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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

宗教戦争の醜悪
イラクを占領したアメリカ軍のイラク人捕虜に対する醜悪な映像が世界中に流れています。私がみたのは全裸のイラク男子たちを辱めている映像ですが、女性を辱めている映像もあるそうです。イスラム教では穢れた動物として嫌われている犬を使った虐待もあるようで、こういう虐待が生み出す怒りはキリスト教信者が認識できないほどの大きさであるに違いありません。
これでいままで穏健だったイスラム信者たちまで反米、反キリスト教に押しやったのも間違いないでしょう。
こういう醜悪なものが循環しますます醜悪なものが大きくなるところに宗教戦争の恐ろしさがあるのですが、これまでの経過をふりかえると悪循環が生じているという単純なことではなく、ハルマゲドン=人類最後の世界戦争を信じ、それを待ち望んでいるキリスト原理主義者たちがわざと混乱を大きくしているのかもしれないという思いがしてきます。
日本のテレビでイラク事情に詳しい酒井啓子さんがなんでアメリカはこういう(馬鹿な、無知な)ことをしているのが理解できない、というようなコメントをしていましたが、わざとやっているとすれば理解できます。


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ネオコンの友人
この日記は書き込んだのですが出てきません。エシュロンにひっかかったのでしょうか?(笑)またあとで書きます。


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イラクで日本人拘束・続き
八日に書いた日本人三人は一週間で解放されました。ファルージャの虐殺、と後世いわれるかもしれない米軍の爆撃、銃撃で女子供が殺されているさなかの拘束。血気、殺気が充満している世界で三人が殺されても仕方ないとみていました。同じ頃捕まったイタリア人はひとり殺されました。
三人の解放に際して小泉首相や福田官房長官が矮小なコメントをしたということに、日本人の世間知らずさを感じます。ああいうコメントはおそらくスペインやイタリヤの指導者からは出なかったことでしょう。
語弊がありますが、三人のうち一人くらい殺されていたほうが日本民族がオトナになるきっかけとなって良かったのかも知れません。


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アラスカ

ジャパンテレビをみていたら、アラスカの自然保護に人生の大半をすごしたアメリカ女性ふたりの番組がながれてきました。

飛行操縦ができる彼女たちにシアトルからアラスカまで中古飛行機をはこぶという仕事が舞いこんだことから、ふたりの人生はがらり変わり、アラスカのうつくしさにひかれ小屋をたてて住み、やがてアラスカの自然保護運動に携わるようになります。そのときどきの政治、経済、学会の思惑を押しとどめたり、方向転換させたりの連続で半世紀をすごします。

原住民が住んでいる近くで核実験をしようというチャリオット計画なるものがあったことを初めて知りましたが、広島、長崎の原爆でも放射能の影響はなかったという嘘をついて計画を進めていくくだりはハラハラしました。

そういう種類のニンゲンがのさばるのがとてつもなく危険な時代になっていることを知っているふたりには21世紀にあるべきニンゲンの智慧があります。それにくらべて、アラスカ油田を開発したいという欲だけが突出して、環境保全に思いがいたらないジョージ・ブッシュたちは理性も知性も欠く亡者にみえます。


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パンとサーカス

アメリカという国は民主主義国家などではないかもしれないと考えているうちに、浮かんできたのがパンとサーカス(bread and circuses)という言葉。ここでいうサーカスは円形劇場のこと。ローマ皇帝が民衆を治めるためにパンと野外劇場での競技を与えたという故事です。

アメリカで毎日おこなわれる野球、ゴルフ、アメフット、演劇、音楽、映画などがサーカス。スーパーマーケット、ショッピングセンターにあふれる食料、雑貨がパン。大統領が皇帝。

ここ、二年ほどアメリカに行くようになり、平均的なアメリカ人がイギリス人や日本人にくらべてはるかに人が良いと感じています。(以前にもニューヨークへよく行ったものですが、気が付きませんでした。)人がよいからブッシュの所業に疑いを抱かず、したがって国際情勢にうとい。イラクへの侵略にも半分以上のアメリカ人が賛成していました。

しかし、勝利宣言をしたあとアメリカ兵が殺されつづけているのをみたり、今年にはいり民主党の大統領候補たちがブッシュの正体を暴きはじめたりして、なんだか変だなと感じ始めているようです。その傾向はここ一、二週間で加速しています。

それでも彼らはブッシュの帝国主義的な側面を暴く、ハワード・ディーンではなく、パン不足(失業率、医療費増加)を指弾するジョン・ケリーやジョン・エドワーズを支持しそうです。自国民にパンとサーカスを与え続けるために、アメリカはたとえ民主党が政権をとっても色々なかたちで外国から富を収奪しようとするのでしょう。

