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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

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プロフィール


リンク先のブログに本日こういうことが書かれていました。同感するところが大いにあり、そして大いに刺激を受けました。

私は文筆業や政治の一環としてこのブログで飯を食おうと考えている訳ではありません。ただ感じるままのことを書きなぐっているのに近い物です。その中で、時々寄せられる意外なコメント、新しい知見、ご意見、反論をうかがう双方向性を楽しいと感じることもあります。私がプロフィールを明らかにしないのは、プロフィールによるフィルターを介して私を見て欲しくないからです。
http://plaza.rakuten.co.jp/gaksuzuki34/

受けた刺激の命ずるまま本日のブログを書くことにします。


おのまのブログは、日々変わっていくバンクーバーの姿を惜しいと思う気持ちから始まりました。おのまの子供たちの記憶には残っていないであろう1972年から74年までのバンクーバーの情景を書き、若き日のおのまの姿を書き残すということでした。

日々のくらしに終われている子供たちは父が関わった過去に興味がないだろうと思います。おのま自身がそうでした。でも父が逝ってからおのまは父はどういう世界をどういう気持ちで生きていたのだろうと思うようになりました。

子供たちが読むか読まないかは別として書いておこうとなったわけです。とっておけばいつか開かれるかもしれない古いアルバムのようなものですな。

でも、ブログとはウェブログ。子供たちだけではなく、ウェブ世界にいる誰でも見ることができます。知らない読者を呼び込み、双方向性 機能が働きだします。コメントやトラックバックを頂いて、こちらの頭の中が変化していきます。古いアルバムではなくなります。常に進化していくのがブログです。


政治の話を書いて疲れたことがあります。エネルギーをムダに使ったなあ。あほな連中のことなど忘れろよと反省しました。

小学校時代の同級生のことを書いて、あとでブログに書くことではなかったなと反省したことがあります。自分ひとりの日記ではないんだ。そんなことを公開して恥かしいと思わないか。はいあとで恥かしいと思いました。自分の思いを公開して後悔しました。

反省は反省として、後悔は後悔として、しかし、その時その時の姿をさらけださせる力がブログにある、その力を借りて書きつづけろ、そもそもかっこうをつけなきゃいけないやんごとなきお方ではなかろうという囁きも聞えました。

そうなんですよね。ブログの面白いところはそこにあるのです。反感を買うも良し。ひんしゅくを買うも良し。あとで恥かしい思いをするも良し。子供のいたずらがきと似て、瞬間の思いを書きなぐるのが良いのです。

♪ 
もしもあなたと遭えずにいたら
わたしは何をしていたでしょうか
・・・
ブログの力に身を任せ
一度の人生それさえ捨てることも構わない


刺激をうけておのまのプロフィールに書き足しました:

  ◎管理人のプロフィルはときどき追記しています。最初に書いたプロフィルは一番下にあります。onomarjan@hotmail.com

2010年10月10日追記

ブログの最後につけていた人気ランキングを外しました。

あのシステムは管理者が恣意的に操作をしているらしいということを他のブログで見たことがありましたが本当でした。新聞社がやる世論調査はインチキだとはよく聞きますが、そんなインチキをやる人って病気です。厳密にいえば犯罪ですよね。

以前に書いたプロフィルをみると略歴:会社オーナー兼運転手などとありますが、もう会社の仕事はしていません。たのまれて動くことはありますが、みずから積極的に仕事をつくることはありません。

七月に数年ぶりにトロントを訪れ、あるパーティーに出席したら偶然にも元のパートナーがいたので、ロングタイムノーシーとか云いながらハグ。今なにしてるのよと訊かれました。あっ、誤解なきよう。パートナーって会社のパートナーのことです。

なんと答えるべきか迷いましたがそれは一瞬。天才おのまの頭脳はひらめきました。

まいにち猫の蚤をとっている。

それを聞いて彼女はえええーっ、ウッソーとのけぞりました。

元カノ・・ではない・・元パートナーの彼女は、うんにゃ、これも誤解を招くか・・単に、元パートナー・・・はいま世界的に有名な会社の法務部長であちこちを飛び回っているそうです。

われながらネコノミが気に入り、こないだも日本からやって来た女性(三十台・音楽家)と食事をした時に最近は何をしているのと訊かれて猫の蚤をとっていると答えました。あきれた顔をしていました。

ここまで書いてきて、ふと思いました。かの有名なナンチャラカンチャラ社の役員ですとか、かの有名でないテケテケ社のオーナーですとか云って、さりげなく胸をはる方が尊敬されるでしょうね。

若い女性の気をひこうという意欲もなくなっているんですねえ。いつのまにか・・・


カーリングおやぢさんへ:

本日は刺激を与えていただき有難うございました。怒りが静まった暁にはまたコメント欄を再開されるよう祈っています。

 

●2010年5月1日追記
右上カウンターは昨年の二倍、四百人前後で推移、2000人を越した日もありました。アクセス解析をみると一日1000頁前後、4000頁を越えた日もあります。人気ランキングではなんどか二位になりましたが、平均するとベストテンを出たり入ったりです。

世の中はブログからツイッターへ移りつつあるのかもしれませんが、ツイッターは忙しすぎるような気がするのでこのままブログで行きます。

なにごともシロートの域からでませんが、誠心誠意をモットーに、しつこく観察していきたいと思っています。

●2009年2月1日追記
右上カウンターは200人前後で推移、500人になった日もありました。アクセス解析では1月に25749頁を記録しました。(一日あたり800頁)読者人気ランクでは四位までいきました。平均すると二十位前後です。

