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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

幻視
幻覚(げんかく、hallucination)とは、医学(とくに精神医学)用語の一つで、対象なき知覚、即ち実際には外界からの入力がない感覚を体験してしまう症状をさす。聴覚、嗅覚、味覚、体性感覚などの幻覚も含むが、幻視の意味で使用されることもある。実際に入力のあった感覚情報を誤って体験する症状は錯覚と呼ばれる。
(ウィキペディア)


「錯覚」の反対語は「正覚」だろうか、「幻視」の反対語は「正視」だろうか・・・

仮に「幻視」vs「正視」だとする

日常の時間はいつも目の前に在るものを視ている正視の世界なのだが、これをよく考えるとあいまいな気分になってくる。いったい「在る」とはどういうことなのか。

きのうはヒューロン湖のちかくにあるゴルフコースでプレイしたのだが、そこは野生の植物がたくさん茂っていた。なんときれいな花なのかと目をこらしてみたのだが、そうやって懸命に視ていたその瞬間は確かに花は目の前に在ったのだが、あれから数時間たった今、そのときの光景がそのまま再現されることはなく、きれいだったなという漠たる感想しか蘇ってこない

ゴルフ場で会ったスタッフたちの顔をしっかり見て、しっかり冗談をいって、しっかり笑ったのだが、彼ら、彼女らの面影もぼんやりと霞んでしまっている

刻一刻と目の前に何かが現れる昼間の現実世界は、たちまちの内にぼんやりとした記憶に変わっていくという点で、寝ているあいだにみる夢の中の世界とたいして変らない

現実の世界も夢の世界もさしたる差がないではないか、というようなことはすでに荘子も言ったことであるから改めて書くこともないのだが、さはさりながら、ときどき切実にそういう思いに捕われるのである。でもって、目の前に存在するものを視る、正視だけではなく、目の前に存在しないものを視る幻視を積極的に実践するのも良いではないか・・・・などという思いがあって昨日のブログを書いた

http://onomar.jugem.jp/?day=20120819

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背中を高くもちあげて伸びをしているときのゲンキーは心のなかで ウイ〜ン と言っている
| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 19:41 | comments(0) | trackbacks(0) |
コメコメ@交通事故

ブログの更新が遅れています。

ほんじつは頂いたコメントへのコメントです。


どこかの出来事が移ってくる事は私も体験しています。

寝る寸前に突然ナイフを持った人が人をさした場面が頭に浮かんだのか目の中に見えたのか、あまりはっきり覚えていませんが、その時、秋葉原で無差別殺人がありました。

3回に分かれて毎週一回づつでしたが、1回目イギリスが出てくる、2回目コンクリートの壁のある坂道で車が急に走り出し壁にぶつかり交通事故の夢。3回目;亡くなった私の父がこれから死ぬ、と言って横たわった夢。つまり死を現していると思ったのですが、その次の週にダイアナ妃が亡くなりました。

友人と旅行に行く夢で、飛行機に隣同士座っていたのですが、その間に知人が割り込んできた夢。次の日に現実に起こったことは割り込んできた知人が私の悪口を私の友人に言って、友人はプンプン怒っていた。

すでに物理学者によって5次元の世界が証明されていますから、こんな事は沢山あるけれど、皆、気が付かないだけでしょう。
| T | 2012/05/01 5:37 AM |
 

2と4は、メキシコではどこでもやってますね、もともと車が無い時代に出来た町並みは、そうしないと無理がありますから。 幹線道路でも、歩行者や子供の飛び出しを想定して、TOPEと呼ばれるコブがあります。 道路にコブは超効果的です、僕のカメタマゴ号(オデッセイ)なんか油断すると腹を打つんで、本当に5キロ走行になります。
| OTTO | 2012/05/01 11:14 PM |


予知夢とか正夢とかいうのは古来からあるされていて、今もおのまを含めて多くの人が体験していることであろうと思います。おのまの経験では体が弱っているときに見る夢ほど面白いようです。

寝ていなくても簡単な予知は起きるもので、なにかの拍子で、きょうの白鵬は負けると断言することがあってそのとおりになります。初めて会った人の親の名前をあてて驚かれることもあります。

そういうときは普段より自我とか自意識とかが弱くなっている、大げさにいえば自分と宇宙との垣根が低くなっているのではなかろうかと思います。

中学か高校でならう荘子の「胡蝶の夢」、蝶になって飛んでる夢をみて目覚めた今の自分は蝶がみている夢かもしれないという話や映画「マトリクッス」は何か頭の中を明るくしてくれるものがあります。

こんなコメントを書いている今のオノマ、そしてこのコメントを読んでいるあなたも実は悠久の時間に生きて変化し続けているナニモノかの一局面をみているだけの現象である・・・

おのまはコメントを読んでいるあなたと書いたがあなたなる存在はないのかもしれない・・・・・

あなたはコメントを読んでいておのまが書いたと思っているがおのまは存在しないのかもしれない・・・

お〜い、あなた〜、いるか〜


そうですか、メキシコでは2と4をやっているのですか。

独裁者がいなくても、人間を第一に考えたらあたりまえで、すぐにでもできることですよね。

それが日本ではできない・・・

形式を綺麗に整えておしまい、白線を超えると過失だと断罪しておしまい、こういうことが二度とあってはならないと言っておしまい。すぐにできる実際的なことをやらない。

そういう現象が日本のシューサイが作る世界には多いと思います。だから人間の降伏度、いや幸福度が低い国になっている日本。哀れです


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| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 23:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
UFO考・2(二月十日の続き)
見ていて観ていない・・心が閉じているのか、どこか他の世界をさまよっているのか、その両方なのか・・

「妖精は本当に存在しているのではなかろうか」とマギル大学の太田雄三教授に言ったことがあります。

いつものように「そんなものは迷信さ」と皮肉な返事がかえってくると思いきや、「勿論居るさ」と云われて拍子抜けし、彼はイギリスに居たときに見たのかもしれないと想像したものです。

裏庭から小野小道にはいるとヒトの気配がない世界、妖精がいてもおかしくないという気がしてきます。

二年前、コスタリカの川で舟遊びをしたときに、目の前にいるイグアナが見えなかったり、ガイドが指差す木のなかに猿をみとめるまで、一、ニ分かかかったりしたことがあって、森の風景に溶け込んでいる妖精がみえないだけのことかもしれないと思うのです。

