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林雨 第五十七回 ビルマ 漫言
 

林雨 第五十七回 ビルマ漫言  小野冬生

十一月七日ビルマで二十年ぶりの総選挙がありました。結果はまだわかっていません。十三日には現政権と反目しているアウンサンスーチーが自宅軟禁から解放されました。

 

一連の報道を見ていてこれでは多くの日本人が正しい判断や評価ができないのではなかろうかと心配になりました。筆者がビルマについて詳しいということではありませんが思いつくことを一、二書いておきます。


いま筆者はビルマと書いています。ビルマという国名は二十年まえにミャンマーに変わったよと言う方がおられますがそれは間違いです。


ビルマ人は自国のことを文語で「ミャマー」口語で「バマー」と言います。「にっぽん」と「にほん」の感じです。「バマー」から「バーマ」や「ビルマ」という英語、日本語が生まれたわけです。


1948年イギリスから独立したビルマは国名をミャマー連邦国という意味の「ピダウンズ・ミャマー・ナインガー」にしました。日本語でいえば元からミャンマーなのです。


ビルマ政府が独立時に英語呼称をBurmaとしたのを1989年にMyanmarに変えたのです。JapanをNipponにしたようなものです。


英語呼称が変わったからといって日本語を変えることもなかろうと思います。英語呼称に従わない日本語の例はいくらでもあります。中国、韓国、オランダ、ドイツ・・・。筆者はビルマでいきます。そのうち英語呼称がBurmaに戻るかもしれませんし。


アウンサンスーチーを応援し、ビルマの独裁政権はけしからんと思われている方がおられると思います。アメリカやイギリスは彼女をバックアップしています。日本の外務省も英米路線に従ったコメントを出すことがありますが良く見ると微妙な表現なので本音かどうかわかりません。


ビルマ気違いこと「ビルキチ」というビルマを愛する日本人がたくさんいます。「独立の志士三十人」と呼ばれるビルマ人は日本軍のもとで猛烈な軍事訓練を受けています。米国やビルマの宗主国であった英国に再びビルマを自分たちの支配下におきたいという思いがあってもそれに日本が与(くみ)するようなことがあってはならないと思います。


独裁政治はいけないと思う方がおられるかもしれませんが、強い意志をもった優れたリーダーの下で国をまとめ、安定させることは小国にとっての上策であろうと思います。


民主化のためだといって戦争をしかけイラクやアフガンに米軍基地をつくっているのが現実に起きている世界です。ビルマも国内に乱れが生じれば外国からの干渉を招き、もとの植民地に逆戻りします。


同じく独裁国であるシンガポールはリークワンユーが卑劣とさえいえる苛酷な手段でもって共産党を撲滅させ、国をまとめあげました。かつてアジアの最貧国であったシンガポールがいまやひとりあたりGDPで日本を上回っています。


独裁政治イコール悪ということではない例は日本にもあります。江戸あらため東京、城の主が将軍から天皇に替わりしばらくすると庶民のあいだでこういう歌がはやったそうです。「てんちゃん返して徳川様でもいちど正月祝いたい」


独裁国シンガポールがいちはやく安定し発展した理由に淡路島ほどの国土、五百万人ほどの人口という小サイズを挙げることができると思います。それに比べ独裁国ビルマは日本の二倍近い国土と五千万人の人口を擁しています。民族の種類は百を越えます。ビルマをまとめあげるにはリークワンユーを上回る強力な政治が要ります。

独裁は悪、民主主義こそ正義というのは短絡すぎるというものではないでしょうか。


2010年11月17日 @ 北バンクーバー
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林雨 第五十六回  消極的支持者による民主党総括

林雨 第五十六回  消極的支持者による民主党総括 小野冬生

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日本では九月十四日に民主党の代表選挙が行われ菅直人が小沢一郎に勝ち、引き続き首相をつとめることになりました。

 

筆者は小沢のシンパではありませんが、そして多少は菅に期待したことがある者ですが、一連の流れのなかで見た事柄から判断すると菅がひきつづき首相であることは日本にとってよからぬ結果をもたらすであろうと危惧します。そういう危惧は十年ほどまえに小泉純一郎が首相になった時にもいだいたものです。

 

「一連の流れ」なるものをおおざっぱにおさらいしてみます。

 

昨年の夏の衆院選で民主党は大勝し政権の座につきましたが、民主党を勝たせたグループには民主党のかかげたマニフェストを支持する層、すなわち積極的な支持者と民主党の能力には不安があるが自民政権のままでは明るい展望がないから一度やらせてみるかという消極的な支持者の二種類があったと思います。筆者は後者です。

 

鳩山由紀夫首相の目玉政策は普天間の米軍基地を県外に移設するということでした。鳩山がどんな結論を考えているのか分からないまま、トップは一般大衆に知らせることができない秘策があるものだと見ていたのですが、なんのことはない竜頭蛇尾を絵に描いたような情けない結果に終わったのにはあきれました。前原誠司のガセメール騒ぎ並みのお粗末。

 

消極的支持者だからあきれたで済みますが積極的支持者達は大いに傷つき落胆した筈です。鳩山の政治生命はオワ。

 

基地を辺野古に移設するという案は自民の橋本龍太郎政権のときから官僚が中心になってまとめあげた、おおいに欠陥があるガラス細工のごとき代物です。鳩山は沖縄島民を中心とする大衆の支持をバックにして、政権交替を機に白紙に戻すと宣言するだけでよかったのです。筆者は鳩山が官僚にせかされて言ってしまったのではないかと疑っていますが、結論を五月までにだすなどと言う必要はなかったのです。政治家としては幼稚な戦術ミスでした。

 

選挙までの暫定内閣として発足した菅が何を思ったか消費税アップの話をだしたのには仰天しました。これまた信じられない戦術ミスですが、それよりなにより、菅の人間性に大いに疑問をいだくきっかけとなりました。

 

菅は野党時代に「タックスイーター撲滅」と叫んでいた人ですから、首相になったとたんに180度変節では人間性に疑問をいだかざるをえません。当然のことながら菅民主党は参院選で大敗しました。

 

鳩山も菅も一年前に民主党が自民党に対抗して掲げた政策の原理原則を無視したものだから、一般大衆の多く、ことに筆者を含める消極的支持者がふたりはウソツキだとして拒否したのです。

 

民主党の掲げた原理原則は二点に集約されます。

 

1 官僚ではなく政治家(イコール国民)が政治をやる

2 財政改革(増税)より行政改革(ムダ撲滅)を優先する

消極的支持者の筆者からみても上記の二点は現在の日本にとっては正しい原則だと思います。民主党がそれにのっとってやっていれば筆者はそのまま黙って見守ろうという気になったでしょうが、一連の流れをみてしまった以上、支持するはずもありません。

首相としての致命的な欠陥をもつ、そしてこの三ヶ月でもって露出度が増えたがゆえに明らかになった人間としての致命的な欠陥を持つ菅が長期にわたって首相を続けるとすれば、それは日本にとって大いに不幸なことであろうと危惧するものであります。

Friday, September 17, 2010 @北バンクーバー

 
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林雨第五十五回 オンタリオのゴルフ
 

林雨 第五十五回  オンタリオ州のゴルフ  小野冬生

 

★七月の下旬、十日ほどトロントで過ごしました。正確には十二日で、この間にゴルフを五回しました。

 

筆者は2000年まで通算十二年トロントにくらしたのですが、バンクーバーに引っ越したあともゴルフ仲間たちから遊びにこいと言われ続けてきました。行こうと思いながら、しかし、夏になると日本からの来客があってついつい行きそびれていました。最後に行ったのはいつかと調べたら2001年の夏でした。

 

毎年行こうと思っていたというのは本当で、筆者は三年前までデビルス・パルピット(Devil’s Pulpit)というゴルフクラブに入っていました。プレイをしないのに会費をはらうこと数年。筆者の人生で最大のぜいたくでした。

 

★この十年、共に遊んだ日本人の仲間がゴルフをやめたり、亡くなったりしました。2001年の夏にはベン・カーン(Ben Kern)というゴルファーからレッスンを受けたのですがその彼は翌年に病死しました。享年57

 

ベン・カーンはツアープロだったひとでカナダのトップクラブに何度も選ばれたナショナル・ゴルフ (The National Golf)の監督を務めるなどした、カナダゴルフ界では著名なひとですが実際に接した印象ではプロゴルファーというよりはずばぬけた人格者という感がありました。

 

デビルス・パルピットの創立二十年を迎えた今年は創立者のクリス・ヘイニー(Chris Haney)がなくなりました。

 

彼はカナダ人ならたいがいの人が知っているTrivial Pursuit というボードゲームを創って成功したひとです。享年59だと聞き、であればゴルフ場をつくったときは39歳の若さだったわけです。筆者が39歳のときは銀行で係長。

 

創立パーティーでクリス・ヘイニーは、このコースは百年後にもカナダナンバーワンであることをめざすというスピーチをしたのですが、しばらくするとナショナル・ゴルフからベン・カーンを引き抜いたのでなるほどと思いました。偉人は有言実行です。

オンタリオ州にいくつゴルフ場があるかを調べたところ731とでてきました。筆者はリストに載っているコースのうち53をまわっています。
http://www.golfmax.ca/Golf-Courses/Ontario-Golf-Courses.shtml

リストに含まれていないゴルフ場を知っています。よってオンタリオには少なくとも732のゴルフ場があるのです。

リストに載っていないのはトロントの北、オレンジビル(Orangeville)にあるモノヒル・ゴルフ(Monohill Golf)というプライベートコースです。

このコースはジム・トーランス(Jim Torrance)という弁護士が18歳のときに自分のゴルフ場を創ると決心して、数十年かけて造ったコースです。

筆者が二十年まえに初めて回ったときは三ホールしか完成しておりませんでした。ティーグラウンドを複数つくることによってホールをパー4にしたりパー5にしたりし、また各グリーンにホールをふたつ開けてホールアウトするとピンの位置を替えていました。そうすることにより三ホールを三回まわって九ホールの気分になるのです。

十年ほどまえにモノヒル・ゴルフは正真正銘の九ホールのコースになりましたが、それから十年、フェアウェイもグリーンも磨き上げられていました。

★筆者はオンタリオ州のゴルフ場はブリティッシュ・コロンビア州のゴルフ場より優れていると思ってきたのですが、今この記事を書き終えて、オンタリオ州のゴルフ人の素晴らしさに気がつきました。

Monday, August 15, 2010 @北バンクーバー

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相変わらず原因不明の状態がつづいています。ランキングの管理者に二度照会しましたが返事がありません。もしかして暑さで死んだかも


★おまけ:

ベン・カーン



クリス・ヘイニー(左)とトリビアルパシュート(ボードゲーム)








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林雨 第五十四回  みたびオセロゲーム?  
 林雨 第五十四回  みたびオセロゲーム?  小野冬生


昨年八月「林雨」第四十六回で「オセロゲーム」と題する記事を書きました。一部を抜書きします。

 

2005年9月

自民と公明党をあわせて衆議院定数(480)の7割弱のチョー大勝利。首都圏の小選挙区で民主党議員がばたばたと消え、自民党議員になった様はオセロゲーム

 

「小泉マジック」のトリックに与みしてはいけないと思う人が増えたときに、政界地図はまたオセロゲームのようにバタバタと変わる

2009年8月

民主が衆議院定数(480)の7割弱というチョー大勝利。首都圏のほとんどの小選挙区で、自民党議員がばたばたと消え、民主党議員になった様はオセロゲーム

「政権交替」だけでしかなかった。よい結果がでたとは思えないと思う人が増えたときに、政界地図はまたオセロゲームのようにバタバタと変わる


民主党政権になったものの、鳩山由紀夫首相は普天間移設で迷走したあげく自民党政権時代に決められた辺野古に米軍用の滑走路をつくることを追認して辞任、あとを継いだ菅直人首相は財務省主税局某氏の操り人形になったのか消費税アップを唱えてブーイングを食らっています。

 

自民党政治を変えるといって国民の支持を集めた民主党ですが、変えるどころか追認や促進ですから、ネット世界ではそれまで民主党を支持してきた論客たちが白けたり、怒ったり、挫折したりしています。

 

中には、自民追随にみえるのは選挙に勝つための作戦である、参院選で民主が勝てば小沢一郎が党首となる、その暁には辺野古を白紙に戻す、消費税アップはしない・・・という説を唱える人がいます。1945年8月15日になっても、日本は勝つと信じるようなものに見えて哀れを感じます。このような涙ぐましくも熱烈な民主党支持者を鳩山、菅、小沢がどう見ているのかを想像すると一層哀れの情が増します。

 

以前から書いていますが筆者がどの政党を支持するということはありません。ひとつひとつの政策、主張の是非を判断することに徹しています。

 

自民党政治の末期はとても支持できない状態にありました。支持できる自民党議員はいました。ブッシュ戦争に反対し、自衛隊のイラク派兵に反対した自民党議員たちはいたのです。しかし彼らの意見は容れられず、政権は方向を誤りました。自民党政権が否定されたのは日本にとってとても良かったと思います。

 

今、民主党のなかに辺野古や消費税に反対する民主党議員がいます。しかし、政権としては辺野古に米軍用の滑走路を作る、消費税を上げるという方向で進んでいます。

 

その方向が間違っていると思われる方は、今度の選挙で民主党にいれないことです。自民党全体を否定したのと同様、民主党全体を否定することです。党が掲げた政策をもってのみ投票の判断をすることです。昨年八月に民主党を支持した人の多くは民主党不支持に回ることで、自らの意思を伝えることです。

 

