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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

スキー 十二日目 2011・1・18
本日は二百四十枚も撮ってしまいました。

前回の整理が終わっていないのに無謀。

帰りのゴンドラから撮った下界です。



同じ景色が日により時間により違って見えるのが面白いです。
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スキー十一日目に撮った写真


先日撮った百数十枚の写真の整理が終わっていません

撮ったときには気がつかなかったものが写っていたりするのでおもしろいです

上の写真は原版の明度を思い切り落としたものです

原版はこうです



人工雪が写ったか、レンズについたか小さな斑点が見えます








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スキー11日目 11・1・11 前編 

ことし初めてのスキーである

スキー11日目と書いたが10日目のことを書いていない。10日目はシーモアに行ったのだが事情があって滑ることができずに下山した。だから本日はスキー十日目と書かないといけないのかもしれないのだが、たまたま2011年1月11日と1がそろっているので曲げて11日目とした

さいごにすべったのが12月29日だからほぼ二週間である。この間まったくスキーから離れていたわけではなくユーチューブでスキーレッスンをみながらイメージトレーニングと筋トレをした

いちばんよくみた動画はこれである:
http://www.youtube.com/watch?v=6E_TEg41zL4&feature=related

動画にあわせながら体重の移動を意識しながら屈伸を繰り返したが、十五分もやってると太ももがいたくなった。情けなや・・・

むろんスキー靴も板もはいていないし、そして雪の斜面でなく平らな床の上でやっていてそうなのだから実際に滑ったら何分もつのかはなはだ心細くなる

1月11日、朝。山に雲はないが行くのが億劫に感じられる。きょうもイメトレにしとくかと考えたが予報だと明日からまたしばらく天気が悪くなるらしい。八時、自転車こぎをする。ペダルを六十回ふむと息があがった。情けなや・・・

それでも三セットやった

八時半、スキーウェアを着る。ウェアを着おわったら息があがっていた。情けなや・・・

車に板を積む。車のガラスは凍りついている。湯タオルで拭くがふいた先から凍っていく。山までわずか四キロちょい。ままよ、視界不良だが発進。ワイパーを動かしっぱなしで走ったのだが二キロくらいで氷がなくなった

九時、グラウスの駐車場。五分の入り。一台分のスペースを置いて駐車

車から降りたらスペースの先にある車のご婦人と目があったのでグッドモーニングと挨拶をするとご婦人はうれしそうな顔をして、今日が初めて滑るのだといった

「今シーズン初めてということですか?」
「そう、あなたは?」
「今日が十回目かな、あまりこないのですか?」
「いいえ、ふだんは毎日滑っているわ」
「ああ、旅行でもしてたんですね」
「そう。ではお先に」

スキー靴に履きかえてゴンドラに向かう。さきほどのご婦人が座っていて、トレッキングをする男性と話をしていた。軽く会釈し窓から狼を撮る。きょうはリーダーの黒い狼・♀がいた




ゴンドラを降りてしばらく写真を撮る。さきほどのご婦人が降りたすぐのところからスキーを履いて滑り降りていった。元気なものだ。途中からのぼり坂になるからおのまは板をかついで歩くことにしている



ザラメと片栗粉の間でまずまずの雪質だが柔らかくて靴がずぶずぶもぐるところもあった。零下四度だそうだが風がないので寒くはない

カットはグルームされたばかりでクラストは見当たらない



硬すぎず柔らかすぎずとても滑りやすい雪だ。ふだんは中回りですべることが多いのだがきょうは最初から速度をあげ小回り気味で滑る

緩斜面からちょっと急斜面になるところにきたらやわらかい人工雪が数センチたまっていてブレーキがかかった。いったん腰を落として板にきちんと乗り、ついでふんわりと雪の上に浮かびあがる。リズム乱れず気分良し

ターンすると雪が元の厚さにもどっていた。両腕をそろえて前にだし上体を下界に正対させふたたび速度をあげる

リフト乗り場まで百メートルあたりでがりがり雪にぶつかった。エッジをきかしてターンすると元の雪質にもどった

そういうわけで、ゲレンデはおおよそ三種類の雪があり、滑り方も三種類になったのだが、初級者用のゲレンデでもこうして雪の変化にあわせリズムに乗って滑っていると上級者になったような気がしてくる

じぶんがどんな格好で滑降したか分からない

こうでないのは確かである



気分はこうだ





女医スキー うんにゃ ジョイスキー JOY SKI 

バレリー・アビサロビッチ・ゲルギエフの気分である・・というと気障か
http://www.youtube.com/watch?v=rCGQdjdGv2A&feature=related

ゲルギエフ曰く 退屈な仕事をするな・・・・ 
なんでもそうだ。日々を新たに生きる
http://www.youtube.com/watch?v=63agCn1pGwg&NR=1


面白くて笑った。二度目の演奏は三秒ほど早い
http://www.youtube.com/watch?v=Pu4rKpjD1A0

こちらは正統な剣の舞(小沢征爾)
http://www.youtube.com/watch?v=IAR9IzepFwI&feature=related

おまけ
これをみたら気分が軽くなることまちがいなし
http://www.youtube.com/watch?v=4dUp12tGMJ8&NR=1&feature=fvwp

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スキー11日目 11・1・11 写真を百枚以上撮り目下整理中です
 
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スキー九日目 丹田法スキー?


三日前ユーチューブで「丹田法スキー」なる動画をみつけた。へそ下に緊張感をもたせ、胸を張り、体をリラックスさせろという説明なのだが何度動画をみてもピンとこない。

おなじく三日前にみつけた「Learn to ski. dk」という十一章にわたるレッスンは分かりやすい。「丹田法」で云いたかったのは第2章で云っていることだろうと思う。

両者がどう違うかを知りたい方のためにこのブログの最後に動画を貼る。

三十年前から思っていることだが日本人のスキーの教え方よりカナダ人の教え方のほうが分かりやすい。


車の運転指導もそうだと思う。

おのまはサラリーマンになりたての頃、東京の運転教習場でとてもいやな思いをしながら車の免許をとった。運転技術を教えるのが目的ではなく生徒の人格を貶めるのが目的であるかのような教官たちは今思い出しても腹がたつ。

この年になってみると、日本の官僚たちは基本的に傲慢無礼なところがありそれが末端に行くとああいう大いに歪んだ形になって現れるのだと分かる。

おのまの三人の子供のうち二人はカナダで免許をとったが習っているあいだに不愉快な経験は一切なかったようである。日本のように教習場で妙にひねくりまわした練習をさせられるのではなく最初から路上で当たり前の運転を教えてもらえる。教習時間も短かいし従って費用も安い。

よく覚えていないがおのまは二ヶ月くらい教習場に通い、二ヶ月分のサラリー(五万円)をつぎ込んだと思う。

一方、長女がバンクーバーで習ったのは教習場に通うのではなく先生が家まで迎えにきてそこで練習が始まるという方法であった。習ったのは十回弱、払った費用は当時おのまが貰っていた月給の十分の一以下であった。

カナダで免許を取らなかった次女は最近日本で取ったらしいが時間も費用もかかったことであろう。

日本は免許を取る時だけでなく、更新する時も時間がかかり、要らないことをさせられ、費用が高く、よって不愉快になる。なんでそういうことになるかというと警察の特殊法人である交通安全協会の利権を大きくするためなのだが、民主党政権はそこにメスを入れることができるかどうか。菅政権ではできないような気がする。

大いに脱線した。


十二月二十八日(火)。一週間ぶりに晴れた。

出遅れた。九時十五分、グラウスの駐車場は満杯で車がウロウロしている。あいているわけがないというような場所がひとつだけあいていた。ラッキー。

山が光っている。



ゴンドラは頂上まで四分のスピード運転。すいているときの半分の時間である。

ゲレンデの方面も光っている。



前夜の新雪が三センチ。気温は零下三度。風がなく雪はやわらかい。歩くとキシキシ音がするような美人雪ではないが上等。

林間コース(中級)の入り口。



好きなコースだが狭いから小回りで滑らないといけない。エネルギーが要る。スタミナがつくまでカット(初級)で滑る。

2006年2月 おのま&ゆうきん@林間コース



学校が休みになる前はガラガラだったリフト。



雲と光とのコントラストがきれいだ。

ボーダーが携帯電話で下界を写していた。




丹田に意識を集中して滑ってみた。

なるほど下半身と上半身との間を基点にして滑るというのは一理あるかもしれない。

今までは何に意識がいっていたのだろうか。足の底とかひざの屈伸だったろうか。

スキースクールのグループがみっつかよっつあってゲレンデは混んでいる。



この年くらいから滑り始めたら上達するだろうねえ。


二本滑ってあがろうと思ったのだがリフトに乗っているあいだにまた滑りたくなる。

空がとても青い。今シーズンでこんな青色は初めてである。




三本目を滑って後ろをみた。


リフト待ちの列が長くなっている。それでも四本目を滑った。

丹田に意識を集中するのはやめて板に乗り切り十分に間合いをとってターンすることを心がけた。気分良し。

雪はボソボソに荒れ、ゲレンデはいよいよ混み、リフト待ちの列はさらに長くなった。

明日も晴れの予報。シーモアに行こうか。グラウスより空いていると思う。


丹田法スキー:
http://www.youtube.com/watch?v=Sxw-_5gasQk

Learn to ski.dk:

0 http://www.youtube.com/watch?v=4ZaJQZwN_50
1 http://www.youtube.com/watch?v=aofTCdhlyyY
2 http://www.youtube.com/watch?v=ssNHAXGVlKs
3〜10省略
11 http://www.youtube.com/watch?v=rFEElBWCesk


丹田って三つあるのか・・・




丹田の本来の意味は・・・


続きを読む >>
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夜間の写真
十二月二十三日(木) 雨

先日の夜間スキーで撮った写真は露出不足で何が写っているのか分からないのがたくさんある



そういう写真でも中間色を調整すると人の姿が浮かび上がってくる



次のも中間色を調整する前はほとんどまっくらであった






編集ソフト:Windows 7 についている Microsoft Office Picture Manager

カメラ:SONY α 200

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スキー八日目

十二月二十二日(水)  朝八時

18ch(天気予報)では雨が降っているとあるが北バンクーバーの我が家は降っていない

窓からみるとバンクーバー方面も降っていない感じ。ここより空が明るい

最近そういうのが多いような気がする。18chダイジョービ?

九時 グラウス着。まだ駐車場には空きがあるがどんどん埋まっていく。ゴンドラは満員。ピストン運転

カットの方向は明るい



はるか彼方の山がはっきり見える



山を拡大



雪はパカパカに固まり光っている



こういう雪が一番苦手である。でこぼこしている雪面と板が互いに反発してバランスが崩れやすい

カットの真上は曇天だがバラード海峡やダウンタウンから南は明るい


冷たい風が吹いていて雪面は硬い。どういう具合でそうなったのか、溝ができているところがある。そんなところへは突っ込まないように滑る

リズムがとれない

左の板が遅れるのはいつものことだが、きょうは右の板も遅れる

おかしいなあ

みたら靴のバックルを締めないまま滑っていた

二本目はボーゲン⇒パラレル⇒ボーゲン⇒パラレルのパターンで滑った

谷側の板にきちんと乗ってからターンする

速度はださない

と・・・

左の板が谷側になったとき上体が山のほうに傾きそのままゆっくり倒れていった

スキーを滑るときは脚は山のほうに傾け上体は谷のほうに向けてバランスをたもつ

上体も山側に向いたら重力で倒れるしかない

おのま衰えたり・・・・

でも曇天で雪面の状況が分かりにくいから幻惑されたのかもしれない


いずれにせよ不愉快



ゲレンデが混んできた。学校が冬休みに入っているせいだ



二本であがることにした

ゴンドラに乗り込んだスキーヤーは数人

気が付くとその中の二人がボールクラブ(バンクーバーのスキー同好会)のメンバーだった。今シーズン初めてメンバーに会った

ふたりともカットを滑っていたという。ウェアを新調したそうでそれで気が付かなかった

ゴンドラを降りてパチリ



二人がコーヒーを飲もうという。ゴンドラ乗り場のそばにスターバックスがある。入ったことがない



中はこんな具合

一杯4ドル90セント 約四百円



ふたりともカットで転倒したという

さきほどまで少々めげていたのだが大いに癒された

他人の不幸は蜜の味・・・・

明日も晴れたら滑ろうかなあ

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スキー七日目
十二月十六日(木) 

