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鈴木宗男・上 佐藤優 植草一秀

このブログだけでは分からないだろうが、過去数年、鈴木宗男のブログや著書を読んできて、鈴木宗男の外務省改革に対する執念に似た思いは今までの自民党議員が束になっても敵わないほどの凄さがあると思う

そう書いた昨日の日記を補足するかのようなブログを鈴木宗男が書いた。

8年前を想い出す時、一方的な権力側のリークにより、メディアスクラムによるムネオバッシングが行われた。



そうか、あれは八年まえだったのか。

おのまは鈴木宗男が国会で涙を流している映像を見たが、田舎のおじさんみたいな顔をした政治家がなぜ涙を流しているのかを知ろうとしなかった。


バンクーバーに住みたくて悶々としていた時期が二度ある。

一度目は留学から帰ってからの十余年。東京、シンガポール、東京で勤務しているあいだ何度、夢にバンクーバーの山を見たことか。

二度目はトロントでの仕事が終わりそうにも無いという恐怖感にとらわれ始めた1996年あたりからの数年。

悶々としてもはじまらない。2000年の夏、一切の仕事をやめ、トロントからバンクーバーまでトヨタ・カムリ・ステーションワゴンで走った。一週間かけてトロントとの距離を徐々に大きくしていった。トロント暮らしは通算十二年になっていた。

車をバンクーバーの知人宅に預かってもらい、藤沢の家に戻った。日本に住むのかバンクーバーへ移るのかを迷いながら一年ちかく過ごした。

いちいち書くと長くなる。

要するに自分のことで頭が一杯で政治の世界にはまったく興味がなかった。

2001年、バンクーバーへ移った。

カムリはその日からスムーズに動いた。知人は車からバッテリーを外しておいてくれた。

2002年、鈴木宗男の涙をテレビでみた。悶々は無くなっていたがバンクーバーの暮らしを整えることで頭が一杯だった。


「木霊の宿る町」を書き始めてから二年後、2005年5月のある日に鈴木宗男の涙を思い出すきっかけが起きた。

そのときは鈴木宗男の涙は思い出さなかった。さいきんの日本人には珍しい、質の高い論文を読んで感心しただけである。

「簡潔明瞭、論旨明快のお手本。短い論文のなかに質の高い歴史観、知識、崩しにくい論理、ぜひ実行して欲しいと思う提言が詰まっています。論文に点数をつけるなら佐藤氏のはA+」

誰が書いているのかと見ると佐藤優(まさる)とありました。記憶の片隅にある名前ですが、氏の仕事、ひととなりなどは全く知りません。「起訴休職外務事務官」という見たこともない肩書きがついています。

http://onomar.jugem.jp/?day=20050518


その日が佐藤優と鈴木宗男の八年前につながっていくことになる。

2005年5月から2009年9月の今日まで二人のことを何度か書いた。

始めのころは他人事のように見ていたのが、段々と彼らの怒り、哀しみが分かってゆき、日本は大変におかしな国になっているという焦燥感のようなものが生じていく。


私が外務省あるいは検察庁の長にあれば、優秀な部下(がいるとして。いないときは民間人に委託)で特別チームを急ぎつくり、対策を講じさせます。

http://onomar.jugem.jp/?day=20050530

「国防」を読むと、石破氏の素朴さ、認識力、判断力、分析力の粗末さがわかり、これでは日本の国運が危うい。
http://onomar.jugem.jp/?day=20050531

平成11年8月、キルギス共和国でイスラム武装勢力に日本人技師4人が拉致され、2ヶ月後に解放された。政府は身代金を払っていないと明言していたが、現実には300万ドル支払った。しかしその金はゲリラに渡っていない。外務官僚が使い込んだ疑いがある。
http://onomar.jugem.jp/?day=20051103

自らの犯罪、不正を隠すことに汲々としているから、いつまでたってもびくびくしてないといけないのです、閣下。
http://onomar.jugem.jp/?day=20060626

多くの日本人が犯罪者であると信じた鈴木宗男(政治家)、佐藤優(外交官)、植草一秀(経済学者)の著作、ブログを読んで、彼らに対して抱いていたイメージと照らし合わせてみる。ご自身が関心を抱いている政治家、身近にいる外交官、竹中平蔵、木村剛という経済学者と比べる
http://onomar.jugem.jp/?day=20060904

鈴木宗男(政治家)佐藤優(外交官)植草一秀(経済学者)

私はかなりの間、その三人に対してワルイ連中だという印象をもっていたのですが・・・自分が集団催眠術にかかっているのではなかろうか、悪いのは・・・外務省や小泉純一郎氏ではなかろうかという疑問がわき・・・追いかけるほどに疑問はおおきくなっています。
http://onomar.jugem.jp/?day=20060905

以前カナダ大使であった内田勝久氏の「大丈夫か、日台関係」という本もみせてもらった。亡き米原万理のいう「元大使のノーテンキ本」。「大丈夫か、日台関係」ではなく、「内田大使、大丈夫か」にしたらよいとクライエントと笑う。佐藤優氏の水準に迫る本を大使に求めるのが無体なのかもしれない。
http://onomar.jugem.jp/?day=20061006

日本人であることが嫌になります。安倍さん、「美しい国・日本」をめざすなら、お膝元の外務省、検察など霞ヶ関界隈の消毒、害虫駆除から始めないといけない。
http://onomar.jugem.jp/?day=20061121

クリックすればムネオが分かる
クリックしないと豚になる


http://blog.with2.net/link.php?310164

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鈴木宗男のブログ
 私の外務委員長就任について様々な報道がなされている。
 