昨年八月に自民党を支持した人の中からは第二の自民党になった民主党を支持する人がでてくるでしょう。それが、多数に上るのであれば、表面上は民主党勝利ですが、実質的にはみたびオセロゲームが起きたのだということになるでしょう。

 

Sunday, July 04, 2010 @北バンクーバー

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林雨 第五十三回 情けは人の為ならず
 

林雨 第五十三回 情けは人の為ならず 小野冬生

 

小泉・竹中時代の「自己責任」で思ったことが二つあります。

 

ひとつはある寓話。天国にも地獄にもご馳走がたくさんあるのだが、一メートルの箸で食べないといけないことになっている。地獄ではみんなが箸ではさんだご馳走を自分の口にいれようとして食べられないでいる。天国ではみんなが箸ではさんだご馳走を互いの口に運んでいる。

 

もうひとつは「情けは人の為ならず」。2001年、文化庁の調べでは、なまじ情けをかけるとかえって為にならないと誤解している人が482%、本来の意味‐親切は自分に戻ってくる‐を知っている人が47.2%だったそうです。

 

小泉・竹中改革でもって日本は地獄界と化し、日本人は互いに親切であろうとしなくなったというのが筆者の実感です。

自分にもどってくるから親切であれというのは計算高くていやなこころえです。恩を仇で返されるということばもあります。親切のつもりが実は余計なお節介だったりもします。親切、不親切のどちらでもいいのでしょう。

 

とはいうものの、親切にしたことが良い結果につながるとうれしいものです。五月はそんな経験をしました。

カナダにお住まいの方はご存知でしょうがjpcanada.comという情報サイトがあります。そこに読者が書き込む掲示板があり、カナダの最新情報を知る上で役に立ちます。

http://www.jpcanada.com/

 

五月六日に掲示板・グルメin Canadaを覗いたところ、日本からバンクーバーに行くのでお薦めのレストランを教えてくれという書き込みがありました。「鮨:オクトパスガーデン、好on Denman、富士すし、匠 雰囲気のいい店:ティーハウス 中華:雪園(Snow Garden)」と書き込みました。

 

翌日みたら「好on Denmanはとっくに潰れたよ」という書き込みがありました。

 

ほんまかいな。日本からきた知人がサーモンのさしみを食べたいと言うので連れて行ったばかりだぞ。

こういう話はVSO(バンクーバー交響楽団)の名誉コンサートマスターをしている長井明さんが知っているだろうと電話をすると長井夫人がでてきて、オリンピックが終わった頃にとつぜん閉店したといわれました。記憶を辿ってみたら知人と行ったのは去年の暮でした。

 

へえ、そうなんだ、ところで明さんはまだ仕事中だよねと訊くと、そうだよ、明さん、最後のコンマスの演奏が今夜あるよ、いまから聴きに行くところといわれてビックリしました。

 

長井明さんは数年まえに名誉コンマスになってからも若手コンマスと交替でコンマスをやっていたのですが、疲れたから来年はやめると言っていたのを思い出しました。

 

VSO20082月にベルリンフィルと競ってグラミー賞をかちとりましたが、筆者はVSOをそこまでの水準にしたのは長井明さんの力が大きいと思っています。最後のコンマス姿を見逃してはなるまいぞ。時計をみると七時。車をとばし、開演時間(八時)の五分前に席につくことができました。

 

この日、長井明さん最後のコンマスだと知って演奏会に行った日本人は長井夫人、筆者を含めてわずかに五名。ラッキーでした。

 

掲示板に書き込んだ、それを訂正してくれる人がいた、電話をしたら出かける間際だった。一日半の中で起きた綱渡りのようなできごとを振り返って、親切は戻ってくることがある、それはやっぱり嬉しいことだと思った次第です。

2010年5月31日(月) @ 北バンクーバー

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林雨 第五十一回 2010冬季オリンピック 
 

林雨 第五十一回 2010冬季オリンピック 小野冬生

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2010年冬季オリンピックが開かれているバンクーバーではカナダの国旗を飾っている家や車が目立ちます。筆者のバンクーバー暮らしは1972年から2年、1985年から2年、2001年から9年、通算13年ですが、こんなにたくさんのメープルリーフフラッグを見るのは初めてです。

 

近所では三軒に一軒が旗を飾っています。郷に入っては郷に従え、筆者も家の窓にカナダの国旗を飾りました。日章旗も一緒に飾ったところ、ニ軒さきの人から日本もメダルをたくさんとっているかいとにこやかに訊かれました。カナダで日章旗を飾ってもいいのだろうかというためらいが晴れました。

 

銅メダルで狂喜する国などないと云った政治家、オリンピックは国威発揚の場だメダルが少ないのは淋しいと書いたジャーナリストがいますが、筆者の思いはまったく逆です。

 

日本は前回(トリノ・一個)、前々回(ソルトレークシティ・二個)を上回る五個のメダルを取りました。淋しいどころか大躍進ではありませんか。

 

カナダのテレビは日本が男子フィギュアで初めてメダルをとったと祝福していました。初めてメダルをとったのに狂喜しない国がどこにありますか。銅メダルで喜ぶなと云うほうがどうかしています。

 

筆者が喜ばしく思ったのは韓国と中国の活躍でした。韓国は開幕当初からメダルラッシュで大いに注目が集まりましたし、中国もエッ、こんな競技で勝てるのという新鮮な驚きがありました。両国ともメダル獲得ベストテンに入りました。

 

米国(37)ドイツ(30)カナダ(26)ノルウェー(23)オーストリア(16)韓国(14)中国(11)スウェーデン(11)スイス(9)オランダ(8

 

オリンピックで活躍するアジアの国が日本だけだった時代を覚えていますから、日本とともに、あるいは日本に替わって中国と韓国がアジアの存在を高めてくれる時代がきたのは実に喜ばしい、頼もしいと感じたのです。

 

中国、韓国に負けて悔しくないのかと問われれば、一向にと答えます。日本はアジアでつねにトップであれなどというのは荷が重すぎて敵わない、不自然であるというのが筆者の本音。

 

ヨーロッパの覇者はポルトガルであったり、スペインであったり、英国であったりしました。フランスにナポレオンが生まれ、ドイツでヒトラーが絶叫しても大河ドラマの一幕でしかありませんでした。時代のうねりはニンゲンの思惑によって一国をトップの位置に固定させることができるほど小さいものではないのです。

 

うねりに身をまかせ、波のてっぺんに立ち、波の底に落ちるサーファーが常にてっぺんにいたいとがんばったら口から鼻から塩水が入ってきてむせたり、溺れたりすること必定。

 

日本が目立たなくなった時代こそは国のあるべき姿を上から下から、右から左から、前から後ろから斜めから考える絶好のチャンスだといえるのではないでしょうか。

 

カーリングの試合を見に行きました。日本がアメリカに勝ったときはカナダ人が寄ってきてハイタッチや握手をしてくれました。日本がスウェーデンに負けて予選落ち、中国がアメリカに勝って予選突破が決まったときは中国人におめでとうを云いに行き一緒に写真を撮りました。

 

国威発揚は二の次、国際親善の場としてのオリンピックを楽しむことができ大満足です。

2010年3月15日(月) @ 北バンクーバー

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林雨 第五十回 サラ・デービス・ビュークナー
 

林雨 第五十回 サラ・デービス・ビュークナー 小野冬生

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正月から政治経済の話は重たいかなと考えていたところに編集長さんから電話がかかってきて、身辺雑記のようなものを書いてくださいと云われました。五十回もつづくとテレパシーが通じるようです。

 

そういうことなので今年のえとに関する話でもしましょう。

 

トロントにはトロント猛虎会という阪神タイガースのファンクラブがあり「マスコミが書かなかったこと」を連載されている足立誠之さんもメンバーだったそうです。会員数が百五十名といいますから大変なものです。ことしは格別に盛り上がることでしょう。

 

サラ・デービス・ビュークナーというピアニストをご存知でしょうか。チャイコフスキー・ピアノ・コンペで三位、ジーナ・バッカウアー・ピアノ・コンペで優勝するなどの経歴があるアメリカ人ですが、三年まえからバンクーバーに居を構えて活動しています。

 

狭いバンクーバー、筆者はサラと顔なじみになり我が家、知人宅、日本食レストランで一緒に飲む仲になりました。

 

彼女は並みの名演奏家とひと味違うような気がします。ピアノ協奏曲のレパートリーが百あるというだけでも凄いのですが、有名な曲だけを演奏するのではなく、新人の作品や埋もれている名作を探し出して演奏しています。

 

これほど繊細に弾くピアニストも珍しいと感じ入ることがあると思えば、ワオ、この人は合気道でもやっているのだろうかと目を丸くしたこともあります。ラフマニノフを演奏したときにはフルサイズのグランドピアノが床から浮かびあがり、とびはねていました。ピアノをガンガン鳴らすので有名な山下洋輔もマッツァオ。

 

ニューヨークが長かったせいかどうかは分りませんが、サラの弾く「ラプソディ・イン・ブルー」はガーシュインが乗り移ったのではなかろうかという絶品です。

 

昨年から日本に腰をすえて活動しているサラが一月十五日に北バンクーバーから六十キロ北にあるスコーミッシュにやってきて演奏しました。

 

プログラムの中にジャレッド・ミラーという二十一歳の大学生の作品がありました。超絶技巧を要する「インスティンクト」はいずれ有名になるかもしれませんが、初演はサラです。

 

1920年代のポピュラー六曲をサラが編纂、編曲した「シックス・フォックストロッツ」は実に楽しい演奏でした。約百人の客のなかでバンクーバーから押しかけたのは筆者だけ。もったいない。

 

この日のプログラムには日本人の作品もありました。これはユーチューブで聴くことができます。

http://www.youtube.com/watch?v=_mo7gtcF-KI

サイトが見つからない場合は「Sara Davis Bueckner 動画」 でググってください。

 

ここまで読まれてサラと虎と何の関係があるのだと思われた方は注意力抜群。

 

サラは先年甲子園球場で阪神タイガースの試合をみたとかで、そのときの熱気が気に入りタイガースのファンになったのだそうです。

 

プログラムの最後にこうありました:ビュークナーはヤマハピアノの愛好者である。彼女は日本語の読み書きができ、大阪在の阪神タイガースチームの名誉メンバーである。

 

2010年1月17日(日) @ 北バンクーバー

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昨日は前日の半分千人強の訪問となりました

クリックしたひとは四人にひとり

前日の十人にひとり弱にくらべてグンと増えました

訪問者:  555 2128 1181
クリ人:  96  260 309

昨日は「読者の大半が小沢ニクシ、検察を支持するということかもしれません」と書きましたがそうでもないようです

携帯電話ではクリックできないというコメントをいただきました。そうとは知りませんでした

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林雨 第四十九回 国策捜査とは黒殺捜査 (知事抹殺 ・ 3)





林雨 第四十九回 国策捜査とは黒殺捜査 小野冬生

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今では多くの人が知っていることばで五年前はあまり見かけなかったのが「国策捜査」。筆者は2005年5月に「国家の罠・ 外務省のラスプーチンと呼ばれて」(佐藤優・新潮社)を読んでそういう言葉があることを知りました。読者の皆様もそういう方がおられるのではないでしょうか。

 

佐藤優という卓越した書き手のお蔭で「国策捜査」が頭の中に居坐ったのですが、先日読んだ本でハテナと思いました。

 

読んだ本とは「知事抹殺・つくられた福島県汚職事件」(佐藤栄佐久・平凡社・2009年9月16日初版)。出版されて間もない本ですが、「国家の罠」と同様に日本の検察の実相を知る上で将来に亘って読まれることになるでしょう。

 

佐藤栄佐久(当時福島県知事)の収賄疑惑に関するマスコミ報道が始まったのは2006年のことですが、それは2002年の鈴木宗男(当時衆院議員)の収賄疑惑とおなじく事実を検証することなく断罪する、ワイワイさわぐワイドショー的報道がほとんどでした。

 

それまで筆者はNHKのクローズアップ現代はいい仕事をしていると評価していましたが、この事件を扱った番組を境に考えを改めました。事実かどうかを自ら分析し検証するのではなく、検察の言い分を紹介しそれにお墨付きを与えただけ。時の権力に擦り寄る、提灯持ちの番組でした。所詮はお給料をもらう身、国谷裕子もみのもんたや田原総一朗と変わらない御用ジャーナリストであると悟ったものです。

 

福島県知事収賄事件なるものに関する検事、被告の論旨、2008年8月の東京地裁判決、2009年9月の東京高裁判決をみて、いったい何が問題なのか、断罪するに足る証拠がないではないかという印象が残りました。ひとことでいえばでっちあげ、冤罪というやつです。

 

佐藤栄佐久は知事としてぬきんでていたから外交で辣腕ぶりを発揮した鈴木宗男と同じく霞ヶ関の無能官僚たちからけむたがられ、そのために国策捜査という血祭りにあげられたという説に納得していたのですが、「知事抹殺」を読み、佐藤栄佐久の切実なさけびに頭をなぐられた気分になり、ハテナ、国策捜査って何なのだと思ったのです。シロをクロと云い、無実の人を罪人にする「国策捜査」に価値があるのか。

 

国策捜査とは政治的意図や世論の動向に沿って検察が「まず訴追ありき」で捜査を進めることをいう。

 

検察自身が使用していた用語で1996年の住専事件において、公的資金投入に対する世論の反発を緩和するために政府主導でおこなわれた一連の捜査を指して使用されはじめた。2005年に『国家の罠』で広く知られるようになる。

