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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

物乞う仏陀・2
四年の間に訪れたスリランカ、インドネシア、ミャンマーで気になったのが浮浪児。いまは浮浪児よりストリート・チルドレンという人が多いでしょうか。

お客さんとの夕食を終えホテルに戻ると建物の蔭に身を寄せ合って眠っている子供達を見て心が痛んだりしたものですが、痛んだからと言って何かできるわけではありません。せいぜい多少の金をあたえるくらいで、実質的には見て見ぬふりです。

浮浪児、浮浪者を見て、見て、更に見たのが「物乞う仏陀」の著者。アジアに行かれた事の無いヒト、行っても私のようなヒト、こんな日本でよいのかと思っているかたは是非お読みになると良いです。悲惨な光景に免疫力の無いヒト、自分に力がないことに気がついて絶望しがちなヒトにはきついかもしれません。
http://www.kotaism.com/
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物乞う仏陀
1978年から四年間シンガポールに勤務しました。シンガポールに投資した、あるいはこれから投資しようとしている日本企業とのビジネスを開拓する係長というのが私の役柄で、毎日のように会社めぐりをしていました。取引先は順調に増えていき、お客さんの依頼でなんどか近隣諸国に出張をしました。

コンテナの床材を輸入していた東急車輛の所長さんから材木業者を紹介するから汽車でマレイシアに行こうと云われたときは迷わず出張しました。材木会社二社紹介され、そのうちの一社と取引が始まったので効率の良い出張でした。

そのように効率のよい話は稀で、取引先になってもらうには様々な努力、工夫が要ります。努力のなかで欠かせない基本は相手を何度も訪問することです。ビジネス・チャンスというのはいつか出てくるもので、そのときその場所に居合わせていると俄然有利になるのです。

訪問を繰り返してもなかなか取引き先になってくれなかった会社のひとつがミノルタカメラ。何度目の訪問だったでしょうか、ある日のこと、社長さんが近く水中カメラを売り出す、モルディブでカメラのテストをするから一緒に行きませんかと言いました。

モルディブというのはサンゴ礁の島が何千とあつまっている国で、仕事のチャンスなどあるはずもなく、またシンガポールから直行便もない遠い処ですから会社で行ったヒトはひとりもいません。支店長に相談すると、スリランカ出張と合わせて行ってこいというのでモルディブ出張をしました。

飛行機からみるさんご礁はこの世のものとも思えない美しくも不思議な光景で来て良かったと思い、透明度の高い温かい海で泳ぐと魚が寄って来て、海の中にいた何億年前のわが先祖を感じたりしました。その後ミノルタとの取引が始まったのですが、いま考えても会社の金でああいう出張をして良かったのだろうかと思います。

うーん、こんなことを書くつもりではなかった。「物乞う仏陀」という本を紹介するつもりが脱線。⇒おススメ商品紹介

http://remonhouse.ld.infoseek.co.jp/
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ロスアンゼルスの緑の明かり・疑問解けず
2月28日の夜、着陸態勢にはいった飛行機の窓からロスアンゼルスの町をみおろしていました。これまで何度かロスアンゼルに来ていますが、夜景は初めてかもしれません。

だだっぴろい平原に広がる大きな明かりの塊は見事だと感じたり、夜は暗いほうが良いのかなと思ったりしているうちにおやと思ったのが住宅街にみえる緑色の明かり。

普通の電灯色にまじって三分の一ちかくあったでしょうか。三十年前のバンクーバーの青色の明かりがこれであったのか、いやこんな色ではなかった、もっと青かった、などと迷いました。

2003年1月10日に書いた疑問は永久に解けないのでしょうね。
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変身術・護身術

イグアナにかぎらず密林、川に棲んでいる様々な動物はまわりの形、色に溶け込んでいます。木にとまっている十数羽のこうもりはガイドが云うから納得しましたが、木の幹についた斑点模様にしか見えません。外敵から身を守るための変身術、護身術です。

ニンゲンも異国にいったら変身術を使ってその国の人たちに溶け込み、スリや誘拐から身を守りましょう。「郷に入っては郷に従え(ごうにいってはごうにしたがえ)=どこかに住んだらその地の風俗、習慣に従うのがうまく生きる方法」とは少々違います。こうもりが木の斑点模様になるように風景に溶け込み、異邦人だと思わせないようにするのです。

顔が日本人だから不可能、短期滞在じゃムリとあきらめる必要はありません。顔がちがうからこそ、短期滞在だからこそ必要だともいえます。以下、変身術の極意です。

極意その一:その地の人々の動きかた、まずは歩くスピードにあわせる。皆がせかせか歩いているところではせかせか歩く、ゆっくりのところはゆっくり。そこのリズムにあわせていれば異邦人の特徴が目立たなくなります。無防備にきょろきょろしたりしないで歩いていれば、このヒトは現地に住んでいるのかなと誤解してくれます。