なんだか、昔の左翼学生みたいな日記だねえ。しかしこれが、学生時代からノンポリで生きてきたわたしの実感です。



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記録みつかる・ブッシュ人気低下

1973年の夏休みの旅行記録が見つかりました。これを使って去年書いた日記に手をいれるつもりです。

先月末のアメリカ出張についての書き込みが進まない。理由がありますが、それを裏付けるかのように、ブッシュ大統領の支持率が50%を切り、もし民主党の大統領候補がジョン・ケリーになったらケリーが勝つだろうという世論調査がきょう報道されています。

イラク戦争は間違いだったとするアメリカ人も50%をこえました。こういうタイミングでイラクへ派兵する日本政府の外交音痴ぶりは悲しいものがあります。小泉純一郎という男に、事実探求を軽視し、自家撞着を恥じず、啖呵をきって事を進め、多くの人を死においやった陸軍参謀・辻政信の姿が重なります。辻はねずみ顔ではないが。

うーん、アメリカ出張の後遺症があるかな。



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ジャン・クレティエン首相・2

クレティエンが自由党の党首になったのは13年前、カナダ首相になったのが10年前。たくさんの人(カナダ人のみならず)に惜しまれながら首相の座をポール・マーティンにゆずりますが、その前に自由党党首をマーティンに昨日譲りました。多くのカナダ人がクレティエンの党首最後のスピーチに涙を流しました。

明日から日本に行きます。日本でカキコミが出来ない時は一週間後に帰ってきてからまとめてやります。





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ジャン・クレティエン首相

ジャン・クレティエンというフランス系カナダ人がカナダの首相です。

十年前の11月4日、クレティエンが首相に就任したときのカナダは先進国のなかで最悪の財政赤字を抱えていて、北米大陸のアルゼンチンと言われていました。クレティエンがその公約どおり財政赤字を解消させた功績はカナダ歴史に残ります。

その功績に私がとりわけ感心するのは、対照的に日本の自民党政権が財政赤字を解消するどころか悪化させているのをみているからかもしれません。カナダの国民は赤字時代を忘れてしまったようにもみえます。

カナダの国民はクレティエンの最大の功績はブッシュのイラク侵略に反対したことであるとしています。第二次大戦中、イギリスの代わりに香港派兵をした失敗を繰り返さなかったカナダ国民がいたから、クレティエンもそういう判断ができたのかもしれませんが、カナダにとって政治経済両面にわたって最大のパートナーであるアメリカからの圧力に屈しなかった姿勢はカナダ政治史で赤字解消より高く評価されるのかもしれません。

財政赤字から抜けられないのにイラク復興資金という名のもとにアメリカに50億ドルも支援する小泉純一郎はクレティエンと比べることもできないほど経済感覚が甘く、無責任な指導者です。そういう人を支持するのが多くの日本人であるということが私には理解できません。カナダのテレビではイギリスが9億ドルなのに日本は50億ドル出す、と呆れ顔で報道されました。

クレティエンはまもなくカナダ首相の座をポール・マーティンに譲ります。


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日本で捕虜生活を送ったカナダ人

昨日は戦争関係の報道がたくさんありました。そのなかのひとつ、日本で捕虜生活を送った三人のカナダ人の話は衝撃的でした。映画フィルムを交えて三人の話を二十人ほどの戦争を知らない若者が聞くという番組。三人は白人でしたが若者のなかには日本人のような顔もありました。

香港に送り込まれたカナダ軍はほどなく日本軍に投降し、日本で三年の捕虜生活をおくりますが、収容所の扱いがよくなく栄養失調でやせこけた姿に息をのみました。

日本の話だけではなく何故カナダ軍が香港に派遣されたかという当時の政治状況も話されました。英国のチャーチル首相はこれ以上香港に英国の兵力を投入するのは経済的にあわないと判断し、カナダの派兵を求め、時のカナダ政府がそれに応じた。ブッシュの要請に応じて五千五百億円をだし、自衛隊を派遣しようとしている小泉政権に似ています。

三人の発言は様々でした。「日本軍の仕打ちは酷かった、絶対許さない」「戦争はあらゆるものを狂気に導く」「カナダで刷り込まれていた無慈悲な日本人というイメージが日本人をみて変わった」「軍隊にはいくな」

三人ともブルーの制服、ベレー帽で身をただしていますが、きいているうちにもともと軍人であったというよりは、時代の流れに翻弄された民間人であったという感を強くいだきました。

