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ウォルフレン論文@中央公論

知事抹殺シリーズを書いているあいだにも現在進行形で展開されている日本の検察の異様な思考行動をみると彼らの背骨をなすものは市民に対する暴力と捏造、自らに対するだらしないまでのでたらめと甘えである。

結果として生まれてくる検察が市民に及ぼす害は精神に異常をきたしているニンゲン、あるいは粗暴な犯罪者による害となんら変わることがないが、その影響力となると何倍ものインパクトがある。検察が国家機関であることに伴う力が背景にあるからである。

日本の検察の異常さにメスをいれようとするマスメディアがごく稀であることや法務大臣の対応も異常である。ノンポリ・おのまが書いてきたことの半分でも新聞、テレビが報道すれば、そして千葉法務大臣が検察に取り調べの可視化を命令すれば、検察の異常な思考、行動は是正される。しかし新聞、テレビの報道はおざなりであり、千葉景子法務大臣にいたっては検察官僚にとりこまれて取り調べの可視化どころか、自らが仮死化している


中立性とか公正さという観点をはなから省みない、みのもんたや田原総一朗の番組が相変らず垂れ流されている。田原のサンデープロジェクトは今月一杯で終わるらしいがテレビ界という腐臭を放っている大きな沼からバケツ一杯の汚水をくみ出すようなもので大勢に影響はない。

心ある市民がなすべきは腐った沼の底からわずかにでている清水を汲み取りこれを大事にすることである。さいわいにも時代は市民にネットという武器をもたせ、腐った報道に対抗することができるようになっている。

腐ったマスメディアの中にいる記者諸君は自らも市民のひとりであることを肝に銘じ、お給料がもらえなくなるリスクを恐れずに市民側にたった報道をこころがけたらよい。今際のきわにジャーナリストの名に羞じない人生を送ったと笑顔で死んでいける。

仮死化した政治家は引退したらよい。五十年も生きたことを奇貨とし、あとは世間の害にならないよう退くことである。消極的ではあるがそれも社会貢献になる。

前置きが長くなった。

懐かしい名前をみつけた。

カレル・ヴァン・ウォルフレン


おのまと同世代の読者なら「人間を幸せにしない日本というシステム」を読んだ人、読まないまでも名前を覚えているひとは多かろう。初めてきくかたは名前をクリックするとウイキペディアがでてくる。

日頃感じていることを外国人が適格に指摘していることに感心する一方、日本人が日本という不幸なシステムから自由になるのは容易でないんだよと白けた気分になった時から十六年たった今、ウォルフレンがふたたび適格な考察を披瀝しているのをみつけた。腐った泥沼の中から湧き出る清水のごとき論文である。

全文を次頁に貼る。友人、知人に広めて欲しい。できたら二人以上に広めて欲しい。十六年まえのベストセラーは三十万部売れたそうだが、ネット時代だから百万人に読んで欲しい。

クリックすればきれいな日本
クリックしないと豚日本
↓ 
http://blog.with2.net/link.php?310164


お忙しい方のための要点 by おのま 

訳文を読んでいて分りにくい個所があった。

原文にあたっていないので危ないことではあるが、文章の前後からみてウォルフレンの意図はこうだろうと推察して要旨を書く



日本が真の民主主義を実現できるかどうかがこれからの数年にかかっている。

民主党が掲げる内閣中心政権を確立することができたら日本に限らず我々の住む惑星の政治の流れに好ましい影響を与える数少ない事例となる。

 
日本が真に独立した国家たらんとする民主党の理念を打ち砕こうとする国内勢力、アメリカ政府について理解を深めることは日本の市民にとって有益である。

政権交代の歴史的意味

経済が危機的な状況へと向かい政治的な機能不全が蔓延する世界に対して望ましい政治のあり方を示そうとしているのがいまの日本である。

民主党政権発足後に起こりつつある変化には大半の日本人が考えている以上に大きな意味がある。

 
三十年に及んだ経済発展期が過ぎ日本は停滞し始めた。自分たちの生活が改善されているという実感を日本の人々は抱くことができないでいる。日本の政治システムには希望に満ちた方向性を打ち出すための何かが欠落している。

