木霊の宿る町TOPページへ            
過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

ゆうきん一家きたる
咳がいよいよ激しくなった昨日(四日)、ゆうきん一家三人(わが長女&夫&息子)がやってきて、本日は昼前からシーモアさん見参(げんざん=お目にかかること・対面)。二十年前、ゆうきんママがここでスキーを習いはじめた日はうまく滑れず、涙目になり板をはずして雪を蹴っていたのを思い出します。

ゆうべ降った雪が二十二センチ、曇り時々晴れ、温度マイナス二度、絶好のコンディション。しかし日曜日、いままで見たことのない人出、駐車場が満杯となり道路(三車線)の一車線を駐車場にしていましたが、一番下から歩いたらざっと一キロの上り坂。今日はこのまま帰ろうと思ったそのとたん空いたスペースはゲレンデのすぐ近く。ゆうきんママが叫ぶ、ラッキーイイイ。五時間滑りました。

もっと書きたいことがありますが、いまは喉と胸が痛いし、ヘトヘト。写真二葉でご勘弁。

,罎Δん一家が初めてロープトウを降りたところ。ゆうきんママ(長女)はゆうきんが転んだら支えようと緊張しています。



△罎ΔんとP(おのま)。遠くに見えるチョキの形の半島二本、手前がスタンレイ・パーク&ダウンタウン、その上の右端にBC大学があります。千尋さんのとこにも熊がでたんだって? とトボケたりして。今日は爆睡か。http://blog.goo.ne.jp/cw1979


| おのまのプロフィール | スキー  | 18:32 | comments(5) | trackbacks(0) |
サン・ピークスで見たスキー教授法
本日(カナダ時間)松井さんから写真を載せてよいという電話をもらいました。サン・ピークスの天気は良いそうです。

下の写真はサン・ピークスでみた子供のための教授法です。初めて見るやりかたですが、紐でしばるのに比べて、自尊心が傷つかない良い方法に思えます。子供ひとりだけなら、ストックを使ってできそうです。

大人になってからスキーを始めると恐怖の念に捕らわれますが、小さい子供達は先生のいうことを吸収することに専念し、恐怖という余計なものからは自由のようです。




↓シーモアでみた紐しばり教授

| おのまのプロフィール | スキー  | 16:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
松井スキー・スクールに参加・2


上は松井一家です。写真をのせることについて許可をもらっていますが、お嬢さんはモデルにスカウトされ、ポスターになったこともある人なので、念のためもう一度確認しようと思い、さきほどホテルに電話しましたが不在。あとで削除するかもしれません。

このお嬢さん、五年前にオリンピック選手クラスのレーサーと知り合いになり、何度か一緒に滑った結果、松井家のなかで断然トップの腕となったそうです。日本、バンクーバーからきた上級スキーヤー(三人)も彼女と一緒に滑れるのは最初の一本で、二本目からはついていけないそうです。私は中級者グループで滑ったので彼女のスキーはほんの一部しかみていません。

もう一枚の写真はナンシー・グリーン・ロッジのホスト、アル・レイン。1968年、グルノーブル・オリンピックで金メダルをとったナンシー・グリーンのご主人で、オリンピックのコーチだったそうです。ナンシー・グリーンが宿泊客をワイン・パーティーに招いてくれたのですが、アルは裏方に徹していました。

ナンシーがゴールド・メダリストになった当時の写真をみると垢抜けないカナダの田舎娘ですが、目の前で話しているナンシーの何と堂々としていることか。しかし、話を訊くとすればアルのほうが面白い話をしてくれるような気がします。




昨日のコメント欄での大後輩・千尋さんの質問:
雪質はどうだったんですか?写真から見る限りではかなり積もっていたようですが!



積雪量はシーモアの三メートルより少ない二メートルですが、雪質はサンピークスが上でした。

初日は晴れ、新雪が二、三センチと絶好のコンディション。キュット締まった美人雪でしたが、締まり具合がシーモアに比べて一段上で、ダブル・キュット雪。自由自在、まるで羽根になったかのようにヒラヒラと滑ることができました。

二日目は新雪が二十センチ。朝からグルームをやり直しています。ファイブ・マイルズという名がついている初級者用ゲレンデは五マイル=八キロの長さがあり、リフトを二本乗り継いでスタート地点に立つとみごとな樹氷が待っています。しかし、二日目は視界が良くなかったのでスタート地点までは行かずに滑りました。それでも四、五キロの長さがあるのではないでしょうか。一本目はグルームが終わってないフカフカ雪をすべり、あっというまに左脚が麻痺状態。

二本目はグルームが終わっていましたが、ときどき足をとるといういたずらをするので、小悪魔的美人とでもいいましょうか。一緒にすべった日本のスキーヤーふたりのうち一人は二本目でリタイヤーしました。

三本目はグルームの効果はあとかたもなく消え、モーグルができつつある妖艶美人。四本すべって自分の手におえないと悪女と知り、潔く別れました(笑)。同じ斜面でもあっというまに変わっていくのに新鮮な思いを感じましたが、キュット雪といえど油断できません。

三日目は新雪ゼロ、グルームもしっかり出来ていて、初日ほどではありませんが優しい美人に戻っていました。リフトで一緒になったカナダ人から薦められて滑った林間コースは綺麗で、写真を撮ったのですが何故か写っていません。一緒に滑った日本スキーヤーから写真をもらったら載せます。
| おのまのプロフィール | スキー  | 12:06 | comments(4) | trackbacks(0) |
松井スキー・スクールに参加


トロントにいたころ、ゴルフ仲間の松井浄(まつい・きよし)さんから一緒にスキーをしようと何度も誘われたものです。

浄さんの話を聞くと腕前が断然違うようだし、ご一家三人のなかにひとり入っていくのもためらわれ、あいまいな返事で終始し、ついに一緒に滑ることなくトロント生活に終止符をうちました。なんとか逃げきったという感じ。

一年前もバンクーバーから車で五時間で行けるサンピークスで滑るから加わらないかと誘われたのですがこれもパス。しかし、今シーズンは覚悟を決め、ウイスラー、シーモアで六日滑った上で、トロントから三人(松井家)、日本から四人、バンクーバーから二人(除・筆者)、計九人のスキーヤーからなる松井スキー・スクールに参加してきました。

スクールは一週間ですが、私は三日すべり本日(三十日)戻りました。スクールの模様を現地からレポしようとラップトップを持っていったのですが、どうやってもサイトにつながらず失敗、本日から少しずつ書きこみます。

最初にのせた写真は日本組四人のうちの二人。お二人はお忍び旅行だそうで、名前や顔が分からないようにして欲しいとのご要望でしたが、派手なゴッグルでしょう。下の写真、左がお忍びのひとりですが、知ってる人がみたら分かるかもしれませんね。まんなかが浄さん、右が筆者です。

| おのまのプロフィール | スキー  | 01:01 | comments(1) | trackbacks(0) |
美人雪を堪能
十八日(水)のシーモア山は視界良好。この一週間で六十五センチ降って、九日前のグズリはキュッと締まった美人雪に変わっていました。