軍隊には行くなと言った人のあとに別な人が自分は少々違う意見だといいましたが強い口調ではありません。国のために戦うという行為を否定しないけれど、まもなく一生を終えようとする年になって省みると、国のためという美名のもとに人生を犠牲にしたことの馬鹿馬鹿しさを感じるのでしょう。戦争に送り込む指導者が無傷でいたことの馬鹿馬鹿しさと同時に。

イラクに派遣される自衛隊員の何人かが殺されたり、捕虜になったりするときにその人たちが味あう絶望感をしっかり想像する、アメリカのイラク侵略の本質をとことん考える、というプロセスを欠いたまま小泉純一郎氏は走っています。愚かな指導者からイラクに送り込まれて辛酸をなめる自衛隊員の話を五十年後に聞く若い日本人もいるのでしょう。



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11月11日

1921年、カナダは第一次大戦休戦日である11月11日をサンクスギビングデイ(感謝を捧げる日)に制定し、十年後1931年にはリメムブランスデイ(思い出の日)としました。国のために戦った戦没者の霊をなぐさめる日です。アメリカではベテランズデイ(退役軍人の日)と呼びます。

11月11日にはいろいろな式典が開かれたり、だんだん少なくなっていく退役軍人の話を戦争をしらない若者が聞いたりします。

この日のための募金があり、どういう理由なのかわかりませんが、ケシの花をかたどったピンが町のそこここで売られ、多くのひとが胸に飾ります。日本の共同募金の羽のように赤い色で良く目立ちます。

日本人である私はこのピンを付けません。カナダは第二次大戦中は日本の敵国であったのだから当然なのですが、しかしカナダ人を敵にしたことの無い世代でもあるのでケシのピンをつけていること自体を不愉快には思いません。ただ、かつて日本と戦って死んだカナダ人も悼むわけなので、ピンをつけているカナダ人に囲まれると居心地の悪い思いをするのは仕方ありません。



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ブッシュ戦争

久し振りにブッシュ戦争のことです。

イラクでアメリカのヘリコプターが地対空ミサイルで落とされ、十数人の犠牲者がでたと繰り返し報道されています。さきほどブッシュはアメリカは逃げないと強調しました。

彼が戦争終結を宣言してから数ヶ月たった今もアメリカ人を中心とする犠牲者が絶えないことや大量破壊兵器がみつからないことなどのため、アメリカ国民の半数がブッシュ戦争に対して批判的になっています。テレビでみるブッシュの表情は強気の発言とは対照的に生彩がありません。

これまではアメリカ人の犠牲者がでても散発的なゲリラ攻撃の様相がありましたが、今回はミサイルを使った本格的な攻撃とあってブッシュの受けたショックは大きかったようです。

このような本格的な攻撃をイラクの力だけではできないとみるのが自然かもしれません。アメリカ世論の流れが変わってきたので、ブッシュ戦争に反対してきた中、露、独、仏のいずれかがひそかにイラクに軍事支援をはじめたという可能性がゼロとはいえません。もしそういうことであればアメリカの犠牲者はブッシュが退陣するまで増え続けるでしょう。


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金持ちはいくらの家に住んでいる

中東戦争からちょっと横道にそれます。

三十年前の北米では三千万円といえば超がつく豪邸が買えると書きましたが、今ならどうでしょうか。さすがにバンクーバーでは超豪華な家は買えません。しかし車で一時間弱のところなら可也豪華な家が買えます。

ところで1996年に発行されてベストセラーになったThe Millionaire Next Door という本があります。日本語訳が出ているかもしれません。私が訳すとすれば「億万長者は隣に住んでいる」。

アメリカの人口の3.5%が億万長者なのだそうですが、彼らが住んでいるのは超豪華な家ではなく、普通の人が住む家。従って億万長者は普通のひとのお隣さんにいるというわけです。かれらが住む家の平均価値は32万ドル(35百万円)とあります。

アメリカの億万長者が住む家としては安いなあという感じはありますが、それより痛感することは東京近辺でみる三千万円の物件は中身とくらべて高すぎるということです。


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第四次中東戦争・不動産を買えないか

はるか彼方へと遠ざかる日本の不動産価格を見ながら考えたことがふたつありました。

ひとつは、東京から一時間以上かかる家が千万円もするのは一時的な異常現象でいずれは下がるだろう。もうひとつは、それまで高いと思っていたが、今や北米の不動産は安い。

日本の不動産価格がいずれ下がるという考えは正しかったのですが、それが現実のものとなるまで実にニ十年の時間が必要でした。

もうひとつの考えも正しく、東京で三千万円の高級マンションが売り出された三十年前、ロスアンゼルスやバンクーバーで三千万円といえば超がつく豪華な家が買えたものです。今日現在でも日本の不動産が下がったとはいえ、そしてバンクーバーは目下ミニバブルで不動産の値段があがっているのですが、まだまだ日本は割高です。