午後三時半、外出先から北をみたら山が光っていた。あれなら視界はアンリミティドだ

五時半、用事を終え家に戻り車にスキーを積みグラウスへ向かう

運転しながら左の太ももにしびれがあるのに気がついた。ふくらはぎ、足と下にいくほど感覚が鈍い

ゴンドラは満員。十代がほとんどで三十以上の客は見当たらない

山上の気温は零度前後

こないだのように歩くと靴が沈んでしまうというほどではないがやわらかい




バンクーバーの夜景を撮ったつもりだったがよく写っていなかった




例によってカットを滑る

照明灯が写らないポイントを探しながら降りていく




人工雪が舞っている中で撮ったらこんな風に写った



三脚を使ってシャッター速度を遅くすれば実物にちかい夜景になるのだろう




写真を撮っているうちに体が固まっていた。二本目をゆっくり滑る

雪面は昼のあいだに荒れたままでグルームされていない



やわらかい新雪の下はカチカチに固まっていて良くすべる

新雪がテカテカに固まっていて板がパカパカ鳴る所もある

そうかと思うと新雪がボソボソになって溜まっている所にきてブレーキがかかる

新雪が風に吹き飛ばされなくなっている所が現れ板ががりがり鳴ったときはあせった


雪がどの辺でどう変わるかが分かったので三本目はリズムを崩さないよう休まずに滑った

左の板が谷側になってもできるだけ圧をかけずに滑らせ右のポールで速度をコントロールしていたら右の太ももとふくらはぎが硬くなっていった

硬さはリフトにのっているあいだにほぐれていく

人工雪が滝のように見えたのだがうまく撮れていなかった



体が温かくなってきた。もう一本滑ろうか。滑るのであれば速度を上げ、リズムを失わず一気に滑り降りたいのだがなんとなく気合が入らない。今シーズン初の夜間スキーは三本で終わり
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スキー六日目

 
天候不良がつづくこと一週間。

十二月十三日(月)。

天気予報は雨。しかし我が家は降っていない。

九時。グラウスのサイトは視界バリアブルとある。シーモアはアンリミティド。

行くべし。一万円で買った年間パスがあるグラウスへ。

一万円だから三十三回すべれば一回が三百円になる。一回ごとに買うと四千円かかる。

1973年には既にあった青い小さなゴンドラが動いていた。今日は赤い大きなゴンドラは荷物運搬に使うのだそうだ。



列に並んだときにゴンドラが出発した。残された列は長くないがゴンドラも大きくない。列が動き出した。あとひとりというところでおのまは積み残された。待ち時間計二十分。

十年という時間はあっという間にたつことを知っている。二十年だってあっという間である。しかしなにゆえにゴンドラを待つ二十分がかくも長く感じられるのか。

天才おのま、いつの日にか「時計の時間と実感する時間」という論文を書いてみようか。ベルグソンだったか誰だったかも書いていたと思うのだがそれとは別なものがあるような気がするのだ。

十時二十九分のゴンドラに乗った。



青いゴンドラから見る景色は赤いゴンドラから見る景色よりいいのだがあいにく下界は薄暗い。

西バンクーバー、バラード海峡、スタンレーパーク、イギリス湾、ポイントグレイ、ジョージア海峡。バンクーバー島は雲の中。

きのうのブログでこんなことを書いた。

スタンレイパークにいる韓国軍がこちらをめがけて砲撃訓練をしたらグラウスにいる朝鮮軍が撃ちかえすのは当然であろう。



英語だとバラード海峡はBurrard Inlet ジョージア海峡はGeorgia Strait。 

inlet は英和辞典では入り江とか小海峡と訳されているが、「バラード入り江」も「バラード小海峡」も言いにくい。

海峡:陸地に挟まれた、はばのせまい海 (小学館 新選国語辞典)

ゴンドラを降りる。雨が続いたせいで雪は柔らかくなっている。歩くと靴が潜る。

カットの視界は良い。



ゲレンデはグルームされていない。柔らかい雪と板がせめぎあってザサラ ザサラと音がする。



滑っている方向を変えるには、まず立ち上がって谷側の板にかかっている体重の圧力を小さくする。立ち上がると書いたが前方に押し込んでいる膝を伸ばすと言っても良い。

立ち上がって板への圧が弱くなったら、こんどは膝を元の位置に戻す。沈み込むと言っても良い。

スキーを滑っているときは山側の板よりも谷側の板への圧が強いのだが立ちあがることにより谷板にかかっている圧を弱くし、沈みこむことにより山板への圧を強めるのである。すると山板が谷板に変わる。

上の説明が分らなかった方はこの動画をご覧ください:

http://www.youtube.com/watch?v=EimuZ9qRgwc

上記の理屈はすべる姿勢が後傾でも前傾でも変わらないのだが、今日は沈みこむときに前傾姿勢を強調してみた。

立ち上がる
沈み込む
すねを靴のベロに押し付ける

リズムにのってザサラ雪を跳ねのけている自分が機械になったように感じられる。

リフトに乗る。

林間のゲレンデは地肌がでている。雨の力は凄い。



霧がでてきた。

視界がリミティドに変わっていく。



二本目。

霧の中を機械のように滑っているうちに気がついた。

右の板が山から谷に変わるときは足の底に力強い感じがある。しかし左板が山から谷に変わるとき、そして左板に乗りきったあとにも左足が感じる圧がとても弱い。足の底から太ももにかけての感覚がとても頼りない。

もしかすると足首の角度が悪いのかもしれないと思いボーゲンに切り替えてみた。

ボーゲンを知らない方はこの動画をどうぞ:

http://www.youtube.com/watch?v=d2zHt-eTAk4

たちまちザサラ雪の抵抗が大きくなり、速度がおちてリズムがとれなくなった。左板に乗ろうとして腰がひけた。そのまま右板に乗って山回りで停止。

気をとりなおして右板に乗って滑り始める。左板に乗れた。右板に乗る。ふたたび左板に乗ろうとしてまたもや腰がひけた。

霧はますます濃くなり平衡感覚がなくなる。ザサラザサラと滑り降りた。

二本で降参したおのまを撮る:



上りはゴンドラの右、すなわち東側にいた。下りもゴンドラの右にいたが、こんどは西側である。

西側だから西バンクーバーが見える。



バンクーバー交響楽団の終身名誉コンマス・長井明が入っているキャピラノゴルフが見える。



写真の右にクラブハウスが写っている。左は一番ホール・パー5。打ち下ろしのホールだから楽にパーオンする。でもバーディーをとったことがない。

ゴンドラが狼のすみかの上にきた。この前はシャッターを押したとたんにフラッシュが作動してガラスが反射した。きょうはフラッシュを封印してシャッターを切った。



ガラスの反射はない。でも・・・

あれって狼か。

もしかして羊じゃね?

駐車場は空いている。



おのまの愛車、カムリ3500CC。1995年製。トヨタ最後のステーションワゴンである。



走行距離はそろそろ二十万キロになる。

十五年で二十万キロだから年に一万三千キロ。月に千キロ。日に三十キロ。本日は往復で九キロ。

カナダ横断をした割には少ない。でも今年は廃棄ガスの検査が通らなかった。

廃棄ガス? 排気ガス。

いかれていた部品を取り替えたら千八百ドル強 (十八万円弱)かかった。ことしは歯を抜き、めがねを二回あつらえ、冷蔵庫を買い換え、東芝サテライトを買い、そしてこれから三台目のプリンターを買わないといけない。ゴルフは勝てない。今年は厄年か?

それにしても東芝サテライには参る。きょうのブログも書いてる途中に二度消えた。今は気とりなおして昔のデスクトップで書きなおしている。

車に乗ろうとしたら赤いゴンドラが下りてきた。なるほど何かを積んでいる。

これから登っていっても視界は悪いんだ。気の毒な君たち。

家に戻り、前庭に散らばっている桜の葉を熊手でかき集めた。とても良いにおいがした。

厄年のときは家に閉じこもるのが良い。閉じこもっていても良いことはあるのだから。

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スキー五日目

十二月四日(土)

快晴。絶好の写真日和である。望遠レンズをカメラにつける。

土曜で快晴だとスキー場は混む。早く行かなければいけないとあせっていた。グラウスの駐車場に着いたらカメラを持ってこなかったことに気がついた。

家に戻ればそのあいだに駐車場は満杯になるに決まっている。そのままゴンドラに乗った。カメラを持たないでスキーをするのは何年振りだろう。

カット(初級)を滑る。きのうのキシキシ片栗粉よりは多少やわらかいが美人雪だ。カメラがないからゲレンデの途中で止まる必要もなく一本目から一気に滑り降りた。気分よし。

ピーカン。まぶしい。三月にシーモアで日が当たるとサングラスになるめがねをなくしたのがそのままになっている。

一月にあつらえてすぐなくしたものだから悔しくて、もったいなくて十年以上も前につくっためがねを出してきて使っているのだが、これは日があたってサングラスに変わるめがねではない。今日こそはめがね屋に行こう。

二本目は上村愛子をイメージして腰を落として滑った。しばらくすると太ももが悲鳴をあげた。

リフト乗り場近くにくると雪がぼそぼそに荒れ始めていた。

三本目、四本目はボーゲンとパラレルを混ぜて滑った。ボーゲンで滑ると足首がやわらかく感じられる角度がすぐ分かる。

ボーゲンで滑っていくとパラレルより太ももの負担が大きくなる。だからパラレルに戻る。パラレル⇒ボーゲン⇒パラレル⇒ボーゲンを繰り返していると左の脚が弱いのがよく分かった。

混んできた。リフト乗り場近くのボソボソ度が急に高まっている。ゼロだったリフトの待ち時間が五分ほどになった。

五本目はサイドカット(中級)を滑った。シーズン五日目でここを滑るのは初めて。案の定すいていた。

いつもだと最初から速度を出して滑りきるのだが今シーズン初めてだから自重して急勾配のところはゆっくり降りた。思ったより雪ががりがりだった。

リフト乗り場はいよいよ混んできた。五本であがった。

四日連続で滑ったのは久しぶりである。

サラリーマン時代はシーズンを通して四日滑れば良いほうだった。あの頃は雪の質のことなどまったく考えていなかった。

帰りのゴンドラからスタンレーパーク、BC大学のあるポイントグレイの半島、そして海の向こうにバンクーバー島がはっきり見えた。

ここからスタンレーパークまで十キロほど。ポイントグレイまで二十キロ。バンクーバー島まで六十キロ。

韓国領のヨンピョンドと朝鮮本土の距離が十数キロ。グラウスが朝鮮ならスタンレーパークとポイントグレーの中間あたりがヨンピョンド。

スタンレーパークからこちらに向かって砲撃訓練をされた日にはグラウスの住民は不愉快になる。グラウス側からも撃ちかえしたくなる。

米韓、米日が朝鮮の目と鼻の先で軍事訓練をしているのだから朝鮮だって韓国や日本の近くでミサイルを飛ばしたっていいじゃないか。というようなことであろうか。

戦争が始まるときは一方が正しく他方が正しくないということはない。米国の意向に逆らいにくい韓国と日本であることは分かるが、韓国も日本も、世界中で戦争をしかけてきた米国とは別のルートで朝鮮と意思疎通をはかっていることを切に望む。

日本のマスメディアは朝鮮が悪いと煽るだけではなく、彼らの言っていることをもっと報道すると良い。

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スキー四日目

十二月三日(金)

