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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

林雨 終了

十年以上も前からおのまはトロントに住む平塚かずよさんが発行する雑誌・オーロラや経済紙・JCJに駄文を書いてきましたが、さきほど平塚さんから仕事をやめるというメールがきました。 

彼女は平塚らいてうの姪御さんかなにかにあたり、カナダに移住するまえは東京の大手メディアで働いていた人です。

一年ほど前、平塚さんからJCJ(ジャパンカナダジャーナル)を月に二度だす力がなくなったので辞めるつもりだという電話があったので、日本人が出しているカナダ専門の政治経済紙が他にないから困る企業もあるだろう、月二度発行を一度にしたらどうか、辞める前に購読者の意見を聞いたほうが良いとアドバイスしたことがあります。

一週間ほどたって、平塚さんから三井物産などに訊いたら同じようなことを云われたのでもう少し今のままでがんばってみるという電話がありました。

月にいちど電話やメールで原稿を依頼されては「林雨」を書くこと一年。そんなやりとりをしたことを忘れていたのですが、こんどは前触れもなく廃刊宣告。平塚さんの一本勝ち、鮮やかなものです。

かくいうおのまも十年ほど前、勤務していたコンサル会社の全世界の事務所に明日をもってトロント事務所を辞めるというメールを出して驚かれたことがあります。折り返し、いくつかの事務所から自分のところに来て欲しいというメールが来たのにはこちらが驚きました。

辞めることを誰にも知らせていなかったというわけではなく、辞める三年前、トロント事務所の幹部に一年ごとの契約に変えて欲しいと頼みこみ、半年前にはトロント事務所と東京事務所の数人が辞める日を知っていました。辞めても事務所が困らないように後継者グループを作っておいたのですが、後継者グループの日本人たちはびっくりしたものです。なんであれ人の営みはいずれ終わりがくるのです。



Sent:December 23, 2011.
Subject:JCJ. 12. 15.

小野 様
昨年末もご相談申し上げましたが、やはり体力的に限界が来ましたので、ご迷惑がかからないうちに本年末で辞めさせていただく決心をいたしました。JCJ,オーロラ共々、長年にわたりご購読、ご執筆いただき、お世話になり有り難うございました。当分休んで頭を冷やしたいと思います。最終号に原稿をお寄せいただいたことを厚く感謝申し上げます。

購読者の皆様へ
JCJ 終刊のごあいさつ
いつかは辞めなくてはならない、と考えながらこの2,3年仕事を続けて参りましたが、今年末を持ちまして弊誌JCJを終刊することになりました。

長年にわたり購読いただき有り難うございました。

1976年夏カナダに移民、同年10月1日にバイウィークリー、カナダ経済ニューズレター「日加ジャーナル」として創刊、1984年10月1日に「the Japan Canada Journal」に改名、2005年10月1日号から電子版に変わりました。その間カナダの経済、政治の動きを2週間単位で追ってきました。

終刊の理由は体力的な限界が来て、長時間集中的に仕事をすることが出来なくなり2週間単位の発行が困難になってきましたのでこれ以上遅延のご迷惑がかからないうちに辞めさせていただきたいと思ったからです。そういうわけで12月15日号を最後に終了させていただきます。12月15日号は今年発表分の経済指標と来年のカナダ経済予測を掲載した関係で発行が遅れました。

前払いで頂戴している購読料の残額は今年中に小切手で返済、精算させていただきます。未払分の購読料のインボイスは年内に送付しますのでお支払いの程お願いいたします。

なお、JCJ全バックナンバーは電子版を含めてカナダ国立図書館に保存されております。

30数年以上にわたり日系企業、在加公館の方々に何代にもわたり、ご支持、ご協力いただいたことを厚く感謝申し上げます。また取材に執筆に弊誌にご協力下さった多くの方々に深く御礼申し上げます。