さて、三十年前の十月以後、日本の不動産はどんどん上がっていきますが、どうせ留学が終わって日本に帰るまでは何もできない、帰った頃に下がり始めるかもしれない、と開き直りました。

同時にカナダの不動産購入を考えました。日本にくらべ割安とはいえ、もとより家を買う資力はありません。独身寮で一緒だったレンの実家は不動産業。レンに五十万円で買える不動産はないかと聞くと、家は絶対無理、しかしデルタの土地なら買えるという。デルタというのは田舎ですがバンクーバーから車で三十分もすれば行けるところです。そう聞いたものの五十万円の金だって無い。しかし買いたい。


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第四次中東戦争・日本のインフレ

原油価格が一年で四倍にあがったため、日本の物価も上昇します。年率にして30%ちかいインフレになった月もありますが、原油が400%高騰ですからそのくらいのインフレなら健全というのかもしれません。しかしサラリーマンはじめ一般のひとの収入はそんなに上がらないのであせります。

一ヶ月遅れで図書館にくる日本の新聞をみていると物価がどんどん上がっている。一ヶ月遅れのニュースですから読んでいるさなかに何が起きているかを想像すると恐ろしくなります。国際電話がべらぼうに高い、インターネットなどもちろんない時代ですから、なにが日本で起きているかは想像するだけ。宇宙旅行をしているあいだに地球が滅びてしまうという話のようなものです。

不動産の値段がどんどん上がっていき、東京まで一時間以上もかかるところの一戸建て住宅が千万円を越すようになります。都内のマンションで三千万などという広告もあります。入社十年のサラリーマンの年間所得が二百万円あるかないかです。入社数年の私が絶望的心境になったのは自然です。

こういう心境から何が生まれたのかを明日かきます。



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第四次中東戦争・ビジョン

日本経済が受ける痛手はほどなく回復する、北海油田を開発している英国の優位性はそれほどでもない、という判断が正しいと分かるのに余り時間はかかりませんでした。1978年には「ジャパン・アズ・ナンバーワン」といわれるほどになります。

そういう判断が出来た三十年前の自分はなかなかの者であったと振り返って思います。判断の根拠がどのようなものであったかを説明するのは難しいのですが、要は経済の成り立ちにおける諸要素の中で原油価格が占める割合を考え、その他の要素とのバランスを考えた末の判断でした。過去の経緯を考え、森羅万象に思いを馳せて未来図を探す。森羅万象というのが大事なところです。無論すべての事柄に思いを馳せることはできませんが、心構えは森羅万象を捉えるところにあります。

ビジョン(予見力)を磨こうと思う方はやってみてください。コンピュータに限られた情報を与えて分析するという方法よりしばしば勝ります。ビジョンについては別の機会にまた書くつもりです。

三十年まえの十月六日に始まった第四次中東戦争は十月二十二日に終わりました。そのごはアラブ対イスラエルの大戦争がない代わりにイラン・イラク戦争、ブッシュ・フセイン戦争が目につく三十年でしたが、イスラエルは国連決議事項を守らないまま、軍事活動がエスカレートしています。そろそろ第五次中東戦争が起きるのかもしれません。などという予想は当たらないほうがよいのですが。



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第四次中東戦争・石油価格高騰

日本は1960年代以降、エネルギー源を石炭から石油へ転換しつつありました。国内の石炭を使うより中東から輸入する石油のほうが安くて効率の良いエネルギーだったからです。

第四次中東戦争を契機にアラブ石油輸出国機構が原油の価格を四倍に上げます。四倍も上がってしまっては安いエネルギーとはいえませんが、すでに輸入石油に依存する経済ができていましたから今さら石油を使わないというわけにはいきません。原油価格高騰は他の諸物価の高騰に波及していき、年率二十パーセントを越えるインフレになり、同時に戦後初のマイナス成長となります。

インフレを見越して利益をあげようとして企業はモノの出荷をとめたり、買い占めたりしてモノ不足の世の中になり、消費者は合成洗剤やトイレットペーパーの買いだめをしました。

英国出身の教授が言ったように日本は打撃を受けました。しかし私は日本の経済が決定的な痛手を蒙ることはなく、すぐに回復するであろうと考えました。同時に北海油田のある英国がチャンピオンになるとは思わなかった。



