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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

L2をめざして・転倒
ただいまは十二月七日(金) 夜十時。

バンクーバー北岸にあるみっつのスキー場で一番東にあるシーモアがほんじつオープンした。他のふたつに比べてずいぶん遅かったが、今シーズンは降雪量がいまひとつなのでグラウスもサイプレスもまだ一部のゲレンデでしか滑れない。

シーモアの朝レポでは視界不良。昼ちかく我が家のあたりは大雨が降った。

一時半、急に空が明るくなった。山は雲がかかっている。天気予報をみると午後から明日一杯は晴れとある。であれば山上も晴れる可能性がある。

一時四十五分出発。シーモア山を上っていくと霧。降りてくる車は真っ白。正午あたりに降ったのだろう。

二時十分シーモア着。期待通り霧が晴れてきた。



二時半、シーズンパスを貰った。シーモアのシーズンパスを買うのはこれが初めてである。初心者を教えるにはシーモアのゴルディというゲレンデが一番良いと思うからだ。すでに個人レッスンの予約が一件ある。報酬をもらって教える日がくるとは思ってもいなかった。

ゴルディーで二本滑る。グルームされていない新雪は湿っていて重く、会心の滑りではない。チョー緩斜面でも難しいものだ。こういう雪質のときはどう教えるのが良いのだろう。できればサラサラの軽い雪のときに教えたい。

今シーズンお目見えした快速リフトに乗る。



古いリフトより倍くらい速い。



色々なことをのんびり考えたり感じたりした以前のリフト。



いつもながらミステリーピークは美しい。



しかし、ゲレンデの雪はぼそぼそ。スキーをする人なら写真をみただけで滑りにくい雪だと分かるだろう。



雪をきちんと捕らえているかどうかをチェックしながらゆっくり降りる。ガンガン飛ばしているこどもたちやり過ごすため何度も停まった。



ミステリーピーク、五本目。最後のすべり。

暮れなずむ中ゴッグルを外し近眼めがねをかけて滑る。

ボーダーたちを追い抜きながら滑る。



快調。

三、四人のボーダーが一緒に滑っていくところに接近。右へ大きく滑り込んで追い抜き、ついで左に回ったところまでは良かったが、次に右ターンしたら目の前に溝が現れた。なむさん、ジャンプ。

着地。転倒。右肩を打ち、ついで頭の右を打つ。帽子が飛び、めがねが飛び、右手袋が飛び、そして右板が飛んだ。

よくいう、これが最後の一本と思ったときは気をつけないといけない。とくに夕闇が迫って見にくくなっている時刻はいけない。

家にもどって気がついたら右手の甲に切り傷が四箇所あった。長さは二ミリから四ミリ。

暴走ではなかった。ジャンプしたあとの着地でバランスが崩れただけだ。まいにち室内でその場跳びをやっているのだが、そしてほんの数センチしか跳びあがらないのに着地するとバランスが崩れる。ジャンプしてもバランスが崩れなくなった暁にはL2になれるだろう。

それにしても、起伏に富んでいるミステリーピークは綺麗で面白い。あしたとあさっては混むだろうから行かないつもりだが・・・・・

シーモアサイト:
http://www.mountseymour.com/home

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コキスキー #22 サンピークス
一月二十六日(木)〜二十九日(日)まで滞在したサンピークスの概要です



今シーズンの営業期間は2011年11月19日〜2012年4月9日です

スキー可能区域はカナダで第三位、ブリティッシュコロンビア州で第二位の広さがあります。 3678エーカーすなわち約15平方キロは東京都目黒区とほぼ同面積です

上の図の右上にみえるトッド山の海抜は2152メートル

図の中央がビレッジでここの海抜は1255メートル。雷鳥山より高いところにあるわけです

スキー区域の高低差は 882メートル

ゲレンデは122本もあります

ちなみに普段おのまが滑っているグラウス山(雷鳥山)には26本、シーモア山には36本のゲレンデがあります。これだけだとサンピークスの四分の一ないし五分の一ですが、面積でみるとシーモアは200エーカー、すなわち十八分の一です

ということはサンピークスのゲレンデはグラウスやシーモアより長いということです。サンピークスで一番長いゲレンデは5マイル(8キロ)あり、ゲレンデの名もずばり 5マイルです。雷鳥山のカットは1キロくらいだと思います

リフトの運搬能力は12,000人/時間

年間積雪は550センチでこれはバンクーバーの山と変わりません

年間日照時間は2000時間でこれもバンクーバーと同じです

しかし平均気温は12月 -9.5、 1月 -6.7、 2月 -6.1、 3月 -3.9、 4月 -1.1 とバンクーバーの山より低く、そのため雪質はサンピークスのほうが断然上です

下図の緑は全長八キロあるゲレンデです。幅も斜度もカットと似たりよったり、長いからとても楽しいクルージングができます



雪質、ビレッジとゲレンデの位置関係などの要素をいれるとサンピークスはカナダで一番のスキー場だと思います

そして嬉しいことにサンピークスは日本資本のスキー場なのです

http://www.nipponcable.com/com/affiliated.html
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雷鳥山@カナダデイ

七月一日はカナダ建国を祝うカナダデイでした。たぶんカナダでは一番人気のある祝日です。パレード、花火、カナダの国旗・・・



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オフシーズン
来シーズンに備えて毎日スキーのトレーニングをしています

これが気に入っています
 

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借りっきりですか @ 六月十二日(日)

六月十一日(土)は久しぶりにリズムにのった滑りができて気分が良かったのだが雪が薄いため時々がりがりと土をひっかく音がした。

案の定傷がついていた。



傷痕を埋めるようにしてホットワックスをかけた。

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ヤクにひかれて雷鳥山参り
 6月11日(土) 朝五時、目が覚めると腰が、左肩がそして膝も痛かった。ローバックスを一錠のんでふたたび眠る。七時半に起床。痛みは肩だけになっていた。

屈伸運動をする。

‐欧両紊砲垢錣
⇔沼の裏をくっつけ股関節までひきよせる
上体を倒して頭を床につける

△泙任呂任るがはできない。床につくどころか頭は床から四、五十センチのところで静止衛星。

まっすぐ立ち上体をまげて両手で床を触る運動に替える。辛うじて指先が床に触る。こんなに硬いかと癪にさわる。家をでるまえにローバックスをもう半錠のんだ。

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ヤクの力ってスゴ〜イ

「初めての六月スキー」の続きです。

http://onomar.jugem.jp/?day=20110608


六月四日(土)は体の痛みをおして一時間半滑り、山を降りたその足で薬局へ直行し Robax なる薬を買いました。

この薬、テレビで宣伝しています。オズの魔法使いにでてくるブリキのきこりのようにギクシャクしてても一粒飲めばアラ不思議、チャイコフスキーは白鳥の湖、チャンチャラチャンチャンと軽やかに踊りだす。

おぼれるものはわら掴み、腰痛おのまは Robax を買う。

いやあ効きますねえ。のんで五分、痛みが全部なくなりはしませんがぐんと楽になりました。痛みが軽くなるとかくも気持ちが明るくなるものかと思いました。

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| おのまのプロフィール | スキー | 09:42 | comments(2) | trackbacks(0) |
生まれて初めての六月スキー
久しぶりにスキーブログです。久しぶりなので写真をたくさん載せます。見ようによっては色っぽくみえる写真が入っているのでお楽しみあれ(笑)

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滑り納め・番外  雷鳥山の四銃士

雷鳥山スキー場は五月十五日まで開いているが五月十三日(金)で滑り納めにしようと思っていた。十三日の夜、84なる仲間からこんなメールがきた。84=ヤッフォー:

号外ニュース
 
先ほどラジオニュースで放送してましたがグラウスゲレンデはKAT KING COLE  3が板に油を塗ったのを風の便りで知り、彼の余りの熱心さに心打たれ、7月1日までオープンと言っていました。さすが、王力、益々王様の貫禄出て来ましたね。余の願い聞けぬのかって?  84

