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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

資料 古賀茂明「安倍首相は官民ファンドを即刻全廃すべきだ」

安倍晋三さんは森友、加計問題、トランプさんから兵器を爆買い、外国にバラマキ、などなど、国富を浪費し放題であるが、官民ファンドも同断

 

元官僚による分かりやすい解説&提言をみつけたので掲載 

http://dot.asahi.com/dot/2018120900007.html?page=1&fbclid=IwAR1xn4aA63AVMTAw_kCZXbfy6NWiIqQWdlw5FtLUjtVXwBi6pgWhcenDBHs

 

官民ファンドが無用だというのはさておき、そこに転身する銀行員が一億円ちょうだいという絵も嫌なもんだなと元銀行員・オノマは嘆じる

 

オノマが入った当時、社長の年収は新入社員の六倍であった

 

今の相場を詳しく知らない

 

ググる

 

銀行の初任給は二十万円程度の由。二十万x12か月=二百四十万

 

ボーナスが分からない。仮に百六十万円だとする。年収=二百四十万+百六十万=四百万

 

一億円は二十五倍なり 

 

所得格差が開いていく社会とは日々荒んでいるということではないのか

 

オノマが社会人になった頃の日本は、政治家も企業人も、日本人全員を一個の有機体、生命体、あるいは家族とみなして、共存共栄をめざしていたと思う

 

1985年あたり、バブル経済が始まったあたりから、おのれの得になることならなんでもありという人種が増え、かれらが各界のトップになり、日本の病状(事実隠蔽、改ざん、格差拡大、モラル低下、ダブルスタンダード、違法行為、犯罪)が悪化し、衰弱が進行しつつあるように感じる

 

所得格差が開いていくというのは頭と足をもって体を引き裂かんとするがごとし。舌の欲するまま飽食し内臓を損ない、命を縮めるがごとし。所得格差を五倍くらいに抑えるべし

 

さる大企業の重役から某ファンドの重役に転身したばかりの頃、ファンドに対して批判的なコメントを口にされていたKさん、あれから二十年、今はどうお感じなのか、気がむいたらコメントを・・・😎 

 

★ 追記

五年前に官民ファンドへの批判を書いていた、官僚出身国会議員のブログを発見

 

実相を知っている官僚OBはどんどん発信して欲しいし。マスメディアは拡散に協力して欲しい

 

http://www.eda-k.net/column/week/2013/01/20130128a.html

 

| おのまのプロフィール | - | 22:03 | comments(0) | trackbacks(0) |
山便り A Snow で行こう

摂氏二十度をこす日本ほどではないが、北バンクーバーも暖冬である

 

例年なら十一月下旬に開く近隣のスキー場がことしはどの山も累積で積雪十五センチほどのまま十二月にはいった。十五センチではすぐ解ける。滑るどころの話ではない

 

しかし

 

2010冬季五輪会場・サイプレスは人工雪の製造能力が抜群である

 

気温が零下におちた一日、二日にわたって人工雪を作り続けたそうで、三日、月曜日の朝にバニーヒルを開けた

 

初めてスキーを習う子供が対象のゲレンデはバニーヒル・Bunny Hill ・子ウサギちゃんの丘と呼ばれてる

 

初日、混むかと思いながらでかけたが、バニーヒル一本では学校、はたまた仕事を休んでまで滑る価値なしと思うのが自然か、思ったより空いていた

 

リフト代は割引、31ドル50セント

 

わがやから北へ八十五キロ、北米最大のスキー場、ウィスラーと同様、リフトチケットをヤッケに入れたままで通る電子改札になっていた

 

初心者もすこし滑れるようになるとバニーヒルに戻ってこないのだが、きょうはかなり上手な子が数名滑っていた。ロージンはオノマだけ

 

パカパカに凍った雪面

 

外足加重を注意深く確かめながら滑った。体勢が乱れていないか、エッジングの感じはどうかと十メートル滑っては停止する・・を繰り返した

 

エッジングがしっかりできるようになってきたので滑降距離を徐々に長くし、リズミカルに滑るようにした

 

リズミカルに滑れるようになると積極的に加速させる滑りにギアアップ。ギアをあげると脳がどんどん活性化してくるのが分かった

 