一九九三年
日本社会に新しい意識が広がった。政治家や評論家、ビジネスマンたちは抜本的な政治改革の必要性を訴えた。
 
小泉純一郎がやるのではないかと多くの人が考えたがセレブ、テレビの有名人として注目を集めた小泉の改革は見掛け倒しに終わった。新しい始まりをもたらすためには、自民党、それを取り巻く関係者、慣例や習慣のすべてを排除する必要があることが明らかになった。
 
昨年八月、民主党が選挙で圧勝した。民主党は新しい時代を築く姿勢を打ち出した。
 
明治時代に政治家の力を骨抜きにするための仕組みがシステムの中に組み込まれていた。山県有朋(一八三八〜一九二二年、政治家・軍人)によって確立された官僚制度による統治である。
 
天皇を中心としその周辺に築かれた調和を政治家がかき乱すことに我慢ならなかった山県の仕掛けは軍官僚たちの日本国ハイジャック、戦後のキャリア官僚と国会議員の奇妙な関係性を生んだ。

山県の遺産に着手する者はかつてなかった。いま遺産を見直そうとするたびに民主党が抵抗に遭遇している。抵抗するのは有権者ではなく旧態依然とした非民主主義的な体制に埋め込まれた利害である。

官僚ではなく政治(国民の代表)による統治を可能にする機構を民主党はほぼ無から創り上げようとしているが、現状をみて民主党の連立内閣が手をこまねいていると考える気の短い人々も大勢いる。(おのま註:おのまへのあてこすりみたいだ・笑)

外務省や防衛省などの官僚たちは従来の省内でのやり方にしたがわせようと躍起になっている。
旧来のやり方を変えようとしないから、北方領土問題を巡る外交交渉について前向きな姿勢を示したロシア大統領ドミトリー・メドヴェージェフの昨年十一月のシンガポールでの発言の意義に日本の官僚や政治家は気づかなかった。(おのま註:おのまも何のことか分らない。ご存知の方がおられたらコメント欄に書き込んで欲しい)

首相官邸は民主党の主張を伝えるという本来なすべき機能を果たしていない。旧体制のやり方に官僚たちが固執するあまり生じている実態を考えると憂鬱な気分になる。

官僚機構の免疫システム

日本の政治システム内部には自らを守ろうとするメカニズムがある。

一年ほど日本を留守にしていた筆者が、昨年戻ってきた際、日本の友人たちは夏の選挙で事態が劇的に変化したと話してくれた。筆者は「小沢を引きずり下ろそうとするスキャンダルの方はどうなった?」と訊ね返した。
官僚機構の防御機能が人体の免疫システムのように作用するからだ。

あらゆる国々は表向きのシステムとは別個に、現実の中で機能する実質的な権力システムを有している。実質的な権力システムは表向きの原理原則から遠ざかったり、変化したりする。

 
軍産複合体、巨大金融・保険企業の利益を優先させた、この一〇年間のアメリカが典型例だ。アメリカ憲法に軍産複合体や金融・保険企業の地位を確約する規定などないのにそうなっている。
 
憲法や法律を根拠として正しいあり方を求めて議論を繰り広げても影響を受けることのない日本の非公式な政治システムは、いわば超法規的存在である。
 
権力という非公式なシステムは、自らに打撃を与えかねない勢力に抵抗する機能が備わっている。

非公式なシステムは過剰なものに対して反応する。企業が政治家の選挙資金を負担すること自体は問題とならないが、あるひとりの政治家に集中しシステム内部のバランスを脅かしかねないほどの権力を握ると問題にする。たとえば田中角栄のスキャンダルだ。

 
起業家精神自体は問題とならないが、その起業家が非公式なシステムを脅やかすほどの成功をおさめると阻止される。労働市場の創出に貢献したリクルートの江副浩正であり、非公式なシステムの暗黙のルールを破り、体制側の人間を揶揄したホリエモンこと堀江貴文である。
 