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| おのまのプロフィール | スキー | 23:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
滑り納め 3/3
五月十三日(金)。

きのう塗ったワックスをスクレイパーでそぎ落とし布でなんどか拭いた。せっかく塗ったワックスをそぎ落とす理由が分からない。

正午ちょっとすぎ雷鳥山上に到着。

晴、気温六度、雪はびしゃびしゃに溶けていて歩くとズブズブともぐった。もちろん昨日よりひどい。果たしてワックスの効果やいかん、ワックワックする。


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| おのまのプロフィール | スキー | 07:06 | comments(0) | trackbacks(0) |
滑り納め 2/3

仲間たちはみんなアイシーな雪が怖いというがおのまは柔らかい雪が怖い。ブレーキがかかってリズムがみだれ体が固まっていく。固まっていくから停止する。停止しても体の固まりは直らずさっと滑り出せない。

以前は初夏のウィスラーを滑り、さいごはビレッジまでべたべたの斜面を降りてくるのが楽しみだったが今はとてもそんな気になれない。

いつからこんなことになったのだろうか。初めて気がついたのは一年半前の十二月に長井夫妻とブラッコムに行ったときだ。あのときはべたべたというほどではなかったが雪が重たくて何をどうやってもターンができなくなった。
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| おのまのプロフィール | スキー | 00:48 | comments(4) | trackbacks(0) |
滑り納め 1/3
五月十四日(土)昼、ボールクラブ(Be Active Live Longer)の納会に出席。参加費15ドル、約1400円。参加者三十名弱。

大人数の会にはできるだけ出ないようにしているのだがこんかいの幹事と副幹事は今シーズンのおしまいごろになっておのまにスキーを指導してくれた恩人(笑)、多少のお手伝いを兼ね参加した。

会長の挨拶で、311のショックでスキーをする人がいなくなった、いつまでも沈んでいてはいけない、日ごろのペースを取り戻そう、戸外で活発に動こうというような話があった。 

Live Longer 長生きしたいという気持ちはまったくないが生きてる限りは体を動かそうというのは賛成である。でもスキーシーズンが終わるとヒキコモリオノマになる予感あり。

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| おのまのプロフィール | スキー | 13:20 | comments(0) | trackbacks(0) |
たまにはおのまのすがおでも

数年前から頭がどんどん薄くなってきたおのま、運命を従容と受け入れ昨年の夏から全頭をバリカンで刈ってもらっているとは先日コメント欄に書いた通りです。高校を卒業するまでは坊主あたまだったので若返った気分(笑)。

日本で知人や子供たちと会ったときにこのG3誰なのといわれないよう写真を貼ります。



我が家から4.6キロのグラウス山で仲間とスキーをしたあとで撮ってもらった写真です。彼はおのまより年長ですが毛がどっちゃりある。云ったでしょ。なにごとも個人差があるって。かたや100ミリ、こなた1ミリシーベルト。

理髪屋に行きバリカンで刈ってくれというと歯のサイズを訊かれます。はじめはサイズなんて知らなかったのでひとつひとつ試してもらいました。でもって選んだのが全体はサイズ4で耳のまわりはサイズ2です。

建材でツーバイフォー 2x4というのがあるのでおのまの頭はツーバイフォーと記憶したのですが、しばらくして24はおのまの誕生日だと気づきました。

この日は滑っているところも撮ってもらいました。

うん、きょうは久々にスキーのブログにしましょう。

三月二十三日。日本の震災でみんな落ち込んでるのかこの日は晴天だというのにスキー仲間はおのまを入れて三人だけでした。

林間、ペーパートレイルでのおのま。



たぶん停まろうとしているときの写真ですがひどく後傾です。写真をみて反省しました。

あとのふたりは安定した構えで滑っていました。



グラウスの頂上、ピークに行きました。





4100フィート・・・約1200メートルですか。

ピークでパチリ。海のむこうにバンクーバー島が見えます。島のむこうには太平洋があります。



上の写真では分からないかもしれませんが、中級ゲレンデとしては結構急な斜面です。

1月31日に撮ったこの写真なら感じが分かりますか。



ピークをふたりが先に滑っていきました。



↑の写真をみてると滑りたくなってきます。

降りてきたばかりのピークを背景にパチリ。



上の写真をみたときはショックでしたね。女性(四十代)がすっと立っているのに比べておのまはなんたるジサマ立ちか。もっと腰を伸ばせ!背筋をピンとせい!撮られるときはにっこり笑ってハイチーズ!

遠くにみえるのはたぶんアメリカの山。



例年にくらべて今シーズンは雪がおおく、昨日(四月二十五日)も山は雪が降っていました。グラウススキー場は五月一日まで開いています。今シーズンは五十日ほど滑りました。年間パスは一万数千円、一日あたり四百円弱の計算です。一日券をバラで買うと四千円ほどします。http://www.grousemountain.com/Winter/

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スキー歴六年目 要はやる気だ


八時の雷鳥山雪報告:高曇り 視界無限 零下九度 新雪なし
 
駐車場に着くと、たぶん始発であろうゴンドラがあがっていくところであった
 
ゴンドラで子供の団体と一緒になった。にぎやかなり。ウィークデイはシニアーが多いのだがこうやって子供と一緒になると彼我の差がよく分かる。一瞬一瞬が楽しくてしかたがない子供たちはよくしゃべり、ちょっとしたことで歓声をあげる

刻一刻持ち時間が減っていることがわかっているシニヤーたちは概して寡黙である。寡黙であることはエネルギーをつまらないことで浪費しないことにつながる知恵であるかもしれない。自分もうん十年前はこうだったとを思い出しているのであろうか、みなおだやかな笑みを浮かべてこどもたちを見ている
 
ゴンドラを降りたところでパチリ


 

きのうとうってかわって冷たい風が吹いている。体感温度は零下十五度といったところだろうか。たちまち手がかじかんでいく

雪面は昨日より硬くてガリガリに凍っている

人工雪が溜まっていてフカフカの斜面もある



 
人工雪がゴーグルにひっついて凍り視界が悪くなったが、吹雪の中を滑っていると思えばよい。目に冷たい風があたらないので涙はでない。よって平衡感覚のみだれもまったくない。靴のバックルは三度締めなおした。それでも靴の中で足が微妙にうごく
 

人影は少ないがすでに先客たちがシュプールをつけていた。残っている余白を探してすべりおのれのシュプールをパチリ



どれがおのれのシュプールなのか分からない
 

二月十七日、RJにつかまって特訓を受けていた仲間が現れた。他の仲間はいない

彼女のスキー歴は十年以上だそうだがいつもウェッジ(ボーゲン)で滑っている





彼女は始めから終わりまで写真の形のままで、すなわち両腕も両脚もまるで石膏で固めたかのように滑る。やれと云われてもオノマにはたぶんできない

二月十七日、RJは彼女がロボットみたいだと云った。オノマは彼女を気の毒に思いながらその通りだとも思った



RJの特訓の甲斐なく、きょうもロボット・ウェッジで滑っていた


一緒にリフトに乗り訊いたところ十年まえに教えてくれた人(日本人、スキー指導員資格あり)からこの形を崩さないようにしてひたすら励めと云われたそうな。もうひとり似たような滑りをする仲間がいて、彼もそう云われたので十年一日のごとくウェッジで滑り続けていると云っていたから本当の話らしい

数年前にスキーをしたいという女性ふたりをシーモア山に連れていきレッスンをとらせたことがある。初級斜面をウェッジですべれるようになったところでレッスンが終わった。指導員に彼女らを中級斜面に連れていっても大丈夫かと訊いたところ大丈夫だというので中級斜面を滑りながら、ついでにパラレルの滑り方を説明した。ふたりの内のひとりがパラレルで滑れるようになった

さよう、スキー初日からパラレルは滑れるのだ。十年もウェッジで固まったまま滑る必要はないのである。要はやる気である。やる気があれば北方領土は明日にでも返ってくるのだ。ン、脱線した?