2011年12月
JCJ 平塚かずよ
http://www.japancanadajournal.com



おのまは直ぐに返事を送りました。

おつかれさまでした。

私もそろそろ「林雨」を引退して、だれか別の方に執筆してもらうのが良いのではなかろうかと思っていたところでした。図らずも同時に引退できてご同慶の至り(笑)です。

さいごの原稿はクリスマスでもあるから当たり障りのない愉快なものにしようと思ったのですが、結局は辛口になりました。でも今の日本の中枢を甘やかすのは為にならないというのが当たっていると思うので、辛口の遺言みたいでよかったと思います。


ということで「林雨」は六十八回でもって終了しました。

六年ほど前、2006年4月に書いた第一回の原稿を再掲します。

平塚さんから「ジャパン・カナダ・ジャーナル」に政治、経済に関する話を書きませんかと誘われました。

私は日本の会社で働いていた時に調査部に配置されたり、総合研究所のエコノミストなる名刺をもたされたことがありますが、いずれも短期間で終わりました。エコノミストになろうと思ったこともなく、だから適任かどうか迷っています。

迷った心で思いかえすと時代の曲がりかどにおける予言はよく当たっていたし、そのせいか、話を聞きたいというひとが時々現れます。シンガポールの新聞、日本の政府機関、カナダの投資会社などなど。

先年、病に冒され亡くなりましたが、井上謙吾君という日銀のエコノミストがいて、お互いの勤務先が近かった時期には毎週会って、酒をのみながら政治経済の議論をしたものです。最後は碁を打つ決まりで、議論同様白熱したものです。

ここまで書いてきて、井上君と議論しているつもりでやったらどうかと思いつきました。どう展開するのか分かりませんが、とにかくやってみましょう。


井上君と議論しているつもりで始めたのでしたが、最後のころは僕も小野君に同感だと云っていたような気がします。

「木霊の宿る町」は勝手気まま、いわばティーシャツ姿のような文体で書いていますが、執筆料を頂いている「林雨」はネクタイをしめているつもりで書いてきました。ネクタイ文章から縁がなくなるのが少しさびしく感じます。

平塚さん、ながらくありがとうございました。小野冬生くん、さようなら。


CJC 最終号をいま見ました。

□編集室から

・7月のある晴れた日に1移民としてバンクーバー空港に降り立ちました。トロントに行ったらすぐ働かなくてはならないので2日間ほどバンクーバーで休んで観光バスに乗って見物をしました。ハウ・ストリートのこじんまりした感じのよいホテルに泊まりましたが、そのホテルは今はありません。

その頃別々の航空会社で働く3人の友人がおり、2人はすでにカナダに移民、3人目は課長に昇進したため移民をあきらめ、その3人の友人の移民の薦めに触発されて出てきた訳です。

3人目が自分の枠を使って荷物を無料で運んでくれたので、荷物だけハンブルク回りできました。

・どの経済学説も適応しない時代と言われますが、全く同感です。学説の方は現実の後を追っかけて後から出てくるのではないでしょうか。学説もセオリーである場合は何でもいいのですが、それがイデオロギーになってムリヤリ実践に移そうとするから問題が起こるのではないでしょうか。

精確に予測や統計を出して役に立ち、計算するのが経済学だと思いながら何か新しい見方はないのかなと探しているうちに見つけたのが、フェルナン・ブローデルでした。地勢学から歴史家になったフランス人で実証的なものの見方をしているところが気に入ったので、市場や資本についてどんな見方をしているのか、今読んでいます。「歴史の研究」という文庫本(中公)です。

・つまらないことを書き続けて終わりに来てしまいました。JCJの最後までお付き合い下さった読者の皆様、ご執筆いただいた小野さん、足立さんに感謝しつつ、それでは失礼いたします。

| おのまのプロフィール | 政治経済 林雨編 3 | 05:42 | comments(0) | trackbacks(1) |
林雨 第六十八回 そのまま
 

林雨 第六十八回 そのまま 小野冬生
http://www.japancanadajournal.com/

 

3・11の地震、津波、原発事故が起きてから本日に至るまで筆者は自分が夢の世界にいるのではないかという妙な感覚にとらわれることがあったのですが、さくじつ朝鮮の金正日が死去したという報道でもってそうした感覚はもう起きないだろうと思いました。自国に起きた大変に呆然としていたのが隣国に起きた大変によってバランス感覚を取り戻したようです。

 

