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過去⇔現在を行ったり来たり・ときどき未来へも@バンクーバー 

ブログの更新が遅れました・・・秋の空

日本の政治風景を見ていてなんだかアホらしくなり、ブログの更新をする気も薄れてしまいました。安倍晋三さんのせいです(笑)

 

気を取り直してバンクーバー風景を書くつもりになったのですが、それから半月もたってしまいました。遅まきながら「秋の空」という季語は手軽にすぎるかなと思いつつ書きます。

 

★「秋の空」

 

 

1860年の頃カナダ西岸に生まれた町、バンクーバーの発展を見越して、ある時期の施政者やビジネスマンたちがここを未来の背骨にしようと考えてメイン・ストリート(主要通り)という道路を造った。というのはオノマの想像であり資料にあたって調べたのではないのだが、まあそんなところであろう。

 

背骨の両脇に伸びる骨には数字とウェスト(西)、イースト(東)がつく、West 1st  East 1st  West 2nd  East 2nd  West 3rdといった道路が約100メートルの間隔で並んでいる。南端は70番台である。1stより二百メートルほど北にターミナル・アベニュー(終着路)という通りがあり、終着駅、冒頭の写真がある。

 

 

バンクーバー発祥の地域が魚の頭で、今はダウンタウンと呼ばれているのだが、そこの通りは数字ではなくジョージアとかロブソンとかいう名前である。

 

通りが増えると名前が追いつかなくなるから数字にしたのであろうというのも想像でしかないのだが、100メートル間隔でならぶ道路に番号がついているのは車で移動していて今どの辺にいるのかが分かって便利である。

 

2017年の今、メイン・ストリートに町の背骨という感じはない。空港やアメリカへ行くにはメインより西にあるキャンビーとかオーク、あるいはグランビルといった通りのほうが便利だし、住宅街も概して西にいくほど高級になる。

 

キャンビー沿いには2010年バンクーバー・冬季オリンピックを機に整備された電車の駅が並び、いまも再開発が進んでいる。

 

メインは時代に取り残された感がないでもない。もっとも、そう感じるのは北バンクーバーに住んでいるオノマがメインを車で通るのは年に一度あるかないかであることが原因しているのかもしれない。

 

といったわけで、メイン・ストリートを歩くことは滅多になく、もしかすると通算二十年ほどになるバンクーバー暮らしで初めてだったのかもしれない。9月30日(土)の夕暮れ、知人たちの希望でメイン・ストリートを数十メートルほど歩き、道の東側にあるソントンパークという公園を横切りステーション・ストリートという道に入った。

 

ステーション・ストリートという名前のとおり、ここに先程の駅舎、パシフィック・セントラル・ステーションがある。駅から東に向かってカナディアン・ロッキーやトロントへと鉄道が延びている。

 

ちなみにステーション・ストリートは南北、ターミナル・アベニューは東西の通りである。

 

ステーション・ストリートのまんなかに黒いものが見えた。公園にはリスがいるとしたものであるがまったく動かない。

 

近づくにつれて靴だとわかった。いま脱いだばかりという風情だった。

 

なんでこんなところに靴があるんだろうとつぶやいたら木に登っているんだよと知人が言った。ああ、そうかと見上げた。

 

木は生い茂っていて人の姿は見えなかった。

 

からかわれたのだと気づいた。木に登ったとしたら靴は木の根元にあるはずだ。ドッキリカメラの類かなにかのいたづらだろうかと思いつつ写真を撮った。

 

帰宅してその晩、床につくとその時の光景を思い出し、何の目的があったのかと考えた。答えはでなかった。

 

朝になって目がさめるとまた靴のことを考えた。

 

靴のあとで撮った夕日に映える駅舎が靴と溶けあい、そして「秋の空」という季語が浮かんだ。

 

重い靴 脱いで旅立つ 秋の空

 

靴を脱いで天にのぼっていく人の姿を想像したのである。

 

人が空へ昇っていくという絵はおよそ現実的でないのだが、それはリクツ、世の中にはそういうことをやってのける人がいるのかもしれない。

 

空でなくてもいい、汽車に乗って東へ向かったのでもいい。目的地はない。ただただ、この町から去るのみ。

 

