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祝 2010年3月28日(日)
きたる三月二十八日(日)の放送を最後に「サンデープロジェクト」が終わるという。

タイトルに「祝」とつけた気分は一年前にアメリカに出たこの風刺漫画と同じである。



アメリカの夜明け
パパ、ママ
とうとう1月20日になったわ
ノーモア ブッシュだ




そう書き始めたのは3月25日。ゲンキーの半日入院やウォルフレン論文にはじきとばされて3月28日がすぎてしまった。

日本に行くたびに不愉快な気分にさせられるのが田原総一朗とみのもんたであると書いてきた。

彼らの番組は日本の大衆の政治意識を低い次元に閉じ込めている。事実はなにかということを自分の頭で考えさせないように機能している。

テレビが映し出す彼らの言、ボディーランゲッジが100%嘘であるなら良い。いくら考えない善良な大衆だって100%の嘘なら気がつく。嘘と事実を巧妙に混ぜられるからごまかされてしまう大衆が生じる。始末が悪い。

田原をはじめてみたときは、おっ、ラリー・キング・ライブ の日本版かと思った。ラリー・キングに比べると粗暴で品が落ちるがスタイルが似てないでもない。 しかし、内容はまったく違っていた。

真相を引き出すために相手を追い詰めていく強引さにおいて似ているという方がおられるかもしれないが Tim Russert ティム・ラッセルとも違う。

ティムには誠意とか良心というものが感じられたが田原にはそういうものが一切感じられない。田原に感じるのは真相を捻じ曲げる邪心であった。歪みであった。

田原の邪さ(よこしまさ)、歪みについてひとつひとつ例をあげて書くのはむなしいから書かない。

田原総一朗の功罪について具体例をあげて「永田町異聞」(3月29日)が書いている。読むと同じジャーナリストとしての身びいきがあると感じるが悪い記事ではない。

読者におかれては非ジャーナリスト・おのまの嫌悪感とのバランスがとるために読まれると良い。次頁に全文を貼る。ティムについて書かれた方のブログも貼っておく。

おのまのブログにでてきた田原総一朗:

田原総一朗、引退してくれないかなあ。日本を悪くしているひとりだもの
http://onomar.jugem.jp/?day=20060103

クルリンパのクリントンをおいつめたティムのような司会者が日本にはいない。テレ朝の田原総一朗? アウト・オブ・クエスチョン。面倒だから説明しない
http://onomar.jugem.jp/?day=20080228

佐藤優の本がどの本屋に行ってもずらりと並んでいました。しかしその内容たるや「国家の罠」と比べて恐ろしく劣化しています。田原総一朗とつるんでいる姿には目を覆いたくなります。
http://onomar.jugem.jp/?day=20090304

みのもんたや田原総一朗の騒がしいG3たちは日本人の政治感度を下げています。
http://onomar.jugem.jp/?day=20090406

事実かどうかを自ら分析し検証するのではなく、検察の言い分を紹介しそれにお墨付きを与えただけ。時の権力に擦り寄る、提灯持ちの番組でした。所詮はお給料をもらう身、国谷裕子もみのもんたや田原総一朗と変わらない御用ジャーナリストであると悟ったものです。
http://onomar.jugem.jp/?day=20091216

日本に行っているあいだ、何が不愉快かといって、みのもんた、田原総一朗、古館伊知郎、そのほか数名が仕切っている政治番組をみること以上に不愉快なことはありません。キャスターの主観をたれながし、視聴者の感情の下劣な部分を刺激し、コーフンさせることに重きをおく、騒がしくもおぞましい番組を見ていると脳が疲れ思考力が衰えていくのです。
http://onomar.jugem.jp/?day=20100207

1 あいかわらず田原は議論をごちゃごちゃにさせて放送時間を稼いでいる。アメリカのテレビでこれをやったら即日降板である
http://onomar.jugem.jp/?day=20100210

ブログ主も高田昌幸氏もどういう方か知りませんが、ふたりの爪の垢をせんじてみのもんたや田原総一朗に飲ませたい。
http://onomar.jugem.jp/?day=20100211

おのまがこの世から抹殺したいと思っているのは田原総一郎ではなく、田原総一朗。同じじゃんと思った方はよくみるあるよろし。
http://onomar.jugem.jp/?day=20100303

事実を断片的に切ったり、針を棒と云ったりして視聴者をあらぬ方向に導いているみのみんたや田原総一朗のような放送ではなく事実をしつこく追いかける姿勢があり、こういう放送なら喜んで見ます。
http://onomar.jugem.jp/?day=20100313