一九年前、私は日本のシステム内部の免疫システムの一角を担うのが、メディアと二人三脚で動く日本の検察であると結論づけた。
 
検察とメディアにとって、改革を志す政治家たちが標的となる。ごく些細な犯罪行為を探し、場合によっては架空の事件を作り出す。薬害エイズ事件で国民から絶大な支持を得た菅直人は、数年後、その名声を傷つけるようなスキャンダルに見舞われた。有権者の代表であっても、非公式な権力システムを円滑に運営する上で脅威となる危険性があるとそうなる。
 
日本の非公式な権力システムにとり、かつて遭遇したことのない手強い脅威が民主党政権である。システムを本来かくあるべしという状態に近づけようとする動きほど恐ろしいことは他にない。検察とメディアは、鳩山由紀夫が首相になるや直ちに手を組みスキャンダル叩きをはじめた。

超法規的な検察の振る舞い

検察当局は日本の民主主義をおびやかそうとしている。民主党の政治家たちは今後も検察官がその破壊的なエネルギーを向ける標的となり続けるであろう。
 
検察を確立した人物は平沼騏一郎(一八六七〜一九五二年、司法官僚・政治家)である。彼は「天皇の意思」を実行する官僚が道徳的に卓越する存在であると信じて疑わなかった。マルクス主義、リベラリズム、あるいは民主的な選挙といった現代的な政治形態から国を守り抜くべきだと考えたのである。
 
一九四五年以降も、平沼を信奉する人々によって超法規的な性格を持つ日本の司法制度の改革は阻止された。現在の検察官たちを見ていると、司法制度を政府という存在を超えた至高なる神聖な存在とする価値観が残っているのではないかと思わせるものがある。
 
日本の検察官が行使する自由裁量権は、海外の法律専門家たちを驚かせてきた。誰を起訴の標的にするかを決定するに際しての彼らの裁量はけたはずれである。
 
ある特定人物に対して厳しい扱いをすると決めた場合、容疑者を参らせるために、策略を用い、心理的な重圧をかけ、さらには審理前に長く拘禁して自白を迫る。法のグレーゾーンを利用して、改革に意欲的な政治家たちを阻もうとする。どんなことなら許容され、どのようなことが違法とされるのかという区分はあいまいである。

日本にはきわめてあいまいな政治資金規正法がある。検察はこの法律を好んで武器として利用する。検察官たちの取り調べがいかに恣意的であるかを理解している日本人は大勢いる。それでもなお、多くの人々が、小沢が「誠意ある態度」を示して、謝罪すべきだと感じる。

 
小沢が詫びて頭を下げ、あるいは「自ら」辞任するとでもいうことになれば、その儀礼行為は非公式のシステムに対して行われるのである。
 
体制に備わった免疫システムは、メディアの協力なくしては作用しない。政治家たちを打ちのめすのは、彼らがかかわったとされる「不正行為」ではなく、メディアが煽り立てる「スキャンダル」だ。

検察官たちは自分たちが狙いをつけた件についてメディアに情報を流し続ける。標的となった人物の事務所に襲いかかる際に、現場で待機しているようにあらかじめジャーナリストや編集者たちに注意を促す。

捜査が進行中の事件について情報を漏らすという行為は、法的手続きを遵守するシステムに反する。しかし検察はあたかも自分たちが超法規的な存在であるかのように振る舞っている。

 

小沢の価値

日本の新聞は、筆者の知る世界のいかなるメディアにも増して、きわめて均質な解釈を行う。その論評内容は各紙互いに非常によく似通っている。かくして、新聞を購読する人々に、比較的大きな影響を及ぼすことになり政治的現実が生まれる。

日本の新聞は、国内権力を監視する立場にあるのではなく、むしろその中に参加する当事者となっている。新聞社の幹部編集者の思考は高級官僚のそれと変わらない。

 
悲しむべきは新聞界が大きな問題を抱えていることである。商業的な利益に依存する度合いを強めた新聞は政治の成り行きを監視する信頼に足る存在ではなくなってしまった。

日本の政治がきわめて重要な変化の時を迎えたいま、新聞が信頼できる監視者の立場に就こうとしないのは残念だ。日本のメディアが何を報道してきたかといえば、誰の役にも立ちはせぬスキャンダルばかりで、日本人すべての未来にとって何が重要かという肝心な視点が欠落している。