検察の役割は真相を究明し適正に刑罰法令を適用することである。政治的意図や世論によって捜査をおこなうのは権力の濫用ないしポピュリズムである。はじめから「訴追ありき」で事案を創作するとすれば不当な処罰や冤罪を招く恐れが強いばかりか検察の捜査能力を低下させることにもなる。   (ウィキペディア抜粋

筆者は国策捜査によって庶民の不満を和らげるポピュリズムを全面的に否定するものではありませんが、無から事件をでっちあげ国策捜査だと胸を張る検察官僚は否定します。

 

「知事抹殺」から浮かびあがってきた今の「国策捜査」とは真相を無視する暗黒の世界、無実の人を抹殺する不条理の世界、すなわちスターリンのソ連と変わらない暗黒国家を生む暴力装置でしかないからです。いちど許すと野放図に拡がっていく厄病だからです。

 

「国策捜査」がいつのまにか暗黒、抹殺の「黒殺捜査」に変わっていることが日本にとってはなはだ危険なことであると警鐘をならす次第です。

2009年12月15日(火) @ 北バンクーバー

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まるで豚 横着横暴 日本の検察 (知事抹殺・1)
http://onomar.jugem.jp/?day=20091212

日本の検察 チンピラヤクザ いちゃもんつけるがメシの種(知事抹殺・2)
http://onomar.jugem.jp/?day=20091214

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林雨 第四十八回 日米関係の曲がり角
 

林雨 第四十八回  日米関係の曲がり角  小野冬生

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★なんであれ「○○の曲がり角」という題をつけるとそれなりの話ができます。「日本経済の曲がり角」「自動車産業の曲がり角」「人生の曲がり角」「お肌の曲がり角」・・・


それなりの話にはなりますが「○○の曲がり角」という話で面白いものにお目にかかったことがありません。なぜか。


どこまでもまっすぐで無限のかなたまでみわたせる道がないのと同じで、この世は多少の差こそあれ曲がり角の連続だからです。はやい話、いま「林雨」を読み始めたあなたも読むのをやめて外に出たらまったく違ったことがおきるかもしれません。いまあなたは曲がり角にいるのです。


いつも曲がり角だと知りつつそれでも「日米関係の曲がり角」と題したのは筆者にヤキがまわったのか、それとも数十年に一度という特筆すべきことがあったのか。後者であろうと願っています。


★オバマ大統領が十一月十四日、サントリーホールで行った演説から新しい日米関係の到来を感じた方は多いと思います。かの鈴木宗男議員も演説を聞きにいって感激したとブログに書いています。


アメリカのジュニヤーパートナーに徹した小泉純一郎の路線を改めて、対等な対米関係をつくると言った鳩山由紀夫に呼応するかのようにオバマは「日米は対等の立場と相互理解にもとづき不滅のパートナーシップを築く」というアイゼンハワーの言葉を引用しました。

In two months, our alliance will mark its 50th anniversary –a day when President Dwight Eisenhower stood next to Japan's Prime Minister and said that our two nations were creating "an indestructible partnership" based on "equality and mutual understanding."

ちなみに当時の日本の首相は岸信介ですが、オバマは名前を云わず「日本の首相」と云いました。日本人のあいだで人気がない首相と知った上での計算が感じられます。


★筆者が日米関係の曲がり角ではないかと思ったのは、しかし、演説そのものではなく、オバマの演説を国辱ものだと非難したアメリカ人のブログがきっかけでした。


太平洋国家に擦り寄ることイコールアメリカを辱めることであるという調子で書かれているブログの内容には何らの価値も見出せないのですが、そこに掲げられていた二枚の写真がヒントになりました。


一枚はオバマが天皇と握手をしながらお辞儀をしている写真でもう一枚はマッカーサー元帥と昭和天皇が並んで立っている写真です。


★このアメリカ人はオバマが卑屈に腰を曲げることによってアメリカの形を変えようとしている、マッカーサーは(天皇の隣で自分の手を尻にあてたまま立ち天皇への敬意を表さなかったことによって)ニンゲンがみな平等であるということを日本に教えたと論じています。何とあほらしい論でしょうか。


しかしながらこのあほらしい論の中に、アメリカが日本の形を変えようとしてきた過去が読みとれるなあとも思いました。加害者は自分が被害者から復讐されるときがくることを怖れるものです。


そして当時の日本人の多くがマッカーサーの隣で直立不動の姿勢をとっている天皇をみて大いに傷ついたという話や棍棒でこっぴどく叩かれた犬が飼い主を畏れ、逆らわなくなるという話に思いが至りました。


★オバマが天皇に対してお辞儀をした写真が七十年ちかく続いてきたある世代の日本人のトラウマを癒してくれたのではなかろうかと思いあたり、そうであればそれを以って「日米関係の曲がり角」と呼んでもいいのではなかろうかと思ったという次第です。


以上、日米関係という大きなテーマの底に流れる心理的側面についての考察としては大雑把すぎたかもしれません。そう感じられた方には次の本をお勧めします。著者はオンタリオ州、オークビルに住む版画家・松原直子さんとご姉妹です。


「驕れる白人と闘うための日本近代史」

松原久子・田中敏訳(文藝春秋)

Monday, November 16, 2009 @北バンクーバー

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林雨 第四十七回  成田に関する自分中心的考察
 

林雨 第四十七回  成田に関する自分中心的考察  

小野冬生

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★十月、発足して間もない民主党政権の国土交通大臣が韓国のインチョン空港に流れている日本人客を取り戻すために羽田をハブ化すると話したところ賛否両論が巻き起こりました。

成田が困るとわめいている千葉県知事には笑いました。なんという短絡、なんという幼児的反応。

幼児的反応の向こうをはって成田空港に関して感じてきたことを書くことにします。理論、権威、責任いっさい無し、自分中心のお手軽な考察、時間がある方だけお読みください。


★筆者は
1978年5月、開港して何日もたっていない成田空港からシンガポールに赴任しました。

当時は新聞テレビで「成田闘争」ということばが飛び交い、明日にでもテロ事件が起きるだろうという雰囲気がありました。警察官僚になっていた学友に電話をして無事に出発できるのだろうかと訊いたところ、全く問題ないという返事が返ってきたので拍子抜けし、新聞テレビと警察とはずいぶん違うものだと感心したものです。

今は七時間ほどで行けますが、当時は直行便がなくバンコック経由で十時間ほどかけてシンガポールに着きました。

成田にくらべてはるかに質素なパヤレバー空港から都心へ向かうと道路の両脇はこれまた質素な家や椰子の木が並んでいて、後進国にきちゃったなと気落ちしました。今ふりかえってみると実に良い所でした。


19817月にチャンギ空港ができたときは目を見張りました。都心から空港までの道路は空いているし、空港ちかくに造られたエアポートブルバードはまっすぐ・広々・美しい。非常時には戦闘機の滑走路になるという噂がありました。

チャンギ空港から出張すること十数回。行き先はビルマ、インドネシア、スリランカ、香港、タイ、マレーシア。何と使い勝手の良い空港かと感心したものです。ギル・シャハムが演奏するチゴイネルワイゼンを聴くに似たうっとり感。


1982年9月、日本帰任となり戻った成田は陰鬱な空港でした。灰色の建物、有刺鉄線、バリケード、警官。都心からは遠い、空港の中は動きにくい。音痴ががなる六甲おろしを聞くに似たうんざり感。これではシンガポールに負けちゃうぞと思ったものです。

ほんとうに負けちゃいましたよ。一人あたりGNPで倍も離していたのが、2008年にはシンガポール51,500ドル、日本34,000ドルと逆に倍ちかく離されています。


★今日に至るまで何十回となく成田空港を利用してきたのですが、使いにくさは無くなるどころか、体力の衰えもあって年々増すばかりです。

以前は箱崎ターミナルのロッカーに荷物を置いて、人形町で漬物を買い、八重洲ブックセンターで本を買い、銀座伊東屋で文房具、山野楽器でCD,鳩居堂で香を買ってきて、荷物に詰め込んでそのまま箱崎で預けることができたのですが、それもなくなりました。重い荷物をひきずって都心から空港まで行き、歩きにくい空港のなかを歩くことを思うとついつい買い物も控え目になり、日本の景気は後退です。

まあ、そういう具合で開港以来いっかな良くならない成田空港という次第です。


★インチョンに流れている日本人客を取り戻そうという話はいまさら公言するも恥かしい話です。

読者の方には常識でしょうが、東京圏にある二つの空港はニューヨーク圏にあるみっつの空港とくらべて異様です。

ラグアーディア、JFK、ニューアークの各々には国際線と国内線とがバランスよくあってうまくシンクロしています。

成田は九十もの外国空港とつながっていますが、日本の地方空港とは八路線だけ。羽田は四十もの地方空港とつながっていますが、外国とは四路線だけ。両空港とも国際線と国内線とのバランスが悪く終着駅の様相を呈しています。

ANAが羽田にある国内路線をすべて成田に移し、JALが成田にある国際路線をすべて羽田に移せば、両空港ともニューヨーク圏の空港のようになります。

ちなみにジェットブルーとデルタの二社がJFKを本拠地(ハブ空港)としており、コンチネンタルとフェデックスがニューアークを本拠地にしています。

大臣が羽田をハブ化すると云い、成田が損をすると知事がわめいた喜劇。大臣は国内線の羽田、国際線の成田というヘンテコな棲み分けをなくすと云えばよかったのです。

2009年10月16日(金)@ 北バンクーバー


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林雨 第四十六回 オセロゲーム
 

林雨 第四十六回 オセロゲーム 小野冬生


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★「林雨」がはじまる半年前に筆者は「オセロゲーム・衆院選挙」と題するブログを書いたことがあります。

 

当り前のことを書いたのですが、それゆえでしょう、いま読み返してみると当時の日本にあった熱狂から距離を置いた気分が読み取れます。良く言えば冷静、悪く言えば白けている。

 

以下は2005年9月11日に書いたブログです。

 

オセロゲーム・衆院選挙

 

10日付け夕刊フジの1面は「小泉296確保へ」の大見出し、「自民が単独半数(241)を突破し、公明党との与党で絶対安定多数(296)を上回り、最大で300議席に迫る」という記事だったそうです。

 

ふたをあけてみれば、自民だけで296。公明党をあわせて300を軽く突破、327は衆議院定数(480)の7割弱というチョー大勝利。東京、埼玉、神奈川など首都圏のほとんどの小選挙区で民主党議員がばたばたと消え、自民党議員になった様はオセロゲームのようです。

 

「小泉改革」の本質が分からないまま、「小泉マジック」を支えた人が大勢いたと思いますが、それでもって政治への関心が高まったのであれば大いに結構、熱狂からさめ、冷静に政治が自分にどういう影響をもたらすかを注意すればよいのです。


「私が選んだ小泉さんのすることなら何でも支持する」というのはいけません。「私が選んだ小泉さんのすることをすべて監視する」でいかないと日本の近未来に希望はありません。

「小泉改革」というレベルの改革で良い結果がでるとは思えない、「小泉マジック」のトリックに与みしてはいけないと思う人が増えたときに、政界地図はまたオセロゲームのようにバタバタと変わることでしょう。

 ★ブログに書いた通りオセロゲーム現象が二年後の参議院選挙と四年後の衆議院選挙で起きたわけですが、それでもって「民主党は国民政党」とか「日本の夜明け到来」とか云って興奮している人を見ると、真珠湾攻撃の熱狂に似ていないだろうか、危ういなあという思いにかられます。

 

そんな思いがあって2009年8月31日のブログにはこう書きました。

 

オセロゲーム・衆院選挙

今日の日記は四年前に書いた日記をちょこちょことなおせばできあがりです:

31日未明のNHK速報によると「民主が単独過半数(241)を突破し308 議席を確保した」そうです。

308は衆議院定数(480)の7割弱というチョー大勝利。東京、埼玉、神奈川など首都圏のほとんどの小選挙区で、自民党議員がばたばたと消え、民主党議員になった様はオセロゲームのようです。

「政権交替」の本質が分からないまま、「政権交替」を支えた人が大勢いたと思いますが、それでも政治への関心が高まったのであれば大いに結構、熱狂からさめ、冷静に政治が自分にどういう影響をもたらすかを注意すれば良いのです。

「私が選んだ民主党のすることなら何でも支持する」というのはいけません。「私が選んだ民主党のすることをすべて監視する」でいかないと日本の近未来に希望はありません。

「政権交替」だけでしかなかった。よい結果がでたとは思えないと思う人が増えたときに、政界地図はまたオセロゲームのようにバタバタと変わることでしょう。

2009年8月31日(月)@ 北バンクーバー

昨日とおんなじ内容だけど
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林雨 第四十五回 マクナマラ逝く
 

林雨 第四十五回 マクナマラ逝く 小野冬生

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★七月六日にマクナマラが亡くなりました。享年九十三とは長生きしたものです。

 

日本の空襲のためにB29を大量投入することを主張したとかベトナム戦争時代の国防長官を勤めたというひとですから彼のおかげで死んだ亡霊の群が待っているあの世へ行くのがいやだったのではないでしょうか。

 

あれから五年も生きたのかと割り切れない気持ちになったのですがそれはこういうブログを書いたことがあるからです。

 

          戦争の霧(2004年3月4日記)

日本語で「戦争の霧」と訳されているかどうか知りませんが、ドキュメンタリー映画「the fog of war」をみました。ケネディー、ジョンソン政権の国防長官であったロバート・ストレインジ・マクナマラのインタビュー記録。