他に仲間がいないのを幸い、無免許指導員・オノマは彼女にこうやって御覧なさいと云った

云われた通りにした彼女は、はいこの通り







上体をもっとリラックスさせることと脚をもっと屈伸させる所まではいかなかったが、十年の呪いは解け、先ほどの男性とは次元の違う滑りになった

先ほどの男性、ごめんね、貴兄の写真も
載せちゃうわ




がりがりの雪とふかふかの雪との差が大きかったが、雪面が変わってリズムが崩れそうになると上体を谷にほうりだすようにして直滑降の姿勢をとり板をそろえ、きちんと板に乗ってからターンした。寒かったけれど気分良し。そろそろカットでの練習を減らしていこうかな・・・
 

リフトでフランクと一緒になった。フランクが知人らしきスキーヤーに、要するにスキーは立ち上がって次は前方に体を出すことだというようなことを云っていた。フランクはいわゆるエキクスパートスキーヤーでオノマの上のその又上の腕前だが言っていることはオノマと同じだ
 

ジョージが現れたので一緒に三本すべり、十二時まえに一緒にゴンドラを降りた。ジョージの愛車をパチリ。おのまの愛車、トヨタカムリ1995年型は結局エアコン用のコンプレッサーを取り替えることになった。費用千三百数十ドル。新車を買うよりは安いではないかと前向きに考える



ジョージの車も古そうだなあ
 

ゴンドラの中で、あしたはもっと風が強くなると云っているのが聞こえた。ホッカイロ持参がよさそうである


スキー初日にしてパラレルを滑った人の話がでてくるブログ
 
http://onomar.jugem.jp/?day=20060311

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スキー六年目 ゴーグルと靴、そして・・・・
二月二十二日(火) 

朝くつしたを履こうとしたら左足の第二指の爪のあいだから出血していた。きのう厚手の靴下をはき指が靴にあたって痛かった。きょうはもう少し薄い靴下にする。
 
雷鳥さんは晴。零下七度だが風がないのでそれほど寒くない。硬い雪の上を新雪が数センチ覆っていてよく滑る。


 
一本滑ったあとバックルをもう一段きつく締め上げた。かかとが靴の中で数ミリ動いていたのだ。
 
二本目を滑っていると冷たい空気が目に入ってきて涙が出た。めがねをしまってゴーグルをかける。きょうは背が高くなったような感じがしない。めがねなし&ゴーグルでみえる斜面に慣れてきた。
 
仲間が現れた。



木曜日に滑ったバックホーン⇒スカイライン(中級斜面)を滑る。あの日は雪が目を刺して平衡感覚がなくなりばらばらなすべりになったが、本日は上体と斜面との角度が乱れず、なんだ坂こんな坂チョロイチョロイとバックホーンを滑り降り、ついでだらだらのスカイラインを小回り気味でリズミカルに滑った。
 
ふたたびカット(初級斜面)に戻る。
 
六本目を滑ると右足がふたたび靴のなかで動いていたのでさらにバックルを締め上げた。
 
視界よく+涙でず+靴しっかり=良いすべり
 
気分よく九時二十分から十一時半まで、すなわち140分滑った。写真をあまり撮らなかったから一本を7分で滑っているのではなかろうか。ということは20本滑ったことになる。
 
最後の二本はきのう封印した中回りでゆっくり滑ったのだが、このとき思ったことがある。ターンが遅れたのは靴がゆるかったこと、そして目が痛くなって平衡感覚が乱れたことが二大原因であろうが、それに加えてエッジングに集中するあまり体が固まったのではなかろうか。つねに体をリラックスさせておき、刻々と変わる雪からの圧に刻々と体が反応することを心がけよう。

ランチに残った仲間とパチリ。
 


おのま丸顔に写っている・・・ 
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スキー歴六年目・浮き沈み

二月十七日(木)にみじめな経験をしたことを忘れてしまうほど十八日(金)、二十一日〜二十三日(月から水)は好調に滑れたのである。いや好調に滑れたと感じたのである。そんな好調感があったから二月二十四日(木)のみじめな思いは大きかったのだと思う。

二十五日〜二十八日(金〜月)を反省にあてた今はその都度感じた気分の浮き沈みを冷静にみる余裕がある。


二月二十一日(月)はこんな具合だった。
 
9:00 雪が降っているとある。きょうこそはゴーグルを使って滑ろう。靴の中で足の甲の上にできる微妙な空間を埋めるために厚手の靴下をはいた。
 
9:20 雷鳥さんの駐車場は六分の入り。月曜だというのに賑わっている。



ゴンドラが動くとほどなく窓外は雪となった。



ゴーグルの中でめがねが曇った。ゴーグルを外してめがねを拭いた。ゴーグルをするとめがねは一秒で曇った。めがねをポケットにしまった。
 
ゴーグル+裸眼=背が伸びる
 
十センチほど背が高くなったような気がして滑りにくい。
 
厚手の靴下のせいで親指が窮屈だ。甲の上にできる微妙な空間はチョー微妙な空間になったが、足首と靴のベロの間には可也の空間がある。まあこれで滑ってみよう。
 
先日、ボール会の仲間にあてたメールの中で平衡感覚がなくなりターンが出来なくなったと書いたところ、日本から懇切丁寧なアドバイスがきた。その中で「斜滑降」ということばがあったのを見てはっとした。中回りで滑っているつもりだったが実はそうではなく延々とつづく斜滑降になっていたのではなかろか。

板が谷のほうへ、すなわち下のほうへ向かわないといけないのだが、下ではなくひたすら横へ向かっていたのではないか。

中回りを封印し小回り気味で滑ることにする。
 
黄色い世界になれてきた。めがねが無いから斜面の凹凸が鮮明に見えず、したがって目をこらしてみるせいか上体が斜面と垂直になったまま滑っているのが分る。好調。
 
ベティ−とリフトで三度も一緒になった。フランクのことはスキー場で会う前から知っている、ベティ−とハズはボートを持っていてその油をフランクから買っていた、フランクは始めはガルフオイルに勤めていてそのあとペトロカナダに移った、ハズはパーキンソン病にかかり四年前からスキーが出来ない身となった・・・・
 
命短し滑れよオノマ・・・・
 
十二時に上がった。ゴーグルのおかげで雪に幻惑されることなくリズムよく滑れた。満足なり。


時間がたった今は、ゴーグルのおかげで降りしきる雪が目の中に飛び込んでくることがなかったため平衡感覚を保って滑ることができたということでしかないことが分かる。しかしその時は四日前の船酔い状態&硬直した体&ウェッジ直滑降でずるずる降りた不快感、みじめ感と比べているからとても良い気分になったのである。


車に乗ろうとしたら大きな鳥が舞い降りてきた。鷲かとおもったがワタリガラスだった。

ワタリガラスは羽をひろげると七十センチほどになるから飛んでいるのを下からみると鷲かと思うことがあるのだ。鷲の大きさはおよそ一メートル、住宅街でみかけるカラスは四十センチである。

ワタリガラスは人の言葉を話すことができるという。いちど話してみたいものだ。

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スキー歴六年・メデタシメデタシではないことの前兆
2月18日(金)にシーモア山で会心のすべりができたけれどメデタシメデタシではないのはなぜかについて書こうと思ったら、その前兆が17日(木)に起きていたことに気がついた。

今週も月、火、水と好調に滑れたせいで記憶が薄れていたのだが17日(木)の状況がメデタシメデタシでないと反省した24日(木)につながっているのである。

話はわき道にそれるがおのまは「人類猫化計画」というサイトを愛読している。2月24日のブログに面白いことが書いてあった。

1月半ば頃だが、私の住んでいる神奈川県西端の湯河原町(熱海の隣り)で周囲の山並み(箱根に連なる山々)に反響するように、ドーン、ドーンという低くくぐもった音が一定の間隔で、数時間または半日にわたって聞こえた。大きな音の場合はズシーン、ズシーンと振動を伴っていた。