靴だけでなくすべてのものを脱ぎ捨て、持っているもの、友人知人、自分の肉体、あらゆる記憶、一切合切を置いて、どこかへ消えて行くのも良いなあと感じる秋の空であったのか。

 

などということを考えてなかなか良い朝であった。

 

| おのまのプロフィール | - | 01:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
民進党を自殺させたはいいけれど・・・ ♬ あっと驚く前原さん 

おやおや

 

希望の党・小池百合子さんから会見中止を申し渡された(仮死状態の)民進党・前原誠司さん

 

中止の理由は「前原代表が『すべての民進党議員の希望の党での公認を目指す』と発言したことが、小池代表のかんにさわったのでは」などと推測している

 

ですって

 

http://www.news24.jp/articles/2017/09/28/04373819.html

 

♬  

どんぐりころころ 前原さん 

こいけにはまって さあ大変 

 

タヌキがでてきて こんにちわ 

ぼっちゃん あんたは甘いのよ 

 

★😎

 

 

どんぐりころころ 前原さん 

 

しばらくタヌキと 遊んだが

 

やっぱり オノマが恋しいと

 

泣いてはみたけど 手遅れね

| おのまのプロフィール | - | 21:51 | comments(0) | trackbacks(1) |
連想:小池百合子さん・タヌキ・替え歌・福田巌くん

都知事になって一年たち、小池百合子さんが選挙戦で主張していたことをあっさり反故、あたしはAI、説明しないと開き直ったのを看過してはいけない、オノマは「これからは因幡の白兎と呼ぼうか、顔はタヌキに似ているが」とFBに書いたことがある

 

その時は知らなかったのだが昨日、FBでこんな投稿をみつけ、小池さん=タヌキイメージなるものは世間でけっこう流布していると知った

 

 

イラストの右下あたり、 「更迭55日」でピンと来た方は記憶力のよい方であろう

 

小池さんはコンドリーサ・ライス国防長官に「あなたの名前はライス。ライス=米=寿司。あたいをマダム・スシと呼んでおくれ」と媚び、意気揚々アメリカから帰国、ほどなくクビになった(形の上では自主的となっている)

 

詳細省略。要するに、防相に抜擢されて舞い上がって暴走、国防族議員や防衛官僚から不評を買い55日でお役御免となったという第一次安倍内閣時代、ちょうど十年前のお話

 

 爾来、国政には不向きの人、過去の人という評価が定着しつつあったのだが、窮余の一策、都知事選に出馬、世間の反安倍風に乗り、首尾よく都民をたぶらかして勝利したのは記憶に新しい

 

勢いに乗って国政にカムバック、四度目の大臣、あわよくば女性首相第一号を目指しているとはオノマの読み・・・・いや、これもみんなが知っていることであろう😎

 

タヌキという言葉で必ず思い出すのが中学時代の親友、福田巌くん

 

福田くんはお父さんが日東紡・郡山工場長で、工場の敷地内の立派な社宅に住んでいた。オノマはほとんど毎日のように社宅に行って福田くんと卓球をしたり、電蓄(ステレオの前身)でクラシックレコードを聴いたりした

 

ある日のこと、どういう状況だったのか前後を覚えてないのだが、福田くんは「証城寺の狸ばやし」の替え歌を歌った。女性の生理を織り込んだ猥歌なのだが、中学生の福田くんがどうしてそんな歌を知っているのかとオノマはいたく感心したものである

 

たぶん聴いたその日のうちに覚えたのであろう、六十年たった今でもタヌキという言葉を目にすると頭のなかで ♬ しょっ しょっ しょじょじ・・・が流れだす

 

猥歌である。マジメニンゲン・オノマのイメージが壊れるかもしれない歌を公開すべきかどうか大いに迷う。しかし、ここまで読ませておいて公開しないのはいかんとおっしゃるあなた

 

一部だけ公開するのであとはご自身で想像、創造ねがいたい

 

 しょっしょっ しょじょじ・・

しょじょじ・・

証拠には、つんつん、月・・・

このごろでない、とおつきとおかでポンポコリンノポン

 

失礼しました

 

 

あれから六十年。こうであろうかと想像した

 

ある晩、日東紡工場長宅で社員の宴会が開かれた

 

社員のひとりが猥歌を歌った

 