1918
年、二歳のときにみた第一次大戦の戦勝の様子を覚えている秀才マクナマラ。長じて第二次大戦の作戦、ベトナム戦争の拡大に関わり、いってみれば戦争犯罪人とでもいえる人生を送ります。

国防長官のあとに世界銀行総裁になるという成功者ですが、無辜(むこ)の人たちを何十万人と殺した責任者のひとりであることに間違いなく、亡霊とむかいあう年になった今、みずからの所業、悪行の正当化を試みようとする老人のあわれさがみえる映画です。

11のレッスン」という副題のとおりマクナマラの信条が手際よく描かれていき、最後、11番目のレッスンが「ニンゲンの本性は変わらない」。戦争はニンゲンの本性であって、自分はそのなかに巻き込まれただけだとつぶやいて映画は終わります。

ニンゲンの本性だから戦争はなくならないと言いたいのでしょうが、もうすぐ死ぬであろう戦争ニンゲンの呪詛を、若い人たちが受けいれる必要はありません。量も質も速度も格段にすぐれた情報を多くのニンゲンが共有できる時代の若者はもっと利口な選択ができるはずです。徳川時代250年、第二次大戦後50年の日本人は戦争をしていないという実例もあります。戦争はニンゲンの本性、とうそぶく人に対しては、あなたの本性はそうかも知れないが自分は違うと言い返せばよい。

哀れな老人ではありますが、映画でみるかぎりマクナマラの頭の回転はよく、どうやら歯も自前のようで、言語がしっかりしていて、ジョージ・ブッシュの意味不明な演説や小泉純一郎の国会答弁(あれで答弁っていえるのですかね)を聴くよりは知的満足感があります。お勧め映画です。
 

★以下が映画にでてきた11のレッスンです。ビジネススクールのおもむきがあり最後を除けば筆者も賛成です。

  1. Empathize with your enemy
  2. Rationality will not save us
  3. There's something beyond one's self
  4. Maximize efficiency
  5. Proportionality should be a guideline in war
  6. Get the data
  7. Belief and seeing are often both wrong
  8. Be prepared to reexamine your reasoning
  9. In order to do good, you may have to engage in evil
  10. Never say never
  11. You can't change human nature

★筆者をあの世で待っている亡霊は多分ゼロ、いつ死んでもいいと思っていますができればディック・チェイニーやジョージ・ブッシュ、小泉純一郎の死に様をみてからにしたいです。彼らがマクナマラと同じように自分は間違っていたと云うかどうかを確かめたいのです。

2009年8月3日(月)@ 北バンクーバー


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林雨 第四十四回 日本民族の精神構造

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林雨 第四十四回  日本民族の精神構造  小野冬生

★今回のはなしは書くか書くまいか迷った末に書かないと決めた話です。ひとつきほど前に起きたことから考えたものですが、時間がたっていない事象に対する認識は人それぞれの主観が勝っている、こういう話は反発を覚える人が必ずいる、書くこともなかろうとなりました。

二日前に知人宅を訪れて帰ろうとしたときに要らない家具があるので貰ってくれないかと玄関脇の小部屋に案内され中をのぞくと本棚が目にはいりました。家具は遠慮させてもらい本を四冊借りました。そのうちの三冊を読んでみて、そうか書けということなのかと思い直した次第です。

★以下が書けと言われているような気分にさせられた個所です。誰の言か分かりますか。ヒント:‘本のジャーナリスト(1965年) ▲▲瓮螢の軍人(1951年)  韓国の政治学者(2004年)

 嶌Fの日本および日本人にとって、いちばん大切なものは「平衡感覚」によって復元力を身につけることではないかと思う。内外情勢の変化によって、右に左に、大きくゆれることは、やむをえない、ただ、適当な時期に平衡を取り戻すことができるか、できないかによって、民族の、あるいは個人の運命がきまるのではあるまいか。」

◆崙本人はすべての東洋人と同様、勝者に追従して敗者を最大限に見下げる傾向をもっている。」

「科学・美術・文化の発展の上から見て、アングロ・サクソンは四十五歳の壮年に達しているとすれば、ドイツ人もほぼそれと同年輩である。しかし、日本人はまだ生徒の時代で、十二歳の少年である。」


「日本では左翼やリベラルな知識人、言論人などを中心に北朝鮮への強い思い入れがあった・・・(産経のような)全国紙ですらも、1959年の帰還運動には好意的な記事を垂れ流していた・・・いつか揺り戻しが起きるのではないか・・・今、その不安は的中し、北朝鮮に対するすさまじいネガティブ・キャンペーンが日本全体をすっぼりとおおっている・・極端から極端へのブレこそ、最も大きな問題かもしれない」

「社会は、ジェンダー、民族的属性、階層的出自、学歴、身体的特徴、年齢などさまざまな差異を持つ人々や集団からなりたっている。それにもかかわらず、日本列島に生まれ、そこで一生を終える「日本人」に共通しているのは、その日本や日本国籍などにまつわる自明的なものへの素朴なもたれかかりである。その結果、民族的少数者や外国人、難民や亡命者などにとってそのような自明性から生まれるさまざまな抑圧や強制が、どれほど当人たちを苦しめることになるのか、なかなか了解されることが難しい。」

★ひとつきほど前に韓国のノムヒョンが亡くなったことにかこつけてあるジャーナリストが「(韓国は)成熟した国とは思えませんね」と書いたのを見て思い浮かんだのは日本民族の精神構造の中に巣くう矮小さであり、この言葉でした。

夜郎自大:
【意味】自分の力量をわきまえず、仲間うちで威張ること。知識も力もないのに尊大にふるまうことのたとえ。
【故事】「夜郎」は漢の時代中国の西南部にあった小国の名前。「自大」は自分を大きく見せる尊大な態度。漢の使者がこの小国に立ち寄った際、漢の強大さを知らなかった夜郎国の王が自分の国の力を自慢したと言う故事による。
【英訳】 act with arrogance and recklessness 
【用例】 日本は世界の田舎者であり、世間知らずであって、勝手放題の一人よがりとなったのである。いわゆる中国人が云う夜郎自大の類である(徳富蘇峰「敗戦学校」)
 
★‖臑霑坩譟´▲瀬哀薀好泪奪ーサー U尚中
2009年7月2日(木)@ 北バンクーバー



 
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未熟な韓国? 

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林雨・第四十三回・五月騒動
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林雨 第四十三回  五月騒動  小野冬生

 

「五月騒動」とでも云いたくなるような騒がしい日本の五月でした。そういえば「うるさい」は「五月蝿い」と書きますね。

 

韓国のノムヒョン前大統領の死、朝鮮の核実験に関する日本の報道をみていて日本はヒステリックな国、あるいは夜郎自大な国だなと感じています。それらについては別の機会に書くとして、今回は同じような違和感を抱いたのに早くも記憶から消えかかっている豚インフルエンザについて書きます。いずれ鳥インフルエンザでも騒ぐかもしれないからです。


「豚インフルエンザ」とか「新型インフルエンザ」とかでは長ったらしいから「豚風邪」とします。
 
インフルエンザと風邪とは別物だそうですが1918年から翌年にかけ6億人が感染し5千万人が死んだインフルエンザを「スペイン風邪」、1957年に2百万人が死んだインフルエンザは「アジア風邪」というから「豚風邪」「鳥風邪」でいいでしょう。


五月十八日(月)にみたTVジャパンは豚風邪オンパレードでした。「NHKニュース」も「クローズアップ現代」もマスクをした人たちの群や何十人もの参加者がいる政府の会議の仰々しさを写しだしました。

 

横浜と電話が通じないと怒鳴りまくっていた舛添 要一(ますぞえ よういち)厚生労働大臣が国民の皆様は冷静にと呼びかけているのには笑いました。オメーが冷静になれ。そんな恐い顔でいわれたらかえって不安が増すぞえ。

テレビに映ったのが実相かどうかは知りませんが豚風邪ごときでパニックに陥ったのであれば日本はどこにでも漂流しかねない危うい国だといわざるを得ません。

以下豚風邪でパニックになる必要がないことを箇条書きにします: 

 

          豚風邪に感染することを恐れるのはばかげている。

          人間は生まれてから死ぬまで何度も何度も病気にかかる。

          豚風邪で死ぬかもしれないと恐れるのはばかげている。

          インフルエンザで何人の日本人が死んできたか。
2007
年は696人。最高記録は1957年のアジア風邪で感染者300万人、死者7735人。

          696人とか7735人とかいう数字でパニックになるのはばかげている。

          日本では年に百二十万人生まれ、百万人死んでいく。

          死因第一位は悪性新生物。いわゆるがん。死者309,465人。7735人の四十倍が死んでいく。

          六位の自殺が32,082人。7735人の四倍。

          豚風邪のための水際作戦よりも貧困から自殺にいたる悲劇をなくすための作戦のほうが先である。

          交通事故による死亡が年に六千人。インフルエンザによる死者が五千人を越えたのは半世紀で三回しかない。

          豚風邪で五千人死ぬとしてようやく交通事故並。豚風邪で学校を閉鎖するのならガソリンスタンドも閉鎖するのがよい。

          豚風邪も鳥風邪も恐くない。

          恐いのは小さな針を大きな棒にみたててパニックを演出し本当に大きな棒を隠そうとする政府である。
 

カナダにおられる方は日本の騒ぎはばかげていると冷ややかにご覧になっていたに違いないと思いますが、日本にいたらマスクをしないのは怪しからんといわんばかりの雰囲気に呑まれたかもしれません。日本に戻られても鳥風邪のときにはヒステリー集団の暴走を止める側に立たれるよう切望する次第です。

 

 

200963日(水)@ 北バンクーバー



 
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林雨 第四十二回  征的言動
林雨 第四十二回  征的言動  小野冬生

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林雨・第一回(2006年4月1日号)に書きましたが筆者は碁をうちます。しかし二十五年まえに初段の免状をもらったきりで上達していません。上達しないのならまだしも最近は信じがたいミスをするようになりました。

「しちょう」という型があります。アタリ、アタリと敵石を盤端に追って取ってしまう石の取り方で将棋でいえば王手を連発して勝つようなものです。

「しちょうを知らずに碁をうつな」という格言があるように初心者でも知っている基本的な型でちょっと集中して石の行く先を思い描けばそのまま進んでいって石を取れるのか取れないのかが分かります。

最近ネットで打っていてこれを間違いました。アタリ、アタリと進んでいき暫くして相手の石が取れないことに気がついたのです。

なまじ経験があるものだからひと目みて取れていると思い込んだのですがネットの向こうにいる相手はすいぶん下手なのがいるとあきれたことでしょう。

似たような格言で「アタリアタリのヘボ碁かな」というのがあります。

アタリをすれば相手が受けてくれるので気持ちが良いのですがそれは一瞬のことであってアタリをするたびに相手が好形になっていくことが多く大概は負けにつながります。

日本はこのように一瞬の快感に酔うがごとくに威勢のよいことを言ったりしたりしたその挙句に失敗するということを繰り返してきたように見えます。

昭和では満州を創った昂揚感のあとの敗戦、平成では株や土地やゴルフ会員権が高騰して浮かれたあとのバブル破裂などが代表的な例でしょうか。

今月はじめにかなり名の知れたジャーナリストの書いたコラムを読んで似たようなことを感じました。

抜粋です。

ここはなんとしても撃墜してはどうか。テポドン2の確認、追尾が難しいということならば、発射されたら「日本を狙っている」と「誤探知」して、撃墜してしまえばいい。

テポドン2が撃墜されれば北朝鮮は壊滅的影響を受ける。北朝鮮のミサイル計画をつぶしたとなれば、これは国際社会の平和と安定を守る上で世界的快挙だ。

このくらいの国際貢献を果たせるだけの能力は十二分に持っているはずだ。


日本を狙っていないと知っていながら撃墜しろと云うのですから正気の沙汰とは思えません。朝鮮が壊滅的影響を受けた場合に起きる混乱が日本にどういう悪影響をもたらすのかも考えていません。

「しちょう」を漢字で書くと「征」ですがこの字の意味は
「征は向こう見ずに勢いよく進むこと」(藤堂明保編 学研漢和大字典)だそうです。

内政が乱れたり経済が不調であったりするときに征的言動が横行するようですが、このような時代にこそ先行きをよく見ることを優先させアタリアタリの騒々しくも虚しい快感を封じるのが賢明ではないでしょうか。


2009年4月30日(木)@ 北バンクーバー


晴れ http://blog.with2.net/link.php?310164

本日二十七位 480 点 
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林雨 第四十一回 国家考
林雨 第四十一回 「国家考」 小野冬生

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★大上段なタイトルで気が引けますがこういう見方もあるかと読み流した上でお考えくださると嬉しいです。

あらかじめ断っておきますが筆者はいわゆるノンポリ、是々非々で生きています。これまで特定の政治団体に属したとか支持する政党があったとかいう経験は一切ありません。

★1984年、西ベルリンから東ベルリンへ入る時にパスポートを調べる係官たちの表情を映画の一場面のように覚えています。

自由に思考することを禁じられるとこうなるのか、自由に思考しているがゆえにベルリンの壁という馬鹿げた現実の中にいることに対する絶望感を知ってそうなったのか。いずれにせよ生気のないことおびただしい暗くうつろな表情で、これを書いている今になってあれこそは奴隷の表情であったと気がつきました。国家の奴隷。

「ベルリンの壁はジンルイの愚かさの象徴だ」とハガキに書いてアメリカ人の友人に送ってから五年後に壁は壊され、そして二十年たちました。

「ベルリンの壁」は決して越えることのできない障害や永遠になくなることのない大きな障害のたとえになっていた時代があったのですが実際に存在したのは二十八年で、筆者がベルリンの壁を見てから今までの時間とほぼ同じ時間です。壁の内側で生きた人にとっては長い時間だったでしょうが永遠という時間からみたら一瞬の存在でした。

そういう一瞬の存在としてはやく崩れてほしいものが日本にあります。いうなれば日本におけるベルリンの壁です。

★佐藤優は「国家の実態とは官僚が社会から収奪して食っていく仕組みにほかならない」と喝破しています。
(佐藤優、桐野夏生対談 「見えない貧困がこの国を蝕む」文藝春秋2008年4月号)

筆者はこれを見た瞬間に感心しました。なんと鮮やかな国家観であるか!

