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L2をめざして リアムと会った

ブログを毎日更新しなくてもいいと決めたのはいいのだが、二月三日のただいま、ブログを更新しようという意欲が激しく衰えていることに気がついた。以前だと目が覚めてしばらくのあいだはベッドの中で今日はこういうことを書こうと考えていたものだが、今朝は考えることをしなくなっている自分がいた。

書かないから考えないのか、考えないから書かないのかは知らないが、書かない、考えないことから生じる時間をほかの事で有効に使っているだろうかと自問すると、どうもそういうことは無いように思える。逆に他のことについても「・・・ない」という状況が増えているかもしれない。かくしてヒトは衰えていく。

衰えていくことが嫌というわけではないがせっかく生きているのであるから人生の最後までよりよい思考、行動をめざすのがよかろう。

ならし運転のつもりで一月十五日のスキー風景を書く。


 
ふつか連続で滑らなかったあとはスキーへの意欲がしぼむのではないかと思ったが、さにあらず十五日は雷鳥山一番乗り。八時五分にゴンドラ乗り場に行ったら、週日の一番列車は八時四十五分だと告げられた。むかし小学四生生のとき、どういうわけか時間を間違えたらしくやけに早く学校に着いてしまったときのことを思い出す。

オノマスキーとほぼ同時にあらわれたハッサンと四方山話。

ハッサンは腰とか背中とかが痛くならないか
あらへんな。ユーはあるんか
今朝も痛み止めを一錠飲んできた
アドビルやな
ノー
ほなタイラノルやろ
ノー


ハッサンはナンチャラカンチャラと薬の名前を羅列したが知らないものばかりだ。痛みがないのによく知ってるね。それにしても思い出せない。

ほら、テレビの広告で木の人形がでてくるやつ。マリオネットが針を刺されてて・・
アキュパンクチャーかいな
鍼ではない、薬。針を刺されて痛がるマリオネットが一錠のむとたちまち回復する・・・
マリオネットはフランス語や。ユーはフランス語しゃべるんか


鎮痛剤の話はやめることにする。

いやフランス語はしゃべれない。イラン人はフランス語が話せるのが結構いるよね  (
←むかしイランに三ヶ月滞在したときに知った)

ワイはイランで生まれやがフランスにもいたんや。ワイフはパリジャンよ
そういえばこのごろナターシャをみないが
モンクトンにもどりおった。大学生やさかい
また寒いところにいるもんだ  (↑文句豚はカナダ東部、ニューブルンズウィック州にある。カナダの東部は西部より寒い)

何を専攻してるの
国際法と人類学
珍しいとりあわせだね
ユネスコで働くちゅうとるわ
それならわかる。一年生?
四年生、ええ年ねん
ハッサンは早婚だったんだね
ワイもてまっさかい。息子の歳を知っとるやろ
知らない
五十歳や。ときどき一緒に滑ってるで

きりが無いのでこの辺で終わる。


一番ゴンドラに乗ったのはハッサン、フランク、ジョージ、ジョゼフ、そしてボールクラブの川崎、鶴崎。ジョゼフから今日もカメラを持ってきたかと訊かれる。もってこなかった。練習に集中するつもり。

フリージングレベルが三千米まであがり雪は緩んでいたが気温が零下なのでそれほど崩れておらず滑り易い雪であった。もしCSIAの講習を受けるのなら雪質の良い今頃か二月が良い。オノマスキーは三月に受けたのだがべたべた雪でおおいに苦労した。

やがてピーター84&82が現れ、会長が現れた。後になって奥貫、佐々木、長井の諸氏も山上参上したという。オノマスキーは十時きっかりにあがり十二時〜二時 シーモアで935を指導した。


前回も指導したスキッドの少ないスムースなターンを繰り返させる。木の葉落としを指導。初めてやる後ろ向きすべりにビビッていたがチョー緩斜面だから慣れるだろう。後ろ向き滑りは板にきちんと乗るための練習になるのだ。

久美子を超緩斜面・ゴルディに残し、隣にあるチャックを滑った。

リフトに乗ろうとしたら乗り場で若いスタッフから業務連絡の電話が終わるまで乗るのを待っててくれと言われた。電話は一分ほどで終わった。サンキューというスタッフと目が合った。はてなと思いながらリフトに乗った。相手もオヤというような風情があった。

ふたたびチャックを滑り降りてリフトに乗るときに、ゴーグルを覗き込むようにしてオノ?と訊かれた。思わず、リアム?と云ってリフトに乗った。

また滑り降りて、こんどはリフトに乗る人がいなくなる時間を待とうとしたら、リアムは他のスタッフに仕事場を頼んでそばにやってきた。


リアムは去年の三月、CSIAの講習であしかけ二週間、四日間にわたって一緒に滑った若者のひとりである。

レベル1は十五歳から受講できる。十五歳になると待ってましたとばかりに腕自慢の子供たちが受講する。オノマスキーのグループ八人のうち四人は十五歳だったのではなかろうか

リアムは子供達の中ではきわだって体が大きく態度も大きかった。達者なスキーヤーであるがレベル1では要らない滑り方をしてふざけてみせるリアムに初めは反感を覚えたが最後は個性的で面白いなと思うようになった。

四日の講習会が終わり成績表を貰うとその場で解散。誰がどこでなにをしているのかわからない。もし同窓会があるとしても行かない。年が五十歳以上離れているから敬遠されるだけだ。

オノ?と訊かれてリアム?と聞き返した自分に驚いた。自分、記憶力いいじゃん。しかし、いそいで他の子達のことを思い出そうとしたが顔も名前も浮かんでこなかった。

リアムは今シーズン、レベル2を受けるのか?
受けない。スノーパークを受ける 
そっちのほうがあってるかもな。ところでグラウスで滑ってる?
グラウスは滑らない。シーモアだけ
ミステリーピークか
そう。先週転倒して左肘を怪我した


リアムは一年たらずの内に落ち着いた若者になっていた。レベル2、3と進むのではなくスノーパークの道に進むのは時代にあった賢い選択なのだろう。

オノマスキーは地べたをはいずりまわるだけのスキーだが、そしてそれを楽しんでいるのだが、いろいろな人工物を使って跳んだり跳ねたり回転したりするパークはもっと楽しいにちがいない。オノマスキーも軽やかに空を舞ってみたいと妄想することがあるが、もうそういうことができる体ではないことは承知している。

帰途、リアムのことを思いだして自分はこの地の一員になっているのだとしみじみ思った。

スーパーストアに寄って鎮痛剤を買った。
http://www.backrelief.ca/


一年前の受講のことを書いてあるブログを読んだらリアムと同じくらい背が高いマックスという少年がいたとある。どこかで一緒になっても思い出せないのだろうな。

http://onomar.jugem.jp/?day=20120311

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サンピラー 

一月十日のブログに載せたサンピラーの写真をリンク先「音羽の二眼レフ」に投稿したところ思いもよらないコメントがあったので以下にコピペ

一月十日のブログ 
http://onomar.jugem.jp/?day=20130110


一月十日、マイナス五度。今シーズン初めてサンピラーをみました。
写真では分かりにくいのですがダイヤモンドダストも舞っていました。



 


投稿者:音羽の二眼レフ
サンピラーっていう言葉、生まれて初めて聞きました。
そういう現象があるんですねぇ。
なかなかこの現象が起きる機会には遭遇しないのでは?

ダイヤモンドダストっていう言葉は知っていますが、生で見たことは一度もありません。
北の大地などの仲間は、きっと見ることが多いんだろうなぁ。

2013/01/11(Fri) 21:27:33 [ No.5619 ]
投稿者:つばら ホームページ
こんばんは〜、マタマタ深夜です<笑

泊まりに来ているハリケーン疾風に見せました
<ナニ、コレすごいね、??になっているのかなぁ〜、検索してみよう>と言い出して〜。

男の子ですね、理解が早い、ついでに主な気象現象をアレコレと〜。すっかり魅せられた疾風は現地で自分の目で見たいと言ってます。大人になったら夢を実現して欲しいものです

おのまさんのおかげで思わぬ天体ショーの時間が過ごせ、疾風のものの見方理解力そして夢のもちかたを少しだけ知ることが出来ました。思わぬネットの効力ですね
(KYの書き込みでゴメンナサイ)

2013/01/19(Sat) 00:35:00 [ No.5620 ]
投稿者:音羽の二眼レフ
少年時代って、夢を捕まえて成長するんですね。
何にでも興味を示すっていう態度、いつまでも持っていたいものです。

0時半、つばらサンには宵の口?
小生には丑三つ時。
22時半就寝、5時半起床がすっかり身に付いちゃいました。
今が一番寒いとき、っていうことは、これからはどんどん春に向かっていきますね。

東京都美術館に「エル・グレコ展」を見に行きたいと思ってます。
年末、大原美術館でエル・グレコの「受胎告知」観てきました。

2013/01/19(Sat) 12:14:01 [ No.5621 ]
◇ Re: いいですねぇ♪ 投稿者:つばら ホームページ
アハハ〜、今日も宵の口です
 未だに介護の後遺症です