ロープ・トウで前回とおなじく二十六本すべりましたが、キュットさんのなんと優しいこと、疲れを感じません。

前回は敬遠したミステリー・ピークに行くと、美人度がさらに増し、うーん満足。リフトからスキーヤー、ボーダーを見下ろしながら、若い頃はからだが感じるスピードを楽しんでいた、今はからだと雪との間に交わされる対話を楽しんでいるなどとしゃらくさいことを考えて悦にいりました。

長さ二キロある低速リフトに揺られているうちにからだが冷えたので、五本でミステリーと別れ、ロープ・トウで休みなしの十二本。からだのどこにもリキミがなくなっていて、なめらかです。ギル・シャハムの演奏に似ているとエクスタシーに酔いしれ、もう一本すべろうとしたら左手からストックが落ちました。靴のバックルを緩めると腰から下の筋肉がけだるい感じ。体力の限界がもたらした幻想だったようです。

写真を載せます。九葉、ちょっと多すぎるかな。

\欧譴親のロープ・トウ。九日前と視界の差が歴然


息子・ブレイドンを股のあいだにはさんで登るイアン。イアンが滑り始めたのは十二歳のとき。遅いほうだが、ウイスラーでインストラクターをやるまでに上達した。写真をメールしたところ私のスキーに関するコメントを送ってきた。ブレイドンを教えながら見ていたらしい


ミステリー・ピークのリフト。女の子たちが大きな声でスペイン語を話している


ぅ好ーヤー、ボーダーを見下ろす自分の影


グ豕戮澆靴突湿討韻鮖る。雲のあいだに海が光る。手が冷たい


ΝД蹇璽廖Ε肇Δ砲發匹蝓紐で堅く結ばれている親子をみつけた。グッドアイディア?子供は嫌がっていた




┃ロープ・トウに乗るときに紐をはずした。あら、不思議、その場でピタゴラスイッチのアリゴリズム体操風に立っていた

| おのまのプロフィール | スキー  | 14:30 | comments(2) | trackbacks(0) |
このリズムが欲しかった
どうやらジョージをののしった声が天に届いたらしく、日曜日の昼、シーモア・ウェブhttp://www.mountseymour.com/をみると新雪十センチ。曇り空ですが暗くはありません。

家をでて十二キロ強でシーモア山麓に達し、そこからスキー場までさらに十二キロ強の道を登っていく途中のこと、頭の中で何かが光ったかのようにこのリズムが欲しかったということばが響き渡りました。

1985年から二年弱のバンクーバー駐在時代にもシーモアで滑っていますが、社宅からの距離が四十キロ、街中を通って行くと四十分かかったこと、スキーに行こうと思っても家族五人の息が揃うとは限らなかったこと、などこれあり、思ったほど滑っていません。シーモアの半分もないスキー場でさえ片道一時間かかるトロントで、なぜもっと滑らなかったのだと悔やむこと十二年。干支一回りは長かった。

念願かなった北バンクーバー生活が満四年。なぜかスキーをする気がしなかったとは前に書いたとおりですが、年末にスキーをしたいという衝動が起き、十日間で四度シーモアを訪れ、そして今日このリズムが欲しかったの快哉。 自らの心身とシーモア山がシンクロナイズした瞬間でした。

駐車場まであと五キロのところから木々が白くなり、三キロになると標識は雪がべったり張り付いていて読めません。この分だと朝も降っていたに違いない、だんだんガスってきたなあ、視界五十メートル、三十メートル、二十、うーん、下山してくる車が多い、グッドコンディションか、違うか、お、三十にもどった、うー、二十だ、などとヤキモキしていると突然目の前に現れた駐車場は満杯。いままでとめたことのない、ソリ用の駐車場に車を置き、そこから数百メートルあるいてロープトウ。



昨日に増してチョー初心者でチョー満員。子供はいいけれど、はたち過ぎたチョーさん、半世紀以上は生きているおばさまがスノボーのレッスンをとっています。スノボーに尻を落としてそのままいざる妖しげなポーズを見捨てて霧の中に滑り出すと、新雪十センチはザラメちゃんが凍ったうえに乗っていて、キュット締まった美人雪ではありません。



この雪にはてこずるだろうなあと思ったとおり、ロープトウは長い列。チョーさんではない私でも気をいれてないと転倒しそうになることがあり、いわんや今日が新年、初すべりの老若男女が転ぶこと転ぶこと。





ボード、スキーを腕に抱えて歩いて登る悔しさ、恥ずかしさ。めげるな、続けろ、立ち上がれ、2010年、ウイスラーには間に合わないが次のオリンピックに出られるぞと心の中で声援をおくると、キッと口をかみ、うん、これはものになりそうな面構えの少年が雪の上に座っていました。

混んでいるロープをあとにして、向かったミステリー・ピークは美人雪でしたが、霧が濃すぎてリフトの上からはおろか、滑っていても十メートル先が見えません。刺すような小さな霧氷がめがねに凍りつき、仕方がないので外すと今度は目の中に飛び込んできます。一本滑って止めました。二時間でやめるなんてゼータクーというゆうきんママの声が聞こえてきそうですが、フフフ、羨ましいか、このリズムが欲しかった。 

♪ テルテル ジョージ テル ジョージ 今夜も 雪にしておくれ 
| おのまのプロフィール | スキー  | 14:15 | comments(4) | trackbacks(0) |
カナディアンタイヤでスノータイヤを買う

惨憺シーモアからUターンして向かったのはカナディアン・タイヤ・北バンクーバー店。

1922年トロントで兄弟が始めた小さな自動車部品の店は五年後にカナディアン・タイヤという大仰な名前に変えてから成長を続け、いまやカナダ全国に450軒以上の店があるメジャー・プリーヤー。この四年間でも古い店は取り壊されて大きく、綺麗な店に変わったり、あれ、こんなところにも出来たぞと驚かされ続けています。

カナディアン・タイヤが扱っている商品の多くは、ウオルマート、ロナ、ホームワークスなどと競合していますが、雪のないバンクーバーでスノー・タイヤの在庫をもっているのはここだけかもしれません。
http://www2.canadiantire.ca/CTenglish/corpidx.html

バンクーバーから車で四、五時間で着くカムループス近辺にスキー場がいくつかあります。一月下旬にトロントの松井さんや日本からくるスキーヤーと一緒にすべろうと計画していますが、最後に滑ったのが二十年昔。冬の道路状況が良く分かりません。
http://www.sunpeaksresort.com/winter/index.aspx

海に近いウイスラーにくらべて雪質が良い、トロント並みの寒さになるカナディアンロッキーより暖かい、カナダで一番恵まれたスキー場であろうと話したところ、トロントから移住してしまった人がいます。山好きなひとなら知っているドン・加藤がそのひと。
http://members.shaw.ca/donkato/

ドン加藤に電話をして訊くと、チェインはいらない、スノータイヤを四本はかせる、安いので良いとのアドバイス。

カナディアン・タイヤで一番安いタイヤをつけ、ついでにアラインメントのチェックをしてもらったお値段〆て519.42ドル(約五万円)は日本にくらべて安いといえないような気がします。この四年で、やっぱりカナダは安いというのが減っています。困ったもんだ。