ういう感覚、去年はなかった。思うに、オノマの脳機能が衰えたからにちがいない

 

どこでターンするか、外足加重がしっかりしているかを瞬時に認識、判断し続けることが脳を働かせる。以前は余裕だったのが、今は強い衝動のようなものが脳に伝わってくる。呆けてきた脳に、ボーっと生きてんじゃねーよと足の裏が叱咤している

 

今年の流行語大賞に「首相案件」とか「忖度」が入らなかったのは官邸から圧力があったのだろう。来年は「やってる感」をはやらせたい、と妄想

 

 

 

なにはともあれ

 

命短し、滑れよオノマ、スキーは楽し、呆けよどけ

 

人工雪のバニーヒルで滑ってたまるか・・そんなぜいたく言ってると滑れなくなるよとの警告をこめて、暇人オノマ、歌をつくった。題してTake the A Snow・人工雪で行こう

 

AAIA AI=Artificial Intelligence・人工知能 

 

 

 

You must take the A SNOW
To go to BUNNY Hill way up in SKI

If you miss the A SNOW
you’ll find you missed the quickest way to SKI

Hurry, get on, now it's coming
Listen to those
SNOW GUN a-humming

All aboard, get on the A SNOW
Soon you will be on BUNNY Hill in SKI

 

人工雪で行こう

 

スキーのバニーヒルに行くのなら

 

人工雪を見逃せば

 

一番スキーに遅れるぜ

 

いそいで、乗りな、そこに来てるよ

 

ほら雪玉砲がうなっているだろう

 

さあ乗った乗った人工雪に

 

スキーのバニーヒルはすぐそこだ

 

 

 

★ 

山便り映像編

 

あとでみたらタイポがあった。目の良い人にはみつかるだろうが、このまま放置

 http://www.youtube.com/watch?v=IDGSsN8_XPM&feature=youtu.be

 

元歌 Take the A Train

http://www.youtube.com/watch?v=KG9htI6yzSs

 

| おのまのプロフィール | - | 10:48 | comments(0) | trackbacks(0) |
名も知らぬ 猫 地下室でくつろぎぬ

かつて我が家を根城にしてこの界隈をしきっていた猫・ゲンキーと体の様子が似ている、すなわちメインクーンの系統と思われる猫がときどきやってくるようになったのは去年だったか、はたまたその前年だったろうか

 

はじめのうちはこちらの姿をみるとパッと逃げたものだが「オイ、ゲンキー」と声をかけ続けているうちに逃げるのをやめて、目の前でゴロニャンしたり、寄ってくるようになった

 

今年の六月、玄関先でゴロニャンするのをパチリ

 

 

それからしばらく姿をみせなくなった。夏がおわり雨の日が多い季節になった。雨がやんで小春日和の日が何日か続いた。猫は毎日やってくるようになった

 

ゴロニャンはしないが触って良いよという仕草をする。クビと頭のあいだ、すなわちエラのあたりを突き出し、ここを撫でろというのがゲンキーと変わらない

 

まいにち地下室の窓際までやってくる

 

家の中に興味があるのはそぶりでわかるが中に入ろうとしない

 

ある日、ちゅうちょしているのを抱き上げ、肩にかついだ。これまたゲンキーと同じでぐんにゃりとしている

 

地下室にいれて、窓を閉めたら、不安になったのか、にゃごにゃご鳴いて止まらない

 

♪やっぱりおんもが恋しいと鳴いてはオノマを困らせた〜

 

次の日も晴れたが猫はこなかった

 

強制収監されて怖い思いをしたのかもしれない。くわばらくわばらにゃあ

 

ところがふつか後にまたやってきてこんどは自ら地下室に入ってきた

 

部屋のなかを調べるように歩き、そして床でゴロニャンをした

 

テーブルにとびあがり、しばらくのあいだくつろいだ

 

ゲンキーの時もそうだったがくみちゃんはテーブルの上に猫が乗るのを嫌った

 

以上、何日かにわたっての様子を一本にまとめたのでごろうじろ

 

 

猫は昨日、十一月三十日もやってきて、エラを撫でさせたが家の中に入ろうとしなかった

 