バランス感覚を取り戻したと同時に次のことわざが頭に浮かび、今の日本にふさわしいと思いました。

 

「禍転じて福と為す」「七転八起」「艱難辛苦は汝を玉にする」

 

似た内容ですが京セラの稲盛和夫氏の次の言も多くの日本人にとって有用ではないかと思いました。

 

「あいつはかわいそうだ」人間というのは周囲からこういわれるくらい不幸な境遇に一度は置かれたほうがいいのかもしれません。ちょうど冬の寒さが厳しければ厳しいほど、桜が美しい花を咲かせるのと同じように、悩みや苦しみを体験しなければ、人は大きく伸びないし、本当の幸福をつかむことができないのでしょう。

 

こういうことわざや人生哲学が教えるとおり日本は今回の天災、人災から立ち直るだろうと思ったのですが、すぐに本当にそうだろうかと思い直しました。

 

重い荷を運んでいて力の限界に達しているラクダにわらを一本乗せると死ぬという喩えがあります。閉塞感が二十年も続いている日本においては今回の天災、人災はわら一本どころか鉄一トンの重荷となり自死や衰弱死に至った人がいます。生死をわける限界線の彼方に逝ったひとがいるのに、それを忘れてことわざや人生訓を説いてもむなしいというしかありません。

 

生死を分ける限界線上にたくさんの人がいるわけですから、義捐金を迅速に配らなかった日赤、政争にあけくれている政治家、事態を小さくみせようとする東電などは大きな罪を犯してきたといえます。原発事故は収束したと宣言した野田佳彦首相が新橋の街頭演説会場でやじられたのは当然なのです。

 

限界線上の人をわが身のこととして認識できない「エライ人たち」がどうして多いのかをつらつら考えてみました。細かいことは省きますが、日本の「エライ人たち」はつまるところ自慢話と自己弁解、綺麗ごとだけに生きてきたからだという結論に達しました。

 

そういう人たちには不都合な事態が起き、自分に責任があったとしてもそれを潔く認めないという共通点があります。普段から自分を美化する癖があるため間違いを犯しても弁解に終始するし、なんとかして責任を回避しようとするわけです。

 

あらかじめ問題が起きないように深く思考し果敢に行動するという習慣もありません。職域や社会における地位とか名声、名誉、富あるいは体裁を追い求めるあまりまっとうな思考、行動ができなくなっているのが日本の「エライ人たち」だということです。

 

筆者が銀行に勤務したての頃に佐藤喜一郎さんという方が相談役をされていて、わずか三回ですが謦咳に接したことがあります。もの静かで、最近の財界人にはない風格がある方でした。佐藤さんの執務室には鈴木大拙の書いた「そのまま」という色紙がかけられていたそうです。

 

「エライ人たち」が庶民に向かってガンバレというのであれば、ご自身たちは「そのまま」の心となり、いやしくも無理な策謀や不当なこと、隠蔽や言い訳などはすべきでありません。それをしないで日本を立ち直らせようとするのであれば今年の大変は来年も同じ大変のままであろうと肝に銘じることです。

 

2011年12月19日(月) @北バンクーバー

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林雨 第六十七回 日本の活断層 
 

林雨 第六十七回 日本の活断層 小野冬生

 

筆者は七月に、そして九月から十月にかけてそれぞれ十日ほど日本を訪れました

 

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林雨 第六十六回 あれから十年これからの五年
 

林雨 第六十六回 あれから十年これからの五年 

小野冬生

 

/11から十年たち多くのマスメディアが特集番組や記事を流しました。筆者が面白く見たのはアルジャジーラのテレビ番組でしたが内容は紹介することもないでしょう。

/11を口実にしてアフガンやイラクに攻め込んだジョージ・ブッシュに対して批判的な番組、記事が多かったのは当然といえますが、十年前を振り返るとブッシュを支持する向きが多く、日本でも小泉純一郎を筆頭としてNHK、産経新聞などのメディアが金魚のウンコのごとき態をなしていたものです。ブッシュ戦争を支持したことを総括しないと日本は漂流を続けるとブログに書いたり、戦争を支持したジャーナリストに呼びかけたりしましたが、日本は筆者が納得できる総括をしないままで今日に至ってしまいました。

