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スリランカ・最終回・前編
スリランカの光景をいろいろ思い出しますが、順番をつけるなら、蛇や悪でねに対する恩返しは無理だと思った瞬間がナンバーワン、そして十五年後に蘇えった地図がナンバーツーでしょうか。いずれも哀しみをともなう光景です。



スリランカに行かなくなってから一、二年たった、1981年6月、スリランカ軍がタミール人の本拠地とされていたジャフナ市を攻撃し、市民が殺されます。シンガポールから日本に転勤して一年、1983年7月、タミール側が初めてゲリラ戦をおこない、政府軍兵士が13人殺され、シンハラとタミールの争いは手がつけられなくなっていきます。

1993年、トロントで明日等と無駄離の暗殺を聞いたとき、自分が僅かながら関わったスリランカの実相が垣間見えて、同時にスリランカと私の縁が切れたように感じました。争いは2007年のいまも続いています。

「憎しみは憎しみによっては終わらず、愛によって終わる」と言って、日本に戦争賠償を求めなかった蛇や悪でね氏が、どうして自国では憎しみの輪を断ち切れなかったのか。どなたか解き明かしませんか。

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