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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

雪の効用・2・電飾
バルコニーのてすりに積もっている雪をものさしで測るとちょうど十センチ。降りつづけているわりには少ない。

裏庭の電飾をつけて写真を撮りました。電球のいくつかは雪に埋もれていて、雪がやわらかく光る様が幻想的です。昨年暮れに作った紅葉の賀状と同じ構図で写したので、出来がよければ次回の賀状に使用するつもりです。

前庭からも何枚かとり、そろそろフィルムも終わりだろうと思いカウンターをみるとS。Sとはスタートのこと。むむむ、フィルムが入っていない。宴会続きで本物のアル中になり、脳障害を起こしているのでしょうか。いや、そんなはずはない。ここ二日、ネット碁で連勝中。ドクター・フェリから「節酒のススメ」という、ホラー映画も真っ青のメールを読んで気が弱くなったか。

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雪の効用・1・
雪の効用。なにか体に良いことでもあるのかという話しではありません。

夜になると真っ暗になって何もみえない裏庭が、ゆうべは雪明りでボーっと白く光っていました。細かい雪が降っているので星ではありません。何の光がどこをどうやってここまで来るのかと、想いが無限のかなたまで拡がっていくような気分になったというだけです。

ゆうきんママが「木霊の宿る町」のオリジナルデータが戻ったと知らせてきました。黒い背景とバックグラウンドミュージックが気にいっていたので早速みました。この日記の右下、リンクから入れます。ところがいくらやっても書き込めません。

退屈しのぎに一年まえの日記をみたら、二軒先のパット一家が飼っているラブ犬、マックスのものらしき足跡が雪のうえにあったと書いてありました。そのパット一家は夏に家を売ってどこかへ引っ越しました。売るひとつきほど前でしょうか、裏庭から加納川へ降りていくときに人の視線を感じてふりかえるとパットが庭から林を見下ろしていました。

昨日、ケイコさんをウィスラーゆきのバスにのせたあと帰ってくると、雪に残された車のわだちで、我が家をいれて二十軒くらいが面している通りは交通量がとても少ないと分かりました。犬と子供が主人公である通りを後にするときは、パットならずとも感慨深くなるのかもしれません。
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掛け時計もどる
今は亡き父が五十年以上前に買った、高級とはいえない掛け時計を持っています。二十年ほどまえにゼンマイを替え、十年まえに振り子の一部がとれたのを接着剤で直しただけで、正確に動いていましたが、去年の十月、掛ける場所を替えようとしていて振り子を壊してしまいました。接着剤で直そうとしたのですが、こんどはくっつきません。

エッジモンドビレッジにある時計屋へ持込み、きょう二か月ぶりに戻ってきました。この店では懐中時計や置時計を修理してもらっていますが、いつも一週間くらいで直っていたのに、今回はすいぶん時間がかかりました。あたらしい部品を取り寄せたのかもしれません。修理費はせいぜい五十ドルくらいだろうと思っていたのですが、なんと210ドル。他の部品も取り替えたそうです。

店主は文字盤に書いてあるSEIKOSHAをさして、これはSEIKOのことかと聞きました。言われてみればたしかにそう書いてあります。そう、これは同じ会社である、SHAというのは建物のことで、SEIは精密、KOは工業のことだと答えました。精工舎でしたよね。それとも精巧舎でしたかね。

店主はSEIKOの時計は五、六年前から品質が落ちた、時計の比重が落ちたのだろうと言いました。なるほどそんなこともあるでしょう。同じものを造っていても時間がたつほど質が向上するとは限りません。

ここまで書いて思い出したのが、東海道線グリーン車のリクライニングシートのこと。三十年まえのシートは見た目に美しく、背もたれのへこみ具合がよく、倒したときに背もたれだけでなく座っているところも斜めにあがり楽な姿勢になれました。それがいつの頃からか、へこみのない背もたれが腰のところから折れるだけという芸のないものに替わってしまいました。