手間賃:119.93 タイヤ:324.92 
他:10.79 税金63.78 計:519.42

| おのまのプロフィール | スキー  | 11:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
シーモア惨憺
数日前から熱っぽく、動くのが億劫、なにか考えても長く続かない。ひさしぶりに風邪をひくのかなと思ったのですが、そんなことにもならず、昨日は幹壇を作ろうという気持ちになり、今朝はスキーをしたいという衝動にかられました。ほお、スキーをしたいという衝動。数年ぶりです。

我が家からみるとグラウス・スキー場は地肌と雪とが半々。あれは滑れません。グラウスより多少温度が低いシーモア・スキー場のサイトをみると、操業している、二日まえに二センチ降った、視界良好、そしてリフト代が16ドルとありました。普段のリフト代は38ドル、半値以下です。

http://www.mountseymour.com/

新雪、視界良好を信じ、16ドルを楽しみに訪れたシーモアは惨憺たる状況でした。新雪の気配はなく、小豆アイスをかき混ぜたようなぐちゃぐちゃ雪。トレイルのそこここから草地が見えます。おまけに霧が発生して視界不良。

いつもなら千台の車で埋まっている駐車場はガラガラで、ざっと数えると三十台。一台につきふたり乗っているとして六十人。16ドルx60=960ドルが本日、シーモア-スキー場の収入。うーん、これで経費をまかなうのは大変だなあ。

長期予報だとBC州はこんな天気が一月末まで続くといいます。今シーズンはいいとして、来シーズンも暖冬だとすれば、バンクーバーの誇るみっつのスキー場(シーモア、グラウス、サイプレス)のどこかが廃業ということになるのかも知れません。ジョージ、京都議定書にサインしなさいよ。

| おのまのプロフィール | スキー  | 18:37 | comments(4) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・終・2
先月末からしばらく雪の日が続いたので、この冬は雪が多いような気がすると予想したのですが、ここ三日ほど気温が十度を越し、雨が降りつづけています。

我が家が雨だとスキー場は雪というのが冬のパターンなのでワクワクですが、今は山の上も五、六度、従って雪にならず雨。天気予報ではこんな日が一月末まで続くと言っていますが、外れて欲しい、タノム。

二週間まえに行ったウイスラーも積雪わずか七十数センチ。あんなウイスラーを滑ったのは初めてでした。記憶にあるのは少なくとも四、五メートル、十メートルをこしたシーズンもありました。このときは深雪のなかで転倒し、外れた板を探すのに三十分ほどかかり疲労困憊しスキーを続ける気力を失いかけたものです。

積雪七十センチだとトレイルのあちこちに岩がのぞいています。よけながら滑りますが、それでもあとでみるとスキーの板の底にはたくさんの擦り傷がついていました。チューンアップしてもらわないといけません。

静かだった頃が懐かしいとは思いますが、その広大な懐にいだかれるとシアワセ一杯になるウイスラーはいつも気になります。サイトをみると積雪七十ニセンチ。十一日より減っていましたが、それでも昨日は新雪が五センチあったとあります。よかった、よかった、とプラス思考。しかし・・

積雪一メートルでは山のふもとまで続く滑降コースを作るのは相当に難しいでしょう。ブッシュ一味は京都議定書にサインしないし、中国の経済発展は続くからこれから地球温暖化は加速度的にすすみ、2010年冬のウイスラーに雪はゼロ。と物騒なことをいうヒトがいます。わたしが2010年冬季オリンピック関係者だったら胃が痛みつづけ、五年後は廃人。

http://www.whistlerblackcomb.com/index.htm


| おのまのプロフィール | スキー  | 05:07 | comments(2) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・終
七年九ヶ月前にくらべてウイスラー山は人工物が増えていました。目立つのが、「ここはファミリーゲレンデ」「任天堂スロープ」とか書いてある旗やら看板。スノボーの競技をしているところからはスピーカーから実況放送の音。

三十年前、日本のスキー場ではスピーカーからポール・モーリヤーPaul Mauriatの「白い恋人達」が流れていてうるさかったのに、ウイスラーにきたらシーンとしているので感動したものですが、いまやウイスラーは日本化して、目障り、耳障りなものがわんさとあります。

ウイスラー・ビレッジとブラッコムをつなぐリフトの下には豪華な山荘がびっしりと並んでいます。大後輩さんは「一軒欲しいー!」と叫んでいましたが、大先輩は欲しくないですね。「元の雪のスロープに戻して欲しいー!」

1973年2月22日・木曜日、ウイスラー山のトレイル数は15本。2005年12月11日・日曜日、ウイスラー山のトレイル数は100本以上。ブラッコムも100本以上。

三十年前の静かなウイスラーが懐かしい。などといっても浦島太郎。2010年の冬季オリンピックにむけてまだまだ賑やかになっていくのでしょう。これからは空いている山を探すかな。うーん、思いがけない結末になってしまった。


| おのまのプロフィール | スキー  | 15:11 | comments(2) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・10
12日にこう書きました。「BC大学がウイスラーに山小屋を持っているなどとは知りませんでした。と書いたところで、はてな、と頭の片隅がうずきましたが、それはまた後で書くことにして」

1973年2月22日木曜日という日は忘れていましたが、初めて行ったウイスラーの光景のいくつかをはっきり覚えています。

〇海垢修砲△襯乾鵐疋蘊茲蠑譴閑散としており、車の数が少なかった。
▲乾鵐疋蘊茲蠑譴龍瓩に小屋があってそこでゆうきんママを預かってもらった。初めてのベビーシッター。ベビーシッターがあるというのを知って出かけたのかどうかははっきりしない。
ゴンドラの終点に山小屋があり、そこも閑散としていてBC大学の級友が何人かいて言葉を交わした。
ず埜紊乏蠅辰織侫薀鵐帖Ε薀鵑長くて難しく、一時間くらいかかった。
ゥ戰咫璽轡奪拭爾らゆうきんママが泣きっぱなしだったと聞かされた。

の級友のひとりの顔がよみがえってきます。ひげをはやしたもの静かな彼の名前は浮かびませんが、はてな、彼が大学の山小屋に泊まっていると云ったような気がしてきたのです。

今回ウイスラーからもどって調べてみたら大学の山小屋は1968年に出来たとありました。はたしてあの級友は山小屋に泊まっていると云ったのか云わなかったのか。世界の平和のためにはどうでも良いことですが(笑)、妙に気になります。

山小屋の写真は大後輩・千尋さんのブログ12月14日に出ているとおりで、ひと部屋に二段ベッドが四人分あり、カーテンはありません。カーテンがあると風紀上よくないことが起きる恐れがあるからでしょう。http://blog.goo.ne.jp/cw1979

私の部屋には白人の男性がふたり。私が寝た後にやってきたのですが、どちらかのいびきで目がさめてしまいました。夜中の三時。トイレに行くと二つある個室のひとつに二人入っていました。風紀上よくないことが進行していたようです。