しかし次の瞬間、筆者が四年間すごしたシンガポールはそういう国ではなかった、その一点をもって佐藤優のテーゼは誤っていると思い直しました。

公金を私することは特権だと密かにうそぶき、有効な仕事をともなわない「キャリヤパス」で履歴書を埋め、退官してからは大衆のくらしに役立たない特殊法人をワタリ歩いて羞じない人種で構成されている日本の官僚システムが日本社会からの収奪機構であるというのなら賛成します。

しかしそれはあくまでも「今の日本」という病的な現象を描いたものでしかありません。テーゼとして国家はそういうものであると言われたら受け入れるわけにいかないのはさきほどあげたシンガポールの例で充分です。足りなければノルウェイ、カナダなどもいれたら良いでしょう。

佐藤優が日本国家の実態とは官僚が社会から収奪して食っていく仕組みにほかならない」というのであればうなずきますが、これが国家であると言われてハイそうですか、恐れいりやしたというわけにはいかないのです。

社会から収奪して食っていく日本の官僚システムは日本におけるベルリンの壁であると知って、壁を崩すことが日本の大衆を奴隷にも似た閉塞感、絶望感から解き放つために必要であるし、そうなるであろうと筆者は断じます。

★以上総論じみたことを書いたのは実は佐藤優が発端になったからではありません。最近おきた事件を見て一体どうしてこんなことが日本で起きるのかと考えたのが発端です。

外務省機密費問題、ブッシュ戦争支持、社会保険庁問題、かんぽの宿、などなど日本の官僚+政治家による犯罪行為の総括が一向になされないところにもってきて今度は西松建設の献金問題が脚光を浴びました。

西松建設からの献金先は尾身幸次(二千八十万円)、加藤紘一(千四百万円)、藤井孝男(六百万円)、森喜朗(五百万円)、山口俊一(二百万円)、小沢一郎(三千百万円)、山岡賢次(二百万円)だという報道があります。

その報道の真偽、献金が違法か違法でないか、違法だとしてどう処理するかなどについてはあまり関心がありません。筆者がショックを受けたのは漆間巌官房副長官発言でした。

三月九日の漆間発言趣旨(共同通信):
1) この種の事件は違法性の立証は難しい
(2) 金額の多寡は違法性の認識を立証する上で大きな要素
(3) 検察は本人(小沢一郎)が否認しても起訴できるだけの証拠を持っている
(4) (自民党議員に対する献金の)請求書があっても傍証の一つにはなるが、立件するのは難しい


かみくだいていえば「小沢については金額が高いし検察は証拠を持っているから起訴できる。森については金額が低いし請求書があっても立件できない」というようなことです。同じことをやっても片方は罰するがもう一方は罰しない。ダブルスタンダードといいます。

★ふたたび総論じみた話をします。

日本は法治国家です。

法治国家とは何かというと、国家機関の何人(なんぴと)かに、たとえば役人とか政治家とか天皇とかに絶対性があるということではなく法律に絶対性があるということです。

すなわち日本という国家は国民の代表者から成る国会でつくる法律が唯一の絶対者であるということです。その絶対者の元で日本国民は等しく生きる、絶対者に等しく従う、絶対者に逆らう国民は等しく罰するというのが法治国家・日本なのです。

違反行為をした民主党員は罰するが違法行為をした自民党員は罰しないというダブルスタンダードとは法治国家・日本を真向うから否定する大胆不適な犯罪行為なのです。

★筆者がトロントで銀行の社長をしていたときにはどんなに仕事ができない部下でもクビを切ったりほかに転勤させたりしないということをモットーにしていました。さいわいそういうことは起きませんでしたが犯罪行為があったら別です。

合併をして余剰人員がワンサと増えたときも本社とかけあって解雇しませんでした。それでもって業績は悪化しましたがそれは会社限りのことであって失業者を生まなかったということで社会に対しては貢献したと思っています。

しかし国の内閣と一銀行とは大きく違います。

銀行の場合は業績が悪くても社会に大きな影響はでませんが国の場合は国全体に影響が及びます。仕事のできる官僚がいないという泣き言は別にして、日本のベスト&ブライテストを集めて内閣を構成しないと日本全体が悪くなっていくのです。

ましてやダブルスタンダードの官僚が内閣にいたら効率が悪くなるし、第一国民からの信頼を失います。

麻生太郎首相は自身がよくぶれるからダブルスタンダードの弊に対する感度が鈍いのかもしれませんが総理大臣がいちばん頼りにする内閣官房に不適格な人物がいるのであれば即クビを切るべきなのです。それをしない政治家は官僚からありがたがられることがあっても尊敬の対象にはならないのは自明です。

日本国家の根っ子を腐らせるダブルスタンダードを許す内閣はどのような美辞麗句でもって国の運営をしようとしてもうまくいくはずがありません。国家に対する犯罪者を内閣の中に温存するのはかつて二・二六事件、五・一五事件における不届き者を許したことに似ていずれ日本に大きな禍をもたらすことになる愚かな所業なのです。

★佐藤優からの引用は後味の悪いものでしたが多少味の良い話を引用して終わりにします。

兵隊の中には学者がいるものでございます、どんな岩にも理(すじ)というものがある。大理の理、そいつをさがしだして、その理に沿ってノミを叩きつづけてゆくといつかは大割れに割れるものだ、そういうことを申すものですから、みなでそのとおりに致しますと、本当に割れました、そういう理(り)でもってシベリアの岩をずいぶん割って参りましたといった。

「その学者は、前職は何でしたか」
「飾り職人でございました」

理とはこの飾り職がいうような意味をもっている。理のツクリの里の音は「離析(りせき)」(はなれる)をあらわし、これに玉ヘンをつけて理になると「玉のさけ目、筋模様」をあらわす文字になる、という。中国のむかし、細工人が玉器を作る場合、玉のさけ目やスジ模様 ― 理 ― に従って細工をしたというのである。飾り職人のいうところは、まさに理にかなったことだった。


(司馬遼太郎「昭和史の中の魔物」1988年)

日本のベルリンの壁もそこにある理に従えば崩すことができるということを前提にして日本の国家観を考えてみたら良いと考えます。佐藤優のように国家を絶対視するのではなく、相対的に視て、考えて、行動すればこの国に生まれて本当に良かったという日本を創ることができるだろうと思います。  

2009年4月1日 @北バンクーバー


本日十八位。クリックするかたは自分の運勢よ良くなれと念じましょう晴れ 

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林雨 第四十回 日本@2009年2月
koujunnsha 林雨 第四十回  日本@2009年2月  小野冬生

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二月、某大学から講演を頼まれて日本に行ってきました。

今は歴史に残る大きな変わり目にあるというのが大方の見方ですが、そういう節目だとして二週間強の滞在で見た日本の風景がどんなものであったかについて書きます。素朴な心象描写であってさしたる提言、意見などはありません。


日本は先進国の中でとりわけ不景気だということなので実際はどうかを行く先々で訊いたところ倒産しそうなところから全く影響がないところまでと千差万別でした。


一番ひどいのは京都で有名な一流料理店が東京に出した店でした。鮨カウンターの向こうにシェフが三人。客席は筆者と昔の同僚のふたり。昼から誰もお客がきていない、去年の秋口にくらべて客足が半分になっているといいます。

ふたりが払った料金は二万円。仮にそういう状況が毎日続くとしたら一ヶ月の売上は六十万円。働いているのがシェフ三人、店長、ウェイトレスの五人だとしてひとり頭で十二万円。家賃、光熱費、材料費がでません。


高級飲食店は総崩れかというとそういうわけでもなく丸の内オアゾビルにある某店は満員の盛況でした。

酒も肴も極上で値段は安くありませんが三菱村のサラリーマンという上客が控えているせいかもしれません。


東京で常宿としているホテルは約四百室ありますが最初に泊まった晩は百室も埋まっていないとのことでした。

関西から北陸を回った後ふたたびそのホテルに戻ったのですが朝はやくおきて廊下をみると新聞が配られている部屋は三室にひとつくらい。稼働率三割では損益分岐点を下回るのではないでしょうか。


都内のタクシーに乗ってどうかと訊いて良いという運転士がいないのはここ十数年同じですが、今回は一月から一段と悪くなったそうです。

町中でタクシーに乗る人が少なくなったし、ホテルで開かれるパーティーの数が減っているそうです。秋にくらべて三割減というのが大方の話でした。


金沢で乗ったタクシー(二台)も客が減ったと言いましたが東京の運転士たちに比べると余裕があってくらしに困ることはないとのことでした。普段からの備えがあるのでしょう。


日本に行くたびに水天宮にある手ぬぐいの店に寄っています。手ぬぐいなどは不急不要のものだから売上が落ちていると思ったのですがまったく落ちていないそうです。
 
不急不要でも安価で使い勝手の良い品なら売れるのでしょうか。日本の行く末を占うヒントになりそうです。


総じて日本の経済は三割下落している感じだったと某社の社長夫人に云ったところ、たまにはそういうことがあっても良いのよ、物欲にとらわれてきた日本人に対して神様が休みなさいと云っているのよと返ってきました。

そういう風に考えるひとがいるところに日本の未来に光明があると感じました。


話はがらりと変わりますが、筆者が夙に評価してきた佐藤優の本がどの本屋に行ってもずらりと並んでいました。

しかしその内容たるや「国家の罠」と比べて恐ろしく劣化しています。田原総一朗とつるんでいる姿には目を覆いたくなります。商業主義に乗った佐藤氏にどういう思惑があるのかは知る由もありませんが米原万里が生きていたらあなた何を考えて生きているのと一喝されるのではないでしょうか。
 
銀座、交詢社に行ったら岡本行夫の講演会があると出ていました。あの人の話を聞いて何か得ることがあるのでしょうか。
 
テレビではみのもんた中川昭一を数日にわたって叩いていました。不毛の報道としかいえません。

戦時中でも軍の暴走を批判していた石橋湛山のようにまっとうな言論人がいない日本の近未来はやっぱり暗いのかもしれません。

2009年3月2日(月)@ 北バンクーバー

交詢社
http://www.kojunsha.or.jp/

石橋湛山

私が、今の政治家諸君を見て一番痛感するのは、『自分』が欠けているという点である。 『自分』とはみずからの信念だ。自分の信ずるところに従って行動するという大事な点を忘れ、 まるで他人の道具になりさがってしまっている人が多い。 政治の堕落といわれるものの大部分はこれに起因すると思う。

政治家にはいろいろなタイプの人がいるが、最もつまらないタイプは 自分の考えを持たない政治家だ。 金を集めるのが上手で、また大勢の子分をかかえているというだけで、 有力な政治家となっている人が多いが、これは本当の政治家とは言えない。

政治家が自己の信念を持たなくなった理由はいろいろあろうが、要するに選挙に勝つためとか、よい地位を得るとか、 あまりにも目先のことばかりに気をとられすぎるからではないだろうか。 派閥のためにのみ働き、自分の親分の言う事には盲従するというように、 今の人たちはあまりに弱すぎる。
たとえば、選挙民に対する態度にしてもそうである。 選挙区の面倒をみたり、陳情を受けつぐために走り回る。 政治家としてのエネルギーの大半を、このようなところに注いでいる人が多過ぎる。

http://www.ishibashi-mf.org/


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本日20位

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林雨 第三十九回 あるべき日本
林雨 第三十九回  あるべき日本  小野冬生
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一月二十日(火)。オバマの大統領就任祝いをしようといって知人夫妻が自分たちで造った日本酒を持ってやってきました。彼らが造る酒は長持ちしませんが旨さといったら皇室御用達になっている吟醸酒の上をいっています。



この日の酒はピンク色でした。ワイルド・ライスを混ぜるとこういう色が出るのだそうです。乾杯をしたあと福井県で作られた一夜干しの魚を炭火であぶりながらオバマの晩餐会よりもこっちのほうが旨いよねえと悦にいりました。

話は日本のことになりました。酒を飲みながらの与太話ですが同じようなことを考えている方がおられるのではないか、であればそういう方へのエールになる、日本に明るい未来を見出せないと悲観されている方がおられるのではなかろうか、であれば何かのヒントになるとこじつけて一部を紹介します。

話の大筋は江戸時代末期の日本人のくらしは豊かであったようだ、ああいう日本に戻ろうではないかということでした。

当時あった豊かさとは以下のごとくです。この目でみたわけではありませんから美化しているかもしれませんがあるべき日本を考えるには美化するくらいが良いでしょう。

出来立ての酒を飲むような豊かさを取り戻しましょう。

大量生産大量消費というシステムでは造る人と使う人との関係が無機質になり造る人に喜びがなくなり、そこから偽装とか手抜きとかいう犯罪が自然発生するのだと思います。少量生産少量消費なら個と個のつながりが見え、あるべき感謝と尊敬の念が死なず、従って犯罪もミスも減るでしょう。