こういう質的劣化も「読み書きそろばん」「文武両道」の欠如が遠因ではないかと疑うものです。

ところで直ってきた掛け時計を動かしてみると、いままでボーン、ボーンときれいな音で鳴っていたのが、ボコ、ボコという情けない音に変わっていました。店に電話をして、鐘の音が変わった、ボンク、と鳴るというと、その語感が面白かったらしく、相手は吹き出しました。
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昨日から冷え込む
新年二日から冷え込み、今朝は道路も家の屋根も霜で白くなっています。車の窓にびっしり張り付いた氷は正午になり、ようやく溶けました。

昼から独身者ふたりが遊びに来て、さきほど八時すぎに帰りましたが、帰り道があやふやだというので、途中まで先導することにしました。外気マイナス6度。またもや車の窓は凍っています。ワイパーを動かそうとしたら、ごきりという音とともに左のワイパーが壊れました。これを見て友人達はエンジンをかけたまま十分ほど待ちました。

ガラスのテーブルトップを熊に壊されたので、新調してもらったのですが、これも凍って真っ白。リスが飛び降りただけで壊れそうな感じ。去年は零下十ニ度でも凍ったりしなかったのですが。そうか、今年はテントをはずしたからだ。布でもかけておくのが良さそうです。
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知らないうちに脳梗塞?12/30の続き
Ferriさんから返事がきました。(ピアニスト江口玲サイトのカキコミをみるとFerriさんはお医者さんのようです)

顔の表情がなくなるのは顔面神経麻痺によるもので、脳梗塞だけが原因ではない、顔面神経麻痺の典型的な症状は次の通りだそうです:

ヽ曚魔欧鬚茲擦襪海箸できない
∨砲鯔弔蕕泙擦襪海箸できない
8を尖らせることができない
ぬ椶鯤弔犬蕕譴覆

早速,らい泙任笋辰討澆泙靴燭、まったく問題ありません。よって表情のない顔になったというのは人間ができあがり、多少のことでは感情に起伏が生じなくなったのであるとでも解釈しておきましょう。

とは言ったものの、脳機能、記憶能力にモンダイが生じているのは確かです。たとえば、さして広くない家なのによく眼鏡をさがしている。いくら美人でも最近の女優の名前を一向に覚えない。覚えているのは岸恵子、イングリッド・バーグマンなど子供の頃にみたひとたち。字がうまく書けなくなった。漢字を書こうとしても書けない時がある。

昔の日本の教育で大変すぐれていたものがふたつあります。「読み書きそろばん」「文武両道」。子供の頃は古臭いと思っていたのですが、違いますね。

小学四年〜六年にかけて、私は書道とそろばんの塾に通っていましたが、いまになってその効用をありがたく思い出します。筆で字を書くことは姿勢を正しくし、頭脳でえがくイメージと手の動きがシンクロナイズする訓練になる。呼吸も整います。そろばん、特に暗算能力が発達するにつれて頭の中がクリアになっていく感じがしたものです。

「読み書きそろばん」のはじめにある「読む」とは恐らく漢文の素読ではないかと思うのですが、優れた古典を声にして読んでいるうちにしっかりした思考力、表現力が身につくのでしょう。まえに紹介した、小泉純一郎の政策秘書が書いた本のように、みただけで汚い感じがする文章とは無縁。

 「読み書きそろばん」という精神性、大脳の比重が大きい世界だけでなく、肉体、筋肉が活躍する世界をおろそかにしない「文武両道」という考えもすばらしい。アメリカ軍が日本を占領して柔剣道の授業を禁止する前まで、日本の子供は心身のバランスのとれた教育を受けていたといえます。

ことしは何かを成し遂げようとは思わないと書きましたが、「文武両道」「読み書きそろばん」の精神にそったことをしてみようとは考えています。
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新年
一年前の日記をみると今年はふたつのことをやりたいと書いてありました。ふたつともたいしたことではありません。生来のなまけ心でやれなかっただけです。一年後、どうなったか。