♬ しょっ しょっ しょじょじゃない しょじょじゃない証拠には つんつん 月・・・

 

おっと、全部書いてしまうところだった・・・

 

大人が歌うのを福田くんは聴いた

 

女性の生理の一部を知って福田くんはとまどった

 

とまどいを共有させようとオノマに歌って聞かせた・・・・

 

実際のところ、当時のオノマは「処女」とか「月のもの」とか「とつきとうか」という単語を理解していなかったろうし、関心もなかったと思う。 意味がわからず、しかし、やっぱりとまどいを感じ、その日のうちに歌を頭に刻み込んだのではなかろうか

 

福田くんも丸顔のくりくりまなこでタヌキ顔といえなくもなかった

 

いや、福田くんにはタヌキというあだ名がついていたような気もする  

 

高校一年の頃だったろうか、福田くんは父君の転勤に伴い、和歌山県に引っ越した

 

オノマは高二に進んでしばらくすると結核にかかり休学、入院した。一年たって復学したが、医者から卒業まで運動を禁じられたし、元の級友は三年生に進級し大学受験の準備に没頭していたし、一年下の同級生たちと心底親しむことがなかったしで、退屈な高校生活になった

 

ところで、マダムスシこと因幡の白兎・小池タヌキさんはどうなってしまうのでしょうかねえ

 

都知事選や都議選ではうまく都民をたぶらかしたけれど、国政選挙では公明党の協力が得られないだろうし、騙されたことに気がつく人が増えるだろうし・・・・

 

| おのまのプロフィール | - | 11:58 | comments(0) | trackbacks(1) |
ロケットマンの元祖

当地時間の2017・9・19、トランプ大統領が国連でおそろしく格調の低い演説をしました。使っている英語がまるで厨房(死語ですか?)でしたが、それはさておき、金正恩を侮辱するときに使ったのが「ロケットマン」という表現

 

この表現はトランプのオリジナルではありません。十一年前にイギリスのエコノミスト誌が表紙で使ったものです。そのときの対象は金正日でした。ミニ知識として政治談義の際にでもご利用ください

 

以上でもってほんじつのブログはおしまいです

 

久しぶりにブログの更新ができてホッとしました

 

2006・7・8 発行

 

 

 

 

 

| おのまのプロフィール | - | 18:38 | comments(0) | trackbacks(0) |
山火事の 煙で想う 世の終わり

山火事の 煙で想う 世の終わり

やまかじの けむりでおもう よのおわり

 

日本でいえば名古屋から東京までの広範囲に渡って発生しているブリティッシュ・コロンビア州の山火事はまだ続いています

 

当地・バンクーバーの空を半月ほども覆っていた煙は雨が降っていったん消えたのですが、この月曜日からまたもや煙に覆われています。朝起きると暗く、ドアを開けると煙臭い空気が部屋に入ってきます。一日中薄暗いから意気があがりません

 

火星でみる空はこんなものであろうか、地球大変化時代のこれからはこの空が当たり前になるのだろうか、米朝の核戦争を待つまでもなく人類は滅びるのであろうか、などなど妄想したりしています

 

七十年ちかく休戦状態にある米朝がふたたび戦火を交えるのか、それとも最終和平に向かうのか、オノマは予言をしないでおきます

 

一言だけ言うと・・・

 

どちらであろうとも・・・

 

日本が他国に突出して朝鮮叩きに走るのはみっともないからよしませんか、安倍晋三さん

 

核を日本に持ち込もうと言う人を首相にするわけにいきませんよ、石破茂さん

 

神々の 黄昏のごと 烟る空

かみがみの たそがれのごと けぶるそら

 

ことしの山火事にふれたブログ

http://onomar.jugem.jp/?day=20170723

| おのまのプロフィール | - | 11:49 | comments(0) | trackbacks(0) |
「政権末期になったら朝鮮を叩け」の安倍晋三さん

安倍首相@8月29日午前6時26分、官邸:

 

我が国に北朝鮮が弾道ミサイルを発射し、我が国の上空を通過した模様であります

 

政府:8月29日午前6時2分、全国瞬時警報システム(Jアラート)で北海道など12道県にミサイル発射と日本上空の通過を伝えた。「北朝鮮からミサイルが発射されたもよう。頑丈な建物や地下に避難してください」と発信。