そして音が止んですぐに、新燃岳が噴火した。

酷者や大雪、ニュージーランドの地震と新燃岳の噴火もバラバラの出来事でなく、すべてが互いに関連しあっていると見るほうが自然なのではないだろうか。

http://tekcat.blog21.fc2.com/blog-date-20110224.html

「天災は忘れた頃にやってくる」
「沈没する前に船から逃げ出すねずみ」

人間は他の生命体よりも思考能力が発達したのだが、その代償として本能が劣化しほんの些細なことでも予見することができなくなっている。

だから人間は過去をふりかえり、現在を認識し、そして未来にそなえることが肝要なのだ。

「温故知新」
「過去⇔現在 ときどき未来へも」

人間とは何か。自分とは何か。

「人間は考える葦である」
「あっしは忘れる人間である」

以下が2月17日(木)に起きたことである。

2月17日(木)
 
雷鳥さん:24時間で新雪が27センチ。視界様々
  
8時50分 家を出発
9時00分 雷鳥さん到着
9時05分 板をおろしスキー靴にはきかえゴンドラへ向かおうとして手袋のないことに気がついた。スキー靴をぬいで、家に戻り、手袋をとってきてまた雷鳥さんへ向かう
9時18分 ふたたび雷鳥さん着。往復13分

大幅に出遅れ、一本目をすべり終えたのが9時50分。霧がうっすらと出てきた。仲間はすでに何本か滑っていた


   
本日の練習はリーディングエッジとやらを体感すること。ボーゲンとパラレルとを交互にすべり、谷板にしっかり乗り切ってからターンすることをこころがけたのだがいまひとつスムーズでない
 
谷板が山板に変わるのはスムーズに行くが、浮かせぎみの山板が谷板になるときに微妙に遅れる。ジャンプ気味にターンすれば遅れないが、なんとかしてジャンプなしで両板を一緒にまわしたい。もっと山板に圧をかけるべきなのだろうか
 
カットのてっぺんでボール会員たちがハッサンと話していたのでハッサンに頼んで写真を撮ってもらった。写真係おのまが入っている実に貴重な写真である。おのまは右から二番目
 


ハッサンにファミリーネームを訊いたら Banisadr だといった



ハッサンバニサダル・・・・「はっつぁんは馬を煮る定」と記憶した。ハッサン・馬煮定

おーいはっつぁん、馬は旨く煮えたかい?
ご隠居さん、いくらなんでも馬など煮ませんよ

霧のむこうに仲間の一人が中腹で停まって誰かと話しているのを横目でみながらゆっくり降り、リフト乗り場で待ったのだがなかなかこない。十名ほどやりすごしたところでようやく降りてきたのだが、なんとブラッコムでインストラクターをしていたRJにつかまってアドバイスされていたという。頼みもしないのに教えられたと不満そうであったがラッキーではないか

RJがユーゴ出身だとは知っていた。名前の由来を訊いたらレジェなんとかというアラブ系の名前だといったが覚えられなかった


  
ランチ。そばのテーブルの夫婦が話しかけてきた。タイ、カンボジアを三週間旅行して帰ってきたばかりだそうだが詳細は省く。名前はダイアナとヘルベルト。オーストリー出身。先日知り合ったベッティーのことも知っていると云った


 
ランチを終えて六人がまた滑るという。ビールを飲んでしまったがカットで二、三本さらおうと思った


 
ふたりが妙なかっこうをしたのでパチリ。これも練習法のひとつだというがはなはだ疑わしい


 
六人がペーパートレイルに入っていったのでパチリ。林間のせいか霧がなくて視界がよく、数センチの新雪はさらさらしていて良く滑った


 
二本目もペイパートレイルを滑ったあと、三本目はサイドカットの隣にあるブラックホーンからスカイラインを滑るというのでついていった。ここを滑るのは初めてである

雪が目のなかに飛び込んできて平衡感覚がなくなっていく。鼻の穴に飛び込んでくる雪が溶けてプールでおぼれるような感じになった。もうあがろう
 
リフトに乗っているあいだにちょっと明るくなったので四本目をカットで仕上げることにした



曇っためがねを外すと見えやすくなった。と思ったのは一瞬だけで、すべりだしたら目の中に雪が飛び込んできて痛い。霧が濃くなり斜面の様子が分からなくなった
 
平衡感覚はいよいよ失せていき体はこわばっていく。パラレルからボーゲンに変えてゆっくりすべったが、ターンのたびに船酔いの態となり、さいごはターンができなくなりボーゲンのまま直滑降でずり落ちていった。とてもみじめな気分に陥った
 
霧もふりつける雪も湿っぽく、ヤッケもパンツもしっとりぬれて体が冷たくなっていた。家にもどってもしばらくのあいだみじめな気分が続いた

風呂に入り体を温めているとみじめな気分は薄れていった

あっしは忘れる人間・・・・
 
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スキー歴六年をふりかえる
先週の金曜日、今週の月、火、水、木と滑った。二月二十五日(金)も目が覚めたときは滑りたいと思ったのだがやめた。そしてこれまでのことを振り返ってみた。

オノマがスキーを再開したのは六年前のことである。再開する前の数年間はほとんど滑らなかったし、カービングの板ももっていなかった。

2005年二月にあたらしい板と靴を手に入れて最初にやったのは庭に雪が積もった日に左足だけ板をはいて歩くことだった。板は重く、そして板を履いていない右足のスキー靴も重かった。スキー場に行ったのはそれから十ヶ月後である。滑ったあとにまた滑りたいという気持ちはおきなかった。

おおいに滑りたいという気持ちになったのはそれから一年後、2006年の一月になってからである。我が家から二十数キロ走ると着くシーモア山に行って、一番短くて一番緩やかな斜面で滑ってみた。そこはならいたてのひとが滑る斜面で、こどものつきそいをのぞくとおとなはほとんどいない。チェアリフトの替わりにロープトウがある。



シーモアに行くたびにこの短緩斜面でパラレルの練習をし、徐々にミステリーピークという中級斜面で滑る回数を増やしていった。

ミステリーピークのスタート地点から数十メートルはかなり急な斜面である。中回りでゆっくり降りるのだが、斜面の幅が狭いのでタイミングがあわず板が開いてハの字になったりした。




その年(2006年)の二月に長女一家がやってきてシーモア山とウイスラーで一緒に滑ったのだが、日本に帰る前日に我が家から五キロのグラウス山で滑りたいというので一緒に滑った。グラウスを滑るのは1986年以来、二十年ぶりであった。

林間コース(ペイパートレイル)を滑ったときに長女が写したオノマは前傾姿勢で滑っている。




ひとシーズンに三十日前後すべるようになって五シーズンがたち、いま六シーズン目に入っているのだが今シーズンは雷鳥さん(グラウス山)のカットという初級斜面ですべっている。昨シーズンはカットの両脇にある中級斜面(ペイパートレイル、サイドカット)をよく滑ったが今シーズンは滅多に滑らない。ひとよんでカットの王様、カットキングコール。

何故カットに集中しているかというと昨シーズンに大きな変化がおきたからである。ウイスラー・ブラッコムの中級ゲレンデを滑っている最中にターンができなくなったのである。

パラレルですべっていて板がばらけた。ターンすると腰がひけそのまま山回りに滑っていって停まった。体の向きをかえて滑り出すとふたたび板は山のほうへ回っていった。それからはパラレルでターンすることができなくなりウェッジ(ボーゲン)で降りた。

それから三ヶ月後にまたウイスラーで滑ったのだが、今度は一本目から同じ現象が起きた。すぐさま滑るのをやめ三時間ほど休んだ。三時間のあいだに雪の状態が良くなり今度はうまく滑ることができたのだが、スキー能力が劣化していることを自覚した。