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| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 03:56 | comments(2) | trackbacks(0) |
UFO
一月二十二日「グラウス・UFO」の続編です。

これまでにUFOを三回みています。夢の中でみたのを含めると四回。もっと見ていて、忘れたのがあるかもしれません。思い出せることをメモしておきます。

|羈慇源代だったと思うのですが、あるいは高校生になっていたかもしれません。福島県郡山市細沼町の自宅の前で弟や近所の子たちと一緒にみたUFOは、南の空に浮かんでいました。

家の向こうにあった日東紡績の工場の上空を日東病院の方へ、すなわち東から西へゆっくり動いていきました。

高校時代だとしたら一年生ですね。私は二年生になってすぐ、この絵の右奥あたりにあった山口医院に四ヶ月入院しましたから。

グーグルマップでみたら工場のあったところは二十一世紀記念公園になっており、山口医院はみあたりません。

日記帳にこんな絵を描いたのを覚えています。UFOの数はよっつだったかもしれません。子供は四、五人。



ところで、絵の左上に今年グラウス山上からみたUFOの絵を描きました。下の写真と比べて下さい。

写真と絵とのあいだには差がありますね。描写力がこんなものだし、昔のことだしで、郡山UFOも絵とは大いに違っているはずです。



グラウスのUFOは空の色に溶け込むような透明に近い色の円盤でしたが、郡山のは色が濃く、形は丸みをおびた細長い三角形でした。

1985年か86年、その日はウィスラーからバンクーバーに帰ってきたときだったと思うのですが、マリンドライブとダンバーあたりの上空に静止している橙色に光っている物体をみつけ、車を停めて眺めました。

夕方で空がだんだん暗くなっていくなか、その静止している物体から、まるで線香花火が最後に玉になって落ちるような具合に、火の球がポツリ、ポツリ、と落下していきました。ゆうきんママたちは覚えていないだろうなあ。

L瓦涼罎UFOは凄かったです。グラウス、郡山、マリンドライブのにくらべて、断然大きな円盤型UFOが、自分の頭上に浮かんでいて、細部がはっきり見え、へえー、こんなものがほんとにあるんだと驚きました。夢とはいえ、あの生々しさから判断するに、きっと現実に存在するのだろうと思います。

よっつとも音はしませんでした。


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| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 08:20 | comments(9) | trackbacks(1) |
君が見て僕が聞いてる青い月・ヤフー碁
段落がでなくて読みにくくなっています。リンクに貼ってある「木霊の宿る町(オリジナル)」は段落がでています。 七月二十六日いらい宙ぶらりんになっている「青い月」の続きです。 このままトロントで働いていてはバンクーバーに住む夢が叶わないというあせりと、夢を叶えたいなどというのは贅沢であるという反省とのあいだに揺れ動く日々、ゴルフ場へ行く途中で牧場を見て、屠殺されるときの動物の絶望を思う日々が続いていました。 そうこうしているうちに冬になり、気分は限りなく透明、いや暗黒に近いブルー。ハイウェイ401を走っていて襲ってきた哀愁の情はほんの前触れで、毎日がつらくて仕方ありません。 そういう時期に見つけたのが、ヤフーのインターネット碁でした。今ヤフー碁にいくと知らないひとが大勢いますが、当時はせいぜい数十人しか遊んでおらず、数日でなじみの相手が十人ほどできました。「木霊の日々」にこられるマリタンや、一度コメントしてくれたキョンチャもそのときに知った囲碁仲間です。 それまではインターネットでチャットをしたことがなかったので、碁をうちながらチャットするのは面白かったし、なによりもその間は夢のバンク−バー 悪魔の屠殺、その他もろもろの悩み事を忘れることができたのが有難かった。 ヤフー時間が終われば暗黒ブルースがまっていて苦しいのは変わらないのですが、云ってみれば突如として山の尾根に立たされ、両脇をみると崖、思わずしゃがみこみ、動けなくなったそんなときに尾根に生えている潅木をみつけてつかんだというようなことでしょうか。潅木をつかんでいる間は落下しません。 一時しのぎだとしても、絶望から解放される時間があったのが良かった。というようなことを書くつもりではなかった・・・ http://blog.with2.net/link.php?310164 ↑クリックして頂くと「木霊の宿る町」に一票はいります。
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君が見て僕が聞いてる青い月・4・Devil`s Pulpit
晩秋といってもトロントからちょっと北にいけば雪が舞うほど寒く、十一月になると大概のひとはゴルフを辞めてしまいます。しかし私はひとりでよく自宅から六十五キロはなれたデビルス・パルピット・ゴルフに出かけていました。

針葉樹が多いバンク-バーと違って、葉が全部落ちて侘しい木立の田舎道。小学生のころ校庭で遊んでいてふと気がつくと、周りにいた友達たちは家に帰ってしまっていて、夕闇の中に自分ひとりだけが残っていたときに感じた、焦りの気分がよみがえってきます。そういう気分を毎回感じながら通い続けたのはデビルスがもつ美しさゆえで、バンクーバー近辺にこれほどのゴルフ場はありません。

ちなみに私は1994年にデビルス・パルピットの七番ホールでホールインワンを経験していますが、スイングした途端に、一緒に回っていたモントリオール・シッピング社長のガイ・ブシャールというハンディ2までいった名手が「イン・ザ・ホール」と叫んだ声が今でもよみがえります。その声がボールをホールインさせたような気もします。スイングするまえに、ホールインワンしたら、何番クラブを使ったかと訊かれると考えていたのも不思議なことです。

あの日は私だけではなく、ガイも商船三井の三沢豊さんも弁護士のジョン・クレイグもそれぞれ奇跡のようなショットを一度ずつしています。そういう日はゴルフの神様がいると感じないではいられません。

こんどはモントリオールで回ろうといったガイは、翌年の春先に癌であることが分かり、まもなく逝ってしまいました。彼と会ったのはデビルスのそのときが最後。遊び友達とはできるだけ多く遊ぶことです。

↓デビルスの上空から撮った写真があります。また行きたくなってきた。

http://www.devilspulpit.com/thehomepage.html

ゴルフ場への道すがらいくつかの牧場の横を通ります。ある日のこと、車をとめて写真を撮ろうとして牛と目が合った途端に、この牛が殺される情景が心に浮かび、そのときに牛が感じる絶望感が伝わってくるような気がしました。

