らない。窓からみる荒涼とした野原に赤い飛行機の残骸があった。くしゃくしゃになった残骸がころがっているのを見て敗戦のなんたるものかを理解したような気がする。

満州で逃げていた時は現在進行形のせかされる気分があったが、飛行機の残骸を見たときは現在完了の落ち着いた気分であったと今になって思う。


海軍司令部壕に向かっていると赤い葉の木が見えた。



春三月なのにこんな色の葉があるとは面白いと思った。

すっかり葉が落ちてしまった木もある。



風に吹かれて落ちる葉が六十数年前にみた赤い残骸と重なった。



赤い葉が 一枚また一枚 落ちていく

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| おのまのプロフィール | 沖縄 | 13:58 | comments(1) | trackbacks(0) |
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こんにちは、
赤い葉っぱの木はモモタマナのようですね。沖縄の言葉では確かクファディーサーとかンーマーギーとか言ったと思います。ヤップではケル^^
http://suyap.exblog.jp/13640434/

葉や木の皮は薬になり、実はアーモンドのような味がしますが、気づくとみんな食べられちゃってます。
| suyap | 2012/03/30 4:49 PM |










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