朝五時。18チャンネル・ウェザーネットワーク。晴。
 
八時四十五分。二日連続であてにならなかったグラウスのサイトはみないで出かけた。ライオンが真っ白に輝いている。駐車場は五分の入り。九時のゴンドラに乗る。

ゴンドラの窓から狼がみえたのでシャッターを押したらフラッシュが光ってしまった。




ゴンドラを降りて歩くと雪がキシキシと音をたてた。今シーズンベストの雪質だ。



林間コースの入り口から雲海が見える。



林間コース(中級)を滑り降りようかと思ったが、まだシーズン初めだ、初級コースできちんとすべりこむのが良いと思い直してカットへ向かった。

写真を撮りながら、雪の状態を調べながらゆっくり滑る。

グルームの跡が残っているゲレンデをすべるのは気分が良い。



グルームの跡がコチコチに固まっているときは板を跳ね返してくるが今日のグルームは板をやさしく包みシュプールに変わっていく。



人工雪が舞っている。
 


二本目を休まずに一気に滑った。
 
片栗粉のようにさらさらとした美人雪はとても軽い。踏み込まなくてもいい。

体から力を抜き、ちょっと腰をおとし雪の上に浮かんでるような気分になり、適当にリズムを取るだけで板が回ってくれる。まったく息があがらない。

みな思い思いのスタイルで滑っている。





写真を撮っているときは滑り方からみて女性だと思ったのだが拡大したら男性だった。






上体の構えを意識している。

初心者は板が左に曲がるときに上体も左にまわすので次に板が右に曲がるときに苦労する。

ボクシングのファイティングポーズやサッカーのフリーキックのスタートなどをイメージして上体を常に谷に向ける気持ちで滑るのが良い。





おのまの滑りに似ている。と思う。かなりアグレッシブで速度が出る。





前傾である。すねを靴のべろに押し付けている感じで滑っている。




やや後傾。重心がかかと近くにあるのではなかろうか。

前傾して親指のつけねあたりに重心を置けという人が多いがプロスキーヤーの三浦雄一郎は前傾姿勢は疲れる、後傾姿勢で滑れという。車の前輪駆動と後輪駆動のようなものだろうか。


 

ひざをくっつけ、板が離れないようにして滑っている。

今は板を少し離して滑る人が多いが、回転のときに片方の脚が伸びきる人には参考になる滑り方かもしれない。

回転しようとして右脚が伸びきっている人。




両脚をくっつけると ↑ のようになれない。






三本目も四本目も五本目も一気に滑った。おのま、まるで十五歳の少年のようではないか、隣のサイドカットに移ろうかと思ったのは一瞬、いい気になってると転んで寝たきりになるかもよ、シーズンは始まったばかり、まだカットで慣らすのだという声が聞こえた。




サイドカット(中級)へは写真の右から入る。カット(初級)より傾斜がありゲレンデが狭いので集中力が要るのだがそれが面白い。

 
バラード海峡を覆っている雲が流れている。

1973年1月、初めてカットを滑ったときはバラード海峡に落ちていくようで恐怖感を覚えたものだ。




気がつくと左脚がつっぱっていた。六本滑ったらあがろうか。
 
リフトに乗ってゲレンデをみていたらまた滑りたくなった。七本、八本と滑った。
 
左脚はいよいよつっぱり、リフト乗り場まで百メートルあたりにくると左回りで乱れる。これで終わりにしようとリフトに乗ったらみたことのある人が滑っているのが見えた。追いつこうと思って又すべったがどうやらそれが最後のすべりだったらしく追いつけなかった。
 
結局十本滑ってあがった。
 
満足。

以下、バラード海峡に落ちていくような思いがするかもしれない写真:









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スキー二日目・三日目
●十二月一日(水)

朝七時。18チャンネル・ウェザーネットワークでは雨とあるが北バンクーバーの我が家は降っていない。
 
グラウスのサイトを見る。視界リミティド。シーモアをみる。バリアブル。

八時、再びみる。リミティドとバリアブルで変わっていない。

九時、十時同じ。しかし、なんとなく予感があった。シーモアがバリアブルならグラウスだってという期待もあった。
 
十一時。ゴンドラを降りて歩くと雪はがりがりに固まっていた。こういう雪は苦手である。



下界は見えないがカットに霧はない。



曇天で雪がノッペラボーに見える。傾斜が分からない。

そこいらじゅうに二十センチほどのクラストがごろごろしてる。三日前より滑りにくい。



がりがり雪は板を跳ね返すからバランスが崩れやすい。慎重に雪を抑えこみながら滑る。

百メートルずつすべるのだが息があがる。まだ残っていた左の腿の痛みが大きくなる。リフトに乗ると外側の筋肉が固まっているのが分かった。
 
二本目、少しだけ速度を上げる。速度を上げてリズムに乗るとがりがり雪の抵抗が弱まる。

下界を覆っていた雲が切れてきた。バラード海峡がところどころ光っている。




リフトに乗ると左の外の筋肉はほぐれていたが今度は内側が硬くなっていた。
 
三本目、あいかわらず百メートルごとに休みながらすべる。だんだん息があがらなくなってきた。

四本目、少し暗くなったが相変わらずゲレンデに霧はない。

更に速度をあげてすべっていたら、左にターンしたときに左の板に大きな衝撃を感じた。ちらっと見たら三十センチ以上のクラストだった。一瞬だったので転ばずに滑りぬけられた。
 
もう一本すべるかどうか迷ったが、まだまだシーズン初めだと自重してあがった。
 
家に戻ってグラウスのサイトをみたら視界リミティッドのままであった。おのまがグラウスの社長ならほんじつの担当者は首である。

●12月2日(木)

朝八時、きょうも雨が降っていない。
 
グラウスのサイトを見る。視界リミティド。シーモアを見る。視界アンリミティド。いくらなんでもそんなに差があるか?
 
十一時半、両山のレポに変化なし。空が心なしか明るくなっている。昨日の今日で疲れがとれていないかと思ったが出発。
 
十二時、グラウスに到着。

ゴンドラを降りて歩くと昨日に比べると雪がやわらかい。夜のあいだに新雪が数センチ積もったのだ。


 
やっぱりカットの視界はリミティドではなかった。

きのうより明るくて滑っていて傾斜が分かる。



クラストも小さくなっていて滑りやすい。



きょうもバラード海峡が光っている。

 

百メートルから二百メートルすべっては停まってまたすべるを繰り返した。

初日、二日目のように耳の奥ががんがんすることはなかった。

四本目をすべると体が柔らかく感じられた。

五本目も何度か停まり脚の様子をチェックしながら滑ったが異常はない。
 
スタッフが観光そりの練習をしている。


乗ってみたいか? うんにゃ。スタッフが未熟で手を離したりしたらさぞかし怖かろう。
 
六本目は休まないで一気にすべり降りようと思った。

リフト乗り場まで二百メートルの地点、右板に乗ったら二十メートル前のボーダーがこけるのが見えた。そのまま右板に乗り続け山回りして停止。滑り続けてもいいのだがなんとなくリズム感がなくなったのだ。
 
七本目、速度を上げて滑った。

リフト乗り場にあと百五十メートルのところで、左の板を山側から谷側に変えようとして違和感を感じた。

左脚にはいつもかすかなしびれがある。だから歩いても左脚から疲れ始める。

谷側になった左の板の踏み込みが足りない。左の板からあやふやな感じがなくなりしっかり踏み込むまで一秒か二秒だろうか、長い時間に感じられた。

山側にある右の板を踏み込む。これはスムーズにいった。

ふたたび左の板を山側から谷側に変える。やはり遅れた。停まったほうがいいか。リフト乗り場まであと百メートルだ。

停まるな。すべり切れ。がんばれ。

がんばれ、あと二十メートル、あと二十メートル、あと五メートル、あと五メートル、勝った。勝った、勝った、前畑、勝った。
 
若い方は前畑秀子をご存じないかも。おのまが生まれる前の出来事なり。なんでもいい、めげそうな時にはご覧になると良い。: 


http://www.youtube.com/watch?v=7GgWI1i5kj8
 
 
リフトの乗り場に向かうとき左脚が棒のように感じられたが、今シーズンもなんとか滑れそうだ。

それにしても昨日、今日とグラウスのスノーレポートはどうしたことか。アンリミティドにしても良い視界だというのにずっとリミティドだった。
 
一時頃から粉雪が舞い始めた。天気予報では明日は晴れ。最高のスキー日和になるかもしれない。


スキー初日・十一月二十七日に比べたら断然進歩した。初日は二本しか滑れなかった:

一本目:百メートルくらいをゆっくり滑って停まったら耳の奥ががんがんしていた。

 
二本目:左の板が山側から谷側に移る時にひっかかった。辛うじて体勢を保つことができた。
 
リフト乗り場にきてスケーティングで滑った。鎖を引っ張っているように重かった。
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スキー初日
秋になってから十年ぶりにゴルフモードとなり、おかげでスキーのことをすっかり忘れていた。
 
11月20日(土)の昼すぎ、ほんじつがグラウスオープン初日だと知って出かけた。駐車所は五分の入り。靴をはいていざと思ったらポールを持ってくるのを忘れてた。
 
そのままデスティネーションスキーへ行き板のマイナーチューンアップを頼む。エッジにさびが出ていたのだ。月曜にはできるだろうとたかをくくって行ったのだがギッチョン。木曜になると云われた。
 
木金とグラウスの視界はリミティッド(不良)。
 
11月27日(土)視界バリアブル(様々)とあった。グラウスのバリアブルは限りなくリミティドに近いのだが昼ごろに出かけた。だんだん空が明るくなってきた。キャピラノ通りをどんどん車が登っていく。悪い予感がした。駐車場に着くと案の定満杯。そのまま引き返した。
 
28日(日)。視界 アンリミティッド(良好)とある。我が家から見える山は確かに良い。でもこの山の右(東)にあるグラウスはいつも下界から吹き上げる霧を受け止めるような役割を果たしているから行って見ないとわからない。



八時四十分に家を出て九時のゴンドラに乗る。駐車場は八分の入り。

 
シーズンはじめはいつもおっかなびっくりである。年ごとに体力が衰えている、いつか滑れなくなる日がくる、それはもしかすると先シーズンだったかもしれない、などと思いながら初級者ゲレンデのカットに向かう。



視界アンリミティッドとあったが実際はバリアブルであった。二百メートル先は見えない。

百メートルくらいをゆっくり滑って停まったら耳の奥ががんがんしていた。つごう三回停まってカットをすべり降りた。リフトの待ち時間はゼロ。

 
二本目。人工雪が舞っていてめがねが曇る。めがねをはずす。目が痛くなる。視界が限りなくリミティッドに近いバリアブルになってきた。霧の中で滑っているとバランスがとれなくなってくる。片足で立って目をつぶるとぐらぐらしてくるがそういう感じになるのだ。
 
左の板が山側から谷側に移る時にひっかかった。こんなところで転ぶのか、みっともないと思ったが辛うじて体勢を保つことができた。
 
そのまま霧のなかにたたずむ。息が上がっている。左の腿がかすかに痛む。上からクイクイと滑ってくる若者を見る。スタミナの差だねえ。
 
三分ほど休んで若者の気分になりクイクイと滑ってみた。気分だけはね。それでも一気にすべると気分は良かった。リフト乗り場にきてスケーティングで滑ったのだが鎖を引っ張っているように重かった。霧がどんどん濃くなっていくのであがることにした。