気がむいたらいつでも入っておいでにゃあ

| おのまのプロフィール | - | 08:43 | comments(0) | trackbacks(0) |
ビフォーアフター・十三年@小野小道

2001年の夏から住み始めた北バンクーバーの家は裏庭が森に接している

 

裏庭は上下二段に分かれている。上段は芝庭なので東京都港区にある芝浦公園をもじって芝裏公園、下段は上野公園をもじって下野(したの)公園と命名。森から熊、アライグマ、スカンク、リスなど野生動物がしょっちゅうやってくるから公園。オノマは公園管理人

 

下野公園から森に入るとすぐ崖になるのだが入ったすぐの所は崖まで二メートルほどが平らである。そこから北へ進むにつれ狭くなり十メートル先は幅一メートルを切り、やや傾斜になっている。十メートルの道に小野小町をもじって小野小道(おののこみち)と命名

 

治水治山。表庭や芝裏公園で落ち葉や余計な土砂がでるとそれを小道に運び少しずつ平らな面を増やしていった

 

2005年8月

 

 

2006年9月

 

猫ゲンキー@子猫は小野小道で木登りの練習をしたりしていたが大きくなってからも小野小道は彼の勢力圏であった

 

 

2007年7月11日

平らなところが広がって寝椅子を置けるほどになった

 

 

この寝椅子は雨に濡れるとなかなか乾かないので処分した

 

2008年

 

平らな面は着実に増えていった

 

 

その後も落ち葉や砂利や土を入れていった。落ち葉は一年もたたないうちに土になるのだが、それはたぶん粘り気のある土であり、多少のことでは崩れない表土を作っていくのだと思う

 

そして、十年にわたり小野小道の記録がとだえた

 

十年ぶりの小野小道はこうなっている

 

2018年11月

 

下野公園の半分を紅葉の枝が覆うようになった

 

 

小野小道への入り口ちかくは野菜屑などからできる肥料や園芸用具の置き場がある

 

 

小道につながる斜面はレンガを置いて歩きやすくしてある。セメントで固めるのはためらっている

 

 

裏を見せ表を見せて散るもみじ

 

良寛が逝く直前に詠んだ歌、すべてをさらけだして接してくれた貞心尼への感謝の思い、いやそうではない、あなたにはすべてをさらけだした自分であるという意味、などの説明があるが、真相はどうだったのか

 

うらおもて みせるもみじの 潔さ  (詠み人・オノマ@ニンゲン不信に過ぎるか)

 

11月25日。野菜屑などを入れる箱のふたが地面に落ちていた。熊が漁ったのであろう

 

 

もみじの絨毯が茶色くなるころには熊もどこかで冬眠に入っているのであろう

 

もみじみち あゆむ黒熊 冬支度

| おのまのプロフィール | - | 15:58 | comments(0) | trackbacks(0) |
寝床で寝言

このブログを書き始めてまもなく、すなわち2003年のいつごろだったか、医者たちのブログサイトと出会った。医者たちは日本の諸問題に関する高い知見をもっていた。感心すると同時におのれの無知にあきれた。オノマ、ボーっといきてんじゃねーよ

医者たちのブログを毎日フォローした。ブログのほとんどは今、冬眠ないし消滅している。衰弱していく日本を象徴している感がある

消滅したブログのひとつに「あかがま先生」というブログがあった。わがブログの右側にあるLINKS(お気に入り)に貼ってあるがクリックしても無駄なり

あかがま先生は病院長であった。他の医者たちと交代で病院に寝泊まりする様子、察するにあまり居心地が良さそうではない仮眠室で寝泊まりしている様子を何度かブログに書いていた

その様子は戦場に野営する兵士のようでもあると書けば救いがあるか、正直なところ新宿駅西口にたむろする(今でもいるのかどうか知らないが)ホームレスとさほど変わらない荒んだ光景だねと感じた。世の医者たちが味わっている境遇に心が痛んだ