牛は放し飼いされているからまだしも、外に出されることのない豚やニワトリの悲哀たるや、どうにも仕方の無いものだ、ニンゲンとは彼らからみたら神であり悪魔である。ますます滅入っていきます。

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| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 03:28 | comments(0) | trackbacks(0) |
君が見て僕が聞いてる青い月・3
なかなか進まない↑のシリーズ。

1999年晩秋のトロント、時速百キロで走っているとき突如としておきた孤独感、すぐそばで車がたくさん走っているけれど見知らぬひとばかり、自分が生きているここが地球ではなくて火星であっても変わらない。無限に拡がる宇宙にほんとはこの自分の意識しか存在していない、目に見え、耳に聞こえるすべての存在は錯覚でしかない。

次の日のあさ、目が覚めると同じような孤独感、寂寥感がよみがえってきました。もともと一人でいることには慣れているし、友人、知人がいないわけではないのに、どうしてこういう感じになるのか分りません。

ゴルフ仲間たちを誘ってダウンタウンのデニソンというパブでビールを飲んだのですが、談笑しているその光景がとてつもなく鮮明に意識され、友人たちはこれほど鮮やかには見ていない、一瞬のうちにこの光景を忘れて次の時間へ進む友人をみて絶望している自分がいます。

ちなみにデニソンDenison's Breweryをググッタところ2003年に閉じられたと出てきました。パブになる前はストリップ小屋だったとかで、建物にそれらしき絵が残っていました。地下室の小さなビール製造機で作るビールの味は五種類か六種類あり、バナナの香りがするビールが名物でした。料理の味もよかった。このパブを教えてくれたのはカナダ三井物産の・・誰だったか・・

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| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 03:40 | comments(0) | trackbacks(0) |
恐怖・自覚できない
二年前の日記に、めまいで立ち上がれなくなり病院へ運ばれたあとで起きた記憶違いのことが書かれています。

「ああいうことがあった直後は気力、体力が衰えるだけではなく記憶も乱れてしまうようです。いや、こう書いている今もなお乱れていることの自覚がないのかもしれません。恐いなあ」

二年後の九日、明け方、自覚できないことのオソロシサを夢で見ていました。

後ろ足で立ち上がっている小熊がいて、前世は人間の女の子。女の子は可愛い顔であったが盲目、自分の顔を鏡でみることができなかった。「見る」ということがどういうことなのかを理解しようとしたが分からず、日々もがいているような気持ちを抱いたまま死んだ。熊に生まれ変わって「見る」ということが分かった。

夢のなかで、女の子の絶望的な気持ちが伝わってきたのですが、それが急に膨らみ、自分も何かを理解しようとしているけれど、それはニンゲンでいる限りは不可能なことなのだという思いに襲われました。絶望感の凄まじさで気が狂うと思って目がさめたのですが、暫くの間は動悸がとまらず、汗びっしょりでした。

「見えるから見えないことが分かる」
「見えなければ見えることが分からない」

自覚できないナニカが在るけれど自覚できないからそれが在るということすら分からない。だからといって絶望することはない、あらゆるものを自覚する要などない。汗が収まってからそう考えました。

今、分からなくても良い、今、得られなくても良い、否、永遠に得られなくても良い、と思わないことには生きていけないよと思うのが「悟り」なのか、それとも魔王の手から逃れようする「臆病」なのか。どちらにせよ恐怖から解放されるにこしたことはありません。

| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 05:11 | comments(4) | trackbacks(0) |
家が泣く・2


前任者、Yさんが借りあげていた社宅はバンクーバーの中・高級住宅街のショーネシー地区にあり、バンデューセンという公園に面していました。

家主はカリフォルニヤに住んでいる韓国人で、その家を買い取って欲しいとYさんに頼んでいたそうで、できたらその話に乗って買うようにして欲しいと言われました。

シンガポールで仕えた支店長が社宅を買ったことがあります。高級マンションでしたが、その支店長は欧米勤務の経験がない独身。次に来た支店長はアメリカ勤務が豊富でかつご夫人を伴っていたことから、その社宅をあまり気に入らなかった様子がうかがえました。

そんなことを見ていますから、社宅を買うのは難しい、社宅は後任者が換えたければ換えられる借家のほうが良いと思っていました。おまけに、Yさんが借りていた社宅は玄関の右に居間、左に食堂があるという古風な間取り。私は居間と食堂がつながっていて広々とした家に住みたかったので気乗りがしません。

仕事の引継ぎをしている間にYさんがホテルに移ったので私は寝袋を買ってきてがらんとした社宅で生活をはじめました。

住んでみると家の近くに消防署があることも分かりました。夜中にサイレンの音で目が覚め、朝の寝起きがよくありません。そのうち、BC大学のはずれに家賃が安くて、居間と食堂が隣同士になっている今風の家が貸家に出たので、引っ越すことに決めました。

カリフォルニヤからやってきた家主は残念そうな顔をして、借り手がみつからないから家は売ることにする、ついては机をふたつ買ってくれといいました。なかなか立派な机だったのでポケットマネーで買い、小さいほうは今でも使っています。

家主が帰ったあと、いつものように寝袋に入って、いつものように夜中に目が覚めると、はて、いつもの消防車のサイレンではなく、すすり泣きが聞こえます。家のどこからともなく流れてくる哀しげな声に聞きいっているうちに、家全体が泣いていることに気がつきました。なんで家が泣くのだろうと考えたのですが、分かりません。昔この家に住んでいた人の魂がないているのだろうか、しかし来たばかりの私が出て行くことを悲しむ筈もない。

新しい社宅に越したあと暫くしてからその家の前を通りかかると、家は取り壊されていました。ほどなく敷地一杯に大きな家が建ち、あの家は自分が売られて壊されることを知って泣いたのだと納得したものです。

こんな話を思い出したのは、書斎で愛用しているラジオのせいです。毎日のようにFM放送やCDをかけて聴いているラジオですが、アンプを買ってからはレコードを聴き、ラジオと疎遠になってしまいました。

ある朝、ひさしぶりにFM放送を聴こうと思ってスイッチを入れたところ、ブーンというノイズしか出ません。アンプに心が行ってしまったものだからストを起こしたのか、奇怪な機械だと考え、そういえば家を泣かせたことがあるなと思い出したわけです。