なにくわぬ顔でうそつくみのもんた
絶叫するのが田原総一朗
http://onomar.jugem.jp/?day=20100318


バッシング・・・・われながら田原やみのが気の毒になってきた(笑)・・・・でも正直いって、日本の政治番組がかかっている慢性便秘に下剤をかけたような感じがする。残っているフンも流し去ってほしい。

日本の政治ジャーナリストさん達にお願いします。

日本が欧米諸国にはるかに遅れている官僚と報道の世界です。他の分野において日本人はそこそこの勝負をしています。冬季オリンピックだって五個のメダルをとりました。国際ジャーナリストの戦いでメダルを取れる日本人が何人いるかをお考え下さい。

故ティム・ラッサートを研究してください。
ミートザプレス http://www.msnbc.msn.com/id/3032608 に負けない番組をめざしてください。

クリックすれば報道メダル
クリックしないと豚報道
↓ 
http://blog.with2.net/link.php?310164




http://ameblo.jp/aratakyo/
田原総一朗の「功」と「罪」

テレ朝のサンデープロジェクトが21年間の放送を終えた。

朝日新聞のインタビューで、田原総一朗は番組終了について「こういう時こそサンプロが大事なんです。やめるのはまったく残念」と語っている。

テレビ朝日の番組打ち切りには、いまだ納得がいかないようだ。

「視聴率も悪くない。ただ、いやだという人たちはいた。政治家からも批判はありました。局にとっても面倒くさい番組になっちゃったんですね、きっと」

番組打ち切りの理由はよく分からない。視聴率はずっと8%くらいをキープしていたが、このところ下降気味であったようだ。

制作費カットのため、高額ギャラの田原を切りたかったという説について、田原は自身のブログで「私が降板となった理由は、私のギャラとは無縁である」と断言している。

もう一つ考えられるのは拉致被害者に対する発言問題だ。

09年4月25日未明放送の「朝まで生テレビ」で、拉致被害者の横田めぐみさんと有本恵子さんについて「外務省も生きていないことは分かっている」などと発言した。

これに対し、家族会などが「重大な人権侵害」と抗議し、放送人権委に救済を申し立てた。

放送人権委は、「配慮に欠ける発言」と判断。テレ朝の謝罪が20日後になったことについて、「スピード感覚の欠如」と指摘した経緯がある。「局にとって面倒くさい」ことであったには違いない。

さて、田原総一朗というテレビ言論界のドンを、どう評価するか。大物にはつきものだが、「功」と「罪」の両面あるだろう。

「功」は、テレビの討論番組を活性化したことだ。政治家の言質を取られまいとするタテマエ発言に噛みつき、挑発して本音を引き出そうとした。NHKの番組とは違う戦闘的な緊張感がスタジオにみなぎった。

「罪」は、そのために、政治家が他の出演者との討論よりも、田原とのやり取りにエネルギーを費やし、田原との戦いに敗れたものは手痛い政治的打撃をこうむったことだ。

たとえば、宮沢喜一は総理時代の1993年、田原から政治改革法案に関して「今の国会でやるのか」と詰め寄られ、「私はやるんです。何としても成立させたいんです」と気色ばんで答えた。

まさに挑発に乗って言質を取られた格好だ。実は、当時の党内はそんなことが簡単にできる状況ではなかった。

単純小選挙区制導入を柱とする政治改革関連法案は野党の反発が強く、与党にしても梶山静六幹事長はじめほとんどの議員は本音では反対だった。

サンプロでの宮沢発言がきっかけとなって自民党内が混乱し、野党が提出した不信任案に小沢グループが賛成票を投じて、自民党分裂、政界再編につながった。

もうひとつ印象に残っているのが、1998年、橋本龍太郎首相がサンプロに出演したときのことだ。その場面を田原はこう振り返る。

「当時、大幅恒久減税が問題になっていた。橋本さんは税制改革をやるという。私が『財源はどうします?』と質問したら、はぐらかされた。さらに聞くと、絶句して答えられない。しどろもどろになって、顔に汗をびっしょりかいている映像が全国に流れた。自民党は参院選で惨敗し、橋本さんは辞任。テレビの怖さをあらためて知りました」

国会でも、内閣でもなく、テレビ番組の一人の司会者が政治を変えうるという怖さを知っていながら、日曜午前としては高いといえる視聴率に支えられ、同じ手法を続けてきたといえるだろう。