歩き方が分かったら、ほかの動き、たとえばドアのあけしめ、テーブルへのつき方、視線の送り方などにも注意すると良いです。

極意その二:どこの地にも善人と悪人がいるので顔や雰囲気から見分けること。危険人物が近寄ってきたらこちらも負けずに危険人物だというシグナルを送る、あるいはひたすら防御態勢を固める。善人に対してはこちらも善意と誠意で応じる。

日本人vs現地人というモードではなく、善人vs悪人のモードに入りナントカ国の善人というマジョリティーに加わるのです。善人たちが蔭になり日向(ひなた)になり目にはみえない防護壁を作ってくれます。

ただし極意第二はできるヒトとできないヒトがいます。普段の生活で卑劣な嘘をついたり、弱いものいじめをしたり、時の権勢におもねたりということをしないヒトはできますが、そうでないヒトは体に卑劣な根性が漂っているのでそれが隠せず、従っていくら頑張っても善人を味方にすることが出来ません。極意第二とは常日頃から正しく生きること、正しくないヒトを鋭く見分けることです。

以上ふたつで身が守れます。同じような顔に見える現地人の見分けがつきます。ホテルに入ったとたんにこの従業員はアブナイ、これはアンゼンというのが分かります。高級ホテルでもアブナイ奴だらけのホテルがあります。

タクシーにのったとたんに運転手のアブナイ度が分かります。十五年前になりますが、日本からきたご婦人ふたりとニューヨークのラガーディア空港からホテルまで一緒に行ったことがあります。タクシーの運転手の挙動が怪しいので、気をつけるように注意して別れたのですが、数年後、おふたりと再会したら、ひとりの貴重品が知らないうちに盗まれていたと明かしてくれました。

変身術は万全ではありません。私自身トロントのレストランで注意散漫なひと数人と一緒にいて、かれらを置き引きから守ろうとしているうちに自分のシステム手帳ををとられるという苦い経験があります。そういうこともあり、身をまもるには単独のほうが楽ではあります。

以上は三月十一日のカキコミ。コスタリカのホテル、タクシーで思ったことです。

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観光ツアーの功罪・反ジョージ
三月二日の朝から三日の夜まで観光ツアーに参加しました。ツアーに参加するのは三十三年ぶりと書きましたが、観光旅行が三十三年ぶりということではありません。決められたスケジュールで動く団体旅行は心身のリズムが狂うので苦手ですが、旅行は好きで色々な所に行っています。

今回もバスに乗った途端、苦痛が始まりました。ホセというおじさんガイドの押し付けがましいシャベリがうるさい、斜め前に座ったカップルがいちゃいちゃしている、後ろにいるドイツ娘ふたりが大きな声でしゃべるのでホセが黙らせようとして険悪な空気になる、ろくなものがないみやげ物やで一時間も過ごす、などなど。旅はひとりが良いんだよなあ。

とはいえ、コスタリカ経済の20%をになう観光ビジネス、そのまた半分(多分そのくらいでしょう)をになうバス会社がつぶれると気の毒。良いことも書いておきましょう。

二日目はニカラガ領の川に遊びましたが、案内してくれた、これまたホセという名前の若いガイドが密林や川の色、形にとけこんでいる猿、トカゲ、こうもり、わに、様々な鳥を見つける目の良さといったらありません。都会にすんでいるニンゲンの目では十匹のうち九匹は見逃します。双眼鏡で見せてもらっても大きな猿と木の境界が分からない、二メートル先にいる体長一メートルのイグアナはまるで透明、ワニが寝てると思ってよく見たら丸太だったという具合ですから。

もうひとつ良いのはツアーで一緒になる人との交流。ジョージに批判的な日本人、アメリカ人夫妻(あるいは友人)、コスタリカ人と意気投合して愉快でした。この四人の誰でもバンクーバーにきたら観光案内をします。

ホセさん、四人目の奥さんと一緒にいらしてください。それにしても今回話したコスタリカの男性はみんなホセ。温泉プールのバーで隣り合わせになったホセさんは日本語ができるのと、それまでにこやかだった顔がブッシュと聞いたとたんに歪んだので感激して「木霊サイト」を教えた次第です。私もホセというペンネームを使ったことがあるのを云い忘れました。