私はまぎれもなく、裁判をしている刑事被告人である。しかし、民主主義の一番身近な手続きである選挙によって、平成17年9月、そして今回、国民から選ばれた国民の代表たる国会議員として、国政に参画する機会を戴いた。私はその職責をしっかり果たして参りたい。そしてこの度、外務委員長のポストを戴いたのである。

 
8年前を想い出す時、一方的な権力側のリークにより、メディアスクラムによるムネオバッシングが行われた。「ムネオハウスで捕まる」、「北方領土支援、三井物産のディーゼル発電で逮捕される」、「アフリカODA、ケニアのソンドゥ・ミリウダム事業で捕まる」と、テレビ・新聞から3か月も叩かれたものである。私はこれらの件では裁判をしていない。こうした話は事件にならなかった。当時、日本中のメディアがこの3件を連日流したものだった。

 
検察も調べはしたが、私は何も関与していないので立件できなかった。だが、世の中の空気では「鈴木は悪いやつだ。なぜ捕まえないのか」という声が支配的で、検察も動きやすくなった。勿論検察、外務省のリークにより、裏のとれない話はメディアの皆さんも鵜呑みにせざるを得なかったのである。8年が経過した今、あの時の報道は正しかったのかどうか、お互い冷静に考えてみたい。


メディアは自らの基準で正義や悪を判断してはいけないし、一方的な思いこみでの表現はあってはならないと考える。


8年前、世の中をお騒がせしたことは反省しなくてはならない。しかし私は、その反省の上に立ち、平成17年、国政に復帰出来たのである。


朝日新聞の今日の社説に「鈴木氏は自民党時代、外務省との関わりが深く、人事や政策にも強い影響力を持ったといわれる。小泉政権では当時の田中真紀子外相らと激しい確執を繰り広げ、衆議院議院運営委員長を辞任したこともあった」という記述があるが、これは正確ではない。


私が人事に口を挟んだというのなら、具体的事例を挙げて戴きたい。根も葉もない、
風聞(ふうぶん)に基づいての話は一番タチが悪い。

政策についても、私は時の総理の意向を受けて、忠実に国益の観点に立って、政府の方針に沿って動いたものである。これも、意図的、恣意的につくられた「二元外交」という事実がなかったことは、後に明らかになっている。


田中氏との確執と言うが、私は田中さんとぶつかったことはない。これも時の人気者田中さんに対し、ヒール役として私が使われただけである。


衆議院議院運営委員長を辞めたのは、当時の飯島勲総理秘書官から「小泉は田中を辞めさせる決意をしました。ついては鈴木さんも協力して下さい」と言われ、これも、国益の観点から同意したのである。忘れもしない、平成14年1月30日の夜中、小泉首相があのカン高い声で「鈴木さんすまん。この借りは必ず返す。今、山崎幹事長をお礼に差し向ける」と言ってきたものである。


私は正直に、信念を持って生きてきた。私と付き合ってきた人から、鈴木の人間性が嫌だとか、政治家として嫌いだという声は聞かれない。私を知らない、マスコミの話を鵜呑みにしたり、デマ、中傷を真に受けている人の中に、「鈴木ケシカラン」という声があることは承知している。


私も権力の側にいた時は、前しか見ていなかったきらいがある。国策捜査の後、私は横を見、特に声なき声に耳を傾け、後ろを見ることにしている。この姿勢にそれなりの理解と評価、期待感を今持たれていると認識している。


外務委員長就任を機に、外務官僚の税金の無駄使い、機密費の使途を明らかにして、外務省に、国民に対する情報開示をさせたい。また、核持ち込みや沖縄返還密約について、「ない」、「ないものはない」と言ってきた外務官僚である。この点も国民への情報の透明性確保を図るためにも、しっかりと国会の場で事実解明をして参りたい。私に対する批判や様々な御指摘はあって当然である。是非とも私の仕事を見てから評価、判断をして戴きたいとお願いしたい。


働くチャンスを与えられた以上、国民の目線に立ってしっかり結果を出していきたい。結果が出ない時は、何なりと
叱責(しっせき)罵倒(ばとう)されても致し方ないと心している。
 
お、外務省に私が質問主意書を沢山出してきたのも、外務省の自浄能力に期待したからである。自民党時代、権力の側にいた時、私は予算にしろ、行政改革、省庁再編にしろ、外務省の言うとおりやってきた。当時はそれが国益であると考え、良かれという思いでやってきた

 
ところが外から見る外務官僚は、在外勤務手当を貯蓄に回し、外交のために活かしていないことがわかった。国民の理解、支持があって初めて良い外交が出来るのである。そのことを考え、国民の思いを私が代弁し、情報の開示を図ってきたのである。


外務省の職員の中でも、アフリカや中南米、中央アジア等、劣悪な環境の中、日の丸を背にして一所懸命頑張っている職員が沢山いることを私は知っている。自己保身や自分の出世しか考えない一握りの姑息な人たちのせいで、正しい評価をされていない職員に、私は政治家として少しでも勇気や誇りを与えたいと考えている。


6時55分羽田発で女満別に飛び、10時から網走管内上湧別町で日本商工会議所青年部「第22回北海道ブロック遠軽大会」に出席し、挨拶をする。


14時25分女満別発で札幌に向かい、HBC(北海道放送)、HTB(北海道テレビ放送)の取材を受ける。


今日の北海道は爽やかな秋晴れであった。
| おのまのプロフィール | 沖縄 | 00:07 | comments(1) | trackbacks(2) |
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これから、少しは変わっていくのではないでしょうか?
動行を見て、国民はチェックしていかないといけませんね。
| ちぎ | 2009/09/20 5:58 AM |










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