 
日本の新聞がこうなってしまった原因は長年の間に染みついた習性にある。記者や編集者たちは長年手がけてきたことを得意分野とする。日本の政治記者たちは、自民党の派閥争いについて、連立政権の浮沈について、正確な詳細を伝えようとしのぎを削ってきた。
 
鳩山政権が成立後、連立を組んだ政党との間に生じた軋轢にジャーナリストたちの関心が注がれた。日本のメディアは民主党の閣僚たちの間に、きわめてわずかな齟齬(そご)が生じたといっては、盛んに書き立てる。自民党内部での論争や派閥抗争がジャーナリストたちにとって格好の取材ネタであったことはよく理解できる。これまで話題にする価値のあるような政策を生み出してこなかったからだ。

 
小泉は財務官僚の要請に従い、改革を行ったかのように振る舞ったにすぎない。だがその高い支持率に眼がくらんだのか、メディアは、それが単に新自由主義的な流儀にすぎず、国民の求めた政治改革などではなかったことを見抜けなかった。
 
彼が政権を去った後、内閣が次々と誕生しては退陣を繰り返した。自民党は大きく変化した国内情勢や世界情勢に対処可能な政策を打ち出すことができなかった。政治的な舵取りができなかった。自民党の政治家たちは官僚たちが行う決定に頼ってきたにすぎない。

新聞各紙は内閣をこき下ろすという役割を楽しみ、毎年のように首相が代わった。
日本ではそれが習慣化してしまった。鳩山政権がもつかどうか、退陣すべきなのではないか、という噂が絶えない。

小沢が権力を掌握している、鳩山が小沢に依存していると論じるがそれは当然ではある。政治家ひとりの力で成し遂げられるはずがあろうか。論説執筆者たちは民主党に関して多くのことを忘れている。

 
山県有朋以降、受け継がれてきた伝統を打破し、政治的な舵取りを掌握した真の政権を打ち立てるチャンスをもたらしたのは、小沢の功績である。小沢がいなかったら、一九九三年の政治変革は起きなかった。小沢なくして、信頼に足る民主党は誕生し得なかった。昨年八月の衆議院選挙で、民主党が圧勝することはおろか、過半数を得ることもできなかったに違いない。
 
小沢は今日の国際社会において、もっとも卓越した手腕を持つ政治家のひとりである。彼に比肩し得る政権リーダーがヨーロッパにはいない。政治的手腕において、そして権力のダイナミクスを理解しているという点でオバマ大統領は小沢に及ばない。
 
小沢は批判され続けてきた。しかし幅広く読まれているメディアのコラムニストたちの中で、彼がなぜ現在のような政治家になったのか、という点に関心を持っている者はほとんどいない。小沢がいなかったら果たして民主党は成功し得ただろうか?
 
民主党のメンバーにも、メディアが作り上げる政治的現実に影響されている者がいるが、日本の非公式な権力システムを熟知しているという点で、小沢ほどの手腕を持つ政治家は他には存在しないという事実を、小沢のような非凡なリーダーの辞任を求める前によくよく考えるべきである。
 
もし非公式な権力システムの流儀に影響されて、民主党の結束が失われれば、その後の展開が日本にとって望ましいものだとは到底思えない。自民党は分裂しつつある。小さな政党が将来、選挙戦で争い合うことだろうが、確固たる民主党という存在がなければ、さまざまな連立政権があらわれては消えていく、というあわただしい変化を繰り返すだけのことになる。官僚たちの権力が強化され、自民党政権下よりもっとたちの悪いよどんだ状況が現出することになろう。

踏み絵となった普天間問題

民主党の行く手に立ち塞がる重要な障害、日米関係に対しても、メディアはしかるべき関心を寄せていない。

両国の関係には根本的な問題がある。アメリカが日本を独立国家として扱ってこなかったことである。鳩山政権がこの状況を根本的に変え、いまやこの問題について公然と議論できるようになった。この事実は以前の状況に戻ることは二度とないということを意味している。