二段ベッドはハシゴがついていません。写真では分かりにくいでしょうが、身長176センチの私でも上のベッドに登るのにちょっと苦労した高さです。千尋さんが「泣く」と書いたのはこの高さも一因だったかもしれません。確かに20ドルの安宿ですが、日本の大学時代に経験した寮に比べたら、断然豪華、清潔です。

朝七時半、持参したおにぎりを暖めるためキッチンに行くと一人の男性が熱心に鍋を磨いていたのが印象に残っています。だれかがつくった焦げを落としていたのか、私が食べ終わっても磨き続けていました。

日本の学友たちは寮の施設を粗雑にあつかうのが多く、何度か注意したことを思い出しました。公共物を大事に使う気持ちのなかったかれらが各界でリーダーとよばれている日本。カナダの居住空間に追いつけないのは当然か。などとまた脱線した。
| おのまのプロフィール | スキー  | 14:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・9・転機の原因・4
なるほど、ウイスラーから遠ざかっていったきっかけが分かりました。

もうひとつ思い出しました。1985年に買った板を十年ぶりに買い換えたころ、カービングスキーが出たのではなかったでしょうか。買い換えたスキーはトロントで使っていましたが、バンクーバーにくるといろいろなカービングスキーを借りていました。愛用の板がないから滑る意欲が薄れていったという面があったようです。
http://www.andermatt.co.jp/andermatt/ski/skicarving.htm

年をとるほど人生の持ち時間は短くなっていくのだから時間を大切に使わないといけないのですが、私の場合はかえって無頓着になり、十年単位でうっかり過ごしたと反省です。しかし、なにをするにせよ遅すぎるということはないと思って、今シーズンこそスキー再開です。靴も二十年ぶりで新しくしたし、カービングスキーも買ったし、スキーラックも昨日買いました。あとはトヨタ・カムリに雪に強いタイヤを履かせるだけ。十年前のウェアを着ているといったら、ユナさんからずいぶん物持ちがいいですねとあきれられましたが、これはしばらく換えません、買えません。

明日はウイスラーの話に戻ります。
| おのまのプロフィール | スキー  | 20:25 | comments(0) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・8・転機の原因・3
ウイスラーについて書きたいことがあるのですが、いったん脱線するとどんどん他の記憶がよみがえってきて書けなくなるのは、わが人生に似てなくもありません。おい何をしているんだ、本線にもどれと自分で自分に命じながら、面白いもんだからそのまま走りつづけて、ふと気がついたら何年かたっている。

しかし、先に何があるか見えている本線を走るより、浦島太郎の悲劇が待っているかもしれない曲がりくねった道を走るのもわるかない。と言い訳をしておいてから、よみがえった記憶、呆然とした1996年という年はやはり節目であったということを書きます。

転職して二年、仕事は順調。バンクーバー出張にでかける朝、一緒にくらしていた長男にメモを書いたのは虫の知らせというものでしょう。「高速道路は走らないこと」

息子は運転免許をとって一年たっていましたが、パソコンゲームの影響があるのか、いけない運転をしていました。音楽にたとえていえば、バイオリンソナタの伴奏をしている未熟なピアニスト。テンポが早い、フォルテとピアニシモははっきりしているがその中間がない、聴いている人、バイオリニストへの目配りがない、というようなアブナイ運転をしていましたから高速道路を運転してはいけないのです。

その日はクライエントとゴルフをすることになっていて、バンクーバー空港からゴルフ場に直行したところ、待っていたクライエントが息子さんから連絡が欲しいという伝言があったといいます。

胸騒ぎを感じながらクライエントの携帯電話を借りてトロントに電話をすると、高速道路で事故に会い車が大破したといいます。目の前にテーブルがあったら、バンバンたたいて怒ったでしょうが、東京とウランバートルの距離、電波を通じて怒るのは実に虚しいものでした。そういえば、私はあのころ携帯電話を持っていなかったんだ。

大破したのは五年前に買った四輪駆動、ジープ・チェロキー・リミティド・4000CC。保険会社が修理はムリというので泣く泣く廃車。代わりに買ったのが、トヨタ・カムリ・ステーションワゴン・3000CC。ジープに比べて燃費がよく、運転し易いので十年後の今でも使っていますが、雪に強くありません。

雪の中をジープで走る日々から雪の日は地下鉄で通勤する生活に変わり、スキー場から足が遠のきはじめたのが1996年でした。
http://www.automotive-technology.com/projects/cherokee/

| おのまのプロフィール | スキー  | 12:53 | comments(5) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・7・転機の原因・2


朝はかくのごとく車がびっしりと凍っていますが、予想に反してここしばらく雪が降っておらず、街中でスキーラックをのせている車は百台に一台もありません。

さて、呆然とした数日後に何枚も重なっているリフト券を一枚一枚みたら、1998年2月21日のが見つかりました。だから最後にウイスラーを滑ったのは九年前ではなく七年九ヶ月前です。それにしても長い。

北バンクーバーに移り住んで四年たちましたが、その間、荷物の整理、家の改装でウイスラーまで出かける気持ちが起きなかったのははっきりしています。ではその前の三年九ヶ月間はなぜと考えていたら、あの頃に人生の曲がり角があったことを思い出しました。

トロントのコンサルタント会社に勤めていた頃、バンクーバー事務所の所長とウマが合い、バンクーバーによく出張し、冬の休日はウイスラーで滑っていました。所長からバンクーバーに移って来ないかと誘われたことがあり嬉しかったのですが、トロントの仕事が片付いてから来たいと断ったのが間違い。

一年か二年たったところでその所長は北京へ転勤してしまい、まずいことに私が苦手と思っていた人が後任の所長になってしまいました。苦手意識をもっていると相手も楽しくなく、だんだんバンクーバーの仕事で協力する機会が少なくなり、多分1998年の終わり頃は来なくなっていたのだろうと思います。

自力でバンクーバーにこようと独立したのが1999年の秋。しかし仕事の中心はトロント、モントリオール。バンクーバーの仕事が二月から六月にかけてあったのですが、心の余裕がなくなっていたのでしょう。ウイスラーではなくシーモアのリフト券が残っています。

ウイスラー大好きの大後輩さん、チャンスがあったらしっかりつかんで、放さないのが肝心ですよ。
| おのまのプロフィール | スキー  | 13:53 | comments(0) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・6・転機の原因

午前中、三時間かかって滑ったトレイルは四本。たった四本?といわれるかもしれませんが、ウイスラーの山は大きくトレイルは長いのでそれくらいしかこなせないのです。おまけに積雪わずか70センチ、狭いトレイルでは雪がなく氷になっていたため二人のボーダーは谷に落ちるのを気をつけながらおっかなびっくり、かたつむりになっていました。狭いトレイルはスキーのほうが断然楽です。http://www.whistlerblackcomb.com/index.htm

前回ウイスラーで滑ったとき、昼食をとったら疲れがどっとでて滑れなくなったのを覚えていたので、私はもう一本滑りたかったのですが、四人の美女が休みたーい、おなかが減ったーと合唱。山をおりて昼食をとることにしました。

一時間後、こんどはブラック・コム(黒い櫛)で滑ろうとリフトに向かいましたが、歩いているうちに突如放心状態に陥った私に気が付いて美女達が「おのさん、どうしたんですか、大丈夫ですか」と声をかけてきました。リフトを降りたときも呆然としていたらしく、またも「大丈夫ですか」と訊かれました。体調が悪くなったのではないかと心配したようなので、そうではないと説明しました。

はいているズボンにこれまで滑った山のリフト券がぶら下がっています。リフトに向かいながら、前回ウイスラーに来たのはいつだったのだろうと見たところ、1996年11月30日。えー、九年前ではないか。そんなに長い間ウイスラーに来ていなかったの?

