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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

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アルバム・本郷小学校 2
入学記念写真を再掲



しかめっ面の子が多い



私も眉にしわを寄せている

食べもの不足の時代。すきっぱらで不機嫌だったのだろうか
うまれて初めての集合写真に緊張してたのだろうか
太陽の光がまぶしかったのだろうか

↑たぶん最後だと思う
公害ない、空気きれい、太陽まぶしい

突如ひらめく。私の右にいる吊りズボンの子は島村君と言ったのではなかったろうか

下駄の子が多いが、オオー、靴と靴下のザイバツもいる



前列ひだりから二番目の子は背が低くかったが負けん気が強かった。二年生になるとズボンに自転車のチェインを巻いてくるようになり、それを振り回すものだからみんなから一目おかれるようになった。人望はもちろんない

暴力に頼るものは長続きしない。いまやアメリカ人の82%がブッシュの方向は間違っていたとしている。イランを殲滅させると叫んだクリントンは蟻地獄に落ちた

私は一足だけあったズック靴は遠足などにしか使わず、学校は下駄かぞうりで通った。雨がふると鼻緒がすぐ切れた。持ってる紐やぼろきれで応急措置をするのだがすぐまた切れる

面倒になり雨のときははだしで通ったこともある。道路は舗装されていない。あの辺は粘土質の土で足の裏にあたるぬかるみの感触は悪くなかった

1982年春。ミャンマーの古都、メイミョーの山寺に入る時に裸足で巡るように言われた。靴を手に持って三十分ほど歩いたら、とてもさわやかな気分になった。大地に触れることで地球の気が入ってきたのかもしれないと思った

なにか体に不調のある方へ:ものはためし、裸足で土の上に立ってみませんか

本郷小学校からシンガポールにワープ。1978年から82年までの四年間、私の専用キャディーのようになった少年がいた。少年はわたしのバッグをすくなくとも二百回はかついだ。彼はよく裸足で現れたがそういう時は小学時代を思い出した。少年の名前はオクイ。今でも無事なら・・・おお・・・四十歳になってる・・・

下駄での通学は高校を卒業するまで続く。考えてみれば猿・ニンゲンは成人するまでの二十年はどんどん体が変わっていくから、靴や洋服のようにサイズの融通が利かないものはすぐ役に立たなくなる

その点下駄やぞうりは足のサイズが多少変わっても長く使えるのがいい。ミャンマーのロンジー(巻きスカート)ならヤセだろうがメタボだろうが、♂だろうが♀だろうがソンナノカンケーネー

「地球にやさしく」と本気で考えてるつもりでおられるそこのアアタ、お子にはぞうりをはかせましょう。ズボンをとりあげて巻きスカートをはかせましょう

昨年の夏、一足三百円也のゴムぞうりを買った。近くで買い物をするときはそれを履いていく。靴下をはかないから冬は寒いが、サイズ11の足がむれないのが良い

ムレン イレブン いいきぶん ♪


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