家が自分の運命を知って泣くとか機械が臍を曲げるなんぞはありえないと言う方がおられるでしょうが、家もモノも感情を持っていると言うかたも案外おられるような気がします。

住んでいる家、持っているモノを大事に扱いましょう。
| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 18:29 | comments(2) | trackbacks(2) |
家が泣く
1974年に留学が終わり、東京、シンガポール、東京と勤務した11年のあいだに何度バンクーバーの夢をみたことでしょうか。しかし、気が弱いものだから(笑)、夢にでてくるバンクーバーの景色はほんの触りだけ、バンクーバーだと思ったとたんに目がさめて現実にもどるのが常で、そういう時の気分はこの上なくbadでした。

1984年春、ベルリンに出張する途中で飛行機がアラスカ、アンカレッジ空港に寄ったのですが、待合室のなかでこのまま南下すればバンクーバーなのだと切ない思いにふけったりもしました。

バンクーバーに帰ることが出来ますようにと祈り、もし帰れたら、地面にキスをしようと本気で考えていました。あのころは直接ターミナルビルに横付けする飛行機ではなく、タラップからいったん地面に降りるのが普通でした。

念願かなって1985年8月バンクーバー勤務になりましたが、空港の地面にキスはしませんでした。もう飛行機がターミナルビルに横付けになっていたのでしょうか、思い出せません。もし地上に降り立ってもキスはしなかったと思います。気が弱いというのは反面、薄情でもあるのです(笑)。

そういう薄情なことをするものだから、バンクーバー滞在が二年もたたない1987年の初夏に終わってしまい、次に戻るまでこんどは14年もかかったのでしょう。

薄情ついでに白状すると、私はバンクーバーで家を泣かせたことがあります。レトリックではなく、本当に家が泣いたのです。
| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 10:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
二・五次元
バルコニーに来るヒワの数が増えたような気がします。ひとつきほど前からヒワの倍ほどある黄色い鳥も一羽くるようになっています。サイズが大きいものだからえさ籠には止まらず、手すりやバルコニーの上を跳びはねながら部屋の中をのぞきこんで、えさを撒いてくれと催促します。前に気絶していたのを手当てした鳥に似ているので、懐かしくなってやってくるのかもしれないと都合の良い想像をするのもまた楽しからずやです。

鷹や鷲には何百メートル先から小さい獲物をみつける視力があるそうですが、小鳥だってたいしたものだと思います。ウイスラーで鳥寄せをやったときのことを思い出すと、鳥と私との間の距離は鳥の体長の百倍以上、その距離からくちばしサイズのチョコレートのかけらが手のひらにあるかないかを見分けて飛んできました。ニンゲンに置き換えるなら、身長が160センチだとしてその百倍、160メートル先にある口サイズの飴が分かる人は十人にひとりでしょうか。

ニンゲンの目は両方とも顔の前面についていて、両眼の焦点をあわせて距離感を判断する、ふたつの目で見るから遠近が分かり、モノが立体的に、即ち三次元の世界が見えるという仕掛けだといいます。たしかに片目でみると立体感がなくなります。

では顔の正面ではなく両脇に目がついている鳥には世界がどう見えるのでしょうか。

大雑把に推定するとニンゲンの視野は目をきょろきょろさせれば百八十度、鳥はそのまま目を動かさなくても軽く三百度はあり、広い世界をみているのは確かです。しかし鳥はふたつの眼をつかって焦点をあわせることは出来ない、即ち立体感のない世界をみているのでしょうか。それとも片目ずつで見ていても立体的にみえるような視神経、脳の構造になっているのでしょうか。

こうも考えます。小鳥はしょっちゅうきょろきょろしている、すなわち視点を変えているから、そうすることによって片目だけで両目と同じような焦点を作り出しているのかもしれない。

ニンゲンも訓練すれば昼の空に星を見ることができるといいますし、去年コスタリカの川遊びをしたとき案内人ホセの目と私の目の差には驚いたものです。ホセが指さす先を懸命にみて木のなかに猿が浮かび上がるまで一、二分はかかるのに比べホセは数百メートルさきから猿でもイグアナでも見つけます。イグアナなんか数メートルさきでも分からなかった。だから訓練すればニンゲンだって片目だけで立体感のある世界を見ることができるようになるかもしれません。小鳥のようにしょっちゅう頭をうごさないといけませんが。

そんなことを考えていたら、中学生の頃に楽しんだ感覚を思い出しました。写真をみるときに片目でみるのです。じっとみているうちに立体感が増してきます。行ったことのない外国の写真をそうやって楽しんだものです。そういう感覚がまだあるのだろうかと思って、二十二日に載せた写真で試してみたところ、おお、立体感が増してきました。写真を再掲載しますから試してください。

平面(=二次元)の写真におさまっている立体(=三次元)の世界を片目でみていると二・五次元の世界が浮かび上がってくるというお話でした。




オリジナル版に一回りサイズの大きい写真を貼りました。http://usjma.net/calendar/cdiaryz.cgi?Psdiary


| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 06:56 | comments(0) | trackbacks(0) |
「小脳が発達した鳥」でひらめいたこと
昨日いただいたコメントで「小脳が発達した鳥のように衝動的に飛びたくなるんだろうなぁ」のくだりを読んでひらめきました。飛びたい、飛びたい、飛べる、飛べる、飛べ、飛べ、ほら飛んだ!

なぜ睡眠が必要なのかと考えることがあります。

仮説 Уきている時に使ったため疲れた体の筋肉を休めるため。

しかし筋肉の疲れはヨコになっていれば直る。睡眠はいらない。

睡眠の特徴は体を動かさないことにあるのではなく、起きている時の意識をなくすこと、すなわち一種の失神状態に陥るということにある。

仮説◆Уきている時にエネルギーや酸素を一番使用するのは大脳(*)。

大脳は体の筋肉とちがってヨコになっても休まるどころかますます活発になる。大脳を休めるには意識をとめる、すなわち失神させるしかない。睡眠とは大脳を失神させるために必要な行為なり。

(*)これから派生してくる重要仮説:深く考えるひとは、エネルギーの消耗が激しいからいくら食べても太らない。浅く考えている人は食べなくても太る。

以上、「睡眠に関するおのまの仮説」はその道の専門家にはあったり前田のクラッカーかも知れませんが、この先が肝心です。

失神状態になっている大脳のかたわらで意外にも目覚めているのが小脳。完全に目覚めているのではないとしても、失神はしていない。

小脳が起きているから人は眠っているあいだに飛ぶ夢をみたりするというのが本日のひらめきでした。飛ぶ夢のかわりに、分解したイスを組み立てようというような夢をみるのは大脳の失神度が足りないからに違いありません。

