木霊の宿る町TOPページへ            
過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

<< 感傷旅行 20・ モノヒル 1 | main | 資料 小沢一郎の囲碁 @ 依田紀基 >>
資料 尖閣に関する評論家・西尾幹二の見方
 

【正論】

 9月24日午後、中国人船長が処分保留のまま釈放される、との報を最初に聞いた日本国民は、一瞬、耳を疑うほどの驚愕(きょうがく)を覚えた人が多かったが、私も例外ではなく、耳を塞(ふさ)ぎたかった。日本政府は国内法に則(のっと)って粛々とことを進めると再三、公言していたわけだから、ここで中国の言い分を認めるのは自国の法律を否定し、自ら法治国家であるのをやめたことになる。尖閣海域は今日から中国領になるのだな、と思った。

関連記事

記事本文の続き ◆アメリカ頼み、甘過ぎる

 まさか、中国もいきなり軍事侵攻してくるわけはあるまい、と大方の人が考えているが、私は、それは少し甘いのではないかと思っている。また、アメリカが日米安保条約に基づいて抑止してくれると信じている人も圧倒的に多いようだが、それは、さらに甘いのではないかと思っている。

 アメリカは常々、領土をめぐる他国の紛争には中立だとし、現状の実効支配を尊重すると言っている。だからブッシュ前政権が竹島韓国領と認定したこともある。北方領土の範囲を最初に不明確に設定したのはアメリカで、日ソ間を永遠に不和のままに置くことが国益に適(かな)ったからだとされる。それが彼らの戦略思考である。

 クリントン米国務長官が23日の日米外相会談で尖閣に安保条約第5条が適用されると言ったのは、日本が実効支配している島だから当然で、それ以上の意味はない。侵略されれば、アメリカが直ちに武力行使するとは第5条には書かれていない。「自国の憲法上の規定及び手続に従って、共通の危険に対処するように行動する」と宣言しているだけだ。議会の承認を要するから、時間もかかるし、アメリカが「共通の危険」と思うかどうかは情勢次第である。

 だから、ジェームス・アワー元米国防総省日本部長は、日本が尖閣の主権を守る自らの決意を示さなければ、領土への正当性は得られず、竹島に対する日本の態度は悪い見本だと批判的である(9月24日付産経新聞朝刊)。

 言い換えれば、自衛隊が中国軍と一戦を交え、尖閣を死守するなら、アメリカはそれを精神的に応援し、事後承諾するだろう。しかし逆に、何もせず、中国に占領されたら、アメリカは中国の実効支配を承認することになるだけだろう。安保条約とは、その程度の約束である。日米首脳会談で、オバマ米大統領が尖閣を話題にしなかった冷淡さは、島嶼(とうしょ)部の領土争いに、米政府は関与しないという意思の再表明かもしれない。

 ◆善意に悪意でお返しされた

 そうであれば今回、わが国が、中国政府に対し何ら言論上の争いもせず、自国の固有領土たる理由をも世界に説明せず、さっさと白旗を揚げた対応は最悪で、第5条の適用を受ける資格が日本にないことをアメリカ政府に強く印象づける結果になっただろう。

 自分が善意で振る舞えば、他人も善意で応じてくれると信じる日本型ムラ社会の論理が国境を越えれば通用しないことは、近ごろ海外旅行をする国民には周知だ。中国に弱気の善意を示して強烈な悪意をもって報復されたことは、日本の政治家の未熟さを憐(あわ)れむだけで済むならいいが、国益を損なうこと甚大であり、許し難い。

 那覇地検が外交の領分に踏み込んだことは、多くの人が言う通り越権行為である。仙谷由人官房長官が指揮権発動をちらつかせて司法に圧力をかけた結果だ、と情報通がテレビで語っていた。それが事実なら、国家犯罪規模のスキャンダルである。検察官と官房長官を国会に証人喚問して、とことん追及することを要求する。

 ◆根本原因、占領政策にも

 日本の政治家に国家観念が乏しく、防衛と外交が三流にとどまる胸の痛むような現状は批判してもし過ぎることはないが、他方、ことここに至った根本原因は日米安保体制にあり、アメリカの、日本に攻撃能力を持たせまいとした占領以来の基本政策にある。