くらしの基本は豊かな衣食住です。

日本の住宅数は世帯数を上回っていますから住は充分にありますが食は世界情勢が変われば危機的なことになります。

1965年から三十年でもって70%から40%まで落とした日本の食料自給率を回復させましょう。福井の一夜干しのように旨いものを各地でつくりましょう。

知人が当時の日本人の識字率は90%だったと云いそこから寺子屋教育にもどそうという話になりました。

筆者は小学生時代にそろばん塾と習字塾とに通ったことがあります。いずれも畳の上に正座して学んだのですが、玄関に入ったら下駄をそろえてから上がる、使ったあとの机を片付けるという繰り返しがあったのが良かったと思います。けじめ、整理整頓というものが組み込まれていたわけです。

習字塾でとった写真をみると先生も生徒たちもみんなニコニコ顔です。チーズなんていわなくてもおおらかに笑っていたのは先生の教えよろしくしっかりした根とまっすぐな幹が育ちつつあって愉快だったからでしょう。

「寺子屋教育にあって一斉教育に無いのがしつけ、けじめ、正直。一斉教育が歪んでいるからそこでトップになる子供ほど歪んでいる」

「衣食足りて礼節を知らない学校秀才」

公私混同を羞じない官僚たちが増えている現状をみるとそういう命題が成り立ちます。あるべき日本ではありません。

2009年2月1日(日)@ 北バンクーバー


本日19位   ♪
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68位 Shabby House にアメリカで家を借りるときに断られる犬のはなしがありその中にある日本犬が入っています。偏見とは恐いものです。
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林雨 第三十八回  ガンバ日本
林雨 第三十八回  ガンバ日本  小野冬生
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元旦。オバマから就任式典に参加しないかというメールがきたので写真のような賀状を送りました。




「平和を愛し戦争をやめる」というメッセージをいれた賀状を出すようになって五年目。

ことしは北バンクーバーのスキー場で二人が話しています。Thank god W is gone. ありがたやWがいなくなる。

Wとはジョージ・W・ブッシュです。本人がWをダブヤと発音するものだからDubyaというあだ名があります。Bushにitをつけたのや阿呆太郎にくらべれば穏健です。

Godを小文字にした心境は省略。オバマが登用する高官たちの顔ぶれをみて彼の「変革」が羊頭狗肉ではないかと危惧している筆者の気分をクリスチャンのオバマは読めるか。


元旦の夜「NHKスペシャル・激論2009世界はどこへ そして日本は」という番組を見た方がおられると思います。

小泉首相の経済指南役だった竹中平蔵や外交顧問をつとめた岡本行夫が金子勝らに批判されました。

小泉政治の本質が「強きを助け弱きを挫く」であったと多くのひとが理解したいま選挙をやれば自民党は負けます。

それでも自分を正しいと主張する竹中には驚きました。アメリカが大統領選挙を通してブッシュ政治を総括したのに比べて日本は小泉政治の総括ができていない故だと痛感しました。


筆者はこう考えます。

どんな集団にも正規分布のごとき事象が現れる。学生なら秀才と鈍才を両極にした分布ができ、個人の家計であれば貧富の差がでる。

世界をあなたのクローン人間だけにしても同じです。うまくたちまわって富むあなたが生まれ、ドジでホームレスになるあなた。ノーベル賞のあなたも犯罪者のあなたも生まれます。

気の毒なあなたに目を配るのがあるべき政治だと考えます。


「自己責任」「市場主義」のレッテルでもって弱者に対して非情にふるまった政治を総括し否定することです。

「国際貢献」とか「民主化」とか「テロとの戦い」とかいうレッテルの蔭で殺されたり、レイプされたり、かたわにされたり、略奪されたりしているあなたに想いを馳せることです。

アメリカであれ中国であれ、どの国の偽善にも加担しない日本であろうと発信する政治家を支持することです。国連の常任理事国なんて百年後で構いません。

ガンバ日本。オバマの変革に負けるな。


2009年1月5日(水)@ 北バンクーバー


おのまの前を走っているのは四人だけです。トン子さんも好調、37位にあがってきました。



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クリックされる方は「自分の運勢よ良くなれ♪」と念じてください。

長いのがいやと言う方は「良い運♪」と念じ、もっと短いのが良いと言う方は「♪」をイメージ。

毎日やれば霊験あらたかと悪魔・斧魔が云っています。

風流・おのまは色を変え「♪」です。
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林雨・第三十七回・八十年前のおさらい
林雨 第三十七回  八十年前のおさらい  小野冬生

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大方の予想通りオバマが危なげなく大統領選挙を制しました。

勝ったすぐ後に行われたオバマの大統領受演説のなかにこういうくだりがありました。

「The road ahead will be long. Our climb will be steep. We may not get there in one year or even one term,・・

道のりはながい。急な坂がつづく。目指す所に一年あるいは四年でもたどりつけないかもしれない」
 

話はそれますが、二十年前の暴落と八十年前の暴落がごっちゃになっている政治家の報道にはうそ寒い思いがしました。

「麻生太郎首相は22日夕(日本時間23日朝)ペルーのリマ市内で同行の記者団に対し語った:
このドーハラウンドについては、基本的には1929年のブラックマンデー、なんでしたかね、大恐慌のときの話の後は・・

(11月23日 10時9分配信 産経新聞)」

経済や経営に強いと豪語するのならこれくらい頭に入れておけよ:

ブラックマンデー:1987年10月19日(月)
暗黒の木曜日:1929年10月24日(木)

ちなみにブラックフライデーはご存知ですか。毎年十一月、第四木曜日・感謝祭の翌日のことです。一年最大のショッピング日だから商店の帳簿が赤字から黒字になるという良いブラックです。今年はウォルマートに押しかけた客たちに店員のひとりが踏み殺されました。


オバマが選挙後はじめてテレビにでたのは十一月十六日、60 MinutesというCBSテレビ番組でした。最近何を読んでいるかとスティーブ・クロフトに訊かれてFDRの最初の百日に関する本と答えていました。

どの本なのかがしばらくのあいだ話題になっていましたが後になってスポークスマンから次の二冊だと発表されました。

The Defining Moment: FDR’s Hundred Days And the Triumph of Hope, Jonathan Alter (Newsweek記者)

FDR, Jean Edward Smith(伝記作家)

オバマは他にも八十年前の本を読んでいるようです。この際、私達も、今日とどこが似ているのか違っているのかを考えながら当時の様子をおさらいしたら良いのではないでしょうか。特に株の売買をされている方は今が八十年前のどの年に当たるのかを考えると方針が固まることでしょう。

ざっと当時を振り返ってみます。


1928年の大統領選挙で圧勝したのは「どの鍋にも鶏を一羽、どのガレージにも車を二台」というスローガンを掲げた共和党のフーバーでした。
Herbert Clark Hoover 1874-1914

フーバーは1929年3月4日の大統領就任演説で「アメリカはどの国の歴史にも見られなかったほど貧困に対する最終勝利日に近づいている」と花火をあげました。

大恐慌が起きるわずか239日前のことですからブッシュ戦争を支持した日本の政治家、外交官、報道人と良い勝負の勘の悪さです。


1920年代のアメリカは第一次世界大戦の軍需で工業が発展し、始まったばかりのモータリゼーションが躍進をつづけていて「永遠の繁栄」と浮かれていました。

すでに農作物を中心に余剰が生まれていたのですがヨーロッパに輸出していたため深刻に捉えていません。しかし農業の機械化が進んで余剰は過剰になり、やがてヨーロッパの農業が復興してチョー過剰になります。

平和になり軍需が落ち他の生産も過剰になっていきます。過剰を余剰にそして正常に戻す過程でアメリカの鉄道や石炭部門が不振になっていきます。


こうして実態経済の熱はさめていくのですが「前向き思考」のひとたちがあおる投機熱にかかる人が増えてアメリカの株式市場は1924年中ごろから長期トレンドに入っていきます。

五年でダウ平均株価は五倍になり、1929円9月3日には平均株価381ドル17セントを記録します。これが最高記録でした。

てっぺんまで昇ったジェットコースターは下降します。株価は一ヶ月で17%下落しました。でも次の週には下落分の半分強ほど持ち直しました。でもその直後にまた上昇分が消えました。この乱高下、昨今のそれに似ていませんか?

そんなことが二ヶ月続いて10月29日の大暴落が起きます。「暗黒の木曜日」のあとは上がったり下がったりしながら三年かけて二十年前の水準に落ちていきます。


「どの国の歴史にも見られなかったほど貧困に対する最終勝利日に近づいている」とぶち上げたフーバーは目の前にくりひろげられている投機熱しか見ていなかったのです。過去、現在の実相が見えない、未来が読めない単なる愚者だったというわけです。

「しばらくすれば元の景気に回復する」という根拠の無い楽観でもって政府による経済介入を最小限に抑えたり、スムート・ホーレー法という、一見するとホームレス法と間違いそうなのをでっちあげて保護貿易にし世界経済を冷やしました。

ブーイングをくらったフーバーは一期でお払い箱、1934年に民主党のルーズベルトが大統領になります。
Franklin Delano Roosevelt 1882-1945

FDRは大統領就任後の百日でもってニューディール政策なるものの主要な政策を実行に移しました。ニューディールの目玉は赤字財政でもって金をばら撒く一時しのぎ、点滴です。

点滴のおかげで1930年代なかごろになると経済回復のきざしが現れたのでFDRは均衡財政に戻そうとします。そのとたんに景気は逆戻り、1930年代後半には危機的な状況になります。点滴だけでは健康体になれないのです。

結局のところ第二次大戦の軍需増加によってアメリカは回復するわけで、そうしたことからニューディール政策が成功したかどうかについて賛否両論があるのです。政策のいくつかは最高裁で憲法違反だとされています。


第二のFDR・オバマは莫大な公的資金投入が一時しのぎの点滴だと知って「道のりはながい。急な坂がつづく。目指す所に一年あるいは四年でもたどりつけないかもしれない」と云ったのでしょう。

経済現象は津波に似て時間差攻撃です。不愉快なことは見ざる、云わざる、聞かざるという猿は溺れて死にます。今しばらくは八十年前に起きた現象を考えながら活動されるのが賢明だと思います。

2008年12月3日(水)@ 北バンクーバー

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林雨 第三十六回  めでたしめでたしか
ただいま当地は十一月二日(日)

米国大統領選挙(四日・火)まであとふつか。一日(土)はオバマもマケインもバイデンもペイリンも遅くまで運動をしていました(朝のテレビ・ニュースによると)

オノマはVSO(バンクーバー交響楽団)の演奏会のあと数人とともにVSOの中国、韓国ツアーから戻ってきた長井明さんを囲んで十時過ぎから夜中の二時まで飲みました

オクトパス・ガーデンの皆様、遅くまでごめんなさい。オノマはもう閉まる頃だろうから近くのパブで飲もうと言ったことをお忘れなく(笑)

こんなに遅くまで飲んだのは何年ぶりかです。心臓の動きがおかしいです



リンクしてある「トン子・Shabby House」がひとつき以上も更新されていないので気になっていましたが、なんと火星に移住したそうです(笑)。なにはともあれ無事でよかったです



林雨 第三十六回  めでたしめでたしか  小野冬生

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米国大統領選挙のちょうど一週間前に書いています。

以前にも書きましたが、筆者はReal Clear Politics というサイトを通じて、ワシントンポストやニューヨークタイムズなどのコラムやオバマ、マケイン、あるいはブッシュのサイン入り記事などに投稿してきました。一月以来サイトに現れた筆者のコメントは百本ほどになるでしょうか。

筆者は五年以上にわたってブッシュ戦争に反対してきましたから、オバマ支持の立場で書いてきました。さいわいにして本日現在の世論調査ではオバマ圧勝の様相、残る一週間は投稿せずに高みの見物をするつもりです。

十一月四日にはオバマが圧勝してめでたしめでたしかというとそうとも言えません。

オバマ・マケインの最後の討論会でブッシュの最大の愚行であるアフガン侵略、イラク侵略についての討論が足りなかったことがひっかかるのです。

昨年夏からくすぶっていたサブプライム問題が一年後にキノコのようにふくらみ、九月には百五十八年の歴史のあるリーマンブラザーズが破綻し、十月には恐慌の様相となったので米国民の関心が国内問題に収斂するのは仕方ないとは思いますがそれにしてもです。

ハロウイン(十月三十一日)と選挙を結びつけた漫画にホワイトハウスを化物屋敷のように飾ったのがありました。

ホワイトハウスに垂れ幕が掲げられていて「Welcome Barack」とあります。オバマの当選を織り込んでいるのです。

垂れ幕の右にぶら下がっているお化けのキャスパーにはjobと書かれています。失業問題。その他、拷問部屋と書いてある箱、健康制度と書かれた棺おけ、連邦政府予算破綻、環境、賃金、世界経済などと書かれた墓石、赤字と書いてあるつぼなどが描かれています。しかしイラク戦争とアフガン戦争が描かれていません。

戦争に勝てないという諦め、ベトナム戦争と変わらない無意味な戦争であったという悟り、忘れたいという気分を見る思いがします。

2006年の中間選挙で民主党が上院も下院も過半数を占めたときには、ブッシュ、チェイニーの弾劾に至るかもかもしれない、そうならアメリカには健全な精神が残っているのだと期待しました。しかし現実にはそうならず、ラムズフェルド国防長官の首切りだけで終わりました。

2008年の6月11日に米国下院でデニス・クシニッチ議員がブッシュ大統領の弾劾決議案を提出し賛成251 反対156で司法委員会に送付することになった時には、これは単なる儀式であって司法委員会は棚ざらしにすると冷ややかな目でみていました。