「受胎告知」大阪万博で観た記憶が〜?あまりに昔々すぎますね<笑

検索で〜「ブルーボーイ」見つけました
中学の時からブルーの色が目にやきついていた絵です
日本で展示されれば絶対に観に行くんだけど、まぁ無理でしょうね
それにしても会長さんも絵がお好きなんですね

2013/01/21(Mon) 02:30:10 [ No.5622 ]
◇ 好きなのは 投稿者:音羽の二眼レフ 
美術館や博物館の雰囲気かも?
絵は好きだけど、好みは偏って、なおかつ限られてます。
やっぱりルノアールの描く、ポクポクした感じの女性なんかが好きです。
ルノアールの「女性を描くときは、抱きしめたくなるように描く」って言葉がうなづけちゃいます。

それにしても2:30でも起きてるって、まるで受験性みたいな...。
しっかり昼寝、してください。

2013/01/21(Mon) 21:24:35 [ No.5623 ]
◇ Re: サンピラー 投稿者: おのま@カナダ

私も検索してみました(笑)。

こんなのがみつかりました。



 

2013/01/23(Wed) 10:39:37 [ No.5624 ]
 
◇ ほ〜! 投稿者:音羽の二眼レフ
こういう仕組みなんですねぇ。
言葉より、分かりやすいですね。
でも、やっぱり現物にはかないませんねぇ。
東京でも見られたらいいのに...。

わざわざ、ありがとうございました。
ハリケーンくん、これで少し理解できるといいけど。

2013/01/23(Wed) 21:24:21 [ No.5625 ]
◇ Re: ほ〜! 投稿者:つばら ホームページ
ありがとうございます
今週末来た時見せます。
理解できるまで考えろってハッパかけてやります<笑

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「音羽の二眼レフ
http://www.geocities.jp/yastsuji/
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L2をめざして はしご
このところスキーのブログが続いていてだんだん更新する意欲がしぼんできた。読者の方々は読む意欲がしぼんできたと思う。ほんじつははしょる。

一月九日。スキー仲間との集合写真二枚。


Kuni=Peterの伴侶。愛称82(ハニー)。






一月十日。

フリージングレベルが0米までさがり雷鳥山の雪はますます硬さを増した。

スキー仲間が一気に増えた。



左のふたりの名前は知らない。左から四人目、名前の綴りをまちがえた。rがひとつ多い。

マイナス五度、ダイヤモンドダストが舞い、サンピラーが現れた。



サンピラーの中へ滑っていく仲間達。



みんなが黄泉の国へと去っていくような感じがした。

ランチのあと二十キロほど東にあるシーモアに行った。

ミステリーピークのここが緩やかすぎず、急すぎずで気に入っている。



しかし滑ってみたらゴリゴリの雪球がゴロゴロしていて、まるで石ころの上を滑っているような気分になった。



いままではシーモアのほうが雷鳥山より雪質が良いと思っていたが、それは暖かい日のことだと気がついた。今シーズンのシーモアは手ごわいかもしれない。

以前にもふたつの山をハシゴしたがあるがその時にはなかった疲れが今はある。夜の八時半だが猛烈に眠い。

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L2をめざして  永遠に続く闇はない
三日連続の一本どっこでやや滅入っていたのだが一月八日はフリージングレベル(氷点標高?)が山頂より下になり、雨は夜更け過ぎに雪へと変わったサイレントナイト、ホーリーナイト。




 


Date: Tue, 8 Jan 2013 15:42:16 -0800
Subject: 
雷鳥山

From: ピーター84

最悪ツーを予期して嬉々として山上したにもかかわらず、人生一寸先は闇ばかりでなく、結構、明もあると確信。


ふわっとした粉雪で、こんなにうまかったかと錯覚するほどの、って言うか、84にとっては錯覚する必要も無いほどのコンデショん。888。


滑り放題滑って帰宅し、82が奏でる 小言セレナードそ快く聴きながらビールを片手に、余韻をしばし楽しむ、 この天に昇るような幸せ。 今日ばかりは、後20年は引退したくないと、マジで思ったしだいです。


狂、山上されなかった方々は、一生の悔いを残されたほど
、でありましたよ。


さて、明日からコンデショん、益々良化していくとの予報。

こぞって、ご参加を。


84.


PS 小雨降る・・はタイトル間違いでした。カットキングさま、ご指摘ありがとうございました


From オノマスキー

ブログ用に説明を加えてある

三日連続の一本どっこでとてもむなしい気持ち。もしかしてスキーが出来ない体になっちゃったのではないか。木曜日が晴れるというから今日は滑らないで板にワックスでもかけようかと思いながら時計をみたら八時。寝坊した。

窓からみると・・・・ややや・・・やまの姿がみえるではないか。あわてて雷鳥山のサイトを開くと、高曇り、視界無限!!! おまけにフリージングレベルが800米ときたものだ。昨日の絹ごし豆腐のような雪は硬く凍っているにちがいない。ワックスなしでも走るはずだ。

いそいで防寒下着を着込み由美かおる式柔軟体操を五分やり、スキー支度をし、車の乗ると雨。山の姿はかすんでいた。


9
41分のゴンドラに乗る。この前まで四分だった滞空時間が今日は十五分。ゴンドラのなかでアントレをした。

アントレ・・・安定トレーニング。

片足を軽くあげ、立っている方の足で屈伸運動。

まずは右足でやる。九十回あたりから太ももが痛くなってくる。左足でたつと直ぐにぐらついた。拇指球あたりに体重を乗せると安定した。やはり九十回くらいで痛くなった。

このアントレが簡単に出来るようになった時には片足滑走が簡単にできるようになっている。オノマスキーの仮説なり。


山上はちょっとした吹雪。しかし三日連続一本どっこをやってきた身にはうれし涙がでるような良い視界。


カチンカチンに固まった豆腐雪のうえに乾いた雪が数センチ。う〜〜ん、すべるう〜〜。基礎練習にもってこ〜い。


最悪ツーを予期して
山上したピーター84の気持ちがよく分かる。


トシエアオキの天敵RJに会長がつかまっていた。

RJはインストラクター・レベル2。会長はオノマスキーと同じレベル1だがレベル2の実力はあると思う。



オイラたちRJのスタイルきらいだも〜んとピーターとジョージが逃げた。

ピーターが持っている資格はレベル1だが実力は2から3だと思う。

霧満、オノマスキーを入れて三人、RJの理論と実践を教わった。要するにターンしたあと谷足のエッジングをしっかりさせ、山回りになるまできちんと滑ると自然に次のターンができるということらしい。


ほんじつ初めて会ったジョンはRJが住んでいるコンドのマネジャー、四年前からRJと一緒に来ている、ポーランド出身、55歳、スキー歴40年。

RJは77歳。84と会長は72歳。


ランチのあと二本滑る。フリージングレベルが800米から1100米にあがり、雪が柔らかくなっていた。降りしきる雪に覆われてゲレンデはアサイチのように綺麗であった。


狂、山上されなかった方々は、一生の悔いを残されたほどでありましたよ。

吹雪模様だったし、雪面は一様でなかったから決してベストコンディションではなかったのだが豆腐雪を経験した直後だとそういいたくなるのも分かる。三日連続一本どっこは無駄ではなかったと満足なり。


由美かおるの体操。ググッたがみつからない。スキースタンスで立ち、両腕を縄のようにブランブランと体にまきつけるといういたって簡単なものである。

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オノマスキーの箴言:

地球が回っているかぎり夜は明けて朝となる。今がつらくても永遠に続く闇はないと信じて生きるのが良い。

とは云え、みんながみんな強いわけではない。いじめとか体罰とかは封じ込めるべし。




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L2をめざして こういうこともある

一月四日は飲み会のホストからCDを借りて帰り、夜中の二時ちかくまで聴いてから就寝した。五日、目覚めると六時。体が重い。

雷鳥山サイトをみる。視界バリアブル、ライトスノーイング。

滑ろうという意欲がわいてこない。体は重いしスキー日和ではないのだから当然である。しかし内にあるもうひとりの自分が叱咤する。雪面に立つだけでいいから行ってこい。

8時28分、ちょっと早すぎると思いながら家をでた。8時41分のゴンドラに乗る。満員。乗るときになって勘違いしていたことに気がついた。始発のゴンドラは8時15分だから出るのは遅すぎたのである。8時28分なのに7時28分のつもりでいたのだ。呆けが進行しているのだろう。


山上。

細かい糸くずのような雪が降っている。ヤッケにつくとすぐ溶ける。雪というより雨に近い。

視界が悪い中に初級者ゲレンデ、カットにスキースクールのグループがおよそ十組ほどみえる。

前日に荒れたままでグルームされていない雪面に雨のような雪が積もっていく。いつものようにゆっくり滑りだすが直ぐにブレーキがかかる重い雪。あちこちに出来ている高さ二十センチくらいの小さな雪山を乗り越えるたびにバランスが崩れそうになりリズム感のある滑りにならない。