そんなことが理由で今シーズンはカットで練習をしている次第である。六年前に戻ったのである。

二十日ほどカットで試行錯誤を繰り返してきたのだが、先週の金曜日はカットのリフトが動いてなかったのでシーモアに行った。一年ぶりのシーモアである。

ミステリピークーのスタート地点から数十メートルはかなりの急斜面である。一年前もそう思いながら滑ったのだが、こんかいは違った。ちっとも急ではない。狭いと思っていた斜面の幅は十分に広く、上体と斜面は垂直の角度をたもち、板も「ハ」にならず「リ」のままで滑ることができた。



カットで練習し続けた成果があったのである。メデタシメデタシ。

というほど現実は簡単ではないのだが、長くなったので本日はここまでにする。

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スキー十八日目 二月二日(水)
二月二日 水

前日の昼は鮨を食べたいというスキー仲間といっしょに浜えいに行ったのだが、実に十日ぶりにビールを飲んだ。ビールの買い置きがなくなってそのまま十日すぎたのである。

十日間アルコールを取らなかったのではない。まいばん「舞」という芋焼酎をお茶でわって飲んでいた。同じアルコールでもビール、焼酎、ワイン、日本酒、ハードリッカーとそれぞれの味わいが違うのは当然なのだが、人間の嗜好、思考、志向、試行は多様だなあと感心しながら飲んだ。

自称アル中のおのま、実はさほどのこともなく、普段はビール小瓶一本で用が足りる。青年時代と変わらない美しい(笑)体型(身長176センチ、体重65キロプラスマイナス2キロ)を保っているおのまは大食しない。だから人と一緒に食事していると場がもたなくなり食べる代わりに飲む。浜えいでは小瓶を二本飲んだ。

夜になりまた小瓶を飲んだのだが体が受け付けず、三分の一ほど残した。

ビールのせいもあり早めに寝たら夜中の三時に目が覚めた。五時に覚める分にはかまわないが三時だとそれから数回寝たり覚めたりをくりかえす。最後に目が覚めたらなんと八時を過ぎていた。早起きしないと気分が滅入る。そのうえ体がだるくて山に出かける気がおきない。

ハムレット・オノマいわく To go, or not to go, that is the question
トルストイ・オノマいわく 光あるうちに光の中を滑れ

天気予報では明日から雨だという。トルストイにする。

重たい体をひきづって雷鳥さんに立つ。かがんで、まあかがまないとできないのだが、かがんで靴のバックルを締めて立ち上がったらくらくらときた。

↑を読み返してたら「らくらくらときた」と見えてふたたびくらくらときた。

オノと声をかけられてみたら昨年の夏まで隣に住んでいたボブがいた。

えっ、スキーするの?
三年前(引退したとき)から年間パスを買っている
へえ、みなかったねえ。テルマ(妻)は?
彼女は寒いのが嫌いで滑らない
マイク(長男)は?
彼はうますぎて一緒にすべってくれない

などという話をして別れた。
 
昨日とちがって曇り空で斜面の状況が分かりにくい。雪の質も落ちている。グルームも良くない。要するに昨日のほうが断然良かった。

一本目。上体をまっすぐ谷に向け、体を前傾させ、すねを靴のべろにおしつけて直下滑で出発。直下滑だというのに板がばらけた。ばらけたら速度でごまかす。小回り気味で攻撃的に滑る。勢いでリズムをつくる。

二本目、三本目、いつもは左板が遅れるのだが今日は右板も遅れる。

三年前の賀状のモデルにした毛糸の帽子をかぶっている人がいたのでパチリ。



三年前の賀状



Thank god W is gone (ありがたやWがいなくなる) (W=ジョージWブッシュ)

四本目。攻撃的滑降をやめる。
 
ウェッジ(ボーゲン)で発進⇒ウェッジのまま谷板に乗る⇒乗り切るのをみはからってウェッジのままターン⇒板をそろえてパラレルで滑る⇒山板を開いてウェッジ⇒ウェッジのままターン⇒パラレル・・・を繰り返した。でも右板と左板のシンクロ感がない。

五本目も同じように滑った。多少よくなった。

六本目は中回りで滑った。やはりターンのときに板がばらける。
七本目も中回りで滑ったが、板がばらけないようにジャンプ気味でターンした。

滑り終えてリフトに乗るまでスケーティングで滑るのだが板が上がらない。さながらボルガの舟曳き人夫である。エイウフニエム、フーフー

ボールクラブの仲間を誘って八本目はカットの隣にある林間コース、ペイパートレイルを滑った。板はばらけにばらけた。いったん停まって滑りなおすと余計ひどくなりそうなので強引にすべりきった。強引マイウェイ。

すべり方を直さないといけない。

ゴンドラのなかでふたたびボブにあった。ゲレンデで見なかったのでピークで滑っていたのかと訊いたらピークは好きじゃない、カット、サイドカット、ペイパートレイルを滑っていたという。

ちかごろあまり見ないマフラー姿と派手な靴をパチリ。





仲間とキャピラノ通りの西、マリンドライブの北にあるベトナム料理店ポーにてランチ。タイガービール小瓶一本を飲む。

シンガポールではよくみかけたタイガービールだがカナダではあまり見ない。タイガーは何かの賞をとっているが、シンガポールで飲んでいたのはアンカービールだった。アンカービールはモルディブにもあった。

http://www.anchorbrewing.com/

アンカービールのデザインが新しくなっていた
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二月十八日グラウス山でみた小さな雪山
 
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本日もオノマは生きています@二月十八日 ・シーモア山
 
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スキー十七日目 二月一日
二月一日(火)

始発のゴンドラにボールクラブのメンバーがわんさかいた。ピーク(中級)を背景にパチリ。

 
 
前日はうすぐらくて斜面がみずらかったがきょうは十メートル先の状態がよく分かってすべりやすい。あそこまで板に乗っていってからターンしようという予定がたつからリズムが乱れない。
 
カット(初級)でグルームしたばかりの斜面をみつけた。




気分良く滑って振り返り、みずからのシュプールをパチリ。



ちょっと乱れているか。



リフトからみると他の連中のも結構乱れていた。



まあ、少しずつ改善しようではないか。
  
七本すべると例によって左脚が麻痺気味になった。

カット(初級)が混んできたので仲間をさそって林間コース(中級)を滑ることにした。
 
リフトを降りてから林間コースの入り口まで百数十メートル、平らな道を行くのだがスケーティングが重かった。

林間コース・・・えーと・・・ペイパートレイル・・・は直射日光の量がすくないから雪質がよい。カットより狭くて起伏の変化が多いから面白い。
 


八本目、九本目をペイパートレイルですべったあと十本目はカットにもどり、十一本目は遅れ勝ちの左脚を叱咤激励しながら仲間ふたりと一緒にサイドカット(中級)を滑った。



気分良し。

十一時ちょいにあがった。

本日が二回目だというメンバーが浜えいの鮨を食べたいというのでお供した。浜えいのすしネタはとても良い。行ったことのない方はお試しあれ。Hwy1とWestview の 西北にあるモールの一角にある。
http://hamaei.ca/

昼ひなか、しかも世間の方々が働いている火曜日に飲むビールは格別うまい。
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スキー十六日目・一月三十一日
1月31日(月)

書斎兼寝室からの景色。



毎朝、簡易ベッドの中から見てる景色だがこういう風に赤い光が見えるのはめったにない。
 
雷鳥さんに8時33分に着いたら始発のゴンドラがあがっていくところだった。 

薄暗くてゲレンデの傾斜はみずらいが、空気が乾いているらしく晴天のときよりも下界がくっきり見える。

北バンクーバーの商店、住宅街。



上の写真の左側、すなわち東。


橋をわたった先の左側はバーナビー市。

1985年〜86年、バーナビーにはBCTel(ブリティッシュコロンビア州の電話会社)があって、カナダM銀行バンクーバー支店長・おのまは定期的に訪問したものだ。

今は一般的になっているケータイ電話の普及計画がはじまったばかりで、cellular telephone という英語を知っているカナダ人は少なかった。 セルラーテレフォンはカナダ人にも発音しにくいのではなかろうか、今はセルフォンとかモビルフォンという英語がある。