 

安倍晋三さん、あなたの真意はバレバレです

 

政権が不人気になると朝鮮からの危機を煽るのが常とはいえ、もうやめませんか

 

十一年前に麻生太郎さんも使った手で、オノマは「政権末期になったら朝鮮をたたけ」というブログを十年前に書きました。長いのでお時間の有る方だけどうぞ:

 

http://onomar.jugem.jp/?day=20100522

 

ネットでたくさんのコメントが出ていますが、以下にオノマ独自のコメントを書いておきます。他の方が書かれていたらごめん:

 

爆発物を積んでいない(と思われる)空弾。武器・ミサイルというよりは単なるロケット

 

我が国をめがけてミサイルが発射された、避難せよといわれたら、国民の多くは爆発物が飛んでくると想像する

 

無用の恐怖心をあおることで支持を得ようとした邪道

 

アラートの範囲は次図の通りだが一瞥でおかしいと分かる

 

 

北方領土の端から長野の端まで人口が比較的少ない地域だけにアラートを出し、埼玉、東京、千葉、神奈川といった人口稠密な地域を外しているのがおかしい

 

飛行ルートの中間は函館あたりになるが、ここを中心として北方領土端まで、あるいは長野端までを半径として円を描けば東京、神奈川は無論、静岡、愛知まで含まれる

 

 

東京〜愛知の人口稠密地域を外した理由は想像がつくが省略

 

以前にもブログで書いたことがあると記憶するが、またネットで指摘されている方もおられるのだが、我が国の上空と言われると国民の多くはテーヘンだ、どうすりゃいいの、頑丈な建物ってなあに、近い地下はどこ・・・とパニックに陥る

 

高度五百キロは宇宙ステーションから更に百キロ、通常は大気圏外、あるいは宇宙圏と呼ばれていることを念のために付言。宇宙条約では領有権を主張できないとされている

 

そんなところからあなたを直撃する朝鮮のミサイルなど無視が賢明。自然災害や車の事故に合う確率のほうが千倍も高い

 

 

仮にロケットの長さが百メートル、あなたの身長がニメートルだとして、上の図に描き込んでみた、というのは嘘。水平距離2700キロ、垂直距離550キロの世界の中では細菌サイズのあなたとロケット。小さすぎて描き込めない。両者がぶつかるなどは百万年に一度もない。地球と冥王星がぶつかるようなホラ話

 

オノマは朝鮮の挑戦をどうこう言っているのではない

 

初歩的な統計的見地にもとづき、心配するなと国民に発信する日本政府であって欲しいと言っている

 

もともと米朝の争いなのだから、日本を狙っている実験ではないのだから、大げさに騒ぎなさんなと言っている

 

★ 9月14日追記

 

政府、Jアラートの運用変更 呼びかけの表現を工夫

日本経済新聞 2017/9/14 18:31

 政府は14日、北朝鮮から発射された弾道ミサイルが日本に落下する可能性がある場合などに情報提供する全国瞬時警報システム「Jアラート」の運用を変えると発表した。避難の呼びかけを「頑丈な建物や地下に避難」から「建物の中または地下に避難」に改める。近くに鉄骨ビルなどがない住民が無理して自宅などを出ないようにする。

 ミサイルが日本の上空を通過した際も「この地域の上空をミサイルが通過した」から、例えば「北海道地方から太平洋へ通過した」などに変える。海上を通過し、落下する可能性がなくなったとわかりやすく伝えるためだ。

 

大きな変更とは思えないのだが、いたずらに危機を煽るような運用をしないという姿勢をとるということであれば良しと評価する、

| おのまのプロフィール | - | 12:07 | comments(0) | trackbacks(0) |
「人の一生は勉強だ」に思う

八月十五日のブログで「小田島先生がオノマ同様、満州からの引揚者だとは知っていましたが、日曜日は道路工事、夏休みは工場で石炭運びをして稼いだ 苦学生だったことは知りませんでした」と書きました

 

断捨離オノマは数年前から本好きの知人や日系文化センターなるところで開かれる古本市に本を寄贈してきました。ことしも百冊ほど寄贈しましたが九月にも古本市が開かれるというので十日ほど前から本の整理をしています

