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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

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難花キャンプ・6
塀の問題が片付かないまま東隣の土地の所有者は変わり、二百坪の土地に小型の集合住宅一棟と一戸建ての家が三軒たちました。我が家の東側の塀のぎりぎりに建った二軒の家の敷地は三十坪くらい。

青地があった頃の夏は東に面している窓から心地よい風がはいってきたものですが、いまや窓を開けると数メートル先に隣家の壁が迫っていて鬱陶しい。

そういう生活を三年続けたあと1994年に日本の会社をやめてトロントのコンサルタント会社に勤めること五年。独立してからもトロントで仕事をすること二年弱。いつまでたってもバンクーバー生活は実現しないと考えて2000年に日本に戻りました。

戻ってから一年間は家の中の片付けと改装に時間を費やし、ついでにデッキを北側につくりました。二十畳ほどのデッキから公園を見下ろしながら飲むビールはうまく、野良猫が何匹かやってきてくつろぐようになり、心地よい空間ができたからしばらく日本にいようかと考えるようになりました。

ある日の午後、隣人、三家族をデッキに招いてバーベキューをしたとき、東隣のご夫人が塀が自分の敷地に食い込んでいると言うのには驚きました。

日をあらためて土地を買ったときの書類と図面を見せ、塀は私がいない間に建てられたものであって、しかもこちらの敷地に食い込んでいるのですよと説明してその話はそれで治まりましたが、なんとなくもやもやした空気が残りました。

また別な日のこと、東隣一家とビールを飲んでいると、ご夫人が猫がうろついて困るとニクニクシゲに言います。そう毛嫌いするものではありません、人間だけの地球ではないのですとからかい気味にたしなめると、ご夫人の形相が変わり、皿やらコップやらを投げつけてきました。突如のミサイル攻撃。息子さんは「土下座して誤れ 早く(さもないと殺されるという感じ」)」と叫び、ご主人は暗い表情で凍りついたまま。ひとつも命中しませんでしたが、ビックリしましたねえ。

親戚のひとや近所の焼肉やで大喧嘩をしたという話を聞いていたので、おおこういうことなのねと受け止めましたが、そういえばこの人の笑顔をみたことがないなあと憂鬱な気分になりました。ヒステリーの方は苦手なのです。

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「地域情報→海外→北米」というカテゴリーで30位あたり。今日もみたくない(笑)

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