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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

久しぶりに碁を打った 2

9月25日のブログから抜粋:

この十年いちども使ったことのない折りたたみ式の碁盤と安物の碁石がでてきた。当地で囲碁の普及活動をしている知人に連絡すると喜んで頂戴するというので自宅に届けたのが二週間前である。そのとき一局打った。

知人は土屋さんという。土屋さんは毎月二回当地の囲碁愛好家を集めて碁会を開いている。会には高段者もいるのでそれに負けないよう土屋さんは勉強もしている。まいとし夏には曲励起(まがりれいき)という引退した棋士 がバンクーバーにやってくるのだがこれも土屋さんが世話をしている。そんなことで土屋さんの日々は囲碁漬けであるといっても良い。

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| おのまのプロフィール | 囲碁 | 18:24 | comments(0) | trackbacks(1) |
ひさしぶりに碁をうった 1
七月に亡くなった弟は連れ合いが病死した六年まえにいずれは孤独死を迎えることを覚悟して遺書を書いていた。親も子もいないから兄弟妹三人に宛てていた。

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| おのまのプロフィール | 囲碁 | 03:30 | comments(0) | trackbacks(1) |
【訃報】二十三世本因坊坂田栄寿死去

かみそり坂田の異名があった坂田栄男がなくなった。

坂田は趙治勲に破られるまで日本一のタイトル保持者であったが、おのまがテレビでNHK囲碁トーナメントを見始めた頃には全盛期を過ぎていた。

1986年か87年に坂田をはじめとする囲碁棋士たちがバンクーバーに来たことがある。かれらはバンクーバーのあと北米の各地を回りふたたびバンクーバーにもどってきたのだが、そのとき坂田は西バンクーバーに家を求めた。家の世話をした人の話によると四千万円くらいだったという。

囲碁仲間が坂田の家に集まり、おのまアマ初段も参加した。よく覚えていないが敷地五百坪、建坪百五十坪といった豪邸だった。

もしかするとこの写真に写っているかも・・・




土地だけで計算すると坂田の家は坪あたり八万円。(4000万円÷500坪=8万)

ちなみにおのまは坂田の二、三年後に北バンクーバーの家を買ったのだが土地だけで計算すると坪十二万であった。

当時の日本はバブル時代で、藤沢の家のまわりが坪二百万円になっていた。四千万だと二十坪しか買えなかった。

それにしても片や八万、こなた二百万。おのまは日本の知人たちに、カネは貸すからバンクーバーの不動産を買えと薦めたものである。応じたのはひとりだけ。

あれから二十数年、日本のバブルはとっくの昔に破裂し、藤沢の土地は坪五十万円というところであろうか。四千万で買った二十坪の土地はいまや千万円。

反対にバンクーバーは着実に不動産価格が上がり、このあたりで坪三十万円から四十万というところである。仮に三十万として四千万で買った五百坪は一億五千万円。

かたや四千万が一千万、こなた四千万が一億五千万。投資とはこんなものである。方向感が大事。今の日本?おのまは買わない。

実際にはいま西バンクーバーで敷地五百、建坪百五十の家だと二億、三億の値段がつく。


おのまがトロントに移ったあとも坂田亭で囲碁仲間が集まっていたようである。囲碁の雑誌に坂田がバンクーバーでは東急電鉄のK氏が強いと書いた。

あの頃、おのまはウイスラーにホテルをつくりませんかと東急電鉄、三井物産、熊谷組に薦めていた。まだウイスラーが有名でない時代だったが、三社とも前向きだった。東急電鉄の人たちをウイスラーまで連れて行った。ゴンドラの乗り場のすぐ近くにたくさん土地が空いていて、それを買おうという話になった。

その帰り道にK氏がおのまの車を運転させてくれという。K氏は度重なる交通違反で免許停止寸前になっていると聞いていたのだが、どうしても運転したいというので席を替わった。十五分後にパトカーにとめられた。スピード違反。 