 講和条約作りを主導し、後に国務長官になるダレス氏は、アメリカが日本国内に基地を保持する所以(ゆえん)は、日本の自衛権に攻撃能力の発展を許さないためだ、と説明している。以来、自衛隊は専守防衛を義務づけられ、侵略に対してはアメリカの協力を待って排除に当たるとされ、独力で国を守る思想が育ってこなかった。日本に国防の独力をもっと与えようという流れと、与えまいとする流れとの2つがアメリカにはあって、日本は翻弄(ほんろう)され、方途を見失って今日に至っている体たらくを、中国にすっかり見抜かれている。

 しかし、アメリカも相当なものであり、尖閣の一件で、在日米軍の駐留経費の日本側負担(思いやり予算)を、大幅に増額させる方針を固めているという。

 日本は米中の挟み撃ちに遭っているというのが、今回の一件である。アメリカに攻撃力の開発を抑えられたまま、中国に攻撃されだしたのである。後ろ手に縛られたまま、腹を足蹴(げ)りにされているようなものだ。そして、今、痛いと言ってうずくまっている姿、それがわが祖国なのだ。嗚呼(ああ)!

評論家・西尾幹二(にしお かんじ)

http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/column/opinion/445457/

 

西尾幹二

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
西尾 幹二
(にしお かんじ)
誕生 1935年7月20日(75歳)
日本の旗 日本東京府
職業 文学者評論家
国籍 日本の旗 日本
主題 論説、評論翻訳
代表作 『ヨーロッパの個人主義』(1969年
『ニーチェとの対話――ツァラトゥストラ私評』(
1978年
『人生の価値について』(
1996年
『国民の歴史』(
1999年
Portal.svg ウィキポータル 文学
  

西尾 幹二(にしお かんじ、1935年7月20日 - )は、日本ドイツ文学者評論家学位文学博士東京大学)。電気通信大学名誉教授

新しい歴史教科書をつくる会の運動を進めた人物としても知られる。基本的な政治哲学は「米中両国の狭間で、日本はいかにして生存するか」である。

目次

[非表示]

人物 [編集]

東京都に生まれる。東京都立小石川高等学校東京大学文学部独文科卒業。同大学院修士課程修了。1979年、学位論文「初期のニーチェ」で東京大学より文学博士の学位を受ける。「新しい歴史教科書をつくる会」(以下、「つくる会」)名誉会長(2001年9月〜2006年1月)。

ニーチェの研究家 [編集]

ニーチェの研究と翻訳で知られる。翻訳は『悲劇の誕生』、『偶像の黄昏』、『アンチ・クリスト』、『この人を見よ』など。ニーチェ以外ではアルトゥル・ショーペンハウアー『意志と表象としての世界』などの翻訳がある。主要著作『ニーチェ』、『ヨーロッパの個人主義』、『ソ連知識人との対話』、『日本の教育 ドイツの教育』、『自由の悲劇』、『わたしの昭和史』、『国民の歴史』、『人生の深淵について』、『民族への責任』など。『地球日本史』『新地球日本史』の責任編集。

早くから西欧との比較に基づく文化論を展開し、文芸、教育、政治、国際問題をめぐる評論家としても活動している。

保守系文化人として [編集]

1970年代後半から、竹山道雄西義之に続くドイツ文学者出身の保守系文化人として、知られていた。小堀桂一郎とは大学の同級生。朝まで生テレビには番組開始時から頻繁に出演している。バブル景気時に経済界で高まった外国人労働者の受け入れ論に、文化論的視点から反対論を主張。国際法学者の大沼保昭らと活発な論争を繰り広げた。「つくる会」以降は論壇での活動が増えた。NHKの対中報道などが「迎合的で偏向している」として批判し、人権擁護法案については「危険性がある」と早くから指摘する一方で、「カルト系右翼」や「神社右翼」にも厳しい批判を加えている。

台湾独立運動については否定的で、「台湾も所詮は中国と同根の反日集団であり、擁護に値しない」と雑誌『正論』などで批判し、金美齢小林よしのりらから非難された(特に小林は、「まるで、後ろから斬りつけるような卑怯な姿勢」と西尾を強く非難し、これを機に西尾と小林は、一時対立関係になった)。[要出典]

2007年には南京大虐殺虚構論を唱える映画「南京の真実」に多くの右派・保守系知識人と共に賛同した。西部邁など自身と政治的に対立した人物[要出典]とも大同団結した形となる。西尾は製作記者会見にも出席し、東京裁判の不当性を訴えた。