バンクーバーをなんども夢に見た1974年から1985年の十一年が絶望的に長かったのにくらべてこの九年は絶望感もなくあっというまにたったことを思って呆然としたのです。ウイスラーの山に入っただけでシアワセになる自分がどうして九年も来なかったのだ。
| おのまのプロフィール | スキー  | 10:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・5・シーモア
初めてウイスラーへ行った日がわかりました。60個所のスキー場が紹介されている「Northwest Ski Trails」という本に滑った日を書き込んでいたのです。ウイスラーで滑ったのは1973年2月22日木曜日。32年10ヶ月前。

そして初めてカナダで滑ったのはその一週間前の2月16日金曜日@シーモア。この日のことは鮮明におぼえています。http://www.mountseymour.com/

シーモアはやさしいトレイル(スロープ)が多いので子供連れの家族に人気があります。初めてカナダですべるというので初心者用トレイルを滑り、リフトに乗りました。そろそろ降り場に近づいたなと思ったら、あれれ、ここで降りるの? 地面がない!

一秒ためらい、わが身はぐるりと一回転。リフトが下にむかい始めました。

日本のスキー場だとリフトの降り口は平らになっているのですが、カナダはリフトから降りると傾斜のきつい坂になっているのを知らなかったため起きた失敗でした。

目の前を通り過ぎる私を見てビックリしていた係り員が我に返って、リフトを止め逆転させてくれたから良かったものの、さもなければ私はリフトに乗って下まで降り、またもどるという醜態を演じるところでした。

シーモアには2月23日(金)すなわちウイスラーで滑った翌日、そして一週間後の3月2日(金)にも滑ったと記録されています。

当時のリフト代も出ています。一日券が$5.00。千尋さんたちが一斉に「ヤスーイイー」と叫びましたが、同感です。今回のウイスラーはセブンイレブンで売っている割引券でも$69.99でした。14倍。シーモアは$38.00でこれは7.6倍。

これから30年後はどうなっていますかね。7倍になるとすればシーモアは $38x7=$266、ウイスラーは $69.99x7=$489.99。ざっと五万円。千尋さんたち、覚悟はよろしいか。
| おのまのプロフィール | スキー  | 05:04 | comments(0) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・4・腰痛の原因2


昨日の日記、書いておいた方が良いかなと思いつつはしょったところ、案の定メールがきました。

「重い荷物はぜひ宅配便を使ってください。ABCだったか、ヤマトでも・・・」

ありがとうございます。はい、実は東京で買い込んだ本を書類、背広、革靴など商売道具と一緒にホテルから成田空港へ送ってもらい、パソコンの入ったサムソン・バッグと衣類をいれた黄色いスポーツ・バッグをもって旅に出たのです。

しかし、金沢ニューグランドホテルの狭い部屋から朝早く脱出し、駅の本屋で時間をつぶしているうちに又も買い込んでサムソンもスポーツもパンパン。成田空港で本だけとりだして、ピックアップした宅配荷物と合体させたら「クロネコヤマトの宅急便」が「戦艦ヤマトの弩級艦」と化しました。

戦艦、サムソン、スポーツのみっつを日本航空の荷物検査のところからカウンターまでぐるぐる回ってる列に従って運び、腰痛となる。

なぜカートを使わせない。悪いのは日本航空か、成田空港か、それとも国交省か。悪者をこらしめないと観光立国・ニッポンは百年たっても実現しない。などと悪態をついているうちに千尋さんはウイスラーシリーズを書き終えてしまいました。http://blog.goo.ne.jp/cw1979
| おのまのプロフィール | スキー  | 08:16 | comments(0) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・3・腰痛の原因
日本から帰って暫らくのあいだ不愉快な腰痛があったのですが、いつのまにか治っていたことにスキーから帰ってきて気が付き、はてあれは何だったのかと考えてたどり着いたのが成田空港の欠陥でした。

日本に行くと本を買うので帰るときの荷物は重くなっています。箱崎のターミナルでチェックインできた時代はタクシーから荷物をおろしてカートでカウンターまで運べばすんだのですが、今はだめ。荷物を自力で運ばないといけない関門が三箇所あります。

箱崎でバスまで、あるいは東京駅で成田エクスプレスのホームまで運ぶのが第一関門。今回は新幹線から運んだのですが、新幹線は八重洲側、エクスプレスは丸の内側、その間どのくらいの距離でしょう、ざっと三百メートルですか。カートが置いてないのでつらい。

成田駅に着いてホームから改札口まで運びあげるのが第二関門。これは短いのでまあ良しとしましょう。

改札口をでたところに置いてあるカートにのせて航空会社(今回は日本航空)まで運び、検査を受けるとそこから先はカートが使えません。混んでいて列が蛇行しているときは実につらい。

第一、第二関門は建造物の欠陥からくるものですが、第三関門はそうではなくシステムの欠陥です。バンクーバー空港のようにカウンターまでカートを使わせて欲しい。さもなければ日本航空のスタッフがカウンターまで運んでくれえ。

| おのまのプロフィール | スキー  | 18:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場 ・2


九月の日本行き、十月の音楽会の準備、後始末、十一月の日本出張&遊びと日常のペースが乱れ、睡眠不足、運動不足となり、そのせいか暫らく不愉快な腰痛が続いていました。歩いても自分の身体とは思えない頼りない感じがするし、太ももがやけに細くなっています。

これではいけないと思い、フィッターというスキーの練習器を使い始めたのですが、もともと弱い左半身がいよいよ弱くなっていて、五分も続きません。左脚だけでなく左腕に軽い痺れがあって、ポール(ストック)がうまく使えません。ウイスラー・スキー場は規模が大きくて、たとえば一番長いトレイルは十一キロあります。そんなに長いトレイルでなくても、一本すべるのに二、三十分かかるのが普通。五分でギブアップというわけにいかないのです。

私よりはるかに若い人たちのペースにあわせて滑れるだろうか、途中でリタイヤーかな、そのときは仕方ない、ビレッジでビールでも飲んで待ってるかと、やや憂鬱な気分で行ったのですが、おや、滑ってみたら快勝。四人に遅れることもなく、というより、せりさんを除けば私のほうが速く、うまく滑れ、滑ったあとも身体が痛いということがありませんでした。