 
オバマ政権は非自民党政権を受け入れることができずにいる。そのような姿勢を雄弁に物語るのが、選挙前後に発表されたヒラリー・クリントン国務長官やロバート・ゲーツ国防長官らのメッセージである。

沖縄にあるアメリカ海兵隊の基地移設問題は、アメリカ政府がボスであることを鳩山政権が理解しているかどうかを試すテストケースにされてしまった。

 
アメリカ政府を含め、世界各国は長い間、日本が国際社会の中でより積極的な役割を果たすよう望んできた。日本の経済力はアメリカやヨーロッパの産業界の運命を変え、他の地域に対しても多大な影響を及ぼした。

ところが、地政学的な観点からして、あるいは外交面において、日本は実に影が薄かった。「経済大国であっても政治小国」というラベルに諸外国は慣れてしまった。そして、そのような偏った国際社会でのあり方は望ましくなく、是正しなければいけないと新政府が声を上げ始めたいまになって、アメリカ人たちは軍事基地のことで愚痴をこぼす始末なのだ。

 
日本の検察が小沢を執拗に追及する一方、アメリカは二〇〇六年に自民党に承諾させたことを実行せよと迫り続けている。このふたつの事柄からは、ある共通点が浮かび上がる。検察とアメリカには平衡感覚が欠落しているのである。
 
長い間留守にした後で、日本に戻ってきた昨年の十二月から今年の二月まで、大新聞の見出しを追っていると、各紙の論調はまるで、小沢が人殺しでもしたあげく、有罪判決を逃れようとしてでもいるかのように責め立てていると、筆者には感じられる。

小沢の秘書が資金管理団体の土地購入を巡って、虚偽記載をしたという話は、他の民主主義国家であればこれほど騒ぎ立てることはない。我々がいま目撃しているような小沢をさらし者にするなどは全くない。検察は嫌疑不十分で小沢に対して起訴することを断念せざるを得なかったのである。なぜそれをこれほどまでに極端に騒ぎ立てるのか全く理解に苦しむ。

 
このような些細なことを理由に民主党の最初の内閣が退陣するのではないか、という憶測が生まれ、ほぼ連日にわたって小沢は辞任すべきだという世論なるものが新聞の第一面に掲載されている様子を見ていると、たまに日本に戻ってきた筆者のような人間には、まるで風邪をひいて発熱した患者の体温が、昨日は上がった、今日は下がったと、新聞がそのつど大騒ぎを繰り広げているようにしか思えず、一体、日本の政治はどうなってしまったのかと、愕然とさせられるのである。

つい最近、筆者が目にした日本の主だった新聞の社説も、たとえ証拠が不十分だったとしても小沢が無実であるという意味ではない、と言わんばかりの論調で書かれていた。個人的な恨みでもあるのだろうかと首を傾げたくなる。日本の未来に弊害をもたらしかねぬ論議を繰り広げるメディアは、ヒステリックと称すべき様相を呈している。

 
普天間基地の問題を巡る対応からして、アメリカの新大統領は日本で起こりつつある事態の重要性に全く気づいていないのがわかる。オバマとその側近たちは、安定した新しい日米の協力的な関係を築くチャンスを目の前にしておきながら、それをみすみすつぶそうとしている。彼らが追求するのはごくちっぽけなものにすぎない。
 
世界に対する外交姿勢を是正すると表明したのに、オバマ政権の態度は一貫性を欠いている。このことは、アメリカ軍が駐留する国々に対するかかわりのみならず、アメリカの外交政策までをも牛耳るようになったことを物語っている。

対日関係問題を扱うアメリカ高官のほとんどは、国防総省の「卒業生」である。つまりアメリカの対日政策が、バランス感覚の欠如した、きわめて偏狭な視野に基づいたものであったとしても少しも不思議ではない。

何が日本にとって不幸なのか

我々は、権力とは変化しやすいものだという事実を考える必要がある。昨年、日本では、一九五〇年代以来、最大規模の権力の移転が起きた。そして民主党は、いくつかの事柄に関して、もはや二度と後戻りすることができないほどに、それらを決定的に変えた。しかしながら、だからといって民主党の権力が強化されたわけではない。民主党はこれからもたび重なる試練に立ち向かわねばならぬだろう。
 