ひとつはくみちゃんのPCをつかって順調、完璧に進んでいたのですが、秋になって液晶スクリーンがダウン。モニターを買いかえればよいという私の忠告を聞き入れず、PCを日本に持っていったくみちゃん、そのままゆうきんママの家に置いてきてしまった。よって頓挫。

もうひとつは高校〜大学時代に弾いていた楽器の練習。当時は毎日練習し、演奏会に出ていたのですが、社会人になってから時間がなくなり、やめてウン十年。二年前の秋、ピアニストの高木裕美さんが我が家に泊まったときに、さわりだけ弾いたところ、某先生より音が良いと誉められ、では次回こられるときまで練習しておきましょうと約束。しかし、昨年練習したのは十回以下。毎日練習する習慣が戻ってきません。

ニンゲンというイキモノは完璧なリズムで何かやっていたことが、何らかの理由で中断させられると元に戻る気力を失うことがあるようです。文明、文化の破壊はその例。近くの例でいえばキリスト教徒の暴力によって滅ぼされたアンデス文明、インディアン文化。もっと近くなら、百年前、黒船の来航で崩壊した日本のまったき調和の美的空間。現在進行形はバカ・ジョージのイラク破壊。完璧だったかどうかはともかく、昔あたりまえにしていたことを再開するのはやさしくないのです。

今年はどうするか。なにかを成し遂げようというのはやめ。身の周りを整理、整頓し、だんだんモノを減らす、でいきます。幸い、バルコニーをつくったお蔭で、書斎の使い勝手が断然よくなり、ここに居ると良い考えは浮かぶし、クーラーボックスに好きなビールをいれておけるし、充足した時間があります。家全体をそういう空間に整え、わが身は徐々に軽くしていく。我乍ら自分がトテツモナイ賢人になっていくのではないかという予感があります。一年後をお楽しみに(笑)。
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年末
ただいまバンクーバー時間、2004年12月31日、23時すぎ。

でたらめな理由をもってイラクに攻めこんだブッシュ、京都議定書に反対するブッシュが再選されたのは、ジンルイの愚かさを象徴するような出来事でしたが、そういう愚かなジンルイへ警告するかのように世界各地で天変地異が続いた年でした。

日本からきた賀状も碌なことがなかったと書いてあるものが少なくありません。酷暑、台風、地震など自然現象が大きな原因です。そういう面でみると、当地は何事もなく過ぎた年でした。

しかし、日曜日におきた巨大津波は大きな衝動をもたらしており、当地の地震、津波の可能性も報じられています。太平洋から津波がくると、いったんバンクーバー島に阻まれ、その15分後にバンクーバーが襲われるそうです。フレーザー河の三角洲のうえにある空港や中国人が多く住むリッチモンドなどは大被害をこうむることでしょう。

2005年、少しはましなジンルイになれるのか、穏やかな自然が戻ってくるのか。ここ数年の趨勢を見ていると両方とも楽観できないような気がします。なにはともあれ、新年まであと半時間。
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滑れるか・斜面の恐怖
昨日は雪のなか、ゆうきんママのモトリョウ(元同僚)圭子さんと山道を歩きました。我が家の裏にある林の五十メートル先、モスキートー・クリーク(蚊の小川)に沿った石ころの道。いつもなら犬連れの人、マウンテンバイクで登っていく人、身体障害のリハビリで歩いているらしき人などに出会いますが、昨日は一キロあるいてすれ違ったの犬連れは僅かに三組。

五十メートルほどまで近づくと、どういう犬かが大体分かります。二組がゴールデンレトリバーを連れていましたが、はじめにすれちがったのはおとなしい犬と予想。次にきたのはじゃれ付いてくるに違いないと予想。両方ともビンゴ。すごいでしょう、と自慢するほどのことでもありません。五十メートルにもなれば犬の動き方、飼い主と保っている距離で分かるものです。