なぜだ、あの腰痛は何だったんだ、と考えていて思いあたったのが成田空港の欠陥。続きは明日。

ところでフィッターはカナダ製でオリンピック選手も使っている(いた?)器具。どう使うかというと、黒い部分に乗って、左右に身体を移動させ、そのときに身体を沈ませて体重をフィッターにかけたり、伸びあがって体重を抜いたり、いわゆる加重、抜重の練習をします。せりさんによると最近のスキーはターンしやすくできていてそういう練習はやらないそうです。下のサイトに動画があります

http://www.fitter1.com/
| おのまのプロフィール | スキー  | 11:14 | comments(3) | trackbacks(0) |
ウイスラー・スキー場
BC大学・商学部の大後輩、千尋さんから大学の山小屋に六人泊まれることになりました、ひとり三十ドルですという電話があったのでのせてもらうことにし、土、日ウイスラー・スキー場に行ってきました。一緒に行ったのは千尋さんとその友達ニ人、およびバイオリニスト&ビオリスト長井せりさんの四人。

千尋の友達というのはBC大学で物理学を学んでいるユナさん、ユナさんと一緒の家に下宿しているワーキング・ホリデイのアヤさん。三人はいずれも二十代ですが、二十代というのはこんなに若いのですかね。ユナさんなどは十五くらいにしかみえません。せりさんの年は不詳。

せりさんのご主人、明さんはバンクーバー交響楽団の演奏会に出演するので欠席。女性四人に男ひとりは脅威だとせりさんに言うと松本先生を誘いましょうということになったのですが、日本に行っているらしいと分かったのが金曜日。せりさんは別のスキー好きのヒトに連絡しましたが、風邪をひいていてダメ。かくして生まれて初めて女性四人と一緒に滑ることになりました。オソロシヤ。

うーん、この話、早くも脱線気味。脱線しそうもない千尋さんのブログも見てください:

http://blog.goo.ne.jp/cw1979

BC大学がウイスラーに山小屋を持っているなどとは知りませんでした。と書いたところで、はてな、と頭の片隅がうずきましたが、それはまた後で書くことにして、どんな山小屋か、以下のサイトに写真が出ています。http://www.ubcwhistlerlodge.com/

| おのまのプロフィール | スキー  | 14:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
脅迫に屈する日・靴できあがる
17日(木)到達店から靴と板を受け取ってきました。日曜日にはいなかった二十代前半の店員が応対してくれましたが、この店のひとはみんな朴訥(ぼくとつ)な感じがあります。

どういう加工をしたのかを訊くとシェルの四箇所を整形したと言います。インナーブーツではなく、硬質プラスティックのシェルをいじったのです。みると靴の内側がこぶのように出ています。

早速シーモアに行き二時間滑りました。前の靴に比べて楽なことこのうえありません。リフトに乗るときはよくバックルを緩めて足の痛みを和らげていたのですが、そんな必要が全くありません。コルク製のインソールは柔らかくて足の裏に圧迫感がありません。

スポーツマートで同じ靴を買ったら半値で買えたかも知れませんが、こういう調整をしてくれるのなら高いとはいえません。

日本の相場とくらべてどうなのか、関心あるかたは比べてみてください。

到達店価格
計:$558(x85円/$=47,430円)
靴:Nordica GTS8 $379(32,215円)
インソール:Superfeet korks $179(15,215円)

いまざっと調べた日本の相場はこうです。
靴:35,700円(kakaku.com相場)
インソールカスタムフィット:8,000〜24,000円(Superfeetジャパン相場)

シェルの整形が別料金になるのかならないのか不明。
インソール・カスタムフィットの値幅が広いですが、コルクは一番高い商品のようなので24,000円かもしれません。そうすると合計で59,700円、運命店のほうが一万円ちょっと安くなります。
http://www.superfeet-jp.com/

到達店の住所等は以下です。
Destination Ski #105-1550 Marine Drive, North Vancouver, B.C. V7P1T7
電話604-984-4394 ファックス984-980-6095

ところで木曜日は快晴で暖かく、気持ち良く滑りました。雪の量は150センチを切っていて、岩で板を二度こすりました。もう一度どっさり降ってくれませんかね。五年ほどまえですが、三月になっても7メートル残っていたときがあります。ああいうシーズンがまた巡ってくるといいのですが。

| おのまのプロフィール | スキー  | 15:54 | - | trackbacks(0) |
脅迫に屈する日・到達店の成功

到達店にいた二時間ほどの間にお客さんが次々とやってきて、靴の調節や板のチューンアップを頼んでいました。一時間あたりの店員対客の比率では到達店のほうがスポーツ・マートに勝っているのではないでしょうか。店のサイズがマートの十分の一ほどだから家賃(払っているとしたら)や光熱費も安くすみ、経営内容は良いと見ました。ここだけの話、どんな店、どんな会社、どんな役所、どんな国に行っても、にこやかに冗談を云っていても、必ず頭の片隅でそこの財務内容、人的物的効率、良い点、悪い点を判断しています。職業病の一種かもです。

ベテラン氏に創業年を訊くと、1983年。そうか、前回バンクーバーにいたとき(1985〜87年)この店はあったのだ、あのとき出会えなかったのは惜しかったと思いました。当時は小さなスキーショップがたくさんあり、デパートでも安売りキャンペーンをやっていたので色々みて回ったのですが出会えなかった。もっともそのころの到達店がこんなに丁寧な仕事をしていたかどうかは分かりません、などというのは負け惜しみ。

ベテラン氏が次にスキーをするのはいつだと訊くので、急いでいないと答えると水曜日までに仕上げておくと云いました。この辺の会話は無駄がなく、ぐたぐた云わなくても互いの事情が分かり合っています。阿吽(あうん)の呼吸、肝心なところで互いの呼吸がぴたりと合うというのは何事においても成功に欠かせない要素です。こういうのが不得意、あるいは全く逆のことをするのが仕事だと勘違いしている人種が世の中には結構いるんだけれど、これから実例をおいおい書いていきます。覚悟!(笑)

| おのまのプロフィール | スキー  | 12:05 | - | trackbacks(0) |
雪の効用・7・バランサー
チホさんから儲け話に興味なしという、回答がきました。欲のないヒトですね(笑)。

チホさんの回答から四個所をコピーし、そのあと●に私のコメントを書きます:

〆限の板を軽くしたとしても、左足にかかるご自身の体重は同じなので、左足の動きがスムースになるとは思いません。
先ずは、痛みやシビレの原因を突き止めましょう。
http://www.ne.jp/asahi/hango/sekkotuin/shintai.htm

●ヒトの体を直すなどという親切心があっては儲けられません。ヒトの弱みに付け込んで儲ける、戦争&復興請負業ジョージ商店の精神を見習いましょう(笑)。

△修譴ら、足の痺れや痛みが20年モノの靴による物かもしれませんよ。日記見たら、既に壊れ始めてるじゃないですか!! 危険です。即刻靴を買い替えましょう!