今シーズンの初すべりは二本。帰りのゴンドラはガラガラ。スキーヤーはおのまを入れて二人だけであとはトレッキング愛好者と観光客だった。



一日たち月曜日の夕方になると左の腿が痛くなってきた。昨シーズンもそうだったのだがあきらかに脚力が落ちている。
 
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スキー27日目 ・ 腕の構え

四月十八日(日)でもってシーモアスキー場の今シーズンが終わった

その日のシーモアはべたべた雪

へとへとになったおのま、今シーズンはこれで終わりと決めた

雷鳥さん(グラウス)はいつだってシーモアの雪質に敵わない

下界からみあげるとおのまの頭よりひどい様相を呈している

どこをどうすべれというのだ

育毛剤を使うと流れて目に入ったりするのでこの頃は何もしていないおのま

この方はどうされておられるのだろうか

 出典:ラ・ターシュに魅せられて



雷鳥さんもこれほどひどくはない




今シーズンはこれで終わりと決めた

ところがぎっちょん、雷鳥さん

金曜から土曜にかけ11センチ、土曜から日曜にかけて2センチ降ったとな

土曜は一日中視界不良で行く気ゼロ

二十五日(日)も視界不良

やっぱり十八日が最後だったかと部屋のかたづけを始めた

昼すぎになると表があかるくなった
 
一時すぎ雷鳥さんに着く
 
雪はアイスクリームの硬さがあり、十八日のシーモアより断然良い


 
ご機嫌で滑り出したが、カットは半分でカットされていた



ゲレンデの長さは三百メートルほどしかない

はじめの二百メートルはチョー感謝面・・・・緩斜面

チョー初心者に感謝されるチョー緩斜面だがチョー中級者おのまにはチョイ退屈

アイスクリーム雪とは云ってもそこは春の雪。ひねもすのたりのたりかな

カタツムリになったようで一向に面白くない

思わず腕を前にだした

雪面をポールでひっかいて加速するヒッカキスキー

手を前にのアルゴリズム体操スキー

http://www.youtube.com/watch?v=s2EMRVc04xo

せりさんが軽蔑したあれって、べた雪だったから思わずやったんだ

正しい滑り方だったんだ。ブイ



でも、どこかでせりさんが見てるといけない

三本目からはスケーティングでもって速度を上げることした

リフトからみてるとスケーティングをしているのは大概がガキンチョ

チョー中年おのまとしてはやりたくない

でもやってみると速度はでるし、おお、板がもち上がるではないか

チョー緩斜面200メートルのあとはチョイ緩斜面100メートル

普段は中曲がりで滑るのだが今日はゲレンデが狭くなっていてはみだす

直滑降に近い小曲がりで滑る

早口ことば

おおまがり なかまがり こまがり

下界に近づいた分だけ雪が柔らかく、ゆっくり滑るとブレーキがかかる

速度を上げ、板をしっかり雪面に押し付けることに意識を集中させて愛子すべり

気分はね
 
四本目を滑ったあとリフトから登山をしているカップルを発見



二人の距離はどんどん開いていった



春の雪山登山って面白いのか、はたまた退屈なのか

おのまはやったことがないので分らない

遭難している風にみえるのだが



雷鳥さんでも遭難はある

四月八日(木)に日本人(♀60歳)が遭難し翌日発見された

遺体はリフトの近くにあった

あの日は風のせいか午前中は操業していなかった

操業していなかったというのにどうして彼女はそこに行った

リフトの近くなのに発見が遅れたのは何故

ミステリー作品のネタがそろっている

五本すべってあがる

ゴンドラを待つ間、片足で立ってスクワットの練習をした

中腰のまま伸びたり縮んだり

右足だと三十回、左足だと十回で太ももが痛くなる
 
氷点高度が1200メートル、風が冷たいので雪質はしばらくもつだろう

でもおのまはこの日をもって今シーズンはオシマイ

べた雪を滑ろうという気力が無くなっている


長女からのコメントがあった

連続写真有り難うございました。
ちょっと上半身が外へ傾きすぎかな。
カービングを意識してエッジを立てるようにしてるつもりなんだけど意識し過ぎかもしれない。
足も肩幅くらい開いて腰を落として滑った方が今どきっぽいね!

ウィスラーではその辺り意識したら上手に滑れたよ。最後の滑りが一番良かったなー。
| アラフォーの娘 | 2010/04/26 3:29 PM |

このままで良いんじゃない?



足を肩幅に開いて腰を落とすと板と雪面とが常に押し合って安定感がでる

このときだってバランスはまったく崩れなかった





でも格好悪い

でも・・・

上村愛子は格好良い



迷いの多いシーズンだった。でもでもシーズン・・・・


クリックすれば愛子すべり
クリックしないと豚すべり
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ちなみに先に載せた写真の派手なウェアは次女のもの

次女も長男も長い間滑っていない。長女も今回が三シーズンぶり

おのまも十年ほど滑る余裕がなかった。時間も金銭も気持ちもきつかった

日本の大衆の多くはまだまだ余裕がない・・・・

気のもちよう以前のものがあることは確か

シーモア山を滑り終えて駐車場にもどる長女&ゆうきん


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滑る時の腕のかまえ方
四月二十二日(木) 

長井せりさんからおのまは腕を前に出しすぎていると云われたので、それは上村愛子のスクワットを真似しようとした時のことではないかと訊いた



この時は全身を同方向に向ければスクワットの姿勢をとりやすいと思って両腕を前につきだしたのであって、ふだんはしてない



いやおのまはいつも腕が前に出ている

そうかなあ

2009年3月@グラウス





それほどでもないと思うのだが

せりさんはどうか

おなじ日の写真





ムニュ

おのまより腕の位置が安定しているかも・・・・・

アラフォーの長女はどうか 

2010年3月@シーモア



















アラフォーも腕の動きが少ないみたいだね

上体を常にフォールライン(坂でボールを落とすとボールが落ちていく線)に向けることに集中するため腕をうしろにだらんと下げ、ポールを使わないで滑ることがある




だから上体がフォールラインに向かって滑る癖はついていると思うのだが、ときどきスピードを出そうとして谷側の肩をぐいと入れポールを体の中心にたぐり、上体を前へ前へと押しだすようにして滑ることがある。それが普段の滑りにもでているのかもしれない

そういえば先日は胸を張って滑ろうと書いた。両腕を前にだしたら胸は張れない。日頃から肩甲骨を寄せて胸を張る姿勢を心掛けてみよう

来シーズンは筏(いかだ)すべりを多くしてみよう

私は筏:

http://onomar.jugem.jp/?day=20070206


クリックすればいかだすべり
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昨夜はグラウスに雪が降り11センチ積もったという 

今日も雪模様で視界不良とある。晴れたら行ってみる

今シーズンのグラウスが五月ニ日まで開いているのは来シーズンの年間パスが今年はまだ売れ残っているからだと思う
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スキー26日目・上村愛子を追え
4月18日(日) シーモアスキー場は今日がシーズン納め

朝8時、視界不良とある。空も暗い。今シーズンは昨日が終わりだったかとあきらめて上村愛子の滑りをユーチューブでみる。昨日から今日にかけて愛子をストーカーするおのま

小気味良いすべりを見ていると嬉しくなり笑いたくなる

http://www.youtube.com/watch?v=ZSVNIoXMrss&feature=related

おのまの格好悪い滑降とくらべて考えた



来シーズンはこうしてみよう

1 両膝をくっつける・・・スクワットを意識すると重量挙げのスタイルになるようだ

2 短いポールを使う・・・そうすればもっと低い体勢になるだろう

3 直滑降できる斜面ですべる・・・・曲がりくねった斜面には向かない格好かもしれない

10時、空が青くなってきた。雷鳥山を覆っている雲も消えそうだ

10時40分シーモア着

ミステリーピークの視界無限



To be to be ten made to be (飛べ飛べ天まで飛べ)





写真撮影を頼む
















なんとか伸び上がらずに滑ったが筋肉が固まった感じになって体重移動が難しかった

写真をみると膝は離れていてボーゲン風になっている。筋力と柔軟性とを改善しないといけない

おのまが笑っているのは雪が重くて滑らないので苦笑しているのである

今シーズンはこれにて終わり

これからの課題:

両膝をつけてスクワットする

足首を柔らかくする

上体を丸くせず胸を張る

めざせ 上村愛子@1998年 長野オリンピック 7位



クリックすれば愛子の滑り
クリックしないと豚滑り
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スキー24日目・ ヒヨコ (chicken ・臆病)
四月十四日(水) 八時

前日から気温があがっている。下界は十度、山も五度ある。さぞかし雷鳥さん(Grouse Mountain)はぐずり雪だろう

視界はバリアブル・色々とある
 
雷鳥さんのバリアブル・色々はリミティッド・不良ということだ。こないだなどはアンリミティッド・視界無限とあったので行ってみたら十メートルも見えず、こうなると雷鳥というより鷺である

シーモア山は逆だ。視界リミティッド・不良とあればバリアブル・色々である。民営と公営との差、商売っけのあるなしの差であろう。どっちがいいのか分らない
 
八時四十五分 ゴンドラ乗り場についてがっくり。行きたくないという気持ちが働いていたに違いない。家にもどって出直し。靴を忘れたのはこれで二回目。片道4.7キロだがおなじ道を往復するのはいやなもんだ
 
案の定、視界不良



霧が目にはいってきて涙がでてくる

二十メートルずつの尺取虫すべり

雪は思ったより良い



二本目

様子がわかってきたので五十メートルずつ滑る

リフト乗り場近くにくると視界が開けてきた。土が出ている


 
晴れてきた、よし、こんどは一気に滑ろうと気をよくしたのだが、リフトに運ばれていくと中腹から上は真っ白け。気がなえた

ゴンドラに向かう途中で丸っこいからだつきのおじちゃんに「滑れたか、雪はどうだった」と訊かれた。おじちゃん、スキーをはいてないが観光客のようでもないし、何でこんなところに一人でいるのだろう
 
ゴンドラのドアが目の前でしまった。ほんの一分の差。タイミングの悪いときはこんなものだ

さっきのおじちゃんがやってきた。手に靴を持っている。妻の靴だと云った

やがておじちゃんの妻が板をかついでやってきた

「こんな日には滑らないわよ、滑っても意味がないわよ、ええ、アタイはヒヨコよ」 
 
「わいもヒヨコや」と応える
 
このおばちゃん、月曜に見かけた。スピードはないがしっかりパラレルで滑っていた
 
「こないだあんたの写真を撮ったぜ。ダチの乗っているリフトのすぐ後ろに乗っていたんでな」

「あらそうかい、その写真ハリウッドに売っても、タイムに送っても構わないわよ」

「写真を送るからメルアドを教えてくれ」
 
おばちゃんが書いてるのを覗く。やけに長いメルアドだ

渡された紙をみてギョエ、長いはずだ、番地がはいっている。PCはないという。プリントして郵送しないといけないんか
 
ダンナはテレパスらしい。郵便代だといって二ドルコインを出した

いやいや結構と断ったのはニッポン男子のやせ我慢。武士はくわねど爪楊枝。妻は用事で外出中

ん?・・武士はくわねど爪楊枝?・・・・武士はくわねど高楊枝(たかようじ)だ・・・
 
「アタイがいくつにみえる?」

こういう質問はまともに答えちゃいけない。「さあ」といって相手の答えを促す
 
「93歳よ。ハズと同い年。ハズは二年前にスキーをやめた」
 
「とてもそうはみえない」と云ったが、なあにしっかりみれば見えないことはない
 
「お前は何年スキーをやっている?」
 
「二十で始めた。・・・かれこれ二十年滑ってるかなあ」
 
「四十歳か、私たちがスキーを始めた年だ、お前は私より半分の年なんだ」
 
冗談が通じなかったか。おばちゃんの美しい誤解を訂正しなくても罪にはならないだろう

考えてみれば、三十代の時は滑らなかったし、年に二十日いじょう滑るようになったのはこの数年である。かれこれ二十年と言うのがまったくの嘘だとはいいきれない、40歳だと思ったのは相手の勝手だ、と自分に都合のいいリクツをこねる産経記者のような今朝のおのま

考えなおした。今まで20シーズン滑ったとする。最近の6シーズンは30日ずつ滑ってきたとして180日。残る14シーズンは平均するとせいぜい10日だろうから140日。合計して270日。なんということはない、1年も滑っていない。今度訊かれたら、20歳から滑っていて、スキー歴は1年だと答えよう
 
そうこうしているあいだに空が青くなってきた。ゲレンデに戻ろうかと思ったが話に引っ張られてそのまま下界へ降りた

「お前の名前はなんという。聞いてもすぐ忘れるんだけどさ」と好奇心旺盛にして正直なおばちゃん

♀が♂より長生きするのはおしゃべりだからだろう。どうでもいいことをしゃべって時間を埋め、しゃべったはなから忘れていくことで脳の健康を保っている。To be or not to be と悩んだり、日本はアメリカに捨てられる、お前のせいだと怒る♂とはだいぶ違う

おなじ♂でも内閣が変わるたびに首相の悪口を書いて喜んでる新聞記者はさぞかし長生きすることだろう。口からでまかせ、どうでも良いことをさもオオゴトのように書き、根拠のない自己満足で満たされてる日々。マスゴミといわれても気にしない鈍い神経。早死にするわけがない

えっ、新聞記者の悪口を書いているおのまはその上を行くだろう? おぬしできるな
 
家にもどり写真を二枚プリントした。216x279mm。下の写真の四倍くらいのサイズ

堅い紙と一緒に大型封筒にいれて送った




 
雷鳥さんでピンクのウェアをきて滑ってるおばちゃんをみかけたら Hi Anne と声をかけたら良い。キャファテリアで右耳に補聴器をしているおじちゃんをみつけたら、Anneを待ってるのかいと話し掛けたら良い。きっと良い時間になるだろう

クリックすればヒヨコ
クリックしないと豚
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スキー23日目・ 春の雷鳥さん
四月十二日(月) 十度。

雷鳥さん (Grouse Mountain) 昨夜は5度、氷点高度1800メートル。さだめしグサグサの雪になっていることだろう。

昨日シーモアでガチガチ雪を楽しんだばかりなので気が進まないが、もっと悪くならないうちに一本でもすべるかと出発。
 
九時前、ゴンドラでコーノさん、よっちゃんと一緒になる。今シーズンは雪が少なく、ボールクラブのメンバーと一緒になることが少なかったが四月に入りようやくという感じである。
 
昨日シーモアから帰ってきてスキー帽を洗ったのが朝になっても乾いてないので帽子をかぶらずに行った。よっちゃん、おのまの頭をみてなにやら感慨にふける面持ちであった。レ・ミゼラブル・・・ああ、無情・・・ああ、無●・・・・完全に無いわけではないんだが・・・いっそのこと剃ってしまうか
 
グラウスのロゴの入ったスキー帽を買う。2割引きの22ドル39セント。黒。上級者でないとかぶってはいけない色?