犬は放されているので好きなように歩いたり走ったりしますが、それでも飼い主との距離が極端に離れることはありません。最大で二十メートルくらいでしょうか。飼い主と犬との距離が遠くなったり近くなったりしますが、その変化をグラフに描くと波の形になります。波の形が滑らかなのはおとなしい、成犬。とんがった形になるのは活発、やんちゃ、ガキ犬、というのが大雑把な見立てです。

ガキ犬は飼い主をほったらかしにして突進してきます。突進してきたら胸のあたりを右腕で抱え込んで左へ倒し、倒れる体を左腕で受けて、右に倒す、を繰り返すのがガキ犬の扱い方。犬は倒されてもすぐ撥ねあがり、跳びかかってきます。ウン十年まえのガキ少年にもどり楽しいものですが、飼い主の反応は楽しそうに見る人、渋い面持ちのひとと様々です。昨日の飼い主、ご婦人ふたりでしたが、後者のほうでした。

(中断)
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知らないうちに脳梗塞?
囲碁棋士、加藤正夫九段が57歳でなくなりました。死因は脳梗塞。今月はじめに中堅棋士と対局して勝ってからひとつきもたっていません。 加藤九段は十段、本因坊など囲碁のビッグタイトルをとったことがある、またこれからもとる可能性のある超一流棋士でしたが、人柄も良かったらしく、六月に日本棋院の理事長に就任したばかりでした。

その前の理事長は利光松男氏という日本航空の社長を務めたことがあるひとで、理事長を退いたあと自死。日本棋院の改革で色々心労があったとされています。加藤氏が倒れたのも日本棋院が抱えている問題の大きさからくる心労のせいではなかろうかと噂されています。

ところで今朝とどいた賀状のなかに、某商社幹部のカードがありました。いつも一家の写真をハガキにして送ってくる人ですが、数年前に脳梗塞で倒れたあと文章だけのハガキになっていました。久しぶりに一家の写真がきたのですが、そこに写っている彼氏の顔は見知らぬ顔です。丸っこくて柔和なヒトだったのが、やせて、無表情。脳梗塞という病気を良く知りませんが、こういう後遺症がでるのかもしれません。

そう思ってはっと気づきました。今年ホテルのバーで立ち上げれなくなり救急病棟に運び込まれ、色々な検査をされているときに、そのときは二人の医師がいたのですが、ひとりが、私の下頬をさして、この線はなんだろう、脳梗塞をやったことがあるのではないだろうかと言いました。私はやっていないと答えました。

しかし、今日カードをみて思ったのは、もしかして自分も脳梗塞をやっていたのかもしれない。ある時期から自分の表情はおおきく変わっている。

十年前に身分証明書用にとったにこやかな写真があり、これは今もっているパスポートにもつかわれていますが、数年後にとった写真の表情とは大きく違っています。最近こそやわらかい顔に写ることもありますが、当時はなんど撮り直しても、無表情。

そして、トロント時代のある晩、某法律事務所の新年パーティーの二次会の最中、急に息苦しくなり、外に出て深呼吸しようとしても呼吸が出来ず、ああ、死はこのようにしてくるのかと覚悟したことも思い出しました。タクシーを拾ってしばらくすると回復したのですが、なるほど、あのときは脳梗塞になっていたのかもしれません。美貌(笑)も年には敵わないと思っていたのですが。フェリさん、脳梗塞をすると頬に線がでるものですか。

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アクセスしにくい
日記へアクセスしにくく、なかなか書き込めません。