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第四次中東戦争・ジャップパウンド

10月14日の続きです。

アラブとイスラエルの中東戦争で初めてアラブが勝ったのが第四次中東戦争。1973年10月のことです。

ビジネススクールの要領が分かったとはいえ懸命に勉強している最中に起こったこの戦争にさしたる興味はありませんでしたが、ある授業で英国出身の教授が、これで石油価格が高騰するが英国は北海油田の開発を進めているので安泰だ。日本がおおきなダメージを受けるであろうと言いました。

日本からの学生は私一人でしたが、社会人の経験があるので実務の経験をバックに英国教授の説に異を唱えることもあり、生意気な日本人だと思われていた節があります。

彼がユーロドルの話をしていたときのことですが、日本で英ポンドを使えばこれはジャップパウンドと呼ばれよう、などと言ったのはジャップ(日本人の蔑称)と言いたかったからです。まあ、そういう嫌味を言いたいほど私も辛らつだったのでしょう。


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第四次中東戦争

中東戦争とはイスラエルとアラブ諸国の戦争をさします。平均的な日本人には遠い世界の出来事で私も三十年前は、いや今でも関心が高くない。

1948年5月イスラエルが建国を宣言。翌々日に第一次中東戦争がはじまり翌年まで続く。

1956年6月ナセルがエジプト大統領になりスエズ運河を国有化すると10月にイスラエルがシナイ半島を侵略し第二次中東戦争が勃発。10月英仏軍がスエズ運河に出兵。イスラエル軍の撤退が翌年4月。

1967年6月イスラエルが僅か6日でヨルダン川西岸、ガザ地区、ゴラン高原、シナイ半島を占領。

いずれもイスラエルのアラブ側への侵略戦争、先制攻撃で、戦略、軍事力にまさるイスラエルの三連勝でした。

第三次戦でイスラエルが侵略したことは国連で批難され占領地からの撤退を求められますが、イスラエルは無視します。

1973年10月6日エジプトがイスラエルを先制攻撃し、中東戦争ではじめてアラブ側が勝ちました。ここで再び国連がイスラエルに占領地域からの撤退を求めますが今に至るまでイスラエルは国連決議に従っていません。

というのが中東戦争のおおざっぱな流れですが、三十年前のアラブ側初勝利は日本にも大きな影響を及ぼします。私にとっても大きな刺激となり、日本経済やカンツリーリスクというものに関する勘が鋭くなっていきます。続きはまた書きます。



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ブッシュ戦争
さきほどCNNのニュースでブッシュが本日こういったという報道がありました。

サダム・フセインが911テロに関与していたという証拠はない。

911テロはオサマ・ビン・ラディンの仕業だと云ってアフガニスタンに侵攻し、次はサダム・フセインを悪玉に仕立ててイラクに侵攻。

オサマ・ビン・ラディンは911は自分達がやったことではない、という声明を出したにもかかわらず、またサダム・フセインも大量破壊兵器はない、ブッシュと話し合いたいと云ったにもかかわらず、また国連もイラク侵攻を是としなかったにもかかわらずブッシュ戦争がはじまりました 。

本日現在、両国ともアメリカが侵攻したことにより混乱に陥っていることは日々の報道の通りです。 ブッシュの報道操作により、アメリカ人の7割は911にサダム・フセインが関与していると信じていますが、ここにきてブッシュの発言が変わってきたのは何故でしょうか。いくつかの仮説が考えられます。頭の体操にもってこいです
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カナダ人とアメリカ人の移民

カナダとアメリカにさしたる違いはないのではないかと感じていたのですが、カナダ生活が一年間たってみると両国は別の国なのだと分かるようになりました。別な国だというのは当たり前のことなのですが、そういう実感がなかったのです。

カナダの移民官が「カナダ人はスローかもしれない」といったようにアメリカに対して多少の劣等感があるようでした。カナダ人学生に聞くと「今まではアメリカに対してコンプレックスを抱いていたが、カナダがくらしやすい国だということ、アメリカにないものがカナダにあることを知り始めた」と言いました。

カナダ人の劣等意識は両国間の移民数に現れるだろうと思い統計を見たことがあります。案の定、より裕福なアメリカへ移民するカナダ人が断然多い時代が長く続き、これが1970年に逆転しました。カナダ人がアメリカに対し抱いていた劣等感が薄まった年なのでしょう。を以下は両国間の移民数の変化です。

米加間の移民数(千人単位):
   米⇒加  加⇒米
1946 11.5    20.4
1950  7.8    21.9
1954 10.1    34.9
1958 10.8    45.4
1962 11.6    44.3
1966 17.5    28.8
1969 22.8    25.0
1970 24.4    23.0
1972 24.4    23.0