雪は重いし体も重い。酔いがさめてから出直すのが賢明。一本できりあげた。

帰宅後、雷鳥山のサイトを改めてみた。

フリージングレベル1200メートル。

雪は1000メートルの雷鳥山にとどくまでに雪もどきになってしまうのだ。

相変わらずライトスノーイングと書いてあったが、あんなに板が滑らないのだからヘビースノーイングというほうがいいのではないかと毒づくもむなしい。

とにもかくにも雪面に立ったことを善しとしよう。

継続は力なり。人生山あり谷あり。愉快、不愉快交互におきる。めげてもいいが投げ出さない。


あけて一月六日。

朝一ででかけた。酔いはさめている。しかし山上に着くと視界は不良。そして雪質は格段に劣化していた。まるで春のようにべたべたの雪でつんのめりそうになる。

ワックスをかけてから出直すのが賢明。一本できりあげた。

ふつか連続でむなしいスキーをした。

帰宅後は断捨離、本を箱に詰め、その模様をブログに書いた。

片付けたり捨てたりすると気分は上向きになる。できることをすればそれで良い。できないことはしないでよろしい。

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笛吹童子

ただいまは十二月三十日。ブログ更新が遅れたまま年を越しそう。

動画ではないが音質がいいので「笛吹童子」を載せる。




大晦日、お忙しい方におかれては以下は読まないようにあらかじめご忠告もうしあげる。

クリスマス休みにウィスラーで滑ってきたピーター84なるスキー仲間が雷鳥山などで滑れるかとイヤミなメールを書いたので、それに対する返事を書き、その中に笛吹童子を取り込んだのである。読んで得るものはなにもない。

84のメールにある黒櫛とはブラックコム、口笛とはウィスラー、北米最大のスキー場のことである。

細かいことをいうと、口笛はウィスルだ。ウイスラーだと口笛を吹く人とか山に住むモルモットの一種のことになる。

返事に引用したところを黄色にしてある。


ピーター84からスキー仲間へ送った一斉メール:

Date: Sat, 29 Dec 2012 18:50:40 -0800
Subject: Re: グラウス待ち時間状況 

山のお便り、ありがとうございます。

口に入れると、とろけるような松坂牛、いや、黒櫛や口笛牛を五つ星レストランでたっぷり食べた後、残飯に近い、常食のバーガーを想像するだけで、食傷し、足が、つい、遠退く日々を送っています。

金曜日のお昼ごろ、駐車場のコミ具合を点検にでかけましたが、戦慄が走る状況でした。駐車場どころか、ナンシーグリーン道 ? は両脇下の方までびっしり。
ゴンドラの列は、バンクバーに、こんなにもスキーヤーがいたのかと、思うほどの混雑振り。州政府に頼んで、スキー人口削減策でも、打ち立ててもらわないと、とマジで考えるほど。
何時もの平穏なゲレンデが帰ってくるまで未だしばらく間があるので、辛抱して待つことにします。

この歳になると、ドタバタ騒ぎも、押し合いーへ試合も、ジタバタ業も、もう結構、次世代にお任せしよう。

84


ほんじつ30日、オノマスキーからスキー仲間へ送った一斉メール:

黒櫛や口笛牛
ブラックコムとウィスラーを吹聴するピーター84をからかお〜

白い頭で黒櫛すべりゃ昔なつかし吹き老人
なにがなんだか分からない? 若い方にはピンとこないだろう

オノマスキー幼少のみぎりは夕方になるとラジオから流れてくる「笛吹き童子」の歌にわくわくした

ほんじつの雷鳥山

朝一のゴンドラに乗った常連は ジョージ、ハッサン、ナターシャ、コリン、そしてアオキトシエの天敵アールジェイ。きょうも八時に並べば一番ゴンドラに間に合った

雷鳥山は残飯だとピーターが書いていたぞと聞いてハッサンが猛烈に反論した

リフト代90ドル、往路90分、復路90分、家に着いたらぐったり。何のためにウイスラーに行くんだ。何のためにスキーをするんだと考えたらここがいちばんだ

そうだそうだとジョージが賛成した。来年からピーターは冷たい視線でみられることだろう。ムフ

山上

下界から みえたかどうかはしらねども 頭を雲の上に出し 天井青き雷鳥山 樹氷ピンクでなまめかし 両脇コブでふちどりし 真ん中グルームツールツル モヒカン姿のピーク


最後は字足らずであるなあ

カットはコチコチアイス盤 立てば滑るぞ 座れば滑る ちょちょいのちょいですぐ回る 

基本すべりに徹するつもり ついつい忘れて ガンガン飛ばす 

白い頭でカットをすべりゃボクは無敵だ鉄腕アトム

リフトの待ち時間は九時半まではゼロ。それを過ぎるとシングルレーンで二、三分待ち

十時にあがった。一時間半だがいつもの二時間分は滑った

下界の列、最後尾は四十分待ち。どうせ待つなら一番列車に乗り込むべし。八時に到着すべし

家にもどって写真をハ゜ソにとりこもうとしたらできない。ガンガン飛ばしたので目がまわったかソニーα200

オノマスキー

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L2をめざして 子供をどう教えるか

ただいまは十二月二十八日。

8:45〜10:00、雷鳥山で滑った。

根雪が硬く凍って、その上を一、二センチの軽い雪が覆っている。とても滑り易い。


学校が冬休みなのでゲレンデには沢山のスキースクールのグループがいた。リフトの上から眺めたり、そばで観察したりして自分ならどうやって教えるだろうかを考えた。


五人の生徒に二人のインストラクターがついている。一人はオノマスキーと同じルーキーインストラクターかもしれない。





ルーキーオノマスキーが子供たちを教えるとしたらやはりもう一人のインストラクターがいて欲しい。子供たちの性格や心身能力に差があるからまとめにくいだろうし、ゲレンデが混んでいるから衝突事故が心配である。


リフトに乗るときにインストラクターと一緒に乗れなかった子達と一緒になった。



ルーキーオノマスキーとしては生徒たちだけをリフトに乗せるのは心配である。


六人を一人で教えているグループ。



3がインストラクターだがこれでは生徒たちがどういう風に滑っているかが分からない。誰をどう指導したら良いかも分からない。


上の三人に関するインストラクター・オノマスキーの診たて。

1:上半身が前傾になっているのは良い 
  へっぴり腰だから不安定
  板をコントロールできなくなって暴走しやすい
  この姿勢で固まると上達が難しい

2:上半身が後
傾・垂直だが太ももと脚の角度がよいので安定している
  板をコントロールしやすいので暴走しにくい
  上達が早いだろう

3:上半身が斜面と直角で良い。太ももと脚の角度も良い。インストラクターだから当然




オノマスキー的子供の教え方(仮):上半身の前傾姿勢を教えるのではなく、上半身は後傾乃至垂直でもいいから脚を雪面と直角になることに集中させる。


視界は悪かった。ほんの一瞬だが霧が晴れて下界が光った。




視界が良くならないしゲレンデが混んできたので十時に切り上げてゴンドラに乗ったら後ろからジョージが入ってきた。おとといも視界が悪かったのでやはり十時頃に切り上げてゴンドラに乗ったらジョージがいた。面白いものだ。

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ひとりきりのクリスマスキー
ただいまは十二月二十四日(月)。朝一番で雷鳥山を滑って帰ってきたところ。

八時三分に駐車場についたのだがスキースクールのグループがたくさんいて、彼らが優先的にゴンドラに乗るので三十分ほど待たされた。それでも九時前には滑ることができたし、ゲレンデはさして混んでいなかったから行ったのは正解であった。

家を出る直前にみたレポには零下六度、晴天とあったが、山上は暖かく、雪は湿っぽく、霧で視界が悪かった。

霧のなかからフランクが現れたのでパパラッチ。





十二日の滑りにくらべて断然良くなっている。

眼下にハッサンがみえた。



ハッサンはいつも慎重に滑る。

そして遠くに見えるのは・・・




着実に進歩していくナターシャ。

レベル2をめざすオノマスキーは基礎練習を繰り返す。

せんじつはヒロ成田から木の葉おとしの後ろ向き滑りの時間が短いと云われたのできょうはできるだけ長く後ろ向きで滑ることに専念した。

シーズン始めのころは後ろ向きに滑るとすぐに板の先端が開いていたが本日はずっとパラレルで滑ることができ、ひらりひらりの感じがでてきた。いかなる雪でもひらり感がでるようにしたい。

ターンしたあとに板が閉じ気味になる。完全なパラレルになるまで待とうと斜滑降で滑っていても閉じ気味のままである。スキーを始めたばかりの頃には無かった現象である。板のせいだろうか、それとも加齢からくる身体機能劣化のせいだろうか。

いろいろやってみたのだがふと思いついて、ターンしたあとで谷側の板を後ろに引いてみたら直ぐパラレルになった。直滑降で滑る⇒ターンする⇒谷足のかかとを後ろにひく・・・を繰り返した。

木の葉おとしで山回りをして停まった時にも板が閉じ気味なのでパチリ。



ほんの少しだが板が閉じている。

と思ったのだが、もしかして目の錯覚ではなかろうかと見直した。



板の先端が曲がっているから閉じ気味に見えたのであって足元ではパラレルになっていた。少しばかり気持ちが楽になった。

収穫があった、霧が晴れない、五十分滑って終わりにした。

下界ではゴンドラを待つ列が更に長くなっていた。最後尾の人は四十分待つだろう。

早々と降りてきたオノマスキーをみて子連れの父親らしき人が混んでるのかと訊いてきた。いや、まだ混んでいない、雪は上々だ、エンジョイ!と元気付けてやった。

実際、リフト乗り場の待ち時間はゼロであった。そんなことを云ったら四十分待っている時間がゆううつだろうと思い、視界が悪いことは云わなかった親切なオノマスキー。

家にもどりNHKニュース9をみたら 「クリボッチ」 なる新語があるという。一人ぼっちのクリスマス。二十代だと女性は半数以上、男性は七割以上が今夜はクリボッチだそうだ。

世界中のクリボッチたちに幸あれかし!




