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音楽の本質とはかくなること
昨日、「音楽の本質とはかくなること」と書いているうちにバリの風景がよみがえってきました。

1978年から四年間シンガポールに勤務しているあいだにジャカルタに何度か出張したことがあります。シンガポールやクアラルンプールに比べて空港での入国や出国の手続きが混乱していて印象はよくありません。

1982年9月、帰国の三日前、仕事の引継ぎで後任者と一緒にジャカルタを訪れ、仕事が終わった翌日が休日だったので、ひとりバリ島に足をのばしました。バリ島は俗化していると聞いていたので敬遠していたのですが、話の種に見ておこうと思ったのです。行って後悔しました。

俗化したバリに来なければよかったと後悔したのではありません。バリを訪れなかったのは他にも理由があって、自分は決して行くまいという意地のようなものがあったのですが、その話は別の機会に書くとして、着いたその日に駆け足で訪れた芸術家たちが住む村、高原のゴルフ場、夜になって聴いたガムランのすべてが素晴らしく、一泊だけの短い旅の遠因となった意地を後悔したのです。

ジャカルタ空港から40分で着くバリ島デンパサール空港、タラップを降りて地面に立つと花の香りを含んだ大気が押し寄せてきました。大気というより、天からこぼれてくる精気というのがいいかもしれません。バンクーバーについたときに嗅いだ木の香りは清々しい香りでしたが、デンパサールの香りは甘く、官能的です。同じ熱帯でもこういう香りがする空港はここだけではないでしょうか。小さな空港ビルの前にはヒンズーの神々の像がたくさん置かれていて、異界にきたことを知らされます。

ガムランはシンガポールやジャカルタのホテルで何度か観ていますが、バリの野外で演じられるガムランは全くべつものでした。楽器の演奏家も踊り子も神々が操る人形ではないかと思うような動きをし、音をだし、舞いを舞います。黒い天へ昇っていく凄まじい音はまばゆい光のようです。

日本でガムランのレコードやテープを買って聴きましたが、その時の音や雰囲気はまったく再現されません。本場のガムラン演奏家たちがやってきたので聴きに行きましたが、これまた神の息吹が感じられません。ガムランはバリのあの地においてのみ意味をなす営みなのです。

そのご、機会を得てバリとジョクジャカルタを二度おとずれ、ガムランの素晴らしさをかみしめることができたのは幸運でした。

「音楽の本質とはかくなること」とはなんぞやと問われれば、私の場合は、西欧的な教養を追い求めているうちに合理的なものしか受け入れなくなったこわばった心をしなやかにする力、辛うじて残っている原始的な心性にしみこんでくる霊性とでもいいましょうか。

ベートーベンやモーツアルトなどの西欧音楽に霊性がないというのではありませんが、ガムランにくらべると衰弱した霊性であり、それに加えて、世に名演奏家と言われているひとはあまたいても、衰弱しているとはいえその霊性を再現して感動を与えることができる音楽家はごく少ないというのがわが実感です。譜面をみながら演奏する音楽などから感動は生まれないと言うと怒るひとがいるかもしれませんが、それも実感です。

ここまで書いて分りました。バンクーバーで、ハロハロバンドンを威勢よく歌って欲しいと思ったのが愚かでありました。
| おのまのプロフィール | 音楽・美術・映画 | 12:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
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