今日の日記、これでよかったのかなあ。他に書くことあったような気がするけれど。あっ、思い出しました。ニンゲンは大脳に支配されすぎているのではないだろうかということです。もう少し大脳と小脳のバランスがとれていたら、起きているときだって飛べるかもしれない。飛びたい、飛べる、飛べ、飛んだ♪

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同じような雨
野山真希さんを空港へ送る途中で、去年の十月五日、野山さんが乗った飛行機が飛び立ったあと雨が降りだしたのを思い出しました。今日もあのときと同じような空です。

演奏会風景をおさめたDVDを持ってきた松本先生と一緒に野山さんを見送ったあと、松本さん宅に寄ったときには降り始めていました。やっぱり。

DVDを見終わり外にでると雨はいっそう激しくなっていて、長井さんにDVDを届けるみちすがら、同じような雨が降っているけれど、野山さんも、松本先生も去年とは確実に違っていることを思い、そんな当たり前のことで感傷的になるのは季節のせいなのか、それともみずからの精神が弱くなっているせいなのかなどと考えていました。バンクーバーの秋雨は危険です。

| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 11:47 | comments(0) | trackbacks(0) |
みこと・2
韓国人の友人に、死後の世界とか魂とか神とかいうものは生きている人間に都合の良い仮説だと思うけれど、こういうことを経験していると話しました:

トロント時代にゴルフが不調になり、ドライバーで打っても150ヤード(135メートル)しか飛ばなくなったことがあります。

ちなみにプロゴルファーなら280ヤードあたりが平均で、その気になれば300ヤードをこします。アマでも男性なら大概200ヤード前後は飛ばし、わたしもそれくらいだったのが、なぜか150ヤードしか飛ばなくなったのです。

懸命に練習しましたが、一向に改善しません。冷たい雨にうたれながら打っているときなどは涙と鼻水がでてくるし、ゴルフ場のスタッフがまだやっているよとあきれているのが分かり、情けないったらありゃしません。

欠陥のある打ち方をするから飛ばない、それを繰り返したって欠陥が癖になるだけ。プロからレッスンをとりました。教えてくれたことはこうです:

[呂泙此△靴し大地と一体化した感じで立つ
△劼犬鬚錣腹につけ、両腕で赤ちゃんを抱くイメージをつくる
赤ちゃんを右へ、左へ水平にまわす
ず埜紊鳳βで地面を蹴って赤ちゃんを左へ大きく放り出す

三十分のレッスンのあいだこれを繰り返すだけ。毎日やりなさいといわれ、二週間続けたところ、なんと距離は200ヤードに戻り、数年ぶりにハーフ39というスコアが出ました。39というのは、一生かかってだせないで終わるアマがたくさんいる、そういうスコアです。

「赤ちゃん放り投げ練習」を教えてくれたのはベン・カーンというカナダでは有名なひとで、今活躍しているマイク・ウイアやローリー・ケーンも彼の教え子です。カーンは、ニ年前、57歳で亡くなりましたが、偉ぶるところが全くない温和なひとで、来週は時間があるから一緒に回ろうと言ってくれたり、ビールをのみながら歓談したり、良い思い出だけが残っています。

練習をしている最中、あるいはひとりで回っているとき、ベン・カーンの気配を感じることがあります。ごくまれですが、プロでもこんなショットはできないと思うようなショットが出ることがあり、そういうときはゴルフの神様がいるに違いないと思ったりします。
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夢を見る人見ない人

まりたんが「夢をみるとは若い」とコメント欄に書き込みました。メールで感想を送ってくるひとで夢などみたことがないと言う人もいます。逆にこんな夢をみたとメールをくれた人がいて、その夢はベストセラーになるような華麗なストーリーがあり、私が見る無味乾燥なのとはだいぶ違います。

三十年前のバンクーバーでは、有楽町駅で日経新聞を買っている、本屋で本を手にとっているという夢を何度かみました。夕刊、本を読む段になると読めない、いまいましい夢。

夢をみないというのはおそらくそうではなく、見た夢を忘れるのではないかと思います。忘れないコツをどなたかコメント欄に書いていただけませんか。

| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 16:17 | comments(4) | trackbacks(0) |
外気の力?

書斎からカーテンをはずしてみると朝三時過ぎから鳥のさえずりが聞こえるようになり、表をみるとまだ暗いので、鳥は寝ぼけているのだろうとまた眠り、やがて日の光で完全にめざめるのが五時という日が続いています。ドアを開けて外気が入るようにして、一時間ほどうとうとすると、明瞭ではありますが、現実離れした夢を見たりします。あまりにも明瞭で、夢が現実なのか、現実が夢なのかと荘子の境地。

冬、外気が零下のときにドアを開けっ放しにしたことがあります。ホームレスの心境になってみようと考えたのです。暖かいふとんの中から顔だけ寒気にさらしてホームレスというのも無精な話ではあります。

冷たい空気を感じながらウトウトとしたとき、頭のどこかで、お前を森羅万象すべてを知る存在にしてあげようという声が聞こえ、そのときハイと答えたら本当にすべてのことが分かるようになると思い、はっとしました。瞬間、心の中で、私はすべてを知りたいとは思わないと答えたものです。

そういう夢や感覚は外気によってもたらされるのか、それとも高くそびえる木々のいたずらなのか、分からないことは色々あるものです。

| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 15:37 | comments(2) | trackbacks(0) |
マスターズ/予感・調和・共時性
69回マスターズゴルフが昨日から始まりました。世界のトップ選手たちだけが招かれるツアーです。

トップ選手がとりわけ良いスイングをすると、テレビを通じて名状しがたい感じが伝わってくることがあります。選手が感じているであろう心技一体の感じ、ボールと周りの空間との一体感とでもいいましょうか、音楽でいえばギル・シャハムと江口玲が奏でるカルメンファンタジーを聴いているようとでもいいましょうか。(江口さんが読んでることを想定してヨイショ♪)

そういう感じがあった時ボールは必ずピンのすぐそばに落ちたり或いはそのままカップインします。昨日もそういうことがニ度あったので、どうしてスイングをみただけでボールの行方が予感できたのかを考えてみました。

