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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

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星寿司 (2)
1985年のバンクーバー

●三井物産の遊び大好きメンバーがJALのスッチー(死語?)達を連れて行くと言っていたのが「星寿司」。

シェフの名がホシさん。

「星」なのか「保志」なのか確かでない。とりあえず「星」で。そういえば オクトパスガーデンのサダさんは星加さん。

●当時 おのまの店は赤字、 おのまの家計も赤字。 寿司屋にいくことはほとんどなく、したがって「星寿司」も一度行ったかどうか。

ジェイ・モートンは日本食が好きだったが、バンクーバー島からやってくるたびに、オフィスの近くにあった「浪花屋」という店に連れていった。

寿司のほかに 炉辺焼きがあり多少は割安。社員同士で飲み食いできる会議費なる金はわずかだったので、支払いはポケットマネー。

シンガポール時代は接待が多かったが、新規のお客がみつからないバンクーバー時代は実に静かだった。

●サラリーマンの時代はいそがしく変わっていき、わが世代は先輩のあとを追いかけながら、なにかしら常に追いつけなかったようなきがする。先輩たちが享受した世俗的な恩恵だ。

シンガポール支店長はファーストクラスで出張していたが わが世代が支店長になったときはビジネスクラス。

シンガポール支店長は一流の寿司屋で接待していたが わが世代が支店長になったときは・・すくなくともおのまの場合は・・係長時代と変わらぬ中華か せいぜいイタメシ・・ 

運転手がついていたのもシンガポールの係長時代が最後。トロントではカナダの大銀行の社長だって自分で運転していた。

運転手のことは時代というよりは地域から生じる格差である。ニューヨークとかロンドンとかいった地域より バンコク、ジャカルタの駐在員のほうが上流のくらしをしていて ポケットマネーで女中や運転手を雇うことができた。シンガポールはその中間。

●そういえば、入社三年、東京から大阪に転勤したときはグリーン車で行った。東京駅で数十人が見送ってくれた。

いまは転勤でグリーン車代が出るのは入社十年?二十年? 

●駅で見送りなんてあるのだろうか。箱崎のターミナルで転勤祝いをやってからドイツに向かった先輩もいたっけ。あの頃の箱崎ターミナルは輝いていたが、いまは家具売り場があったりする。

箱崎で荷物のチェックインができたころは便利でよかった。二台連結のバスもあって豪華だった。便利さも豪華さもむかしのほうが勝っていた。いまは遊び心がなくなっている。

●JALでバンクーバー → 成田を飛んだとき スッチーに「星寿司」を知ってるかと訊いたら知らないといった。 

三井物産のプレイボーイたちもスッチーを追いかけなくてもいいのだろう。いまや「ワーホリ」という若者たちがゴマンといるのだから。

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