政党政治では一党優位政党制を支持しているが、「保守政党が永続的に政権を握り続けられるような制度を法的に整備する」事を前提としており、むしろヘゲモニー政党制支持に近い。[要出典]

つくる会での活動 [編集]

西尾は「新しい歴史教科書をつくる会」の設立人の一人である。1996年8月、西尾と藤岡信勝が出会い、各界有志に呼びかけを行ったことが「つくる会」の始まりである。翌1997年1月30日、「つくる会」の初代会長に就任する。2001年に会長の座を田中英道に譲り、名誉会長となる。

2006年1月17日、「若い人と話が通じなくなった」という言葉を残し「つくる会」を突如離脱する。だが、会を離脱していながら側近を通じ事実上の院政を敷いているとの批判は後を絶たない。離脱したはずの「つくる会」で、会長だった八木秀次が無断での訪中などを口実にその後解任され、八木が「つくる会」に対し、抗議の脱会をする事態にまで発展する。また、八木が脱会した際には、西尾が傀儡として後任に考えていたとされる東大の同級[要出典]生、種子島経も西尾の創業者意識の強さに幻滅して八木に同調してしまった。八木は、西尾の「つくる会」への介入を文化大革命と評している。西尾の一連の活動に対しては、日本人の歴史再認識に果たした役割を高く評価する声も保守派の中には依然としてあるものの、ここ数年の西尾に対しては、そのあまりの硬直性を批判する意見も少なくない。旧版教科書の改訂その後についてはインターネット日録(2007/1/26-2008/3/12休載:その間管理者、寄稿者の記事有)に概要がある。

藤岡信勝とは元々性格が合わないとされる。種子島経は西尾と藤岡の関係について「この二人はいずれ劣らぬ自分中心の天動説論者で、宿命的に仲が悪いのだが[要出典]、ただ、誰かを呪い潰そう、という際にだけ共同戦線を組むこともある。いうなれば呪い仲間である」と指摘している[1]

9.11テロ以来不仲だった小林よしのり(一時期、小林の漫画で西尾の顔を黒く塗りつぶして描くなどがあった)から2006年ごろから小林の作品の欄外で肯定的なコメントをかかれるようになり、西尾自身も『わしズム』夏号に小林からの寄稿依頼に応じて論文を執筆するなど、両者の関係改善が進んでいるようである。

小泉内閣以降の自民党への評価 [編集]

小泉内閣に関しては、その中期までは好意的で、2003年9月に小泉が自民党総裁に再選された際には、北朝鮮に対する融和姿勢への懸念を除けば手放しで礼賛している。1990年代の自民党の左傾化に終止符を打ち派閥政治の象徴だった竹下派支配と派閥順送り人事を小泉が徹底的に破壊しつくし、その直後に安倍晋三幹事長に据え自身の後継候補として育て上げたことを高く評価している。

西尾の小泉への評価は第二次訪朝を境に完全に批判的なものに転じ[要出典]、同政権の対北朝鮮・対アメリカ外交、郵政民営化をはじめとする規制緩和路線などを過激な筆致で徹底攻撃(月刊誌『Voice2005年10月号では「狂人宰相」とまで呼んでいる)している。郵政民営化路線を徹底的に批判し、同年の総選挙では城内実衛藤晟一ほかの造反議員の応援演説までしている。父親が旧鉄道省官僚だったことに加え、かつて旧郵政省の関係団体「逓信協会」の機関誌で長年にわたり評論文他を書き、また編集長を務めた池田俊二と共著を出している。(洋泉社新書40、2001年)ことも遠因とされる。なお城内の父で、警察庁長官を務めた城内康光とは同期の友人でもある。

その一方で不確定な情報をもとに小泉批判をしたことが原因で、自身も大きな批判を受けた(→小泉訪朝における空白の10分間事件を参照)。これについて本人は「小泉政権の陰謀」だと主張している。[要出典]

また、その際には小泉を自民党の左傾化を推進してきた野中広務加藤紘一と同一視し、批判に拍車をかけている。郵政解散以降は、かつて激しく批判していたはずの派閥政治とその温床になってきた中選挙区制に関しても評価に転じている[要出典]。更には、小泉が2001年自民党総裁選の公約通り2006年終戦の日靖国神社を参拝した際にさえ、小泉を激しく罵倒している。