ググってみたら1986年にアルバータ州でセルフォンの商業化が始まったとあった。日本のNTTよりちょい早かったか。

トロントに移ったおのまは1987年だったか88年だったか、カナダM銀行の社長車にセルフォンをとりつけた。外出先でも為替や金利の動きを把握し担当部長に指示するのが目的であった。今のような手のひらにおさまる電話ではなく、車の後ろ窓にアンテナをつけて電波を拾うという仕掛けだった。洗車のたびにアンテナを外さなければいけなかった。

あるときニューヨークから重役がやってきて、君のところはぜいたくだなと皮肉られた。ニューヨークの公用車には電話がついていなかったのだ。

ニューヨークの重役が外出すると事務所との連絡は公衆電話でやるしかないわけだ。そういうハンディを負って仕事をしていたせいかどうかは知らないが、ニューヨークの店は業績が芳しくなかった。ニューヨークだけではなくロンドンもロスアンゼルスも似たりよったりで損を重ねていた。

ぜいたく・おのまから言わせてもらえば、先輩たちはオリジナリティがなかったんだと思う。調べたらすぐ分かることだが、電話機と電話代を合せたってぜいたくというほどの金額でもなかったんだから。

だいいち先輩たちの公用車は運転手つきだった。おのまはもちろん、カナダの五大銀行の会長、社長だって自分で運転していた。「贅沢」とは何か「無駄」とは何かを日本のえらいかたがたは考えるのが良い。

そういう風な、今となっては信じられないような「オクレタ話」はいくらでもあるのだが、くだらない話ばかりだから気がむいたらまた書く。「オクレタ」連中の延長線にある日本が苦戦しているのは至極当然なことではあるのだ。

大幅に脱線した。スキーの話であった。

アメリカ・ワシントン州のベイカー山もよくみえる。



ゲレンデの中間あたりまでくるともっとよく見えるようになる。





ベイカーは1973年と1986年に一回ずつ滑っているが、もいちど行こうという気にならない。若いときは何事も好奇心でもって膨張してよいと思うが、残る時間を勘定する年になったら効率を考えないといけない。



前夜が零下7度だった所為か前日より硬い雪であった。前日のほうが楽な雪。
 
カットはすいていて滑り放題。がんがん飛ばした。速度をあげるとリズムがよくなる。

一本目をすべりおえた時のリフト乗り場の時計は9:05。九本をおえたときが9:55。50分で八本。一本が六分ちょい。三十日(日)は一本が十五分だった。
 
七本目から左脚が麻痺気味になりペースダウン。十三本を終えたときの時計は11:00。二時間で十三本、一本につき九分ちょいの勘定になった。

この日に何か反省したことがあったかというと何も覚えていない。 ご機嫌で滑ったのかもしれない。


BCテルについて興味のある方はどうぞ。英語の資料です。
続きを読む >>
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スキー 十五日目 一月三十日(日)
前日から山は零下五度だったという。木曜日に閉口したべた雪がキュッとしまっているに違いない。日曜で混むだろうから二本ほどすべってくるとするか。
 
愛車のガラスは内も外もびっしりと氷がついていて溶かすまで十分かかった。八時三十一分出発。
 
おのまの家から雷鳥さんまで4.6キロ。住宅街を2.8キロ走るとキャピラノ通りにでる。制限時速50キロを守って走る。70キロで走る車がいるがなんでそんなことをするかね。バスの中で走るようなものではないか。
 
念の為に計算する。2キロの距離を時速50キロで走ると2.4分、70キロで走ると1.7分。その差は0.7分、すなわち42秒。そんな時間のために規則を破ることもなかろう。朝おきるのを42秒早くすればよい。
 
キャピラノ通りを雷鳥さんの入り口まで2キロ走るのだが、入り口まできて後ろをみたら二十台くらいの車が金魚のウンコのようにつながっていた。フフン。

八時四十五分。駐車場は九分の入り。ゴンドラは五分間隔のピストン運転。並んで待っていたら後ろから一人割り込んできた。この差が大きいときがあるんだよなと思っていたら案の定彼氏が最後の乗客となった。時速50キロで走ったのが敗因か。


 
あとで気がついたのだが写真にこんな文句が写っていた。
 
Where to go when nature calls.
 


えええ、マジ? 
 
学校で習った nature calls me の意味でいえば 答えは restroom だ。もっともおのまは Nature calls me なんていったことがないし、聞いたこともない。
 
ゴンドラを降りる。木曜日は溶けつつあるシャーベットで歩くと靴がずぶずぶもぐったが今日はキシキシ鳴る。いいぞ。

カットの視界良し。




 カットの雪はほぼ三種類だった。

(1)アイスバーンが削られて細かいシャーベット状になり板が良く滑るキシキシ雪が一番多かった
(2)できたての人工雪がたまって見た目は新雪だがちょっとブレーキがかかるボソボソ雪が二箇所
(3)アイスバーンがごく少々

初級者用のゲレンデだが滑っている間に雪質が変わるから退屈はしない

子供たちのスキースクールがいくつもありそのあいだを縫ってすべる。



ひとりの子を五人で助けながら滑っていた。この子は下肢が麻痺しているのかもしれない。


 
転倒した子供を起こすためインストラクターが板を外して上っていく。助け起こしたあと靴で滑っていた。おのまは板なしで滑ってる夢を時々見る。


 
ジャンプ台にちかい坂がすいてきたので幅五メートルほどに区切って上体をつねに谷に正対させて滑る。雪が良いからリズムが崩れない。気分良し。



 
 
八本目のとき南東のそらが赤っぽくなったのでパチリ。実物はもっと赤い。



滑っていると目の前に丸い形で色が現れたのでパチリ。ちょっと神秘的である。



 
二本のつもりが九本すべった。一本目をすべり終えたときにみたリフト乗り場の時計が九時十五分。九本目を終えたときが十一時十五分。ちょうど二時間。一本あたり十三分。リフト待ちが長く感じたのだがすいているときでも一本あたり十分くらいかかるから実際にはそれほどでもなかったということになる。

明日は雪質が良いシーモアで滑ろうかと思っていたのだが、この雪であれば雷鳥さんで滑るのが良いだろう。八時半には駐車場に着こう。
 
 
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スキー十四日目 一月二十七日(木)
ただいまの時間は二月八日の夜十一時すぎ。

ほとんど記憶が消えているのだが一月二十七日のことを書いておく。

この日は気温が六度あり、柔らかいシャーベットで滑らない雪だった。春になってウイスラーで滑ることだけはすまいと思ったことを覚えている。



仲間のなかに今日は滑りやすいという人が数名いた。速度がでないからいいという。まったくもって理解に苦しむ。



ジャンプ台を利用している人はいなかったのだろうか。



嫌いな雪にもかかわらず記録によると七本も滑っている。雨で一週間滑れなかったので飢えていたのであろうか。

それにしても十二日前に滑っていたときの状況をはっきり思い出せない。記憶力が衰えているのだろうな。

これからは何事もできるだけ早いうちに記録しておかないとこのブログのうたい文句が泣くというものだ。

過去⇔現代をいったりきたり・ときどき未来へも@バンクーバー
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短所を直すか長所に頼るか   後編


数年前、金沢のホテルで指圧をしてもらったことがある。

右の背中からもみ始めた指圧師がおにいさんの体は若いねえと云った。おにいさんと呼ばれるような年ではないし、営業用の外交辞令だろうと思ったのだが左の背中に移るとそれまで饒舌だった指圧師は無口になった。

左はどうと訊いたら黙ってもみつづけ暫くしてから左は死んでると静かに云った。

左が良くないのは自覚していたのだが死んでるとはおおいに衝撃的で、なにやら自分が幽霊にでもなったような気がした。指圧師にとっては一見の客であるから外交辞令など必要もないのだろう。ということは右側は本当に若かったのであろう。


ここまで書いて思い出したことがある。大阪勤務時代に生まれて初めて背広をあつらえてもらったのだが、背中の左が異様に張っている、普通の背広だと皺がよってしまうと言われた。

