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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

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林雨・未来予測
新聞や雑誌で「こういう事態が生じるとは誰も予測していなかった」と書いてあるのを見て、ちょっと待て、私は予測していたと云いたくなることがあります。自分が予測できなかったからといって、誰もがそうであるとくくるのは知的作業のイロハから逸脱した横着な行為というものですが、それは今日の本題ではありません。

未来に起きることを予測する、予知するというのは過去に起きたことを記憶する、思い出すと同じくらいのことではあろうと考えます。両者とも簡単なことだといえば簡単だし、難しいといえば難しいことですが、その程度は同じ。

多くのひとが過去の出来事を思い出すのは簡単だけれど、未来を知るのは難しいと云われるかもしれません。しかし過去の出来事やそのとき自分がどう思ったかを精確に思い出すのだってそれほど簡単ではありません。自分自身、たとえば四年前にかいた木霊日記を読みかえしてみて、そのときの状況や心境をはっきり思い出せないことがあります。過去も未来も多少ぼやけた映像だという点で差がないし、ことによったら、現在の今だってぼやけた世界を見ているのかも知れません。

井上謙吾氏と未来予測の話をしたときのことを書こうと思っているのですが、本日はここまで。


| おのまのプロフィール | 政治経済 林雨編 | 01:09 | comments(2) | trackbacks(0) |
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う〜むなるほど。そう言われてみればそうです。人間の記憶ほど曖昧なものはありませんからね。とても興味をそそるトピックです。もっと聞かせてくださいw
| ちひろ | 2006/04/27 12:32 PM |

大先輩の考えです:

時間を過去・現在・未来と区分けするのは幼いジンルイの、幼い認識力の都合にあわせた、幼い区分けである。本来、時間は一体であって、過去・現在・未来と分かれていない。認識力が幼くなければ、過去・現在・未来は一体として見える。例えて云うなら、一枚の絵を右から左へ順にみるのではなく、全体を一瞥するようなものである。

というわけで、進化ジンルイ・大先輩はジョージやジュンの嘘が分かるのです(笑)
| 大先輩 | 2006/04/29 7:20 AM |










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