雷鳥をかたどったとおぼしきロゴがしゃれてる。



この帽子に負けないようなスキーヤーになろう。
 
よっちゃんたちがリフトであがってくるのをまち、まちの景色とともにパチリパチリパチリ・・・






 
そのままふたりが滑ってくるのをまった。またパチリパチリパチり・・・・












 
風が冷たく雪は思ったよりしっかりしていた。片目の、いや硬めのシャーベット。風次第だが朝一なら今週一杯こんな雪質がもつかもしれない。

ところで、今日をふくめてさいきん三日間のスキーでは滑っているあいだにゲレンデの傾斜が気にならなくなっている。上村愛子のスクワットをイメージしたのがきっかけだと思う。

目の前、数メートルの雪に集中し、ひたすら雪面と板とが押し合いつづけることを意識し、リズムよくすべる。

どういう格好で滑降しているかは考えない。どんな格好でもいい、しっかり雪をとらえてコントロールの効いた滑りをしていると傾斜が意識から消えていく。

昨日は硬い雪をすべりながら、ピアニスト・江口玲もこんな境地で演奏しているのだろうと思った。ゲレンデという楽譜をなぞっているのだが、自分のリズムと色、そして何よりも自由自在の気分で満たされていた。
 


三本滑ったところでジョージと未知の♀スキーヤーに会った。初めまして、と挨拶をしたら相手も初めまして南ですと云った。南(なん)だ南(みなみ)さんか。互いにボケたか。
 
四人の滑りをパチリ、パチリ。







ん?コーノさんが写っていない。

四本目を滑ったあとで、アングルを変えて四人を撮ろうと思ったら四人はおのまを置いてエクスポ(中級)の方へ去った。
 
カット(初級)の王様おのまはそのままカットに残った。

エクスポはいろんな方向から人が飛び出てくるから敬遠している。

五本目。カットの下半分は両目のシャーベット(硬めのシャーベットの反対)になっていた。
 
九時五十分、あがる。
 
ゴンドラからみる下界はうらうらとした空気でくっきり浮かび上がってこない。



獅子門橋。猫・ゲンキーが伸びをしているみたいだ。



ゴンドラの中に中南米のインディオらしき観光客がいたので狼がいる場所を教えた。

かれらが柵にちかづくと狼が寄ってきた。波長が合ったようだ。



こうしてみると狼っておおきいものだ。

クリックすれば狼
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おまけ。

カットキングオノマがお送りするナットキングコールの星屑。ナットキングコール、発音が丁寧だね。http://www.youtube.com/watch?v=DtZKwp6cjd4
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長女のスキー 7 ハプニング・1987

Happening in Silver Star



一家五人は D リフトで山頂までのぼりをすべっていた



やがて子供(三人)が C T Bar ● で滑りたいと云うのでふたてに分かれた

オトナ(二人)は 子供たちは● 

Tバーに乗る次女 ↓



皿のようなものに尻をのせてひっぱってもらう



3時過ぎそろそろリフトが止まる

最後の一本を降りてくる途中でみあげるとDのリフトに長女(15歳)と次女(13歳)が乗っていた

ゲレンデの下で待ったが降りてこない

暗くなった

オトナ: 大変ダー
長男(11歳): オラシラネー



Dのリフトを降りた時がくせものでうっかりすると右のほうへ行きGにたどりつく






二人がGに着いた時は暗いしリフトは止まっていた
聞くも涙 語るも涙の迷子道中が始まる

ここで一寸感心するのは二人で励ましあいビレッジの方向を見極め歩き出したことだ
パニック寸前の方向感覚は、ウン、中々良かった

Gからビレッジまで歩くと結構アルノダ
疲れたよう−
泣くな!
迷い込むと大変な山、森



ビレッジに着いた時、一人は泣いた


シルバースター@2010



ハプニングがおきたのは↑の左のほうのゲレンデであった

最後に泣いたのが長女だったのか次女だったのかを覚えていない

暗い道で次女を叱咤していた長女が泣いたのかもしれない

山や森のなかで迷うのは昼でも恐ろしい思いにかられるものだ

シルバースターでのハプニングを思い出すたびにゾッとする

クリックすれば無事な道
クリックしないと豚の道
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長女のスキー 6 バーノン 1987

1987年三月、バンクーバーから四百数十キロ東にあるバーノンのスキー場へ行った。さらに八百キロ進むとカナディアンロッキーがある



大きな地図で見る


クリックすると地図がでます

黒潮のせいで湿気が高いバンクーバーに比べてバーノンは乾いていて雪質が良いと聞いてでかけたのだ

片道五時間ほどの距離であるが、途中で一泊したようである

1987     March Break (春休み)
愛車を駆ってVernon は Silver Starへ行く 
オイ本当に雪があるんだろうか 
一寸暖かくて全部溶けちゃったんじゃなあい





長女:龍(たつ)!!ちゃんとカメラに向かって
長男:口の中でガムが溶けそうだ
次女:溶けたに決まってるじゃネーか 雪だって




会話はおのまの創作であるが当時の雰囲気がよく現れている
長女は次女、長男に対してボスのようにふるまっていた
ニ、三年たつと長男、次女は長女より背が高くなり三人の関係は微妙に変化していく

走れども走れども山には雪がない 
もう駄目かと思いきや山の中のSilver Star はこの通り ↓
新雪も加わりすべり易いこと 皆一流スキーヤーに変身





説明があとさきになっているが、滑る前に宿にチェックインしている

予約していた宿の汚いこと
エ・・これが1泊100何ドル?
Villageを回ると やったぜー
きれいなモーテルにかかっている VACANCY !! の看板
2泊しかあいてないというが移る
そのあとあかなきゃ帰ればいいんだ
結局そのあとも泊まってよろしいということになり快適なスキーに終わった・・・・
かというとこれが又ハプニングが起きたのだ → 次頁へつづく



汚い宿をみたときはがっかりしたものである



宿の代金は旅行代理店に払い込んでいたがあとで返してもらった。旅行代理店のオーナー夫妻とは数年前から親しくなっているが、先方はこの話を知らないかもしれない

脱線したくなった

当時乗っていた車はスバル・ステーションワゴン・1800CC



4WDはぜいたくだと思い2WDを買った。手動式変速

おのまの部下はスバルを見て荷物車ではないですかと言った。彼はトヨタ・カムリ・2000CCに乗っていた

RVというコンセプトを知らなかった無知部下君は神奈川県小田原高校の出。福島県安積高校のおのまに向かって、支店長とちがって僕はシティボーイですからと胸を張ったことがある。冗談で言っているのだと思ったのだが、あるときおのまが小学時代に横浜に住んでいた話をしたら、尊敬のまなざし、というか自尊心が傷ついたような顔に変わった。本気でおのまを田舎者だと馬鹿にしてたのかとあきれた

先輩にも自分はシティーボーイだと胸を張るクセのある人がひとりいるが、なんなんだろうね、ああいう心理。皇族に近づきたがるジンシュに似ているような気がする

ジンルイの祖先をたどるとアフリカの一女性に集約されるという説やダーウインの進化論を知っていれば、小田原とか皇族とかなどはごくごく最近の話でこれからどうなるか分らないのだから特別な感情を抱くこともないと思うんだが・・・・

シティーボーイと胸を張る 君の正体 カマボコボーイ

ちなみにカマボコは小田原産より宇和島産のほうが断然うまい。食べたことのないかたは野中かまぼこ店から取り寄せたらよい。今までたべてたカマボコってなんだったのと思うこと間違いなし。おのまが好きなのはじゃこ天。これがあるとビールではなく、日本酒を飲みたくなる
http://www.jakoten.co.jp/

スバルの小川支店長が日本企業の駐在員が初めてスバルを買ってくれたと喜んだことは前にも書いたがhttp://onomar.jugem.jp/?day=20090518実際に買ったのはボウマックというスバルとボルボの代理店からであった

ボウマックの看板は飛行機から見ても分るほど巨大なものであった

ボウマックの社長・ピーターバークス はゴルフの腕前がハンディ2か3で、去年までショーネシーゴルフのプレジデントを務めていた

ピーターバークスはビジネスをやめ、跡地はトイザラスの店になったが、巨大看板は今でも有ってトイザラスの下にボウマックの字が見える



クリックすればシティーボーイ
クリックしないと豚ボーイ
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ボウマックの看板を撤去すべし、残すべしという論争があったそうである

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長女のスキー 4・ ウイスラー@1973 1986

1986年春、長女の腕が直ったのでウスラーへでかけた。

13年ぶりに訪れたウスラーは大きく変わっていた。


1973年2月22日(木)に滑ったウスラーはひとけのないスキー場であった。

ハイウェイ99のすぐそばにあるゴンドラ乗り場のちかくの小屋で長女を預かってもらい頂上まで登った。頂上にあるラウンドハウスというキャファテリアにはビジネススクールの同級生が三、四人いた。他にはだれもいなかった。

駐車場にもどるには世界選手権大会やオリンピックで使われたフランツ・ランというコースを降りないといけない。このコースは中級コースであるが、かなり急なところがあり三十分はかかったと思う。


1973年のウスラーを知っている日本人は何人もいないとおもう。

百歳まで滑っていた三浦敬三氏の本には毎年ウスラーで滑るとあるが、行き始めたのは1990年代のようである。

まずニ00一年十一月、私のスキーシーズンの開幕です。ここ数年、恒例になっていることですが、十一月にはカナダに渡り、ウッスラーなどのスキー場で足慣らしをして、いったん帰国しました。

「98歳 元気の秘密」(三浦敬三・祥伝社)16頁

ちなみにこの本はスキーをしないヒトにも読んで欲しい本である。人生かくあるべしという本である。健康に関心のある方には特にお勧めする。具体的なノウハウが書いてある。多忙のため不養生になりがちのお医者さんも読まれたらよい。


三浦雄一郎のエベレスト滑降の支援隊長だったドン加藤が1970年代のウスラーを知らないのはまちがいない。1990年前後、トロントで知り合ったドン加藤から、ウスラーのことを訊かれ、雪質ならウスラーよりシルバースターやサンピークスの方がいいですよと教えたことがある。それからまもなく、ドン加藤はケローナに住みついた。

ドン加藤の世界 には素敵な写真がワンサとある:
http://members.shaw.ca/donkato/index.htm


1973年のウスラーをバンクーバーのスキー愛好会・ボールクラブの初代会長さんも知らないのではなかろうか。今の会長さんやメンバーはまちがいなく知らないと思う。

ということで1973年のウスラーの写真を少々載せる:


ハイウェイ99のすぐ横に駐車場があり、ゴンドラのそばに小屋がひとつあった。建物はこれだけであった。ここに長女を預けた。



今は二百コースを越える巨大スキー場であるが1973年のウイスラーは十五コースで今のグラウス・スキー場なみである。もっとも距離はグラウスの数倍ある。



↑ 
А弊弔だ)がフランツ・ランである。


ゴンドラは小さかった。



ゴンドラに終点にあるラウンドハウスも小さかった。





なにがなんだか分らない。 

こんな感じ。




ラウンドハウスの名のとおり丸い小屋で中にはいると全員が見渡せた。




今のラウンドハウスは二千人も収容できる巨大ビルである。




1986年、春。13年ぶりに訪れたウスラーは大きく変わっていた。

ゴンドラ乗り場から数キロさきにウスラー・ビレッジなる村ができていた。

ビレッジの建物は少なかったが1973年の光景と1986年の光景をくらべ、さらに13年後の1999年の光景を想像した。

1986年、14歳の長女の心にウスラーが焼き付けられる。1999年、27歳の長女はこどもを連れてウスラーへ来たいと思う。ウイスラーは一大リゾート地として発展する。


バンクーバーのホテルは夏は忙しいが冬は閑散としている。冬のビジネスを補完するうえでウスラーに出るべし。二つホテルがあればオーバーヘッドコスト(間接費用・管理費用)の効率が良くなる。

そういうリクツをもってホテル・パンパシフィック・バンクーバーのK会長、M物産のY支店長、K組のF支店長にホテルを造ろうと持ちかけた。みんな前向きだった。土地の選定までいった。リフト乗り場のすぐ横の一等地にきまった。

でも・・・

1987年、おのまトロントへ転勤。後任支店長はスキーにもホテルにも関心がなかった。こういう話は銀行が積極的にならないと進まない。話は消えた。

後になってホテル・パン・パシフィック・ウスラーは実現するが、それはおのまが銀行を去ったあと、すでにたくさんホテルができたあとであった。当然のことながら抜群のロケーションではない。

当時のK会長はアメリカ勤務を経てバンクーバーに戻ってきた。いつだったか話をしていたら、あのときやっておけば安くあがったとつぶやいた。

話が消えた理由は他にもあったらしいが、おのまがバンクーバーにいたら解決していたと思う。困難な問題ほどやりがいがある。

鳩山総理、沖縄問題解決と検察可視化のふたつはやってくださいよ。そのふたつさえやれば参院選は乗り切れる。やらなければオセロゲームでパタパタママのパタリンコ。でんぐりかえって、ひょっ。

ウヒョー びっくりして ヒョ
デベロン音頭で まわって ヒョ
ヒョ ヒョ ウヒョヒョのヒョ
デベロン音頭で さわぎゃん ヒョ
なんですと なんですと
デベロン でべ でべ おへそを ヒョと出せ 
ウンと出せ パッと出せ
みんなで 一緒に ソレ ソレ
ウヒョー スッカラカンの デベロンパ

というわけで鳩山内閣はスッカラカンのデベロンパ。後継内閣もパタパタママのパタリンコ。日本はさらに十年、ウヒョヒョのヒョとなる。


1986年春 ウイスラービレッジにて:



こどもたちのウェアや板は格安なのを探し回って買った。板はデパートで買ったのだが、長女は両方とも左脚用と書いてある板を選んだ。よしたらと言ったがそれがいいというので買った。

おのまの帽子は銀行の先輩からもらったものである。この先輩はアラフォーで病死した。

赤いウエアは軽くて暖かかったが、ホームレスの為に寄附した。こういうウェアはもう売っていない。

スキーパンツは今でも使っている。25年目、少々擦り切れてきたが、このパンツをはくと脚が長く見えるような気がして手放せない。

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長女のスキー 3 ・ 脱線 原口幸一・小泉純一郎
昨日はシーモアスキー場にふたりの日本人がいたと書いたが、そのあとで記録をみたら日本人のインストラクターが五人いるとある

シーモアスキースクールには日本人のインストラクターがいる。ジャック黒岩がヘッド マイク朝岡  ヒロ成田  ケンジ遠藤  ユミ須藤。長男は女性についていた。のちジャック黒岩コーチからカナダスキー教科書を頒けてもらう 分り易い本である 

ジャック黒岩の名前は忘れたことがない。偶然リフトで乗り合わせた女性がインストラクターをやっていると言ったのを覚えている。それでふたりの日本人という記憶になったのだろう。

ことほどさようにニンゲンの記憶というのはあてにならない。なにごとも記録しておくにしかず。過去や現在がどうなるということはないとしても、過去の事実を適格に把握することにより未来はどうにかなるような気がする。

脱線したくなった。

日本はブッシュ戦争に加担した事の総括をしないといけない。あのことを検証せずして日本が確固たる未来を手に入れることができないのは自明であると思うからである。

当時の政府やヨイショメディアがどのような言をろうして自衛隊をイラクへ派遣したかを明らかにしないと、ふたたび、みたび同じ過ちを繰り返すと思うからだ。あの時の政府もヨイショメディアも思考というものがなかった。

小泉純一郎は「改革なくして成長なし」と叫んでいたが、政治家は叫ぶのではなく、「思考なくして行動なし」を旨として欲しい。ヨイショメディアはみずからが馬鹿にしている大衆からポイステされることを認識することだ。

ブッシュのプードルと揶揄されたイギリスは総括を始めている。ブッシュのポチ・日本が総括なしですまそうというのであれば国際社会からそれだけの国だとみられるだけである。国連安保理事会で常任理事国になるなどは忘れたほうが良い。

あのときブッシュ・ヘリクツのコピペをもって国連で演説した国連大使・原口幸一はそのご朝鮮担当大使、宮内庁式部官長となり、2009年10月4日、宮内庁仲間と登山した雨飾山 新潟県糸魚川市)からの下山中に山頂付近で倒れ、病院に運ばれたが急性心臓死のため死去したという。イラクの怨霊に捕われたのであろうと思った。小泉純一郎にも似たようなことがおきるだろうという予感がある。

もとに戻る。

1985年にシーモアに日本人のインストラクターが五人もいたことを豪気に思う。あの頃のバンクーバーは日本色が元気な時代だった。

1972年から74年、数少ない日本人学生たちとときどき集まっていたが、そのときおのまは徳川幕府なかりせばこの辺は日本の領土となっていたに違いないと言ったことがある。

カナダにヨーロッパ人が初めて定住したのが1605年、江戸幕府ができたのが1603年。

当時の日本人が日本列島の内に向けて費やしたエネルギーの十分の一でも外に向けていたらずいぶん違ったことになっていたろうと思う。

カナダの歴史
江戸幕府

1972−74のバンクーバーにおける日本の色は微々たるものであった。日本レストランは数軒しかなかったし、それも日本人街と称する寒村のごとき通りにある淋しい店ばかりであった。今のバンクーバーでみる百軒を軽くこえる活気のある日本レストランとは大違いであった。

スキー場に日本人のインストラクターどころか、日本人の姿をみることさえ無かった。

それが1985年になると大いにかわり、東急グループがホテルバンクーバーを上回るホテル・パンパシフィックをつくり、シーモアスキー場には五人の日本人インストラクターである。

2010年、ホテル・パンパシフィックの経営は日本資本ではなくなったらしいが、東急グループが命名したパン・パシフィックという名前は残っている。シンガポール、バンクーバーにおけるパンパシプロジェクトに金融面から参画したおのまとしては欣快とするところである。ウイスラースキー場におけるパンパシプロジェクトがおのまの時代からずいぶん遅れて完成したのがやや残念であるが。

ジャック黒岩からわけてもらったインストラクター用の教本はがっしりしたつくりになっていて、日やけしたのを除くといまでも立派なものである。



当地での教え方の基本がでている。まずはポール(ストック)なしで滑ることから始まる。おとなもこどもも変わらない。今もそうやって教えている。



ポールをもたないことにより上体を安定させるのが楽になるとある。なるほど。おのまもいまだにファイティングポーズの上体を意識しながら滑っている。生きている。

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長女のスキー2 ・ ジャック黒岩に習う

1985年12月

長女(13歳) 次女(11歳) 長男(9歳)をシーモアスキー場に連れて行きレッスンを受けさせた。当時は黒岩さんという先生♂のほかに若い日本人の先生♀がいた。25年後の今、日本人の先生はいないらしい。

次女と長男はすぐ滑れるようになりレッスンが終わったあと早速、百メートルほどの初級者ゲレンデで滑り始めた。

ふたりのように滑れない長女は板をぬぎ、目に涙を浮かべ、雪をけとばしていた。面白いものを見たと思った。おのまは悔しいことがあっても何かをけとばしはしない。できないときはどうすればできるようになるかを考える。

けとばしたってできるようになるはずもないというのはリクツ。悔しいときは体全体で悔しがることが上達への近道かもしれない。

何日目か、長女もすべれるようになり、ワイフ、長女、次女、長男、おのまの順で列になって滑ることにした。一本目を無事にすべりおわり、二本目。リフトの上から見下ろすと長女が先頭にたって直滑降で滑っているのがみえて慌てた。おーい、停まれーと叫んだがそのまま長女は一直線に降りていく。

リフトを降り、急いで追いかけた。長女はゲレンデの途中で倒れていた。

スノーモービルで駐車場まで運んでもらい車に乗せ、チルドレンズホスピタルに直行。

左腕を骨折していた。



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長女のスキー1・ アラニ

三年ぶりに日本から長女一家がきてわがやに泊まっている。三年前は三人だったが、こんかいは四人。

一家の年齢構成:アラフォー・2 アラトー・1 アライチ・1

アラフォーという言い回しを知ったのは二年ほど前である。アラウンドフォーティー・around 40、そろそろ40歳のことだという。 

around 30・アラサーは響きが洒落ている。どじょうすくいみたいである。アラエッサッサー。

アラカンには脱帽した。わが世代は子供の頃に鞍馬天狗の映画を見ているがその主役を演じた俳優を親たちはアラカンと読んでいた。正式名は嵐寛壽郎・アラシカンジュロウ。いまアラカンはアラウンド還暦のこと。

アラトーとアライチはおのまの造語。英語にするとアラテンとアラワンだが、アラテンは天ぷらみたいだしアラワンはジェダイを思い出す。アラワンケノービ・・・

あと十年たつとアラトーはアラハタになる。荒畑寒村みたいでいいと思うが、政治に敏感なひとだともう一歩進んで赤旗を連想するだろうか。

長女一家のお目当てはスキーである。よって長女のスキーについて書いてみたくなった。

おのまがアラフォーのとき、というか40になったときに半年かけてつくった人生設計の中に入れた唯一の道楽がスキーであった。そのころ毎週やっていたゴルフは入っていない。

大学一年の冬、正月で郡山に帰ったとき、高校時代からの友人に誘われて福島県、裏磐梯スキー場へ行った。はじめてのことゆえ平地で前進することさえ難しい。リフト乗り場がちょっとした傾斜になっていて登れずに後退しうしろにいた若い女性に接触。冷たい視線を浴びた。今の時代だったら痴漢と叫ばれるかも。

たぶん初級者用のゲレンデだったのだと思う。友人のあとについて滑りだしたがすぐに転んだ。転んだ拍子に左足が靴から抜けた。靴と板がそのままゲレンデの下まで走っていくのを目で追った。

残った板をかついでゲレンデを歩いて降りた。左足は冷たかったに違いないが感覚の記憶は残っていない。みじめな気分は覚えている。

一泊する予定だったが引き揚げた。友人からその夜は靴と板が滑っていく話で盛り上がったと聞いた。人の不幸は蜜の味。

ふと思った。高校時代はスキーをやっているのが周りにいたことに全然気がつかなかった。

貧乏を絵に描いたような大学時代であったが、それでも工面してスキー場へ三度行ったと思う。サラリーマンになると毎冬、ニ泊か三泊のスキー旅行ができるようになった。赤倉に会社のロッジがあって安く泊まれた。しかし上達しなかった。

留学先をアメリカではなくカナダの大学にしたのはスキーをしたかったからだが、学校が始まると授業についていくのが精一杯。日本の大学受験時代より睡眠時間が短かく、スキー三昧とはいかなかった。二度の冬休みに十日ほど滑ったろうか。上達しなかった。なにごとにもクリティカルポイントというのがあって、そこを越えるまでに必要な時間がある。一シーズンに数日ではクリティカルポイントに達しない。個人差はあるだろうが。