「ブッシュ弾劾、大事件」と興奮した日本の外交官OB氏がいましたがアメリカの気分が読めてないと思いました。ブッシュ戦争を支持してしまったアメリカはうやむやな時間を稼ぎ、オバマを大統領に選ぶことによって自らの愚を許そうとしている、ブッシュを弾劾しようという気分にはない。

米国の歴史をみると民主党の時代でもアメリカは弱い国と好んで戦争をしてきました。大統領になったあとのオバマが公約通りにイラクからの撤退計画を遂行するのかどうか、アフガンでタリバンと話し合うのかどうか。

筆者がオバマを攻撃するコメントを書くようなことにならないことを切に望む次第です。

2008年10月28日(火)@ 北バンクーバー

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林雨 第三十五回  でっち上げ
林雨 第三十五回  でっち上げ  小野冬生

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今場所の大相撲番付表には空位がみっつあります。幕内にふたつ、十両にひとつ。前代未聞の番付表はオタカラ。日本におられるかたは手にいれておいたらいいでしょう。

周知のとおり空位ができたのは大麻を吸っていたという理由で三力士が解雇になったからですが、これに疑問を抱いた人がたくさんいると思います。

一人は現物を所持していたし自白もしたから間違いなく黒ですが、残りのふたりは尿検査で大麻の成分が検出されただけで現物は持っていませんでした。ふたりは無実である、再検査してほしいと主張しましたが入れられず解雇されました。

ハードエビデンスはない、被疑者の主張を無視、再検査せず、でもって解雇という経緯を見て二力士は冤罪の被害者ではなかろうかという疑問が生じます。少しでも法律を勉強した方ならin dubio pro reo(疑わしきは罰せず)に反すると思われたことでしょう。

冤罪・えんざい:無実の罪、ぬれぎぬ(広辞苑)

冤:兎(うさぎ)の会意文字。兎のかこいの下にありて、走るを得ず、屈折することなり。無理におしこめること(学研・漢和大辞典)

すべてではありませんが、冤罪には積極的な悪意をもって作られるものが少なくありません。政治的意図からある人を犯人に仕立て上げてしまう。いわゆる「でっち上げ」です。

でっち上げの被害者といえば佐藤優氏と鈴木宗男氏。

2005年、文藝春秋六月号で「起訴休職外務事務官」という聞いたことの無い肩書きを使った人の論文を読んで感心したのがきっかけで、佐藤優なる外交官の著書をすべて読み、雑誌、新聞での発言の多くを日本にいる友人から送ってもらうこと三年。

佐藤優氏が初めて書いた本「国家の罠」を一読して唖然、暗然、呆然、憮然。同氏は512日のながきにわたって拘留されますが、その原因が外務省のでっち上げであったことが明らかにされています。

日本の外務省とは、また検察庁とはかくもオツル組織であるのか、呑気なことをしておられないという気持ちが昂じてノンポリの筆者が、そして外務官僚、検察官僚になった学生仲間がいる筆者が色々調べ、発言するようになっていった次第です。

「国家の罠」を読んでいるあいだは怒りで体がわなわなと震え、佐藤氏の無念に涙が浮かびましたが、反面おやっと思いました。読んでいる当方が激情にかられているのに、佐藤氏は怒りや怨みを書いておらず冷静です。

冷静というのではなく神経が麻痺しているのじやないだろうか。長期にわたる拘留で精神が崩壊したのであろうか。それともノンキャリと言われる官僚はキャリヤ官僚に対してそもそも無抵抗、無気力なのだろうかと痛ましくもなりました。

たとえばこういうくだりがあります

「国策捜査が行われる場合には、その歴史的必然性があります。当事者である検察官も被告人もその歴史的必然性にはなかなか気づかずに、歴史の駒としての役割を果たしているのでしょう」

君い、歴史的必然性と洒落るのはいいけどでっち上げを正当化するようなことは書くなよ。悲劇の主人公として同情を買うつもりはないという矜持があって他人事のように冷静を装うのは一向に構わないが不正を見過ごす日本であると決め付けてくれるなよ、です。

当時の佐藤氏は無名に近かったので筆者は色々な人に「国家の罠」を買うように勧めたり本を貸したりしたものです。進呈したこともあります。外務省では読むなという緘口令がしかれたそうですが、筆者の努力があって佐藤氏はひろく読まれるようになりました。半分冗談ですが。

佐藤氏は次々と本をだし、いまや日本の言論界のなかで無視できない存在となり、佐藤氏を気の毒に思うシンパが増え、並みのキャリヤ外交官では太刀打ちできないパワーを持つようになりました。こうなると強いですね。遠慮など無用。

佐藤氏は一年ちょっと前から「文藝春秋」で「インテリジェンス交渉術」という連載を書いています。大使OBによくある能天気な回顧録や我田引水ナルシスト的自慢話などと違って第一線での切った張ったが詳細かつ良く整理されて書かれています。連載が終わったら単行本になり、貴重な歴史資料として残るでしょう。

貴重な歴史資料ですが、ところどころに佐藤氏の怒り、怨みが出てきます。「国家の罠」で抑えていた怒り、怨みの思いが徐々に解放され、そしてこのごろは一気に噴出しているがごとく外務省高官の破廉恥ぶりを書いています。このコラムを読んでいるかもしれない某大使は銀座での飲み食いを新聞記者にたかっていた、某課長は芸者にオムツプレイをせがんだ、政治家にウソつくなと怒鳴られてアルマジロのように丸くなった某氏などという話が実名ででてきます。オムツプレイって何ですかね。

佐藤氏が残した貴重な歴史資料を未来の歴史学者が読んでいてそういうところが出てくると息抜きになって面白がるでしょうね。うちの先祖にはそんな破廉恥なのがいたのかと嘆いている人の顔などは想像するだけで面白いです。

まあ、そうやってうっぷんを晴らせるようになった佐藤氏は安全ですが、晴らせないままどこかに見えなくなってしまうとすれば二力士は危険です。

冤:怨(押さえ込まれた心→うらみ)と最も縁が近い(学研・漢和大辞典)ともあります。

ふたりに生じた怨みの念が見えないところで沈殿し、日本人、日本に対する嫌悪感が増殖し、ある日とんでもないところでしっぺ返しを食らうような気がします。

法のもとにおける秩序とか平等とか正義とかいうものとおよそ逆のところにあるでっちあげを許していると世の中はくらくなります。

この十年で日本は閉塞した国になったと言われますが、閉塞などという生易しいものではなく「くらい国」「暗黒社会」と言ったほうが実情を表していると思いませんか。不祥事が多すぎると思いませんか。始めのころはエーッと驚いていたけれど近頃はマタカヨと慣れっこになっていませんか。こういう状況をつくった遠因のひとつが大小さまざまのでっち上げであるような気がしてならないのです。

2008・09・15 @ 北バンクーバー

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原稿・ 林雨 第三十四回 「ビルマの花」ふたたび 
林雨 第三十四回  「ビルマの花」ふたたび  小野冬生http://www.japancanadajournal.com/

一年前の「林雨」で「ビルマの花」という本を紹介しました:

戦記を読むと「殺伐」とか「悲惨」とかいうものがストレートに伝わってくるのが多いのですが、「ビルマの花 戦場の父からの手紙」(福田恵子著・みすず書房・1988年8月発行)に収められた娘・恵子にあてた秋葉昂(あきばこう)中尉が送りつづけた手紙にはのぼのとした風景がたくさんあります。

さいごの数通以外はすべて色鉛筆で描いた鳥、花、山、船、子どもなどの絵がついていて、秋葉昂というひとの精神性や良き庶民のくらしぶりが伝わってきます。

戦争あるいは政治について語りたいというひとには読んでおいて欲しい本ではあるのです。


「ビルマの花」についてはブログにも書いていたのですが、一年ちかくたってから思わぬ方からコメントを貰いました。コメントへ返事を書き、またコメントを貰うという過程を通じてネット時代におけるヒトのつながりの妙を改めてかみしめるとともに、敗戦から六十三年たつとこういうこともあるのだと感慨にふけったものです。今回はその模様を紹介します。

2008/07/27
はじめまして、昂の孫です。伯母の書いた「ビルマの花」を気まぐれで検索していたら偶然この「木霊の宿る町」に出会いました。祖父(昂)の絵を気に入っていただけた(?)ようで嬉しく思っています。父「肇」にもこのページの存在を知らせたところ、とても喜んでいました。ただひとつ、昂の苗字は「秋葉」ではなく「秋庭」が正解です。

2008/07/28
秋庭昂さんのお孫さんのお目にとまってとても嬉しいです。秋庭さんの絵からは色々な善いものが伝わってきます。ご指摘ありがとうございました。とりいそぎ調べたところ2007年8月の10、11、12、14、16日に書いていて、すべて秋葉になっていました。失礼しました。

2008/07/28 
早々に修正ありがとうございます。来週は昂の命日なので善い話が報告できそうです。「おじいちゃんの絵にファンができたよ」
 
自分の絵を見た人がそれをまねて描いてくれる、というのは描いた本人にとって嬉しいことです。昂も著者の恵子も絵を描くことを楽しんでいました。どうぞ、絵を描くことをどんどん楽しんでください。

2008/07/28 
命日は八月六日、六十四回目でしょうか。

秋庭昂さんが恵子さんの絵を手本にして描いた絵がありますが、描いているあいだ昂さんは恵子さんの生を生きたような気がします。私も鳥の絵を真似したときは秋庭さんの鳥へ寄せる暖かい目を持ち、船の絵では夜光虫を見ている秋庭さんの気持ちが分かるような気がしました。

2008/07/28 
著者の恵子も数年前に他界しましたので、昂については父に聞きながらのお答えになっています。その父(肇)もこのようにお気にかけていただけることを喜んでいます。命日は昭和十九年八月六日とのことです。
 
この時期、昂の住んでいた栃木県足利市では明治三十六年から続く花火大会が開かれ、毎年30万人規模の人々が集まり夜の渡良瀬川河川敷はとても賑やかになります。

2008/07/31 
福田恵子さんが他界されていると知ってボーっとしました。改めてみたところ「ビルマの花」は二十年前に発行された本でした。昂さんも百歳を超えられた・・
      
三十代なかばの肇さんが東北本線の列車の中で偶然に会った人から「お父さんはアキバさんという将校さんじゃないかい?」と訊かれるくだり。さらりと書かれていて、それだけ胸があつくなりました。
 
本には秋庭さんが「渡良瀬川の流れる関東平野を一望の下におさめる小さな山の中腹」に休まれているとあります。花火の見えるところなのだろうか、それとも音だけが聞こえるのだろうかなどと想像しています。

2008/08/06 
渡良瀬川の花火を見てきました。お墓参りもしてきました。「山の中腹」は高く上がった花火がきっと見えるでしょう。音は市内に響き渡るほどの大きさなのでしっかり聞こえたでしょう。
 
何しろそこは山の斜面を切り開いたところで、東南を向いていて、日差しを遮るものが何もなく、じりじりと暑かったです。お茶と小さな饅頭を二つ供えて来ましたが、父に「早めに回収しておいて」と頼んだほどでした。

2008/08/06
「ビルマの花」を読んだあとに残っていた一抹の寂しさが渡良瀬川の花火の音とともに薄れるようです。

以上をもって秋庭さんのお孫さんとのやりとりは終わりましたが、お蔭さまでことしはかつてなく穏やかな気持ちで八月十五日を迎えることができました。
2008・08・16 @ 北バンクーバー

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林雨 第三十三回 身辺雑記
林雨 第三十三回  「身辺雑記」  小野冬生

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平塚さんから今回は何を書くのかと訊かれました。

筆者は当り前のことを正しい日本語で書いているつもりですが、平塚さんは内容と表現に時々(?)ハラハラすることがあるようで原稿が直されたりします。たとえば「吠えなきゃいけない相手に向かい尻尾を振ってる犬」というのがありましたが、原文は「吠えなきゃいけない相手に向かい尻尾を振ってる馬鹿な犬」でした。

書き手の正義と抵抗は編集長の良識と弾圧に勝てない(笑)。いつもなら書きたいことがいくつかあるのですが今回は何も浮かんできませんと下手(したて)にでたところ、ほっとされたような声で身辺雑記でも結構ですと言われました。

ということで「身辺雑記」という題をつけ、さて何を書こうかとこのひとつきを振り返ってみましたが、自分の身辺にも世界にもさしたることはなかったなあという思いがします。

六カ国協議、竹島、尖閣列島問題など国家的な規模から秋葉原での通り魔事件、山本モナ&二岡智宏のラブアフェアのような市井規模のできごとまで、いずれをとっても目新しいことではない、コメントするまでもないという思いがします。モナ、二岡に至ってはなじみのない名前だし、三十すぎの男女がラブホに入ったことをどうこう言っても始まらないじゃないかと脱力感のようなものを感じます。

そうそう、バラク・オバマが民主党の予備選に勝ってからひとつきたちました。その後を振り返ってみましょう。

オバマとヒラリー・クリントンとの共同会見という手打ち式がニューハンプシャー州で行われましたが、半年もネガティブキャンペーンをみてきた後だったので違和感を覚えました。いえ違和感などというのは格好つけ。正直に言うとこうです。

アメリカの漫画で描かれているとおりヒラリーの下半身はカボチャ。一方オバマは贅肉がない。メタボの老女とスリムな壮年が恋人同士のようにハグする光景のキモイこと。「キモイ」なんていけませんか。ではグロテスク。