ベトナム戦争への徴兵逃れでカナダに逃げ込んだアメリカ人は統計に載っていないとすれば、実際の逆転は1969年におきていたのかもしれません。

1973年には移民特別法ができ、違法滞在者が申請すれば正式移民になれるようになったので1973年の数字をみればそうした徴兵のがれのアメリカ人の数が推察できるだろうと考えたものですが、1973年以後の統計をみないまま三十年たちました。実際はどうなったのか、機会があれば調べて見ます。


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国境・続

カナダからアメリカへ入って知人の奥さんを迎える前のアメリカ移民係官との会話です。

「何処へ行く?」
「ここから百ヤード走ったところで或る人をピックアップしてカナダに帰る」
「何処に住んでいる?」
「バンクーバー」
「バンクーバーにliveしているのか(住んでいるのか)それともstayしているのか(一時滞在なのか)」
「一年間liveしてきた」
「permanent address(本当の住所)は何処だ」
「日本」
「今日中にカナダに帰るのか」
「そうだ」
どうでも良いことをクドクド尋ねる、陰気な人だと思ったものですが、いま振り返ると、職務に忠実な役人だったのでしょう。

オフィスを見回すと、前回来たときにあったニクソン大統領の写真がなくなっていました。建物の外にひるがえっている星条旗は古く破れていました。ベトナム戦争で疲弊していた頃です。

アフガニスタン、イラクに攻め込んだアメリカはふたたび三十年前の状況になるのかもしれません。ニクソンはベトナム戦争をやめさせた大統領ですが、ブッシュは戦争をはじめた大統領。ブッシュに代わる大統領が生まれるまでアメリカはひどい状況で進みます。



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国境

三十年まえの九月二十六日の話。

わたしが勤務していた会社のトロント事務所へ転勤になった人の奥さんが、ご主人の赴任から三ヶ月遅れてトロントへ。途中シアトルにいる知人宅に泊まり、そのあと車で国境までくるので迎えにきて欲しいとの連絡がはいり、国境まで行きました。

国境を越したところで無事彼女を引き取り、カナダのパスポートオフィスに戻りました。この間わずか二十分でしたが、いったんカナダを離れたのでカナダ入国には審査があります。係官との質疑応答です。

「どこに行った?」
「国境まで。知人を迎えに」
「何処に住んでる?」
「バンクーバー」
「移民か?」
「違う。UBCに留学中」
「ほう。UBCか。何の専攻?」
「ビジネス」
「どのくらいいる」
「一年たった」
「カナダはどうだ」
「素晴らしい国だ」
「それは嬉しい。カナダ人はスローかもしれないが」
「、、」
「あなたの友人はどこへ行く?」
「トロントにいる夫のところ」
「彼の職業は漁師か」

カナダに住む日本人は漁師が多いのかなあと思いました。

明日はアメリカの移民官との会話を書きます。


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ノーム・チヨムスキー・霧のハイウェイ401

坂井夫妻と遅くまで話していたときにブッシュ戦争の話になり、チョムスキーの本を読んだかと聞かれました。チョムスキーが言語学者であることは知っていましたが読んだことがありません。

この本です、と坂井夫人が見せてくれたのは文春文庫「9.11 アメリカに報復する資格はない」。ブッシュがアメリカはテロと戦うと宣言したのですが、チョムスキーはアメリカ自身がテロ国家であると分析しています。

29日トロント空港とバンク―バー空港の本屋にたちよったところチョムスキーの本がたくさん並んでいました。今年の初めには気が付かなかった。Power and Terror  Post−9/11 Talks and Interviewを買いました。来月アメリカへ行くのでアメリカの空港でも売っているのかどうかを見てみます。

坂井宅を六時半にでて二百キロ先のゴルフ場に向かいましたが、ハイウェイ401号に入って暫くすると霧。ラジオでアメリカのミシガン湖の東は激しい雷雨、徐々にカナダに移動してきている、と言っています。制限速度100キロをまもる車はほとんどなく、走っている車の五台に一台が大型トラックという401は雷雨より霧のほうが怖い。

四、五年の冬、小松長生さんや高木裕美さんの演奏をキッチナーで聞いた帰りに吹雪の中、匍匐前進するように401を100キロほど走ったことがあります。そのときは速度を70キロにおとしたものです。夜も遅く、走っている車の数が少なかったのでよかったのですが、今は朝のラッシュ時。視界が四、五十メートルの中たくさんのトラックがうしろから迫ってくるのでスピードを落とせません。前にはテールランプをつけない車も走っていたりするのでうっかりすると追突します。