あわれK氏は免停かと思ったら、若いおまわりさんが、気をつけて運転するようにと云って放免してくれた。

ちなみに、おのまがトロントに転勤したあとウイスラーの話は頓挫した。東急がウイスラーにホテルを建てたのはウイスラーが有名になった十数年後であった。


おのまが坂田栄男に会ったのは二度か三度である。体の構えやしぐさ、ことばづかいなどが自然で大きかった。かみそり坂田という異名はこの偉人にそぐわないと思う。



二十三世本因坊坂田栄寿
が10月22日正午過ぎ、日本赤十字社医療センター(東京都渋谷区広尾)にて胸部大動脈瘤破裂のため、逝去されました。享年90歳。通夜・告別式は近親者のみで執り行われます。喪主は、妻 鐵枝様。なお、ご遺族のご意向により弔電・生花等はお断りさせて頂きます。

<経歴>
大正9年2月15日生 東京都出身。本名「栄男」
昭和10年入段、昭和30年九段。平成12年10月引退。日本棋院東京本院所属。
旧名人2回、本因坊7回、十段5回、などタイトル獲得数は64。
昭和39年、年間7タイトルを制覇。昭和42年、本因坊戦7連覇。
名誉本因坊資格を得る(二十三世本因坊)。
門下には、新垣武九段、佐々木正八段、河野光樹八段、中山薫三段。
昭和39年、40年、48年 秀哉賞。昭和42年、棋道賞最優秀棋士賞。平成元年、大倉喜七郎賞。
昭和55年 紫綬褒章。平成2年 勲二等瑞宝章。平成2年、東京都文化賞。
平成4年、文化功労者。
昭和53年、日本棋院理事長に就任(8年間)。
昭和63年より日本棋院顧問。平成21年より日本棋院名誉顧問。

坂田栄男名人

昭和38年、名人位に就いた坂田栄男(左)
最終第7局までもつれた藤沢秀行との激闘は
坂田が120手目に「外ノゾキの妙手」を放ち勝利を引き寄せた。

http://www.nihonkiin.or.jp/news/2010/10/post_297.html

| おのまのプロフィール | 囲碁 | 02:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
ホテル考・ヤフー囲碁
11月5日 大阪でのレクチャーを終えて 夜八時ちかく東京着。

夏をバンクーバーで過ごす知人(三人)と丸の内・オアゾ・ビルの六階で飲む。「ねのひ」は満員だったので別の店に行った。

十一時ころロイヤルパークホテル@箱崎ターミナルにチェックイン。



このホテルに着くとほっとする。シングルルームでも狭苦しい感じはない。ホテルの都合で広い部屋にアップしてくれることもある。

いちばん安いシングルルームにもテレビ兼用のパソコンがついて三年たったろうか。無料。

ヤフーの囲碁で一時まで遊ぶ。二勝一敗。



ときどき泊まる品川のメリディアン・パシフィック。

部屋のコスト・パフォーマンスはロイヤルパークに負けないが、インターネットをするにはロビーの隅にあるネットルームに行かないと出来ない。

十分間で二百十円は高いし(マンキツだと飲み物付き、一時間 四百円くらい)夜の十時にしまってしまう。

それでもネットルームがあるだけましである。

時代はテレビよりネットだということに気が付いていないホテル経営者が多い。

東武ホテル@上尾はプリペイドカードを買わないとテレビさえ見ることができなかった。カードを売る機械を設置して管理する手間を考えたらコスト割れになるのではなかろうか。

