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よしのずいからてんのぞく

いろはがるたで遊んだのは小学五、六年の頃までだったでしょうか。一枚一枚に出てくる文は短いし口調がいいので意味が分からないのがあっても覚えてしまいました。

「ほとけのかおもさんど・仏の顔も三度」とか「ちりもつもればやまとなる・塵も積もれば山となる」などのリクツは分かり易かったです。

はじめにでてくる「いぬもあるけばぼうにあたる・犬も歩けば棒に当たる」は分かりません。

犬はいつだって歩いているじゃないか・・・
歩いていて棒にあたる犬がいるんだろうか・・・
どんな棒なんだろう・・・
当たったからといってどんな意味があるのか・・・


当時よくわからなかったもののひとつに「よしのずいからてんのぞく」があります。

葦の髄から天覗く:蘆の茎は細い。細い茎の髄を通して天を見ても全体を見ることができない。 狭い見聞に基づいて大局を判断することはできない。

かるたには絵札があるのでそういうリクツは分かるのですがもやもや感がありました。


あの頃感じたもやもや感はなんだったのかを考えてみました。

第一は「よしのずい」という日本語のようです。

オトナになってからも「よし」「ずい」という日本語を使ったことがありません。今だって「よしのずいからてんのぞく」と聞くともやもや感は生じるのです。

オトナおのまが使うのは「よし・葦」ではなく「あし・葦」、「ずい・髄」ではなく「あな・穴」とか「くだ・管」です。

「あしのくだからてんのぞく」ならもやもや感がなくなるかというとそうでもありません。

もやもや感の第二の理由がありそうです。

そもそも葦がいつも身辺にあるわけではありません。たまたま見かけることはありますが、近寄って茎を切り取って天を覗いたことがありません。

身近にはストローがありますがストローで何かを覗いてみたいと思ったことがありません。目をつっついたりしたら危ないではないかと思うだけです。

昔は葦の髄から天を覗いた人が多かったのでしょうかねえ。どうもそうではないような気がします。

「お前のように見聞の狭いものが大局を判断することはできない」と皮肉るのが好きな先生がいて、それをたとえにしてみただけの話ではないでしょうか。不自然なたとえに思えます。


そんな詮索はともかくとして「よしのずいからてんのぞく」だよなあと思いながら朝から覗いていたのが世界各地のクリスマス風景でした。

リンクしてあるスウェーデン、フランス、メキシコのブログをはじめとして色々なブログでこれまで知らなかったクリスマス風景を見ました。新聞、テレビで報道するクリスマス風景より面白かったです。

よしのずいからでも今の時代のそれは実にたくさんのものが分かるものです。

プロでないと分からない世界がある、シロートは黙っておれと威張るロージンがいますが、たまにはシロートの目であちこちの世界を覗いてみたらどうでしょうかねえ。おっと脱線・・・・


相互にリンクしているブログにあった写真を編集した上で貼ります。

元の写真はカラーですが白黒にしました。

断りもなくけしからんと怒るようなブログ主ではないと信じていますが、万万が一そういうことがあったら削除します。

この方に送ったおのまコメントです:

いちばん上の写真いいですねえ

ニンゲンもネコも思いは同じ

始めは笑いましたがよく見ているうちにイキモノの真剣さが感じられてきてちょっと感動しています









朝みたときはイキモノが持っている生きようとする真剣な意思が伝わってきて感動したのですが、夕方になると何億何兆とある地上の意思が調和して地球全体のイノチが例外なく喜びで満たされるにはどうすれば良いのかという難問につきあたりました。

答えは分かるような気がするのですが今ひとつはっきりしません。よしのずいからてんのぞくがごとくです。

念!

よしのずいではなくハッブル望遠鏡のような思考力が生じよ!


オリジナルのブログです。タマレスなる料理がでてきます:
http://teacapan.cocolog-nifty.com/blog/2010/12/post-2b03.html

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怒るなんてとんでもございません、嬉しいです、ご遠慮なくじゃんじゃんお使い下さい。
小生は、葦の髄で良いと思っています。 皆がそれぞれ、信じられる一本の葦の髄を持ち、それで日々幸せならばと。
そうすれば案外にも、無秩序が極まり、みごとに調和するんじゃないかとも思います。
たくさんの葦の髄を持ったり、魚眼レンズのような太い葦だとかえって情報が多すぎて、災いや心労が増えていけません。
| OTTO | 2010/12/26 2:10 PM |

百年かかっても猫には絵を描くことができないのと似て、人間にも超えられない限界、知りえない次元、世界があるのだろうと思います

災い、心労をともなうというのに余計な好奇心、探究心がなくならない人間という種は重病に冒されているのかも・・・

| おのま | 2010/12/27 6:12 AM |










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