仮説1:テレビの映像は選手の姿と周りのごく限られた空間であるが、その限られた映像につながる広い空間を無意識のうちに認識している。選手のスイングを見ただけでボールがどこへ行くかがわかるという不思議な現象ではない。スイングと全体空間を見ているから分かるという当たり前の現象である。

仮説2:選手とボールと空間との三者のあいだに調和があったときにナイスショットがでる。空間とボールとはつねに調和していて選手のスイングが調和するのを待っている。スイングが調和するのは稀である。稀に調和的スイングが起きる時それまでと違う次元の世界が生じ、何らかの変化、たとえば空気振動のようなものですかね、が生じ、それがテレビの画像に影響を及ぼす。そういう画像の変化を何度か経験しているからボールの行方がわかる。

いま書いた仮説ではうまく説明できない現象があるので、もどかしさがあります。どういう現象かというと、これはさらに稀なことですが、選手の姿を見ただけで、即ちスイングする前からどういう結果がでるか予感することがあるのです。前に土俵下の力士を見ているとどういう相撲になるか分かることがあると書きましたが、それに似ています。

ゴルフをされない方でも、マスターズゴルフをごらんになれば神秘的な瞬間を経験できるかもしれません。経験できないとしても、傑出した人たちをたくさん眺めることは悪いことではないのでお勧めします。
↓から実況中継をみることができます。
http://www.masters.org/en_US/index.html
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同調感・2

コスタリカ国立劇場(Teatro Nacional Costa Rica)もその前にある広場に面しているホテルも築百年という感じのこぶりで美しい建物です。新しい商業ビルがいくつかあって、池袋とか藤沢の駅前のような雑然とした感がしないでもありませんが、新しい建物もこぶりなので、全体としては古い時代の美的空間が辛うじて勝っています。

8時45分、ネットカフェを探すまえに劇場の切符売り場に寄ろうとしたら劇場の入り口でガードマンに停められました。日本のガードマンより精悍でアブナイ風貌。うかつなことをするとたちまち腕をねじあげられそうです。

用心深く、しかし堂々と、今夜の演奏会の切符をもらいにシルビアのところに行きたいのだと言うとガードマンは一瞬ためらいましたが、思い直して無言でストップ。入れても良いけれど、私を入れると他の観光客もいれないといけないとでも思ったのでしょう。

すると、劇場の中から黒い影が出てきて、わー、いらっしゃいと手をのばしてきたのはコスタリカ国立交響楽団の音楽監督、小松長生さん。ガードマンに私の友人だと言って中に入れてくれました。ガードマンはホッとしたような顔になりました。

小松さんは劇場の中を手早く案内してくれ、あと十分ほどでリハーサルが始まりますから見ていきませんかと言って、近くを通りかかったスタッフに貴賓室のドアの鍵を開けさせました。リハーサルを聴けるとはなんという幸運。

私がホテルを出る時間が五分遅かったら、車が劇場のすぐ前にとまらなかったら、ネットカフェを探しに行ったら、なんで入り口付近にいたのか分かりませんが小松長生さんが一分でも早く楽屋へ移っていたら、などなど、ひとつのタラでこの幸運を逃しています。小さな奇跡に近いことが起きたわけですが、朝からの同調感が続いていて、ごく当たり前のことが進行しているのだと感じながら暗い貴賓室から舞台をながめていました。



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同調感

3月6日はなんという題にしようか、シンクロナイズ、インターフェース、同調、共鳴、などと迷っていました。迷ったすえ変身術としたのは、人の気をひくような題をつかえば、自らにも活が入るかもしれないと思ったからですが、云わんとしている事をぴったり表す題ではなく、従って云わんとした事を書いていません。

なにを書きたかったのかというと、3月4日、ホテルのプール際にあるキャファテリアで朝食をとっているときに感じた自分のことです。二日にわたって温泉の滝にうたれたり、密林の世界をみたせいなのか、自分というものの感じが違っています。コスタリカに流れている大きなリズムと同調している、あるいはコスタリカというイキモノの一部になってしまったとでも云えばいいでしょうか。すべてがスムースに進んでいる感じです。

朝七時、ホテルのビジネスセンターでメールをチェックをしたのですが、日本語環境のPCがなくて30分3ドルだったか5ドルだったかを丸損。センター専属スタッフは用をなしません。バンクーバーをでる前にグーグルで国立劇場の近くのネットカフェが良いと分かっていましたので、朝食後でかけることにしました。部屋をでると廊下にいるベッドメーキングのスタッフがコスタリカ語でオハヨウという、ロビーを横切るとスタッフが英語でオハヨウという。ホテル専用のRVに乗り込み、コスタリカとの同調感がますます強くなっている感じがします。

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白鵬・予知能力抜群
予知能力の鍛錬には相撲を見たらよいと書きましたが実際にやってみようと思われたかた、まずは白鵬の相撲をごらんになると良いです。

前にも書いたことがありますが、今のお相撲さんのなかで相撲勘は白鵬が抜群だと思います。仕切る前から相手の心身のリズムを読み取り、立ったときには対応プログラムができているという感じです。白鵬のそういう勘、すなわち予知能力は抜群だと思うのです。朝青龍より上ではないでしょうか。

ところが、土俵下で待っている白鵬を見ていて、今日はいけないと思う日があります。目つきに落ち着きがなく、集中していないというか、予知に必要な心身の統一感が感じられません。そういう日は負けています。

白鵬の土俵下での表情を見て、今日は良い、今日は悪いと判断してみてください。だんだん相撲の流れが分かってきて当たるようになります。相撲で予知能力ができるとほかの事象にも応用できるようになります。

ところで白鵬が横綱になり、朝青龍としのぎあうようになったら人々は何と呼ぶのでしょうか。青白時代それとも龍鵬時代。白鵬がいつ横綱になるか、ならないかもいれて予想するのは一興です。

http://sumo.goo.ne.jp/ozumo_meikan/rikishi_joho/rikishi_2320.html
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朝青龍 ・予知能力を鍛える
木霊JUGEM版からオリジナル版へのコピー、さきほど今月の分を終えました。部屋をかたづけたような気分。このまま一気に去年の分もコピーすればよいのですが、このような創造性というか、工夫すれば手際よくできるようになるという要素のない作業は苦手。