ロイヤルホテルより断然安い 箱崎・ペンションゼムに泊まったら部屋から外へ電話をするのにフロントでプリペイドカードを買わないといけなかった。

電話するたびに暗証番号を二度ダイヤルしないとかからない。もう泊まらない。KDDのカードも買わない。

携帯電話を成田空港で借りたら十日で二万円にもなった。一日二千円はボリすぎ。二回利用してやめた。

街角から公衆電話がどんどん消えているのが旅行者には不便。役人が机上で設計している「観光立国」は欠陥が多い。

客が不便に感じる、すなわち不愉快になるような経費節約とか合理化をする経営はいずれは失敗する。「お客様は神様」と口でとなえていても腹が違えばしっぺ返しを食らう。

日本の政治家や官僚が尊敬されない。ゴルフ場が不振を続ける。原因は同じである。

ジコチュー。相手は楽しくない。訪問者が百人から伸びないどこぞのブログも似ている。

部屋から電話をかけるとやたら高い料金をとるホテルなどはぺけである。

アメリカで泊まるビジネスホテルは市内電話は無料、朝食つきというのがある。

たいがいは部屋でPCを使えるようになっているが、ロイヤルパークのような設備をそなえたホテルをアメリカでみたことはない。

PCを持ち歩きたがらないおのまのようなビジネスマンが増えるだろうから、ロイヤルホテルは先見の明があるといえる。

成田空港に無料のヤフー・ネットブースができたが、利用者はヤフーを好きになる。ヤフーの経営者も先見の明がある。





三戦目。相手の持ち点(1474)はおのま(1395)より高いがおのまが白番。2000点でもおのまより弱い人はいるし、1200点でもおのまより強い人がいる。

画面の時点では白が打ちやすいし、持ち時間もじゅうぶん残っていたのだが、このあとポカをおかし、挽回の手を読んでるうちに時間がなくなり苦しくなった。

ぎりぎりのところで白が勝ち、持ち点が1417点にあがった。

持ち点にこだわることはないのだが、りらさん、きょんちゃんの手前があるから1500点に戻したい。

それにしても一年前からよく負ける。12連敗したときは気絶状態で打っていた。

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11月6日 朝九時 カナダに戻る。

時差ぼけ解消のつもりで一番打った。勝ってまた少しあがった。



時差ぼけ解消にはならず、昼から夜七時まで眠った。

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本日はもうひとつあります。 

テロ特に賛成あるいは反対 いずれでも意見をお持ちのかたはご覧ください。

テロ特のきっかけとなった911の真相について アメリカ人がどう考えているかという映像レポートです。

30分かかります。時間があるときにご覧ください。

テレビ・新聞・教会の洗脳世界にひたっている方々もたまには未知の世界をのぞいてみませんか。と言っても、そういうヒトはこのブログを読んでいないか・・・


| おのまのプロフィール | 囲碁 | 12:14 | comments(0) | trackbacks(0) |
所作・万波佳奈
所作・しょさ=,靴錣供ふるまい。身のこなし。⇒戮蝓「しょさごと」の略。
(岩波・国語辞典)


万波佳奈・まんなみかなという囲碁のプロがいます。二十三歳・四段。

万波さんの姿は小学生名人になったとき以来テレビで見てきましたが、あまたいる女流棋士のなかで抜群にきれいな笑顔、所作、手の表情があるひとです。

おととい見たビデオのなかにとても良い場面がありました。

万波さんが十五手目の石を左辺に置こうとしたときのこと、指から石がすべり落ちて盤上の石にぶつかりました。落ちた石をひろって碁笥(ごけ・碁石をいれる容器)にもどし、盤上の石を直し、あらためて碁笥から石をとって盤上に置いた流れるような所作の優雅なこと。

盤上の石が大きく乱れたわけではなく、拾いあげた石をそのまま左辺に置いても支障はないし、あるいは、多くの棋士がそうするように、石を左辺に置いたあとで盤上の石を直しても良かったのですが、いったん碁笥にもどすことによって次元のちがう世界が現れたかのようでした。

粗相を慌てず、騒がず、てぎわよく始末した一、二秒の時間に万波さんのよき品性やすぐれた身体能力が凝縮されていたわけですが、そう書いたところで、彼女が積み重ねている日々の精進はどんなものだろうという想いが生じ、今また感服しなおしています。

(2006年7月16日に放映 第54回NHK杯囲碁トーナメント ・神田英九段 vs 万波佳奈女流棋聖の棋譜は次のサイトでみることが出来ます。万波さんが勝っている碁でしたが、土壇場で時間に追われて逆転しました:
http://igo.client.jp/nhk/54.html 

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| おのまのプロフィール | 囲碁 | 02:31 | comments(1) | trackbacks(0) |
君が見て
りらさんとキョンチャンがお互いに知り合いになり、やがて二人と気の合う仲間ができていきました。毎晩のように数人の仲間がヤフー碁の初級ラウンジに集まり、碁を打ち、チャットをします。