グロテスクな手打ち式を欠席し、イギリスで行われたネルソン・マンデラの誕生会に出ていたビル・クリントンはオバマが自分のケツにキスをさせてくれと頼んでこない限りあいつとは会わないと言って周りをのけぞらせました。

モニカ・ルインスキー嬢との桃色遊戯にふけったビルの面目躍如ともいうべき下劣さ、で終わっては当り前すぎます。

ビルはヒラリーからあたいは副大統領になるチャンスが残っているんだからあんたは来たらダメよと言われたのではないでしょうか。

オバマはヒラリーに和解の電話をしましたが、ビルとは話していません。自分の居場所がなくなったビルは強がりを言うしかなかったというのが筆者の読みです。哀れなるかなビル。というか、ジャパンバッシングのビル、ざxxxろ。

ヒラリーの選挙資金集めをしていた有力者がヒラリーを副大統領候補にしないのはおかしいとオバマに電話で抗議をしたところ、ヒラリーは副大統領候補者リストに入っている、でも夫が元大統領なのでその辺が問題を困難にしているという応えがあったという報道がありました。

ヒラリーはビルのせいで副大統領になれないのだという論法でヒラリーの面子を救った、これにて一件落着。というのがこの有力者の意図だったのではないでしょうか。

以上、「さしたること」のないひとつきでしたが、次回書くときは、あれはチョー大事件の前兆、「嵐の前の静けさ」だったとなるのかもしれません。乞うご期待 ♪

2008年7月15日(火)@北バンクーバー

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林雨 第三十二回 大統領選挙雑感
林雨 第三十二回  「大統領選挙雑感」  小野冬生
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安易にして無責任なる「雑感」が続きすみません。米国の大統領選挙を追いかけてきてやや疲れています。

ヒラリー・クリントンが大統領候補選挙運動をやめると表明しました。

クリントンに勝つみこみがないのは二月に分かっていたことなのですが、クリントンはネガティブ・キャンペーンを軸とする運動を続け、挙句の果てにオバマ暗殺もあると言わんばかりの発言をしたのにはあきれると共に緊張しました。

クリントン夫妻は自分の側近を含めていくつかの不審な死に関わっているという説があり、今回の選挙運動でも長年にわたってクリントンを支えてきた仲間たちを切リ捨て、そのあとは口もきかないといいます。クリントンの本性が無慈悲であるとすればオバマ暗殺が頭の中にあったとしても当然ですが、それを口に出すところにクリントンの知的水準がみてとれます。

オバマが必要代議員を獲得した六月三日(火)になってもクリントンは自分こそが大統領候補にふさわしいと主張して撤退表明をしなかったのですが、さすがに自陣の中からも批判の声がでて、六月七日(土)にしぶしぶ撤退演説を行いました。

クリントン撤退の前後には「オバマ大統領・クリントン副大統領のドリーム・チケット」なるものが何度も話題になりましたが、一週間後の今はクリントンの名前は殆ど出てこなくなりました。クリントン夫妻の時代は終わったのではないでしょうか。

筆者は早くから「オバマ&クリントン」は「ドリーム・チケット」ではない「ナイトメア・チケット」だとコメントしてきましたが、最近では「ナイトメア・チケット」という言葉は認知されコラムニストたちも使うようになっています。

クリントンの撤退表明のあとは少々気が抜けたような気分で過ごしていたのですが、六月十三日(金)の午後になってティム・ラッサート(Tim Rassert)が収録中に倒れ、亡くなったというニュースにはショックを受けました。

毎日いろいろな人が死んでいきますが、ラッサートの死には自分でも驚くほどのショックを受けました。多くのアメリカ人と同様、ラッサートに親近感を抱いていたようです。

毎週日曜日、NBCテレビで流れるミート・ザ・プレス(Meet the Press)の人気は他のテレビ局の政治番組をおおきく引き離してきましたが、それはラッサートのお蔭であったわけです。

用意周到な準備にもとづいて、ポイントを外さないラッサートのインタビューぶりを見ていると、商業ジャーナリズムの中に身をおいていても、真のジャーナリストであることは可能なのだという見本のような人でした。

それに比べるとジョージ・ステファノプロス(George Stephanopoulos・ABCテレビThis Weekの司会者・元クリントン大統領の側近)は御用ジャーナリストの見本。

日本のジャーナリストの中にステファノプロスはいてもラッサートはいないというのが筆者の嘆きでしたが、そのラッサートがいなくなってしまったらアメリカも日本のようにマスゴミといわれるようになるのでしょうか。ラッサートの仲間達の顔をみてると、そうはならないだろうという感じがします。

ラッサート亡きあと、マケイン対オバマの戦いについては、あまたあるコラムやテレビ、新聞報道を鵜呑みにするのではなく、自分の頭で思考し、判断することが一層大事になるのだろうと思います。

2008・6・15 (日) @ 北バンクーバー

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原稿: 林雨 第三十回  「林雨三年目」  小野冬生
「ジャパン・カナダ・ジャーナル」に「林雨」を書くようになって二年たちました。三年目、三十回目という区切りなので今まで書いてきたものを読み直してみました。

これから書くのはいままでを振り返っての「雑感」です。雑感などという代物はお手軽な自己満足、読んでも聞いてもつまらないものです。読むのをやめるのなら今のうちです。

第一回:五十代で逝った日銀エコノミスト・井上謙吾君と議論しているつもりで始めた「林雨」。氏に似ているアライグマが昨秋から我が家の庭に現れるようになりました。始めのうちは謙吾と呼んでいましたが当人から文句がきたような気がして改名しました。改名後は豆狸丹吾(まめだたんご)。

第二回:グラウス山の林間コースでスキーをしていたら樹に積もった雪が解けて落ちてきたので「林雨」ということばを造りました。グラウスのY2プレイという年間パスが今年は30%上がりました。原油価格高騰の影響です。ガソリン高すぎ。この二年間、車を満タンにしたことがありません。

第三回:イラクで斬首された香田証生青年。読み直してみて政治の原点はこれだと思いました。日本に生きている人はさまざまですが、そのすべてを救おうとするのが政治です。「自己責任」と切り捨てる政治などは要りません。

第四回:アメリカ発の「グローバル・スタンダード」に振り回される日本は今も変わっていません。間違いの多いアメリカに対して云うべきことをいわないといけません。反ブッシュ戦争=反米などと短絡する人達に対米外交をゆだねていてはいけません。

第五回:「自分でよく判断するよりほかない」「借り物の概念ではなく本物を正覚することがなによりである」「万物を流転の相において捉える」などなどのアドバイスを残してくれた飯野匡さんが逝って二年。飯野さんのような人が日銀総裁になるとよいのです。

第六回:「我々日本人には・・・」という雑なくくり方をする五木寛之氏の云うことは二年後の今も買いません。自分が主張することに自信がないときや事実でないことを事実であるかのように言うときに「私は・・」と云わず「我々は」という人はいけません。

「オバマがこれほど強いと誰が予想したろうか」とか「イラクがこれほど泥沼に陥るとは誰も予測しなかった」とか云った天木某、岡崎某というふたりの外交官OBも同類項です。自分に予見できないものを予見できる人がいるはずないと思う幼稚なG3が少なくありません。

大衆には「自己責任」を求めず、されど自身には求める。大衆から支えられている政治家、官僚、ジャーナリスト、作家のあるべき基本姿勢です。こういうことは当たり前すぎて云うのも恥ずかしいのですが、分らない人が多くなっているから云っておきます。


第七回:「かねは天下のまわりもの」と云った昔のひとは知恵があったと思います。かねとは、例えて云うなら人間の血のようなもの、一箇所に貯めるものではなく体全体に回すものなのです。

第八回:「古い家を取り壊して大きな家に建て替えられると百万ドルを越す値がつきます」と書きましたが、今、近所で家が建て替わると二百万ドルの値がついています。筆者の潜在的な資産力もおおいに高まりました。売らないと何の役にも立ちませんが。

第九回:日本は世界で九十番目に幸福な国だといわれたときはびっくりしましたが、今なら百位以下だといわれてもおどろかないですね。自殺、殺人、官僚の犯罪が減りません。

第十回:医療費が只のキューバ。七十五歳以上の老人の医療費を年金から差し引くことにした日本。カストロが引退したあとはキューバもアメリカや日本のように医療が崩壊していくのでしょうか。

第十一回:田中真紀子、小泉純一郎たちがついた嘘をいまだに信じている日本人がたくさんいますね。嘘つきは絶叫する。その力は大なり。虚しさも大なり。

このあたりから読んで腹が立つ記事が多くなっています。もともと政治への関心が薄かった筆者が、書くうちに実相を知り熱くなっていったようです。

紙数がつきたので筆をおきますが、くれぐれも平塚さんにつまらなかったとクレイムなどされませんよう。つまらないことは先刻予告済み、読んでしまったあなたの自己責任です。
2008・4・14(月) @ 北バンクーバー

 最後まで読んじゃったひと、ついでです↓  
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上は原稿です。ジャーナルには下の部分が載っていません:
自分が主張することに自信がないときや事実でないことを事実であるかのように言うときに「私は・・」と云わず「我々は」という人はいけません。

「オバマがこれほど強いと誰が予想したろうか」とか「イラクがこれほど泥沼に陥るとは誰も予測しなかった」とか云った天木某、岡崎某というふたりの外交官OBも同類項です。自分に予見できないものを予見できる人がいるはずないと思う幼稚なG3が少なくありません。

大衆には「自己責任」を求めず、されど自身には求める。大衆から支えられている政治家、官僚、ジャーナリスト、作家のあるべき基本姿勢です。こういうことは当たり前すぎて云うのも恥ずかしいのですが、分らない人が多くなっているから云っておきます。



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原稿:林雨 第二十九回  予備選に参画しませんか 
林雨 第二十九回  予備選に参画しませんか 小野冬生

ブッシュ戦争がいつはじまったかを覚えていますか。ブッシュ戦争の理由を覚えていますか。


開戦は2003年3月17日です。5月1日にブッシュは大規模戦争終結を宣言、米軍側の死者は138人でした。

戦争は終わったと多くの人が考えましたが、筆者はこれから本格的になるとアメリカ人に云いました。

あれから五年。米軍の死者は今月11日現在で3987人、勝利宣言時の三十倍です。イラク市民の死者は一番少ない見積もりで八万から九万人、なかには百万人という調査もあります。


開戦理由はなんだったか。思い出すのもばかばかしいですね。でたらめな理由だったということだけを覚えていればよいでしょう。

ブッシュの財務長官だったポール・オニールは「政権発足のときからイラク戦争の計画があった」、CIA長官、ジョージ・テネットは「ブッシュ政権内でイラクからの脅威について真剣な協議はなかった」とそれぞれの自著で書いています。

筆者は一貫してブッシュ戦争に反対してきましたが、筆者が属していたクラブの先輩の何人かが戦争を正当化するために活躍しました。当時の駐米大使Y氏、国連大使H氏などがその代表です。ブッシュ戦争に反対して外務省を首になった天木直人氏は違う大学です。

今になって戦争の正体が広く知られ、米国民の大半からブッシュは見放されていますが、ブッシュのみを責めるのは片手落ちであり、当時ブッシュを応援した人達も同罪なのです。

しかし、未来のひとからみたらブッシュ戦争に反対してもそれを阻止できなかったオニールやテネット、そして筆者だって罪人と評価するにちがいありません。日本が中国、アメリカとの戦争に負けたときの「一億総懺悔」と一緒で、戦争に反対したけれど止められなかった日本人もいっしょくたにされるのです。

そういうわけで罪が消えることにはなりませんが、償いとしてやるべきはブッシュ戦争に賛成したジョン・マケインやヒラリー・クリントンが大統領になることを阻止することだと考えています。

マケインはイラクにあと百年でも駐在すると叫び、クリントンのイラク撤退に関する言はだんだん後ろ向きになっています。クリントンのイランを非難する口調はイラクを非難していたときのブッシュと変わりません。いずれにせよブッシュ戦争を支持したその一点をもってクリントンは失格です。

そういうことからクラブの仲間も読んでいる筆者のブログでオバマ支持を訴えています。カナダ人と意見を交換しています。

そしてワシントンポストやウオールストリートジャーナルなどアメリカのネットジャーナルにonomarというHNで投稿しています。クリントン支持者が広げる嘘のコラムやコメントをみつけるとすぐ反論を送っています。

二月五日のスーパーチューズデイが終わったときに、多くのメディアがオバマとクリントンの「接戦」を喧伝していましたが、onomarはオバマの勝利が決まったと書きました。

オハイオでクリントンが勝っても残る州のすべてを60%−40%で勝ってもクリントンは勝てないという分析を最初に書いたのはonomarです。

四月二十二日のペンシルバニアを85%−15%で勝たないとクリントンは追いつけないと書いているのもonomarです。

次々と更新されるコラムをチェックし、コメントを書くのは疲れるものですが、先輩達が犯した過ち、自分の非力という罪を補うために続けます。

これまでブログで書いた記事は約四十本、投稿したコメントは約二十本。十一月四日の大統領選挙まで六ヶ月。ブログ記事もコメント投稿も百本を越えるでしょう。

筆者のほかに日本人らしいひとが二人コメントを書いています。HNはIEYASUとNATUROです。

いまや日本の一般人がアメリカの選挙に影響を与えられる時代、クリントンやマケイン支持だとしても参画されることをお勧めします。


アメリカのコラムへコメントを送ろうという方がおられたら、筆者のブログにリンクしてある「米国政治」から入れます。

「木霊の宿る町」http://onomar.jugem.jp/


3/15/2008 @北バンクーバー

予備選に参画

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