一年前の日記を見ました。1月22日に朝青龍と羽根直樹のことが書いてありました。なかなか良いことを書いてると自画自賛。

今年の大相撲初場所は朝青龍の全勝で終わりました。場所中に予想を書こうかと思ったのですがやめました。二日目で魁皇、五日目で若の里の負け越しを予想していました。じゃんけんのあとだしじゃんと言われそうですが、本当です。楽しい予想ではないので書く気がおきなかったのです。

テレビでみていて、この相撲はこうなると予想するとその通りになることが多いので、くみちゃんが、どうして分かるの、占い師にでもなったらと言います。

どうして分かるかと質問するのは去年1月22日の日記を読んでいないか、読んでも理解していないからです。予知能力を鍛えたい方、相撲を見たら良いです。
http://www.sumo.or.jp/
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人形町界隈・偶然必然
これを書いているのは十一月十二日金曜日の午後。さきほどバンクーバーに戻ってきたところです。

東京にくると渋谷池尻の次女宅に泊まるのですが、そこはタクシーも入ってくれないせまい路地奥。「駅から五分、閑静住宅街」ですが旅の荷物を持っている身には遠く感じられます。大地震があったりしたら甚だ危険。ということで今回は十一月六日の夜から九日朝まで箱崎のホテルに三泊しました。

箱崎のちかくにあるのが人形町という下町。六十年前、米軍が大半を焼き尽くしたのですが、無事だったところも少しはあって、そこは写真でみる昭和初期の町並とさして変わらない世界です。

八日、ホテルを出たところでばったり会ったのがくみちゃんのお兄さんのひとり。近くにある会社にきているといいます。偶然というのか必然というのか。前にもトロントで同じような経験をしたことを書きましたが、ホテルを出るのが一分、いや三十秒、早かったり、遅かったりしたら会うことはできません。

三十分ほどお茶を飲んで別れました。
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昨日の続き
病院生活四ヶ月のどのあたりだったかは覚えていませんが、妙な夢を二度見ました。

夢 
私は北欧らしき街を歩いています。だれかが私に語りかけました。
「リオポコーラ、その角を曲がると冬だよ」
私は少年になっています。声の主はみえません。

なんで自分がリオポコーラなのだろう、角の向こうが冬だとはどういうことなのだろう、曲がってみようと思ったところで目が覚めました。

夢◆
傾斜がきつい丘を苦労して登っていき、頂上にたどりつくとうっすらと雪が積もっています。雪のすぐ先にきれいな花がたくさん咲いています。

ああ、きれいだなあ、そうか、天国にきたのか、いま死ぬんだな、と思ったとたん眼がさめました。

さて、本題です。1973年の夏、日本からきた友人とカナディアンロッキーへ車で行く途中、曲がりくねった山道を走っているときに突如目の前に現れたのが夢でみた丘。頂上にきれいな花が咲いています。あっというまに通り過ぎましたが、顔が青ざめるのが自分でもわかりました。

書いているうちに思い出しました。療養中にもうひとつ別の夢を見ており、地下街を歩いている夢ですが、地下街は数年後の東京に出現しました。おそらく、地下街の建設計画に携わっていた人の意識が流れ込んできたのだろうと思ったものです。

そのように解釈すると私がみたのは予知夢というより、病気で鋭敏になった感覚がだれかの意識をとらえていたということだったのかもしれません。

しかし、それでは夢,寮睫世できませんね。リオポコーラという少年がいたとしても角を曲がると冬だなんて世界があるとは思えません。

こういうわけの分からない夢とは別に、次の瞬間、そうですね、十秒後とか一分後にこうなるだろうと強く感じ、その通りになることは何度も経験していますが、誰でも経験していることかもしれないので書かないことにします。
| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 23:58 | - | trackbacks(0) |
予知・その他
三十年前に体験した予知のことです。こういう話は胸にしまっておくのがよいのかもしれませんが、何人かに話した話もあるし、まあ書いてしまいましょう。同じようなニンゲンがいるものだと、読んで安心するひとがいるかもしれないし。

留学からさらに十五年ほどさかのぼった一時期、四ヶ月の入院生活をしたことがあります。医者からいわれた絶対安静を守ってトイレへいく以外ベッドに横たわっていました。治るまで一年、もしかすると二年といわれた、つらい日々でした。あとからふりかえるとそういう経験は人生の節目のようなもので決して悪いことではないのですが、当時はいてもたってもいられない心境でした。いまふうにいうなら焦りまくってた。

四ヶ月のあいだに不思議な経験を二度しましたが、そのうちのひとつが予知に関係しています。このふたつのことはいまも鮮明によみがえってきます。つづきは明日。

鮮明によみがえることはもうひとつあります。入院して三ヶ月ほどたち、夏休みもおわり諦めの気持ちになっていたあるひ。とつぜん外から学校帰りのこどもたちとおもわれる一団の声が聞えてきました。話し声ではなく、歌声。歩きながら斉唱している。

♪あーきの水ー、澄み切ったー、流れにうつるあかとんぼー、何百何千、そろって西へ、たーだ西へ、そろって飛ぶよー、そろーって飛ぶよー

水ではなく空だったか、西へより飛ぶよが先だったか。鮮明な記憶も怪しくなっています。まあ、細かいところはともかく、病院のまわりはいつも静かで、歌声が聞えたのはあとにもさきにもそのときだけ。同じように歌っていた小学生のころを思い出したり、くよくよしてなるものかと力が沸いてくるような気になったものです。いまでも田舎の子たちは斉唱しながら歩いているのでしょうかね。
| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 23:56 | - | trackbacks(0) |
予知・続き
今日は第百回カナディアン・オープン・ゴルフの最終日。これまで五十年カナダ人が勝てないトーナメントですが、三日目を終わってトップにたっているのが昨年マスターズに勝った初めてのカナダ人、マイク・ウィア。二位に三打差で出発しました。

こういうことは書きたくないのですが、テレビをみていて、ああ、このパットは右に外すだろうという予想があたり、プレイオフになったときに彼の優勝はないと分かりました。十八番で水にいれるだろうという予想もあたり、ビジェイ・シンが逆転優勝しました。

テレビをみていてこういうのが分かるというのはどうしてなのか、自分でもわかりません。あなたが云うとそのとおりになるから言わないでとクミチャンが云ったのですが、云ったからそうなったのではなく、そうなるから云ったのです。