もし鳩山内閣が道半ばにして退陣するようなことがあれば、それは日本にとって非常に不幸である。自民党が政権を握り、毎年のように首相が交代していた時期、一体何がなされたというのか? 「椅子取りゲーム」よろしく、首相の顔ぶれが次々と意味もなく代わるような状況に後退することがあっては、日本の政治の未来に有益であるはずがない。
 
民主党の力を確立するためには、何をもって重要事項とするかをはき違えた検察に対処しなければならず、また検察がリークする情報に飢えた獣のごとく群がるジャーナリストたちにも対応しなければならない。小沢が初めて検察の標的になったのは、昨年の五月、西松建設疑惑問題に関連して、公設秘書が逮捕された事件であり、彼は民主党代表を辞任し、首相になるチャンスを見送った。
 
そのとき、もし検察が「同じ基準を我々すべてに適用するというのであれば」国会はほぼ空っぽになってしまうだろう、という何人かの国会議員のコメントが報じられていたのを筆者は記憶している。検察は、理論的には自民党政権時代のように、たとえば国会の半分ほどを空にする力を持っていた。だが、もし検察が本当にそのような愚挙に出たとしたら、そんな権力は持続性を持つはずはない。そのような事態が発生すれば、新聞を含む日本の誰もが、検察の行動は常軌を逸していると断じるだろうからだ。
 
ここに権力の重要な一面があらわれている。権力とは決して絶対的なものではない。どこか捉えどころのないものである。はっきりした概念としてはきわめて掴みにくいものなのである。権力は、主にそれを行使する相手という媒介を通じて生じる。
 
歴史を見れば、そのことがよくわかる。冷戦が終結する直前の旧ソ連の権威はどうなったか? 誰もがその権力は揺るぎないものと見なしていたのではなかったか。その力ゆえに、第二次世界大戦後の地政学上の構図が形作られたのではなかったか。
 
ところが小さな出来事がきっかけとなってベルリンの壁が崩れた。ほどなくして、長きにわたり東欧諸国を縛り付けてきたモスクワの強大な権力が消失した。それが消えるのに一週間とかからなかった。モスクワの権力とは人々の恐怖、強大な旧ソ連の軍事力に対する恐れを源として生じていたからだ。ところがミハイル・ゴルバチョフは事態を食い止めるために武力を行使しないと述べ、現実にそれが言葉通りに実行されるとわかるや、旧ソ連の権力は突然、跡形もなく消え失せた。
 
いま日本で目撃しつつあり、今後も続くであろうこととは権力闘争である。真の改革を望む政治家たちと、旧態依然とした体制こそ神聖なものであると信じるキャリア官僚たちとの戦いである。キャリア官僚たちの権力など、ひとたび新聞の論説委員やテレビに登場する評論家たちが素晴らしい政治の可能性に対して好意を示すや否や、氷や雪のようにたちまち溶けてなくなってしまう。多少なりとも日本に対して愛国心のある日本人であるならば新しい可能性に関心を向けることは、さほど難しいことではあるまい。
 
日米関係の重さ

日米関係にも興味深い権力のダイナミクスが存在しており、日本に有利に事態の解決を図ることができると筆者は考えている。世界の二大先進パワーは、きわめてユニークな形で連携している。日米関係に類似したものは、世界のどこにも存在しない。
 
鳩山が対米外交において失策を重ねていると批判する人々は、アメリカとの関係においては正常な外交というものが存在しないという事実を見過ごしている。アメリカは日本を、外交に不可欠な前提条件であるはずの真の主権国家だとは見なしてこなかったからである。日本はアメリカの望み通りに従うと当然視されるようになってしまったのだ。鳩山政権は、これまで自民党が一度として直視しようとはしなかったこの現実に取り組む必要がある。
 