長女をシーモアにつれて行ったことがある。そろそろ荒煮になる頃である。



長女には早くからスキーをさせようと思った。早くから始めたらうまくなる。

しかし、長女がスキーを始めるまでこの写真から十二年の時間が要った。その十二年のあいだに自身が滑ったのは一度だけである。

忙しかったこともあるが、金銭的な余裕がなかった。給料の大半は生命保険や家のローンにまわった。独身時代に呑みに行っていた六本木の店は高根の花となった。

Mグループの課長の名刺があれば銀座のクラブで自由に飲める時代があったと聞いていたが、いざ課長になったら時間外手当がつく部下たちより給料が少なくなった。ひとりあたりの所得では若い独身の課員♀がいちばんリッチであった。それでも課員と呑む時におごるのが課長。

あまりにも余裕がないので鎌倉の銭洗い弁天に行きわずかばかりの金を洗ったことがある。わらにすがる気持ちであった。霊験あらたか。ほどなくバンクーバー支店長の辞令がおりた。ようやく長女のスキーが始まる。

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おのま骨折 
3月20日(土) 夕方知人から電話があった。

あさってから二週間ほど日本へ行くのだが福井でかにを食べたい、良い処を教えて欲しいという。かにはそろそろ終わりではなかろうか(本日あたりが最後の水揚げ)、かにでなくてもその日いちばんの食材を料理する「はんなり鮨」 (三国町 0776−82−8118 夜間のみ営業)をお薦めすると答えた。

http://onomar.jugem.jp/?day=20090309


電話を切るまえに知人が足を折ったんだって?というので、うんにゃと答えると、そうなんだ、メールを急いで読んだもんでという。

スキー仲間のメーリングリストにときどき写真つきレポートを送っているのだがこれを読んで勘違いしたらしい。骨折したのは長女であり、それも二十五年前の話である。

三月十八日 晴れ、気温0度、朝一なら良いコンディションのはずと思ったのですが同伴する予定の♀が寝坊したため着いたのは十一時。これまでになく滑ってる人がおおく、グルームの形跡はなく、角砂糖をつぶしたようなざらざら雪になっていました。

くだんの♀とはいまから三十年前にここでスキーを覚えたわが娘。教えてもらった先生は黒岩さん。覚えたてでガンガン滑っているのをリフトの上からみつけ、停まれと叫んだが声は届かず、急いで追いかけたところ転倒して腕を折っていました。娘もいまやアラフォー。慎重な滑りになっています。

 









三十年前に と書いたは間違い。

1986年のことだから 2010−1986=24年前。 

こんな暗算を間違えるとはよほど脳機能が衰えているのだろう。悲しいのう。


今朝メールを開いたら、スキー仲間からのメールにこうあった。

グラウスの雪不足をよそ目に小野様がセイモアーで活躍されてるようですね。足骨折されたとか、シーズンの終わりでよかったですね。お大事に。残りのメンバー肝に銘じて無理しないよう気をつけます。

ゆうべの知人はこのメールをみておのまが骨折したと思ったのかもしれない。

おのまが書いた短い文字情報でさえ事実から大きく乖離(かいり)していく。

おのまが書いたこと:

骨折者   おのまの娘
時期    三十年前 (実際は二十四年前)
骨折部位 腕

知人の理解:

骨折者   おのま
時期    最近
骨折部位 足

おのまが発信した第一次情報が(悪意はないにしろ)曲げて再発信され、それがまた変化していく。

伝達ゲームをやったことがある人なら、いろいろなプロセスを踏んで加工される新聞、テレビの報道の99%は嘘だと思うことができるだろう。

それにしてもわがスキー仲間たちよ、骨折よりも脳機能劣化に気をつけたほうが良いのではなかんべか。んだべ。

今日のブログのタイトルをみて、フフ、おのま骨折か、いい気味だとほくそえんだ人がいるだろうな。残念だったねえ。

悔しくてもここは潔くクリックしよう。雅量は大きいほど人生が豊かになるというものだ。

クリックすれば豊かな人生
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マルウェア  ラ・ターシュ  スキー11日目・3月3日 


3月9日
朝みたらブログに広告が現れていた。マルウェア・zedoが侵入したのかとスパイボットを走らせた

侵入していたのは次のよっつでzedoはなかった:
Doble Click
Fast Click
Media Plex
Statcounter

全部削除したら広告は消えた

★は誰だ

夜ふたたび広告が現れたので走れスパイボット

Double Click だけがいた
削除すると広告が消えた

★は Double Click であった


3月10日

猫・ゲンキーやスキーの話になると必ずといっていいほど訪問者数が減る。ふつか続けてゲンキーの話だったから激減したにちがいないと思ったら前日の697人よりふえて916人になっている

猫好きが集まってきたとも思えない。猫専門のブログがあるから猫好きはそちらで群れている

毎日チェックしている政治ブログ ラ・ターシュに魅せられて の記事におのま@カナダの名前が出ていた

おのまもそうだが、あそこの管理人はコメントをそのまま記事にすることがある。発想が柔軟なのだ。日々柔軟剤を飲んでいるにちがいない。柔軟剤といってもDownyではない。彼はラ・ターシュ、我はラ・ビール(笑)

それにしてもジャの道はヘビ・・・・

おのまの知らない世界が顕微鏡でみるように見えてくる面白いブログである。でもおのま@カナダセンセイ はやめてほしい

学生のころ家庭教師をしていてハットリ君のお母さんからセンセイと呼ばれていたのだがどうにも落ち着かなかった。コンサル会社にいたときに日本人クライエントからセンセイと云われて飛び上がらんおもいをしたことがある

課長、支店長、社長もかんべん、おのさんと言って欲しいと頼んだが、云うことを聞く部下は少なかった。まあ、部下やお客さんの身になれば分らないことはない。肩書きで呼ばないと機嫌が悪くなる人もいるしね

センセイと呼ばれたくないという心理はどうなっているのだろうか。そう呼ばれると気が散っちゃっていけないのだ

自分の人格がなくなるような気がするんだろうか

それとも自分がセンセイの名に値しないと知っているからだろうか

孫たちにはおじいちゃんとかジージーと呼ばせないようにしている。パパと呼ばせている。現実逃避の気味があるのかも

用があるときは猫のようにフーニャンと声をかけてくれればよい

だいたいの気分は抑揚で伝わってくる

フーニャン=ご機嫌いかが

フーーーニャン=おなかが減ったわ

フニャン=ほっといて 

フー=ひっかくわよ

以上はゲンキーの妹ナジの場合

フーといわれたので、おじさんにむかってフーとはなんだと言い返した。この世の先輩に向かってなんだ。ナジはしまったというような顔をした

ゲンキーもおのまをフーと威嚇したことがある。地下にある洗面所の中だった。目をみつめて、パパさんに向かってフーとは何だ、そんなことを云うんじゃないと叱った。ゲンキーを叱ったのはその時だけである

だいているときに爪を立ててくることがあるが、そのときは叱らない。痛いから爪をたてないでくれ、ゲンキ痛いよ、痛い、痛いと静かに繰り返していると爪がひっこんでいく

脱線した

顕微鏡的政治ブログ:

http://latache1992.blog56.fc2.com/

そこの読者がおのま@カナダセンセイとはどないなやつかと覗きにきたのだろう。覗いたはいいが、なんだ猫が丸まってるとかはみだしてるとかじゃねえかと帰ったらしく人気ランクは下がっていた

せっかく来たんだから記念に押していけ。きっとご利益がある

押せば命の泉わく
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本日はスキーネタである

スキーネタというより華麗ネタ、うんにゃ加齢ネタというのがよろしいかとおもうが、そういうカテゴリーがないのでスキーネタとしておく

「華麗なる加齢」というカテゴリーを作ろうか。若いひとたちの参考になるだろう


3月3日(水)朝、 「みっちゃん」を書いたら山へ行きたくなった。シーモア山のサイトをみたら「硬い雪」とある。行くにしかず

行くにしかず ・・・ 

若い世代には それってナーニという方がおられるだろうか。行くにこしたことはない、行くのが良いという意味。 行くっきゃない などは気張りすぎてて感心しない。行くにしかず は力み感がない。いや多少はあるんだが、血相を変えて飛び出すというのではなく、たんたんとおもむく風合いである

出かける時になにか忘れているような気がした

いちど靴を忘れたことがある。シーモアは我が家から二十数キロ、二十分から三十分かかるから取りにかえると一時間以上無駄になるが靴なしでは滑れないので取りにもどった

ポール(ストック)を忘れたこともある。このときはスキー場で借りた。ポールだけ借りるのは珍しいだろう

靴も借りたらよかったのにというのは違う。せっかくスキー専門店・デスティネーションがあつらえてくれた靴以外の靴を履いたら足が腐る

靴をあつらえたときの日記がみつからない。デスティネーションの写真が乗っている日記:
http://onomar.jugem.jp/?day=20071222

グラウスではゴンドラ乗り場でストップがかかったことがある。みたら自分のパスでなかった。ごまかして乗ろうとしたと疑われたのではないかとあせった

グラウスは我が家から5キロだから取りにもどっても大したことはないのだが同じ道を戻ってまた戻るのは愉快ではない。15キロの道のりが50キロに感じられる

板はある。靴もある。ポールはいつも車に入っている。帽子はかぶっている。カメラも持った。パスももった

パスは二月二十一日に買った春スキーパスである。シーズンが終わるまでリフト乗り放題。99ドル。三回利用すれば元がとれる。例年グラウスにくらべて最後まで雪質がよいから三回利用はまちがいなくできる

出発

シーモアの駐車場についてアっと叫んだ

手袋を忘れた!!! と叫んだら近くにいたカナダ人がアウチと云った

まあいいや、今日は暖かいからと云うと、エクストラの靴下をもっていないのかと云われた

なるほど靴下を手袋代わりにするのか

靴下をぬいで手にはめた

ピアニスト・江口玲の日記で、江口自身だったかバイオリニスト・ギルシャハムだったか、あるいは二人ともだったか、蝶ネクタイを忘れたことがあり、靴下をネクタイのようにして演奏したという話を読んだのはいつだったろうか。江口玲@四十代油がのっている
http://www.akiraeguchi.com/index-j.html




五度だから寒くない

ミステリーピーク



二月二十一日はこうだった



新雪ゼロだが見た目は同じだ

グルームしたばかりである



二月二十一日はこう



ほとんど同じで硬い

リフト乗り場の手前二百メートルあたりまで降りてくると二月二十一日よりだいぶ柔らかくなっていた。このまま溶けていくとすぐ手に負えなくなる

リフト乗り場ちかくはふたたび硬い雪だった。日光のあたり具合なのか、風なのか。低地だから暖かいというわけではないのだ

気温は五度だが風が冷たくて靴下手袋は役に立たなかった。二本すべってやめた

二本すべっただけで家に戻るのは勿体無い。ペトロカナダ(ガソリンスタンド)に立ち寄ってオリンピック記念グラスを半ダース買った。金を払おうとしたら財布がない。家に置いてきたのだ

財布をとってくるからグラスをとっておいて欲しい、十分でもどってくると頼んだ。車の中をさがしたら現金がでてきたので店にもどってグラスと交換した。ものの一分であった

手袋と財布を忘れたのはみっちゃんのショックのせいだったのか、はたまたアルツハイマーでも始まっているのか。いずれにせよ脳機能が衰えているのは間違いない

しかし、江口やシャハムだってネクタイを忘れている。天才はどこか抜けているところがある

読者諸君、自分は抜けていると落ち込むことはない。自分は天才なのだと思うことだ

「華麗なる加齢」シリーズの副題候補:

加齢とともに何か抜けていくのは天才が完成しつつあるということである

負け惜しみの珍説ではあるが、なあに構わない。チョー天才だとしても自分がなんでこの世にいるかということが分っているのなんかひとりもいないんだから。記憶力が劣っているとか、衰えるとかなどは蚤のゴールドボールと思ってたら良い

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スキー10日目 2月21日

朝五時頃、布団の中で、生きていることとか死ぬこととかについて考えていたのでそれを書こうかと思ったのだが、いざ書こうとしたらそんなエネルギーはないと感じた

オリンピックの話が続いたため公開できなかった日記を載せることにする

毎度おなじみのスキーネタ、読んだら為になるとか、腹が立つとかというもののない、他愛のない話。お忙しいかたはここをクリックして先に進まないで欲しい(笑)

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先に進む方もクリックしてから進んで欲しい(笑)


オリンピックをご覧になっている方はご存知だと思いますが、バンクーバーは記録的な暖冬でオリンピック会場のサイプレスや隣のグラウスは雪不足です。下界からグラウスをみると地肌がはっきり見えます。百五十年ぶりの暖冬だとテレビで云っていました。

2月4日にグラウスで一本滑ったのが最後。滑ったというよりグチャグチャに溶けたチョコアイスの中でミミズがのた打ち回ってる感じでした。チョコアイスの中でのた打ち回るミミズなんてみたことありませんが。

テレビでオリンピック選手が滑っているのを見てるだけではつまらなくなり、2月21日(月)シーモアに行ってきました。

一年ぶりのシーモアです。

スノボーのための施設が増えていました。



おのまの好みじゃありません。梯子や屋根が雪の中に散らかってるようで乱雑に感じます。こういう施設が欲しければ雪で作ればいいと思います。

こんなマークがあちこちにありました。



シーモアのロゴでしょうか。おのまのサインに似ています。でも感心しません。雪山では人工物をできるだけ目立たないようにするほうが美しいとおもいます。

ミステリーピークは雪がたっぷりありました。 



↑ 人工物がないほうが美しいでしょう?

