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アイゼンハワー大統領の警告・3
大統領であったとき(1953−61)のアイゼンハワーについて私はまったく興味がなく、1969年に亡くなったときにも特別な感慨はありませんでした。記憶に残っているのはアイクと呼ばれる裕福でゴルフが好きなおじいさんの笑顔。愛情も憎悪も感じない、いってみれば縁なき人。

あの頃の日本はまだまだ貧しく、アイクが引退して二年後の1963年、私は東京の三鷹にいましたが、舗装されていない道路がたくさんあって、出来たばかりの吉祥寺の丸井デパートで買った三ヶ月月賦の皮靴は土ぼこりですぐ汚れたものです。お金がなくて何も食べずにすごした日もあったし、アメリカの金持ちじいさんのことを考える余裕はなかった。

1969年だと大阪万博が開かれる前年、ということはマクドナルドのハンバーガーを知っていた日本人は藤田田(ふじたでん)なる人物のみ。今、三十五歳より若い方々は銀のスプーンをくわえて生まれてきているのですよ。汝らめぐまれた世代に栄光あれ、ハレルヤ。脱線。

数日前、久しぶりにビデオショップを覗いてみつけたのが アイクじいさんの顔。Why We Fight、知らない映画でしたがその顔が懐かしく思えて借りることにし、ついでにアイスクリームを買いました。

私にはアイスクリームがとてつもなく贅沢なお菓子だという子どもの頃の記憶が残っていて、そう、子どもの頃アイスクリームを食べたのは二度あるか三度あるか、いまだにアイスクリームは滅多に買いません。金持ちじいさんと付き合うのだから贅沢を辞さないという気分になったのでしょう。アイクをながめる、アイスをなめる。

本線に入れない。

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| おのまのプロフィール | 政治経済 | 03:29 | comments(1) | trackbacks(0) |
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うふふ。続き、ゆっくり楽しみにしてまあす(*^^*)

ちなみに私は1969年生まれ。
東大が壊され、人類が初めて月に降り立った年ですね。大阪万博に行った写真が残っています。母はミニスカートをはいてますよ。私は1歳だったので、なんにも覚えてませんが。どこも混んでて、有名な館には赤ちゃんずれでは入る事ができず、空いた館だけ回ったそうです。
この前、激安ツアーで太陽の搭をチラっと見ました。
いつか、じっくりと見たいものです。
おのまさんは多分、私の母と同世代ですね♪
母は高校の時、遊び感覚で友達に「デモに行こうよ〜!」と誘われて、何の事かよく分からなかったけど、デモに行ったそうですよぉ。
女も男も議論好きで、面白かったって言ってました。
人間関係が今の若い人の時代より密だったかもしれませんね。
| チギディー | 2006/10/18 9:33 AM |










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