五十キロほど走ったところで霧が晴れた時はホッとっしました。



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ブッシュ戦争

サダム・フセインの息子ふたりの死体写真が公開されました。

米兵二百人が六時間攻撃、空爆、死体は黒こげ、という報道がありましたが、死体の写真は血はついていますが黒こげではなく綺麗。一緒に殺された十代の子供の写真は出しませんでした。

イラクに大量破壊兵器があるというのがアメリカの言い分ですからサダムの息子なら捕らえて真相を聞き出せば良いのにというのが普通の発想です。さして大きくもない民家にいた四人を二百人で囲んで兵糧攻めでもすればよかったのです。

十三年前の湾岸戦争のアメリカの当事者の回顧録などでパパ・ブッシュの意図が明確になっています。今日はチェイニー副大統領が戦争の正当性を訴えましたが、石油、軍事産業に深い関わりのある鷹派で知られているチェイニーのキレイゴトは眉に唾をつけて聞くだけです。時がたち、今はやぶの中で分かりにくいブッシュチームの意図・真相がやがてはあきらかになるでしょう。



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ブッシュ戦争

サダム・フセインの息子ふたりを含む四人を二百人の精鋭米軍が六時間かけて殺したと報道されています。

精鋭二百人が四人を六時間かけて殺したというので死体は黒こげ。はて本当にサダムの息子だったのかどうか分からない。歯型がきめてですか。本当に見分けたいのなら黒焦げになるまえに撃ちかた止めです。証拠隠滅のためには死んだあとも撃て、撃て、撃て。

ブッシュ戦争の経緯を見てきた人はそういう目でみています。これまでの経緯のいくつかを振り返ってみます。

911はオサマ・ビン・ラディンの仕業だときめつけ(オサマは否定した)アフガニスタンに攻め込み駐留軍を置く。イラクは大量破壊兵器を持っていると云って国連査察を中止させ攻め込み石油利権を押さえる。大量破壊兵器がみつからないことにいつまでこだわるのか、と開き直る。イラクの病院で治療を受けていたジェシカ・リンチという女性の兵隊を「救い出した」という。

ブッシュ・チームが発信する情報の半分以上が胡散臭いものであるというのは様々なメディアが指摘しており、今回の報道を信じない人がいても仕方ない。ブッシュ・チームは何をしたいのでしょうか。


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HPアクセスできず
イラクが大量破壊兵器を破棄しないからといって開戦したのですが、兵器が見つからないとなると困るので、戦術変換して、サダムフセインを追い出し、イラク国民に自由と民主主義を与えるというモットーを掲げました。

英米軍の圧倒的勝利で戦争が終わりそうですが、イラク政府の機能が麻痺し、イラクのTV放送や警察の機能も停止しています。イラク人による略奪が横行し、病院も機能停止するなど混乱状態に陥っています。

テレビではブッシュが大量破壊兵器は必ずみつかる云い、ラムズフェルド国防相が混乱は大げさに報道されていると発言していますが、さてどうなるでしょう。ブッシュは当然CIAを使って大量破壊兵器を「発見」させることを画策しているでしょうが、アメリカが持ち込んだと分かればさすがにブッシュ政権は倒れるでしょう。

イラクの諸機能が停止したのとほぼ同時に「木霊の宿る町」にも書き込みができなくなりました。いつ復活するのか分かりませんが、日陰で書き続けます。

ゴルフのメジャー・トーナメントの第一戦、マスターズが始まりました。初日の木曜日は雨で順延、金曜日終わったところでカナダのマイク・ウイアがトップに立っています。まだ土曜日、日曜日の戦いがありますからどういう展開になるのかを予想するのは無謀ですが、この日記にメジャーでマイク・ウイアが優勝するかもしれないと書いたことがあるので彼に勝って欲しい。イラク戦争のように圧倒的な武器の差で勝負する人間たちより個人の技、精神力で勝負するゴルファーたちのほうが断然偉い。ゴルファーたちは勝っても負けてもブッシュやラムズフェルドのような偽善者の表情はない。ちなみに三連勝を狙っているタイガー・ウッズはこの戦争に反対していました。多分マイク・ウイアもそうでしょう
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ブッシュの戦争・続き
2月15日に書いたテーマですがイラク危機のことが気になり、バンクーバーのことを書く意欲がしぼんでいます。よって、もう一度書きます。