田原総一朗氏はディレクターのつもりで、サンデープロジェクトの討論を仕切っていたとも言う。つまり、ジャーナリストではなく、番組を面白くする演出家なのだと公言する。

だとすれば、最終日の昨日は、まずまずの出来だったのではないか。亀井静香と菅直人という、連立を組んだ二閣僚が、郵貯の預金限度額を巡って険悪な言い合いをするなど、滅多に見られない光景だ。

これも、田原がねらうように、二人のタテマエでなく本音が出ているわけで、番組的には納得だろう。

演出家田原が、小沢周辺への検察捜査に批判的だった郷原信郎弁護士(元検事)を出演させ、どんどん発言させたのも記憶に新しい。他の民放番組では見られなかったことだ。

ところで、サンデープロジェクトの終焉によって、討論を中心とした硬派の番組は民放キー局から姿を消すのではないかと筆者は懸念している。

新報道2001は、いちおう討論形式だが、出演者の人選、司会者のレベルからいって、娯楽色の強いニュースワイドショーの域を出ない。

田原が続投する「朝まで生テレビ」は真夜中番組だけに、視聴する人は限られる。ケーブルテレビや衛星放送の討論番組も然りだ。

テレビの過剰な政治支配を生んだサンプロの「罪」の部分はともかく、その打ち切りによって、生の討論番組が衰退し、恣意的に映像を編集し大げさなナレーションをつけた単眼情報ばかりが電波を占拠する恐れがないとはいえない。

テレビ朝日の後継ニュース番組は、期待にこたえられるものとなるのだろうか。

アメリカの良心 ティムラッセル逝く
http://d.hatena.ne.jp/Mac510/
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2008・6・14

03:19

東北地方で大きな地震があったそうです。みなさん、ご無事でしょうか?

日本のメディアは地震報道一色になっていると思いますが、アメリカは、毎週日曜日朝の番組で長年お茶の間に親しまれた有名ジャーナリストが心臓発作で倒れ、亡くなったニュース一色です。アメリカで最も長く続いている番組ミート・ザ・プレス。NBCのインタビュー番組で17年間司会を務めたティムラッセルTim Russert。享年58。

ティムラッセルは、気鋭のジャーナリストというより、まあるい顔の温厚そうな陽気なおじさん。大統領であれローマ法王であれ(ローマ法王にインタビューしたアメリカ唯一のジャーナリストだそうです)、誰にでも一番聞きにくいことを、ユーモアを失わず、嫌な感じを与えずに聞いてしまうインタビューの達人で、アメリカの政治報道に多大な影響力のある人だった。

TIME誌が最近発表した「世界で最も影響力のある100人」に選ばれて「何百万ものアメリカ人が政治動向を知るために毎週日曜日に彼の話を聞いている。彼のインタビューを受けなければ大統領では戦えない」と書かれていた。

同時にFamily Manで、父親のことや父親であることをテーマに書いた本がベストセラーになり、父の日直前の訃報にどの書店でも彼の本は売り切れだという。さらに大のスポーツファンで、どんなに忙しくてもひいきチームの大事な試合には足を運んでスポーツ選手との親交も深かった。

彼の在籍したNBCはずっと追悼番組。CNNも今夜はほとんどの時間がティムラッセル追悼。ライバル局ABC・CBS・FOXでも、長い時間を割いてこのニュースを報道している。ブッシュもオバマもマケインも、他局のライバルキャスターたちからも、本当に偉大なジャーナリストだった。彼のようなBIG MANには二度と会えないだろう、と突然の死を悼むコメントが続いている。

「アメリカの良心を失ったよう」「今年の選挙にティムラッセルがいないなんて!」「毎週父と一緒にミート・ザ・プレスを見るのが長年の習慣だったのに」などなど街頭インタビューで涙ぐむ若い女性もいるくらい、誰にも愛されたジャーナリストだった。

日本には、ここまで誰にも親しまれ愛されたジャーナリストやニュースキャスターは見あたらないのでは? 久米さんも筑紫さんも、関口さんも紳助さんも、ティムラッセルには及ばない。彼みたいなパーソナリティが出てこられない仕組みが、日本にはあるのかな。

ティムラッセルはアメリカでは本当に大きな存在だったと思いますが、日本ではニュースにならない話題だろうと思って、紹介してみました。

| おのまのプロフィール | 政治経済 | 07:30 | comments(0) | trackbacks(3) |
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