同じく麻生太郎についても辛辣であり、「安倍晋三以下、バカ太郎」と名付けている[2]。安倍、麻生の両元首相については、共に首相就任前は村山談話河野談話を批判していながら、首相就任後にあっさり踏襲したことを特に厳しく非難している。

皇室に関する発言 [編集]

皇室の現状を憂慮しており、特に皇太子徳仁親王に対して月刊誌WiLL』2008年5月号から「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」と題して定期的に執筆している。『WiLL』2008年8月号において、西尾は「これが最後の皇太子さまへの御忠言」において、会田雄次が1968年に語った「いまの皇太子(今上天皇)は、あんな不自由な寒くてしょうがないところはいやだといって、都ホテルへ泊まられるのですよ。この点は、訓練の相違もあるんでしょう。これは大きな問題だと思うのです」を引用したが、宮内庁から当時の資料からそのような事実はないとの抗議を受け、誌上での訂正を求められている[3]

皇太子妃雅子については、「雅子妃は健康であり、公務を欠席しているのは仮病である」と『WiLL』 (「皇太子さまに敢えて御忠言申し上げます」)や「朝まで生テレビ!」(2008年8月30日) 「たかじんのそこまで言って委員会」(2008年8月17日)などで繰り返し主張し、『WiLL』(久保紘之など)や『正論』から批判された。

2008年12月23日今上天皇は誕生日文書回答において「皇太子妃が病気の今、家族が皆で、支えていくのは当然のことです」と発言した[4]

その他の主張 [編集]

核武装の積極推進論者でもある。

慰安婦問題に対しては「性奴隷説」に異議を唱える立場であり、2007年7月13日に米国大使館に手渡された米下院121号決議全面撤回を求めるチャンネル桜主導の抗議書[5]にも賛同者として名を連ねている[6]

中国人は甘いものに群がる蟻だとし、「有害有毒な蟻をこれ以上増やさず、排除することが日本の国家基本政策でなければならない」と主張している[7]

| おのまのプロフィール | 政治経済 | 08:52 | comments(2) | trackbacks(1) |
スポンサーサイト
| スポンサードリンク | - | 08:52 | - | - |
西尾幹事氏もたまには良いこと言いますね。
 特にこのくだりは同感です。「わが国が、中国政府に対し何ら言論上の争いもせず、自国の固有領土たる理由をも世界に説明せず、さっさと白旗を揚げた対応は最悪で」
 結局、逮捕の妥当性を世界に説明することはしないと決定しました。きっと、日本は世界から「日本が中国を見る」用な感じで怪しいと思われていることでしょう。
| 欧州の消化器科医 | 2010/10/09 4:16 PM |

世界政府があるという世界ならともかく、今のニンゲン世界は主権国家が基本原理になっている世界ですからそれをあいまいにして乗り切ろうとした菅内閣はあかん内閣です。

日本には核がないからというリクツに逃げ込んで思考も行動も停止するへたれ外交官ともども早く退場させないといけません。
| おのま | 2010/10/10 4:36 AM |










http://onomar.jugem.jp/trackback/3250
共認原理による戦争封鎖の実現基盤⇒鍵を握るのは日本
「9/23なんでや劇場 (5)〜破局後の後進国の私権意識をどうする?」では、未だ貧困が残る後進国では、ドル・米国債暴落に始まる経済破局後、富国共認⇒私権意識⇒戦争という最終手段に打って出るのではないか、という問題が提起された。 数年後に予想されるドル・米国
| 日本を守るのに右も左もない | 2010/10/10 12:34 AM |
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< December 2019 >>


↑BGM(ON/OFFで切替)

bgm(別ウィンドウ)

VANCOUVER

TOKYO


↓木霊が宿る町QRコード↓
qrcode
ページランク

GBL:Googleバックリンク数です
 GIP:Googleインデックスページ数です
 MBL:MSNバックリンク数です
 MIP:MSNインデックスページ数です
 YBL:Yahoo!バックリンク数です
 YIP:Yahoo!インデックスページ数です
緑バー:Googleに於ける木霊の宿る町の人気度です

サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jpアソシエイト

このページの先頭へ


あなたはどこにいる free counters