奥村さん、火山を一緒にみたあのアメリカ人夫妻とは翌日の舟遊びでも一緒になりました。夕食はまたタバコンスパでしたが、ビールをのみながら彼らがなぜジョージを嫌うかをたっぷり聞きました。ご婦人のほうは連邦政府機関に勤務した経験あり、男性は彫刻家で、このサイトをひらくと彼の名前があります。
http://www.dcsculpture.org/
作品のひとつはスミソニアン博物館の入り口に置かれているそうです。寒いところは嫌いという奥村さん、今日のバンクーバーは摂氏17度です。

http://www.tabacon.com/

ここで、ジョージ君に情報提供。コスタリカでは都合七人(日本人2、アメリカ人3、アイルランド1、コスタリカ1)と話をしましたが全員アンチ・ジョージでした。君はヒトラーと変わらない、弱者を迫害する、民主主義を説く資格がない、裸の王様だなどなど。ジョージ、テレビや新聞をつかって事実を曲げようとしてもムリな時代になっていることを認識したほうが良いと思うよ。
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コスタリカ第一日・ミサイル網とクラシック
夕食をおえて部屋にもどるとカナダ政府がアメリカから持ちかけられたミサイル防衛網計画を断った、ライス国務長官は予定していたカナダ訪問をドタキャンしたというニュースが流れていました。

昨年12月1日に書いたように、ジョージはマーティン・カナダ首相に一緒に軍拡をやろうともちかけています。

2月23日に発表されたカナダの国家予算案で今後五年間に国防費を128億ドル増額されることとなりましたが、増額分は兵員五千人、予備員三千人の増員、老朽化したヘリコプター、飛行機、トラックの買い替えにあてるとされています。

以上の事実、数字の中身をもっと吟味しないといけませんが、とりあえずはカナダ政府がジョージの誘いに乗らなかったと理解しておきましょう。

テレビのチャンネルは100ほどあり、当然のことながら大半はコスタリカ語、すなわちスペイン語です。ポルノ番組はなく、代わりに24時間クラシック音楽やバレーを流しているチャンネルがあり、レコードや写真でしか知らなかったトスカニーニ(指揮)、ハイフェッツ(バイオリン)、などなどウン十年前のスターが動いている、いまや大家とよばれる音楽家が若き頃ウイーンに招かれたときはビビッたと話している、売り出し中の若手が意欲的な演出で踊っているなどなどをあさの三時頃まで楽しみました。観光ツアーに参加しないでも良かったなあ。

今日のカキコミを読み返してみると「ミサイル網とクラシック」という題は羊頭狗肉(ようとうくにく=看板に羊の頭をだしておきながら犬の肉を売ってごまかす=実質がない)だと思いましたが、いつものことだからこのままにしておきます。どなたかこの題を使って洒落たエッセイでもお書きになりませんか。印税が入ったら10%承ります(笑)。


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コスタリカ第一日・旅愁
三月八日に書き込んでいます。

三月一日、朝八時十分、コスタリカの首都サンホセに到着。前日コスタリカ入りしていたピアニスト・高木裕美、水沢利栄夫妻の宿泊ホテルを訪ねると高木さんは地元の新聞社とインタビューの最中。それが終わったあと三人で昼食。水沢さんと私はコスタリカ製のビールを注文。ババリヤ、ピルゼン、インペリアルと三種類ある中からインペリヤルを選び、ふたり異口同音、ババイヤと口走り、高木さんからにらまれる。

コスタリカ国立劇場が夫妻に提供した車で高木さんが練習する家へ寄り、ニ分ほどで私は自分のホテルへバック。国立劇場のマークがついている車から降り立ったのでホテルの従業員が私に尊敬のまなざしを向けた、というのは自意識過剰。

http://homepage2.nifty.com/funfan/

サンホセはこぎれいな所かと想像していたのですが、行ってみるとゴミは散らかっている、通りは狭い、車の排気ガスで息が苦しい、建物は金属製の高いフェンスや鉄条網で囲まれている。要するに美しくない町です。美しくないだけならまだしも、車の動きが乱暴で車に乗っていても緊張、歩いていても緊張です。

高木さんが練習する大きな家も外から見ると殺風景ですが、中に入ると広い部屋、立派な調度品、趣味の良い絵画、とすばらしい空間でした。絵に描いたように美しいバンクーバーの高級住宅街で中身がこんな風になっているのは少ないかもしれません。

演奏会まで水沢さんは高木さんと行動を共にすると言うし、サンホセを歩く気にもなれないので翌日から二日間の観光ツアーに参加することにしました。1972年サンフランシスコからヨセミテ公園へ行って以来33年ぶりの観光ツアーです。

ホテルの中にある「Fuji」というレストランのカウンターの向こうではコスタリカ人が寿司を握っています。見知らぬ土地の見知らぬレストランでひとり夕食をとる時間は空虚なものです。周りが賑やかなほど空虚で、部屋で一人になるとそれほどでもありません。この辺は個人差があるでしょうが。

テニスの伊達公子が世界ランキングのトップ近くにいて、これから絶頂期だろうと思っていた矢先に引退したのでびっくりしたことがありますが、おそらく同じような寂寥感に耐えられなかったのではないでしょうか。

ひとりで見知らぬ地を訪れている様々な職業のひと、無職のひとへ心の底からエールを送ります。いや、見知らぬ地でなくても旅愁に囚われるときはあるもの。そういうときは、今この瞬間、おなじ気持ちにあるひとが何億、何十億人いることに思いを馳せてみると孤独な寂寥感、憂いが連帯感に変わるかも。

