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惜別・すべては借りもの
十八日・土曜日、霧が晴れるとゲレンデは混みだし、リフト乗り場はざっと三百人の行列です。シングル・レイン(singles lane=ひとりで来たひとが並ぶ列)も五十人。滑っている時間より並んで待つ時間のほうが長い。

待ち時間が長くても、スキーやボードの板、ヘルメット、帽子、手袋、ウェアが様々なのを見てると飽きません。テレマークの板をはいている人をみるといつも尊敬の気持ちが湧きます。ヘルメットをかぶっている子たち、オトナになったら町を歩くのもヘルメットをかぶるかもしれない。そんなことないとおっしゃいますか。私が高校生の頃は自転車だってオートバイだってヘルメットなしの人が多かったものです。大人は電車で漫画を読まなかったし、話す日本語に品、めりはりがあり、ナントカgaー、カントカdeー、などとは言わなかったのです。おっと、また脱線。

もしやと見回しましたが、なくしたロシア帽はみかけません。いまごろ誰かにかぶられてシーモアを滑っているのかなと想像したときに「すべては借りもの」というフレーズが浮かびました。

自分が稼いだかね、それで買った帽子は自分のものというのがひとつの考え。かねも帽子も誰かから自分のところに移転してきたもの、自分のものではないというのがもうひとつの考え。

この世に生まれるときは裸、この生を終わるときも裸。この世にあるときだけジャラジャラしたものを身に付けたがり、持ちたがり、持って喜び、なくして悲しむ、そんなことの繰り返しだけど、この世で手に入れたと思うものすべてが借りもの、返す時がくる。帽子も家も車もすべて借りもの。

自分の体も借りものなのだろうか、こうやって考えているこころも借りものなのだろうか。思いとか意識というのは物体や肉体とちがうような気もする、と思っているうちにリフトの順番がきました。

春休み。リフトで一緒になる人は若い人たちのふたり組み、三人組、あるいは子供連れのオトーサン、オカーサンで、この前までいたシニヤーたちの姿はありません。青春の世界、家族の世界を黙って聞きながら運ばれていくと、ひとりで滑ることや沈黙になれた自分にすこしばかり感心もします。以前はひとりでスキー場やレストランにいるのが居心地悪かったのに。

それにしても、グラウスのゲレンデは短くて物足りない、ウイスラーに行ってみようかな。すべては借りもの、貸していただける間はありがたく使わせてもらいなさい。
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