ボーっと生きていることへのせめてものつぐない。オノマはベッドで寝ることをやめた

我が家にあるベッド(三台)はすべて折りたたみ式の壁ベッドである

布団をたたんで押し入れにしまう日本人の知恵はとても優れている。でも、昼日中にベッドがむき出しになっている光景を好まないのは日本人だけではない。当地は壁ベッドの種類が豊富にあり、日本でより半分以下の値段で作ってもらえる。オノマの書斎兼寝室の壁ベッドは二十五万円くらいだったと思う

かようになっている

壁からテーブルがでてくる

テーブルを戻すと壁になる

壁を倒すとベッドがでてくる

ベッドを壁に収めると六、七畳の床ができる。夜になると床に布団を敷いてオノマは寝る

命短し、眠りは浅い、見知らぬ世界でもがく吾れ

みたことのない世界の中でもがき、あがいている自分が徐々に消え、なれしたしんだ自分がもどってくる朝方

暗い森が少しずつ赤らんでいき、やがて紅葉が浮かんでくるのを布団の中から眺めている

また一日が始まるのかと憂鬱になる時があり、今日はこれをしよう、あれをしようと積極的になる時があり、赤いもみじが日ごとにくすんでいき、雨にぬれ、風に吹かれ、地面に落ちていく・・時間というものの習性をじっと見つめている

 

| おのまのプロフィール | - | 12:13 | comments(0) | trackbacks(0) |
この瞬間、この感触をいつまで記憶できるかと問いかけながら撮った写真

来客三人&くみちゃん

 

「女」という字をみっつ重ねて「姦」。四人だからチョーかしましい

 

みなさま元気で結構。でも加熱の気味あり。少し冷まそう

 

カズオイシグロは記憶を扱った作品が多い、記憶とはなにか、時間とはなにか、みんな、いまこの瞬間の出来事が本当に存在していると感じているよね、手に触って温かいとか冷たいとか感じるよね、みんな手を出して重ねてみて、どんな感じ?

 

とかなんとか言ってパチリ 

 

過去、現在、未来の三者は同格である、同じものが変化した事象であるってほんと? いや、大筋はそれで良いのだろうが、チコちゃんは違うかもしれない。いまこの瞬間に見えてるもの、感じてるものの現実感、存在感はすぐに薄れていき、挙句の果ては消えてしまう。未来、次の瞬間なら信号が青から黄色になるくらいは分かるが、明日の今頃にくるべきものの現実感、存在感はうすぼんやりとも分からない。なんで? チコちゃんは知っている。過去と未来は現在と同格ではない、現在のみは確かに存在しているが、過去と未来は存在しないのである・・・

 

そんな馬鹿な・・

 

オノマは過去の、すべてではないが、光景をはっきりと思い出すことができる、未来を、すべてではないが、見ることができる。それが錯覚なのか、はたまた正覚なのかは横に置いて、また、そういう感覚が常にあるというのではなく、何でもはっきりと分かってしまう時がたまさかに生じるだけだが、そういう感覚が全くない人がいる、多い、いま目の前にいる人たちもそうだ、同じ場にいるけど、何万光年も離れていると感じるときに、底知れない闇のなかにいるような寂しさを感じる

 

そういう寂しさを初めて経験したときのオノマはとても苦しんだのだが、やがてそういった感覚を痛感するのではなく、鈍感する力ができるようになり、今は楽である。しかし、基本的な気分や如何と問われれば、ニンゲンは地球と言う名の刑務所で刑を務める囚人の群れ・・である

 

またみることもない山が遠ざかる・・生まれた家はあとかたもないほうたる・・分け入っても分け入っても青い山・・・と詠むことによって山頭火(さんとうか)は痛感から楽になったのかもしれないと妄想

 

いや、長くなった

 

なにはともあれ、姦しい四人にこの感触を明日まで覚えているだろうかというようなことを問いながら撮った写真

 

 

 

 

 

 

| おのまのプロフィール | - | 07:31 | comments(0) | trackbacks(0) |
たまには政治の話@小和田恒さんの論・沖縄

オノマはもう日本のことには関わらないのが良い、日向ぼっこをしながら猫の蚤をとってれば良い・・・・

 

と決めたものの、猫・ゲンキーはとっくの昔にいないし・・・そもそも蚤なんかいなかったし・・・いたとしても日向ぼっこをする縁側がないし・・・

 

