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林雨 第五回 ・原稿
以前、勤務していた会社の大先輩たちが昨年末から今年の春にかけて相次いで亡くなられました。私が入社したころに国際業務担当の重役であった飯野匡さんという方もそのひとりで享年97歳。この方のお孫さんがついこの前までバンクーバーに勤務されていて、祖父は心身共にかくしゃくとしていますと聞いていましたから良い天寿をまっとうされたのであろうと想像します。

飯野さんは弓をよくすることもあってか居ずまいが正しく、発言は明瞭、はやりの言葉でいうならオーラ、すがすがしい雰囲気が体を覆っていました。それに比べて、事実を曲げ、屁理屈で押し通す某国首相の体に漂うものは薄汚い。

飯野さんは今から三十数年まえ、1970年から71年にかけてさかんに論議された「円切り上げ」問題でたくさん発言されています。いま読むとなんと馬鹿げたことを言っているのだろうと誰もがあきれるようなことを多くのエコノミスト、大蔵省の官僚、日銀の幹部が発言しています。権力をもち声は元気ですが、その実は大局を見る能力がなく、姑息で頑迷な論にしがみつく、精神的に衰弱したひとたちといえます。そういうひとたちのなかで一貫して正論を述べつづけた飯野さんの力はいかにして生じたのか。

「金融財政事情」(昭和50年9月1日号)に載った飯野さんのエッセイに答えのヒントがみつかります。以下に骨子をご紹介します。

/佑呂修龍遇、健康、性格、能力によって違った生き方、価値観がある。自分でよく判断するよりほかない。

△發里瓦箸鮃く見ねばならない。目先の現象のみ追ったり、借り物の概念にとらわれることなく、根底に流れるもの、本物を正覚することが何よりである。

K物を流転の相において捉える。理屈で感じるだけでなく、実際問題に当てはめて考える。固定ではなく流転、絶対ではなく相対。主義、思想、精度も動きつつある現実を離れては観念の遊戯に終わる。

た靴靴ぁ△茲蠅茲だ度といっても、新しい環境に応じて出来た均衡過程をなるべく永く安定維持させるための時間かせぎの便法。変化する環境に対して固定の観念や体制を無理につづけようとしていれば、調節過程の激動は一層ひどくなる。


| おのまのプロフィール | 政治経済 林雨編 | 05:27 | comments(0) | trackbacks(0) |
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