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破綻 2 スワップ


リーマン・ブラザーズの破綻からオリンピア・ヨークの破綻を思い出し、そして今朝はブラック・マンデイのことがよみがえってきた

ブラック・マンデイなんて初耳という人がいるだろうなあ



1987年10月19日月曜日

おのま(カナダM銀行社長)はニューヨークで米州拠点長会議に出ていた

ニューヨーク支店のひとりが入ってきて議長をしていた米州本部長さんにメモを渡した

本部長さんがオロオロしはじめた。リセッションになるのでしょうかねえと何度か口走った

ニューヨーク株式が暴落しはじめたのだ

株が下がると金利が変動する

詳しいことは省くが金利スワップという取引があって金利の変動で銀行は損をしたり得をしたりしていた

おのまは二週間まえから手を打っていたので平気だったが重役さんを始めとする他の拠点は・・・

うー・・・これ以上は書かない。みんなまだ生きてるから



結局、この日の暴落は世界恐慌の引き金となった1929年10月24日の暗黒の木曜日(ブラック・サーズデー)を上回る史上最大の暴落となりブラック・マンデイと呼ばれるようになった。「暗黒の月曜日」という人は少ない

ブラック・マンデイの下落率は22.6%

暗黒の木曜日の下落率は12.8%

ブラック・マンデイも世界の市場に連鎖し、東京は日経平均が3,836.48円安(14.90%)の21,910.08円となった

ブラック・マンデイは暗黒の木曜日ほどのことはなかったと言う人もいるがそうだろうか。二十年後の今、日経平均は一万円すれすれ。あのときの半分である



フクダ首相やヨサノ大臣がリーマン・ブラザーズ破綻は大したことではないと言ったとか

シロートのたわごとだとは言わない。立場上そういわざるをえなかったのだろう

当時、日本の銀行が苦しんだ金利スワップよりも今回のCDS(Credit default swap クレジット・デフォルト・スワップ)の方が規模は大きいし、毒性も強いはずだ

しーらないっと

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CDSの規模が62兆ドルになっていると九月二十三日に知っって卒倒しそうになった

金利スワップもつくった時の目的、実需と乖離していったが、こんな天文学的な額ではなかった


| おのまのプロフィール | 政治経済 | 00:57 | comments(0) | trackbacks(0) |
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