当地は24日から26日の三日は静かで、郵便の配達もありません。

24、25と小さな集まりに呼ばれて出席しましたが、街中にでると走っている車がすくなく、三十年前のバンク−バーに戻ったような気がしました。27日のクリスマス会は欠席。これで大晦日まで無事と思っていたところ、28日に小人数の飲み会をするという電話があり、あえなく頓挫。なかなか胃腸を休められない。また、悪い夢をみるかな。
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岸恵子の日本語
26日、テレビジャパンで「たそがれ清兵衛」を放映。ナレーターの声を聞いて、ああ、これは岸恵子にちがいないと思いました。

子供のころ映画館のポスターか何かでみた岸恵子は好みのオンナではなかった。「好みのオンナ」などというのは色気づいてから使うことばだから変かな。まあ、子供の目には、日本人らしくない、派手な、品のないオンナに見えたということです。

岸恵子はフランス人と結婚して日本を長く離れますが、何十年後かに離婚して、数年前日本へ戻りました。その直後、岸恵子をインタビューするテレビ番組を見てびっくり。彼女の日本語が美しかったからです。懐かしい、すなわち現代の日本女性がもちあわせていない美しい日本語です。

現代日本女性が使っている日本語はどうか。料理番組にでていた女性の話し方をメモしました。こういう具合です。
●さんま焼くのにい、フライパンをお、使ってえ、
●大きいい、さじでえ、一杯のお砂糖とお、しょうゆをお
●強い火にい、かけました
●先生があ、わざわざあ、穴をお、あけたあ
●皮がぱりっとしててえ、ジューシーでえ、おいっしいいいい

四十年前の学生運動家たちと同じです。
「我々はあ、何とかをお、かんとかするまでえ、戦いをお、やめないぞおおおおおお」
ニンゲンというより動物ですな。馬のいななき、狼の遠吠えとかわらない。

なぜ、かくもひんぱんに語尾を延ばして話すのか。相手に迎合する姿勢の表われか、胡散(うさん)くさいものをごまかそうとしているのか。いずれにせよ、間延びしていてだらしない。料理番組の女性にくらべるとニュースを読むアナウンサーはましですが、気をつけて聞くとやはり延びています。語尾は延びないもののNHKワシントン支局、T氏のぶつ切り日本語も聞きにくい。彼が、伝える、情報量は、時間の、割に、少ない、といえます。

何十年ぶりかでみる岸恵子は勿論おばあさんになっていましたが、歯切れの良いリズムで、しかも美しい言い回しで話すものだから、きれいな顔をした若い女性インタビュアーより遥かに魅力的で、品の良さといったらありません。日本を離れていたから美しい日本語を保てたとすればイブ・シャンピ氏の功も大です。

「たそがれ」の最後の場面でそれまでナレーションだけだった岸恵子の姿が映し出されます。インタビューのときから数年、さらにおばあちゃんになっていたけれど、いい感じでした。

日本女性の八割がたのみなさん、岸恵子を追いかけて、あの話し方をモノにしたら良いです。藤沢周平が描く、強く、やさしく、美しい女性に似てくること間違いないでがんす。
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夢界是苦悩也快楽也
夢は苦しいのも楽しいのもある。あたりまえな題でよろしい。

自転車が重くて前に進まないという夢をときどきみますが、これをみると目が覚めてもぐったり疲れています。逆に宙をとぶ夢のあとは気持ちがよく、目が覚めたあともしばらく反芻(はんすう)したりします。

宙をとぶのもいくつかの型があって、地上から垂直に浮かび上がるのはせいぜい数十メートルの浮遊。頭のさきから背骨にかけてすっとした感じで力をいれないで浮かび上がっていきます。城壁にそって上がっていくと壁の最上部にレリーフがびっしりと連なっていて、それをひとつひとつ見たあの夢はすばらしかった。

高いところから身を投げてとぶのはスピードがあって、移動距離も数キロにわたるスケールが大きい浮遊です。この型は敵の包囲網から逃げるという単純な設定が多く、飛ぶのにかなりの意思力が必要です。しかし敵につかまらないという絶対な安心感があって爽快な気分です。