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フランク復活

昨シーズン雷鳥山で転倒して大怪我をしたフランクはもう滑ることができないらしいという噂を聞いたのは十二月十日だった。複雑骨折のリハビリの甲斐なく膝がダメになったという。


フランクと初めて会ったのは五年前、当時のブログにリフトで一緒になったフランクとの会話を書いている:

七十歳だ 

まるで十七歳みたいな滑りだと言うと

ニンゲン動くのをやめたらとたんに体のパーツがいかれる、いつも動いてなきゃ

See you ・また会おう

Aufwiedersehn・また会おうと言ったら

Aufwiedersehnと返ってきた

七十歳まで生きられるかどうか知らないが、ああいうG3になれるのなら悪くない。


http://onomar.jugem.jp/?day=20080112


フランクが怪我をしたのはことし一月十三日(金)のことでブログにこう書いた:

家にもどると、雷鳥山で滑った仲間のレポが入っていた。読んで驚いた

今日はフライデー the 13th、よくは知らないが、こちらの文化では縁起の悪い日らしい。

ピークランの滑走中、滑落か、横転かで、われら山の主、フランク氏が、左足を骨折。ランの下でレスキュー隊員に囲まれ、何時もの彼らしく無い体勢でぐったり、タンカーに乗せられていた。昔、救助隊員として数多くの怪我人を救助した本人が、救助されるという、この世に存在するどんなに気をつけていても起きうる偶発的事故だ。

このシーズン中、彼は帰山出来まい。これからゲレンデは淋しくなる。

http://onomar.jugem.jp/?day=20120114



少年のように滑っていたフランクの姿をふたたび見ることはないのか、そうだよな、だってもう七十五か六だもの、自分だっていつ滑れなくなるか分かったものではない、滑れるときに滑っておこう・・・などと感慨にふけった。

ところがギッチョン。十二月十二日、雷鳥山にフランクがいた。



フランクは直った、十一ヶ月かかったと云った。


リフトからフランクの滑りをパチリパチリ。





一年前に比べるとおっかなびっくりで滑っている。


二日後の十四日、ふたたびフランクがいた。



写真は撮らなかったがフランクのすべりは良くなっていた。


ランチ時、ピーターからフランクはすごい男だ、毎朝四十キロ自転車こぎをしているそうだと聞かされた。

ピーターは十二日の写真をフランクに転送したとも云った。ピーターはフランクが入院中もおのまが撮った写真を転送していた。フランクは写真をみて滑り方を矯正したのかもしれない。

それにしても毎朝四十キロとはすごい。すこしは見習わないといけない。せめて毎日一キロ・・・・


ピーター@十二月十二日:



ピーターは毎日腕立て伏せを百回しているそうな・・・・

年寄り上級者たちはいつも動いている・・・・

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L2をめざして 樹井戸

ただいまは十二月十九日(水)。

昨日の十八日は晴天の予報があたらず山上は雲の中、視界きわめて不良であった。

零下三度、降りしきる雪は乾いていて軽い。いつもと違いカットがグルームされておらずオフピステもどきである。

視界が悪いので腕を伸ばしポールの先で雪面をさわりながら滑る。雪面と大気との区別がつかない。視界に映るのは白い色。白い色のなかに無数のチリのようなものがちらちら漂って見える。大脳が視神経の先端を感じているのだろうか。いくら目をこらしても、大脳を研ぎ澄ましてもみえるのは白色のなかのちらちらだけ。

数メートル滑っては停止し、安全を確認してからまた滑りる。平衡感覚がなくなり、滑っているのか停まっているのかも分からなくなる。

木の葉おとし滑降に切り替える。
グルームされているゲレンデでも得意といえない木の葉おとし。視界不良&深雪ではなおさらうまくいかない。ひらりひらりと舞い落ちるのではなく、ずるりずるりとずり落ちる・・・

九時半に家を出たときはいろいろな滑りを試してみようと思っていたのだが、ひたすら安全第一、リズム感のないえっちらおっちら滑りで終始した。


一瞬視界がよくなった時にペーパートレイルを滑った。ここは狭いのでしょうっちゅうターンしないといけないのだが雪が深いから長続きしない。四、五十メートル滑るごとに停まっては息を整えた。

若い子たちに抜かれること二回。やがてボーゲンで滑ってくる女の子の姿が見えた。先に行かせようと待った。

私は疲れた、先に行ってと中国人らしき彼女は云った。いくら若くても深雪をボーゲンで滑っていては消耗するにちがいない。

気をいれて一気に滑り降りた。

二時、家に着くとひどく疲れていた。風呂に入るとすぐ睡魔に襲われて水没しそうになった。風呂で溺死するのは構わないがせめてリズミカルにガンガン滑ったあとであって欲しい。ベッドに転がり込む。呼吸がとても浅いなと感じつつそのまま二時間の眠りに落ちた。


明けてほんじつ、サイプレススキー場のサイトをみたら まずは安全、いつも安全 とあった。

そうなんだ、昨日みたいな日は安全が第一、リズム感がなくても、えっちらおっちらでも構わないのだ。

L2になっても まずは安全、いつも安全 を忘れてはいけないと肝に銘じる。


サイプレススキー場のサイト:


11:30 AM Update:
Lions Express is now opening with huge stashes of wind drifted powder - you must keep a partner in sight at all times when you are Skiing or Riding in deeper snow between the designated groomed runs - stay in bounds and stay smart! Beware at all times of the "Tree Wells" that can exist in these conditions -
"think safety first and always think safety".

http://cypressmountain.com/


Tree Wells


枝が雪を受けとめて幹のまわりが井戸のようなくぼみなること。日本語でなんというのか知らない。とりあえず「樹井戸」。

雷鳥山はすでに四メートルの雪が降ったから人間の身長より深い樹井戸ができている。




三月十一日、インストラクターL1講習最終日の朝は視界不良。最後尾でペーパートレイルを滑っていて樹井戸に落ちた。自力で脱出できたが体力の消耗が激しく午後の受講は無理かと思った。さいわいにも昼休みに食事抜きで仮眠して目がさめたら体力も天候も回復していた。

昨日のように視界不良で、誰もいないところで深い樹井戸に落ちてたら春がくるまで冷凍おのま・・・・・



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オフピステ:
海外のスキー場は日本のスキー場のようにエリアが『柵』で区切られている場合は珍しく、ゲレンデは『ピステ』と呼ばれる圧雪された帯状のコースと、それ以外の非圧雪面『オフピステ』に分けられています。
http://homepage3.nifty.com/mt-ski/hoka/offpi.html

そうか、ペーパートレイルはオフピステなんだ・・・・


木の葉おとし:
スタートで両スキーを揃える
直滑降ですべり速度をつける 
ターンしたらそのまま山のほうへ滑っていく
山の方へ上るから自然に停まる
そのままの姿勢で後ろ向きに滑っていく
後ろ向きのまま山の方へ滑る
山の方へ上るから自然に停まる
前向きに滑る

下図のが前向き、が後ろ向きの滑りである。




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L2をめざして いろいろな色 
ただいまは十二月十七日(月)の夜七時。 

一、二時間おきに更新される雷鳥山のレポを朝八時からチェックしていたが午後二時になっても降雪中、視界様々とある。我が家からみる山は雲に隠れている。http://www.grousemountain.com/

午後三時、急に外が明るくなった。いそいで着替える。



今シーズン十三日目。家から雷鳥山まで車で十分もかからない。良いところに住んでるものだと感謝。

二十四時間で積もった雪は十三センチ。



夕方はいつもゲレンデが荒れているが今日は雪が軽いのでさほど滑りにくくはない。板のお蔭もある。



アダプティブロッカーなる仕組みになっている板(アトミック・クリムズン)は新雪でも潜らず浮いてくれる。チタンが入っているので重たいが今シーズン中には慣れるだろう。http://www.tanabesports.com/fs/skier/cd10456

夕映えが綺麗だ。



太陽はすぐに沈んだ。



ナイトスキーをしていると地球の自転と同調しているなあと思う。朝だと生じない思いである。



霧がでてきた。



一時間であがった。明朝は晴れの予報。

ゴンドラ乗り場から見える海が幻想的だった。



一時間ちょっとの間にいろいろな色を見た。明日はいろいろな滑りを試してみよう。

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L2をめざして 八日目 新婚さん
2012年12月10日 雷鳥山にて

(その格好で)滑るんだねと声をかけた



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L2をめざして・木の葉おとし
ただいまは十二月八日(土) 朝十時。

雷鳥山のレポをみると晴、気温零下五度だというから絶好のスキー日和であるのだが土日は混むから行かないことにする。それよりなにより今朝おきると右の小指の付け根が腫れ、右腰が痛くなっていた。右腕をまっすぐ上げると右肩も痛い。ハイルヒットラーのあたりから痛みが生じ、天皇陛下バンザイまでくるとそこから腕をガクンと落としたくなる。

