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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

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スキー四日目 2 東急グループ
山も海も太陽も空気もすべて昨日と変わらず目の前にある

と思うのは錯覚である

目の前にあるすべてのものが刻々と変わっている

こんな光もみたことない



バラード・インレット



バラード入り江

左へ進むといきどまりだから「入り江」

左へ進むとまた広い海にでるのなら「海峡」

というイメージだがほんとのところはどうなのだろう



1986年にオープンしたパンパシフィックホテルは東急グループの作品



オープン式典に東急の二代目総帥・五島昇さんがきた

シンガポールでコンドミニアムの地鎮祭の時に見た姿よりやせていた

東急の若い社員たちとゴルフをしたり飲んだりしながらコンドミニアムのファイナンスをおのまがまとめ上げたときは 東急グループの主力銀行(三菱、興銀)が慌てた。民間だって役人もどきは後手にまわる

パンパシ・バンクーバーの初代社長・塩田さんはシガーがすきだった

バンクーバー空港でバッタリ会ったときに面影が変わっていてびっくりし、どうしましたかと手をにぎった。やせて冷たかった

喉頭がんを日本で直すと言ってあわただしく去った塩田さんはひとつきたつかたたないかで逝った

二代目の橘田社長にウイスラーでホテルを作りましょうともちかける

当時 パンパシ・バンクーバーは夏は満員でも冬は苦戦していた。ウイスラーにホテルがあればオーバーヘッドで効率的になるという簡単なリクツ。簡単なといっても日本の役人にはわからんだろうが

ゴンドラ乗り場のすぐ横にある土地を買おうと盛り上がった

1987年 おのまはトロントへ転勤

しばらくたって問いあわせたらホテルの話はなくなっていた

五島昇さんが、やるならホテルを建てるだけでなく山全体をやるような大きなことをやれと言ったからだと聞いたがほんとかどうか知らない 

1989年3月 五島さん逝去 享年72

1991年おのまは日本にもどり会社をやめ 1994年トロントのコンサルタント会社に就職

三代目の結城社長はシンガポール時代からの知り合い、BC大学ビジネススクールの先輩

ウィスラーのゴンドラ近くの土地には別のホテルが建っていたがでホテルを建てましょうともちかける

土地代が高くなっていて進展せず

数年たってようやくパンパシ・ウィスラーが出来た

あのとき建ててれば安上がりだったという愚痴を聞かされた

2007年12月16日 旅先のホテルで急死した五島哲氏とは会ったことがない。享年59

橘田さんと結城さんは引退後バンクーバーに住んでいて時々会うことがある。昔話はしない 

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