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紫色の木

3月6日、コスタリカの首都サンホセ、国立劇場ちかくにあるネットカフェで書いています。昨日の日記とはちがうカフェです。

ここもよくPC画面が消えてしまうのと、キイの配列が違うのとでここまで書くのに十分ちかく経っています。昨日の日記は1時間ちかくかかりました。

ただいま朝九時五十分、アメリカ、オレゴン州からきたという十代前半の子供たちと先生らしき十数名が入ってきました。彼らも、どうやればアットマアクがでるんだ、などと叫んでいます。

そろそろ出ないといけません。紫の木とはグアテマラ上空からみえた葉っぱが紫色の木です。コスタリカについてからも何本かみたのですが、飛行機からみたのに比べると低いので同じ木かどうかわかりません。インドネシヤやマレイシヤなど、ここと似たような位置ににある国でもお目にかかったことのない変わった色の木を見た、ということを書いて本日はおしまい。

ただいま十時五分。
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予定外の国に着陸・グアテマラ
3月4日に書き込んでいます。

3月1日。機内灯がついたので目がさめ、時計を見ると朝の2時45分。時差をいれても早いなとぼんやり機内放送を聞いていたら、あと三十分でグアテマラに着きますという。えっ、グアテマラに降りるの? 

三十余年、乗り遅れたり、飛行機が遅れたりという経験はありますが、旅行スケジュールに書いてない国に降りるのは初めてです。まさか間違った飛行機に乗ったのではないだろうね、と手帳についている地図をみると、グアテマラは目的地コスタリカのみっつ(多分、あとでまた確かめます)手前にありました。

乗り継ぎラウンジで待っているうちに窓のそとが明るくなり、小高い山、そうですね、北バンクーバーの半分くらいの高さでしょうか、小高いなだらかな山、せいぜい二十階のビル、低層の建物が見えてきました。建物にはラテン風のやわらかい線があって良い感じです。トタン屋根の掘っ立て小屋もみえます。

ラウンジはくたびれていて、東南アジア諸国の空港に負けていますが、壁にかかっているのは薄型の大型テレビ、そこにカメラつき携帯電話をはじめ最新の商品がつぎつぎと映し出されています。

4時15分、機内に戻ると先ほどまであった機内誌が真新しい三月号に替わっていました。二月号には建築家フランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテルの記事があったので貰っていこうと思っていたのですが。

ずいぶん急上昇するものだと思ったのは、飛行場が小さいゆえの錯覚だったかもしれません。空港の横幅は五百メートルあるかないか、格納庫も小さく、大型機の姿もありません。管制塔は五階建ての高さでこじんまりとしています。

これもなにかの縁、出直してくるかな。
http://www4.ocn.ne.jp/~lunaxela/

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ホテルのネット事情・大相撲十三日目
バンクーバーにもどってきました。
今回の出張ではホテルのネットサービスが向上しているのに気がつきました。アン・アーバー、ジェフ・シティー、デトロイトのハンプトンインはいずれもワイヤレスで高速インターネットに接続出来るようになっていました。電話線につなぐより簡単かつ早い。しかも無料。他のホテルでも「高速ネット無料サービス」の宣伝をしているところがありました。
トロントのプリンスホテルでは十一ドル払わないといけないということでした。ハンプトンはヒルトン系、プリンスはウェスティン系ですが、いまのままだとウェスティン・グループは時代遅れとなるかもしれません。同じビジネスに関わっていてもKマートが凋落し、ウオルマートが繁栄しているように。
大相撲十三日目のダイジェストをみました。十一日の日記に書いた北勝力が一敗でトップ。朝青龍は二敗。時津海は六敗。
北勝力は九日前の表情から大きく変わっていました。横綱、大関全員に勝った自信がもたらした堂々たる表情です。しかし初優勝を意識する神経質な表情もあります。あと二日、今までのような相撲がとれるかどうか。とれて優勝するとしたら、さ来場所に大関、来年はじめに横綱ということになるかもしれません。
三日目までの朝青龍には僅かながら不安なところがあると感じていたので二敗したことには驚きませんが、今日みた感じではやはり強い。ただし、琴光喜をつり落としで破ったことに疑問を感じます。以前にもこの荒業で勝っていますが、荒業を繰り返しすことによって強さをみせつけている感じがして、大横綱としてはどうかなあ。
時津海は九日まえにくらべて太股、脚が細くなっている感じがしました。しかし、十三日目の相撲もねばりがあり、紙ひとえのところで六敗したのではないかと思いました。
残り二日、北勝力の初優勝になるか、朝青龍が逆転するか、時津海が勝ち越せるか、興味津々です。