鷲(わし)のようにゆっくり滑空するのは、非常に高いところから下界を見下ろしているので、意識をしっかりさせないと恐怖感にとらわれます。しかし生まれ変われるのならアンデスのコンドルだと思わせてくれるすばらしい昂揚した気分になり、ニンゲンがけちな存在に思えてきます。

今朝みたのは初めての型。やはり壁が出てくるのですが、垂直にのぼるのではなく、壁に貼られてある絵を左から右へ、浮遊しながら見ていくという情景。どういうわけか五十センチほど上下にゆっくり揺れながら横移動しています。タツノオトシゴの感じ。絵は力士の似顔絵で感激するようなものでないのが惜しかった。

ところで、ここニ日ほど日記にアクセスしにくい。管理者ページから書き込みして、出来上がったのを見ようとするとテンプレートしかでてこない。樹下夢(JUGEM)も暴飲暴食がたたったか。ちゃんと見えていますか?
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夢界是未来也過去也
夢の世界は未来である、過去である、とまたまた怪しげな題。

予知夢というのはかなりあたりまえの事象らしく、いろいろな実例が紹介されているし、わたしもたまに見ます。夢で過去にさかのぼるというのは別に不思議なことではありませんが、いまだ来ていない未来が夢にでてくるというのはどういう理由からでしょうか。ある仮説にしたがえば簡単に説明できますが、省略します。(前に説明したかなあ?)

予知夢と思ったことも実は今だれかが作りつつある計画かもしれない、ということは前にも書きました。他人の意識が眠っている自分のなかに入り込んでくるという次第です。空を飛びながら紺碧の海を眺めている夢などは鳥の意識が伝わってきたとしか思えません。

アルコールが抜けてきたせいか夢の内容がよくなってきました。今朝方みていた夢は、かつて通った日本の大学の一角らしい。見違えるばかりに綺麗な建物のなか。ある学部は学生が十人程度しかいなく、かれらの成績が壁に貼り出されている。だれか知ってる名前がないかとみるが、もちろんない。

学生達が五、六人、私には気がつかない。彼等は成績順には興味がないらしく、今学期なにを作ったかについて話している。本を出版した学生が何人かいて、傍ら(かたわら)のショーケースに立派なハードカバーが三冊入っている。すごいねえ、本が簡単にできる時代になったのだ。

左のほうには十畳くらいのサイズの、これはなんだろう、楽器プラス家具のオブジェかな。いや、ちがう。マホガニーで作ったらしき、ぴかぴかに輝くものは家具ではなくピアノのようなものか。後ろのほうにあるのは電子楽器にちがいない。やっぱり楽器だ。譜面台がある。これは今のと変わってない。作者とおもわれる学生を囲んで仲間がいろいろ質問をしている。みんなしぐさが優雅で、どこにそんな才能があるのが分からないごくあたりまえの顔をしている。

良いねえ、各々が自分の才能をなにかで表すというプロセスを自然に楽しんでいる。競争とか自慢とか嫉妬とか、いわんや嫌がらせ苛めなどという愚劣なものは全くない。ジンルイはまたひとつ高い次元に変化したのだ。

これも未来の話しではなく、どこかで現在進行中の景色かもしれません。みなさんも来年こそは高い次元で生きましょう。えっ、もうやっているんですか? 遅れてるのは、、(汗)
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夢界是多層也
夢の世界は多層なりとなにやら怪しげな題。

土、日、火の夜遊びのせいで、寝つきが悪くなっています。空気が乾いていてただでさえ喉がかわく季節ですが、アルコールで拍車がかかり、水を飲もうとして苦しんでいる夢を見ます。水が入っているコップを口にしてもいっかな渇きが止まらない。飛行機に乗り遅れそうになりあせっている夢、貧しい家を眺めてここを改造しければいけないと思案している夢、などなどあまり楽しくない夢の定番がつぎつぎとでてきます。