 

手離す本をいま一度パラパラとめくるのが常で、ときにはそのまま全部読み直したりするのでなかなか進みません

 

さくじつ読み始めたのが「あのときあの言葉」(日本経済新聞社編・1986年2月1刷・1993年4月25刷)

 

すくなくとも7年に亘って増刷されたわけですから可也の人気本、当ブログの読者におかれてもお読みになった方がおられることでしょう

 

読み進むこと63頁

 

なんと小田島雄志さんのエッセイがでてきて、そのなかに道路工事や石炭運びのことが書かれていました。八月十五日のブログで「知りませんでした」と書いたのは誤り、じつは二十余年前には知っていたのです

 

忘却とは忘れ去る事なり。忘れ得ずして忘却を誓う心の悲しさよ(菊田一夫・君の名は)

 

忘却とは忘れ去る事なり。忘れまいと誓っても忘却する頭の悲しさよ(オノマ・ここは何処、あたしは誰)

 

現実は夢のごとし・・・

 

読んだことを忘れていたのは間違いないのですが、言い訳じみていますが、道路工事や石炭運びは芝居であれば幕開けのシーンであって、盛り上がる場面は「人の一生は勉強だ!」と叫ぶところにあります

 

命短し、さいきんとみに涙もろくなっているオノマがつられて鼻をつまらせた部分を以下に転載します

 

小田島雄志「人の一生は勉強だ」抜粋:

 

旧満州で終戦を迎えたぼくは、翌年引き揚げて、都立大森中学(現大森高校)に編入した。親類の家にやっかいになりながら、中学五年のぼくは、日曜日には京浜国道の田町・品川間でシャベルをふるい、夏休みには川崎の工場で石炭運びをする、といったアルバイトに疲れ、勉強への意欲が薄れがちだった。日本女子大学に在籍していた姉も休学して、いまで言うOLになっていたし、僕だけ高校から大学まで進むことは心苦しい、という口実もあった。

 

秋も深まったある日、ぼくは一人の級友にうちあけた。「おれ、勉強する気もなくなったので、高校受験はあきらめるよ」。するとどうやらその級友は、担任の五十嵐明先生にご注進におよんだらしい ― ありがたい友情である。

 

先生は顔を真赤に染めて教室に飛び込んでこられた。「おい、みんな聞け!」 みんな一瞬シーンとなった。

 

「このなかに、勉強する気がなくなったと言ってるやつがいるそうだ。だが人間、生きているあいだは勉強し続けるものだ。勉強する気のないやつなど、生きている意味はない。だからそういうやつはおれが殺してやる!」

 

そこで先生はもうひとつ声を高めた。「おれに殺されてくやしかったら、地獄のそこから化けてこい!」。

 

そういって先生はハラハラと落涙されたのである。ぼくも気がついたら、泣いていた。

 

旧制福岡高校から新制東京大学へ進み、いま教壇に立っている身としては、あのときの先生の言葉がなかったらどんな人生を歩んでいたか、と思う。職業はともかく、生きているかぎりすべては勉強をいう心構えを植えつけられないまま、むなしい日々をすごしていたろう。そして同時に、自分が学生たちにたいして「地獄の底から化けて出てこい!」と言いうる愛情をもっているかどうか、反省する。

 

小田島先生の経歴をウィキでみると1930年12月の生れ。オノマのクラス担任になったのは先生が三十二、三歳の頃だったわけです。いま後期高齢者・オノマの半分以下!!

 

人には夫々の気質があり、いつもおだやかな表情の小田島先生が生徒に向かって「殺してやる」とか「地獄の底から化けてこい」とかいう激しい物言いができる人ではないし、生徒に対する愛情がなかったのかと問われたら、そんなことはない、半世紀たった今も先生を囲んでクラス会を開こうというのは先生の愛情があったがゆえである・・・

 

社会人になった教え子たちは無名の小田島先生がだんだん世に知られていくのをみながら生き続け、各々の形、中身は違っても「勉強」を続けてきた、安倍晋三さんのような破廉恥な人間はひとりもいない・・・

 

まあ・・・そんなリクツっぽいことはいまさら書かなくてもいいですね

| おのまのプロフィール | - | 23:12 | comments(0) | trackbacks(0) |
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