数年前に滑っていないのに板がくるりと回り転倒した。カービングスキーはそういういたづらをすることがある。その場で転んだのだから大した衝撃ではない筈だが、翌日から左肩が痛くなり、いまだに肩をまわすと軽い痛みがある。肩のまわりの可動域が狭いと感じる。その左肩よりも右肩のほうが不自由になってしまった。

あれこれ考えているうちに昨日の最初の二本を思い出した。あのときは木の葉おとしを繰り返していた。木の葉がひらひらと落ちるような感じで滑るのだ。

スタートで両スキーを揃える
直滑降ですべり速度をつける 
ターンしたらそのまま山のほうへ滑っていく
山の方へ上るから自然に停まる
そのままの姿勢で後ろ向きに滑っていく
後ろ向きのまま山の方へ滑る
山の方へ上るから自然に停まる
前向きに滑る

下図のが前向き、が後ろ向きの滑りである。



三月にインストラクターの講習を受けたときに、初心者を指導するには後ろ向きで滑るのが有効であることを知った。後ろ向きに滑りながら生徒の滑りを見ることができる。

それまで後ろ向きに滑ったことなどなかったので、北海道出身の長井せりさんに後ろ滑りができるかと訊いたら、小さい頃はよくそうやって遊んだものだといわれた。

そうだよな、子供は色々なことを試すものなのだ。そういうことをやっているうちに楽な滑りが身につくのだ。

生徒を教えるための方便でもあり、みずからの技量向上にも役立つ木の葉おとし。肩の痛みを感じながら今シーズンはしばらくのあいだはこれに専念しようと決意した。

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サイプレス
ただいまは十一月二十九日。きょうも書かないと大幅に遅れるので二十二日に撮った写真をアップする。




2010冬季オリンピックに使われたサイプレス山の入り口である。




バンクーバー北岸にはサイプレス、グラウス、シーモアとスキー場がみっつある。この写真は北岸スキー場で一番長いゲレンデから撮った。

サイプレスで滑るのは三回目。今シーズンではない。バンクーバーに初めてきた1972年から勘定して三回目である。

最初に滑ったのは1986年か87年、仕事を終えてからナイトスキーをした。ゲレンデは凍っていて楽しめなかった。今は凍っているゲレンデが好きだが当時は大の苦手であった。楽しめなかったという記憶が潜在意識に残って爾来敬遠してきたのだろう。

二回目は四年前、孫のユウキンが単身でやってきたとき。オリンピックが開かれるから滑って来いと親から言われたとのことで一緒に行った。ユウキンは前に来たときよりヘタになっていた。成長すると要らぬ恐怖心が生じるらしい。

こんかいを含めて三回とも同じゲレンデを滑った。長いが初級ゲレンデである。初回のときほどでは無いと思うのだが滑っていて楽しいという感じはやはりなかった。

http://cypressmountain.com/


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L2をめざして

ただいまは十一月二十四日。ブログの更新が遅れている。

窮余の一策。未完成のままになっている二週間前のブログで埋める。

政策はどうでもいい、数あわせが大事の橋下徹とか石原慎太郎みたいなおのま。


カナダのスキーインストラクターはレベル1,2,3,4の四段階になっている。十両、幕内、三役、横綱という感じである。

大学〜サラリーマン時代は滑る回数がすくなく一向に上達しなかったおのま、数年前から一シーズンに数十日滑るようになり徐々に上達していった。七十日すべった先シーズンはレベル1に合格、めでたくプロスキーヤーとなった。

日々体力が衰えているにちがいない古希おのま、無謀かもしれないと思いつつレベル2をめざしている。

我が家から百五十キロ離れたウィスラースキー場は三週間後にオープンする。我が家から車で五分の雷鳥山・グラウスもひとつきほどで開くだろう。

雪山に立つまでの二十日をどう利用しているかを記録していこうと思う。


11月8日。


トム・ワトソン(ゴルファー)が若い頃、自分は十五分に一度は女性のことを思っていると言ったことがある。十五分毎に女性のことを思ってるとゴルフがうまくなるのかもしれないが、スキーに応用するつもりはない。十五分ごとにスキーのことを思っている自分になりたい。本日現在、まだその域に達していない。


欧米人は体が伸びる傾向があり、日本人は体が屈する傾向があるという。であれば日本人・おのまは屈伸運動ではなく体を伸ばすことを心がけるのが良い。

先シーズンはリフトに乗っているあいだは胸を張り、尻をつきだし、背骨がS字にすることを心がけたが、そうすることを時々忘れた。すくなくとも本日までの十日間は座っているときも歩いているときもた伸び姿勢を意識してきた。


あれから二週間。雷鳥山と西バンクーバーにあるサイプレスは十一月十三日に開いてしまった。準備不足のまま雷鳥山で五回、サイプレスで一回滑った。


十五分に一度かどうかは知らないが朝、目が覚めたとき、夜寝るときはかならずスキーのことを思っている。


まいにちなにかしら運動をしている。いちばん多いのはその場跳びである。背筋をのばして肩をゆるめ、体をゆするようにして、つまさきが床から二、三センチセンチほど離れるように跳ぶ。どこでも思い立ったらすぐできる。一セット百回。日に数セットやっている。

跳んでいるあいだ、左肩から上腕にかけて、そして左の脛(すね)になにかが詰まっているような感じがする。詰まっているものが融解したときに体のバランスが良くなっているような気がする。バランスがよくなればL2になれる。


前回日本に行ったときに熱中症気味となった。胸と背中がくっついた感じになり、あえぐような呼吸になった。カナダに戻っても直らず九月いっぱいは不活発な日々が続き、十月のある日尻の肉がたるんでいることに気がついた。

十一月、その場跳びを始めて二、三日、触るとたるみは消え、前より張りのある尻になっていた。

日々進化し続ける羽生結弦(はにゅうゆずる・十七歳)のようなおのま。 



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L2をめざして・初日
十一月十三日(火) 

我が家から五キロのところにある雷鳥山(グラウスマウンテン)スキー場がほんじつ三時から開いた。開いたといっても百メートルちょっとしかないパラダイスという初心者ゲレンデだけである。

初日がパラダイスだけというのは三年前にもあった。ブログを探したら三年まえも11月13日だった。

http://onomar.jugem.jp/?day=20091115

三年まえはおのまが一番乗りだといわれ、そのあともゲレンデは閑散としていたのだが、きょうは若者がたくさんいて、おまけに テレビ局のクルーがきていた。 

靴のバックルを絞めているおのまを撮っているカメラマンがいたので、おのまのカメラで撮ってもらった。

滑っていくとゲレンデのまんなかあたりでカメラを回している人をみつけたのでポールを振ってみたが、写っていないだろうが念のためあとでニュースを見よう。

滑っているのはティーンエージャーがほとんどで、高さ五十センチほどのジャンプ台をつくり、ボーダーもスキーヤーも嬉々として跳んでいた。

四十分ほどで七本すべった。

山上は三度。雪質は良かった。きちんと板に乗ることに集中した。流れにのって滑り無理のない地点でターンした。

三年前のブログには「いつもながら初日はおっかなびっくりですが、両足の神経が鈍くなっているのか、筋力が衰えているのかちょっとしたことでバランスが崩れました」とあるが今回は今月初めから毎日ちょっとしたトレーニングをしてきたせいかおっかなびっくりということは全くなく、安定感のある滑りができた。

山を降りるとテレビ局の車があった。

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L2をめざして 信念の魔術
「信念の魔術」(クライドMブリストル著)という本を読んだことがありますか。

人間の望みというものは叶うと強く念じれば叶うものである、望みが叶わないのは念じる力がたりないからだという趣旨の本で、信念の力を強めるためのやりかたが色々書いてあります。おのまは若い頃に実践してその効果を体験しています。

色々なやり方がある中ですぐにできるのは、願い事を何枚ものカードに書いて部屋のそこここに貼ったり持ち歩くなどすることです。そうすることによって望みが潜在意識にも植えつけられ、やがて望みが叶うという次第です。

「信念の魔術」を実践すれば望みは実現すると分かって暫くすると、どうしてそういう望みを持つのかということに考えが及ぶようになり、要らないものが多いことを知り、だんだん魔術を使わないようになりました。今でも、たまにですが、三十億円ほど手にはいったらいいなあと思うことがありますが魔術を使ってまで欲しいとは思いません。

しかし・・・・

久々に魔術を応用することにしました。

「スキープロ」誌を受け取ったその日のうちにスキー板と靴を物置からだしてきて、まいにち何度も通る場所に置いたのです。



板をみながらL2になると念じています。

応用ですからカードに書いてはいません。

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「信念の魔術」の要点

1  強い欲求を持てば願いは叶う
 

強い欲求こそが願いを叶える原動力である


潜在意識を活用することで原動力が動き出す

潜在意識を活用するには明瞭なイメージを描くことが要る


ぼんやりとしたイメージでは効果が薄い
 

はっきりしたイメージを描いてもずっと持ち続けることはたやすくない

   
   明確なイメージを心の中に描き一瞬たりとも忘れないようにする


2  強い欲求を忘れないようにする方法


カード:

望みをカードに書いて至る所におく

カードを何度も眺めることで望みが潜在意識に根付く
鏡:

   一日に二回、鏡に向かって「必ず成し遂げる」と言う
   ぼんやりと希望を抱く ⇒ はっきり希望を抱く に変わる
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L2をめざして スキープロ
五ヶ月ぶりに書く シリーズ「L2をめざして」です。

L2とはレベル2のことです。

カナダスキー指導員連盟=CSIA(Canadian Ski Instructors' Alliance) が定めるスキー指導員はレベル1,2,3,4の四階級があり、おのまは今年の三月に一番下のレベル1になったばかりです。

小学校の運動会で一等になったり中学校で陸上部に入ったりしたことはありますが、高校時代に肺結核を患ってからのち二年ほどは安静を余儀なくされ運動ゼロ、大学で入ったボート部は合宿が多くて勉学と両立しないため数ヶ月でやめ、爾来運動とは縁遠い人生を歩んできたのですが、六、七年前から再開したスキーは、時間もあるしスキー場がすぐ近くにあるしでシーズン毎に熱心度が高まっています。

半年ほど前に孫娘、みいたんが日本から遊びにやってくるというので、急遽スキー指導員レベル1の講習(四日間)を受けたところ合格、古希にしてプロスキーヤーになったのはギネスものじゃろと悦に入っていたのですが、そのうちに一番下の階級では迫力がない、せめて下から二番目のレベルをめざそうではないかとなった次第です。

おのまの技量はレベル2からは程遠いと思いますし、いまや古来稀なる年となり人生の持ち時間がいくら残っているかは皆目分からず、もし残っているとしても気力、体力は刻々と衰えているに違いありません。L2  をめざすなどはドンキホーテもいいところだと思ったこともありますが、しかし、そんな風に考えるのは横着な精神ゆえである、やってみたらいいではないか、L2になれなくたっていいじゃないかと考えて 「L2をめざして」シリーズを開始した次第です。

二週間ほどまえにCSIAからSKIPROなる雑誌が送られてきました。

そうだ、おのまはスキープロなのだと改めて自覚しました。夢のような話です。



1938・2013・・・・連盟ができて75周年。おのまより古いんですね。

表紙の上部をみると・・・



EXCLUSIVELY FOR CANADA'S SKI INSTRUCTORS

カナダのスキー指導員限定

L2への意欲が俄然増してきました。


前回の「L2をめざして」:
http://onomar.jugem.jp/?day=20120510

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L2をめざして 妙義龍


大相撲名古屋場所ふつかめ、新小結の妙義龍・25歳のインタビューがあった。インストラクター・オノマスキーと同じようなことを考えていると思った。


妙義龍は入門以来順調に出世したが十両に昇進した場所の二日目に膝を痛め休場が続き三段目にまで降下。怪我が回復すると三段目、幕下、十両、幕内と順調に出世し入門後三年たった今場所で小結になった力士である。

怪我はしないが上達が遅いオノマスキーとは対照的なスピード出世の妙義龍である。

でもオノマスキーと妙義龍は同じようなことを考えている。


カナダのスキーインストラクターには四つのレベルがあるのだが相撲にあてはめるとこんなイメージであろうか。

L4=横綱、大関
L3=関脇、小結
L2=幕内
L1=十両


ここまで書いてきて、二十年ほど前、27歳で入門した智ノ花という力士が心に浮かんだ。

27歳の入門は遅すぎるというのが大方の意見であったが智ノ花は11場所連続勝ち越し、30歳直前に小結に昇進した。スピード出世だった。

小結に昇進した場所、智ノ花は大敗し、それ以後は三役にもどることなく、幕内下位、十両で相撲をとった。

その世界ではロートルとされる年齢で入門した智ノ花とスキーを再開しようと63歳のときに新しい板を買ったオノマスキーは似ていないでもない。

でもスキー再開から七年、70歳にしてL1・十両昇進。今からL2・幕内を目指すのだから気が遠くなる。智ノ花に似ていないでもないとは妄想か・・・・

などという後ろ向きのことを考えてはいけない。

妙義龍@L3とオノマスキー@L1は同じようなことを考えているのだ。


今シーズンの最後の数日、スケーティングをしながらスタートして滑った。ふだんやっているようにゲレンデの斜面と重力にあわせ、自然体でゆっくりスタートするのではなく、最初から積極的に板を前に押し出して速度をつけていくのである。

そうやってスタートすると重たい雪につきもののブレーキが緩和され、重たい雪ではなかなか生まれないリズム感のある滑りが出来るようになった。頭の中が軽快な感じになった。

来シーズンは中級ゲレンデ、上級ゲレンデで滑る頻度を多くするつもりだが、そのときも斜面に合わせてゆるゆると滑り出すのではなく、始めからスケーティングで板を前に出して躍動感のある滑りをしてみようと思っている。


インタビューで妙義龍はこういうことを言った。

妙義龍は立会い直後の踏み込みが早い力士なのだが、それをさらに磨き、踏み込んだあと、更に二歩、三歩と踏み込み、相手にかかる圧を強くしたいと言った。

★先場所 前頭二枚目・妙義龍 vs 大関・鶴竜




妙義龍

1986年10月生まれ 

2009年 22歳で境川部屋に入門

初土俵の2009年5月場所から7月、9月、11月場所の4場所をすべて5勝2敗

2010年1月場所で新十両へ昇進したが二日目に怪我をし、それ以後休場が続いて7月場所では三段目に降下

9月場所 7戦全勝 優勝決定戦で負ける

11月場所 6勝1敗 幕下優勝

2011年1月場所6勝1敗、5月技量審査場所4勝3敗

7月場所に十両、11勝4敗で優勝

9月場所は13勝2敗で2場所連続優勝

11月場所入幕、10勝5敗

2012年1月場所9勝6敗で技能賞

3月場所7勝8敗

5月場所 4大関を破る活躍、9勝6敗で2回目の技能賞

7月場所 小結昇進

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L2をめざして クイックソティック・フュージョン
どちらかというと頭脳活動の人生を過ごしてきたオノマスキー

身体活動に関する関心は薄く、知識、実践が豊かではありませんでした

スキー・インストラクターの資格を取ってから関心が高まりました

他人の様々な体の動きを興味深く見ています

それらがスキーの上達に直接役に立つかどうかは分かりません
 
役に立つかどうかは知りませんが記録に残しておこうと思います
 
本日はクイックソティック・フュージョン

アクロバット、ダンス、映像、音楽、特殊効果のアンサンブル
 
動画に出てるのはボディーダンサーというのでしょうか

すばらしい体幹です

彼女達がスキーを始めたらすぐ上級者になるだろうと思います

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L2をめざして 小さな奇跡・後編

M氏とねのひで会う前に丸善に入りました。

こんかいのお目当ては俳人・池田澄子。その世界では有名だそうですが、その世界と縁遠いおのまには無名の人。なにかでたまたま読んだ作品が面白かったので一冊読んでみようと思ったのです。

たまたま読んだ作品はこれ、知っている方もいらっしゃるでしょうね。

じゃんけんで負けて蛍にうまれたの


作者は蛍・ほたるに生まれたことを嘆いているというような意味をもたせたのではないと思います。とはいえ、その短い命や穏やかな飛び方、光りかたから蛍には人に哀れの情をもたらすものがあります。ジャンケンで負けちゃったのとつぶやく蛍の心情におのまはほろり。

まあ、じゃんけんで勝って人間に生まれたのだとしても、いずれは生を終えるのだから蛍と変わりありません。はかないものです。石原閣下、尖閣でカッカしなさんな。おたがい短い命、いま都民が迷惑している横田基地やウチナンチュが迷惑している普天間基地を取り戻すのが先でしょう。それとも中国のバカウヨと結託して戦争を始めるつもりなのかい。とあえて脱線してみる。


池田澄子の本を二冊買ったあと、そうだスキーの本も買おうと思って探すと地味な装丁の本が目に入りました。ぱらぱらめくると今ははやらない長い板を使った写真が沢山載っています。

古本屋ならいざしらず丸善になんでこんな本があるだろう、いまさら役にたたない本だと思いつつ、なにか惹かれるものがあって買いました。



「スキー教本」
定価 2,472円 (本体2,400円・税72円)
1987年11月10日第一版、第1刷発行、1992年10月20日 第2冊発行
発行・編者 大学スキー研究会
発行者 太田博
発行所 杏林書院

本に挟まれている注文票を見ると丸善はこの本を2004年9月30日に注文しています。

おのまは学生時代、丸善にアメリカで発行されてる本を取り寄せてもらったことがありますが、この本もだれかが頼んで取り寄せたのかもしれません。取り寄せたけれど引き取りにこれない事情が生じた・・・


飲みながら、こんな本を買ったと見せたところ、M氏はびっくり。なんと執筆者のひとりだと言います。

二十年も前に発行された本が丸善にあったこと、たまたま手にしたこと、いまさら役に立たないだろうと思いつつも買ったこと、それが執筆者と会う直前だったこと・・・・。すべてが小さな奇跡といえるでしょう。