なかには非常にすばらしい訓戒が十個でてくるというのがあり、そのときはなぜだか夢の中のことだと分かっていて、夢からさめても覚えておこうと懸命に暗誦しました。全部おぼえたのを確信して注意深く目をさました時には、たしかにおぼえていたのですがすぐ書き留めなかったので、いまは消えてしまいました。ただ、十個の訓戒のなかに「勇気」というのがあって、夢の中で、他のすばらしい訓戒とはまったく異質の、訓戒というにはふさわしくない言葉が混じっているのが変だなと思ったことだけは覚えています。

これは現実の世界だからそんなことは出来ないのだが、たまにはいいだろう、やってしまえと、空中を飛びました。夢から覚めて、なんだやっぱり夢だったと思っているのがまた夢だったというのもあります。アルコールのせいで、現実と夢との境界があいまいになるのでしょうか。

しかし、夢から覚めて現実に戻ったと思ったらそれも夢だったというのは面白いと思いませんか。もしかすると夢は幾層にもかさなっていて、夢の世界から覚めて、現実にもどり、それがやはり夢の世界で、それからまた覚めた現実がまた夢で、とタケノコの皮をむくような時間を過ごし、ようやく目が覚めたときは、そういうことがあったことを思い出せないだけかもしれません。

ところで、今この瞬間、こうして書いていることだって夢だとしたらどうします。これを読んでいるあなただって不安になりませんか。もちろん、不安になる必要はありません。この現実世界が夢だとしても、目が覚めて新たな現実を生きているのですから。えっ、やっぱり不安ですか?
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クリスマス気分3
この日記の大家さん、JUGEMが12月21日、19:30〜22日早朝までメンテナンスで休業するそうです。その間日記は見えなくなると思われます。

JUGEMは休業したのかどうか分からないくらい、スムースに現状復帰。

21日火曜日は我が家で夕食会。総勢14人。過去一年間、夕食会に招いていただいた方々の一部へのお返しのようなもので、いつもなら飲んで、食べて、話しをして終わるのですが、今回はゲームをしたいというひとがいたので物置からゴルフのパッティング練習マットを出しておきました。

四チームをつくり、各人が小銭を出し合って賞金をつくり、それを争うという他愛のないゲームですが、チーム戦になると結構真剣になるもので、パットが入っても歓声、外れても歓声があがります。四チームで争ってトップチームが最初の掛け金を全部もらってぬける。残り三チームがまた掛け金を出しあって、トップチームが抜ける。最後はニチームが争い、最下位チームは賞金なし。

小額とはいえお金をとられっぱなしで帰るのは不愉快に違いないと、そこは気配りのホスト(私のこと)は負けチーム四人のために賞品を用意しておきました。中身は、“蕕判禧皀瓮奪の葉っぱでつくられたブックマーク(カナダ製)。¬蝋でつくった絵ローソク(日本製)F鷭叔前シンガポールで発行された正月用一ドルコインて本製ゴルフボール三個。

どれが一番高いかというとい如二千円近い。,聾淺官澆らい、△發修里らい。はケースに入っていて見た目には豪華ですが、値上がりしてなければ一シンガポールドルの価値で百円以下。

第三位チームが得た賞金は、ニドル、すなわち一人あたり五十セント(四十五円)。最下位チームになれば良かったと真剣な声が二位、三位チームからあがりました。みんなスゴイ物欲のかたまりだ(笑)。

コインをあてたひとが「きれいな、十ドルコインだねえ」といったので「えっ?」と心の中で叫ぶ。しまった、間違って一枚しか持っていない十ドルコインをだしたらしい。しかし、ここでうろたえては男がすたる。なにごともなかったような顔をしていました(多分)。ブックマークもローソクも高いものに違いないと誤解してくれただろうなあ。
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クリスマス気分2
日曜日、女声四、男声三のコーラスグループ主催のクリスマス会。このグループは野山真希さんがピアノ伴奏をしていたことがあり、十月二日の野山リサイタルのときの縁で私も招かれたのですが、130平米のコンドミニアムに三十人ものひとが集まり(入るものですね)歌、楽器演奏。