アメリカと日本は同盟関係にあるという。しかし同盟関係の概念が正しく理解されているかどうかは疑わしい。

同盟関係とは独立国家が自主的に手を結ぶ関係であるが日米同盟なるものが生じた当時の日本にはそれ以外の選択肢はなかった。アメリカは日本を保護国(国際法上の半主権国)とし、一貫して日本をそのように扱い続けた。

保護国であることで、日本が多大な恩恵を被ったことは事実だ。日本が貿易大国へと成長することができたのも、アメリカの戦略や外交上の保護下にあったからだ。

 
国際社会でアメリカの代理人としての行動する日本は、基本的な政治決定を行う能力を備えた強力な政府であることを他国に対して示す必要はなかった。

病的と呼びたくなるほどの対米依存症のもと日本には政治的な舵取りが欠如している。民主党は当然のごとく、真なる政治的中枢を打ち立て、従来のアメリカに依存する関係を刷新しようとしているのだ。

 
今のアメリカは戦闘的な国家主義者たちによって牛耳られており、アメリカは中国を封じ込めるための軍事包囲網の増強を含め、新しい世界の現実に対処するための計画を推進している。アメリカは計画の一翼を担う存在として日本をあてにしている。
 
アメリカにとって沖縄に米軍基地があることは重要であり、そのことにアメリカ政府はこだわる。しかしアメリカという軍事帝国を維持するために、それほどの土地と金を提供しなければならない理由が日本側にあるだろうか? 日本人の心に染み付いた、アメリカが日本を守ってくれなくなったらどうなる、という恐怖心は、一九八九年以来、一変してしまった世界の状況から考えて、ナイーブな思考だとしか評しようがない。
 
筆者は、日本がアメリカを必要としている以上に、アメリカが日本を必要としているという事実に気づいている日本人がほとんどいないことに驚かされる。日本がどれほど米ドルの価値を支えるのに重要な役割を果たしてきたかを考えれば、そう思わざるを得ない。ヨーロッパの状況からも明らかなように、アメリカが日本を保護してくれるのかどうかは、きわめて疑わしい。
 
アメリカが日本に対して権力を振るうことができるとすれば、それは多くの日本人がアメリカに脅されているからだ。彼らは日本が身ぐるみはがれて、将来、敵対国に対してなすすべもなく見捨てられるのではないか、と恐れているのだ。


 

日本政治再生を巡る権力闘争の謎

カレル・ヴァン・ウォルフレン

中央公論 2010年4月号

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| おのまのプロフィール | 沖縄 | 23:37 | comments(7) | trackbacks(5) |
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ウォルフレンの言っていることは検証できない仮説に過ぎないのですよ。
しかも流布されてきた「見立て」に基づいて語っているに過ぎない。
それでもって現実の社会を間違いと断定するのですか?
そちらの方が一方的で危険ではありませんか。
| 曙光 | 2010/03/27 8:19 AM |

やはり、この論文、ご紹介されましたか。海外から多面的な視点で見ると、ウオルフレン氏の述べていることは逐一うなづけることばかりです。

麻生総理が選挙で、「私達は革命をおこすつもりはありません」と何度も叫んでいましたが、起こされる側が頓珍漢なことを言っているなぁと思い、自民党以外に他の支配者でもおるんかいな?と不思議に思いました。そのころから、漠然と、想像はしていたのですが、この頃、はっきりと真の日本の支配者が見えてきた気がします。それはウオルフレン氏の意見に同じです。

民主党を簡単に見限ると、せっかくの真の民主主義国家になれるチャンスを失いますね。
| 欧州の消化器科医 | 2010/03/27 10:35 PM |

普段だったら絶対拝見できない
論文を読ませてもらい勉強になりました。
| ちぎ | 2010/03/28 4:11 AM |

支配者は自民党なのではなく「管理者」という概念を使っていますがそれぞれの世界にいる実力者(いわゆるエリートといわれる方々)のことです。
日本という社会はエリートが働いてきた。
また管理者というのは一つ、一人ということではなくさまざまな領域に分散している。
また自ら支配しているという意識が特別にあるわけではない。支配者然りと
目に見えるものではありません。
日本人の行動様式が「超法規的な」仕組の中で働くようになっている。
ウォルフレン氏はそう仮説をたてたわけです。