 

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林雨 第六十五回 敗戦風景

林雨 第六十五回 敗戦風景  小野冬生

 

3.11からそろそろ半年、日本人に落ち着きというか、開き直りの気分が生まれているような気がします。復旧は長丁場になり、原発事故の収束に至ってはことし生まれた子が筆者の年になっても終わっていないかもしれません。できないことはできない、あせりは無益と腹をくくりましょう。

  

 

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林雨 第六十四回 砂上の老国  
 

林雨 第六十四回 砂上の老国  小野冬生

 

急な用事ができたため先々週から先週にかけて十日ほど日本に行っていました。急用の内容もさることながら、日本へ行くのが二年ぶりだったことや3.11からわずか四ヶ月だったことなどから今回の日本行きは長く記憶に残ることになりそうです。 

 

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林雨 第六十三回 ダチョウの正当化
 

林雨 第六十三回 ダチョウの正当化  小野冬生

 

3.11から百日になろうとしています。今も進行中の福島原発の放射能漏れを含めた災害にどう対処するのか、どのくらいの時間でどの位のことができるのかについて読者の方々もおぼろげなイメージができたのではないでしょうか。 

 

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林雨 第六十二回 ボールクラブ
五月九日(月) 

初夏です。外は十五度。遅まきながら我が家の桜も咲きはじめました

六日ぶりに雷鳥山(グラウス山)へ行きました。気温七度。べた雪。だれもすべっていませんでした
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林雨 第六十一回 未来をみるちから
 林雨 第六十一回 未来を見るちから  小野冬生

 

人は死ぬ間際になると過去のできごとが走馬灯のようによみがえることがあるそうですが、筆者は過去のできごとが毎日いちどは蘇ってきます。いまや人生交響曲の終楽章を演奏しているというのに頭の中は第一、第二、第三楽章が響いているような具合です。毎日が死に際のようなものです。

 

なんでそんなふうになっているかというと、幼児の頃に経験した満州でのできごとが衝撃的で、幼な心に怖いもの見たさがあったかなんかでもってまいにち繰り返し思い出しているうちに習慣になったのであろうと思います。

 

過去のすべてがよみがえってくるかというとそうではありません。今しがた見たものでも忘れてしまうことは多々あります。しかし大事なことであれば十年前は一秒前の如きです。一秒前ですから何度もみることができ、はじめは見逃していた細部がみえてきたりもします。

 

人はみなそういう風に生きているのだろうと思っていたのですが、いつの頃からかそうではなく、本当に大事なことなのにわずか一年前の光景さえよみがえってこない人がたくさんいることに気づくようになりました。

 

同じものを同じときに見ているのにいとも簡単に記憶から消えてしまう人が平然と生きているのを見ると自分がなにか別な世界に放り込まれたような空恐ろしい思いに駆られたりします。百万年むかしの原始人と一緒にいるような感じです。そういった感覚がとても鋭いひとは絶望感にとらわれ自死に走ったりするのではなかろうかとも思います。

 

さて、いま日本はすさまじい天災、人災に見舞われている最中ですがこれから日本人はどういう未来を作り出していくかが気になります。もし過去の延長線に沿って作るのであれば芳しからざる未来になると思います。筆者がくりかえし見てきた日本の二〜三十年には根本的な欠陥があるからです。

 

未来世界の主人公になる若い世代におかれては今をはっきりみることを心がけられるよう期待します。今がはっきり見えればあるべき未来が見えてきます。

 

はっきり見えない人はしっかり見つめることです。だんだんはっきりしてきます。はっきり見えないからといって今をそのまま忘却のかなたへ捨ててはいけません。それではいつまでたっても見るちからができずつまらない未来が生まれます。

 

前回の「林雨」でこんなことを書きました。

「日本民族は目の前のことには大いなる関心を示すけれどすぐに忘れてしまう、過去のできごとを未来のための教訓として生かす力が足りない、思考におけるしつこさがない」

 