というのは言い訳。ブログに書くまいと決めただけでいつも日本のことを思っているオノマ

 

さきほど、琉球新聞で見た記事に驚いた

 

う〜ん。頭脳明晰な小和田恒さんにしてこういうことを言うのか

 

日本はほんとに大変じゃねブログに書いておこうと翻意

 

第二次大戦が終わり、戦争を知らない子供たちが両親に向かって、なんで戦争に反対しなかったのとなじる。両親はなにもいえない・・・というのは嫌だものね

 

今の日本の空気はおかしいですよ〜ん。小和田さん、変ですよ〜〜

 

あとさき逆。オノマの考えを先に書き、小和田さんの発言を後に貼るので読んで分かりにくいと思うが勘弁乞う

 

小和田恒さんへ

 

優先順位が違っていませんか

 

「最も重要なことは普天間をどうにかすることだ」ではなく「最も重要なことはこれ以上沖縄に米軍基地をつくらないことだ」というのが沖縄県の民意ではないのですか

 

知事選挙でもってふたたび辺野古反対の知事が選ばれたのは橋本、小渕時代の事情が変更したということであり、であれば「米国と条件闘争をする」のではなく、民意をバックにして「沖縄から海兵隊に出て行ってもらう交渉をする」のが本手、本筋ではありませんか

 

昭和がおわり、平成が終わらんとするのに、それでも米国に忖度することを旨とし、沖縄県民の意思を踏みにじり続ける日本で良いと思われますか。「できもしないこと」とあきらめるのではなく「自分の道を自分で開いていくという気持ち」で交渉をすべきではありませんか

 

「中国や北朝鮮のことを考えても、沖縄でないといけないだろう」とは小和田さんらしくもない時代遅れで雑駁な論だと思いました。軍事的観点からみて海兵隊は沖縄以外ではダメと本気で思っている米国の軍関係者は少ないのではないでしょうか

 

小和田さんの発言主旨 (琉球新聞記事 2018年11月19日)

 

1972年の本土復帰の時に福田赳夫外務大臣の秘書官を務めた。1984年、外務省条約局長の時に米軍基地の状況を知るために沖縄県内を回り、日本の国全体で沖縄のことを考えないといけないと思った。普天間飛行場をあのままにしておくわけにはいかないと強く思った。北部訓練場についても、ベトナム戦争が終わった後にあそこでやる必要はない。ただ米軍にしてみれば今まで通りが一番いいだろうし、そう思っているだろう。しかし、日本政府が何もしないわけにはいかない。

 普天間問題を(国際司法裁判所在任中の2009年に)オランダから見ていたが、稲嶺恵一知事と岸本建男名護市長が頑張って辺野古に合意したのに、鳩山由起夫さんがかき回した。どこかに移すとか、できもしないことを言うべきではない。現在は政府が強硬なのもあって県民は不信感を募らせているが、そういう状態を放っておいてはいけない。

 最も重要なことは普天間をどうにかすることだ。世界中を見てもあんな危険な基地はない。ただ、沖縄の外に持っていくことは不可能だ。機能をどこに持っていくかと言うならば、以前合意した辺野古だろう。日本政府は米国と条件闘争ならできるのではないか。政府は米国ときっちり決めた上で、県と話し合いを持つべきだ。この点で橋本龍太郎さん、小渕恵三さんは頑張っていた。

 中国や北朝鮮のことを考えても、沖縄でないといけないだろう。だから条件闘争だ。日本国民全体でどうにかしないといけない。沖縄には申し訳なくて口にはしないが、そのままにしておけということが、本土ではみんな腹の中にはある。沖縄県と日本政府がいきり立ってばかりでは解決しない。

 若い人たちには沖縄の明るい将来に目を向けてほしい。どうやったら豊かになるのかを考えてほしい。沖縄を久しぶりに訪れたら活気に満ちた場所になっている。地の利もある。東南アジアに向けての経済の中心地として発展して豊かになっていくはずだ。

 沖縄に限らず日本の若者は素直で吸収力はあるが、自分でやらなければならないという意思が希薄だ。自分の道を自分で開いていくという気持ちが大事だ。中国でも講義をすることがあるが、あちらの学生はアグレッシブ(攻撃的)だ。世界で何をするかと考えるよう学生に刺激を与えるべきだ。