そこに官僚システムや与党政権、各種団体、業界団体、組合、農協、金融システムなどが日本というシステムを機能させている。

ここで、政治が形式的なものにとどまっている。国会が機能していない。

それを取り戻すのは「市民」の延長にある「政治」だということで
民主党の登場に期待しているわけです。

 だからといっていまの民主党がウォルフレンの望む方向に向かうとは限らない。
ただ、ウォルフレンはいまはうまくいってないようにみえても時間を与えるべきだとかんがえ政治的な論文(彼は民主党へ加担した)を投稿したということでしょう。

| 曙光 | 2010/03/28 9:58 AM |

一気に読ませてもらいました。もちろん考察なので、事実より推測に近い部分もありましたが、漠然と感じていたことをはっきりと記述してくれた点で、非常に知識の整理にもなり、やはり一度読んでおくべき論文だと思いました。

一時期は官僚が悪いとメディアでもよく取り上げられてましたが、最近はそのような論調は全くありません。いかにメディアや民度が劣化しているかが分かります。

ご存知かとは思いますが、検察というより公安がびっくりしたことをやってくれました。警察庁長官狙撃事件時効についての会見です。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100331-00000005-jct-soci

さすがにマスメディアでも一部は問題視していました。そういう常識的な感覚が働かない公安や官僚組織に驚きです。
| たーくん | 2010/03/31 10:11 PM |

ウォルフレンの指摘は日本社会だけに当てはまることではなく欧米でも同じように適用可能です。古くからある「官僚主義」批判の焼き直しに過ぎません。
それを日本特殊論と合わせて適用している。だから、最初から批判が目的の
論考です。旧くて当たらし話題、つねに社会につきまとう考え方です。

社会は高度化を求めればいわゆる「官僚主義」に陥ります。そこに鮮度を
もとめる工夫は必要です。それを、抽象的にいえば、いまの社会でいえば
「市民感覚」「民主主義感覚」ということになります。だからといって
「市民感覚」「真の民主主義」ということに具体的な中味があるわけでは
ありません。

その辺り心得てウォルフレン論文は読まれることが大事かと思います。

若い頃は扇情されやすい面がありますが、一度は考えてよい「考え方」ではあります。
| 曙光 | 2010/04/11 9:53 AM |

この論文の要旨を書いたものの、長いし、読みにくい日本語だと反省しています。

もっと短く、そしてもっとリズム感のある日本語を心掛けて書いたものを4月15日の記事に載せることにしました。
| おのま | 2010/04/16 4:43 AM |










http://onomar.jugem.jp/trackback/3013
政治家の皆さま、盗聴や尾行には十分お気をつけあそばせ
■国家公安委員長の中井洽親分が女性スキャンダルでつるし上げにあっている。 中井親分といえば小沢氏に近い存在で、暴走検察とリーク・マス...
| 人類猫化計画 | 2010/03/27 9:10 AM |
「法人税は海外より高い」に、2つのごまかし。民主党政権は、「国民生活が第一」の政策を!
 大塚耕平金融副大臣は、21日、テレビ朝日の番組で、法人税減税について「参院選の
| ふじふじのフィルター | 2010/03/27 10:34 PM |
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石川知浩議員と小沢幹事長の秘書2名が逮捕された一一五事変以来、検察とマスコミによる国民への反逆を痛烈に批判してきた週刊朝日であるが、『子ども”人質”に女性秘書「恫喝」10時間』との告発記事を掲載した2月12日号を最後に、徐々にその編集方針を転換しつつある。
| 父さんの日記 | 2010/03/28 7:21 PM |
「特権階級は無能」のまとめ⇒社会統合気運はいつ登場するか?
統合階級の無能視が大衆的に普遍化するかどうか?  それが、今後の社会再生のカギを握る。 無能視が普遍化すれば、人々は「自分たちが社会を何とかしなければ」と意識転換するだろう。 「試験エリートは無能⇒10年後には社会統合気運」 こういう問題意識で継続してき
| 日本を守るのに右も左もない | 2010/04/06 6:14 PM |
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