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デトロイト空港
本日セントルイスからデトロイトに戻り、空港近くのハンプトンインというホテルに投宿しています。アン・アーバーのホテルに忘れてきたPCも手元にもどり、メールチェックを終えたところです。
デトロイト空港はノースウェスト航空社のハブ空港。一年半前にできた空港ビルは横一線の長い構造になっていて荷物を受け取るターミナルは線の真ん中にあります。すっきりしてはいるのですが、一番端のゲートに着いたためターミナルまで歩くと相当な距離でした。扇の形にしてどのゲートからもターミナルへの距離は同じにできないものかと思うのですが、色々事情もあるのでしょう。
荷物を受け取ったあと、ホテル行きのバスにのるには一度エレベーターで上がって、橋を渡りまたエレベーターで降りなければならない構造になっていて、感心しません。エレベーター付近に荷物を持ったヒトがたまります。
トロント空港の昔の(今でもあるのかな)第一ターミナルがエレベーターを使わないと駐車場にいけない構造のため、いつ行っても不便な思いをしたものです。トロント空港はその後、第二、第三ターミナルを全く違ったデザインで建て使い勝手がよくなりました。この世から無くなる運命にあると思っていた欠陥構造の空港が21世紀に建てられたというのは不思議な気持ちがます。


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デトロイト二日目
デトロイトは自動車工業で栄えてきた町です。
その昔、私が生まれるかなり前の話:
ヘンリーという少年の母親が病気になり、ヘンリーは馬にのって医者を迎えにいったのですが、間に合わなかった。ヘンリーは馬より早い乗りものがあったらと思い、いろいろ調べたところ自動車というものがあると知り、それを生涯の仕事としました。
少年の姓はフォード。アメリカ自動車産業を興したそのヒトです。フォード社があるのがここデトロイトで、今は日本のトヨタの研究所はじめ日本の自動車関連会社がたくさんあります。
などということを知っているヒトは高校時代に(あるいはその後に)勉強したヒトでしょう。もしかして小学生のときに知っていたというヒトがいたりして。
この辺一帯は山がない、だだっぴろい土地です。バンクーバーにくらべると家の敷地が大きい。千坪以上の土地に百坪の家というとバンクーバーでは何億円もしますが、ここでは数千万円で買えるそうです。ヘンリー少年の時代ほどではないとして、家と家との間は今もかなりあいている所が目立ちます。


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デトロイト
ひさしぶりデトロイトにきています。と思って数えたところなんと前回きたのは12年前のことでした。
年をとるに従って時間の経過に鈍感になるのかもしれません。ニンゲン誰しも生まれた途端に人生の持ち時間が減っていくのだから鈍感になるのはおかしいのですが、実際は五年、十年の経過が平気になります。
若いヒト(まあ三十代か四十代までとしましょう)には十年という時間は気が遠くなるほど先のことと感じるかも知れませんが、あっというまに過ぎます。いまからの十年を使って何をしようかと考えるのは良いことです。十年かければ大概のことができます。


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無事帰宅

☆セントルイスからフェニックス経由バンクーバーへ

気の進まないアメリカ出張から本日帰ってきました。

寒かったけれど雪もちらほら舞うくらいで、吹雪の中を走る恐怖にも会いませんでした。しかし空港での検査は12月に行ったときよりひどくなっており、アメリカへは行きたくない。

明日から27日にもどって書き込みます。



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☆会議後セントルイスへ移動

この日の日記はまだ書かれていません。


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☆アメリカ、台湾、日本のクライエントと車でジェファソンへ移動

★三月二十日の書き込みです。

セントルイスからジェファソンまで、雪は残っているというものの晴れ。吹雪の中を走るという恐怖はなくなりました。

昨日はじめて降り立ったフェニックスはヨルダンを思い出させる乾いた風景でした。家々はきれいで心地よさそうだが、湿っぽい場所で長い歴史をつくりあげた日本にはない孤独感がただよっています。なるほどこういう風景に移住してきたアメリカ人の心理がレイ・ブラッドレイの傑作「火星年代記」を生んだのだ。



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☆フェニックス経由セントルイスへ

★ただいま三月二十日。アメリカは不愉快だったので書かなかったのですが手短に書き込みます。

カナダからアメリカに行く時はカナダの空港で入国手続きをします。1972年以来アメリカ入国は百回以上になりますが、今回はじめて入国審査室へ呼び込まれました。詳細は省くとして、まあ役人の横柄、無礼な態度といったらない。ブッシュがここまできちゃった、という感じ。飛行機に乗り遅れるところだった。


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急遽出張

21日に書いたとおり、ハワイ会議のかわりに雪のミズリー州で会議をひらくことがきまりました。旧正月のため台湾のひととの連絡がとれず、ようやく今日になってスケジュールが入ってきて明朝セントルイスへ行くことになりました。