硬くてよく滑る雪でした。



チョコアイスのグラウスとは大違いです。ほんの数キロ東に位置するだけでこんなに雪質が違うのが面白いです。

いつもより膝を曲げ、ゆっくり滑りました。我ながらよく板をコントロールできていると満足。一時間、五本すべり終えると怪しくなりました。まだまだ筋力が足りません。

チェアリフトの係員。



手に何か持っています。



すいているものだからヒマで編物をしていたのです。



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二年半ぶりのウイスラー・6・ブラッコム

政治ネタが続いていて「二年半ぶりのウイスラー・シリーズ」がそのままになっています。今日をいれてあと二回で終わりたいと思います。

ウイスラー山からゴンドラに乗って四キロ、いったん雲のなかに入り、ブラッコム山に到着するとまた雲の上です。







このまま雲の中へ降りていくか、もっと高いところへ行くか・・・・



7th Heaven に行くことにしました。

セブンスヘブンとは七つあるといわれる天界の最上界。





なだらかな斜面ですがトレイルは狭く、おまけに混んでいました。

・・・・そして・・・・

実は昼食をとっているときにちょっと気分が悪くなっていました。

前夜の宴会で飲んだワインの酔いが残っていた、睡眠時間が短かった、長距離運転と二年半ぶりの長いゲレンデで疲れたのだと思います。いつもならビールを飲むのですが飲めませんでした。

ビ−ル呑むのは健康だから
呑めなくなったらはいそれまでよ

ゴンドラに乗っているあいだに気分は直りましたが、身体が重く、狭いトレイルで短い回転を続けながら降りていく力がありません。

クイクイ回転すると板がばらけます。仕方ないのでボーゲンで降りました。

ボーゲンをご存知ないかた:

http://www.youtube.com/watch?v=d2zHt-eTAk4

狭くて緩やかなトレイルがようやくおわり、広くて急な斜面にでたのでパラレルに戻しました。

パラレルをご存知ないかた:

http://www.youtube.com/watch?v=0gEiJSOCsPI&feature=related

ところが・・・・・

長いあいだボーゲンで滑ったせいか、下半身がこわばって膝の屈伸が思うようにできません。すぐ疲れてしんどい。

こういう時はスピードをあげて降りるのが良い、エイっとばかり滑り出したとたんに転倒。十メートルくらい転げおちました。

あとはいくらやっても回転が続きません。

左への回転はできますが右回転ができません。

長井夫妻から初級コースを通って帰る?と訊かれましたが、初級コースはなだらかでも狭いので余計疲れます。そのまま中級コースを進みました。

すべる
左へ回転
いったん止まる
身体を谷に向け直す
すべる
左へ回転
止まる
谷に向き直す
すべる
左回転
止まる

情けないったらありません。

終点近くになるとなだらかになりなんとか連続回転ができるようになりました。



終点に着き、板を外し、歩こうとしたら転びそうになりました。両脚とも棒のようにかたまっていました。

左の股関節に生じた違和感はいまもって直っていません。鏡の前に立ってパラレルの動きをすると両脚の動きがバラバラです。左右の動きに時差があります。

以前から左が弱かったのですが、こりゃあ重症かも。そういうわけで、筋トレをあわててはじめたという次第です。

ここまで書いてきて、ハタと思いました。筋トレもいいけれど、股関節のバランスがおかしいのだろう、まずはそれを直すことが大事ではなかろうか・・・・・

はて、どうすりゃいいのかいな?・・・・

クリックすれば雲のうえ
クリックしないとのうえ
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二年半ぶりのウィスラー・5
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スキー九日目・バンクーバー俯瞰

バンクーバーオリンピックまで五日ですが記録的な暖冬が続いています。

NHKニュースでも流れていましたがスノボーやフリースタイルスキーのオリンピック会場になるサイプレス山の雪は減る一方で、トラックやヘリコプターを使って雪を運び入れています。ヘリコプター代は一時間百万円だそうです。

サイプレス山のとなりにあるグラスス山では氷点高度が千メートルちかくまで下がってきて雪面がすこし増えました。


一月二十六日(火):



二月四日(木):




BUT


前回は十時頃まで雪が堅く、八本滑りました:




今回滑り始めたのは十一時。

滑っているあいだにも刻々と溶けていきます。土と雪とがまざってチョコアイス:



一本すべってあがりました。

チョコアイス チョコっとすべって はいそれまでよ

ここで終わるとクリックしないでしょうねえ。

特別大サービスといきましょう。

湿気があるのと逆光とではっきりしませんが、バンクーバーの不感写真・・・・ごにょ・・・俯瞰写真をごらんください。

NHKにもウィキペディアにも出ていない写真です。

そのまえに・・・

この先を見るも見ないもまずはクリック

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東南の方向、山の向こうのはるか彼方に太平洋があり、日本につながっています:




写真まんなかにバンクーバー島がぼんやり見え、海をはさんでバンクーバー市、また海を挟んでスタンレイパーク、手前が北岸です:




一気にこの写真に飛んではわかりにくい。

不完全な俯瞰はあかん

もう少し広くしましょう。

これでバンクーバーの主な地域の大半を網羅しています:




写真を撮っているところから左上、茶色にみえるところまで三十キロ弱です。

右はしのかけている先にブリティッシュコロンビア大学があります。

この写真のなかにあるゴルフ場は多分、六ヶ所。


広域バンクーバーの地図です:



写真は地図の上部にある Grouse Mountain から下に向かって撮っています。

写真の左部分を拡大:



上部:茶色く見えるのはフレーザー河の中洲でバンクーバー空港があります。

1931年開港。おのまが初めて降り立った1972年当時にくらべるとずいぶんと大きくなりました。滑走路は四本。まだ増えるかも。

真中:主に住宅街。敷地百坪の家が一般的ですが、千坪を越える家もたくさんあります。

下部:オフィス、商店、住宅が混じったダウンタウン。北米ではニューヨークに次ぐ過密都市だそうです。

右下を拡大:



中央の森がカナダ最大の都市公園、スタンレイパーク。

120万坪あります。

ピンときません。ちょっとググル・・・・

NYのセントラルパーク(100万坪)よりちょっと大きい

明治神宮外苑(10万坪)12個分

日比谷公園(5万坪)28個分

その昔、駆け出しサラリーマンのころ、セントラルパークは日比谷公園と同じくらいだろうと思っていた・・・・

写真にもどります。↑

手前が北岸で両者のあいだにみえる白い線はライオンズゲートブリッジです。

ダウンタウン:




かつてはどこからでも見えたホテルバンクーバーが見えにくくなりました。屋根が写っていますがみつけられますか。

ホテルバンクーバー:



オリンピックの開会式閉会式が行われるBCプレイスが左に白く写っています:




BCプレイスが出来た三年後にできたのが帆船風のカナダプレイス。いまやアバターで有名になった3D IMAXシアターの第一号館がここにあります。

白い帆の右に隣接している戦艦のようなビルは東急グループが造ったホテルパンパシフィックバンクーバー。

ホテルバンクーバーを抜いてバンクーバー最高級のホテルになり、ファイブダイヤモンドがついたものです。


ゴルバチョフやエリザベス女王が泊まった。おのまも何度か泊まった。オフィス街と隣り合わせだから便利この上なかった・・・

1986年、ホテルの開所式にきた五島昇さん。あれは1979年だったろうか、シンガポールの豪華コンドミニアム建設の地鎮祭にきた五島昇さんと比べて随分やせておられた。三年後の1989年、トロントで訃報を聞いた。東急の人たちは気持ちの良いひとが多かった・・・・


スタンレイパークと北岸を結ぶライオンズゲートブリッジ。車線がいくつあるか分りますか:



三車線です。交通量を見ながら真中の車線の方向を変えています。

画面の右、すなわち西へ百二十キロ行くとスキー会場になるウイスラー山があります。サイプレス山は直線距離だと橋から十キロほどです。

2008年4月2日、ゆうきんと一緒に滑ったときのサイプレス山:



こんなゲートから入りました:



こんな姿勢でよく滑れるねえ:




北岸には西バンクーバーと北バンクーバーがあります。両者とも住宅街が中心ですが、それぞれに商店街、ゴルフ場、スキー場、劇場などがあります。ライオンズゲートブリッジの右が西、左が北です。

おのまが住んでいるのは北バンクーバーです:



拡大:



写真中央あたりにおのまの家がありますが木に隠れて見えません。

おのま宅と隣あわせになっている森は熊の住まい。

目の前に現れた隣人を再掲:



もうひとりの隣人・・・というか・・・きゃつは家族のつもりかも・・・・




さっきクリックしないでここまできたひと
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熊をパパラッチ
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小沢ニクシ ・ スキー八日目 雪質向上
前原誠司や渡部恒三ら反小沢の民主党議員が小沢にけじめをつけろという趣旨の発言をしたそうです。 

日本の大衆の多くは、みのもんたを始めとするワイワイ騒ぐワイドショー的報道のシャワーで頭が洗われて、なんだかよく分からないけど小沢は悪い奴だ、けじめをつけさせろという大合唱がおきているのかな、そういう大合唱の流れに前原らは乗ろうとしているのかなと思って読みました。

これまでも書いてきたようにおのまは小沢の手法、スタイルをあまり好まないのですが、さりとて無実から有罪を生じさせるようなことをして彼を引きずり落としたりしたら日本全体が歪んでいきます。彼がいなくなったとしても同じようなことの繰り返しがつづき、日本の不毛度が増すだけです。

たとい小沢ニクシであっても、政治家たるもの、ワイワイ騒ぐワイドショーの流れに棹をさすくらいのほうが尊敬を集めるし、日本のレベルを上げることになるのではなかろうかと思うのですがどうでしょうか。


クリックすれば日本は変わる
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昨日は1800人をこす訪問者があり、ランクも四位にあがりましたが、クリ人は300人ちょっとと六人に一人の低率でした。読者にも反小沢の空気があると感じました。まあ、それも善しです・・・


トロント近辺は零下十七度になったそうですが、バンクーバーは暖冬が続いています。おのまは家の中はもちろん、外出するときもたいがいははだし&草履です。草履は靴よりはきやすいし、蒸れないのが良いです。草履より下駄のほうが好きですが車の運転がしにくそうなので履きません。

一月二十六日、雪が十六センチ降ったというのでグラウスに行きました。今年にはいって二度目のスキーです。

十六センチの気配・・・・なし・・・



ゲレンデの上の方は悪くありません。



気温は五度、リフト乗り場付近の雪は十時過ぎころから緩んでいきましたが、それ以外は堅くしまったすべりやすい雪でした。冷たい風のせいでしょう。


両腕を後ろに組んでみたり、太ももと下脚とが直角になるくらいまで屈んでみたり、いろいろ試しながら一時間ほど滑りました。百歳になっても毎回課題をもって練習していたという三浦敬三さんにあやかろうとして・・・

下界から雲が押し寄せてきました。



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前原らの発言

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