●2008年4月14日追記

隣人のボブが昨年12月で引退しました。完全引退だとさばさばした顔をしています。

ことしの私は「オバマ支援で世界に平和を」を掲げて中学生並みの(笑)英語で投稿に励んでいます。

留学時代にタイム誌に一、二度投稿したことがありますが、都合のよいように手直しされました。その頃からアメリカのマスメディアを信用しないことにしています。今は投稿したそのままが一秒もたたないで載るから良いです。

ブッシュのスピーチにコメントを送ったところ他にだれもコメントを書かなかったことがあり、ああ、ブッシュって孤独だねえと思ったり、おーしアメリカに影響を与えるぞと思ったりで面白いです。

右上カウンターは一日に百人から百五十人、ときに二百人、アクセス解析では一日に七百頁、月に二万頁強のアクセスと一年前にくらべて40%ほど増えています。

●2007年4月8日追記

ことしにはいり私の職業は「オーナー兼社長兼運転手」が1%「観察家」が99%という感じです。

このブログの右上についているカウンターでは一日に60人から100人のかたが来られています。管理人のみが見れる「アクセス解析」でみると一日あたり400頁前後が読まれていて、毎月のアクセスは一万数千頁です。読者がふえると収入につながるブログがあるそうですが、私はまったく無収入です。

いつのまにか「P」というハンドルネームが使われなくなって「おのま」になっています。最近とみにジーサンになったのを自覚していますが子供や孫には相変わらず「パパ」と呼ばせています。二年前に生まれたミータン(女の子)から「パパ」といわれると顔がゆるみます。

●2006年12月17日追記
略歴に「B社オーナー兼社長兼運転手兼動植物観察家」とありますが、ちかごろは「観察家」が主、背広が似合わなくなり、ネクタイも買わなくなりました。 

ブログのアクセス数は300頁前後/日に増えていますが、人気ランクは50位前後に落ちています。読んでも投票しないあなた、来年は運勢が落ちますよ(笑)

●追記・2006年9月2日
アメリカ関係のブログの人気投票にはいって二、三ヶ月たったでしょうか。三十〜五十位あたりでウロウロしています。

ミキシにも入りましたが、ミキシのブログは以前からあったホームページやブログとは風合いが違って、知り合い同士、友達同士の場という要素が大きい新世代ブログという感じがします。「木霊の宿る町」はミキシになじまない前世代ブログかもしれないと感じています。

●追記・2006年1月3日
アクセス数は毎日200頁前後で推移しています。1500頁を越えたこともあります。 

●日記の右上にあるカウンターは2003年8月に始まったものですが三万数千になったところでサーバーが壊れたので三万丁度でリセットしました。

閲覧者数を示すカウンターとは別にアクセス数というのがあり、これは一日に何頁みられたかという数だそうです。311頁というのがこれまでの記録で、大概は100前後です。カウンターの3〜4倍、ということは、たまにきてまとめ読みする方がおられるようです。毎日のお勤めおつかれさまです、と勝手に決め付けたりして(笑)。
       
●追記・2005年3月18日:
メールで感想、コメントを送ってくださる方々に感謝しています。ただし送って下さったかたの許可をとらずに日記に転載することがありますのでお気をつけ下さい(笑)。送り先:
onomarjan@hotmail.com

●追記・2005年1月9日:
このJUGEMサイトへ書き込み始めたのはオリジナルサイトが突如消えた2003年12月9日からです。もともとはゆうきんママがバックアップ用に8月から造っていたサイトです。

●「木霊(こだま)の宿る町」は「ゆうきんママ」という私の娘のサイトのなかで始まりました。

ゆうきんとは娘の息子、すなわち私の孫ですが、ゆうきんが私のことをジージなどと呼ぶのを堅く禁じています。Papaと呼ばせています。でもってハンドルネームはP。子供たちへだす手紙もむかしからPとサインしていて、機嫌がよいときはPのなかに点をふたつ加えて顔にしたてます。

三十年前留学のためバンクーバーに来て浮かんだことばが「こだまの宿る町」。そのときの心象風景をとどめておこうと2003年1月から始めた日記ですが、すぐに乱れました。ときどき、いえ、しょっちゅう、毒づいてます。該当される方々は気にしないでください、誰しも多少の欠陥はあるものですよ。そうは言ったものの少しくらい気にして直してくだされば書く甲斐があるというものですが(笑)。

カナダでの略歴は以下の通りです。トロント滞在が通算12年でバンク−バーの7年より長いのですが、トロントのことはあまり出てきません。1972−1974 と 2001以降のことが交互に出てきます。

1972-1974 (2年弱)バンクーバー・M社から派遣されてBC大学ビジネススクールに留学 
1985-1987 (2年弱)バンクーバー・M社の子会社支店長
1987-1991 (4年強)トロント・M社の子会社社長
1994-2000 (6年強)トロント・A社(米国)の幹部(5年)
          B社のオーナー兼社長兼運転手(1年)
2001-     (2004年12月現在で3年強)北バンクーバー・B社オーナー兼社長兼運転手兼動植物観察家 

ゆうきんママがJUGEM版にバンクーバーと日本の時間がつけてくれました。便利。夏時間のときは自動的に調整されるのだろうか。それから、英語の翻訳はJUGEMとは別なところが機械翻訳をしているのだそうです。

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