「そういう民族性は(長所もあるが)一貫性の欠如とか無節操、支離滅裂という短所にもつながり時代の動きに対応できず混乱する。ここ二十年の日本は民族性が悪いほうに作用している」

 

「思考を猪突猛進、一直線に進めるのではなく、空間的には右をみたり左をみたり、時間的には過去・現在・未来をいったりきたりという風に爬行的に進めるのがよい」

 

今日がはっきり見えない人は時間をかけることです。今日が昨日になり、おとといになり、十年になったとしてもいいから今日の実相を見る努力をすることです。

 

たとえ十年後でもいいから今日の実相が見えるようになったらしめたものです。十年を五年、一年、一日と短縮していけば良いのです。今をはっきり見るために必要な時間が一秒に短縮された暁には未来を見る力がぐんと増しているはずです。

 

ひとたび波がよせればもろくも崩れてなくなる砂の器をつくるために先を急ぐのではなく、過去を振り返り、今をはっきり見るちから、未来を見るちからを養うことが肝要です。


2011年4月1日 @ 北バンクーバー

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| おのまのプロフィール | 政治経済 林雨編 3 | 06:46 | comments(2) | trackbacks(2) |
林雨 第六十回 冬山で学びそして楽しむ
 

林雨 第六十回 冬山で学びそして楽しむ  小野冬生

 

2006年の春に始まった「林雨」が六十回を迎えました。人間でいえば還暦。でも節目を飾るにふさわしい名コラム(笑)をめざしたりしてはお互いに肩がこるというもの、最近読み始めた方の中には「林雨」ってなんのことかと思っている方もおられるでしょうからそれについて書きます。

 

「りんう」と入力して漢字変換すると「霖雨」がでてきますが「林雨」は出てきません。筆者は毎回「はやし」「あめ」と入力してから変換しています。

 

広辞苑には「霖雨:幾日も降りつづく雨、長雨、淫雨」とありますが「林雨」はみつかりません。筆者の造語なのです。

 

「林雨 第二回」にこう書きました:

「三月二十七日、北バンクーバーにあるグラウス山でスキーをしました。快晴、新雪でご機嫌です。林間コースに入るとピチピチピチピチという音が聞こえてきました。木に積もった雪が解けて落ちているのです。落ちてくる水が雪をうがち、穴あきチーズのような斜面です。「天晴雖雨降林中」という文句が浮かびました。空は晴れているが、林のなかでは雨が降っている、雪を穿っている。」

おおざっぱな言い様になりますが、筆者は日本民族が目の前のことには大いなる関心を示すけれどすぐに忘れてしまう、過去のできごとを未来のための教訓として生かす力が足りない、思考におけるしつこさがない民族だと思っています。

 

そういう民族性は融通無碍とか柔軟性とかいう長所につながることもありますが、逆に一貫性の欠如とか無節操、支離滅裂という短所にもつながり、そうすると時代の動きに対応できず混乱するという不都合も生じます。ここ二十年の日本は民族性が悪いほうに作用しているのだと思います。

 

雪が降りやんだあとも林の中で雪が雨となって雪面をうがっている様をみて、日本人は思考を猪突猛進、一直線に進めるのではなく、空間的には右をみたり左をみたり、時間的には過去・現在・未来をいったりきたりという風に爬行的に進めるのがよいという思いを「林雨」にこめた次第です。

 

以上は冬山から学んだこと。以下は冬山で楽しんだことです。

 

「林雨」をおもいついたグラウス山で筆者は今シーズン三十日ほど滑ってきました。ウイスラーに比べたら断然小さい山です。飽きるのではないかと思われる方がおられるかもしれません。スキーだけだとそういうことがなきにしもあらずですが、景色の風合いが変わるのを観察していると退屈しません。今日はどういう景色だろうかが楽しみになっています。

 

晴れているから良く見えるかというとそうでもなく、曇っていてもアメリカの山やバンクーバーの町並みが鮮明に見えることがあります。空気の湿り具合によるのでしょう。

 