 

http://ryukyushimpo.jp/news/entry-836252.html?fbclid=IwAR36qQ3Xs5M1J92K82KtCx10s--S0QlYnY93rQV0Di04Imw-QPjaicAKGLo

 

| おのまのプロフィール | - | 19:48 | comments(0) | trackbacks(1) |
ビフォー・アフターの補足

前回のブログでビフォー・アフター、2017年10月と2018年11月の写真をのせたが、あらためて見直したら違いがはっきりしない

 

オイルタンクを除去したあと芝には砂利が散乱し、もともと痛んでいた芝は惨憺たる状況になってしまった。しかし、日差しの強い真夏の炎天下で動くと五分でへばるので手入れをせずに放置した

 

惨憺写真をさがしてみつかったのは・・・

 

スキー仲間が引っ越しをするので不要のものを売りたい、庭先を使わせてくれという。この界隈は人通りが少ない、たまに散歩する人がいるけれどたぶん現金を持ち歩かないと思う、と断ったうえで店開きをしたときに撮った写真

 

この写真でも如何に惨憺たる状態だったのかは分からないのだが枯れている分ましだろうと思い載せる

 

 

暑さが和らいだ頃、一日に一回、五平米くらいずつ、這いつくばって枯れた芝の根をかきだし、三十リットルほどの園芸用土を入れて凸凹している地表を平らにならし、肥料が混じっている芝種を蒔き、水をたっぷりかけるという作業を、十数回繰り返した

 

作業をしたばかりの所は土の色で黒い、一週間ほどたった所は新芽が出てくる、十月の終わりころには全体が青々とした

 

今しがた、すなわち十一月十八日、朝八時前に、ほぼ同じところから撮ったもの

 

気温は摂氏二度。霜が降りて芝が凍っている 

 

地中の虫を食べるアライグマがときどき芝をひっくりかえす。修復したいが、今の時分は種を蒔いても芝がでてこない。温かくなる季節を待つべきか、それとも土を変えてみようか・・

 

ちなみに知人のヤードセール(もしくはガレージセール)で買い手は一人だけ。現金をもっていないからあとで来ると言ったのでどうかなと思ったのだが、十五分ほどで戻ってきた

 

コーヒーとビールを無料でふるまい、数人が飲んでいった

 

 

商売にはならないが見知らぬ人との交歓は面白い、またやろうと話したのだが、その後は天気に恵まれずそれっきりになった

 

 

 

 

| おのまのプロフィール | - | 10:15 | comments(0) | trackbacks(0) |
ビフォーアフター・オイルタンク除去@一年前

今住んでいる家は1955年ごろに建てられたものである。スキップフロア、三層の家がはやったらしく、この界隈、半径一キロの中に似たような家が数軒ある

 

当時はタンクを地中に埋め、そこに貯めたオイルを家の中にあるボイラーに引き込んで温水や暖気を作っていた。オノマが家を買った1989年9月時点ではオイルの代わりにガスが使われるようになっていた。そのときはタンクが地中にあることを知らなかった

 

買ったはいいが、しがないサラリーマン・オノマは仕事の都合で、トロント、藤沢、トロントに住んだ。十余年にわたってこの家に住んだのは若い白人夫妻と子供たち

 

いつになったらバンクーバーに住めるのか

 

一度の人生、何を取り、何を捨てるかを決めることこそ肝心

 

借家人の夫婦が離婚し、家をでることになったのは神の計らいというべし。命短し、そろそろ還暦。オノマは仕事をやめ、すなわち、失業者となり、2001年の夏から家の補修、改修、改造を始めた

 

2010年の夏。隣人家族の息子・マイクが結婚、両親・ボブとテルマはコンド住まいをするため家を売った

 

ボブ曰く、何年か前に法律が変わり、家を売るときはオイルタンクを撤去しないといけなくなっている、これから専門業者に頼む、お前の家もタンクが残っているかもしれない

 

