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林雨・第三十七回・八十年前のおさらい
林雨 第三十七回  八十年前のおさらい  小野冬生

http://www.japancanadajournal.com/



大方の予想通りオバマが危なげなく大統領選挙を制しました。

勝ったすぐ後に行われたオバマの大統領受演説のなかにこういうくだりがありました。

「The road ahead will be long. Our climb will be steep. We may not get there in one year or even one term,・・

道のりはながい。急な坂がつづく。目指す所に一年あるいは四年でもたどりつけないかもしれない」
 

話はそれますが、二十年前の暴落と八十年前の暴落がごっちゃになっている政治家の報道にはうそ寒い思いがしました。

「麻生太郎首相は22日夕(日本時間23日朝)ペルーのリマ市内で同行の記者団に対し語った:
このドーハラウンドについては、基本的には1929年のブラックマンデー、なんでしたかね、大恐慌のときの話の後は・・

(11月23日 10時9分配信 産経新聞)」

経済や経営に強いと豪語するのならこれくらい頭に入れておけよ:

ブラックマンデー:1987年10月19日(月)
暗黒の木曜日:1929年10月24日(木)

ちなみにブラックフライデーはご存知ですか。毎年十一月、第四木曜日・感謝祭の翌日のことです。一年最大のショッピング日だから商店の帳簿が赤字から黒字になるという良いブラックです。今年はウォルマートに押しかけた客たちに店員のひとりが踏み殺されました。


オバマが選挙後はじめてテレビにでたのは十一月十六日、60 MinutesというCBSテレビ番組でした。最近何を読んでいるかとスティーブ・クロフトに訊かれてFDRの最初の百日に関する本と答えていました。

どの本なのかがしばらくのあいだ話題になっていましたが後になってスポークスマンから次の二冊だと発表されました。

The Defining Moment: FDR’s Hundred Days And the Triumph of Hope, Jonathan Alter (Newsweek記者)

FDR, Jean Edward Smith(伝記作家)

オバマは他にも八十年前の本を読んでいるようです。この際、私達も、今日とどこが似ているのか違っているのかを考えながら当時の様子をおさらいしたら良いのではないでしょうか。特に株の売買をされている方は今が八十年前のどの年に当たるのかを考えると方針が固まることでしょう。

ざっと当時を振り返ってみます。


1928年の大統領選挙で圧勝したのは「どの鍋にも鶏を一羽、どのガレージにも車を二台」というスローガンを掲げた共和党のフーバーでした。
Herbert Clark Hoover 1874-1914

フーバーは1929年3月4日の大統領就任演説で「アメリカはどの国の歴史にも見られなかったほど貧困に対する最終勝利日に近づいている」と花火をあげました。

大恐慌が起きるわずか239日前のことですからブッシュ戦争を支持した日本の政治家、外交官、報道人と良い勝負の勘の悪さです。


1920年代のアメリカは第一次世界大戦の軍需で工業が発展し、始まったばかりのモータリゼーションが躍進をつづけていて「永遠の繁栄」と浮かれていました。

すでに農作物を中心に余剰が生まれていたのですがヨーロッパに輸出していたため深刻に捉えていません。しかし農業の機械化が進んで余剰は過剰になり、やがてヨーロッパの農業が復興してチョー過剰になります。

平和になり軍需が落ち他の生産も過剰になっていきます。過剰を余剰にそして正常に戻す過程でアメリカの鉄道や石炭部門が不振になっていきます。


こうして実態経済の熱はさめていくのですが「前向き思考」のひとたちがあおる投機熱にかかる人が増えてアメリカの株式市場は1924年中ごろから長期トレンドに入っていきます。

五年でダウ平均株価は五倍になり、1929円9月3日には平均株価381ドル17セントを記録します。これが最高記録でした。

てっぺんまで昇ったジェットコースターは下降します。株価は一ヶ月で17%下落しました。でも次の週には下落分の半分強ほど持ち直しました。でもその直後にまた上昇分が消えました。この乱高下、昨今のそれに似ていませんか?

そんなことが二ヶ月続いて10月29日の大暴落が起きます。「暗黒の木曜日」のあとは上がったり下がったりしながら三年かけて二十年前の水準に落ちていきます。


「どの国の歴史にも見られなかったほど貧困に対する最終勝利日に近づいている」とぶち上げたフーバーは目の前にくりひろげられている投機熱しか見ていなかったのです。過去、現在の実相が見えない、未来が読めない単なる愚者だったというわけです。

「しばらくすれば元の景気に回復する」という根拠の無い楽観でもって政府による経済介入を最小限に抑えたり、スムート・ホーレー法という、一見するとホームレス法と間違いそうなのをでっちあげて保護貿易にし世界経済を冷やしました。

ブーイングをくらったフーバーは一期でお払い箱、1934年に民主党のルーズベルトが大統領になります。
Franklin Delano Roosevelt 1882-1945

FDRは大統領就任後の百日でもってニューディール政策なるものの主要な政策を実行に移しました。ニューディールの目玉は赤字財政でもって金をばら撒く一時しのぎ、点滴です。

点滴のおかげで1930年代なかごろになると経済回復のきざしが現れたのでFDRは均衡財政に戻そうとします。そのとたんに景気は逆戻り、1930年代後半には危機的な状況になります。点滴だけでは健康体になれないのです。

結局のところ第二次大戦の軍需増加によってアメリカは回復するわけで、そうしたことからニューディール政策が成功したかどうかについて賛否両論があるのです。政策のいくつかは最高裁で憲法違反だとされています。


第二のFDR・オバマは莫大な公的資金投入が一時しのぎの点滴だと知って「道のりはながい。急な坂がつづく。目指す所に一年あるいは四年でもたどりつけないかもしれない」と云ったのでしょう。

経済現象は津波に似て時間差攻撃です。不愉快なことは見ざる、云わざる、聞かざるという猿は溺れて死にます。今しばらくは八十年前に起きた現象を考えながら活動されるのが賢明だと思います。

2008年12月3日(水)@ 北バンクーバー

| おのまのプロフィール | 政治経済 林雨編 2 | 09:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
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