仲間が集まり始めるのは日本時間の夕方六時くらいから。バンクーバーは夜中なのでみんなやってくるころに私は消えます。

2001年11月26日の夜中、日本時間で27日の夕方六時ころ、私がラジオの音楽番組を聴きながら待っているとりらさんがやってきました。以下がそのときのチャットです。

こんばんは
こんばんわ
今おきたばかりです
お昼寝でしたか
はい 三十分くらいと思って寝て 雨戸をあけたら暗くなっていた
おお、雨戸を閉めてねたのですか
今 青い月がでています とってもきれい
驚きだなあ いまラジオから「ブルームーン(青い月)」という曲が流れています しっていますか ブルームーンという曲
はい

五年前のことなので精確は欠きますが、大まか上のようなチャットでした。太平洋の向こうで青い月を見ている人がいて、こちら側では青い月を聴いているというのがなんとも不思議な出来事のように思えたものです。

たしか、その晩はキョンチャンもほかの仲間も姿をみせず、りらさんとだけチャットしたのではなかったろうかと思うのですが、ほかに何を話したかは覚えていません。


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| おのまのプロフィール | 囲碁 | 14:33 | comments(0) | - |
君が見て・キョンチャン・りらさん ・4
メモ

●ヤフー碁のプロフィルに歌を載せたのはりらさんの真似をしたもの。

●りらさんのプロフィル:

授かりし宝の放つ導きに心安けく盤と向き合う

友ありて教えもありてひろき心楽しき心に夢見る糧あり

儚なけれど己を鼓舞してホタルかな

密やか葉陰に清き銀木犀うちしおれし己に仄かに語り


最近の出来事:
今年ものんびり楽しく囲碁を通していい和を作っていきましょうって・・みんなに支えられてる…
ありがとう♪

教え受くあなたにもらった時と夢  師と仰ぎ友と慕ひて心満つ数多の教へ活かしてぞこそ

●プロフィルが一杯になったせいか、消された歌もある。どこかに書き写しておけばよかった。


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| おのまのプロフィール | 囲碁 | 09:03 | comments(0) | - |
君が見て・キョンチャン・りらさん ・3
迷いだすと、ますます書きにくい。以下メモ:

●ヤフー碁に登録するときにプロフィルを書く。性別、出身地、年齢、職業、趣味、最近の出来事・・・書かなくても良い。

●私のプロフィル抜粋:

●99年12月2日にこのサイトを発見。いろいろな所にいる碁のすきなひとと話ができるのはいいですね。超初心者とチャットしながら打つのも好きです。アマ初段。

☆もう七年になる。

●歌が載っている:

君が見て僕が聴いてる青い月 01・11・26

潮騒を肴にひとり呑む竹葉  01・12・06  

前庭は初夏裏庭は春の石楠花 02・05・26  

クリミスで熱い戦い宙に消え部屋に流れる秋風を知る
              02・09・28
石音が響くふたりの冬ごもり 03・01・01

秋の夜八百の山が燃えている 03・09・07

時を割き空を裂いての石の音 04・01・03

☆君が見て僕が聴いてる青い月

五年もたったのか。あのときに感じた不思議な思いはほんの一時間前におきたかのようによみがえってくる。

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| おのまのプロフィール | 囲碁 | 07:45 | comments(0) | - |
君が見て・キャンチャン・りらさん ・2
書きたいことが沢山あると、かえって書けないということがあります。

PCの向こうから伝わってくるキョンチャンとりらさんの明るさや陰翳(いんえい)について書こうと思ったのですが難しい。

キョンチャンは元気で明るいが、××という哀しみを抱いている・・・△△という怒りをいだいているのではなかろうか・・、りらさんは自制しているが・・などということがPCの向こう側から伝わってくるのですが、勝手な憶測に過ぎない、間違っているかもしれない、当たっているとしても書くべきではない・・などと迷いに迷って、書かないことにしました。

肩透かしの日記で気がさします・・

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| おのまのプロフィール | 囲碁 | 06:51 | comments(0) | - |
君が見て・キョンチャンとりらさん
たくさんのヤフー碁友達が出来ましたが、そのなかでとりわけ親しみを感じた女性がふたりいます。