今考えると若造の分際でぜいたくなことをしたものだと思うのだが、二年のあいだに三着つくってもらった。三着とも二十年以上、擦り切れるまで愛用した。そのうちの一着は麻であったのだが麻の背広はそれが始めにして終わりで、そのせいかどうか三日ほど前にその背広を着ている夢を見た。

日比谷のような町を歩いているのだが色彩が現実的でなく、パステル画に似たグラデーションがかかっているのでこれは夢の中だと分った。意識を強くすると町の細部、建物の中がよく見えてくる。

オフィスやレストランが多くて、なんだか単調すぎると思ったら今度はニューヨークのパンナムビルが見えてきたのでさらにしっかりみると、これはどうしたことか劣化が進んでいてもうすぐ廃墟になりそうな按配だ。

大きな通りを横切ったらそこから先は暗くて人の気配がなかった。しかたがないので色彩のある町にもどり、こんどは建物の中に入ってみた。ガラス戸の向こうにラウンジのようなものが見えたので進もうとしたら女性がでてきて本日は終了した、午前中しかやっていない、左にあるのは本屋だといい、腕をとって出口に導かれた。とられた腕を見たら昔持っていた麻の背広だった。


1970年当時は大阪にも柴田音吉洋服店があったが今は神戸だけのようである。

http://www.otokichi-kobe.co.jp/


若い右と死んでる左であればスキーを滑っていてバランスが悪いのは当然かもしれない。

谷側にある板が右から左に移るとき、すなわち時計回りのときに左板が遅れる。時間にしたら零コンマ何秒という短い時間だが、それがだんだん長くなっていき、リズムが乱れていく。

硬い雪の場合はまだしも、ブレーキがかかる柔らかい雪だと左の疲れは早くなり、そうこうするうちに板が雪にひっかかって転倒しそうになったりもする。

バランスを保つにはどうすれば良いか。左を右並の強さにきたえるのがよいのか。それとも左の弱さを右で補うようにするのが良いのか。「短所を直すか、長所に頼るか」と書いたのはそういうことである。

短所を直すというのは死んでる左半身を若くすること、すなわちリハビリである。しかしリハビリは一朝一夕ではできない。リハビリしないままで一生を終えるかもしれない。であれば長所、すなわち右半身に頼ってバランスを保つことになるのだが、はて具体的にどうすればよいかが分からない。


そういうことを二、三日考えていたのだが、ある日のこと片足の人が滑っているのをみて、あっと思った。彼は右脚だけで滑っている。左はない。それでもリズムよく、バランスよく滑っている。

そして気がついた。彼のポール(ストック)には板がついている。一本脚の補助として両腕を使っているのだ。いわば三輪車みたいなものである。

自分もポールを第三の板として使えば良い。足からくるバランスの乱れをポールで補う。左板の遅れにあわせて右板の走りにブレーキをかける。右のポールを使ってブレーキをかける。

このリクツ、中回りには効果があるような気がする。そのうち右のポールのリングが壊れるかもしれない。

中回り
http://www.youtube.com/watch?v=0wakk9WDdkU

短所を直すか長所に頼るか 前編
http://onomar.jugem.jp/?day=20110202


今はあることがきっかけで指圧なしですむ体に変わっているが、当時は存在していること自体がつらいと思うほど背中が重苦しかったから日本に行っている間はほぼ毎日指圧をしてもらった。

各地を転々と動くので行き当たりバッタリ、いろんな人にやってもらうのだが上手な指圧師のことは忘れない。

十五年ほど前になるが、国会議事堂付近にあるキャピトルホテル東急で頼んだ指圧師がとてもよかった。名前を訊いたらナンバー7で指名してくださいと云われた。

キャピトル東急の李白バー(リーポーバー)はライト設計の建物を使っていた頃の帝国ホテルのオールドインペリアルバーと同じくらい好きなバーだった。帝国ホテル新館にできたオールドインペリアルバーはざわざわと騒がしいバーに変わり足が遠のいた。李白バーは2010年に新装されたキャピトル東急に残らなかった。

もう指圧は要らないし、あのナンバー7もいないだろう。キャピトル東急に泊まりたいという気分もわいてこない。金沢の指圧師にはもういちどもんでもらいたい。いまでもおにいさん・・・と言うのだろうか。外交辞令でいいからおじいさんとはいわないで欲しい。

●パンナムビル 



今はメットライフビルになっている由だがこの写真ではうっすらとPANAMの字がみえる

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スキー十三日目 一月十九日
1月19日(水) 八時半、雷鳥さん(グラウス山)サイトをみると ハイクリヤースカイ、アンリミティドとある
 
天高く視界無限・・・
 
家からみると山は灰色の雲で覆われいるがこれからしばらく雨の日が続くというからとにかく行ってみよう
 
九時十分、駐車場からみる雷鳥さんは曇り顔


 
ゴンドラを降りて歩くと雪は昨日にもましてグサグサのざらめ。靴がずぶずぶともぐり砂漠をあるいているみたいだ。砂漠あるいたことないけど・・・
 
上空から粉雪が舞い落ち、空は灰色、視界はリミティドに近い


 
天高く、視界無限のカット・・・と言い聞かせて滑るが、どうも起伏が良く分からない。停まるとめまいのようなものを感じる
 
一本で終わろうかと思ったのだがリフトを降りたらちょっと明るくなっていた


 
昨日たくさん写真を撮ったジャンプ台に人影がない。みんなどこへ行ったのだろう




二本目をすべり降りてリフトに乗るとゲレンデがみえなくなった。それでも三本目に挑戦


 
カットはチョー緩斜面が続いたあとチョイ急斜面になり下界がよく見えるようになるポイントがある。いつもならそこで停まって景色を見るのだが視界が悪いので滑り続けた。滑っているそのときに次元を超えたと感じた。チョイ急斜面がチョー緩斜面というか平らに感じられたのである。
 
四本目、視界不良の中、速度を出して滑った。チョイ急斜面がやはり平らに感じられた。
 
五本目を滑り終わると左のふくらはぎの内側が硬くなっていた。リフトの乗っているあいだに左足をひょこひょこ動かしてほぐし、六本目をすべった。いよいよ視界は悪くなり、必死に目をこらしながら滑る。四本目を滑った頃から左の板が遅れ気味になっていたのだが、それが一向に直らずいささか凹む。
 
空は晴れそうで晴れない。四十五分で六本。あがることにした。
 
下から上がってきたゴンドラは満杯だった。下界からは晴れてみえるのだろうか。ピストン運転と思いきやゴンドラに乗ってから十分ちかく待たされた。やがて担架に乗せられた怪我人が運びこまれた。ちらりと見たら若者で、文字通り青い顔をしていた。もしかしてジャンプ台で失敗したのかもしれない。


 
すれ違ったゴンドラは満杯。乗り場は二台待ちだった。
 
久しぶりに狼の顔を見に行った。以前とかわらぬおだやかな顔をしていた。





狼と一緒に遊んでみたい・・・・
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スキー十二日目 一月十八日 後編
ゲレンデにくると斜面の様子が分かるようになっていた。かなり離れているジャンプ台も見える。



左足の裏の感覚がとても鈍いが斜面の状況がよく分かるので楽に滑れた。というのは錯覚で、ジャンプ台の近くまできて停まったらふたたび耳の奥ががんがん鳴っていた。心臓麻痺にかなり近づいていると思った。



ジャンプ台に現れる若者たちを連続シャッターで撮った。家に戻りみたら二百枚以上も写していた。まだ整理しきれていない。ふたたび雲が出ていたのだろう、陰影が分からない写真が多い。こんな具合である。



これをいろいじくって陰影を強調する。



以下ジャンプする若者の写真を二百枚貼る。うそ。十枚。






















二本滑ると左脚の感覚がいよいよ鈍くなり、リフトに乗るときのスケーティングがスムーズにいかなくなっていた。もう一本滑りたいという気持ちを押さえ込んでゴンドラに乗った。ためしに左足一本で立ってみたら数秒しか続かなかった。
 