タンクにオイルを入れる為の直径五センチほどの鉄パイプが地上から一メートル出ていた。二十センチほどの鉄ノコで一時間、地上すれすれのところから切り取った

 

一度の人生、何を取り、何を捨てるかを決めることこそ肝心。というか、2017年、後期高齢者となったオノマ、命まさに短し、すべてを捨てる準備を始めると決めた。たぶん同い年のボブに遅れること七年。家を売ってコンドに移ろう

 

2017年10月19日、専門業者がタンクを撤去した。あっという間に終わった。人生も最後はこんなもんだろうな

 

この頃からオノマは右の肩甲骨から右手の先まで、いやあな感じの痛みに苦しんだことはブログにも書いた。一時は歩くこともままならない状態になった。命短し、間に合うか・・・

 

2018年。一月から二月、痛みは徐々に軽くなり、家に買い手がついた三月にはスキーが絶好調であった。命短し、家を愉しめ。売るのを見送った

 

春、夏、秋と家を大いに愉しんだ。今は家と別れるふんぎりがついている

 

前置きが長くなった

 

一年前は体調不良、ブログ更新意欲大幅減退、撮った写真はカメラのなか

 

写真をほんじつ取り出したので以下に掲載

 

2017年10月19日 

嵐の前の静けさ

このどこかにタンクが埋まっている

二十二年愛用したトヨタ・カムリ・ステーションワゴンはほどなく知人に進呈した

ホンダ・フィットは使いやすく、これが三代目。同じ車種で三台乗ったのは他にない

 

撤去業者がやってきた

 

あっという間に下準備

黄色い棒は何だろう

 

拡大

ショベルであった

植栽を移植する場所を探しているらしい。このあたりにつつじや沈丁花が移されていた

 

 

小型ショベルカーが運ばれた

 

掘削は手早い

 

タンクに当ったらしい

 

タンクを切断し始めた

 

気が付くと切断されたタンクが取り出されていた。タンクは空であった

 

想像していたより小さい。満杯で何日もったのだろうか

 

切り取ったコンクリートをこの穴の中に放り込むのをオノマは呆然とみていた

その上は砂で覆われた。雨が降るたびに表面はへこんでいった

オノマは土を買ってきて補修した

年が明けると知人がセメントで表面を固めてくれた。感謝

 

こんなところにリスがいたことに今きがついた

 

芝生に散乱した砂利を取り除いたのは今年の夏になってからである

 

夏の日差しが和らぎ始めたころからオノマは地面にはいつくばって死んだ芝を取り除き、土を入れ、種を蒔いた。芝がなんとか見られるようになったのは十月になってからである

 

ビフォー

アフター

 

三日連続で晴天となり庭仕事をした

 

二度にわたって移植された沈丁花とつつじは歪み、痩せた。回復するのに二三年かかるだろう

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

| おのまのプロフィール | - | 14:35 | comments(0) | trackbacks(0) |
オノマ生きてます@錯覚かもしれませんが

自分という存在はそもそも何なんだろう

とは誰でも一度は考えることであろうか

 

まあ、七面倒な話は横に置いて・・・

 

十一月十日(土) 17:01〜17:10 

我が家からほんの少し見える海の景色を写真に撮った

 

裸眼でみる光や色とは別なものが写る

 

おのれの眼でみた景色が本物である

真を写すのだから写真が本物である

 

という争いは不毛。時間がもったいない

 

記憶が確かではないのだが、犬は色を識別できない由

 

オノマ、カメラ、犬・・同じものを見て違う映像を捉えている

 

そもそも「同じもの」ってなんなの?

いま、あなたの左に見えるものってなんなの?

本当にあるの?

 

いや・・そういう七面倒な話も横に置いて・・・

 

オノマの見た景色を本物だと仮定してカメラはどう捉えたか

 

シャッター速度1/30秒だと夕焼けの色がほとんど消えている

 

1/200秒。本物に近いが、やはり夕焼けの色は薄い

 

1/1000秒。本物に近い空。海と陸が暗すぎる

海と陸は1/30秒がいちばん本物に近い

 

17:10 過ぎ

もっと右の空は本物に近い色、明るさで写っている

 

宇宙輸送船、こうのとりが地球に戻った頃であろうか・・

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