Pは戦争中、満州で生まれ、我が家に侵入してきたロシア兵や引揚げ船のことをかすかに覚えています。戦争がはじまると人類の幼稚な残虐さをとめることができず、多くの弱者が犠牲になることに例外はありません。

アメリカはサダムフセインが悪であると糾弾していますが、敵を悪と呼ぶのはインディアンを虐殺したとき、日本に原爆を落としたとき、ベトナムをナパーム弾で焼いたとき、タリバンを空爆したとき、どの戦争でも使われた口実です。

サダムフセインがどれだけ悪い人間なのかを考えてみました。

酒井啓子さんというイラク研究者の本を読んでみての感想ですが、サダムフセインが極悪人であるとは思えません。

群雄割拠しているがゆえ欧米の餌食になりやすいイラク、アラブ地域をまとめようとしている英雄であるという面がみえます。

国をまとめていくための頭脳、実行力、冷酷さは織田信長を思わせます。

アメリカは自分の都合でイラクを敵にしたり、味方にしたりしてきましたが、1990年フセインが「イスラエルがイラクに対して何かを企てるなら、イスラエルの半分を焼き尽くす」と発言したのがきっかけで、アメリカはイラクを敵とみなし、湾岸戦争へ誘導し、あっさりフォール勝ち。

戦後は国民のフセインへの不満が高まり、政権が転覆することをもくろんで経済制裁を続けますが、フセインは倒れず、あいかわらずアメリカに恭順の意を示さない。

オヤジが仕上げそこなったサダム退治を息子ブッシュがやりたがるのは理解できます。

多小、無理な理屈だが戦争しようっと。

オヤジだって胡散臭い仕掛けであれだけ多くの国を味方につけた、僕もいけるだろう。

しかし12年前と違って、多くの人が、湾岸戦争の後遺症や経済制裁の残酷さ、そしてイラクの軍事力が実はたいしたものではないと感じており、また、イスラエルの不埒を見逃してアラブ民族だけを叩くことが生み出す危険性にも気がついています。

「ブッシュの戦争」に賛同しない人が増えたというのは21世紀の人類が前世紀に比べて進歩した証拠でしょうか。

戦争がはじまればたいした進歩とはいえないのですが。
| おのまのプロフィール | 政治経済 | 20:27 | comments(2) | trackbacks(0) |
ブッシュの戦争
1965年〜1975年の十年間、アメリカはベトナムで戦争をしました。
Pが留学したのは、前任大統領から引き継いだ戦争をニクソン大統領が終わらせようと四苦八苦している頃です。

アメリカは1964年の「トンキン湾事件」なるものを口実に十年戦争を始めたのですが、「トンキン湾事件」がおきたときに、Pはでっち上げ事件としか思えないとアメリカの友人に手紙を書いたものです。当時の国防長官マクナマラはのちに回想録ででっち上げを認めます。

2月14日、国連の安全保障理事会がありました。アメリカ・イギリスがイラクを侵攻しようとしている件でシリヤ、フランス、中国、ロシアが反対演説をし、イギリス、スペイン、アメリカが賛成演説をしたというのがおおまかな図です。会議に出席できないカナダはアメリカに国連決議を尊重せよ=単独で戦争を始めるなという姿勢です。

ブッシュ親子がイラクと戦争をした、もういちどしたいというのは、別に高邁な目的があってのことではなく、ベトナム戦争のときと同じような動機、すなわち、現政権を打倒してアメリカの傀儡政権をつくりたい(石油ビジネスの権益を得たい)ということでしょうね。

パウエル国務長官は、イラクが国連査察を12年間邪魔してきたと云いましたが、実際はブッシュ父がクリントンに敗れたのを機に、ブッシュが云うほどイラクが危険でも邪悪でもないと判断していた国連が査察の手を緩めたというのが真相にちかいのではないでしょうか。ブッシュ子が大統領になってまた騒ぎはじめた、しょうがないなあという感じです。

中東地域で大量破壊兵器を擁し、国連決議を破って他国を占領している国はイスラエルである。(それをほっておいて)国連査察を受け入れているイラクを侵攻するのはおかしいではないかというシリヤ代表の演説が中東平和問題の真相をついていると思います。

シリヤ演説をCNNはじめアメリカのテレビは無視していますが、ベトナム戦争で反戦運動をしたアメリカ人の子孫から判断力、良心がなくなったとも思えないので、なにか影響がでるかもしれないかという興味があります。

何年後かに出るかもしれないパウエル回顧録に書かれていることを想像しながら、ベトナム戦争を思いだしながら、テレビを見ているバレンタインデイでした。
| おのまのプロフィール | 政治経済 | 19:27 | comments(2) | trackbacks(0) |
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