前日に飛行機の手配をする出張は十数年ぶり。前日の予約とあって切符は日本往復や七日間ホテル代こみアリゾナ旅行などよりはるかに高い。

行く先は雪が降っています。セントルイスから車に乗って三時間が心配です。


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☆帰宅予定

☆セントルイスからミネアポリス経由シアトル。シアトルから車で帰宅予定。

☆六時半に朝食。早いのはクライエントのひとりが八時半の飛行機でロスアンゼルス経由台北へ帰るからです。

Hampton Innはよく使うホテルですが、二十日に泊まったDrury Inn の朝食のほうが充実しています。宿泊・朝食代は八十ドルで同じ。二軒先にあって空港からの距離は変わらない。アメリカ人が今度泊まるといいました。

日本からのクライエントは九時半の飛行機なので起きてきません。本社会長の姪にあたるひとで、九月に会長夫妻といっしょに来た時、会長がこの子は眠り姫というあだ名だとからかっていたのを思い出しました。

八時、セントルイス空港で眠り姫さまを見送り、わたしもチェックインしました。またもや百ドルでファーストクラスに変えました。アメリカの対テロ警戒度が昨日あがったばかりとあって空港の検査は気合が入っていますが不愉快きわまりない。アメリカは悪い国になりました。

ミネアポリス空港経由は久し振り。大きな空港ですが旅行者には分かりやすくできています。来る時に寄ったメンフィス空港もここも英語と日本語の案内があります。中国語はまだありません。ちなみに中国人、韓国人、台湾人にくらべて日本人はアメリカ入国が簡単です。

シアトルへの出発まで二時間。ノースウェストのラウンジの生ビールはバッドワイザーとハイネケンの二種類だけ。ハイネケンビールをつぐとグラスに泡ばかり。近くを通りかかった黒人の係員がきてうまく注いでくれました。

ところでラウンジには二箇所入り口があるのですが、最初の入り口ではラウンジは国内線の客は使えないと断られました。メンフィスではそんなことがなかったのですが、五十五、六の白人のおばちゃんは規則だといいます。別の入り口にいくと今度は若いアジア系の男性。やはりファーストクラスでも国内線の客はダメということでしたが、ラウンジのメンバーになれば入れるという。会費は年間なら450ドル、一日会員は40ドル。

これから一年のあいだにノースウェストを十回利用するだろうかどうかを考え、一日会員になりました。アドミラルクラブというラウンジの会員になっているので、そのクラブのある空港を利用すれば良いだけです。それにしても一杯40ドルのビールですが、実は出張中に腹具合が不調になり綺麗なトイレを使いたかったのです。アメリカの空港のトイレは大体綺麗ですが、そうでもないこともあります。

シアトル空港での駐車代は70ドルでした。ターミナルとシャトルバスでつながっている一日7ドルの駐車場もあるのですが、時間が切迫したためターミナル駐車場を使ったものです。ファーストへのグレードアップ、ラウンジ、駐車、ガソリンなどをたし、交通費は約1400カナダドルになりましたが、それでもバンクーバーから飛行機にのったのに比べて300ドルの節約になりました。

空港からの道は大変混んでいて260キロの道が四時間以上かかりましたが、江口玲のピアノをききながらのドライブも悪くはないし、カナダ入国も簡単だったので飛行機代がたかいときはまたこのルートを使うかもしれません。CDからラジオにきりかえるとアメリカで狂牛病にかかった牛がみつかった、日本がアメリカ肉の輸入を緊急停止するかもしれないという未確認情報がある、と繰り返していました。


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☆工場からセントルイスへ移動予定

☆二十八日に書き込んでいます。

二十二日、朝七時半から会議をしました。初年度から黒字になったのでボーナスを出すことにして、いくらにするかを決める会議でした。クライエントの会社が黒字になり、従業員がボーナスをもらえるというのはコンサルタントにとって大変嬉しいことです。

ところで、二十一日の夜にクリスマスパーティーがあるものと思っていましたが、実はそうではなく、二十二日、工場の食堂でのクリスマス・ランチでした。工場は三交代勤務になっていて、ニチームが一緒になる時間にパーティーをした次第。

ハム、チキン、寿司、パン、サラダ。勤務中につきアルコールなし。台湾人の社長とアメリカ人工場長から現金(四百ドル)、日本の代表者から真珠のネックレス(八百ドル)、そして私からカナダデザインのスカーフ(ぐっと下がって四十ドル)が籤引きの賞品。全員に現金ニ十ドルがわたり一時間強のクリスマスランチが終わりました。

前日とうって変わって冷たい雨が降りしきるなかセントルイスへ移動しました。夕食は或る雑誌でアメリカでベストと紹介されたスペイン・タパス・レストランにいきました。料理の味は抜群によく、しかもフラメンコ付という豪華な食事でした。


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☆セントルイスからクライエントの工場へ

☆セントルイスから車でクライエントの工場へ。会議のあとクリスマスパーティーの予定。

☆十二月二十八日に書いています。デトロイト、台北、成田から二十一日セントルイス空港に着いた三人のクライエントと合流しました。デトロイト駐在のアメリカ人が運転する車にのって三時間弱で目的地に着きます。