演目:主催者、ウィンズ・コーラスの歌はクリスマスキャロル数曲。ベルクワイヤーでトニー(ポーランド出身のアメリカ人)が間違った(内緒)。テナーの大西さん、このひとは本格的ですが、岳父が101歳で逝去したばかりで欠席。ウィンズの女性メンバー、橋本さん(国立音大卒)のピアノ弾き語り。シューマンかシューベルトかと思うイントロからグノーのアベマリアに続いた歌はなんと「川の流れのように」(美空ひばり)。うまかった。UBCの松本先生がアップルPCをラジカセにつないでカンツォーネを三曲(!)うたい、それにあわせて松本夫人がポールダンスともバレーともつかない踊りをおどり、上品路線の主催者モコ夫人から不評を買う。男性には好評(笑)。ピアニスト中務麗子嬢とバイオリニスト長井明氏がエルガーとクライスラーの曲。長井夫妻がベリオの「二挺のためのバイオリン」合奏曲。これが一番の喝采。ついで中務麗子嬢が即興でホワイトクリスマス。これも大喝采。白人の男性の所望でショパンを一曲。

ピアニストを除くと全員(多分)五十歳以上。みんな元気でした。フー(感心ならびに二夜連続の夜遊びの疲れ)

http://www.cocomaga.com/2002/hito/12/12.html
http://www.reikopiano.com/
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クリスマス気分
今年は電飾もクリスマスカードも昨年より早めに手をつけ、今日現在、余裕気分です。電飾はおとなりさん、おむかいさんより二週間早かった。クリスマスカードも海外向けは二週間前、カナダ国内向けは先週はじめにだし、これは去年より一〜二週間早いかも。

イラク戦争が終わらないのでカードには反戦メッセージをおりこみ、電飾は去年の三分の一の規模にしました。しかし中東出身のお向かいさんの電飾が去年よりだいぶ派手。こちらの気分も少々変化して、土曜日には裏庭を明るくしました。小泉首相の靖国神社参拝と同じように、平和を祈る気持ちで明かりをともすということで納得しましょう。

ところで土曜日の夜はゴルフ仲間の家に招かれ、食事のあとにカラオケ。カラオケは参加しないで帰ろうと思い車に乗り込もうとしたらホストが追いかけてきて連れ戻されました。午前一時になっても終わりそうにないのでトイレへ行くふりをして脱出。

遠回りをして帰ることにして、へースティングス通りを東へ走りました。西へースティングスから東へ−スティングスへ入るとホームレスの数がぐんと増えます。物乞いがきたら小銭をあげようと思って用意していたのですが、そういうチャンスもなく通り抜けました。しばらくするとパトカーが数台とまっていて検問。ワインを数杯飲んで二時間はたっていますが、検査されたらたぶんアウト。しかし、窓をあけて走っていたせいで顔が青くなっていたのか、そのまま通してくれました。

興奮していて眠れないのでヤフーのネット囲碁ラウンジへ行って一番だけ対局、勝ちました。飲んだ後は負けることが多いのですが、うまく呼吸を整えることができたようです。

日曜日は二時からバンクーバー・シンフォニーの演奏とともにメサイヤを歌うつもりでしたが、カラオケを歌ったあとなので声を出すのが嫌になり、くみちゃんだけが出かけました。アメリカでのクリスマスディナーも欠席することに決めました。
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未来へ飛ぶ
このサイトは日本時間で設定されているので、バンクーバー時間12月14日で書いたものが、15日の日記に掲載されました。書くときに時間を一日もどせば良いのですが、つい忘れてしまいます。このままで行きます。

「未来へ飛ぶ」という題をみて胸をときめかせたひと、ごめんなさい、こんな内容で。どこかで埋め合わせしますから。
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