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伝聞・日本の軍人・3
おのまさんはご存知でしょうが、日本軍はシンガポールでも虐殺をしました。「昭南島」の虐殺といわれ、2万人の華僑が、理由もなく殺されました。

 当時からシンガポールは、英国との関係が深く、また華僑も多い都市でした。日本軍の主敵はイギリス軍だったので、住民に名前を書かせて英語で書いたものを皆殺しにしたのです。イギリスへのスパイの可能性があるということで。

 客観的にみると理不尽も甚だしいですが、当時の軍人には、それがもっとも簡単なスパイ排除の方法で合理的だったわけです。

 しかし、そんなことをされた人々が忘れるはずもありません。右翼は、南京大虐殺云々は騒ぎますが、この昭南島虐殺のことは騒ぎません。軍の記述が残っている事実だからです。また、このようにして、戦後シンガポールが紆余曲折をへながら独立したからと言って、それが日本のおかげ、っといいたいなら、ぜひ現地で日本の街宣右翼がやっているのと同じことをやってみればいいでしょう。
| 眠り猫 | 2008/11/12 10:52 AM |



なるほど、日本の犠牲があったからこそアジアは解放されたのだというのを日本外交の柱にしますか。田母神さんとか花岡さんとかいう「愛国者」を外務大臣や大使にすえて街宣車とともにアジア諸国を回ってもらう(笑)

先の大戦とアジア諸国の独立とが時間的にシンクロしていたのは事実で、独立運動に日本がプラスした場面は少なからずあったと理解しています

しかし独立運動の主役はそれぞれの国民であって、日本がアジアを解放したというのは牽強付会(けんきょうふかい)であるとするのが賢いでしょう。記録を読むと、あさましい日本軍人がたくさんいて各地で嫌われていたことが分かります。渡辺昇一が日本を悪く言うのは中国と韓国だけと言っていますが事実にうとい長屋のご隠居の与太話です

満州事変、支那事変、日米戦争とすすむにつれ日本の掲げる戦争の目的が変わっていき、言ってることに一貫性がないことおびただしいものがあります。だから戦略も戦術も統一性がなく費用対効果がおそろしいほど劣っています。軍人の経験がないオノマがみても(いやそうだからこそか)馬鹿げたものが多いです

「八紘一宇」「アジアの解放」おおいに結構

でも近頃の日本の諸現象と似て結構なのはレッテルだけで中身が伴わないものでした

総論結構 各論滑稽

田母神大臣、花岡大使はアジア諸国から総すかんをくらいます。世界中から日本人は臭いといわれます。ソースカンク・・・


四谷の義眼おじさんとシンガポールのリサ嬢の話を書きましたが、書物からの引用をふたつ紹介して伝聞・日本の軍人シリーズを終わります

先輩たちが見た日本軍人の景色をご覧ください。すでにお読みになった方がおられるかもしれませんが、そのときはご容赦ください

1 
(1928年)11月15日 ・・・家という家は皆、先の隊が放火して、どっと燃え上がる、竹のはしる音、凄い焔、逃げ出す婦女子、ばあさんが家具や布団を田圃の中に持ち出す。そこへ又後丁寧に火を付けに行く強心臓の兵がある。稲すすきがくすくす燻っている。米を焼く勿体ないではないか。全く悲惨なものである。顎髭を焼かれた山羊が飛び出して来る。山羊の子が焼残りの家の中で悲しげにないているのも哀れ。

11月16日 三中隊の兵がニイ(中国人に対する蔑称)を殺している。水の中へ逃げて救命救命(チュウミンチュウミン。助けてくれ)というものを追いかけて行っては、なぐり殺している。可哀相なもんだ。この世の地獄だ。

田中次郎 1908年2月生まれ 南京戦当時 第十六師団歩兵代三十三連隊第一大隊
資料 日記帳二冊


この戦争の基本原因というものは各種の政治的成功に慢心した軍部指導者が我が国政の根本方針を各国共存共栄の自由通商主義に置かずに、我が国一国を中心にした自給自足主義に置いたところにあるのですから、我が勢力下に帰した土地の経営が自ずから日本本位となり、その土地の原住民の福祉を二の次にするようになったのは当然のことで、さればこそ満州国を拮踞(きっきょ)経営すること十数年、形の上から見れば世界植民史上類いないくらい立派な成績を挙げたにもかかわらず、ついに大和民族はこの満州人の人心を把握することすらできなかったのです。

現に私の極めて懇意にしている、ある満州人は、満鉄に十数年も勤め、日本語も下手な日本人よりもむしろ流暢(りゅうちょう)なくらいで、その感情からいっても生活様式からいっても、全く日本人化した男ですが、その男がある日、私と酒を飲みながら酔いの廻った頃に突然、「永野さん、こうやってあなたと御懇意に御交際を願っていますが、万一日本がロシアと戦争をするようなことがあったら、私は遺憾ながらロシア側につきますよ」と、こう言い出した。私はびっくりして「なぜ、そんなことを言い出すのかね」と問いますと、「実は日本人にいろいろ御世話になっているから、こうやって今日まで辛抱しておるのだけれども、本当に腹に据えかねることがある」といって、四つも五つも日本人の満州人に対する冷酷な例を挙げたのです。

聞いてみると、その指摘するところは皆事実であって、弁解や否定の余地がないことばかりなので、「まあまあ戦争になるようなことはないだろう。また、あればその時のことさ」といって別れたが、この男ほど日本人化していない満州人がどういう感情を抱いているかということは想像がつくわけです。だから今度いよいよ終戦になってソ連軍が進入してきた後で邦人がいかに満州人から冷酷な取り扱いを受けているか、思い半ばにすぎるものがある。現に、それを裏付けするような悲惨なニュースが毎日、我々のところに伝わってきているのです。

永野護「敗戦真相記」 1945年11月23日
永野はのちに岸内閣で運輸大臣になる

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