この辺はバンクーバーより寒く、今年も数日前に雪が降り五センチほど積もったのですが、そのご暖かい日が続き雪はあまり残っていません。吹雪のなかを走るかもしれないと覚悟していたので心が軽くなりました。ホテルにチェックインしたあとすぐ工場に行き会議を三時間ほどしました。来年からの設備投資計画の話が主題でした。あいかわらず日本語、中国語、英語がとびかい分からない所があるので、集中力がとぎれることもあります。


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☆シアトル・メンフィス・セントルイス

☆飛行機の切符がたかいのでシアトルまで車でいき、そこから飛行機に乗る予定。メンフィス経由セントルイス。

☆十二月二十七日です。

私の出張費用はクライエントが全額負担、飛行機はビジネスクラス利用となっています。

サラリーマン時代の出張も1985年ころからずっとビジネスクラスです。ところが二年前トロントにたちよったときにあったふたりの友人(一流メーカーのカナダ現地法人社長)は北米大陸の出張はエコノミーで移動しているといいます。ウラヤマシイと口では言いますが、ぜいたくだという皮肉が感じられました。それからはなるべくエコノミーで出張することにしています。

旅行シーズンとあってバンクーバーからセントルイスまでのエコノミーの代金は1700カナダドル、13万円といつもの倍。シアトルからだと1000カナダドルなのでシアトルまで車で行くことにしたのです。

シアトルまで運転するのは十五、六年ぶり。今年の夏、国境を越えてすぐのゴルフ場に行ったことがありますが、シアトルはそこから更に百五十キロ。ニ時の飛行機に乗るために朝九時半に出発。

こまごまと記録するできごともなく(あるにはあるけれど長くなるのでまたの機会に)エルビス・プレスリーの出身地メンフィスでニ時間待ち、セントルイス空港近くのDrury Innにチェックインしたのは十一時過ぎ(バンクーバー時間九時)でした。

費用節約などと殊勝なことを書きましたが、シアトル空港でチェックインすると、機械相手のエレクトリック・チェックインという方法ですが、画面に「百ドル追加でファースト・クラスにグレードアップ可」というメッセージがでたので迷わず百ドル払いました。




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☆明日からアメリカ出張

☆明日からアメリカ出張。準備中です。

☆12月24日、昨日帰ってきました。会議とクリスマスランチに出席するための出張でした。

いつもお土産をもらうのでお返しを持っていきます。大概はバンクーバー空港で買いますが、今回は車でシアトルまでいくのであらかじめ用意しました。二箇所のショッピングモールをみて選んだのが、絹のスカーフ。カナダ国旗のデザインに使われているメープルの葉をあしらったものです。

デザインはカナダですが製造は中国。カナダデザインでイタリヤ製のスカーフがあり、中国よりイメージが良いかなと思いましたが、ポリエステル製だったので
やめました。四枚で160ドル、一万円強。背広をいれたガーメントバッグに忍び込ませて準備完了。書類も半分に減らしたので荷物が軽い。


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★またまたタコマ富士

朝クライエントと別れてそれぞれ帰宅の予定。
★予定通りシカゴからバンクーバーにもどりました。

バンクーバーへ着く半時間前から飛行機の左、すなわち南にタコマ富士、レイニヤ山がみえます。その手前にベイカー。遠いせいかレイニヤはきれいな富士山の形で見えますが、ベイカーは山の右、すなわち東の方にかなり高い山がくっついていて富士山度が落ちるのが分かりました。飛行機の右がカナダになりますが、こちらは富士山型の山がありません。カナダ側では火山爆発が起きていないのでしょうか。

明日から9月23日に戻り、アメリカでの一週間を書き込みます。



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★シカゴカブス/フランク・ロイド・ライト

本日は日本のクライエントと野球観戦の予定。シカゴカブスは地区優勝しそう。
★昨日のシカゴは雨だったのでシカゴカ・ブス対パイレーツの試合が順延となり、本日はダブルヘッダー。

寒いから毛布を持っていったほうが良いですよと言ったにも関わらず日本からのクライエントはてぶら。私が持っていったソファースプレッドを貸しました。

シカゴの風は五大湖から吹き付けてくる強風。この日は北の寒気団からの風が吹いていたので寒い。カブスの本拠地は古い球場で吹きさらっし。寒かったなあ。

ダブルヘッダーの第一試合をみたのですが四対ニで歌カブスが勝ち大騒ぎでした。第二試合でも勝って、歌カブスはナショナルリーグ、中部地区の優勝を果たし、このあとワールドシリーズに向けての予選試合に進むことになりました。

野球見物の前にフランク・ロイド・ライト博物館に行きました。日本からのクライエントは初めて行ったのですが、ライトが設計した家がたくさん残っているオーク・パークの住宅街に感歎の声をあげていました。