同じ日でも景色は刻々と変わっていきます。一月三十日にはみたこともない光の玉がゲレンデの端のほうに現れました。急いで滑っていき撮った写真がこれです。



実物はもっと複雑な色をしていました。ほんの数十秒で消えた光の玉に気づいたのは筆者だけでした。

2011年3月2日 @ 北バンクーバー

| おのまのプロフィール | 政治経済 林雨編 3 | 15:14 | comments(2) | trackbacks(0) |
林雨 第五十九回 漫考・タイガーマスク現象
 

林雨 第五十九回 漫考・タイガーマスク現象  小野冬生

 

先日NHKが「タイガーマスク現象」に関する座談番組を放映しました。タイガーマスクの名前で児童施設などにランドセルや現金を送るという現象が一ヶ月に千件もあったそうです。日本がちょっと明るくなったような気がしました。

 

しかし番組を見ていて、それは違うと思ったことがあります。

 

「年間の個人寄付は日本が5400億円、英国が1兆3千億円、米国が19兆円」という資料がでたのをみて参加者のひとり(作家)が米国の個人寄付が多いのはビルゲーツのような大金持ちがいるからだ、税制がちがうからだ、キリスト教社会だからだ、自己満足を得たいからだと解説しました。

 

この解説は筆者の経験に照らしてみるとおよそ実相から乖離した嘘話です。一歩譲ります。人の為になったと感じると気分が良くなるかもしれませんから自己満足を得たいというのが100%嘘だとは言いません。でも博愛精神は自己満足を得たいという動機から生まれるものだというのであればそれは違うと思います。紙幅が限られているので説明は省きます。

 

さて、上記の資料を使ってひとりあたりの寄付を計算すると日本は約五千円、米国は約十万円になります。1対20の大差ですがこれは筆者の実感に近い数字です。どういうことかというと、筆者が日本の銀行に勤務していたときの経験と転職して勤めたカナダの会社での経験の差に近いのです。

 

災害地へ寄付しようとか慈善団体に寄付しようとかいう奉加帳がときどき回ってくるのは同じですが、銀行時代のそれをみるとたいがいは千円とか二千円、年収千万の人でも一万円を超えません。一方カナダの会社では筆者クラスだと十万円から二十万円が最低でした。信仰は関係なく、むしろクリスチャンが少数派の会社だったと思います。

 

日本で某社の国際会議に出席していたとき中越地震が起きて奉加帳が回ってきたことがありました。外部の人間だから一万円で勘弁してもらおうと書いたら隣にいた社長が多すぎるといって千円に直させられました。ビルゲーツとはいいませんが勝ち組の典型である社長は二千円と書きました。

 

寄付に対する税控除が違うというのは事実ですが、税控除が同じであっても違っていても十万円寄付するほうが五千円より懐の痛みは大きいのはいうまでもありません。筆者が勤めていたカナダM銀行の日本人でカナダの税控除が大きいからといって寄付を増やした人はおらず、奉加帳はあいかわらず千円、二千円でした。


同じくカナダM銀行時代、会社名義で寄付するときはどんな額でもその都度本社に申請しないといけないことになっていました。なかなか許可がおりないことが多いのですばやく寄付ができるよう、そして社会に利益還元している姿勢を内外に示すことができると思い、カナダM銀行の利益の1%を寄付予算として計上したい旨を本社に申請しました。


前例がないということで却下されました。企業は利益の一パーセントを寄付しようという運動を日本経団連が始める前のことでした。今はどうか知りませんが当時のM銀行は役所みたいなところがあって新しい発想とか社会還元とかいうものに対する反応が鈍かったですね。


当時から十数年たったのですが、今もって大勢は作家の嘘話が通用する日本であり、寄付が嫌いな日本人だということなのでしょうか。


そうではなく、タイガーマスク現象が広まっていくことを期待します。収入の1%を寄付する個人が増えることを期待します。寄付金に対する税控除率を大幅に上げることも期待します。それでも寄附が増えないのであれば、それは日本人が寄付嫌いな民族であるという証拠となり、自覚となり、嘘話からみずからを解放することになり、それはそれで結構なことであろうと思います。


2011年2月3日 @ 北バンクーバー



http://www.japancanadajournal.com/

| おのまのプロフィール | 政治経済 林雨編 3 | 00:05 | comments(4) | trackbacks(0) |
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