このままのほうが本の価値が高くなるというM氏を説得して本にサインしてもらいました。



日本スキー界の要人から「カナダスキーインストラクター」と書かれて、L2(レベル2)をめざす気持ちが一段と強くなりました。

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古本を買って奇跡と出会いけり
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L2をめざして ちいさな奇跡 ・ 前編
三月に日本へ行ったときも福井に行くつもりでした。カナダを出るまえにM氏にメールを出したのですが返事が来ません。沖縄、東京で用事を済ませたあとも来ません。

どこかでスキーをしているのだろうと思い携帯電話に電話をすると案の状、いま岩手県雫石(しずくいし)で滑っている、明日東京経由で福井に帰る、東京で会おうということになりました。

東京駅丸の内側にあるオアゾビル六階にある ねのひ で五時に会うことにしました。

酒も肴も旨いので日本に行くと一度は行くのが ねのひ です。東京駅から旅立つ人で昼食、あるいは夕食の時間がとれるひとにお勧めします。

http://www.nenohi.com/

ねのひが気に入っている理由がもうひとつあります。店の向かいに大学時代から利用してきた丸善の本店ができたからです。本を物色してからねのひに行けば待ち人がいくら遅れても苦になりません。

http://www.maruzen.co.jp/corp/shop/marunouchi.html

ほんじつはここまで。

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L2をめざして 指導員M

五月三十日

インストラクター・オノマスキーがゲレンデで二度おしえてもらったことのあるM氏とはんなり鮨@福井・三国で飲みました



M氏は二十四、五のときに日本スキー連盟の指導員という資格をとっています。スキー映画で有名なウォーレン・ミラーともつきあいがあるというから国際的なスキーヤーです

飲みながらでも教わることがたくさんあり有意義でした

ウォーレン・ミラー
http://www.skinet.com/warrenmiller/


はんなり鮨
http://onomar.jugem.jp/?day=20110820

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コマッタちゃんの動画
この冬、コマッタちゃんこと長女の息子#2が滑っている動画が長女から送られてきた。コマッタちゃんが転んでも泣かずにふたたび滑りだしたときに撮ったものである。転んだときの様子は一月十三日のブログに書いてある:

http://onomar.jugem.jp/?day=20120113


このときは二ヶ月のちにおのまがスキーのインストラクターになるとは想像もしてなかったのだが、動画をみるとコマッタちゃんを褒めている。これひとつをとってもおのまにインストラクターの素質があったことが分かる(笑)。

日本のスキー連盟の指導は欠点をこまかく指摘する(ひらたく言うとけちをつける?)ことにあると聞いたことがあるが、おのまが受けたカナダの講習では否定的なことを一切言ってはいけないと教えられた。そういうことを講習で教わる前から実行していたおのまはえらいと自画G3(笑)



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L2をめざして 新たな回路・さいごの雷鳥山 

五月二十日(日) 九時半から十一時まで雷鳥山ことグラウスマウンテンで滑った。今シーズン七十四日目のスキーである。

小雨が降っていて、気温が前日より六度高い八度になっていたのでゲレンデの雪はだいぶ柔らかくなり、地肌の部分も増えていた。しかし風が前日より冷たく、さほど滑りにくい雪質ではなかった。

風の寒さを予想して前日は省いた防寒下着(上下)をつけてきたのは正解だった。


九時半現在で滑っているのはオノマスキーをいれて五人だった。全員がシーズンパスを持っておらずチケットを買ったとしても採算割れに違いない。それでも開いてくれた雷鳥山の経営陣の精神に深く頭を下げる。


オノマスキーの滑りは日々進化している。ないしは進化を目指している。この日はこういう具合であった。

かなり前から、すくなくとも、今シーズンの半ばころから、左板に頼っている時間が長いことに気づいていた。右板に乗っているときの感じが頼りないので左板に乗っているときにバランス調節をしているような感じがある。

体の右が弱くなったせいだろう。


昨年、福井の知人宅に泊まったとき、握力計があった。知人は体育関係の研究者であり、オノマスキーは彼から二度スキーの指導を受けたことがある。

オノマスキーは郡山市、安積高校(あさかこうこう)一年生のとき自転車で通学していた。登り坂に差し掛かると腰を浮かし、ハンドルをしっかり握り、体にひきつけてペダルを漕いだ。そのおかげだと思う。大学生、サラリーマン時代に測った握力は右65キロ、左55キロと普通のひとより高かった。背筋力は200キロ近くあり、ごく短期間ではあったが参加していた大学のボート部で一番だった。

自転車通学は一年生のときだけである。二年生になって間もなく高熱をだし、調べると肺結核とのこと。一年間休学した。復学してからの二年間は医者の指示で体育の時間は見学、通学はバスとあいなった。


普通の人の握力はどのくらいか。
http://kinryokutore.com/kintore056-02.html

年齢 男性 女性
20−24 約48.9kg 約29.1kg
25−29 約49.2kg 約29.5kg
30−34 約50.3kg 約30.2kg
35−39 約50.0kg 約30.6kg
40−44 約49.2kg 約30.5kg
45−49 約48.1kg 約29.7kg
50−54 約46.7kg 約28.2kg
55−59 約44.7kg 約27.1kg
60−64 約42.2kg 約25.7kg
65−69 約38.4kg 約24.0kg


最後に測ったのは、サラリーマン時代、東京、丸善ビルの屋上で測った。ゴルフの練習場があって、握力計が置いてあったので一緒に行った同僚と測った。

それがいつだったのかはっきりしない。日比谷にあった本店勤務時代であるのは間違いないのだが、本店勤務は三度ありそのどれかが分からない。最初なら二十代、二回目なら三十代、三回目なら四十代である。

そのときの握力も右65キロ、左55キロであった。


いつの頃からか左半身に軽いしびれを感じるようになった。疲れると左足を引きずるようになった。左半身が弱いのである。

知人が差し出した握力計を握ったときも左のほうが弱いに違いないと思った。ところが結果は違った。左が50キロ、右が40キロと出た。

なんどか繰り返したが、左は55キロになることがあったが、右は40キロを超えなかった。

いつのまにか右が弱くなっていたのである。


左にしびれを感じたり、右が弱くなっていたりという現象の原因は分からないのだが、気づかないような軽い脳梗塞を何度かやったのではなかろうかと想像している。

その都度、血行障害が起きて神経が麻痺し、ついで筋肉の反応が悪くなった・・・そういうことではなかろうか。

医者に診てもらったら良いといわれるかもしれないが、これまでの経験から、医者に訊いても判然たる回答がないだろうと思うので訊かない。


そういうことで、左板に乗っている時間が長いのは右半身が弱くなったせいだろうと思っていたのだが、この日は滑りながら、あるいは違うかもしれない、左足はしびれを感じるが右足にしびれはない、左板に乗っているときはきちんと板に乗り切るまでの時間がかかるだけの話かもしれないと思いなおした。

そこで滑り方を変えてみた。

ターンするから左右どちらかの板に乗ることになる。ターンしなければ良い。


しっかりした土台を両足でつくって、バランスよく滑ることを心がけ、直滑降で滑った。傾斜がきつくなるところでは多少の恐怖心が生じたが、我慢してすべった。

すると、なんとなくではあるが、新たな神経回路ができてくるような感じがした。それも左右両方にできているようであった。

しばらくすると、ははあ、上級者はこんな感じで滑ってるのかという瞬間が生じた。

家にもどってから感じたことを整理し、教訓をつくった。


本日の教訓:

^媼韻垢襦△靴覆い亡悗錣蕕此恐怖心をなくすこと。とくに意識していない恐怖心を見つめて打克つこと

⊃靴燭平牲于麩をつくること。いままでとは違うやりかたで滑ってみること

Bに干し柿スキーというが、そこから脱却するには体を柔らかく使うこと。リフトに乗っている間は背筋をのばし、肩甲骨の周りをリラックスさせること

干し柿=ヘタなりに固まる


十時四十分。雨で体が濡れて気持ちが良くないのであがることにした。ゴンドラに向かう途中でダルタニアンと出合った。ランチを一緒にしようという一斉メールを出したので他にも誰か来るかも知れないという。

ゲレンデに戻り一緒に滑ったが、やっぱり濡れて気持ち悪いので一足さきにあがった。一時間ほどして我が家にやってきたダルタニアン、くみちゃんの三人で酒盛りをした。

酒盛りが終わったとき、雨足は強くなり、山は見えなくなっていた。


以上の記事を書いたのは翌日の五月二十一日(月)。午後四時、まだ雨が続いていた。

カットのジャンプ台の雪でもってゲレンデの東半分を整えてくれたけれど、さすがに溶けてしまっただろう。雷鳥山の皆様、長い間、ありがとうございました。


今しがた、五月二十三日(水)の朝八時、雷鳥山のサイトをみた。

Skiing/Ridning Closed for  the 11/12 season とでていた。


217
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L2をめざして 五月十九日(土)
先週で雷鳥山も終わりだろうと思っていたが、五月十八日(金)念のために板にホットワックスをかけた。一夜明けてサイトをみたら本日もオープンするとあった。こういうアンビリーバボーがあるから人生は捨てたものではない。いそいでワックスをそぎ落とした。