●靴で儲けているヒトから儲けを奪う気持ちが欠如してますね(笑)。といったものの、危険ですと断定されると不安になってくる。

そこに目をつけた今回の案ですが、その左右の脚力の差にも個人差があるので、商品化というのは厳しいと思います。

●あんがい簡単な方法があるのですが、公開しません。儲けたいかたからのご連絡をお待ちしています。委細面談(笑)。

じ朕佑凌搬痢糞咫砲力弔澆紡弍する為に、ここ15年位の靴
(中上級者用〜)には、カント調節と言うものがついてます。
あと、個人の足の形に合わせたインソールを作るとか。
それが、バランサーとも言えるでしょう。

●足の形にあわせたインソールがはいっているのが20年前の靴を離せない理由です。カント調節というのは初耳です。靴のなかの気圧を調整することができるようになっていますが、それでしょうか、と最後は低姿勢で質問。

●儲け話はとにかく、十二日、夕方からシーモアという山で滑ってきました。快晴、雪質上々。二年ぶりで不安が一杯。まずは超初心者向けのゲレンデで滑ることにしました。

ゆうきんママ(当時13歳)、絵里(11歳)、タッチン(9歳)がスキーを習ったゆるやかな百メートルほどのスロープ。ゆうきんママだけがうまく滑れず、板をはずし、涙目で雪を蹴飛ばしていた光景がよみがえってきます。

椅子がついたリフトのかわり、ロープが動いています。ロープにつかまってスロープを滑り上がるのですが、それで息が切れるのには驚きました。衰えたものです。

五本すべると、勘がもどり、二年前、アサミコさん親子と滑った1キロほどのスロープに移動。ここは町の光、バンクーバー島、徐々に変わっていく夕焼けの色の美しさを見るだけでも価値ありです。

雪の質が良かったせいか、新調した板が良かったせいか、それとも超初心者スロープで慣らしたせいか、二年前より断然うまく滑れました。二十年前はじめて滑ったときは腰がひけたスロープも全く恐怖感なし。絶好調だった六年前の滑りに戻れるかもしれません。毎日ジムで励んでいたせいか、何かが乗り移ったのではないかとゾッとするほどうまく滑れたシーズンでした。

それにしてもスキーとスノーボードの比率が1対20くらいだったのには驚きました。二年前は半々だったのではなかったでしょうか。若いヒトが圧倒的に多く、私の世代は数人しかみかけませんでした。三十年前ウィスラーで滑ってたみんな、戻っておいでヨ〜〜。

http://www.mountseymour.com/
| おのまのプロフィール | スキー  | 11:18 | - | trackbacks(0) |
雪の効用・6・バランサー
体のバランスにあわせて板のながさを変えるというノーベル賞級の(笑)アイディアはそのままの形で商品化しても儲かりません。

見栄というものが全くない聖人のような私(ホントか?)ならいざしらず、世の凡人たちは只であげるといってもふぞろいの板など使いません。スキーは滑って楽しむほかにいろいろな要素があって、なかでも大事なのがファッション性だからです。

リフトを待っている間さりげなく周りを見回して、あのお嬢さんのジャケットはデサント、無地を着こなすのは難しいんだよな。若さの勝利だ。正札で五、六百ドルはしたろうな。板は派手なロシニョール、セールで四百ドル、ノルディカの最新ギアも四百、しめて千三百ドル。まさかそんな計算をするヒトはいないでしょうが、スキーに来るヒトの90%は見たり見られたりしています。左右不ぞろいの板は見たくも、見られたくもないのです。

板の長さは一緒にしておいて、バランサーで調節する。片方の板だけでは格好が悪いから、両方の板に違った重さのバランサーをつける。個々人の体のバランスを測って、それにあわせたバランサーを造る。体のバランスを測る方法はご自身で考えてみてください。案外簡単な方法を思いつくことでしょう。

チホさん、この話、早いもの勝ちあるね。わたしの心おおきいある。儲けの一割、払うでよろしいヨ。
| おのまのプロフィール | スキー  | 05:03 | - | trackbacks(0) |
雪の効用・5・左右の差
書こうとして忘れていたことがひとつ。裏庭でスケーティングをしていてひらめいたことがあります。

体の左側が弱いのであれば、左の板を右の板より軽くすれば良いのではないか。右に頼っている割合が大きいのだから左の板を軽くして左足の動きをスムースにしたら楽になる。軽くするには左の板を短くすればよい。見た目は格好よくないけれど、バランスはよくなる。

そういえば隻脚(せっきゃく=片足)のスキーヤーは当然のことながら一枚の板しか使っていない。左が麻痺しやすいというのは擬似隻脚と考えれば良い。

昔からスキーの腕前(脚前というべきか?)にしたがってビンディングを調節したり、足の形にあわせた靴を作ったりするけれど、からだのゆがみにあわせた板は作らない。個々人のバランスを調べて、左右の板な長さを調節したら飛躍的に楽な滑りができるのではないか。

スキーインストラクターのチホさん、どうですか、このアイディア。儲けるチャンスかもね。
| おのまのプロフィール | スキー  | 03:14 | - | trackbacks(0) |
雪の効用・4・リハビリ
十日も晴れ。電飾に照らされた裏庭でスキーの練習をすると、昨日とは全く違った雪です。日に照らされて溶けた雪が凍って硬くなっています。こういうのをicy(氷っぽい)な雪といいます。おや、誰ですか、いま I see. と言った人。

アイシーな雪はふかふかではなく、つるつるしていますから、板で雪を捕まえにくく、平坦な裏庭でさえ上ずったような滑りになります。左側の抑えが弱いのが昨日よりもっとよく分かります。

ストック、こちらではポール(pole)といいますが、ストックを手のひらで押しながらスケーティングをしていると脚だけでなく左の肩甲骨も痛くなってきます。

テーブルの周りをまわっているうちに、足先とつながっている脳の神経が刺激されるのが分かるような感じがしてきました。神経の先がちくりちくりと延びていき、それまで眠っていた部分が目をさましている感じです。脳梗塞をやったあとのリハビリと同じことでしょうね。

板をはずして片足とびをすると、やはり左足より右足でやったほうがきちんと着地でき、したがってジャンプもスムースです。左足でやると上体がまっすぐに上がらず、斜めにフラフラします。

調子にのってジャンプを続けていたら耳奥がガンガン、心臓がバクバク、肺がゼイゼイしてきました。お若い方々、今のうちに大いに運動を楽しんでください。いつか、フラフラ、ガンガン、バクバク、ゼイゼイの時がくるのです。
| おのまのプロフィール | スキー  | 11:42 | - | trackbacks(0) |
雪の効用・3・練習開始
9日(日)晴れ。近くのスキー場はさぞかしにぎわったことでしょう。

スキー靴をはこうとしたら、かかとをささえる部分のプラスティックが壊れていました。壊れ方は右のほうが激しい。なにせ1985年に買った靴だし、この二年手入れもしていなかったのだから当然ではあります。

なんとか足を押し込み、裏庭でスケーティングの練習をすることにしました。新しい板は目の高さ。初めて買った板は2メートルあった、あれは見栄であった、これからは安全第一だ、などと思いながらティロリヤのビンディングを踏み込むと実にスムースに靴がはまりました。

裏庭においてある木のテーブルの周りを右回り、左回りとスケーティングすると、左脚の弱さが分かります。気をつけの姿勢をとり、左右の板を上げ下げすると、やはり左の板がふらふらしています。昔からそうですが、滑っているうちに左脚は麻痺して義足のようになり、うまく滑れないようになります。今日の感じでは十分も持たない感じです。