大相撲が始まりました。五連覇をねらう朝青龍の初日、琴光喜との相撲は技だけでなく力でも勝てるのだと誇示したかのような相撲でした。少々強引な相撲だと感じましたが、技と力どちらでもこいという強気に他の力士が萎縮するのか、それとも朝青龍の相撲にほころびをみてとるのか、これからの展開が楽しみです。

期待の白鵬、ふつかめの大関、魁皇との相撲では先場所にあった不動の構え、自然体からくる相手の先をいく動きがなく、ぎこちない相撲でした。あれでは優勝争いに絡めない。はたち前と若いからうまく切り替えができると良いのですが。http://homepage3.nifty.com/kite-tonde/mihon.html
| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 19:56 | - | trackbacks(0) |
予知
わくわくする題名ですが、大した話ではありません。

今日はノースランズ・ゴルフ・コースで八人のミニ・コンペがありました。前回は睡眠時間三時間でダントツの最下位でした。今日もイメージ通りのショットが出来たのはわずか二回、ひどいスコアでした。私より悪いスコアだったのはわずかに二人。ゴルフの勘がなくなっています。

ティーオフする前にどのくらいのスコアで回るかを申告しておき、実際のスコアとの差が罰金として取られます。その罰金がビール代になります。今日は罰金が百ドル以上も集まり、幹事がテーブルの上においています。

私はそれでは風に持っていかれるよと忠告しました。一番ホールと十八番ホールを見渡せるバルコニーから飛んだら見ものです。幹事は小さな皿をお札の端に乗せました。もっとしっかり抑えた方が良いのにと思ったのですが黙っていました。

話が弾んでいた最中、何人かがアアと大きな声をあげ立ち上がりました。突如として強い風がふいて札びらが宙に舞ったのです。周りのひとも、ガラス越しの中にいた人もこちらを見ました。幹事をいれて三人がお札を追いかけましたが、二十ドル札一枚が回収できなかった。

そういうことになるだろうと数分前に分かっていたのは私だけだったのか、それとも他にもいたのかは分かりませんが、昔にくらべると日本人の予知力は衰えているような気がしてなりません。http://www.sam.hi-ho.ne.jp/nyanko/labo/precognition.htm
| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 23:45 | - | trackbacks(0) |
夢を変える
碁のビデオをみながら寝ることがよくあります。

テレビジャパンが映る大型テレビはデジタルテレビ、これでビデオを見るにはみっつのリモコンを操作しないといけません。タイマーをセットして眠った後にテレビが切れるようにすることはできますが、ビデオは自分できらないといけません。朝おきてビデオデッキがつけっぱなしということがあり、電気がもったいないとうしろめたくなります。

それにくらべると書斎にあるビデオ一体型の小型テレビはリモコンひとつで画面もビデオもきれるようになっているので、だんぜん良いめざめとなります。バルコニーにでてひんやりとした空気にふれる瞬間も良いものです。

そういうことが原因なのか、林を身ながら寝るのがよいのか、それとも室温がちがうためか、書斎で見る夢は大型テレビのある部屋でみる夢とだいぶちがいます。克明な風景がみえ、具体的なストーリーが展開します。

暑さで悪夢をみたりしたら、寝る環境を変えてみるのもテ。暑すぎるのも良くないでしょうが、冷えるとこれまたろくな夢になりません。冷房を使うときは寝たあとしばらくしたらきれるようにセットしておくのが賢明でしょう。
| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 15:01 | - | trackbacks(0) |
予感もどき・2

今日は昔の上司と同僚とで会食。新橋駅ちかくの三井アーバンホテルの地下にあるレストラン。ウェイターの名札に逢沢と書いてありました。

なにかの拍子に逢沢さんに、あなたは社会保険庁とコネがありませんかときくと、親戚に川島五十一というひとがいてそういう関係の仕事をしているといいました。 なんでそんな質問をしたのか覚えていませんが、元上司も元同僚もびっくりしました。

話しを続けているうちに、人間の健康は足が基本だから足を大事にするといいですよというと、逢沢さんはびっくりして、実は最近事故にあって右足がしびれているのですといいました。あなた、わたしの話にあわせてそんなことを言うのでしょうと笑うと、いえホントにいまでもしびれている、そのとき右手も怪我をして縫ったあとがこれですと言って右手、手首の傷を見せてくれました。

こういうことはときどき起きるのですが、偶然なのか超常現象の一種なのか、それとも誰にでもある普通のことなのか、、


| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 12:13 | - | trackbacks(0) |
予感もどき
ホテルでの朝食時。アメリカ人、中国人、フランス人と挨拶を交わしながら、ふとアメリカからきたジムにこれを食べたことがあるか納豆を見せると、やはり知らない。「fermented beanだが食べ過ぎると血栓ができるという説がある」といおうと思ったのですが、血栓という英語が出てこないので途中でモゴモゴしました。
午前中の会議の最中ジムにメモが手渡され、中座しました。昼食時に聞くとジムの奥さんが肺血栓で入院したという知らせがはいったといいます。ジムは急遽帰国することになりました。


| おのまのプロフィール | 非日常感覚 | 12:13 | - | trackbacks(0) |
マトリックス・鶉のピータン

ある音楽家と会うために指定された広場で待っていました。噴水、小さな時計台、石畳、落ち葉、人の群れ。二人の若い女性。そのひとりがブーツをはいているが網目ストッキングがつつむ脚がはちきれそう。ふたりはベンチに座ってタバコを吸い出す。東京はタバコを吸う人が多い。

見も知らぬ女性の表情もまわりの景色もはっきりと見えていますが、そういう風に目の前に広がった鮮やかな景色をみつつも、それがなにか現実という感じがしないことがあります。夢の中でも鮮やかな景色をみていることがあるのだから、今の景色だって夢かもしれない。映画「マトリックス」第一巻の風景のようでした。

音楽家と長い昼食をともにして別れたあと、横浜中華街に行き、トロント時代の友人夫妻と食事。食事の前に耀盛堂という店で鶉のピータンを買いました。杉浦日向子(江戸研究家)が推奨している記事をみて食べたいと思い、記事を切り抜いて持ち歩いていたのですが、はて切り抜いてから何年たったのか。

鶉のピータンは酒の肴に手ごろなサイズと味。ひとつひとつ袋にはいっていて長持ちします。12個入りで400円。注文すれば送ってくれるそうです。電話は045-681-2272。


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