九時半山上。快晴、氷点高度は二千メートルを越しているが、気温は二度、風がつめたいせいか雪質は先週より良く、ワックスの効果もあいまって良く滑る。うっふ〜〜ん。

カットの西半分は溶けて土がみえるが、東側はジャンプ用のピラミッドを崩したのだろう、冬と変わらない量の雪があった。





日本人仲間はオノマスキーのほかは84(ヤッフォー)だけであった。

84、きょうも滑れると興奮してポールを忘れてきた由。



観光客のカップルが写真を撮りっこしていたので、ツーショットで撮ってあげようと申し出た。



メキシコからきて二週間滞在した由。ハネムーンらしい、



ふたりが84とオノマスキーのツーショットを撮ってくれた。




カップルを真似てくっつこうという84をふりほどくオノマスキー。




このスキーズボンは二十五年くらい使っている。ズボン吊りがへたっていて滑っているうちにだんだん垂れてくる。

本当はこんな感じであるべき。



十一時半まで雪は崩れなかった。

板のどこに乗っているかを確かめながら、そして常にしっかり乗っていることに集中して滑った。満足。

208
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L2をめざして 春スキーのコツ 続き

四日前に「春スキーのコツ」を書いた。
http://onomar.jugem.jp/?day=20120512


翌日、五月十三日(日)も滑った。今シーズン七十二日目のスキーである。

前日にこりて、この日は蒸れないように軽装で出かけた。防寒下着いっさいなし、上はランニングシャツ、Tシャツ、薄い上着の三枚、下は普段使用しているトランクスとスキーズボンの二枚。

逆転層現象であろう、山上は下界よりかなり暑かった。一本すべって上着を脱ぎ、くるくる丸めて腰に巻いた。Tシャツの中に入ってくる風のなんと爽快なことか。下も脱ぎたかったが、それはいけないのだろう。

いずれにせよ、春スキーのコツの中に服装の工夫を入れておくと良い。気温が十度、十五度と高くても風が冷たいときがあるので要らないとは云いきれないが、防寒下着で蒸れると愉快でないし、疲労が早い。


この日はカメラなしで出かけた。上着が厚手ならソニーα200を抑えこめるが、薄いとカメラが揺れる。前日はスキーズボンに押し込んで滑ったが時々飛び出した。

ソニーαを買う前まで使っていたキャノンイクシーに戻せば問題は解決するが、写真の迫力が落ちるからそうする気になれない。

三月にキリマンジャロを登った知人は重たいカメラを固定させるベストを着込んで登った。そのベストを借りることになっているのだが今シーズンは実現しなかった。

スキーズボンにカメラが納まる袋を縫い付けたら良いかもしれない。


土曜日は山から帰ってきて、板にワックスをかけたほうが良いかなと思いつつ庭仕事を優先した。園芸店に行き松葉菊を三鉢買い、三箇所に分けて植えた。どこがいちばん育つかを観るのだ。

日曜の朝、応急措置として板の裏が白くなっているところをスクレーパーでならしブラシをかけた。こうするだけでもすべりが良くなる。

二番ゴンドラで山上に着き、おもむろに滑り出すとやはり前日より重かった。雪質はさして変わっていないから板の滑りが悪くなっていたのだ。春スキーはこまめにワックスをかけるのが良い。滑らない板は疲れるし、面白くない。


谷に向かって左、すなわちカットの東側は木の陰でもって雪がアイシーであった。

日向のソフトクリーム、木陰のアイスキャンディー、そして日向で地肌に変わりつつあるグズグズ、びちゃびちゃのシャーベットへと変化するゲレンデを滑るのはとても面白かった。自然の変化に対応する作業はいつも面白いのだ。

オノマスキーの好みはブレーキがかからないアイスキャンディーだが、スキッドしないで滑ることを覚えたのでソフトクリームも悪くないと思う今日この頃。しかしグズびちゃシャーベットはいまだ苦手である。

あんたのしんぽ(安全、楽しい、進歩)。思わぬところでブレーキがかかるから安全ではないし、したがって楽しくない。グズビチャシャーベットをどう滑るか。


滑らない雪だからスキッドは論外である。雪の抵抗に負けないように速度を上げ、しかしながら暴走しないよう雪を抑えて滑った。

こういう滑走をするにはエネルギーが要る。停まると耳の奥がガンガンした。

このままでは心臓麻痺か脳梗塞でもって倒れるかもしれない。L2を達成しないうちに倒れてはいけない。最後の一本はボーゲンもいれてゆっくり滑り、十時半にあがった。


家にもどり板の裏を点検したら、ふたたび五分の一ほどが白くなっていた。

気温は二十度、氷点高度は三千五百米、雷鳥山の雪はすぐなくなるだろう。五月十三日が今シーズン最後となるだろうと覚悟している。


五月十四日(月)、我が家から東へ十キロ、リンバレーから見た雷鳥山。




ちょいと急斜面でコブがよくできるピーク付近のゲレンデ(中級〜上級)を今シーズンは余り滑らなかった。ここを滑ると疲れるからだ。しかし、L2をめざすのであればもっと滑らないといけない。



カット(初級)の両サイドにあるゲレンデ(中級)はかなり滑った。サイドカットはやや急だし、ペーパートレイルは狭いから小回りが多くなる。カットよりスタミナが要る。スタミナの消耗を減らすには滑り方を進化させないといけない。L2をめざし、カットを減らそう。



229
| おのまのプロフィール | スキー | 03:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
L2をめざして 春スキーのコツ

五月十二日(土) 待ちに待った週末がやってきた。

一週間ぶりの雷鳥山は気温十度、氷点高度三千メートル、天高く青い空。

雪は大いに溶け、土が出ているところもある。




リフトから誰も滑った痕(あと)のないところを探す。



そこを滑ったオノマスキーの痕をパチリ。



殆どスキッドしていない。

滑る雪とはいえ、春のやわらかい雪でスキッドすると停まってしまう。

ブレーキがかからないように、さりとて暴走しないように滑る春スキーは楽しくもあり、また工夫しがいもある。


十時から一時間強滑った。

春うらら、寒くもなく、暑くもなく、風が涼しいから雪もそれほど崩れず滑り易い。爽快至極、極楽、極楽。

ボール会の仲間はジョージしか滑っていなかった。こんなに気持ちの良い日に滑らないのは実にもったいないことだ。

ジョージと撮りっこ。



ジョージの手袋は皮製だった。



オノマスキーの手袋は三年前、福井のスーパーで買ったもので、二百円か三百円だった。


十一時、耐寒性の下着を着ていたせいで体、とくに下半身が蒸れてきたのであがった。蒸れると爽快感はなくなる。

春スキーのウェアはこうあるべきか。

上半身。




下半身。



まあ、お好みで・・・


ジョージのポールの使い方はだいぶ良くなった。




以下はシーズン中みかけなかった連中の写真。













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| おのまのプロフィール | スキー | 08:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
L2をめざして 七十日目
五月六日(日)に今シーズン七十日目を達成しました。三浦敬三氏は百歳になっても年に百二十日位滑っていましたから五十日も足りませんが、オノマスキーにとっては生涯レコードです。サラリーマン時代の数年分です。

いつも、ああでもない、こうでもないとチェックしながら滑っているので、スキー仲間から「ミリ単位のスキー」とか「カット(雷鳥山の初級ゲレンデ)を一時間かけて滑る男」とからかわれているオノマスキーですが、滑降競争したらあんたらよりは速いからね、フン、と思っていますから気にしません。

以下は、五月六日に撮った、ああでもない、こうでもないと考える暇がない滑降レースの写真です。オノマスキーが一番好きな滑り方です。









おっ、オノマスキーのと同じ板か ♪

拡大



微妙に違う・・・












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| おのまのプロフィール | スキー | 05:50 | comments(0) | trackbacks(0) |
L2をめざして ファッション


これも五月九日に書いています。


衣服のファッションに関する価値観はその時々で違う、観る人の感性で違うというのは朝ドラの「カーネーション」でも紹介されたことであります。

二年前のバンクーバーオリンピックで日本のマスメディアがだらしないといって叩いた国母選手のみなりにしても、その世界ではごく普通のファッションセンスだといえます。

国母選手のようにだぶだぶのウェアを着ている若いスキーヤーやボーダーは雷鳥山でもよくみかけます。一見するとだらしなく、冴えないのですが、ある世代にとって冴えないと見えることが別の世代には格好良いのです。滑ると上手いから余計格好良くみえます。


サンピークスで一緒になった一人、当人は格好良いと思っているのでしょうが、その派手さと腕前がマッチしてないのでどうかなと思いました。



えっ、右端の人かって? ちがいますよ。

もう一枚貼りましょう。 こんどは三択(さんたく)だから分かるでしょう。

誰と特定しないオノマスキーってアタマイイ(笑)。




オノマスキー、五月六日の姿です。



若者のダブダブルックに近いダササがあるようなないような。

ダササを求めず、すっきり感を出したらどうでしようか。

たとえば上着を短くする。



思い切ってレーサーの服を着る。




以上、愚にもつかないことを書きましたが、ファッションを変えるのはL2になってからにします。ああでもない、こうでもないと練習している今は目立たないのが賢明です。


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| おのまのプロフィール | スキー | 04:37 | comments(0) | trackbacks(0) |
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