オフシーズンのときに左を強化する訓練をしておかなければいけなかった、時すでに遅し、などといってもいられない。麻痺が始まるまでの時間をすこしでも延ばす、右足だけの滑りを工夫する。あらたな意欲が沸いてきました。
| おのまのプロフィール | スキー  | 16:45 | - | trackbacks(0) |
斜面の恐怖
昨日は雪の中、ゆうきんママのモトリョウ(元同僚)ケイコさんと山道を一キロほど歩きました。

我が家の裏から五十メートルさきにある加納川(モスキート・クリーク=蚊の小川→加納川)に沿った石の道はマウンテンバイクで登るひと、犬連れのひと、なにかの障害のリハビリ中らしきひと、でにぎわっていますが、昨日すれ違ったのは僅かに四組。犬連れは三組、うち二組がゴールデンレトリバー。

五十メートルほどに近づくとどういう犬なのかが大体分かります。最初のはおとなしい、成犬。二番目のはやんちゃなガキ犬という予想。すごいでしょう、と自慢するほどのことはありません。

犬は放してありますが、飼い主との距離が極端に離れることはなく、離れてもせいぜいニ〜三十メートル。川で泳いだり、林に入っていたりしてまた飼い主のところに戻っていくので、犬と飼い主のあいだの距離の変化をグラフで表すと波の形になります。波の形がなめらかであれば、落ち着いた犬、成犬。はげしくとがった波だと活発なガキ犬。グラフを思い描かなくても、動きが激しければガキ犬と予想できます。

こちらに向かって突進してきた犬の胸を右腕で抱え込んで左に倒し、それを左腕で受け止めて右に倒す。撥ねおきて跳びかかってくるのをまた倒す、と格闘しているとやがて飼い主が追いついてきます。格闘を嬉しそうに見まもる飼い主、犬をしかる飼い主と様々。昨日はご婦人ふたりで後者でした。自分の犬が節操なく他人とじゃれるのは面白くないという心情が伝わってきます。

山道を外れて住宅街へ出、いろいろな家を眺めながら坂道を降ります。個性のあふれた家が多いのであきません。この三年のあいだで一割ちかくの家が建て替えられ、大きな家が増えましたが、敷地とのバランスは昔のほうが良かった、個性がないなあというのが大半です。

それでも小ぶりで洒落た家が一軒あって、屋根には風見鶏、いや、よくみると風見鯨、玄関脇の壁にハイダ族(インディアン)の絵は何だろう。蝶々にも見えるし、猫にも見えるとはケイコさんの見立てですが、インディアンが猫を描くなんてあるだろうか。道に面した壁にインカ文明風の太陽、人面の飾り、きれいに刈り込んだ前庭には鳥の餌籠がふたつ、などなど、際立って洒落ています。

坂道の斜度はせいぜい五度ですが、ときどき滑る。滑ると用心する。用心すると体が硬くなる。硬くなると恐怖心が起きる。こんな緩やかなところで恐怖心ではスキー場のいちばん簡単なトレイルも滑れない、と別な恐怖心が起きました。はて、どうなる。
| おのまのプロフィール | スキー  | 04:06 | - | trackbacks(0) |
雪質良好
きのうからゆうきんママの元同僚が我が家に泊まっています。子供の頃アメリカにいたとかで、十余年ぶりの北米を懐かしがっています。あしたウイスラーへ移動し英語とスノウボードを習うそうです。

昨夜はスキー・インストラクターの免許をもっている千穂さんという女性をいれて歓談しましたが、千穂さんによるとウイスラーの雪は少なく、コンディションもよくないといいます。二年前、アサミコさんが来たときと同じで、せっかく日本からきたのにアンラッキーと思ったところ、今朝から雪。昼の一時ころまで降り続き、五センチほど積もりました。予報では明日も降るそうです。

零下一度、曇り空。これなら雪が溶けてこちこちのアイスバーンになることもないし、さりとて柔らく過ぎることもない。ラッキー(!)です。

ところで新調したスキーはこれまで使ったなかでいちばん短い板。そして、過去二十年ほど毎年滑ってきたのに、昨シーズンは滑っていない。どういうことになるのか。
| おのまのプロフィール | スキー  | 10:58 | - | trackbacks(0) |
バランス崩壊
色々な店で、クリスマスの翌日、ボクシングデイから始まった安売りキャンペ−ンも終わりに近づいています。大晦日から四日続いた酒宴が昨日で終わったので今日は買い物。お目当てはスキーの板。

スキーを最後に買ったのは、カービングスキーがでまわる少し前のこと。数年使いましたが、五年前トロントからバンクーバーへ出張したその日にスキー場に駆けつけたときに借りたカービングスキーの具合がよかったので、それからはレンタル利用が多くなりました。いろいろな板を試して相性のよいのを見つけようと思ったのです。

気が付くと北バンクーバーに住んで三年たち、このかんに滑ったのは僅か二回。レンタルする手間が面倒だという意識が原因のひとつであることは間違いありません。

スキーの種類、値段、店の場所を一時間ほどインターネットで調べたあと、ニ店をみてまわりました。昔はもっとたくさんの店を回ったものです。スキーに対する熱意が薄れているのかもしれません。予算は三百ドル前後。値引き率の良いダイナスターと前に買ったヘッドのどちらにするか迷い、若い店員を呼びました。

正札ではダイナスターのほうがヘッドより五十ドル高いのに値引き後は逆に八十ドル安い。見た目もヘッドについているふたつのパーツがなくてすっきりしています。なるべくシンプルなほうが壊れにくいし、手入れも簡単。結局そのパーツのメリットを説明する店員に従うことにしました。たまにはゴテゴテのもいいでしょう。

帰宅の途中で昨日壊れた運転手側のワイパーを買い、店員にとりつけてもらいました。寒いので店員を帰し、帰宅の道で試すと左右のワイパーがシンクロしないで絡みあいます。車をとめて何度か試しているうちに買ったばかりのが曲がってしまい、それをはずすと、ワイパーの元のほうも動かなくなっていました。

ワイパーの壊れたところはプラスチック部分の僅か二ミリ程度。それを直そうといじっていて他のところが壊れ、新品に替えたらこんがらがって、本体までおかしくなった。機械もいったん崩れると、だんだんひどくなるものと知りました。

この車、買ってから十年。定期検査は自分の体よりまめにやっていますが、部品は劣化していくのでこれからいろいろな故障が続き、部品を取り替えてもバランスが崩れるから、逝くときは一気に逝くのでしょうね。
| おのまのプロフィール | スキー  | 15:59 | - | trackbacks(0) |
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     
<< December 2018 >>


↑BGM(ON/OFFで切替)

bgm(別ウィンドウ)

VANCOUVER

TOKYO


↓木霊が宿る町QRコード↓
qrcode
ページランク

GBL:Googleバックリンク数です
 GIP:Googleインデックスページ数です
 MBL:MSNバックリンク数です
 MIP:MSNインデックスページ数です
 YBL:Yahoo!バックリンク数です
 YIP:Yahoo!インデックスページ数です
緑バー:Googleに於ける木霊の宿る町の人気度です

サーチ:
キーワード:
Amazon.co.jpアソシエイト

このページの先頭へ