下界が光っていた。同じ景色なのに日によって、時間によって光り方が違うのが面白い。
 
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スキー十二日目  一月十八日 前編
朝八時。スノーレポートを見る。高ぐもり、視界アンリミティド。 
 
九時十分雷鳥山着。
 
狼が遠吠えをしている。いい声だ。猿のオペラ歌手はどうだ恐れ入ったかとひとをおびやかそうとするが、狼はそんなことをしない。ひたすら清涼に歌いあげる。

http://www.youtube.com/watch?v=D2u02ikZVNU&feature=related

http://www.youtube.com/watch?v=qXo3NFqkaRM&NR=1&feature=fvwp
 
ゴンドラを降りると粉雪がちらついていた。モヒカン刈りの子がいた。侍みたいでなかなか良い。




歩くと靴がぐさぐさともぐるザラメ雪である。


 
ザラメの上を降ったばかりの粉雪がおおっていて滑りやすいが柔らかくてブレーキがかかる所もある。



硬いクラストが散らばっているところもある。


 
人工雪がすごい勢いで舞っている中、数人のスタッフがサイドカットの側にジャンプ台をつくっていた。





ボールクラブの仲間がいた。


 
一本滑り終わりリフト乗り場の小屋の時計を見ると九時四十五分。
 
リフトから降りて仲間を待つ。四人がリフトから降りてくるところをパチリ。


四人はピーク(中級)へ移動したがおのまはカット(初級)に残る。

三本滑ったら早くも左の脚が疲れてしまい四本目を滑る気がしなかった。そのままあがるのも情けないので百メートルほどしかないチョー初級ゲレンデ・パラダイスで滑ってみた。こんなところでも左板が遅れた。


 
カットにもどり、さらに三本すべった。最後はめがねが曇ったので外してすべったのだが、雪が目の中に入ってきて痛かった。斜面がどうなっているか分からず目をこらしながら滑った。疲れた。小屋の時計は十一時十五分。
 
ランチ。きょうもおのまが最年少(笑)。


 
こんどはクロカンをやろう、クロカンなら108マイルハウスだという話から、五月下旬にゴルフをしに108マイルハウスに行こうという話になった。イノチ短し遊べよロージン。

でもこんなことするスタミナがあるのかいな。

http://www.youtube.com/watch?v=jggDENAkSs0 

バルコニーにかけすがいた。この辺は標高千メートルであるが自力で飛んでくるのだろうか、それともゴンドラに乗ってきたのだろうか。



カケスいわく。自力だよ。あたしゃ若いんだ・・・

ランチが終わったら帰るつもりだったのでビールを飲んだ。しかも二本。ところが外にでたら晴れていた。



帰るのをやめて滑ることにした。ランチをはさんで滑るのは今シーズン初めてである。靴のバックルを締め上げて立ち上がったら耳の奥ががんがんした。心臓麻痺で逝くか。
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スキー11日目  11・1・11 後編

●スキー十一日目・前編
http://onomar.jugem.jp/?day=20110113

●とても滑りやすい雪、すいているゲレンデ

最初の一本を小回り気味で一気にすべりおりて気分良し

リフト乗り場の小屋に丸い時計が置かれていた。昨シーズンは時計がなくなっていた。九時三十五分

リフトからボールクラブの仲間がみえた



写真を整理していたらそうとは知らずに撮った写真にも写っていた。




二本目を滑ったあとゲレンデの出発点で追いついた。みんなすでに四本滑ったという

仲間の一人に綺麗な景色だからと頼まれて撮った写真



駐車場で会ったご婦人もやってきてしばらく歓談。みなさんの後ろ姿を撮るから滑ってくださいと頼む。ご婦人が最後に滑った



三本目を終えて今度は下から撮るのでちょっと待っててくださいと頼んで直下降で滑り降りる。緩斜面を過ぎるとちょっと急な斜面になる。そこを降りたところで待って撮った。




仲間の一人がリフト乗り場で待っていてくれた。後ろから一緒に乗っていいかいと云いながら二人のスキーヤー♂が加わった。右脇に座った顔に見覚えがある。フランクじゃないか?

訊くとやはりフランクだった。三年前にリフトで一緒になり話したことを覚えている。

あのときクラス会でドイツに行くと云ってたけど
ああ、二年前に行った
あのときかぶっていたドイツ国旗の三色帽子はどうした
持っている。先シーズンからヘルメットを使っている、最初は違和感があったが馴れた
あいかわらずシーモアには行ってる?
毎週木曜日はシーモアだ
リフトのない所まで行って滑ってるんだ
そう

三年前のブログ:
http://onomar.jugem.jp/?day=20080112

あの頃は福田総理がインド洋上の給油をやめたら日本は国際社会で孤児になると思いますよてなことを云っていた。フン

フランクがハッサン、次はピークで滑ろうと云った。ハッサンは自分はカットで滑る、君のように旨かったらピークに行ってもいいけどあそこで滑っても楽しくないのだと答えた。おのまハッサンの味方をする。そう、楽しく滑るのが一番だ

でも密かに思った

かつてはこの大きな山に抱かれてるだけでシアワセだと感じながらウィスラーを朝の九時からリフトが終わる三時まで滑り、さいごはビレッジまで滑り降りていたのが、昨シーズンは二時間で息があがってしまった。長い斜面を滑っているあいだに体が硬直したような感じになり滑れなくなった。脚が棒になるというが正にそうである

今シーズンは小さなグラウスでさえ中級(サイドカット)を滑ったのは一回だけであとはぜんぶ初級(カット)を滑っている。こうやって楽なところだけで滑ってていいのだろうか・・・・・

まあ、二月、三月、四月、五月と滑り込みながら結論を出そう。今はカットで基礎を固めよう。衰えた筋肉と相談しながら滑ろう。そう、トロント時代のゴルフの練習と同じだ。一月はウェッジと九番、二月は八番と七番と練習を重ね、シーズン初めにドライバーが打てるようにする

仲間たちが中級のゲレンデへ移動したあとスノーモービルが走った跡をみつけた



幅は一メートルくらいだろうか、山から谷にむけてほぼまっすぐな線がついている



この線を中心にして上体をつねに谷に向け小回りですべった

http://www.youtube.com/watch?v=Z7wIJ6mVD0Y&feature=related

上の動画よりもっと小回りでもっと速く滑ったと思う

左板がずれることがあったがまずまずで気分良し

六本目を滑り終えて仲間が行った中級のピークにカメラを向ける。何枚も撮った写真のなかに仲間が写っているのがあった



七本目は小回りをやめて中回りですべった。

http://vision.ameba.jp/watch.do?movie=812879

上の動画よりもっと大回りでもっと遅く滑ったと思う。

谷側の板にきちんと乗りきってから回転するのだが左板に乗っているときがきつい。回転して右板に乗るとほっとする。しかし右板に乗っていてそこから回転するとき左板が遅れて回転が乱れる。八本目、左の腰骨、太もも、ふくらはぎ、足のすべての感覚が鈍い。これ以上滑ったら転倒するだろう

十一時

ロッジに移りウィスラービールラガー(小瓶)をのむ。今シーズン初のアフタービールであるがまあまあの滑りができたあとだったので旨かった

しばらくすると仲間が四人やってきて一緒に昼食をとった。仲間のうち三人が食事を終えたあと二、三本すべるという。参加しようかと思ったがビールを飲んだし左のふくらはぎが硬いのでやめた

再びすべりにいく三人は全員アラコキである


アラコキ・・・around 古希 
男性メンバーの中でおのまが最年少。誤差の範囲だが(笑)

帰りのゴンドラで西バンクーバーをパチリ



拡大



BC大学がある半島のはるかむこうにバンクーバー島がみえる



バ島の面積は九州の十分の七で四国の二倍ちかくある



バ島にはジェイモートンが逝ってからあと行っていない

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