フランク・ロイド・ライトを知らない人はGoogleで探してみてください。日本にも彼の設計した建物があります。

私はこれで三回目の訪問ですが、飽きるということがありません。




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★セントルイス・飛行機野郎

昨日はセントルイス泊。本日セントルイスからシカゴへ移動予定。
★昨日はセントルイスのシェラトンホテルに入る前に飛行機博物館に立ち寄りました。行ってみると休日以外は開いていないという。しばらく辺りをぶらぶらして帰ろうという段になったときに七十くらいの白人がやってきて、遠くからきたらしい、見たければ案内してあげるといいます。

(あとで、つづきを書きます)


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★ジェファソンシティ・銃

工場で会議のあとセントルイスへ移動の予定。
★セントルイスからジェファソンシティまでは車でやく二時間。ミズリー州の州都です。工場長は四十歳のドイツ系アメリカ人。

朝工場へ行くと昨日工場で指摘した問題点を一晩で改善していました。日本の政治家、役人に比べてなんと頼りになるひとたちでしょう。

おかげで会議がはやく終わったので日本からのクライエントをウオルマートに案内しました。大量安売り販売店でバンクーバーでもよく行きます。行ってびっくり、ジェファソンのウオルマートでは本物の銃や弾丸を売っていました。工場長にきくと彼は三丁もっていて野生の七面鳥を撃つそうです。どうやら工場で働いている連中のかなりの人が持っているようです。

私の父は猟銃、猟犬をもっていたそうですが、私も私の世代の殆どの日本人が銃を持っていない。



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★セントルイス・四月の忘れ物戻る

昨日はセントルイス泊。本日は日本、アメリカのクライアントとともに彼らのアメリカ工場へ移動の予定。

★シカゴ空港で日本からのクライエント三人と会いセントルイスへ飛びました。アメリカのクライエントは前の日にセントルイスに行き車を借りていました。

宿泊さきのハイヤット・ホテルは駅ビルを改装したもので建物の構造や装飾にはみるべきものありでした。

四月に泊まったとき携帯電話のバッテリーチャージャーを部屋に忘れてきたことを告げると、沢山あるとみせてくれた中に私のもありました。

モトローラのスタータックは一世を風靡した電話ですが、新しい機種の前に今は人気がなく、もうアクセサリーを売っていません。何度か落として機能の一部が駄目になっていますがたたむとシャツのポケットにはいる便利さが良く壊れるまで使うつもりだったのでチャージャーが戻ってきたのは有難かった。


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★シカゴ・話題脱線

昨日シカゴ泊、本日セントルイス行きの予定。
★今朝シカゴに着く日本からのクライエントと落ち合うために私は前日バンクーバーからシカゴに来ています。今日バンクーバーを発って午前中にシカゴ入りできる便がないからです。

夕方シカゴ空港について近くのラマダ・インに投宿するだけ。空港の本屋でノーム・チョムスキーの本を探したところハードカバーの著書が一冊ありました。先月トロント空港でペーパーバックスが山積みになっていたのと大違い。ハードカバーは値段も高いこともあり、これではアメリカ人がチョムスキーの著書を読む機会は少ないでしょう。

Dr.Joseph Parent著 Zen Golf− Mastering The Mental Gameがおもしろそうなので買いました。

ラマダ・インまでシャトルバスに乗っていきますが、空港の案内人の教えてくれた乗り場が違っていたため目の前をラマダ・インのマークをつけた赤いバスが通り過ぎていきました。携帯電話でラマダに乗り場を聞きなおしました。アメリカではこういうふうにサービスの質が落ちています。それと同時に空港、ホテルでは身分証明書の提示を求められるというようにかつては無かった愉快ではない状況が増えています。

ラマダ・インから歩いて五分ほどのところにあるマクドナルドでチキン・ナゲット十個、特大ポテトフライを買い半分を部屋で食べました。マクドナルドに行くところまで道路工事をやっていましたが、夜こういうところを足元に注意しながら歩くのが好きな自分がいるらしい。マクドナルドは好みではないのにどうして今夜に限って行ったのかを考えていての発見です。

マクドナルドの駐車場では一人の若い男性が車を押していました。エンストを起こして車の向きをかえようとしていたのですが、駐車場は軽い傾斜があって車は動かない。私が手伝うと車は簡単に動き方向を変えることができました。あのときマクドナルドに行かずホテルのバーかなんかで夕食をとっていたら彼は大いに苦戦を強いられたことでしょう。そこから生じたであろう彼の体調、精神状況と実際に生じた状況とでは差が生じます。帰宅時間も違ってきます。そういう差が更に波及して彼をとりまく未来世界は大きく変わっていきます。

あらら、こんなことを書くつもりはなかった。空港で日本からのクライエントと合流し、セントルイスへ行ったことを書こうとして脱線しました。



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