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町の声 4 菅首相

日本で聞いた町の声を書きたいのですが、なにげない声の背景にも語りきれない重たいものがあるだろう、そういう重たいものが彼らの意識にのぼっていないこともあるだろう、意識していても言葉に出し切れないこともあるだろうと思うと書きにくいものがあります。とはいえ歴史に残る巨大な地震、巨大な津波、巨大な事故のあとの声なのでメモっておきたいと思います。

 箱崎のホテルと東京駅とのあいだの移動はタクシーを使います。運転手と二人きりの密室で本音を訊きだすのがおのまの癖。

サヴァックという秘密警察があって庶民が本音をしゃべれなかった1975〜6年のイランでもこの癖を大いに駆使しましたが
SAVAKに捕まったら大変だとおのまもびくびくしていました。

あるとき一台の車を借り切って嫌がる運転手をなだめすかしてパーラビー王が住んでいる広大な邸宅の周りを走らせたことがありました。こちらは観光のつもりだったのですが、他に走っている車がなかったので接近してはいけない場所だったのでしょう。どこからともなく現れた車に停車を命じられ運転手が尋問されたものです。尋問されている運転手の顔がとても暗かったのを覚えています。

イランのタクシーは乗り合いが多かったので二人きりになる機会はめったになく、また二人きりになっても警戒心の強い人が多くて効率はよくありませんでしたが、三ヶ月のイラン滞在でもってパーラビー体制は脆弱(ぜいじゃく)である、内乱がおきるだろうというレポートをものにした背景にタクシーの密室がありました。

当時パーラビー体制が脆弱だという日本人はほとんどゼロでしたからおのまのレポートは銀行で結構物議をかもしたもので、上司のひとりはこんなのが公けになったら大変なことになるとあわてていました。

ホメイニ革命でパーラビーが倒れるのはおのまレポから三年後の1979年で、その頃おのまはシンガポール勤務二年目でしたが、ホメイニ革命が起きる寸前になっても日本の外務省や商社の人はパーラビーは安泰だと確信していました。根拠のない確信。日本の商社や外務省がいかに国際情勢を読めなかったかの例は他にもありますが、いずれまた。

さて日本の庶民にはサヴァックのような恐ろしい秘密警察に見張られているという緊張感がないし、世の中が不景気になってからというものタクシーの運転手たちの愛嬌もよくなったので本音を聞くのは楽です。ひところのタクシーといったら不機嫌、不親切の権化みたいで、何を訊いても返事なし、重い荷物をトランクに入れるのを手伝わない。

脱線した・・・

こんかい聞いた運転手たちの話は全員が一致していました。震災、原発事故の処理をしないといけない今、政治家たちはおろかしくも政局をやっている。自民も民主もダメであるということで、まあ、改めて書くこともない話ですね。

でも、ここからが肝心なのですが、ネットや新聞テレビで辞めろと云われている菅直人の話になると、意外にも菅はやめるべきだという人がいなかったのです。誰がやっても変わらないだろうというのが大方の意見で、なかには菅は良くやっているから辞めることはないと云う人もいました。

おのまは原発事故のデイワンから菅政府のチマチマ、ノロノロぶりに批判的ではありますが、菅の罪もさることながら、長年にわたって出来上がった原発村の主人公たち、すなわち電力会社、霞ヶ関官僚、御用学者、御用マスコミの罪のほうがはるかに大きいと見ています。だから菅を引きずり下ろせば事態が劇的に改善するだろうとは思っていません。それと同じ気分がタクシーの運転手たちにもあるのをはからずも確かめた次第です。

タクシーだけでなく、成田空港の本屋の店員とか神保町の指圧師とかからも聞いたのですが変わらなかったです。

ちなみに、数年前から指圧をしなくても平気な体になったのですが、今回は古本屋めぐりを始めたとたんに暑さでへばり指圧の看板のかかっている店に飛び込みました。中年のおじさんがひとりだけの店でした。♂に触られるのが苦手なおのま、未だに体調が戻らないのはあのおじさんのせいだったかも(笑)。

ここまで書いてきてふと思いました。海江田経産大臣の顔に泥を塗ってまで、浜岡、玄海原発を止めた菅直人首相は後世になって高く評価されるのかもしれない。原発全廃を果たすことができたら英雄かも。

読者のみなさまにおかれては、東京でタクシーに乗られたらさりげなく運転手の本音を訊きだしてご覧になると面白いです。世の実相は新聞、テレビの報道と違っていることが分かるかもしれません。
| おのまのプロフィール | 政治経済 | 00:35 | comments(0) | trackbacks(1) |
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広島で生まれ育ったんじゃけぇ...
北緯9度に位置するヤップでは、いってみれば1年中「夏」が続いているようなものである(それでも日陰では日本の夏より涼しいし、長く住めばそれなりの「季節」の移ろいも感じられるようになるけれど)。だから、ボーっとしたり、あるいはバタバタ忙しくして過ごしている
| ミクロネシアの小さな島・ヤップより | 2011/08/11 9:01 AM |
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