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待ち人こず・3

何かもらったりご馳走になったりしたすぐ後にお返しをするのは好きでない。リクツでいえばせっかくの好意を低い次元に落とすような気になるのだ。

収入の少ない若い人におごったり、ごく稀であるが困窮している人に金を渡すときは当方に返す必要はない、いつか同じようなことを誰かにしてくれたら良いと思ったり云ったりしてきた。

だからアレクサンダーさんから撮影のお礼だといわれてご馳走になったのは過分ではあったがありがたく受けた。

しかし二度つづけてご馳走になったままというのは心苦しい。

お返しのつもりで12月15日(月)ショーネシー・ゴルフのクリスマス・ランチにVSOの長井夫妻ともどもご招待することにした。ジェフ・アレクサンダー氏は仕事でこられないというが多分遠慮しているのだ。


お返しで思い出した。

おのまは日本育英会から奨学金を借りながら大学を出た。

鍋底景気のあおりをくらったのだと思うがおのまが高校を卒業する前に父が満州時代の仲間とやっていた事業が破綻(はたん)した。

朝鮮動乱の特需に乗り短期間で家計を持ち上げた父が「また戦争があればいい」と同僚たちと笑っていたときはまだ余裕があったのだろう。一、ニ年して破綻したあと父の笑顔を見た記憶がない。

藤沢で新しく始めた仕事は福島のそれより割が良くなかったと思う。

郡山の自宅を売って建てた家は敷地こそ同じ百坪、同じ建坪であったが家の質は格段に落ちていた。

今おもうと郡山の家はこまごましたところまで金がかかっていた。富士銀行が買って支店長宅にした。

日本の経済は朝鮮動乱で復興したということを若い方々は覚えておいて欲しい。日本人が優秀だからというのではない。日本人が優秀だからというのなら今の凋落(ちょうらく)ぶりをどう説明する。


家計が劣化する中で四人の子供を大学に学ばせた父は楽でなかったと思う。

おのまは学費と生活費の三分の一ずつを家からの仕送り、奨学金、アルバイトで賄った。奨学金がなければアルバイトの時間が増えて勉強はできなかったろう。

おのまは学生運動には関わらなかった。学生時代は勉強をすることだ。世の中を変えるのはそのあとだ。

サラリーマンになり一年で奨学金を完済したときは嬉しかった。

社会人になっても返さないのがいたが言語道断である。官僚になって官費を私(わたくし)するなどは死刑。


うーん。たった今、反省した。

返済するだけでなくそのあと育英会に寄付をしたら良かった。

UBCはしょっちゅう寄付の依頼がくるから何度か寄付をしているが日本の母校から依頼がきたのは創立百年のときだけである。

日本育英会も寄附の依頼があったら良かった。などと云うのは己の小ささを棚にあげる卑しい言辞。育英会に寄附をしている人もいるだろうと思う。

しかし日本のサラリーマンの多くはあまり寄附をしない。企業の中で集める寄附も当地の企業に比べると百分の一である。

銀行時代に廻ってくる寄附依頼は千円単位だったが、当地のコンサル会社に勤務したときは十万円単位で依頼された。

税金控除のせいだと説明する人がいるが違う。何十万円か寄附をして金銭的に得になったことはない。寄附の話は改めて書きたい。


本日も「待ち人」はお預け。書くつもりのなかったことがどんどん字になってくるから自分でも困っている。

本日19

http://blog.with2.net/link.php?310164


| おのまのプロフィール | 音楽・美術・映画 | 04:46 | comments(2) | trackbacks(0) |
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育英会の奨学金を1年間で返すなんて、えらいなあ。オノマ

氏の「まっとうさ」をあらためて尊敬しちゃいます。お礼を

ぽんぽんとお返しするのはちょっと・・・というのは、その

説明も含めてよくわかります。ただ最近思っていてもすぐ忘

れたりして、気づくとどんどん日が経っていたりして。おぼ

えているってことがおくゆかしいんだけど、興味のあること

をどんどんいっぱいやりたいと思っていると、いろんなこと

をおぼえているっていうことが、ちょっとめんどくさいん

ですよねー だから、年をとってきたら、そのへんの風情の

なさをお許しいただいちゃうことにするかなあ・・ または

今年そういうことをしましたが、ふと思い出したときに、

ちょっと自分の気に入ったものを、宅配便で送ったり(デパ

ート経由でしたが)もしましたが・・
| af | 2008/12/30 8:36 AM |

ふと贈り物をする、ふと思い出してお返しをするという呼吸が楽でしょうね。

日本のサラリーマン時代、取引先と会食したりゴルフをするとホストもゲストも両方がお土産を持参して交換するという習慣に抵抗を感じていました。

接待の名を借り自らの利益導入を図る、同じ給料のサラリーマンのあいだに「格差」を生み出す卑しき所業。カンカン接待を批判できないミンミン接待。エリートであるべき層がそういう精神だから戦争に負ける。
| おのま | 2008/12/31 3:01 AM |










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