ひとりはこのブログにコメントを書いてくれたことがある「キョンチャ」もうひとりは「リラ8899」というハンドルネーム。私は「キョンチャン」「リラさん」と呼びかけていました。

チャットしているとその人の年恰好が分かってくることがあるとは前にも書きましたが、現れると元気一杯に挨拶をしていた「キョンチャン」は多くの仲間から「キョンチャ」とハンドルネームそのままで呼ばれていて、その様子から彼らは二十代だろうと見当をつけました。

「りらさん」は話し方が落ち着いているから二十代ではない、三十代だろうか、四十代だろうか、あるいは五十代かもしれないと想像をめぐらしたものです。「りらちゃん」と呼ばれてリラさんがおおいに照れたことがあって、その時は、四十代だなと思ったのですが、まあ、年なんかはどうでも良い話。

ふたりとも碁を始めたばかりの初心者で、打った後には必ず解説したものです。打ちながら解説したこともあった。

キョンチャンとりらさんとを会わせたのは私ですが、ふたりとも覚えているだろうか。

「キョンチャという人を知っていますか?」
「いいえ、知りません」
「同じくらいの棋力だから一度うたれたら良いです」
「はい」

「リラさんという人がいてキョンチャンと同じくらいだから一度打ったらいいでしょう」
「ワー、そうですか、うってみまあす」

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| おのまのプロフィール | 囲碁 | 06:54 | comments(0) | - |
君がみて・ヤフー碁5・ヒカルの碁
碁の打ちっぷりやチャットの話しっぷりからみて子どもではなかろうかと思って訊くとやっぱり小学生だったり、中学生だったり。トロントにいて日本の子どもと話す機会はほとんどなかったし、あえて話したいとも思わなかったのですが、ネットの世界ではそういうことが簡単におきてしまいます。

年の差がありすぎて、興味の対象が違うから多少の緊張感が生じ、話は弾みませんが、あの頃はヤフー碁にくる人たちの数が少なかったから、よく顔を合わす、だんだんなじみになる、少しずつスムーズになる・・という具合。ネット世界でも混んでいるといないとで色々違い、私は、今のヤフー碁は人口が大きすぎてチャットしにくい。

ヤフー碁にきていた小学生、中学生たちから教えてもらったのが「ヒカルの碁」http://www.tv-tokyo.co.jp/anime/hikaru/

日本では人気になっている漫画でもトロントにいては分かりません。いや、日本にいたとしても、サラリーマン世界だけに生きていたら、知ることがあっても読もうという気にはならなかったかもしれません。日本の子どもと同時並行で「ヒカルの碁」を買いつづけ、読みつづけすること数年。

子どもの漫画を読んで何になると言われればそれまでですが、小学生、中学生と共有したものがあるということが、今になってみると、町なかですれ違う若者達との距離感を狭くしてくれているような気がしないでもないのです。かつてこの若者達は「ヒカル」を読んでいた・・・


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| おのまのプロフィール | 囲碁 | 06:53 | comments(3) | - |
君が見て・ヤフー碁4
誰も碁を打たず、数人でチャットだけということもありました。お互いに顔が見えませんが、なんとなく年恰好が分かるような気がします。

ある晩、夜中の一時ころだったと思いますが、外の気温はマイナス十度くらい。マイナスニ十度になることがあるトロントですから、マイナス十度などたいしたことではありません。コンドミニアム(マンション)は全館暖房で温かいし。

それでも外の気温が下がっていくにつれて、部屋の温度が少しずつ下がっていき、窓に近い左半身は冷えていきます。その様子を書くと、「マイナス十度、スゴイ」とか「寝ちゃダメ!」と返って来ます。

「寒くなってきた、もうろうとしてきた」と書いて「頑張れ」「寝るな、死ぬぞ!」「おきろー」と返って来たときに、ああ、PCの向こう側にいるのは気のいい若者たちだと感じました。

PCの向こうから届く声が「暗黒のブルース」を吹き飛ばしてくれ、眠りについたものです。数時間後には「また目がさめた、つらい」となるのですが、毎夜のヤフー碁が苦しみを和らげてくれたのはたしかです。

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| おのまのプロフィール | 囲碁 | 04:27 | comments(0) | - |
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